『リリカル恭也&なのは』






第23話 「すずかと恭也」





あの日から偶に忍お姉ちゃんの口から高町という名前をよく聞くようになった。
何度か家にも来た事も。
その度に私は様子を窺うように物陰からじっと見つめていたのだけれど、毎回目が合ってしまい、
こっそりと覗いていたという恥ずかしさと申し訳なさからその場を逃げ出してしまう。
その日も何度目かの逃走を計ろうとして、忍お姉ちゃんに捕まってしまった。
聞けば、逃げる私を見て怖がらせていると思っていたらしい。
忍お姉ちゃんに連れられて、その日初めて高町さんと一緒にお話をした。
思ったとおり、怖い人ではないと分かって安心すると、まずは謝ることにした。
それに対して高町さんは私の頭を撫でてくれて、気にしてないと言ってくれた。
そのごつごつした手で、けれども優しく撫でられて安らぎを覚える私に高町さんはすぐに手を離すと謝ってくる。
私が気にしていないと言うと、高町さんはほっとした顔を見せた。
その日はずっと忍お姉ちゃんとノエル、高町さんとお話をしていた。



それから数日後、私は二人の女の子と知り合うことになる。
まだクラスにも上手く馴染めなかった私は、一人の女の子にお父さんから貰った大切なヘアバンドを取られてしまった。
何も言えずに泣きそうだった私を助けてくれたのも、また一人の女の子だった。
その女の子たちが、アリサちゃんとなのはちゃん。
今ではどっちも私の大切なお友達。
もっと驚いた事に、なのはちゃんのお兄ちゃんはあの高町さんだった。
アリサちゃんが家の用事で先に帰る事になったある日、私はなのはちゃんの家へと遊びにいき、
そこでそれを知った。私がなのはちゃんのお兄ちゃんと知り合いだと分かると、
なのはちゃんはちょっとだけ驚いていたっけ。
それからの日々は、私はアリサちゃんやなのはちゃんと遊ぶ事が多かった。
でも、そんな楽しい時間だけが続く事はなかった。
私が小学校に入学してから一月半ぐらい経った頃だろうか、家の前に険しい顔をして立つノエルが居た
その前にはお客さんらしき人の姿が。
ただ、ノエルがお客さんを前にそんな顔をするのは初めてだったので、どうしたのかと思っていると、
お客さんは帰るのか、ノエルに背中を向けて、私に気が付くと笑いかけてくる。
だけど、その笑いは本当に笑っているんじゃなくて、目が何ていうか……。
とにかく、とっても怖かった。
思わず俯く私の前に影が落ちる。
顔を上げれば、ノエルが私を庇うように立ち塞がっていて、それだけで私は安心したようにほっと息を吐く。
だけど、さっきの視線が忘れられずに悪寒が走り、私はノエルのスカートを強く掴む。
震える私を見て機嫌良さそうな声でそのお客さんはノエルへと話し掛けていた。

「まあ、今日はこれで帰るけれど、忍のやつにはちゃんと言うといてや。
 可愛い妹分やけど、充分注意するんやで。最近は何かと物騒やさかい」

「お引取りを」

初めて聞くような冷たい声でそう促すノエルに、お客さんは舌打ちすると車に乗って去っていく。

「すずかお嬢様、もう大丈夫ですよ。今、お茶をお淹れしますから」

私を抱き上げて、いつものようにそう優しい声で言ってくれるノエルの首に私は訳も分からないまま抱き付く。
そこへ忍お姉ちゃんの慌てた声が聞こえて、見れば忍お姉ちゃんと高町さんが今帰ってきたばかりなのか、
こちらへとやって来るところだった。
それから忍お姉ちゃんと高町さんは何か話をしていたみたいだけれど。
よく分からないけれど、忍お姉ちゃんは夜の決まった時間になると高町さんに電話していたし、
私や忍お姉ちゃんの登校や下校は必ずノエルがするようになった。
少しだけ教えてくれた話だと、あの時来ていたお客さんは忍お姉ちゃんや私の親戚にあたる人らしい。
そんな人が何であんな怖い事を言うのかというと、忍お姉ちゃんが持っているお金やノエルが欲しいらしい。
お金は兎も角、ノエルは私にとっても忍お姉ちゃんにとっても大事な家族。
例え、その正体が人間じゃなくて忍お姉ちゃんが作り直した機械人形だとしても絶対に渡せない。

