『ある日の美由希の日記』






○月×日 晴れ

今日は朝からずっと恭ちゃんと一緒だった。
朝ご飯を食べ終えてから、二人でショッピングへと行った。
恭ちゃんが前の日に誘ってくれたの。
恭ちゃんったら、無表情のまま明日、デートしようだって。
それが照れているだけって事は長い間、傍にいた私にははっきりと分かっているけれど、気付かない振りをしてあげるの。
そうしないと、照れた恭ちゃんが何をするのか分からないもの。
誤魔化すように、いきなり私を抱き締めて、それで文句を言おうとしたら、今度は、その、唇を……。
べ、別に嫌って訳じゃないんだけれど、だ、だから、そんなに悲しそうな顔しないで。
ほら、なのはたちが見てるから…。
えっ? 見せ付ければ良いって。そ、そんな恥ずかしいよ。
そう言って俯く私の顎に手を掛けて、恭ちゃんったら、そのまま強引に……。
って、きゃーきゃー。わ、私ってば、何を書いてるんだろう。
そうじゃなくて、つまり昨日、恭ちゃんにデートに誘われて、今日はその当日だったって訳。
それで、時間になったから、一緒に家を出ることにしたの。
本当は、何処かで待ち合わせして、っていうのもしてみたいんだけどね。
同じ家に住んでいるんだから、一緒に出るほうが効率が良いって恭ちゃんは言うんだよ。
本当に、女心が分かってないんだから。



待ち合わせ場所に先に着いた私は、今か今かと時計と睨めっこしながら、恭ちゃんが来るのを待つの。
そして、遅れそうになった恭ちゃんが慌てて私の前まで走ってきて、

「ごめん、ごめん。少し遅れてしまって」

そう言って笑いかけてくるその顔に少し見惚れそうになるけれど、頭を振ってその誘惑を打ち消すと、
私は如何にも怒ってますって顔で頬を膨らませて、ツーンとそっぽを向く。

「もう、遅いよ」

「だから、ごめんってば」

「知らない。あーあ、映画の時間に間に合うかな」

「本当にごめん、美由希。ほら、そんなに剥れていると、折角の可愛い顔が台無しだぞ」

「な、何てこと言うのよ。は、恥ずかしいな、もう」

私は真っ赤になりながら、更に恭ちゃんから顔をそらせようとするんだけれど、
それよりも早く、恭ちゃんが回り込んでいて、私の頬を両手で掴んでくる。

「別に恥ずかしい事じゃないだろう。俺は自分の思ったことを言っただけなんだから。
 何だったら、今、ここで大声で美由希が好きだと言っても良いぞ」

「うぅー、嬉しいけど止めて。もう怒ってないから」

「そうか。だったら、早く行こう。モタモタしていると、始まってしまうぞ」

恭ちゃんはそう言うなり、私の手を掴んで走り出す。
私は恭ちゃんに引っ張られながらも、その頬が緩むのを一生懸命に堪える。



って、また何を書いてるのよ、私ってば。
そうじゃなくて、そうそう恭ちゃんと買い物に行った話だった。
目当てのお店でお買い物をした後、ちょっとお洒落な喫茶店で昼食を取った。
それから、二人でゆっくりとあちこちを散策しながら、最後は夕焼けに染まる臨海公園を歩きました。
お互いに言葉は無かったけれど、とても柔らかな雰囲気が私たちを包み込んでいて、言葉なんていらなかった。
夕焼けをバックに、私と恭ちゃんはじっと見詰め合って……。
こ、これ以上は秘密です。例え、これが日記で、誰かに見られる心配がないといっても、流石にこれ以上は恥ずかしいし。
と、兎に角、今日はとても良い一日でした。
明日もこんな日だったらいいな〜。





  ◇ ◇ ◇





「恭也、ちょっとそこに座って」

いつに無く厳しい顔つきの忍が、帰宅した恭也を捕まえるなり、そのままリビングの恭也の定位置へと座らせる。
何が何だか分からないといった感じの恭也へ、忍が恭也の目の前に一冊の本を叩き付ける。

