『リリカル恭也&なのは』






第11話 「コンサート当日」






後数日と迫ったコンサートにあわせ、
会場となるコンサートホールの周囲にはかなりの数の警備員が既に配置されていた。
事前に何か仕掛けられる可能性も考慮して、リスティが手配したその警備を見下ろすかのように、
少し離れたビルの屋上に一つの影があった。
僅かな明かりに照らされる会場を見下ろしていた影は、そのまま背を向けると静かに立ち去る。
誰もいなくなった屋上を、一陣の風が吹く抜けていった。





高町家の道場。
恭也と美由希は小太刀を手に向かい合っていた。
朝からずっと続けられている鍛錬の所為で、流石に息も荒く二人は少し休憩を入れる。

「はぁー、はぁ。どう、恭ちゃん。何か掴めた?」

「はぁぁ、はー。いや、まだだ。だが、何か掴めそうではある。
 ただ、それに届かない。見えそうで見えない」

右膝に手を当てて返す恭也に、美由希が心配そうな顔を見せる。

「膝、大丈夫?」

「ああ、少し痛むがな。後二、三本やったらフィリス先生の所へ行こう」

無茶な鍛錬をして、と怒られる事は分かっているが二人は止める事が出来ない。
フィリスも大体の事情は知っているので、注意はするけれど止める事はしなかった。
その代わり、毎日通院する事を約束させられ、恭也と美由希はそれを守って毎日通院していた。
桃子は最初は何か言いたそうにしていたが、結局は何も言わなかった。
桃子たちには、美由希の鍛錬が次の段階に移るために、どうしても連日の鍛錬が必要だと説明していた。
なのはたちはそれを素直に信じていたが、桃子だけはどうだかは分からない。
それでも何も言わない桃子に、恭也も美由希もただ感謝するのだった。

「さて、休憩は終わりだ」

「うん」

恭也の言葉に頷くと、美由希は立ち上がる。
二人は道場の中央で向かい合うと、静かに手にした小太刀を構える。





山の上にあるさざなみ寮では、天使のソプラノの異名を持つSEENAが、ここの寮生であったということもあり、
コンサートに関する話題がよく出てくる。

「楽しみですね、コンサート」

夕飯の席で愛がそう言うと、真雪が少し呆れたような顔を見せる。

「あ〜い〜。また同じことを言って。
 最近、毎日のようにそれ、言ってるな」

「そうですか? でも、本当に楽しみなんですよ」

「あははは〜。愛さんにそこまで楽しみにされたら、うちももっと頑張らんとな」

「頑張るのは良いけれど、だったらこんな所で夕飯なんか食べてて良いのか、ゆうひ」

この寮の管理人兼コックの耕介の言葉に、世界が誇る歌姫の一人SEENAこと、椎名ゆうひは大声で笑う。

「そんな事言ったかて、お腹が空いたらご飯は食べなあかんやん」

「いや、俺が言いたいのはここに来て良いのかって事なんだけどね」

「それなら大丈夫や。ここはうちの家でもあるんやし、ちゃんと先生の許可ももろてるしな。
 それに、心強い護衛もおることやし。なあ、リスティ」

「はいはい。ただ働きの護衛にそんなに期待しないでよ」

「いや〜ん、リスティのいけず〜」

そんなやり取りに笑みを見せつつ、耕介はお代わりした茶碗をゆうひに渡す。

「おおきに。やっぱり海鳴に来たら、耕介くんのご飯を食べなな」

「それと、翠屋のシュークリームだろうが」

「さすが真雪さん。その通りや。翠屋のソレは欠かせませんって。
 最近は翠屋さんから差し入れがあるから、練習もとっても嬉しいし」

「ああ、恭也さんたちですね」

那美の言葉に不思議そうな顔を見せる愛たちに、ゆうひが恭也とフィアッセが幼馴染で、
家族ぐるみの付き合いがある事を教える。

「はぁー。あの青年も凄い人物と知り合いだな」

「それを言うなら、うちの寮生もですよ、真雪さん。
 SEENAと家族なんですから」

耕介の言葉に真雪はそれもそうかと笑う。
久しぶりに帰ってきたゆうひに、真雪もやっぱり嬉しいのだろう。
その顔に笑みを浮かべる。
コンサートを楽しみにする寮生たちを眺めながら、リスティは顔に出さずに無事に成功する事を祈る。





