『ママは小学二年生』






〜5〜



それはある日曜日の出来事であった。
朝からご機嫌な様子で朝食を口に運ぶすずと、そんなすずを微笑ましく見守る恭也となのは。
すっかり見慣れた親子三人の食事風景である。

「すずちゃん、もうごちそうさま?」

「うん、ごちそうさま!」

「そう。それじゃあ、おばあちゃんもそろそろお仕事に行かないといけないから、またね。
 そうそう、おやつは冷蔵庫の中に入れてあるから食べてね」

「ありがとう。おばあちゃんのお菓子、美味しいから好き!」

どこの家でも孫には甘いもので、桃子もそのご多分に漏れず、孫であるすずの言葉に相好を崩して出掛ける準備をする。
その足取りは軽やかで、ともすればスキップしそうな勢いである。

「さて、それじゃあどうするか」

朝食を食べ終えた恭也の問い掛けに、すずは恭也の膝の上に飛び乗る。

「どうしようか〜」

恭也を下から見上げ、ただにこにこと笑う。
晶やレンは予定があるとの事で、片付けを終えると出掛けていく。
残ったなのはは恭也の隣に座り、すずと両手を繋いで特に何をするでもなくぶらぶらと手を揺らす。
すずも楽しそうに手を揺らし、特に出掛けたいとかもない様子であった。

「なら、今日はゆっくりとするか」

「するか〜」

恭也の言葉を真似てそう宣言するすずを笑顔で撫でるなのは。
そんな様子を見て、美由希もうずうずしていた気持ちを持て余してすずの頭を撫でる。
急に伸びてきた手に少しだけ警戒するも、すぐににぱーと笑顔を見せて大人しく撫でられる。

「わぁぁ。うぅぅ、やっぱり可愛い」

そんな反応を気を良くし、美由希は数回すずの頭を撫でると満足げに離す。

「美由希お姉ちゃんもお出掛け?」

「ううん、私は本でも読もうと思ってるんだけれど。
 すずちゃん、一緒に遊ぶ?」

「うん。パパとママも一緒に遊ぼう」

すずにせがまれ、こうして四人一緒で遊ぶこととなる。

「とは言え、さて何をするか」

「私や恭ちゃんの遊びって言うと、鋼糸や飛針を使ってお手玉したりキャッチボールみたいに投げ合ったりだもんね」

「そんな危ない真似させられません!」

「まあ、流石にやるつもりはないが。すずだけじゃなく、なのはも危険だしな」

美由希の言葉にすぐさま反対するなのはに対し、恭也は当然だろうと口にする。
その言葉に頷きつつも、美由希は思い出したかのように、

「でも、私の時は主にそれだったような」

「そんな訳ないだろう。他にも色々と遊んだ……はずだ。
 まあ、俺やお前は玩具の代わりに飛針や小刀が周りにあったのもあるしな」

「まあそうかもしれないけれど。その間が少し気になるけれど、気にしないでおくよ。
 とりあえずは、トランプとかで良いんじゃないかな」

言いながら既に立ち上がり、トランプを取りに行く美由希。
すずも特に文句もないようで。こうして四人でトランプをする事とする。

「すず、どれが良い?」

「うーん、これ!」

なのはが裏を向けて扇状に広げたトランプの中から一枚を抜き取り、
自分の目の前に同じように広げられているトランプの中へと視線を移す。
すずを足の上に乗せ、トランプを広げている恭也はすずが今取ったトランプと手の中のトランプをざっと見ると、

「すず、同じのはあったか?」

「えっと……あ、これ」

「うん、そうだな。それが同じだな」

すずを褒めると恭也はすずがなのはから取った札と、手の中にあった同じ数字の札を揃えて中央に出す。

「ほれ、さっさと取れ」

「うぅぅ。恭ちゃんがジョーカーを持ってるから気を付けないと」

少し前にすずが漏らした言葉からそれが分かっている美由希は慎重にトランプに手を伸ばす。
恭也が相手なら兎も角、すずは父親と違って表情がころころと変わる。
先程、恭也からジョーカーを持っていては負けとなると教えられたから、余計に分かり易く、
美由希の指がジョーカーに触れると嬉しそうに顔を輝かせる。
そして離れるとがっくりと項垂れるのである。
その反応が楽しくて、ついつい指を何度も左右に往復させてすずの顔の変化を楽しむ。

