『ママは小学二年生』
〜22〜
「パパ、パパ、あつはなついね〜」
「すず、それを言うのなら夏は暑いだ。それと、すずに変な事を吹き込んだそこの叔母は覚悟しておけ」
縁側で風鈴の音を耳にし、団扇で扇ぎながら足の上に座るすずと涼を取っていた恭也の言葉と視線に美由希は寒気を感じる。
「あ、あれ、夏なのにちょっと肌寒いかも?」
「パパ、今度はすずがやる」
言うや恭也の手から団扇を取ると、自分と恭也に向けて必死に団扇を振る。
パタタタと勢い良く振られる団扇から来る風は確かに涼を齎してくれるのだが、
それを力いっぱい振っているすずの額からは汗が流れ出る。
それを一仕事終えたみたいな感じでふーと腕でふき取る仕草をするすずに苦笑を漏らしつつ、
恭也は用意してあったタオルですずの顔を拭いてやる。
「ん〜、ぷはぁー! パパ、涼しくなった?」
「ああ、すずが一生懸命扇いでくれたからな。今度はパパがしてあげよう」
言って団扇を再び取ると、暑くなったであろうすずに少し強めに風を送ってやる。
そんなほのぼのとした親子の様子をだらしなく廊下に横たわって見上げていた美由希だったが、不意に顔を上げる。
「誰か戻ってきたみたいだね」
「足音からすると、なのはたちが揃って帰ってきたようだな」
程なくして恭也の言葉通りに晶とレン、なのはの三人が揃ってやって来る。
「ただいま、すず」
「お帰り、ママ」
先頭を歩くなのはに抱き付き、お帰りの言葉を投げると、不思議そうになのはの後ろを見る。
正確には晶とレンが二人で持っている網に入った物体を。
「これは何?」
「お土産だよ。スイカって言うんだけれど、すずは知っているかな?」
「おおー、スイカ。知ってるよ!」
なのはの言葉に目を若干大きく見開き、恐らく見るのは初めてなのか、物珍しそうにスイカを見る。
どうしたのかと尋ねる恭也に晶が答える。
「松尾さんから頂いたんです」
「何でも田舎から送られてきたそうで。
偶々翠屋に寄ったら桃子ちゃんからそれを聞いて、こうしてうちと晶とで運ぶのを申し出たんです」
二人の言葉に納得する間、すずは楽しそうにスイカの表面を手で撫で、
「目隠しして割るんだよね。すず、上手くできるかな」
「えっと、それはスイカ割りの事かな? うーん、確かにそういうのもあるけれど、これは普通に包丁で切って……」
「すず、そのスイカ割りやりたい。駄目?」
「えっと……」
なのはがどうしようかという顔で全員を見渡せば、誰も反対する様子もない。
「そうだね。それじゃあ、おかーさんが帰ってきて、夕飯を食べてからしようか」
「わーい、やったー♪」
なのはの言葉に喜ぶすずに全員が頬を緩める中、恭也は美由希の肩にそっと手を置き、
「ところで、お前はすずにどれだけ偏った知識を教えているんだ?」
「うえぇぇっ! ち、違うよ。今回のは偶々、スイカ割りの話を昼に那美さんとしていたからで」
必死に弁解する美由希に嘆息すると、今回だけは勘弁してやろうと手を離す恭也。
それに胸を撫で下ろしたのも束の間、
「だが、その前の件は別だからな」
「あ、あははは」
ちゃっかりとそう釘を刺す恭也であった。
桃子の帰宅に夕飯と、なのはが言った事を全て終え、少し休憩を挟んだ後、ようやくスイカが冷蔵庫から出される。
待ってましたとばかりに目を輝かせて喜ぶすずに皆が笑みを浮かべる。
「まさか、それがあんな事になろうとは誰も想像できなかったのです」
「師匠、どこでやります? 外は暗いですけれど」
「スイカの下に敷物を敷くから外でも問題はないし、目隠しするから暗くても良いかもしれんけれど、
確かに暗いと周りで見ている方も見辛いしな」
「……仕方ないか。本来はどうかと思うが、道場を使おう」
晶とレンの言葉に恭也は敷物を用意しつつ道場の使用を口にする。
それを受けて晶とレンは皿や飲み物を用意し出す。
桃子となのはは嬉しそうにしているすずの手を取り、先に道場へと向かう。
「あ、あれれ? 私だけ放置ですか。もしかして、私はいらない子?」
完全に無視された美由希がさめざめと泣くにはどうすれば、などとくだらない事を考えている間に恭也たちまで部屋を出て行く。
「って、本当に無視しないでよ!」
慌ててその後を追う美由希へと、恭也が敷物を放り投げる。
「くだらない事を言っている暇があるのなら、先に行ってそれを敷いておけ。
因みにスイカが着くまでに強いてなかった場合、素晴らしい罰ゲームがあるからな」
「素晴らしい罰ゲームって言葉が変だよ! 罰ゲームの時点で素晴らしくないのに!
