『ママは小学二年生』






〜28〜



「鬼はそと〜、福はうち〜」

高町家にある道場内に響く元気な掛け声と供にバラバラと落ちる豆。
何をしているのかと言えば、見たままで豆まきである。
例の如く恭也の嘘が炸裂する前になのはがすずに節分に関して説明をしており、
からかおうとした恭也が少しだけ残念そうな顔をしていた事を除けば、ごく普通な光景である。
ただし、鬼が予想以上に身軽な事を除けば、だが。

「はっはは、その程度の攻撃じゃ逃げる必要を感じないよ。晶……じゃなかった、青鬼!」

「よっしゃっー! 喰らえ、このドン亀!」

あろう事か、青鬼の面を被った晶、もとい青鬼は床をズダンと踏みしめて豆を持つレンへと踏み込み、拳を繰り出す。

「甘いで、このサル鬼!」

その拳を軽く掌でいなし、逆の手で掴んでいた豆を至近距離から遠慮なくぶつける。
ついでとばかりに足を引っ掛け、青鬼を転ばせるとその頭上から豆の入った枡をひっくり返して頭上から豆を浴びせる。

「でなおしてこい、未熟な鬼さん」

「だぁぁっ!」

起き上がりざま再び拳を繰り出す青鬼の横から豆が飛来して肩に当たる。

「って、邪魔するんじゃ……ぐおぉぉっ!」

投げたのがすずだと分かると、青鬼は急に苦しみ出して後退る。
その様子に最初は怒鳴られてビクリとなったすずであったが、すぐに笑顔になると青鬼に豆をぶつける。
当たらない赤鬼から青鬼に標的を変えて豆を捲くすずに協力するように、レンもまた青鬼へと補充した豆をぶつける。

「って、何気におめぇのは痛いんだよ! 思いっきり投げるな!」

「にょほほほ、何の事か分かりませんな〜、青鬼さん。うちらは純粋に豆を捲いているだけや」

「鬼はそと〜、鬼はそと〜」

「ぐぬぬぬ、後で覚えてろよ」

「後も何も、鬼はこの後逃げて次に来るんは来年やろう。だとしたら、ちょっと覚えとかれへんな〜」

歯軋りする青鬼に容赦なく豆を投げるレンと真似するように投げるすず。
当然ながら、すずが投げる分には痛くもないのだが、レンの方は地味に痛かったりする。

「がぁぁっ!」

流石に我慢できなくなったのか、叫んでゴリラの威嚇のように胸を叩く青鬼。
だが、レンがすずの後ろに隠れるとそれ以上は飛び掛る事も出来ず、すずの前によりすごすごと退散するしかない。
恨めしげで怒りの篭った青鬼から視線を平然と受けつつ、レンは隣を指差す。

「まあ、あっちよりもましやと思え」

レンが指差す先では、壁や天井を蹴って豆を避けると言うアクロバティックな動きを見せる赤鬼が。
ただし、先程と違うのは投げられる豆の速さであった。
すずが投げていた時とは異なり、時折風を切るかのように鋭い音が漏れ出ている。
そんな速度で投げられた豆は、壁や天井に当たると跡形もなく、文字通り粉々に砕け散っており、赤鬼も先程よりも必死で逃げる。

「って、恭ちゃん、速い、速い!」

「ふっ! ふっ! 中々すばしっこいな、鬼の奴め」

右手に豆を掴んで握り、そこから一粒取り出すと親指で弾く。
一度では終わらず、すぐさま二粒、三粒と弾かれる豆は精密なコントロールを持って鬼の逃げ道を塞いでいく。

「っ! ちょっ、これ本気で痛いんだけれど! ただの市販されている豆だよね、ね!」

「御神を舐めるな。その気になれば豆でさえも武器になる。
 まあ、豆自体に強度がないから大したダメージにはならないがな」

「って、徹込めてる!? ちょっ、それは洒落にならないって」

「しつこい奴だな。痛みは感じるがダメージとしては殆どないだろうが。
 まあ、それでも眼だけはくれぐれも気をつけろよ」

「って、顔、顔はやめて! 女優は顔が命〜!」

「ほう、まだ余裕があるみたいだな。
 なら、俺も両手で相手をしてやろう」

言って両手を使い豆を弾いていく恭也。
ババババと本当に豆まきかと疑いたくなるような音を立てて豆が恭也の指から吐き出されていく。
時折、豆が飛ばずに手元で粉々に砕けているのは、力加減に失敗した分だろうか。
とは言え、その程度の失敗は赤鬼には何の助けにもならない。

「って、既に豆まきじゃないし!」

必死で身を捩り、床に転がり、壁を蹴って僅かな隙間に体を滑り込ませて何とか避けようとする赤鬼。
中々の運動神経である。
が、それでもやはり躱し続けるのは無理なようで、体のあちこちに豆が当たる。

