『乙女の秘密大作戦』






「うぅぅ……。このままじゃ駄目、だよね」

脱衣所も兼ねる洗面所にて風呂に入る前なのか、下着一枚着けていない裸の状態で美由希は一人ごちる。
俯いた顔を上げ、鏡に映る己の顔を見て決意も新たに気合を入れるべく頬を叩く。

「つぅ〜〜」

力加減を間違えたのか、思った以上に良い音を立てた頬を今度は両手で擦りながらしゃがみ込み、
ヒリヒリする頬から手を離すと、今度は拳を握り胸の前で小さくガッツポーズを取る。

「よし! 恭ちゃんに……」

ぶつぶつと呟くと、ようやく美由希は浴室へと入るのであった。



「おはよう」

「あ、おはよう美由希ちゃん」

早朝の鍛錬を終え、キッチンへと顔を出した美由希はそう挨拶をする。
それに返してくるのは今日の食事当番となっているレンである。
こちらに一度だけ振り返って挨拶をする間も、手は止まらずに動いており、美由希は改めて凄いなと感心する。
そんな美由希の視線を既に前に向いていたレンは気付かなかったけれど、美由希が何か言いたそうにしているのには気付いたのか、
顔だけを振り返らせて何か用でもと尋ねる。
レンの問い掛けに美由希は一つ頷くと、

「うん、実は今日ちょっと用があって早く出るんだ。だから、私の分の朝食は良いよ」

「あかん、あかんで美由希ちゃん。朝食は一日の始まり、体の資本や!
 それを抜くやなんて、この高町家の台所を預かる身のうちには許せる事やあらへん。
 急ぐんやったら、今からパパッと何か簡単なもんを作るからちょっとだけ待ってて」

「あ、大丈夫だよ、レン。私だって朝食を抜くなんて事はしないよ。
 途中で何か買うつもりだから。それよりも、もう行くから」

「そこまで言うのなら良いけれど。本当にちゃんと食べなあきませんよ。
 あ、それとちゃんと栄養も考えて……」

「分かってるよ。ありがとうね、レン。それじゃあ、いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

そう言って美由希を見送ると、レンは再び調理に戻る。
その後、朝食の席に現れなかった美由希の事を説明するのも勿論、レンの役目であった。



その日の夕食。
朝食に対し、夕食は晶が担当して作ったのだが美由希は途中で箸を置く。

「ごちそうさま」

「え、もう良いの美由希ちゃん? ひょっとして美味しくなかった?」

「ううん、美味しかったよ。でもお腹がもういっぱいで」

「勿体無い事をする奴だ。食べないのなら俺がもらおう」

言った恭也の前に、美由希がそれじゃあどうぞと皿を出してくる。
思わず皿の中に残っている量を見て、

「本当にお腹がいっぱいなのか? 何処か具合が悪いとかじゃないだろうな」

いつもの半分程度しか減っていない皿を見て、恭也は美由希の額に手を伸ばして熱がないか計る。
が、掌から伝わってくるのは平熱と判断できる程度の温もりで、またゆっくりと恭也の手を引き離す美由希の口からも否定される。

「違うよ、全然そういう事じゃないから。
 ちょっと朝食をいつもより取りすぎて、それなのに昼食をいつもと同じだけ注文してしまったから」

「それだけか?」

「うっ、実は帰りについフラフラと良い匂いにつられて……」

本当なのかという意味で尋ねた恭也に、美由希は更に告白し、晶に申し訳なさそうな顔をしてみせる。
そんな美由希に晶は気にしないでと告げ、恭也はそれならと遠慮なく箸を伸ばす。
それらを見ながら、美由希は読みたい本があるからと部屋へと戻る。
部屋に辿り着いた美由希は決意を込めた瞳で来たるべく時に備える。

「うん、大丈夫!」

自らを鼓舞するように小さく声にまで出すのであった。



日課としている深夜の鍛錬。それが終わり、家人が寝静まった高町家へと帰って来る恭也と美由希。
いつものように先に美由希が風呂に入るべく風呂場へと向かうのを見遣りながら、恭也は今日の事を思い返す。