「美由希、さっさとしろ」

自分も楽しんでいたくせにそんな事を言う恭也に拗ねて見せながらも、美由希はジョーカーを引き抜く。

「やったー!」

「あちゃ〜、引いちゃったよ」

素直に喜ぶすずに美由希は少し困ったような顔を作って見せるも、すずの喜びように思わず頬が緩んでしまう。
そんな感じで四人はこの後もトランプをして遊ぶのだった。



昼食も終え、暫しまったりとした時間を過ごしていた所へと電話が鳴る。
店が少し混み出したので、恭也にヘルプに来て欲しいというものだった。

「あと、なのはも連れてきて」

「なのはを?」

「そうなのよ。ちょっとうっかりしてたんだけれど、今日、松っちゃんが新作を持って来る事になってたのよ。
 それの写真を撮ってもらうのが今日だったのよ」

「分かった。だとしたら、すずには留守番をしてもらおう。
 母さんのおやつを楽しみにしているみたいだし、美由希も居るからな」

「ごめんね。それじゃあ、お願い」

慌しく電話を切った桃子に嘆息しつつ、恭也はリビングへと戻り事情を説明する。

「すぐになのはが戻ってくるから、すずは良い子で待ってられるな」

「うん、分かった。美由希お姉ちゃんとお留守番してるね」

「ああ、偉いぞ。おやつは好きな時に食べるといい」

「はーい。パパもママもいってらっしゃい」

言って恭也となのはの頬にキスをするすずに、お返しと二人同時に左右の頬にそれぞれキスしてやる。
嬉しそうにはにかみながらも、すずは二人をじっと見上げる。

「どうかしたのか?」

何か言いたそうにしているのに気付き、恭也がそう尋ねると、

「パパはママにしてもらわないの?」

「あー、今日は一緒に出掛けるからな」

「あ、そっか。それじゃあ、いってらっしゃい」

無邪気な問い掛けを何とかやり過ごし、恭也はすずの言葉に紅潮しているなのはを急かして出て行く。
その二人の背中を美由希も見送り、家に二人だけとなる。

「それじゃあ、何しようかすずちゃん」

「ご本読んで欲しいの。……駄目?」

上目遣いで不安そうに聞いてくるすずを見て、美由希は思わず額を押さえる。

(これは恭ちゃんじゃなくても断れないって)

元より断るつもりのない美由希はそんな感想を抱きつつ、すずに読んで欲しい本を持ってくるように言うのだった。



美由希と二人で本を読んだり、テレビを見たりで時間を過ごしていたすずはお腹を押さえる。

「美由希お姉ちゃん、お菓子食べたい」

「そうだね、そろそろ食べようか」

「うん」

美由希の言葉にすずは嬉しそうにソファーからぴょんと飛び降り、洗面上へと走っていく。
手を洗い戻ってきたすずを褒めてやると、美由希は冷蔵庫から桃子が作ったケーキを取り出す。
そこでふと思い付き、

「ねぇ、すずちゃん」

「なに?」

ケーキに目を奪われつつも美由希へと顔を向けるすずに、美由希は真剣な顔付きで言う。

「ちょっとで良いから、私の事をママって呼んでみない?」

「なんで? ママはママだけで、美由希お姉ちゃんはママじゃないの」

「そうなんだけれど。ね、ね。恭ちゃんたちが戻ってくるまでで良いから」

そう詰め寄る美由希に思わず後退りしつつも、すずはいやいやと首を振る。

「すずちゃん、おやつはここだよ〜」

仕舞いにはおやつのケーキを目の前でちらつかせ、すずに呼んでもらおうとする。
だが、すずは首を横に振ってやっぱり駄目と口にする。
それでも一回だけでもママと呼ばせようと努力する美由希であったが、とうとうすずが泣き出しそうになる。

「う、うぅぅ。ママはママだけなの……」

「ああ、ご、ごめんね、すずちゃん。そうだよね、ママはなのはだけだよね。
 無理にママと言わせようとしたお姉ちゃんが悪かったから……」

流石にやり過ぎたと感じたのか、美由希が慌ててすずを慰めるも、その頭にごつく硬い手がそっと置かれる。
そのある意味、よく知っている感触に美由希は恐々と振り返ろうとするも、恐ろしさからか首が動かない。
そんな美由希の頭上から静かな声が落ちてくる。