『大切なものをとられちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』

私たち三人が仲良くなった切っ掛け、アリサちゃんに取られたヘアバンドを取り返してくれた時に、
なのはちゃんがアリサちゃんの頬を叩いて言った言葉。
あの人は、それが分からないのだろうか。
学校から帰ってきて、そのまま部屋のベッドに横たわりながらそんな事を考えてしまう。
忍お姉ちゃんは絶対にノエルを渡さない。これは絶対だと言える。
ノエルも忍お姉ちゃんを置いては何処にも行かないだろうし。
それは二人を見ていればよく分かるもの。だったら、あの人はどうするんだろう。
そんな事をつらつらと考えているうちに、私はいつの間にか眠っていたらしい。
気が付けば外は暗くなっていて、私は慌ててベッドから飛び起きた。
おかしいな。いつもなら、ノエルが起こしてくれるのに。
それに、夕飯の時間も過ぎているし。
どうしたんだろう。
何か嫌な感じが胸の中に沸き起こり、私は慌ててベッドを降りると忍お姉ちゃんの部屋へと走る。
そのままノックもせずに部屋の扉を開けて、いつものように苦笑しながら注意する忍お姉ちゃんの声が……。
聞こえてこなかった。
代わりに聞こえてきたのは、ノエルの驚いたような声だった。

「すずかお嬢様! 今、少し手が離せませんので、部屋の方でお待ち頂けませんか」

いつものような冷静な声。
だけど、私や忍お姉ちゃんには分かる、どこか焦ったような声。
さっきからノエルは何かを後ろに隠そうと私の視界を防ぐように立つ。
私はさっきよりも嫌な予感が大きくなっているのを感じながら、その後ろを見ようと身体を動かし、
同時に偶に嗅ぐ鉄の錆びたような匂いが微かにしている事に気付いた。
気付きながらも身体は止まらず、隠そうとするノエルの手を掻い潜ってその後ろにある者を見る。
見てしまった。
ノエルはこれを見せないようにしていたんだと気付いたけれど、それはもう遅かった

「忍お姉ちゃんっ!」

その時、私は何か叫んでいたんだと思う。
泣いていたのかもしれないし、怒っていたのかもしれない。
よく覚えていない。だって、目の前で眠るように目を閉じている忍お姉ちゃんの腕が、左手が……。
忍お姉ちゃんにしがみ付く私を少し強く引き離し、ノエルは私を抱きしめながら耳元で何度も大丈夫と繰り返す。
高町さんをここに呼んだから、大丈夫だって。
それの意味するところは、人の血を使うという事。
私たちの正体をばらす事になるかもしれないというのに、高町さんをここに呼んだんだ。
でも……。
それでも私にも話して欲しかったという気持ちと、
この事で私たちの事を知られて嫌われるかもしれないという恐怖。
その二つに、ノエルの腕の中でただ泣くしか出来ない私の背中を優しく何度も撫でてくれる。
何となくだけれど、忍お姉ちゃんをこんな目に合わせたのはあの人なんじゃないかと思いながら、
それでもこの温もりを与えてくれるもう一人の家族を失いたくなくて、
私はただ小さな身体で精一杯しがみ付いて泣くことしかできなかった。



 ∬ ∬ ∬



夕食前、いつもならそろそろ定時連絡の入る時間だというのに忍から何も連絡がない事を訝しみながら、
恭也は電話が鳴るのを待っていた。
何度か遊びに来た忍とは他の家族たちも既に親しく、なのはに至ってはその妹であるすずかと親友である。
そんな忍が遺産絡みで親族から狙われており、その護衛を引き受けたと告げた時は、
誰も反対するような者などおらず、なのはに至ってはすずかも守るようにお願いするほどである。
恭也自身も赤星以外の親しい友人の誕生を喜んでおり、それを害する者がいると聞いた以上は放って置けない。
故に護衛を申し出て、こうして定時連絡の時間まで決めていたのだが。
それが今日に限ってはまだないのである。
今までも二度ばかりこういう事はあったが、それでも五分以上と待った事はない。
更に言えば、今回は嫌な予感がする恭也であった。
やきもきしつつも夕食の席へと着いた瞬間、ようやく待っていた連絡が来て胸を撫で下ろす。
だが、そこから聞こえてきた珍しく焦ったノエルの声に恭也は思わず席を立っていた。
それを見て美由希たちも何かあったのかと心配そうに見守る中、恭也はノエルと二言三言言葉を交わして電話を切る。
不安げに見つめてくる美由希たちに安心させるように落ち着いた声で、

