『ママは小学二年生』






〜36〜



「…………」

「…………」

緊張した空気に包まれた高町家のリビング。
無言で睨み合うのは二人の兄妹、恭也と美由希である。
そんな二人を遠巻きに眺める家人たちも皆、二人の気迫に押されたかのように沈黙を守り、二人をただじっと見詰めている。
少し前までは夕食を取り、団欒に浸っていたとは思えない空気に誰かが唾を飲む音がやけに大きく響く。
すると、それを合図とするかのように、二人は沈黙を破り動き出す。
共に右手を頭上に振り被り、大きく息を吸い……。

「「じゃんけん……」」

あまりにも緊迫した空気からは想像もできないような出来事。
しかし、周りで見ていた者たちはそれにずっこける事も無く勝負の行方を真剣に見詰める。
複数の視線が見守る中、二人の声が響く。

「「ポン!」」

二人同時に出された手の形は恭也がグーで美由希がチョキ。
完全な決着がついたはずなのだが、周りで見ていた者たちは一様に驚愕というに相応しい表情を見せる。
何故なら、恭也の出した右手の肘部分には美由希の左手が添えられており、一方美由希の出した右手のチョキ、
その二つの指の間にもまた恭也の左手が触れている。
もっと分かり易く言うのなら、恭也が美由希の顔面へと繰り出したグーパンチを美由希が左手で捌き、
恭也の目へと繰り出された美由希のチョキを恭也の手刀が受け止めているという状況である。
言葉をなくして呆然と見ている周囲の者たちの視線など気にするでもなく、二人は同時に何事もなかったかのように口を開く。

「あいこで……」

『いやいや、それジャンケンと違う!』

期せずして、皆から口を揃えた突込みを貰う事となり、二人は不思議そうな顔を向けてくる。

「む、勝負の最中に何を」

「いや、お師匠たちがやってはるんが、うちらの知っているのとちょ〜っと違うようだったんで……」

苦笑とも呆れとも取れるような笑みを浮かべつつ言ったレンの言葉に、普段は喧嘩ばかりしている晶でさえも追随して首肯している。
対する二人は顔を見合わせた後、そういう事かと納得して美由希が口を開く。

「これは高町式じゃんけんだよ」

「まあ、正確には不破式というべきかもしれないがな」

美由希の説明を補足するように恭也も続けるが、やはり聞いた方は揃って首を傾げる。
まだ説明が足りないと思ったのか、恭也は少しだけ考える素振りを見せると簡単に言う。

「早い話、不破式じゃんけんとは相手をノックアウトした方が勝ち、というジャンケンだ。
 昔、父さんに教えられてな。ここぞという勝負事でじゃんけんによる白黒をつける際にはこれをすると教えられたんだが。
 名称こそ、その家独自の名前が付けられているが一般常識だと言われたんだが?」

違うのかと本気で尋ねてくる恭也を前に、桃子は物凄く素敵な笑みで亡き夫へと恨み言を小さく呟いたりする。
それに気付いていないのか、美由希も至って本気の顔で、

「ほら、有名なので最初はグーとかあるじゃない。あんな感じのローカルルールだよ」

「いや、美由希ちゃん、ローカルルールでも流石にそんなルールはないかと……」

「最早、ジャンケンじゃないような気がうちはするんですが……」

晶とレンが少し遠慮がちに美由希へと言うのだが、美由希もやはり小さな頃に士郎から教えられたからか、不思議そうに首を傾げる。
ああ、この兄妹はどうしてこう……、と言いたいのを堪え、二人を育てた士郎へと心の内で軽く文句を言っておく。
そんな家人たちの様子を気にするでもなく、恭也はどこか懐かしそうに遠くを見るような目でやや上方を見詰め、

「昔、雪山で吹雪かれて遭難した時、最後の食料となった缶詰をこのジャンケンで奪い合ったものだ。
 あいこでかなり粘ったが、結局は父さんには勝てなくて必死で空腹に耐えたがな」

「他にも似たような話を偶に聞いたよ、それ。恭ちゃん、ジャンケン弱いもんね」

「そういう美由希は結構、勝っていたな」

「うん。でも、士郎父さんがわざと負けてくれてたんだと思うよ」

「そうだろうな」

二人してしみじみと良い思い出として語る昔話に、だからジャンケンと違うと突っ込めない晶たちは、素直に聞かなかった事にする。
そうして自分たちの常識との折り合いを付けるレンたちに構わず、二人は昔話から現代へと帰って来ると再び向かい合う。
やはり共に真剣な表情で、同時に口を開く。
最早、晶たちは結果だけ分かれば良いやとばかりに他の事をし始める。

「「じゃんけん……」」

とてもジャンケンをしているだけとは思えない肉体言語で語っているかのような音がする中、晶たちは決して二人を見ようとはしない。
幾度もあいこを繰り返し、中々決着がつかず膠着状態になるかと思われたその時、