屋敷と呼べるほど大きな月村邸の広間。
そこで聞いている者までもウキウキとなるような声が上がる。

「うーん、楽しみだわ」

「だからって忍お姉ちゃん、今からはしゃぎ過ぎだよ」

「本当だわ」

すずかの言葉に遊びに来ていたアリサがカップから口を離して同意する。
そんなアリサへと指を突きつけ、忍が反論する。

「何よ。アリサだってはしゃいでるじゃない」

「わ、私は普通よ!」

「えっと……」

アリサの言葉にすずかは困ったように視線をアリサの後ろ、いくつか並ぶトランクを眺めると、
困ったように口を開く。

「今からコンサートに来て行く服を悩んで、
 その相談に来ているアリサちゃんも忍お姉ちゃんのこと言えないかと……」

「むー。だって、なのはに頼んだらコンサート前にティオレさんと会えるかもしれないのよ!
 ティオレさんに会うのに、変な格好できないじゃない!」

「ふっふーん。私は恭也に頼んでSEENAに会わせてもらったもんね。
 サインまで貰ったし」

本当に嬉しそうにニヤニヤと笑いながら、忍は部屋に大事にしまってあるゆうひのサインを思い出す。
恭也にCSSと知り合いだと教えられて驚いた忍だったが、今まで黙っていた事に拗ねたのも一瞬で、
その場にSEENAことゆうひがやって来てすぐさま機嫌を直したのは記憶に新しかった。

「にしても、フィアッセさんがティオレさんの娘さんだったなんて知らなかったな」

すずかが感心したように言う言葉に、アリサや忍も頷いている。
まだデビューしていないフィアッセの知名度は日本ではそんなに高くなく、アリサたちも知らなかったのだ。
尤も、なのは自身、最近まで知っていてもその辺りの自覚はなかったのだから仕方ないが。





藤見台にある墓地。
そこにある一つの墓の前に桃子の姿があった。
手桶と線香を手に士郎の墓前に立つ桃子だったが、そこに既に先客の残した線香が一本だけ煙を上げている。
もう殆ど灰になりかている線香を見ながら、恭也か美由希が来たのかと思いつつ軽く墓を掃除する。
墓を掃除しながら、恭也と美由希の事を考える。
二人の最近の様子が、仕事に行く士郎に似ている感じがするのだ。
気のせいかもしれないが。詳しく尋ねれば教えてくれるだろう。
だが桃子は、剣の事に関しては一切口を挟まない。
自分はただいつも通りにしている。それが一番だと思うから。
それでも、不安が募ったのか、こうして士郎相手に不安を少しだけ打ち明ける。
掃除が終わる頃にはいつもの桃子がそこに立っており、
何事もなかったかのように手を合わせると、家族の近況を口にする。

「あ、そうそう。最近、ティオレさんが来たと思うけれど、フィアッセがようやく舞台で歌えるのよ。
 あなたが守った小さな命が、今では綺麗に成長してティオレさんの意志を想いを立派に受け継いで……。
 ティオレさんもフィアッセも、共に歌える事を本当に楽しみにしているわ。
 勿論、私や皆もね。フィアッセなら大丈夫だと思うけれど、あなたも成功を祈っててあげてね」

士郎との語らいを終えると、桃子は静かに立ち去る。
灰へと変わっていく線香から煙がゆっくりと天へと昇っていく。

コンサートを待ちわびるもの、そこに何かを感じ取るもの、
暗くもはっきりとした決意を秘めるもの、そこに向かって努力するもの。
それぞれに思いを秘め、様々な思惑が絡む中、いよいよコンサートが幕を開ける。



 ∬ ∬ ∬



恭也と美由希はティオレたちの宿泊するホテルへとやって来ると、ティオレから今日護衛するにあたって服を貰う。
士郎の事をよく知るティオレが設えただけあり、内側に隠しポケットが幾つもあり、
そこに飛針や鋼糸、小刀を収められるようになっていた。
ティオレとフィアッセ以外は襲撃の事を知らず、恭也たちは表向きフィアッセの幼馴染として出入りしていた。
コンサート前にCSSの控え室になのはたちも来ており、他の面々は襲撃があるとは感じていなかった。
アリサなどは緊張のあまりがちがちになっていたが、概ね平和に時間が流れる。
正装ともいえる格好をした恭也を前に、桃子が楽しそうに携帯電話を取り出して写真を取ろうとしていたり、
それを必死に止める恭也の後ろでちゃっかり忍が同じような事をしていたりしたが、それはまあ余談であろう。
もうそろそろ開幕という時間になり、桃子たちも客席へと戻る。
そんな中、恭也と美由希の二人は静かに控え室を出ると、そこで待っていたリスティと合流する。