「い、色々と可笑しいと思う!」

「何を今更言っている。鬼が豆を避けて、尚且つ反撃ありとか言って攻撃してきている時点で既に可笑しいに決まっているだろう。
 よって、これは当然の処置だ」

「だって、その方が面白いと思ったんだもん! って、そのお怒りは結局はすずちゃん絡み!?」

叫んだ赤鬼へと更に攻撃が激しくなる。
一方、青鬼の方はと言えば、手元の豆がなくなって補充するためにその場からすずが離れたのを契機に青鬼が反撃を開始し、
レンにあっさりと反撃を喰らっていた。打撃をそらされ、力の向きを変えられて逆にその腕を取られる。
腕を掴んだレンはそれを捻り上げ、痛みで自然と動かす青鬼の力を利用して転がすとそのまま両足で青鬼の腕を固定し、

「だぁぁっ! いてててっ!」

サブミッションへと持ち込み青鬼の腕を引っ張る。
そのまま顔面へと一粒一粒、嫌味なぐらいにゆっくりと豆を落としていく。

「おほほほほ、悔しかったら抜けてみぃ。それまでは、屈辱と痛みに身を震わせながら、豆の洗礼を受けい」

「ぐぬぬぬっ!」

強引に力でもって引き抜こうとする青鬼に対し、レンは微妙に体重を移動させて逃がさないようにする。
それをしつつも、やはり一粒ずつ豆を落とすペースは変えずに落としていく。

「ママ〜、お豆頂戴〜」

「え、あ、うん」

そんな二組を眺めていたなのはは、愛娘の声に我に返るとすずが胸の前で掲げ持った枡に豆を入れてやる。
入れてやりながら、改めて豆まきの様子を眺め見て、

「……豆まきってこんなのだったっけ?」

誰ともなく思わず漏らしてしまうのだった。
その後、なのはの一括で全員が反省した後、今度は普通に豆まきが行われるのであったとさ。







夕飯も済んで皆がくつろいでいた頃、一人部屋に戻っていた桃子がリビングに顔を出す。

「がおー!」

可愛らしくそう口にする桃子に頭には小さな角が乗っ掛かっており、丁寧にも金棒まで手にしている。

「かーさん、豆まきならもうやっ……」

自分がそうするように言ったんだろうと続けようと振り返った恭也は、そこで言葉をなくし、自分の目を思わず擦る。
改めてもう一度桃子を見て、見間違いなどではないと確認すると美由希たちの顔を見て、これが現実だと悟る。
美由希たちも恭也と似たような反応をそれぞれ返しており、唯一、すずだけが楽しそうに両手を挙げてがおーと返していた。

「お婆ちゃん、可愛い」

「ありがとう、すず」

すずの言葉に顔を綻ばせる、ここ高町さん家の家長さん。
その姿は頭に小さな角、手には金棒。
そして、両手両足には大きな肉球の付いた手袋のようなもの。
何よりも、その体を覆うのは虎縞のビキニであった。
色々と突っ込みたいけれど、突っ込むとよくないような気もして、

「……さて、今日は早く寝ようかすず」

「まだ眠たくないよ、パパ」

「ご本を読んであげるからね〜」

「うん、ママ」

恭也となのはは愛娘を寝室へと連れて行き、

「うちはそろそろ明日の朝食の仕込みでもしようかな」

「私もちょっと早いけれど鍛錬の用意しておこうっと」

レンはキッチンへ、美由希は自室へと引き上げる。そんな中、後一人残された者は、

「えっと……」

「晶ちゃん……」

咄嗟に言い訳が思い浮かばず、その場に留まり躊躇してしまった晶。
その裾を掴み、桃子は訴えるように見詰める。

「…………あー、桃子さん、その格好は?」

「勿論、鬼に決まっているじゃない。あ、この手足は虎なんだけれどね。
 まあ、細かい事は良いじゃない。久しぶりに着たけれど、まだまだいけると思わない?」

虎と分かっているんですね、とか、久しぶりという事は前にも来たことがあるのか、とか。
晶の脳裏に色々と浮かんでは消えていったが、晶はただ何も言わずに引き攣った笑みを浮かべる。

「えっと、豆まきはもう終わったんで……」

「まあね、先にやっててって言ったのは私だしね。
 でもね、さっきこれを見つけたのよ。だから、もう一回やろう?」

「…………」

じっと見詰めてくる桃子を邪険にも出来ず、晶はひたすら恭也たちに助けを心の内で求め続けるのであった。





おわり




<あとがき>

ちょっと早いけれど、節分のネタを。
美姫 「今回はドタバタとした感じかしらね」
かもな。久しぶりに桃子さんに出番を。
美姫 「出番事態は終盤だけだけれど」
まあ、その分インパクトで。
美姫 「それにしても、このシリーズも結構続いているわね」
だな。もうすぐ30か。うん、頑張ろう。
美姫 「それでは、また次回で」
ではでは。







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