「何か問題があったらしいが、大丈夫らしい。
 ただ、念のために俺にこれから月村の家に来て欲しいそうだ」

恭也の言葉に晶とレンはすぐに食べれる物を急いで作り出し、恭也は念のためにと装備を用意するために部屋へ。
玄関で迎えが来るのを待ちながら、晶とレンが急遽作ったおにぎりを食べる。
その横ではなのはが心配そうに恭也の服を掴んで離さない。

「なのは、すずかちゃんは大丈夫だったから」

「うん。でも、忍さんは?」

「月村も大事ないらしい。だから、大人しく待っているんだ」

なのはは何も言わずに付いて行きたそうな顔を向けるも、こればっかりは恭也も首を縦には振らない。
電話で忍が襲われたと聞いたのだ。とりあえず、詳しい事情は着いてからと言われたが。
今夜、もう一度襲撃がないとも言い切れないのだ。
ノエルが言うには、今回のは警告のつもりらしいという事だとしても。
なのはにしてもそれぐらいは分かっている。
分かってはいるのだが、どうしてもすずかの身が心配でしょうがないのである。
知らず恭也の服の裾を掴んだ手に力が入る。
ようやく到着した迎えに恭也が乗り込むと、反対側のドアからなのはが入り込む。

「なのは!」

珍しく怒鳴りつける恭也の声にビクリと身体を震わせるも、なのははいやいやと首を横に振って恭也にしがみ付く。
急かす運転手の声と、ノエルの急いでという言葉を思い出して恭也はそのまま車を出してもらう。
車が動き始めたのを感じてなのははようやく顔を上げる。
恐る恐る見上げた恭也の顔は、いつものように無表情だけれどもはっきりと怒っている。
自分から恭也に声を掛けることも出来ず、かといって掴んだ手は不安で離せないでいるなのはに、
恭也の静かな声が落ちてくる。

「なのは、お前はまだ小さいけれどかなり聡い子だ。
 だから、俺や美由希がやっている剣術が少々変わっている事は知っているな」

恭也の言葉に頷く。
小さい頃からあまり構ってもらえず、一人でいる事が多かったのだ。
晶やレンが来てからはそうでもなくなったが、その前は母である桃子も店が忙しくてあまり構ってもらえなかった。
なのはが小さい頃は流石に一人で家に置いておく訳にもいかず、家の道場でよく練習していた。
そして、道場には絶対に近付かないように恭也と美由希二人揃って言われていたのだ。
だけど、なのはは好奇心と寂しさからある日練習中の二人の元へ、道場へと入ってしまった。
それだけならまだ軽く注意されるか、ちょっと怒られるだけで済んだのかもしれない。
だが、なのはは床に転がっていた刃物を見つけて、好奇心に負けて手に取ったのだ。
瞬間、すぐに気付いた恭也にそれを取り上げられて、かなりきつく怒られた。
恭也がここまで怒ったのは初めてで、泣きながら謝るなのはを最後は優しく抱き上げて、
恭也は自分たちの剣について話してくれた。

「難しい事は言っても分からないだろうけれど、それでも覚えておかないといけない。
 お前に剣を教えるつもりはないが、それでもだ。
 俺たちがやっている剣術は大事な人を守るために傷付けるものだから。
 そして、なのはが今手にしたのはその道具だから。
 よく分からないのに触るのはとっても危ない物なんだ」

他にも色々言われたような気もするが、大まかにそのような事である。
その時は意味が分からなくとも、成長するに連れて、そして二人の鍛錬を偶に見ていて理解していく。
とっても危ない事だけれど、二人にとってはとても大事なことなんだと。
そして、それが世間一般では変わっているという事も、次第に理解していった。
だからこそ、なのはは恭也の言葉に頷く。
なのはの頭を撫でながら、恭也は静かに語る。

「俺や美由希の剣は大事なものを守るためのものだから、そこにはどうしても危険な出来事というのがあるんだ。
 なのはは俺にとっても大事な妹だから、危険な目にあわせたくはないんだ」

「それでも……」

「分かっている。なのはもすずかちゃんや月村が心配なんだっていうのは。
 だけど、それでも家で待っていて欲しかった。何かあった時、俺一人で一度に守れるものには限度があるから。
 状況や場合によっては大勢でも守れるかもしれない。でも、今回は状況が全く分からないんだ。
 ノエルさんの話ではもう大丈夫という事だったが、油断はできないから」