「とりあえず、警備の配置は事前の打ち合わせ通りにしているから。
 後、定時連絡が途切れた所へは、控え室にいる警備の者をあてるように言ってある。
 だから、当初の配置から人がいなくなることはないはずだ。
 こっちはこっちで何とかするから、君たちは独自に動いてくれても構わない」

「それは助かります。美由希はティオレさんとフィアッセを頼む」

「うん。恭ちゃんは」

「俺はこの前の人を相手する。
 恐らく、あそこから来るだろうからそこで待っている」

不安そうな顔を見せる美由希の肩に手を置く。

「俺の心配よりも自分の心配を先にしろ。
 それと、そこまで不安になる必要はない。
 リスティさんたち他の警備員の人もいるし、鍛錬通りにやれば、よっぽどの事がない限り大丈夫だ」

恭也の言葉に美由希は神妙に頷くと、ティオレたちを心配させないように笑顔で控え室へと入っていく。
目の前で閉まる扉を見ると、恭也は歩き出す。

「悪いけれど、頼むよ恭也」

「勿論ですよ」

自分の持ち場へと向かいながら言ってくるリスティへと答えつつ、恭也もまた向かう。
美由希の母親にして、現存する中で最も強い御神の剣士が来るであろう場所へと。



 ∬ ∬ ∬



場内にコンサート開幕のアナウンスが流れ、客が中へと入っていく。
そんな喧騒を遠くに聞きながら、恭也はコンサート会場の裏口、
そこから少し進んだ機材の積み下ろしに使う小さなスペースで美沙斗を待つ。

「いつか実戦をさせるつもりだったとはいえ、まさかこんな形になるとはな。
 だが、大丈夫だろう」

こことは別の場所に居る美由希へと一瞬だけ意識を向けるが、すぐに周囲の警戒へと切り替える。
そろそろ入場が終わった頃か、表の喧騒が完全に消えた頃、風に乗って僅かな殺気が流れてくる。
そちらへと身体を向ければ、静かに美沙斗がやって来る。

「君か。クリステラ親子は警告を聞かなかったようだね」

「はい」

「そうか。なら仕方がない。力尽くでも中止にさせる」

「させませんよ」

互いに無言のまま得物を抜き放つが、どちらも動こうとはしない。

「今の君では勝てないよ」

「やってみないと分かりません」

「そうか。言っても無駄なんだね」

「お互いさまですね」

言うなり美沙斗は恭也に背を向けて走り出す。
一瞬どうしようか躊躇う恭也だったが、この場の警備を美由希やリスティたちに任せて、
自分は美沙斗の相手をする事に決めると後を追って走り出す。
コンサート会場から離れながら、美沙斗は人気のない場所へと恭也を誘う。
辿り着いたのは、コンサート会場から五分ほどの距離にある工事中のビルだった。
誰もいない場所で改めて向かい合う二人だったが、先ほどと違い、すぐさま二人は駆け出すと得物を振るう。
甲高い音を立てて互いの得物を弾き合うと、互いに後ろへと跳躍をみせる。
恭也は飛針を美沙斗へと投げるが、美沙斗はそれを手にした小太刀で自分に当たりそうなものだけを弾く。
同時に着地すると、地を蹴って前へと出る。
互いの刃を何度となくぶつからせ、二つの影は入れ替わり立ち替わり斬り結ぶ。
まるでダンスをしているかのように。



 ∬ ∬ ∬



客の入場が終わり、いよいよ幕が上がる。
桃子たちは舞台の正面、かなり良い席に固まって座りゆっくりと幕が上がっていくのを見詰める。
そこに恭也や美由希の姿がない理由も聞いており、忍は少し羨ましそうに言う。