「さて、これは一体、どういう事かしら?」

「一体、何のことだ。第一、どうしてお前がここにいるんだ」

「そんな細かい事はいいのよ!」

忍の言葉に、他の者も頷く。

「晶、レンがいるのは分かるとして、那美さんまでどうしたんですか」

「私は、美由希さんに用事があったので」

「で、その肝心の美由希はどこにいるんですか」

「今、お茶菓子を買いに行ってます」

恭也の言葉に、晶が代わりに答える。
そんなやりとりももどかしいとばかりに、忍がテーブルを強く叩く。

「そ・れ・よ・り・も! これはどういうこと!」

「だから、それは何だ」

「美由希ちゃんの日記よ」

恭也の言葉にあっさりと言う忍に、思わず頷きかけた恭也だったが、慌てたように言う。

「お前、何を勝手に持ち出してるんだ」

「そんなのは良いのよ!」

「良くないだろう、流石に」

「いいの!」

強い口調できっぱりと言い切る忍に、恭也は何を言っても無駄だと口を噤む。
そこへ、今度は那美が話し掛ける。

「実は、美由希さんが出かけた後、たまたまそれを見つけまして。
 べ、別に読もうと思った訳ではなくてですね、たまたま何かな〜、って思って手に取ったら、日記だったんです。
 で、すぐに戻そうとしたんですけど、手が滑って床に落としてしまったんです。
 慌てて拾おうとしたんですけど、少し気になることが書かれていたので……」

「ついついそのまま読んでしまったと」

「はい」

反省しているような那美に、恭也はため息を吐きつつも一応、注意をしておく。

「気になる事が書かれてあったとしても、他人の日記を見るのは、あまり感心しませんよ」

「反省してます」

「で、それがどうしてここにあるんだ、忍」

その恭也の言葉に、忍は待ってましたと言わんばかりに笑みを見せると、

「ふっふっふ。それはね、ここに書かれていることがどういう事なのか、恭也に聞こうと思ってね」

忍は少し怖い顔をして、あるページを開いてみせる。
恭也が注意しようとするのを制し、忍はその問題としているページを開いて見せる。

「忍、俺は人の日記を勝手に読む気はないぞ」

「そう言っている場合じゃないのよ。良いから、読みなさい。
 そして、納得のいく説明をしてもらおうかしら」

いつにない強い口調の忍に、恭也は抵抗を続けるが、結局は読む事となる。
心の中で美由希に謝りつつ、そのページを読む。
読んでいくにつれ、恭也の顔が怪訝なものへと変わっていく。

「分かった? さあ、どういう事かしら?
 何で、美由希ちゃんとだけデートしたのかな〜」

「ちょっと待て。俺は身に覚えがないぞ」

否定する恭也へ、レンが告げる。

「そやけど、お師匠。その日は確かに美由希ちゃんと出掛けてましたよね」

「ああ、確かに出掛けたな」

恭也の言葉に、忍の眦がつりあがるが、それに気付かずに恭也は続ける。

「しかし、あれは伊関さんの所へ、頼んでいた練習用の木刀を取りに行っただけだが」

「じゃあ、このお洒落な喫茶店で昼食っていうのは」

尋ねてくる那美に、恭也はあっさりと答えを口にする。

「ああ、それは翠屋ですよ。かーさんに試食を頼まれていたので、昼食も兼ねて」

「じゃあ、師匠。この散策というのは」

「ああ。昼食を取った後、少しだけ店を手伝って、その後、家に帰るまで少し散歩して帰ったな。
 その時、少し小腹が空いたので、臨海公園の屋台へと寄ったな」

「じゃ、じゃあ、この後の見詰めあってというのは……」

「食べ終えて家に帰る途中、何もない所で美由希が転んでな。
 その時、目にゴミが入ったらしいくて、取ってやったな」

「「「「…………………………」」」」

恭也の説明が終ると、その場の誰もが言葉を無くし、次いで、勝手に日記を見てしまったという罪悪感から無口になる。
無言の空気が流れる中、恭也は一人席を立つと、お茶を入れる。
やがて、誰も動かず静かな空間に、恭也がお茶を啜る音が響く。
それが切っ掛けとなったのか、ゆっくりと動き出す忍たち。
忍は真っ先に動き出すと、那美の肩に軽く手を置く。