「いつもより精彩に欠けていた上に、少し上の空だったな」

一応、その場でも注意したのだが理由を聞いてもしどろもどろな上に何かを隠そうとしていた。
一度、風呂から上がったら聞いてみるべきか。
そこまで考えて、恭也は改めて美由希の様子を思い返し、顔色も少し可笑しくなかったかと思い出す。
熱などはなかったが、やはり体調が悪いのでは。そう思い、思ったら待つなど出来ずに美由希の後を追う。
追うまでは良かったが、脱衣所の前で恭也は立ち止まってしまう。
よくよく考えてみれば、美由希は今入浴中である。
流石に踏み込むわけにもいかず、恭也は上がるまで待つべきかと考える。
が、体調が悪いのなら湯冷めさせるのもと考えている恭也の耳に、美由希の声が聞こえてくる。
どうやら、まだ風呂には入っていないらしくそれなら話ぐらいは出来るかと思いノックしようとして、

「お願いします、神様、仏様」

何かに祈る美由希の声に手を止める。
一瞬、変な宗教にでも嵌ったのかとバカな考えが浮かぶも、それをすぐに否定する。
知らず耳を澄まして中の物音をよく聞こうとする。

「どうか、どうか恭ちゃんの……」

自分の名前が出たことで首を傾げ、よく聞こえなかったからと少しだけ耳を扉に近づける。
傍から見れば、妹の入浴を除く危ない兄であるが、恭也は至って真剣に美由希の身を案じており、そこまで考える余裕もない。
そんな恭也の耳に、更なる呟きが聞こえてくる。

「いざ、鎌倉! って、えぇぇっ! どうして、何で! 誰か助けて!」

決心を秘めた声に続いて驚愕の響きを含んだ悲鳴。そして分からないと言った疑惑の声が続き、最後には助けを求める。
特に最後の言葉に恭也は反応し、状況の確認も何もなく、場所も忘れて扉を開け放つ。
そこには……。

「へっ?」

急に空いた扉から現れた恭也に驚いたのか、間抜けな声を上げて口を開いたままこちらを驚き眼で見てくる美由希がいた。
恭也の方もまた、状況が分からずにどうしたら良いのかという顔で目の前の美由希を見る。
バスタオル一枚だけを身に付け、両手を広げて片足立ちしている美由希の姿に。

「え、えっと……お前は何をしているんだ?」

「きょ、恭ちゃんこそ、どうしてここに? っていうか、私今裸!?」

バスタオル一枚とはいえ、肌は露出しており、おまけに結構間抜けな格好をしている事に気付いたのか、
美由希は両手で体を隠すようにしてしゃがみ込む。
悲鳴を上げられなかっただけ良かったと恭也が考えていたかどうかは知らないが、美由希の反応に恭也も我に返り、
背中を向けようとした所で、美由希の足元、正確には乗っている物に気が付く。

「もしかして、体重を量っていたのか?」

「はうっ!」

恭也の言葉が図星だったらしく、美由希は体重計の表示部分を今更ながらに隠すように手で覆う。
それを見て、恭也はようやく納得できたとばかりに大仰に頷く。

「そういう事か。という事は、まさかとは思うが朝昼と」

「食べてない……」

その通りだと言わんばかりに、腹が抗議の声を小さく上げて美由希はばつが悪そうな顔になる。

「全く、体に悪い事を」

「だって、太ったら恭ちゃんに嫌われるかもしれないって思ったら……」

「その程度で嫌いになるか。で、どれぐらい増えたんだ」

鍛錬メニューの調整でどうにかなるかもしれないと美由希に聞き出せば、

「はぁ。美由希、少し立て」

「え、え」

呆れたような声と共に美由希に腕を掴んで立ち上がらせる。

「って、見ちゃ駄目!」

「さっき自分で口にしただろうが」

「それは昨日量った時ので、今日は、その、ご飯を抜いたはずなのにちょびっと増えているし……」

「ああ、だからか驚いた声を上げたのか。とは言え、助けてはないだろうに」

「だって……。でも、前のときに入ってこられなくて良かったよ。
 裸であんな格好をしている所を見られたら、もうどうして良いか分からなかったし」

改めて自分の取っていた格好を思い出して赤面する美由希に、前回と今回とのほんの僅かな差はバスタオルだと突っ込んでおく。
恭也の言葉にそうだったと思いなおし、量りなおそうとバスタオルを外そうとして恭也の視線に気付く。