ようやくなのはは何かあった時に自分が足手まといになると気付く。
それでもすずかが心配だから付いて行きたいと言えるほど、なのはは我侭でも分からない子でもない。
何よりも本当に何かあった時、恭也なら自分も含めて全員を守ろうとするだろう。
だが、その所為で無茶をするかもしれないのだ。いや、間違いなくする事になる。

「……ごめんなさい」

なのはは小さく謝ると、本当に申し訳ない気持ちになり顔を俯かせる。
そんななのはの頭を優しく撫でながら、

「今回はもう仕方ないとしても、次からは言う事を聞くんだぞ」

「はい……」

許してもらってもまだ落ち込んだままのなのはを抱き上げ、自分の足に乗せるとあやすように何度も頭を撫でる。
ようやく月村邸の門前に辿り着くと、恭也はなのはの手を取り車を降りる。
ここまで運ぶようにと言われていた運転手は、そのまま車で去っていく。

「なのは、離れるなよ」

「うん」

周囲を警戒しつつなのはの手を引き、恭也は門の傍のインターホンを鳴らす。
程なくしてノエルの声が届き、恭也は自分の名前と今到着した事を告げる。
ノエルが操作して開いた門から中へと入り、二人は揃って屋敷の中へと入る。
なのはも一緒にきた事に小さく驚いたノエルであったが、
今はそれどころではないと恭也となのはを連れて忍の部屋へと向かう。
なのはに部屋の外で待っていてもらおうとしたノエルだったが、血の匂いを感じた恭也の動きの方が先であった。
恭也はなのはを抱きかかえるとノエルを扉の前から軽く押して遠ざけると、すぐさま扉を開け放ち中へと踏み込む。



 ∬ ∬ ∬



突然開かれた扉にすずかは驚いて振り返る。
そこから入って来たのは、すずかの親友であるなのはと、その兄にして忍の友達である恭也であった。
二人の姿を視界に入れつつも、すずかはすぐに忍へと視線を戻す。
今はただ忍の安否が何よりも心配で、他へと気を使う余裕があまりない。
それでも軽く頭を下げてお辞儀をするすずかに構わず、
恭也はベッド脇に座るすずかの傍に移動しながら窓へと注意を向ける。
気配は何も感じないが、さっきよりも確かに濃くなった血の匂いに警戒する。
そんな恭也へとノエルの落ち着いた声が背中から聞こえる。

「大丈夫です、恭也さま。その血の匂いは今襲撃されてのものではありませんから」

ノエルの言葉に安堵しつつ振り返り、恭也はノエルに問い掛けようとして、
抱きかかえたなのはが息を飲むのを感じる。
恭也の腕に座る形で抱きかかえられ、その首筋にしがみ付いていたなのはは、
丁度、恭也の後ろが見える態勢となっており、忍の惨状を目にしてしまう。

「お、お兄ちゃん、忍さんの手がっ!」

なのはの言葉に恭也は改めてベッドに横たわる忍を見て、言葉をなくす。
包帯を巻かれた忍の左腕の肘から先がなかったのである。

「なっ、何をしているんですか、早く病院に」

ノエルへと声を掛けるも、返って来るのは静かな声。
掛かり付けの医者がいないという言葉に反論するも、恭也に血を提供してもらえれば何とかするという。
ノエルに医術の知識があったとして、こんな設備も何もない所でと思わないでもない。
だが、ノエルの忍に対する思いや、すずかの様子を見る限り本当に大丈夫なのだろうと判断し、
恭也は献血するために部屋を後にする。
部屋に残されたなのはは、顔を青白くしながらも心配そうに忍を見つめる。
すずかが無事だった事に安堵しつつも、忍の状態を見る限り素直に喜べない。
そんななのはの手をすずかはそっと握る。