「良いな、あの二人は舞台袖から見れるなんて」

「忍お姉ちゃん、ここもかなりいい席なのに」

「冗談よ、冗談」

「冗談に聞こえなかったわよ」

「忍お嬢さま、アリサ様、もう始まりますからお静かにされた方が」

ノエルに注意され、二人はばつが悪そうに黙り込む。
なのはは膝に乗せたリュックの口を少しだけ開ける。

≪どうユーノくん≫

≪うん、大丈夫だよ≫

完全に幕が開き、最初の曲が流れ始める。



 ∬ ∬ ∬



誰もいないビルで恭也は肩で荒く呼吸を繰り返す。
既にどれぐらいの時間こうやって戦っているのかは分からないが、恭也の服は袖や裾などが切り込みが走り、
服は何度も地面へと転がった所為で汚れている。
恭也自身もまたかなりの数の傷を刻まれている。
それでもまだ致命傷だけは免れている。
いや、致命傷だけは美沙斗の方が逸らしている。
対する美沙斗の方にも僅かに傷が見えるが、恭也ほど多くはない。
ただ、美沙斗の方も僅かにだが呼吸を乱しているのがせめてもの救いだろうか。

「ここまで実力差を見せれば分かるだろう。
 長引けば、君の方が不利になることも分かっているだろう。
 いい加減に諦めてくれないか」

「それは出来ません。長引けば不利かもしれませんが……」

それでも、恭也の目的は達せられるのである。
恭也の目的はコンサートの成功。
つまり、コンサートが終わるまで美沙斗をここに引き付けておくだけでも良いのだ。
しかし、美沙斗の方もそれは承知しており、これ以上長引かせるつもりはないようだった。

「これが最後だ。引く気……」

「ありません」

美沙斗に最後まで言わせる事無く、恭也は吐かれる言葉を否定すると小太刀を鞘へと納める。
次に繰り出される美沙斗の攻撃を何か悟り、それに対抗するために。
恭也の予想通り、美沙斗は小太刀を手にした腕を後ろへと引くと、ホテルで見せた刺突の構えを見せる。
御神の奥義の一つ、射抜の構えを。
高速で繰り出される刺突に対し、恭也は先を取るように美沙斗へと向かう。
美沙斗の腕が前へと突き出される瞬間に神速の領域へと入る。
その中でも殆ど動きを減じない小太刀を身を捻って躱そうとするも、無理だと悟り抜刀する。
抜刀から左右の小太刀による四連撃、御神の奥義薙旋を迫る小太刀へと放つ。
一撃目、二撃目と連続して美沙斗の小太刀にあてて軌道を逸らし、残る二撃を美沙斗へと放とうとする。
しかし、逸らしたはずの刃が翻って恭也を襲い、残る二撃もそれを弾くのに使う。
両者は交差するように互いに行き過ぎるとすぐさま駆け出す。
恭也は奥義を防がれた事に顔を顰め、美沙斗は軽く驚きを見せながら。
再度ぶつかり合う二人。
美沙斗の連撃、虎乱に恭也も同じく虎乱で対応する。
当初、手数で勝っていた美沙斗だったが、徐々にではあるが恭也が迫りつつある。
互いに腕を浅く切り裂き合い、再び離れる。
この戦闘の間に成長を見せる恭也に舌を巻きつつ、美沙斗は飛針を投げる。
あまり投擲関係は得意ではないが牽制に使うぐらいには使い込んでいる。
同時に建物内にある柱の陰に身を潜めて気配を遮断する。
気配の遮断は美沙斗の得意とするものの一つで、恭也も急に消えた美沙斗の気配に戸惑いを見せる。
しかし、すぐに周囲を警戒する。
恭也の探知能力と美沙斗の隠密能力。
この二つのどちらが勝っているのか。
先ほどまでの激しいやり取りから打って変わり、静かな戦いへと移行する。
柱から柱へと走りながら、美沙斗は恭也の背後を取ると一気に踏み込む。
美沙斗の刃が翻り、半瞬遅れて恭也が反応する。
恭也は受け止める事をしようとはせず、そのまま前へと転がる。
僅かに上着の裾を斬り飛ばされるも何とか無事に起き上がる。
以前なら気付く事も難しかったかもしれない攻撃だったが、
最近行っている魔法の鍛錬により、集中力が以前にも増して向上していたからこそ察知できた。
アルフに感謝をしつつ、恭也は静かに美沙斗を見詰める。
美沙斗も同様に恭也を見詰めると、静かに口を開く。