「二人とも、まだやっているの?」

「良いお湯でした〜」

なのはとすずがリビングに顔を出す。
その体からは湯気が微かに立ち上り、ほくほくと上気した頬と濡れた髪先、石鹸やシャンプーの匂いに、
手に持ったバスタオルから風呂上りだとすぐに分かる。
それを見た恭也と美由希は言葉を無くし、急にじゃんけんに飽きたのか無言のままソファーに腰を落とす。
全身からやる気のなさや疲れなどを醸し出しながら、恭也は新聞を、美由希は文庫本をノロノロと手にする。
無言で責めている様な二人に、しかしなのはは腰に手を当てて怒ったような声を上げる。

「拗ねても仕方ないでしょう。二人が悪いんだからね。
 すずは寝るのが早いんだから、お風呂だって早く入らないといけないのに、入るってなってから誰が入れるかで揉めるんだもん」

なのはの言葉に反論できず、恭也と美由希はそれぞれ手にしたものに没頭するようにじっと穴が開くのではと思うほど見詰める。
そう、なのはの言うようにじゃんけんをしていた理由、それはすずを誰が風呂に入れるかという事であった。
いつもはなのはか恭也、偶に桃子が入れているのだが、美由希が今日は入れたいと言い出したのだ。
所が、今日に限って恭也は自分が入れるつもりでいたのだ。
ここ最近、すずはなのはや桃子と一緒に入る事が多く、今日は桃子が後で入ると言った事もあり、自分が入れると主張したのである。
そうして意見の対立した結果が冒頭となるのだが。
初めは大人しく待っていたすずとなのはであったが、すずが眠そうに欠伸をし始めたのを見て、なのはが風呂へと入れたのである。
そもそも、一時間近くもあいこを続ける二人が悪いのだから、文句の言いようもない。
二十分ほど待っただけでも褒めて欲しいものである。それが嫌なら、次は普通のじゃんけんで勝負を決めてください。
それがなのはの言い分であり、これまた恭也と美由希が反論する事は出来なかった。

「パパ〜、明日は一緒に入ろうね」

「そうだな、明日は一緒に入ろうな」

「あ、ずるい、私も入れたいのに」

「すずは俺をご指名だから諦めろ」

「う〜、う〜」

「喧嘩はめっ、なの! だったら明日は皆で入ろう」

「えぇぇ、いや、それはちょっと……」

言い合いそうになる恭也と美由希を叱り付け、すぐに良い案だとばかりに言ったすずに、当然と言うべきか美由希が難色を示す。
そんな美由希を不思議そうに首を傾げて見遣るすずだったが、すぐに小さく欠伸を漏らす。

「まだいつも寝る時間よりは早いが眠いのか?」

「う〜ん、ちょっと」

声にも少し力がないのを見て、恭也は寝かせる前にとすずを抱き上げて足の上に乗せると、その小さな手に持っていたタオルを取り、
それですずの頭を優しく拭いていく。

「ん〜、ん〜。にゅ〜」

恭也に拭かれるのが気持ちよいのか、それとも眠いからなのか、すずの体にはあまり力が入っておらず、
恭也の手の動きに合わせる様にゆらゆらと小さく体も揺れる。
それがまた程よい振動にでもなっているのか、すずの目が眠そうに細められる。

「にゅふ〜」

発せられる声にも眠気が多分に混じり始め、遂にはポテンと恭也にもたれかかる。
その状態ながらも恭也は器用にすずの髪を拭くと、既に寝息を立て始めたすずを起こさないようにそっと抱き上げる。

「すずを寝かせてくる」

すずの状態を見ていた皆も小声で話したりしており、恭也の言葉に小さく頷く。
恭也の後をなのはが付いて行き、恭也に抱かれて眠っているすずを見て頬を緩める。

「可愛いね」

「そうだな」

「でも、ちょっと羨ましいな。なのはもお兄ちゃんに抱っこして欲しいな〜」

おねだりする様な目に見られつつ、恭也が返事しないで居ると拗ねたように頬を膨らませる。
そんな様子に苦笑を見せつつ、恭也は仕方ないとばかりにまた今度と口にする。
当然、なのはがその事を忘れるはずもなく、後日ちゃっかりとおねだりしてくるのだが、それはまた別の話である。
とりあえずは大人しく引き下がったなのはに安堵していると、すずの口からむにゃむにゃと聞こえてくる。
思わず二人揃って耳を澄ませば、

「パパ、ママ」

とても幸せそうな顔でそう呟くすず。
思わず二人して相好を崩し、恭也は抱っこした状態で軽く背中をあやすように叩き、なのははすずの髪を梳くように撫で上げる。
それが伝わった訳でもないだろうが、すずはその寝顔に笑みを浮かべるとまた静かに寝息を零す。

「どんな夢を見ているんだろうね」

「きっと楽しい夢なんだろうな」

起こさないように小声で会話しながら、恭也となのははすずを運ぶのであった。





おわり




<あとがき>

すずとの入浴権をかけた二人のバトル(?)というお話で。
美姫 「すっかり親ばかになった恭也」
いや、それはもう結構前からだって。
美姫 「言われてみればそうよね」
だろう。という訳で、今回はお風呂に関する話で、お風呂そのものではないというのでお送りしました。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。







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