「なのはちゃん、忍お姉ちゃんなら大丈夫だから」

「でも……」

「本当に大丈夫だから」

そう言いながらも繋いだ手から伝わるすずかの震えを感じ取り、なのはは元気付けるように無理矢理にでも笑う。

「そうだね。すずかちゃんやノエルさんがいるんだもんね」

すずかも不安なんだと思ってそう言うなのはの気遣いを、すずかは嬉しそうに受け入れながらも、
不安そうに繋ぐ手に力を込める。

「違うの。私が不安なのは忍お姉ちゃんの事じゃないの。忍お姉ちゃんは本当に大丈夫だって分かってるから」

だったら何が不安なのか。
よくは分からないが、ただ怯える友達を安心させてあげようと、なのはも繋いだ手に力を込める。

「大丈夫だよ。何が怖いのか分からないけれど、きっと大丈夫。
 わたしじゃあまり力になれないけれど、こうしていてあげる事はできるから」

さっきここに来るまでに恭也に触れて少しは薄らいだ不安。
それを思い出しながら、同じようになのははすずかを抱き締める。
暖かい腕の中、すずかはこの温もりがなくなる事に何よりも恐怖を覚える。
なのはの服を掴み、震える声でお願いするように。

「何があっても……ううん、何でもない。もう少しだけこのままでいい?」

「うん。大丈夫、大丈夫だから」

すずかの願いを聞き届け、なのはは何度もそう繰り返しながらすずかの背中を優しく撫でてあげる。
暫くして、開いた扉からノエルと血を抜かれすぎてフラフラしている恭也が戻ってくる。
かなり抜かれたのか、椅子を勧めるノエルの言葉に素直に従い腰を下ろす。
だが、その目は真っ直ぐに忍を見ており、無事に治療が終わるのを見届ける。
恭也となのはが息を呑みながら見守る中、ノエルは忍の包帯を外して切り飛ばされた腕を氷の中から取り出す。
そのまま腕の傷口を合わせ、忍の口に恭也から抜き採った血を入れて飲ませる。
その治療とも言えない行為を止めようとする恭也だったが、貧血で椅子から立てずにいた。
なのはも止めようとするが、抱きついたすずかによって止められる。
恭也やなのはが呆然と見る中、恭也の血を飲み干した忍の腕がゆっくりとくっ付き始める。

「後はこのままで」

ノエルの静かな声を聞きながら、恭也もなのはもただそれを見つめる。
数時間後、二人の視線の先では既に完全にくっ付き、切られた後など全くない忍の左腕の姿があった。
声を無くしたままの二人に、すずかは怖がるような視線を向ける。
それに気付かずに忍を見つめていると、忍の目がゆっくりと開く。

「……あれ? 私……」

自分の状況を思い出したのか、慌てて起き上がる忍であったが、その左腕がくっ付いている事には驚かず、
そこに恭也となのはが居る事に驚く。更に、恭也の状態を見てノエルを見る。

「ノエル、採りすぎじゃないの。今、返してあげるね」

忍は立ち上がると恭也へと近付き、その首筋に噛み付く。
咄嗟に反応し掛けるも、身体が思うように動かずにそのまま噛み付かれ、殺気がないので大人しくする。
すると、その噛まれた個所から温かなものを感じ、徐々に力が戻ってくる。

「これは……?」

驚きながら忍を見つめ返す恭也へと、忍は寂しげな笑みを見せる。
すずかがしがみ付くなのはにも目を向け、忍は二人に自分とすずかが人とは違う種族である事を告げる。
夜の一族――そう呼ばれる昔から存在する吸血種の一族であると。
人よりも怪我の治りが早い事や、得てして長寿であり、その運動能力も人を凌駕すると。
そういった能力故なのか、血が必要なのだと。

「でね、私たちの一族には掟みたいなものがあってね」

恭也となのはは記憶を消して今日のこの出来事を忘れ去るか、それとも共にある事を誓うか問われる。
忍とすずかはそろって不安そうに二人を見つめるも、恭也となのはは迷う事無くすぐに選択する。

「俺にとっては月村は月村だし、すずかちゃんはすずかちゃんだよ。
 例え、その正体が何であっても。
 月村とは親友だと思っているし、すずかちゃんはなのはの大事な友達だろう」