「思った以上だよ、恭也。よく独学でここまで」

その言葉に純粋に感心した響きがあり、恭也はその声に懐かしい美沙斗の優しい声音を思い返す。
しかし、すぎにそれは冷たい響きに変わる。

「今ので大人しく倒されていれば良かったのに」

美沙斗が射抜の態勢を取る。
その身に纏う空気が更に鋭く冷たいものに変化し、美沙斗は弓から放たれた矢のように恭也へと向かう。
腹目掛けて迫る刃をニ刀で何とか防ぐが、軌道が上へと変わり恭也の左肩に刃が突き刺さる。
美沙斗は止まる事無くそのまま恭也の左肩に刃を突き刺したまま走り抜ける。
吹き飛ばされて壁にぶつかるとそのまま倒れ込む。
肩からは腕を伝い床へと血が流れて行く。
そんな恭也を一瞥すると美沙斗は小太刀を仕舞い、背を向けて歩き出そうとして動きを止める。
振り返れば恭也が壁に背を預けながらも立ち上がっていた。

「そのまま大人しく寝ていてくれ」

「……それは、できません」

「お願いだから、私に家族まで手にかけさせないでくれ」

美沙斗の泣きそうな声を聞き、恭也の中に感情が沸き起こる。
それは嬉しさや悲しさといったものではなく、純粋な怒りだった。

「そんな気持ちが残っていたのなら、どうして美由希の元に戻ってきてやらなかったんですか。
 どうして、敵として立つんですか!」

「君には分からないよ!」

「確かに、美沙斗さんの気持ちは分かりませんよ。
 それでも、美由希の今の気持ちは分かります。
 あいつは美沙斗さんに似て、理不尽な暴力を嫌うから。
 だから、今必死にフィアッセたちの夢を守ろうとしているんです。
 初めての実戦で傍に誰も居ない、たった一人という状態で不安だと言うのに、
 フィアッセたちに心配を掛けないようにきっと笑顔を見せて。
 そんな美由希を、娘をあなたはこれから斬りに行こうと言うんですか!
 美由希が、あなたが嫌う理不尽な暴力を今、振るおうとしているのはあなた自身なんですよ!」

「それでも、私は立ち止まる訳にはいかないんだ。
 今まで犠牲にしてきた者たちにも誓った。その死を決して無駄にしないと。
 だから、止まる訳にはいかない。もし、これ以上本当に私の邪魔をするのなら……」

それ以上は言葉にされなくても、恭也に伝わる。
先ほどまで迷っていた美沙斗の瞳が、暗くもはっきりとした意志を取り戻す。
それを悲しげに見遣りつつ、恭也は身体に力を入れて壁から背を離す。

「俺は何が何でもあなたを止めます」

「……そう」

恭也の言葉に返す美沙斗の顔には、一切の感情が抜け落ちていた。
三度、射抜の構えを取る美沙斗に恭也は静かに呼吸を繰り返す。
放たれる射抜は今までよりも格段に早く、恭也の目にも捉えるのが難しかった。
今までは無意識にでも手加減していたのかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、恭也は今日三度目の神速へと入る。
それでも速度を全く落とさない美沙斗の射抜を前に、恭也は更に神速を重ねる。
普通に連続して神速を使うよりも激しく身体が軋みを上げ、神経が焼き切れそうになる。
神速の二段掛け。
士郎から話は聞いていたが、過去にやった者のいないと言われた技。
それを恭也は使う。美沙斗を止めるために。
激痛に苛まれる中、ようやく速度に翳りの見えた美沙斗の射抜を身を捻って躱す。
そこから反撃へと移りたかったが、そこまでが限界だった。
恭也は神速二段から抜け出すと、地面を転がる。
初めての技故に加減が難しく、躱した際の勢いを完全に殺せずに地面を滑る。
身体が痛みと疲れを訴えるが、恭也はそれを押し殺して立ち上がる。
一方、射抜を躱された美沙斗は少し呆然としていたが、それでも恭也の状態を見て次は躱せないと判断し、
またしても射抜の姿勢を取る。
煩いぐらいに耳の奥で耳鳴りがし、まるで高度の高い所にいるかのように耳の奥が圧迫されるような感覚。
それを感じながらも恭也は美沙斗に鋭い眼差しを向ける。
他の音が全く聞こえず、身体もフラフラで奥のほうが熱く感じる。
自分が立っているのか座っているか、いや、まるで浮いているような軽い浮遊感さえ覚えつつ、
恭也は静かに小太刀を持った手を下に降ろす。
別に意識しての事ではなく、単に力が入っていないだけ。
それでも美沙斗は容赦を見せず、恭也へと射抜を放つ。
神速で放たれ、恭也の左胸目掛けて真っ直ぐに走る美沙斗の刃。
その刃が恭也を捉えようとしたまさにその瞬間、恭也が動く。
いや、動いたと感じる。
美沙斗の目には恭也が消えたとしか移らず、気付けば天井が見えていた。
身体を動かそうにも思うように動かず、またその手に慣れ親しんだ小太刀の感触もない。
自分が倒されたとようやく悟る。

