『ママは小学二年生』






〜4〜



学校も無事に終わりを告げ、恭也はすずを連れていつもとは違う道を歩いていた。
恭也たちの周辺には他に生徒の姿は見えず、今しがた恭也が出てきた学校は放課後だと言うのに静まり返っている。
まるでまだ授業中であるかのように。
それもそのはずで、現に今は授業中なのである。
無事に終わりを告げる所か、恭也はサボりと言われる状態にあったりする。
ただし、教師が許可を出したので恭也は本人は堂々としたものだが。
事の始まりは五時間目の途中。
若くて人気のある女教師の英語の授業と言うこともあり、昼食後だというのに寝ている生徒はいない。
これが明日の老教師による歴史になると3分の1近くの生徒の頭は下を向いているのだが。
普段なら寝ている事もある恭也だが、すずが居る状態では眠る訳にもいかず、最近はずっと起きている。
思わぬ所で役に立っていると桃子などはよく分かっていないすずを褒めるのだが、
誰よりも恭也を良く知る妹にして弟子は、

「起きているからといって、授業をちゃんと受けているかは別だもんね恭ちゃん」

ぽつりと思わず漏らしてしまった言葉は、
それが中々に核心を衝いた物であっただけに報復という行動を取られてしまうのであった。
まあ、余談はこれぐらいにして、今回の事の起こりはその授業中の事である。
恭也の足の上に座り、ご機嫌で机に広げられた落書き帳に中々個性的な絵を描いていたすずが不意に顔を上げ、
じっと下から恭也を見上げる。それに気付いて周りの邪魔にならないように小さな声でどうしたのかと尋ねれば、

「ママを迎えに行きたい」

唐突にそんな事を言い出した。
偶になのはが恭也を迎えに来る事はあるが、大抵は翠屋で待ち合わせという形で確かに逆はない。
学校の終わる時間が違うのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、
すずにはその辺りの事情など理解できるはずもなく、ただ自分の思ったことを素直に口にしただけである。
この言葉に恭也は流石に困ったようにまた今度と言ってみるが、すずは今日が良いと聞かない。
確かに甘えん坊で我侭を言う事もあるが、基本的にすずは恭也やなのはを本気で困らせる事はない。
それが珍しく引き下がろうとしない。何故かと考えるも、すぐにその理由に思い至る。
すずがさっきまで落書きをしていた落書き帳には歪ながらも三つの人らしきものが描かれている。
恐らくは自分たちを描いたものだろう。
それに付け加え、昨夜なのはが冗談半分で言った偶にはすずに迎えに来て欲しいという言葉。
恐らくはそれを思い出しでもしたのだろう。
とは言え、実際にそれが出来るかと言えばまた話は別で。
それをどう説明しようかと恭也が悩んでいると、すずも困らせていると分かったのか俯いてしまう。
そこへ授業をしていた教師が恭也の隣に立ち、満面の笑みを見せる。

「出来れば、もう少し小さな声でやり取りしてくれると助かるんだけれど。
 それとも、未だに独身である私に対するあてつけかしら?」

教師の言葉に何とも言えずに黙り込む恭也へと、冗談よと軽く笑い飛ばすと、

「とりあえず高町くんは早退と。という訳で、さっさとすずちゃんを連れて行ってあげなさい」

教師の言葉に最初はきょとんとするも、すぐに礼を言うと素早く帰り支度を整え、
嬉しそうにこちらを見てくるすずを抱き上げて教室を後にする。
良い教師だという思いを胸に秘めて校門を出る恭也であったが、後日そんな思いなどすぐに捨て去る事となる。
てっきり恭也は五時間目ぐらいは出席扱いになっていると思っていたのだが、
実際は早退どころか欠席となっていたのであった。



聖祥学園の付属小学校の校門から少し離れた場所に立ち、恭也はなのはが出てくるのをすずと一緒に待つ。
恭也一人なら怪しい人と見られかねない場所も、制服姿の上にすずが一緒なら多少は大丈夫だろうと考え、
なのはが見付けやすいようにと、校門からよく見える場所ですずの相手をする。

(ふむ、やはりすずが大きくなったら聖祥に通わせる方が良いか。
 変な虫が付くと困るしな)

どれぐらい先の事になるのかも分からないのに、恭也は既にそんな事を考えつつ、
すずにせがまれるままに肩車や、両手を掴んで振り回したりする。
その度に素直に喜びの声を上げるすずに、恭也も僅かながらも笑みを見せる。
すずと遊びながら待っていると、校門の辺りが騒がしくなり始める。
どうやら小学校の方は授業が終わったらしく、生徒の姿がちらほらと見え始める。
車通学をしている子も結構いるらしいが、それでもその数は徐々に増えていく。
何人かがこちらを見てくるが、さすがに行き成り泣き出されるというような事態にまではならず、
恭也がこっそりと安堵していたのは内緒である。