「那美、人の日記を勝手に読んじゃ駄目だよ」

「なっ、そ、そんな〜。忍さんだって読んだじゃないですか〜」

「さあ、何の事かしら」

「うぅ、酷いですよ〜」

忍を睨む那美へと、晶が声を掛ける。

「そ、それよりも那美さん、早く日記を元の場所に戻した方が良いんじゃ……」

「そ、そうですよ、那美さん。このままやと、うちらが日記を見たことが美由希ちゃんに知られてしまいます」

「あ、うん、そうだね」

二人の言葉に頷くと、那美は日記を手にして急いで美由希の部屋へと向う。
が、運悪く玄関の開く音と共に、美由希の声が聞こえてくる。
それに驚き、那美は急いで階段を駆け上るが、あまりにも慌てていた為、階段を踏み外し、転がり落ちる。
那美が落ちたのを知り、美由希が慌ててその場へと駆けつける音を聞きながら、恭也以外の者が揃って天井を見上げる。
そんな忍たちの耳に、美由希の悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

「ああー! それは私の日記帳じゃないですか! どうして、那美さんが!?
 も、もしかして見たんですか!?」

「あ、あわっわわわ、こ、これはですね、その、あの。し、忍さ〜〜ん」

「ま、まさか忍さんまで見たの」

そんなやり取りに、忍は頭を抱えて蹲る。
それからすぐに、美由希が那美を引き摺ってリビングへと顔を出す。
そこに恭也がいた事に驚きつつも、美由希は忍へと問い詰める。

「忍さん、人の日記を勝手に読むなんて酷いじゃないですか」

「あ、あははは、ご、ごめんね」

「酷すぎますよ〜」

涙目になる美由希に、さしもの忍もたじろぎ、恭也へと救いの目を向ける。
しかし、恭也はそれを無視して、ずずっとお茶を一口啜る。

「恭也、一人だけ知らん顔はなしよ。ここまで来たら、皆共犯よ」

「勝手なことを言うな。俺は嫌だといったのに、お前が無理矢理見せたんだろう」

「恭ちゃんも見たの! ひ、酷いよ。忍さんは兎も角、恭ちゃんまでそんな事をするなんて」

「私は兎も角ってのが、少し気になるんだけど……」

忍の言葉を流し、美由希は恭也に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ掛ける。
恭也も自分に非があるために、大人しく口を噤んでいたが、五分ほどもそれが続くと、流石に疲れたような顔になってくる。
そして、遂にその閉じていた口を開く。

「確かに、勝手に見た俺が悪かった。だが、日記とは本来、その日にあった出来事を書くもののはずだ。
 お前のアレは、日記とは言わん。妄想だ、妄想」

「む〜、そこまで言わなくても良いじゃない!」

「それを言うなら、お前こそ、あそこまで言う必要はないだろうが」

「それが勝手に人の日記を見た人の取る態度!」

「だから、アレを日記と言うな」

「う、うぅ〜、恭ちゃんのバカ〜。今日の深夜の鍛練を見てなさいよ〜。
 そんな事を言った事を後悔させてやるんだから〜」

そう叫ぶと、美由希は部屋へと掛けて行く。
その後ろ姿を眺めつつ、恭也はそっとため息を吐くのだった。
結果として、後悔したのは美由希だったとだけ言っておこう。
まだまだ修行が必要なようだ。






おわり




<あとがき>

美由希ちゃんの日記。
美姫 「妄想日記よね」
そうとも言うな。
美姫 「何か、美由希の扱いが毎回、毎回、酷いような」
そんな事はないと思うぞ。
第一、短編に出てきてる回数では、美由希が一番多いはずだし。
美姫 「それと扱いの良さは別だと思うんだけれど…」
まあまあ。これはこれで。
とりあえず、この辺で失礼するかな。
美姫 「そうね。それじゃあ、今回はこの辺で」
さらばじゃ〜〜。







おまけ

○月□日 晴れ

昨日、恭ちゃんが私の日記を勝手に見ました。
ショックで泣き喚く私を、恭ちゃんは優しく慰めてくれました。
そして、お詫びにって深夜、二人っきりの散歩に行きました。
恭ちゃんは無言で私の少し前を歩いていきます。
私が黙ってその後に付いて行くと、人気のない神社の裏へと連れて行きます。
そこであった出来事は、私と恭ちゃん二人だけの秘密です。
ただ、恭ちゃんったら、とても激しかった。
お陰で、朝は一人で立つ事も出来ないほどでした。
だから、この日記も、昨日の出来事を今つける事になっちゃいました。
体がまだ傷むので、今日はここまでにしておきます。






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