「貴様は人の娘に何をしている」

「あ、あははは。ちょっと日本語のお勉強などを……。
 でも、あれだね、娘という言葉がすんなり出てくる辺り、恭ちゃんもすっかり慣れたというか……」

誤魔化すために必死に話を逸らそうとするが、片手で掴まれた頭に僅かに力が篭る。
その間にすずは美由希の横を走り抜け、一緒に帰ってきたのであろうなのはへと飛び込む。

「ママ〜」

「うん、もう大丈夫だよ。悪い事をしたお姉ちゃんはパパがしかってくれるからね」

すずをあやしながら、なのはも美由希を叱る。

「お姉ちゃん、すずが嫌がっているじゃないですか。
 第一、すずのママはなのはなんです」

「いや、それは分かっているんだけれど。ほら、つい魔が差したと言うか。
 一度で良いから呼ばれてみたかったんだよ。本当にごめん」

言いながらもこの後起こる事を予想して身構える美由希であったが、その衝撃は何時まで経ってもやって来ず、
その事に胸を撫で下ろし、改めてすずと向かい合って謝る美由希であったが、
すずが許す前になのはに抱かれているすずとしゃがんで目線を合わせ、頭を掴んでいない方の手で美由希を指差す。

「すず、こっちはママじゃなくておばさんだぞ」

「ちょっ、恭ちゃん何を教えて……痛い、痛い! わ、割れるって!」

「日本語の勉強中だ。俺は間違った事は言ってないだろう」

言ってにやりと笑う恭也を見て、美由希は何故すぐに頭を潰されなかったのかようやく納得する。
とは言え、流石に呼び方に関しては納得できるものではなく口出ししようとするが……。

「ちょっ、恭ちゃん本気はやめて! 無理無理無理! これ以上は本当に限界だって!」

煩いと顔を顰め、恭也は美由希を珍しくすんなりと解放してやると、すずの頭を撫でて何かを促すように話す。

「ほら、すず」

「うん。……美由希おばちゃん」

たった一言で、解放されて煩く喚き散らしていた美由希の口までも一瞬で封じる。
ただし、言った本人はどうしてそうなったのかまでは分かっておらず、きょとんとした表情で首を傾げている。
そこへ追い討ちを掛けるかのように、恭也がもう一度とすずを促せば、
すずは大好きなパパの言葉だけに疑いもせず、何の邪心もない無邪気な顔でもう一度そう呼ぶ。
再度呼ばれた途端、美由希は真っ白に燃え尽きて床に倒れ込む。
そんな美由希をいつもならフォローするなのはであるが、今回ばかりは静観を決め込んだらしく何も言わず、
いつの間にかケーキをテーブルに並べていた。

「すず、おやつにしちゃいましょう」

「はーい」

なのはの言葉にすずは嬉しそうに席に着き、同じように座った恭也となのはと一緒に手を合わせていただきますする。
ケーキを一口口に入れ、ほっぺたを両手で押さえる。

「おいしい〜♪」

「そうか、それは良かったな」

「うん。美由希おばちゃんは食べないの?」

美味しい物だから、美由希も食べないのかと純粋な好意でそう口にしたすずであったが、
その一言で美由希は更に打ちのめされたのか、力なく横たわるのであった。

「すず、美由希は後で食べるみたいだから、気にしないで食べて良いんだよ」

「は〜い」

恭也の言葉に元気に返事をすると、フォークを握り再びケーキに取り掛かるのであった。





おわり




<あとがき>

美由希が新たな称号を得た!
美姫 「流石にちょっと可哀相ね」
まあ、この後ちゃんとお姉ちゃんに戻してもらっただろうな、流石に。
美姫 「それはもう必死でしょうね」
そりゃあ、なぁ。
しかし、いつの間にやら五話か。
美姫 「予想以上に続いているわね」
いや、本当に。これからも、ちょくちょく更新できれば良いな〜。
美姫 「それでは、この辺で」
ではでは。







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る