って、スイカを持ったまま神速で道場に向かうのはやめて!」
勿論、本当に神速などは使っていないのだが、使いそうな雰囲気だった為にそう口にし、美由希は恭也よりも早く、
前を行く晶やレン、なのはたちまで抜く勢いで走り出す。
事情を知らないレンたちが首を傾げる中、特に急ぐ様子も見せず恭也は真剣な顔を作り、
「全くスイカ割りであそこまではしゃぐとは。
美由希もまだまだ子供だな」
「まあまあ、師匠。美由希ちゃんも楽しんでいるですから」
「そうですよ。それにあんな感じだから、普段からすずちゃんとも気が合うのかもしれませんよ」
呆れた口調で呟く恭也に、他の者はそれを信じたのか美由希をフォローするような事、
――微妙にフォローではないような気もするが――を口にするのだった。
道場で準備が整えられ、いよいよスイカ割りが始まろうとしていた。
すずは手に棒を持ち、ぶんぶんと素振りをしている。
その隣ではすずの一声により、次に割る人の順番が籤で決められていた。
「さて、準備も整った事だし、やりましょうか」
桃子の言葉にすずの目に目隠しがされ、軽く三回程身体を回す。
右だ、左だという言葉に従い、多少ふらふらしながらもすずはスイカへと近付いていく。
そして、その足を止めると大きく振り被り、
「えい!」
小さな掛け声と共に振り下ろされた棒は、しかし僅かにスイカの横であった。
「はずれた」
はずれても楽しそうに笑うすず。
だが、やっぱり割れなかったのが不満なのか、少し頬を膨らませているのが微笑ましい。
「すずには俺の代わりをやってもらおうかな」
「そうだね、ママの番でも代わりにやってくれる?」
恭也となのはの言葉に遠慮しつつももう一度良いのかと尋ね、それに頷く二人に顔を綻ばせる。
「んふふふ、その前に桃子さんが割っちゃうわよ」
言って肩を回す桃子。その言葉に駄目ー、と言いつつもその後に頑張ってと応援をするすずに桃子は笑顔を向ける。
「あら、思ったよりも足元が覚束ないものなのね」
すずよりも多く回された桃子はフラフラしつつもスイカに近付いていくが、そのまま通り越してしまう。
「ここね」
当然振り下ろされた棒は何もない所を打つに留まる。
次に三番手の晶が目隠しをし、自信満々に腕まくりする。
そんな晶を回すべくレンが近付き、
「ほれ、キリキリ回れ! これが本当の猿回しってな!」
「って、おめーくだらない事を言って、って、こら、亀!
回しすぎだ! や、止めろ!」
ぐるぐると勢いよく回された晶は回転が止まると立っているのも辛そうにその場に倒れ込む。
「あらあら、晶さんどないしたんですか? まさか、足腰がそこまで弱っているとか?」
「くっ、後で覚えてろよ!」
レンの言葉に抵抗するように何とか立ち上がるも、やはりこちらもフラフラとした足取りで見ていて危うい。
が、それでもスイカの傍までやって来ると、振り被って下ろす。
が、残念ながらこれまたスイカを割る事はできなかった。
「次は私だね」
眼鏡を外して目隠しをする美由希。
そんな美由希へと恭也が声を掛ける。
「さっさと失敗して次のすずと変われ。寧ろ、その場で転べ」
「うぅぅ、幾ら何でも酷いよ、恭ちゃん。こうなったら絶対に割ってやる」
言いつつ目隠しを終えた美由希へと恭也が近付き、その膝を蹴る。
「って、何々!?」
膝を裏から蹴られて流石に跪いた美由希の足首を掴むと、そのまま振り回す。
「って、スイカ割りで回す時ってこんなんだった!?