「あっ」

校門を人が通り始めてからは恭也と遊ぶのを止め、手を繋いでじっと校門の方を窺っていたすずが小さな声を上げる。
恭也も同時に気付き、小さく手を上げる。
恭也とすずの姿が向こうからでも見えたのか、なのはは少し驚いたような顔をするもすぐに笑みを浮かべ、
少し駆け足するように近づいてくる。

「ママ〜!」

校門を潜ったなのはへと走って抱き付くすずの言葉に周りが不思議そうな反応を見せる中、
恭也は苦笑しつつも二人に近づく。
手を繋いで走ってくる二人に、

「そんなに慌てなくても良い。気を付けないと転ぶぞ」

「大丈夫だよ」

そう返事を返すとほぼ同時に、二人して転びそうになる。

「はぁ、大丈夫だったか」

転ぶ前にしっかりと二人を受け止め、恭也は二人に怪我がないか尋ねる。

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「パパ〜♪」

立ち上がるなのはと、そのまま胸に顔を埋めてすりすりと頬を擦り付けてくるすず。
そんな二人の頭を軽く撫で、恭也も立ち上がる。

「さて、それじゃあ帰るか」

「うん♪」

恭也の言葉にすずは元気に返事をするとなのはと恭也の手を取る。
二人に挟まれご機嫌な様子でぶんぶんと大きく手を振る。
その様子に笑みを浮かべつつ、なのはは恭也へと尋ねる。

「どうしたの、お兄ちゃん。授業は?」

「すずが迎えに行きたいと言ってな。
 で、先生の許可が出て迎えに来たんだ」

「そうなんだ。でも、良いのかな」

「まあ、そんなに気にするな」

「あ、うん♪」

素直に喜ぶ前に恭也の事を案じるなのはへと、恭也はすずと繋いでいない方の手を伸ばし、
少し難しいけれどもなのはの頭をまた撫でてやる。
それに嬉しそうに目を細め、なのははすずと繋いだ手を自分も一緒に振り回す。

「あははは〜。パパも、パパもするのー」

なのはの行動に楽しそうな笑い声を上げ、すずは恭也にもするように促す。
流石に恥ずかしさを感じるも、すずの顔を見てすぐにそれを吹っ切ると恭也も手を振り回す。
仲良く三人で並び歩きながら、繋いだ手を大きく前後に振る親子。
そんな様子をすれ違う人は微笑ましそうに眺めていた。

「そうだ、ちょっと本屋に寄っても良いか」

「本屋? 別に構わないけれど。すずは大丈夫? 疲れてない?」

「大丈夫だよ」

「そうか。偉いな、すずは。でも疲れたら言うんだぞ。
 おんぶしてやるからな」

「本当!?」

「ああ」

褒められて嬉しそうな顔を見せたすずであったが、恭也の言葉に顔を輝かせる。
恭也が当たり前だと言うように力強く返事をした途端、

「おんぶ〜」

両手を精一杯広げ、恭也の方に背伸びしながらおねだりしてくる。
疲れたらと言っただろうなんて口にはせず、恭也は仕方ないなと言いながらすずを負ぶってやる。

「お兄ちゃんは甘やかしすぎだよ」

「そんな事はないと思うが」

「そうかな?」

「ほら、ぶつぶつ言ってないで行くぞ」

左手ですずが落ちないように固定し、右手でなのはと手を繋ぐ。
まだ何か言いたそうにしていたなのはであったが、その行動にこれ以上の言葉を噤みただ短い返事だけを返すのだった。

「ところで、何を買うの?」

「絵本だ」

「それってすずの?」

「ああ。って、何だその目は」

「えへへへ。実は今日発売の本があるんだけれど……」

駄目、という風に見詰めてくるなのはに恭也は小さく嘆息すると、

「絵本の所にいるから、持って来い」

「あ、うん。ありがとう」

恭也の手を離すと嬉しそうになのはは漫画の陳列された棚へと向かっていく。
その背中を見送ると恭也は絵本の場所へと向かい、

「すず、どれが欲しい」

「えっと……」

恭也の背中から降りて真剣な顔で絵本を眺めるすずを恭也は微笑ましく見守る。

「お兄ちゃん、実はこれとこれも出てたんだけれど」

暫くして戻ってきたなのはは都合三冊の本を手に恭也を見上げる。
一方のすずも真似るように絵本を三冊抱えて見上げてくる。
あまりにもそっくりなその態度に、恭也は二人が親子だという実感を改めて感じつつ、
二人の手から全ての本を取り上げてレジへと向かう。
その背中を暫し眺めた後、なのはとすずは互いに笑顔を交わすと手を繋いで恭也の後を追う。
こうして買い物を終えた三人はまた手を繋いで並びながら、翠屋に向かって仲良く歩いていく。





おわり




<あとがき>

すず、ママのお迎えに。
美姫 「恭也が本当に甘過ぎるわね」
まあ、この後家に帰って話を聞いた美由希に間違いなく言われるだろうな。
美姫 「その後はお決まりの如く、美由希は床で伸びている所を桃子に発見されると」
あははは。そんなこんなですず第4弾をお送りしました〜。
美姫 「それでは、またの機会があれば」







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