「そうだよ。すずかちゃんはすずかちゃんだもの。
 運動が上手で、とっても優しくて。
 忍さんもお兄ちゃんの友達でゲームが上手なすずかちゃんのお姉ちゃん」

そうはっきりと告げてくれる二人に、忍とすずかは相好を崩し、それぞれ恭也となのはに抱き付く。

「なのはちゃんもありがとうね」

忍は恭也に抱きついたまま、嬉しそうにもう一方の手でなのはにも抱きつき、
忍と恭也、なのはに囲まれて息苦しそうにするすずかも嬉しそうに笑顔を見せる。
こうして、四人の関係は特に変わる事無く、
いや、呼び方だけが多少変わっただけで――忍曰くそういうものらしい――いつもの日常へと戻って行く。
だが、完全に戻った訳ではなく、その日から恭也が忍やすずかと共に居る時間が増える事となる。
これは再度の襲撃に備え、月村邸に泊り込むようになったためである。
昼間はなのはたち高町家の者が遊びに来たりもするが、なのはも夜にはちゃんと家へと帰っていく。
そんな感じで一週間ほどが過ぎた頃、黒幕自身が加わっての襲撃が起こる。
ノエルの後継機である自動人形イレインを引き連れた安次郎による襲撃が。



 ∬ ∬ ∬



それらの記憶を眺めながら奥へと進むなのはたち。
なのはは肩にいるユーノを心配そうに見るも、ユーノは軽く笑う。

「大丈夫だよ、なのは。異世界には色んな種族があるんだから。
 なのはたちの世界で言うモンスターみたいなのだって生息している世界もあるんだよ」

「そっか。良かった。そうだよね、喋るフェレットが居るんだもんね」

安心したように笑うなのはの言葉に、ユーノは引き攣った笑いを見せる。

「それって僕の事なのかな? 僕はフェレットじゃないんだけれど」

「……ご、ごめんね! 忘れてた! 決してわざとじゃないよ」

必死で弁解するなのはに、ユーノは肩を落としつつも分かってるよと言うしかできなかった。

「あ、こ、ここから先はどうなったのか知らなかったんだけれど、お兄ちゃんがちゃんとしてくれたんだ」

イレインと戦う恭也とノエルの様子を見ながら、誤魔化すように声を上げる。
実際に誤魔化しているのだが、しかしユーノは恭也とノエルの動きにさっきまでの出来事を忘れる。

「す、凄いよ。二人とも、魔法を使ってないんだよね」

「うん。あ、やっぱりお兄ちゃんって凄いんだ」

どこか誇らしげに、恭也の事を褒められて嬉しそうな顔をするなのは。
お兄ちゃん子だなとは口には出さず、ユーノはただ苦笑するだけに留める。
すずかの記憶では、忍とすずかを守るように恭也とノエルがイレインと対峙しており、
互角、いや寧ろ恭也たちの方が押していた。
本体であるイレインとは別の、オプションと呼ばれる五体の予備機は既に四体が破壊され、残るは一機のみ。
イレインはここに来て二人よりも先に忍たちを片付けるなり人質にするという戦法に変える。
高電圧の鞭――静かなる蛇をイレインが振り回してて二人を引きつけている間に、
オプションがすずかへと狙いを付ける。
すずかを庇うように忍が前に立ち、その瞳を真紅に変えて立ち塞がるも、オプションは忍を初めから無視しており、
その攻撃を躱しながら、すずかへと手を伸ばす。
蹴りを放つ忍の軸足を払い、忍を地面に倒すとすずかを人質にしようと腕を伸ばす。
怯えて動けないすずかが捕縛されるその寸前、横から別の腕が伸びてすずかの身体を抱き上げる。
その腕の主はそのまま倒れた忍の前に立ち、庇うようにすずかを抱いた手とは逆の手に握る得物を突きつける。
夜の一族としての力を発揮していた忍でさえも、
ましてや目の前で戦っていたイレインでさえも捕らえきれなかった動きをして見せた恭也は、
そっとすずかを地面に下ろすと、安心させるように頭に手を置く。

「もうすぐ終わるから」

告げると同時に離れて行く手を自然と追うすずか。
イレインの遠隔操作によって動いていたオプションは、
恭也の動きに思わず思考までも一旦停止させてしまったイレインによってその動きを僅かとは言え止めてしまった。
その隙にオプションに迫った恭也の一閃。
同時に恭也の動きの正体、神速を事前に知っていたノエルはイレインが止まった瞬間に走り出し、
静かなる蛇の付いた腕を斬り飛ばす。
我に返り怒りで喚くイレインへと、ノエルのロケットパンチが決まり、その身体を吹き飛ばす。
吹き飛んだイレインの空中にある足をもう片方のロケットパンチで掴むと、

