『美由希の受難と幸福と』






時間が凍りつくと言うのはこういった事なのかもしれない。
美由希は一人、そんな事を思う。
場所は高町家のリビングの入り口。
そこで美由希は師匠にして、兄、そして最近になって新たに恋人と言う肩書きの加わった恭也を出迎え、
そのまま動きを停止させる。向こうも同じなのか、こちらを何とも言えない表情で見返してくる。
時が戻せるのならば、そんな事を切に願いつつ、美由希の心は現実逃避するべく過去へと遡っていく。



休みの朝、いつものように全員が揃って朝食を取っていた。
その席で今日の予定について誰ともなく話をし始め、桃子はいつも通りに翠屋で仕事。
晶は空手道場でレンは友達と約束があり、なのはもまた久遠と遊ぶとの事であった。
全員が夕方まで戻ってくる事はなく、恭也だけが忍との約束で少し出かけるが、昼過ぎには戻るとの事であった。
それを聞き、唯一予定のない美由希が昼食は恭也と自分の二人だけと知り、料理すると言い出したのだ。
桃子は翠屋で昼食を済ませると告げるとさっさと出掛ける支度に入り、他の者たちも出掛ける準備を始める。
そんな中、美由希は期待するような目で恭也を見詰める。

「まあ最近は頑張っているようだし、美由希に頼むか」

「本当!?」

まだ一人で料理をした事は数える程しかなく、不安ながらも恭也はそう言う。
その言葉に嬉しそうな顔を見せる美由希を見て、恭也もまた微かに表情を緩めるのだが、
これだけはちゃんと言っておかないといけないと、やや表情を引き締め、

「ちゃんと味見はするように。それと変なアレンジはまだしなくて良いから」

「分かっているよ。これでも晶やレンから教わって上達しているんだから」

「それは知っている」

何せ、そうして作られた物は恭也の胃へと収まっているのだ。
何よりもそれを実感しているのは恭也であろう。
苦手な料理も努力している美由希を知っているし、何よりも自分の為にと頑張ってくれているのだ。
故に恭也は美由希に昼食を任せ、自分も出掛ける支度をするべく席を立つのだった。

こうして誰も居なくなった台所で、美由希は真剣な表情で鍛錬時よりも神妙な面持ちで構えた包丁を振るい、
緊張しつつも調味料を間違える事無く味付けをし、注意されたように味見までこなす。

「うん、晶たちに比べたらまだまだだけれど、ちゃんと食べれる」

高町家の鉄人たちの味を思い出しつつ、
まだまだだと感じるもちゃんと美味しく出来ている事に満足そうな笑みを浮かべる。
そして、食器を並べ、全ての支度を整えて後は恭也の帰りを待つばかり。
ここまでは良かったのだ。
そう、何も問題などなかった。
この後、自分が変な事を思い出さなければ、恭也も自分の努力を認め、お褒めの言葉の一つも貰えただろう。
もしかしたら、誰も居ないという事で恋人同士の甘い時間を過ごせたかもしれない。
だが、悲しいかな。現実はそうはいかなかった。
それは数日前の事である。親友である那美とさざなみ寮でお話しをしていた時のこと。
寮に住む漫画家の発した一言。それを思い出してしまったのだ。

「高町は高町兄と兄妹として長い事過ごしていたんだよな。
 だとしたら、恋人になったとはいえ、同じような状態でマンネリして飽きたりとかしないのか?」

もっと前後に色々とあり、その時は否定した言葉だったのだがふと思い出してしまったのだ。
そして、思い出してしまうと気になってしまう。
少し考えた後、普段ならしないような事をしてしまったのだ。
それは、その時の会話の続きにも出た事で、必死で管理人が口止めしようとした挙句、
結果として知られてしまった内容。
思い返せば、そんなはずはないと思える事なのに、だが、その時の美由希にはまるで天啓にも思えたのである。
そして、それを実行するべく一時の羞恥を捨て去る。
徐に先程まで着けていたエプロンを掴み、次いで服に手を掛ける……。