(そう……。今のがきっと御神の奥義之極、閃か。
 早さも間合いもなく、放てば当たり、当たれば生殺与奪は思いのまま。
 長い御神の歴史の中でも、数えるほどしか取得者がいないと言われる……)

美沙斗の意識はそこで考えるのを止め、静かに眠りに落ちる。
一方、美沙斗を打ち倒した恭也も地面に膝と手を着き、激しく呼吸を繰り返す。
あの刹那、見えたと思った光に剣を走らせた。
そして、気が付けばこの状態である。
無我夢中といったものとも違う、上手く説明の出来ない感触だった。
ごっそりと体力を奪われた感覚を感じつつ、ようやくこの土壇場で掴んだ奥義之極。
しかし、それに対する喜びよりも、美沙斗を止める事の出来た喜びの方が恭也の中では大きかった。
恭也は美沙斗が気を失ったのを感じ、ゆっくりと振り返りつつ座り込む。
肩から流れる血を震える手で止血しながら、恭也はそのまま倒れそうになるのを堪えるのだった。



 ∬ ∬ ∬



フィアッセの出番となり控え室を出るフィアッセ。
だが、美由希は外に妙な気配を感じてフィアッセを部屋に残す。
一人で廊下に出て、靴紐を直す振りをしてしゃがみ込むと気配を手繰る。
気配は全部で三つ。
全て同じ場所から。
それを確認すると美由希は知らない顔をしてそちらへと向かう。
鉢合わせするよりも始末する事を選んだのか、相手の方から美由希の前に姿を見せる。
三人がうちポケットへと手を忍ばせているのを見て、美由希は後ろの二人へと飛針を放り投げる。
同時に一番前の男目掛けて走り出す。
男の懐から銃が抜かれ、美由希へと銃口が向けられる。
美由希は目を閉じる事も逸らす事もせず、ただ発砲するタイミングを計るためにその指だけに注意を向ける。
攻撃する瞬間を逃すな。
恭也の教えを頭に思い出しながら、男の指が引き金を引いた瞬間に屈む。
頭上を弾丸が通り過ぎると同時、美由希は床を蹴って男の懐へと潜り込む。
男が再び照準を美由希に合わせるよりも早く、後ろの男が飛針を抜いて銃を構えるよりも早く。
一番前の男の鳩尾に小太刀の柄を捻りこむように突き刺し、後ろ二人の銃に対する盾にすると、
もう一刀を抜き放ちあばらへと峰をぶつける。
骨の折れる音と感触に構わず、男の鼻下に小太刀を叩き込み、
倒れる男を飛び越えるようにしてその肩を蹴って後ろの男たちへと向かう。
盾とした男の陰から飛び出してきた美由希に銃口を合わせるよりも早く、二人の手に飛針が突き刺さる。
痛みで引き金が引かれるが、弾はそれて美由希には届かない。
美由希は二歩で男との距離を縮めると、
虎乱で男の腕、足、胸、首、こめかみを連続して打ち据えて意識を刈り取る。
すぐさま残る男へと腕を振り、鋼糸で銃を持つ手を絡め取ると、思いっきり引っ張る。
男が抵抗して強く引くと鋼糸を離し、後ろへと倒れる男へと飛び掛る。
床に背中を打つ男の腹に膝を落とし、鼻っ面に肘を叩き込む。
鼻の骨を折り後頭部を強打して男は意識を失う。
他に仲間がいない事を確認すると、美由希はリスティへと連絡を入れ、男たちを拘束する。
これで意識が戻ったとしても動けない。
そこまで数分のうちに済ませると、美由希はフィアッセがいる部屋をノックする。