「恭也さま」

そのままオプションを破壊した恭也の方へと投げる。
ノエルに足を掴まれたまま身動きの取れないイレインは、そのまま恭也の小太刀により破壊される。
こうして、一連の事件は幕を閉じたのだが、実はこの後こっそりと新たな戦いが始まったのを恭也は知らない。
それは――。

「ねえ、忍お姉ちゃん」

「どうしたの、すずか」

「恭也さんって付き合っている人とか居ないんだよね」

「みたいよ。で、それが……って、まさか」

「ほら、一族の掟って、一緒に居るって事じゃない。
 それって友達としてじゃなくても良い訳で……」

「ふ、うふふふふ。こ、子供が何を言ってるのよ」

「むー、すぐに大きくなるもん」

「はいはい」

すずかの言葉を相手にしない忍であったが、その態度にすずかは何か気付いたのか。

「そういう事ね」

「な、何よ」

「別に何もないよ、うん」

「気になる言い方ね」

「忍お姉ちゃんが相手でも、ってこと」

「〜〜、え〜い、生意気なことを言うのはこの口かしら〜」

そこからは本物の姉妹のようなじゃれ合いになる二人であった。



 ∬ ∬ ∬



「あははは。ちょっと見ちゃいけない所まで見ちゃったかも。
 でも、あんな事があったんだ」

誤魔化すように言うなのはだったが、その顔はどこか面白くなさそうで、それを見てユーノは知らず溜め息を吐く。
なのはのお兄ちゃん子もかなりのものだよと。
勿論、言葉にはしないが。

「と、なのは、ここが最深部だよ」

「ここが? 何もないけれど」

「そうだね。どうやら、すずかの記憶に憑依したみたいだから、何もないけれどここで間違いないよ」

「そっか。でも、じゃあどうすれば良いの?
 いつもみたいにやっつけちゃおうにも、姿がないし」

「いや、あれは単に憑依したものの願望に沿って変形して狂暴になっているからであって、
 必ずしもぶっ飛ばなさないといけない訳じゃ……。
 寧ろ、本来の回収作業というのは……って、それは良いか」

思わず講釈しそうになってユーノは口を噤むと、なのはに指示を出す。
ユーノに言われたようにレイジングハートを構えたなのはは、ユーノの口にした呪文を唱える。
その呪文に応えるようにレイジングハートから桜色の魔力が溢れ、
なのはの足元に円の中に二重の四角、魔法陣が浮かび上がる。
レイジングハートを軽く振ると、そこに光が集約していき。

【Receipt No.Y】

「もう回収終わったの」

【Yes.】

レイジングハートの言葉になのははほっと胸を撫で下ろす。

「これですずかちゃんも無事に目を覚ますんだよね」

「うん。それじゃあ、僕らも戻ろうか」

「また歩いて戻るの?」

「いいや」

ユーノの言う通りにまた呪文を唱えると、次に目を開けた時には外の世界であった。

「凄いね、ユーノくん。ありがとう」

「いや、僕が凄いんじゃなくて言われただけで使えるなのはが凄いんだけれど……て、もう居ないし」

なのはは既にすずかの元へと向かっていて聞いておらず、、
フェレットの姿で病院に入るわけにもいかずにユーノはただ嘆息する。



泣きながら抱きついてくる忍とアリサに驚きつつも、すずかはやって来たなのはに笑顔を見せる。
その笑顔を見ながら、なのはも嬉しくて笑顔を返す。
なのはが目覚めさせた事を知らない。それでも良いと思う。
寧ろ、知らなくても良いと思う。お礼が欲しい訳ではなく、ただ大好きな人が笑ってくれる。
それが何よりも嬉しいとなのはは感じる。
そして、これが恭也や美由希が普段口にしている事の一つなのかもと思う。
だったら、お兄ちゃんやお姉ちゃんに少しは近づけたって事なのかな。
このまま頑張れば、あの子ともお話できるような気がするよ。
新たな希望を見出しつつ、なのははとりあえずは目覚めた親友へと皆と同じように抱きつくのだった。





つづく、なの




<あとがき>

ふぅ〜、すずかの過去お終い。
美姫 「殆どとらハの原作通りよね」
まあな。しかも、ちょっと駆け足気味だけど。
ともあれ、いよいよジュエルシードもあと僅か。
今回は出会わなかったクロノとなのはだが…。
美姫 「まさか、次回で出会うとか」
さあ、どうかな。ともあれ、いよいよ終盤へ向けて動き出す……はず。
美姫 「次回もお待ちください」
ではでは。







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