玄関の開く音が聞こえ、恭也の帰りを告げる声が聞こえる。
本来なら出迎えるぐらいはするだろうが、この時は流石に恥ずかしくてリビングで待機する。
徐々に近付いてくるのを感じながら、美由希は落ち着かせようと数回深呼吸を繰り返し、恭也が来るのを待つ。
そして、恭也がリビングへと足を踏み入れると、

「お帰りなさい、あなた」

甘えるように恭也に抱きつこうとして、その後ろに忍が居る事に気付いて動きを止める。
そうして、話は冒頭に戻るのだが……。

「えっと……、わ、私は帰った方が良いかな?」

美由希のエプロン姿を見て、そう尋ねる忍に対し、恭也も美由希もまだ正常な思考が戻ってきていないのか無言。
そう、エプロン姿、否、エプロンだけの姿の美由希は元より、それを目の前にした恭也もまた呆然としていた。

「あ、え、うえっ……きゃぁぁっ! 恭ちゃんのエッチ!」

恭也よりも先に我に返ったのか、美由希は顔を瞬間湯沸かし器の如くあっという間に真っ赤に染め、悲鳴を上げてリビングを出て行く。
その声に恭也もまた正気に戻り、隣で同じように呆然としている忍へと振り向くと、

「俺が悪いのか?」

「えっと……、ノーコメントで」

流石の忍も敢えて何も触れずそのまま口を閉ざす。
着替え、まだ顔を赤くした美由希が戻ってくるまで、残された二人の間を少し思い沈黙が漂う事となる。
その後、美由希は必死に数日前のさざなみ寮の話に纏わる言い訳を述べる。
話している間に美由希も落ち着いてきたのか、今更ながら思い出して顔を赤くさせる。
居た堪れないような気持ちになる美由希に、恭也は腕を伸ばしてその髪をそっと撫で上げる。

「一度しか言わないからよく聞くように。別にお前に飽きたりなんてしない。
 正直、あの格好に何も感じなかったとは言えないけれど、お前はお前のままで良いんだ。
 美由希が美由希だからこそ、俺も好きになったんだから」

言い終えると恭也は顔を若干赤くし、美由希から手を離す。
逆に美由希はその手を掴み、

「きょ、恭ちゃん、今何て言ったの?」

「さあな」

「あ、誤魔化さないでちゃんと言ってよ」

「一度しか言わないと言っただろう」

「うー」

拗ねたように唸り、掴んだ恭也の手をブンブンと振り回す。
怒っているようにも見えるが、傍から見れば単にじゃれているだけだとすぐ分かる。
勿論、それは恭也にも伝わっており、恭也は大人しくされるがままになっている。
暫くそうしていたが、絶対にもう言わないと悟ると美由希は諦めたように手を離す。
残念そうではあるが、その顔は嬉しそうでもある。
そんな顔のまま立ち上がり、

「あ、冷めちゃったから温めなおさないと」

すっかり冷めてしまった昼食の元へと行こうとして、その手を恭也に掴まれる。
どうかしたのか尋ねようとして、それよりも先に恭也に引っ張られてそのまま転がる。
が、地面には激突せずに恭也の腕の中へと引き込まれる。
そして、美由希が事態を把握するよりも早く、何か言おうとしていた口をそっと塞ぐ。

「……これで少しは不安も薄らいだだろう」

「……うん。でも、まだちょっとだけ不安かも。だから、もう一回、今度はもう少し長くお願い」

囁くような小さな声で恭也へとお願いし、腕をそっと恭也の首に回す。
答えるように恭也の手も背中へと回され、再び短い沈黙が落ちる。

「……さて、どれぐらい上達したのか食べてみようか」

「うん。あ、すぐに温めるからちょっとだけ待っててね」

「ああ」

こうして、二人は少し遅めの昼食にありつくのであった。





おわり




<あとがき>

以前、雑記でCMネタとしてやった『美由希の受難』を加筆、修正したものです。
美姫 「ある意味、使い回しとも言うけれどね」
そうならないようにちゃんとエピソードを追加したよ。……ちょっとだけれど。
美姫 「はいはい。で、久しぶりに美由希メインのお話ね」
だな。ちょい甘を目指して……そうなったかな?
美姫 「どうかしらね。さて、それじゃあ、この辺で」
ではでは。







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る