と言うか、既に技だってば!」
「何、お前は特別だ」
「こんな特別いらないー!」
振り回されながら叫ぶも、恭也は回転を緩める事なく美由希を振り回すのだった。
「う、うぅぅぅ、立つのも苦労するんですけれど」
ふらふらしながら膝に手を着いた状態で辛うじて起き上がると、そのままゆっくりと歩き出す。
左右に身体をフラフラと揺らしながらも、そこは流石と言うべきがスイカへと順調に近付く。
そして足を止めると振り被り、
「えい!」
勢いよく振り下ろされた。
「あっ」
誰が発した声だったのか、兎も角、美由希が振り下ろした棒は見事にスイカを割っていた。
「ふふん、どう恭ちゃん、これでも恭ちゃんの弟子だもん。あれぐらいで標的を見失ったりしない……って、あれ?」
誰もが何とも言えない顔をする中、すずは少し悲しそうな顔をしつつも美由希を褒める。
「ありがとうね、すずちゃん。へへへ、どうどう、恭ちゃんも素直に私を褒めて良いんだよ」
「……美由希ちゃんの事だから、わざとではないんだろうけれど」
「お師匠に振り回されている内に意地になったのか、初めから本気で割るつもりやったんかという部分が気になるけれど」
すずに褒めれて気を良くした美由希であったが、晶とレンは顔を見合わせてこそこそと話しており、
なのはと桃子は呆れたように見てくるだけ。
恭也も流石に突っ込むよりも呆れたように溜め息を一つだけ吐き出す。
「あ、あれ? あれれ?」
「ま、まあ、とりあえず皆で食べましょうか。
すずちゃん、またスイカ買ってあげるから、またスイカ割りしましょう」
「うん、ありがとうお婆ちゃん」
桃子の言葉に晶たちが皿を取り出し、すずが笑顔を見せるに到り、美由希は自分の手にある棒を見て、恭也へと視線を向ける。
「……わ、わざとじゃないんだよ」
「分かっている。お前の事だから、うっかりなんだという事もな」
「その通りです、はい。始める前はちゃんと割らないつもりだったんだけれど、振り回されている間にすっかり……」
流石に身を縮こまらせる美由希を慰めるように優しく肩に手を置き、
「安心しろ」
「恭ちゃん、ありが――」
「罪悪感を感じないで済むように、今日はたっぷりとしごいてやるから」
「ええぇっ! だからわざとじゃないって」
「ああ、それは分かっていると言っただろう。だからこそ、こうして親切心から」
「う、嘘だ! それは嘘だ!」
「む、失礼な奴だな」
「うぅぅ、恭ちゃんが全然優しくないんです〜」
わざとらしく泣き真似する美由希を無視し、恭也はすずの元へと向かう。
ある意味、いつもらしいやり取りに誰も何も言わないのであった。
おわり
<あとがき>
夏も終わりという事で、一つぐらいは夏らしいネタを。
美姫 「で、出来たのがこれなのね」
おう。いやー、すずを書くのも久しぶりとなってしまったけれどな。
美姫 「本当よね。で、これにはもう一つのパターンがあるのよね」
うん。それは、これです。
美姫 「では、どうぞ〜」
「えい!」
勢いよく振り下ろされた棒はパシと受け止められる。
「で、貴様はどういうつもりだ?」
「わ、スイカが喋った」
「ほう、心まで使っておきながら、あくまでもスイカと間違えたで通すつもりか」
振り下ろされた棒を白刃取りの要領で受け止めて言う恭也に、美由希は心外だと言わんばかりの表情で言い返す。
「それは気のせいだよ。私は純粋にスイカ割りをしてただけだもの」
表情は兎も角、その口元が微かに釣りあがっている事に美由希本人は気付いていないのか、しれっとそんな事を言う。
それに対し、恭也は静かに頷くと美由希の手から棒を、目から目隠しを取る。
「次は俺の番だったな。すず、悪いがパパもちょっとやってみたくなったんで我慢してくれるか?」
それを聞いてすずが頷くと、美由希は顔色を青くする。
「あ、私宿題が……」
「まあ、待て。まだスイカを食べていないだろう。
尤も、別の理由で食べる事ができないかもしれんがな。っと、今のは独り言だから気にするな。
スイカと人の頭部か。どちらも割れれば赤く染まるという共通点が……っと、これも独り言だ」
「あ、あうあう。だ、誰か、誰か助け――」
助けを求める美由希であったが、桃子たちは慣れたもので何も見ていない、聞いていないとばかりにあさっての方を向いている。
「う、うぅぅ、誰でも良いからヘルプミー!」
美由希の叫び声だけが道場に響くのだった。
というパターン。
美姫 「こっちでは美由希はスイカを割らないのよね」
まあな。とは言え、終わり方は似たような感じだけれどな。
美姫 「相変わらず、美由希の扱いが」
あ、あははは。ま、まあ、兎も角、今回はこの辺で。
美姫 「まったね〜」
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