「もう大丈夫だよ、フィアッセ」

話し掛ける声は僅かに震えていたが、その顔には少し誇らしげでもあった。
フィアッセは廊下の惨状を見て、すぐに美由希を心配するが怪我らしい怪我がない事を見てほっと胸を撫で下ろす。

「良かった、美由希」

「うん。鍛錬のとおりに身体が動いたの。恭ちゃん相手には通じなかったのに。
 それに、恭ちゃんの言葉通りにやっただけだから」

「それだけ鍛錬をしてきたって事だよ。言われたとおりに出来るまで、美由希は何度も鍛錬してきたもんね。
 それは私がよく知っているよ」

「ありがとう、フィアッセ。
 私たちのこの剣でも、大事なものを守れるんだね」

「そうだよ。美由希の、美由希と恭也が士郎から受け継いだ剣は、守るためのものだもの。
 現に私はこうして美由希に守ってもらったよ」

「うん」

「……恭也は大丈夫かな」

美由希の無事に嬉しそうな顔を見せていたフィアッセだったが、
ここに恭也と先日の襲撃者の姿がないのを見て不安そうな顔を見せる。
それに対して美由希は安心させるような笑みを見せる。

「大丈夫だよ。恭ちゃんは約束は守るよ」

「……うん、そうだね」

「そうだよ。だから、フィアッセも約束を守って。
 舞台でティオレさんと一緒に歌うという夢を叶えて。
 皆が待っているから」

「うん、分かった。ありがとうね、美由希」

言って美由希の頬にキスする。
丁度、そこへやって来たリスティに後を任せるとフィアッセに付いて舞台袖まで行く。
舞台ではティオレが話をしており、それも終わりを見せていよいよフィアッセの登場である。

「頑張って、フィアッセ」

「美由希もそこで見ててね。私とママが夢の一つを叶える所を」

フィアッセを笑顔で見送ると、美由希は静かに舞台中央に立つ二人の親子を見る。
美由希が見詰める中、静かに曲が流れ始め、二人の歌姫による共演が始まる。





二人の歌姫の歌が終わると、会場には一際大きな拍手が巻き起こる。
桃子はこの時が来るのをティオレもフィアッセもどれだけ待ち望んでいたのか知っているだけに、
少し涙ぐみながら拍手していた。
なのはも嬉しそうに歌っていたフィアッセとティオレに盛大な拍手を贈っていたが、
不意に手を止める。

≪ユーノくん……≫

≪……ああ、間違いない。この近くでジュエルシードが≫

なのはは迷ったが、すぐに隣に座る桃子へと話し掛ける。

「おかーさん、ちょっとトイレ」

「そう。じゃあ、一緒に行きましょう」

「う、ううん。いいよ、一人で行くから。
 えっと、皆の邪魔したら悪いし、終わったら後ろで見てるから」

「そんなの気にしなくても……」

「えっと、とりあえず行ってきます」

桃子が何か言うよりも早く、なのはは席を立つと他の人の邪魔にならないようにホールから出て行く。
後を追うかどうか悩んだ桃子だったが、大丈夫だろうと舞台に目を戻すのだった。

≪ごめんね、なのは≫

≪ううん。確かに残念だけれど、こっちも大事だもんね。
 それにこの近くで発動したら、コンサートが潰れちゃうかもしれないし。
 だから、気にしないで≫

すまなさそうに告げるユーノを慰めつつ、なのははコンサート会場の外へと出るのだった。





つづく、なの




<あとがき>

コンサート当日。
美姫 「高町三兄妹は大忙しね」
た、確かに。
ま、まあ、諦めてもらおう。
美姫 「なのはは無事にジュエルシードを回収できるのかしら」
出来なければ、コンサートが潰れるかもな。
美姫 「えっ!? そうなの?」
うーん、どうだろう。
美姫 「アンタね〜」
ま、まあ、可能性はあるわけだし。
え、えっと、それじゃあ、次回!
美姫 「まったね〜。そして、アンタはぶっ飛べー!」
ぶべらおえぇぇっ!







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