「恭ちゃんのエッチ。……いたっ!」

恥ずかしそうに身を捩り胸元を隠すように両腕で隠す美由希にデコピンを喰らわせると、
抗議の声を上げる前に手を伸ばして胸を掴む恭也。

「ちょっ、恭ちゃんこんな所で……」

「何を勘違いしているのかは兎も角、体重計を見てみろ」

「あ、さっきよりも減っている」

「胸が成長して、その分体重が増えたんだろう」

「あ、そうなんだ。って、よく私の胸が成長しているなんて分かるね。
 確かに毎回胸をよく触ってくるけれど、ちゃんと大きくなったって気付いているんだ。やっぱりエッチ。
 あ、でも、それってつまり恭ちゃんが私の胸を育てた……いたっ! うぅぅ、おでこが赤くなってるかも」

「自業自得だ、ばか者」

美由希の言葉に恭也も少し赤面しつつ、このままでは変な勘違いをするとちゃんと説明をする。

「そもそも、つい最近、自分でそう言っていただろうが。下着がきつくなったと」

忘れたのか、と呆れたように溜め息を吐く恭也に美由希はすっかり忘れていたと照れた顔を覗かせる。
そんな美由希に様子に呆れつつも、美由希らしいと思わず思ってしまう恭也に、美由希はふと気付いたと言う。

「でも、今のは胸の重さ全部を除いている訳で、成長分の胸の重さだけだとやっぱり増えているんじゃ……」

「あのな美由希。多少、重くなったと言っていたが、その殆どは成長によるものだから問題ない。
 寧ろ、お前の運動量で食事を減らす方が体には悪いんだ」

「でも、あまり太って恭ちゃんに嫌われたくないし……」

「さっきも言ったがこの程度で嫌いにはならん。第一、今の方が肉付きも良くなっていて、寧ろ今の方が俺は……」

「え?」

「何でもない。とりあえず、無理なダイエットは禁止だ。これは師匠命令だ」

「横暴……って言うよりも、さっき言った事をもう一度聞かせてよ」

「だから、ダイエットは禁止」

「そうじゃなくて!」

「はて、何か言ったか?」

「うぅぅ、恭ちゃんのいじめっ子〜」

「どうでも良いが、さっさとシャワーを浴びるなり、何なりしろ。
 いつまでもその格好だと風邪を引くぞ」

「恭ちゃ……」

見せ付けるように腰と首の後ろに手を回し、恭也へと何か言おうとするも、美由希は照れたように赤面して俯く。
大方、恭也をからかおうとしたが口にする前に照れてしまったといった所か。
そう検討を付けて口にすれば、どうも図星だったらしく更に身を縮こまらせる。

「だって、忍さんが偶にはこうやって誘惑をした方が良いって」

「お前は忍の言葉を信頼し過ぎだ」

「いや、もう充分に後悔しています」

先程しようとした事を思いだし、またしても赤面する美由希の頭を数度優しく叩き、さっさと入るように促す。

「俺も後で入るんだから、さっさと入れ」

今度は素直に美由希が風邪を引かないか心配していると口にしない恭也に、美由希は分かっているとばかりに笑みを見せる。

「う、うん。あ、そうだ。だったら、一緒に入る?
 背中を流してあげるよ、恭ちゃん。小さい頃以来だよね」

「いや、別にいい」

「え〜、良いじゃない。皆、もう寝ているんだし恥ずかしがらなくてもさ」

「別にそういう事じゃなくて。いや、それもあるが……」

「ね〜ね〜」

嬉しそうに誘う美由希に恭也は当然ながら遠慮をするのだが、いつになく美由希が喰らい付いてくる。

「嫌なの?」

本当に悲しそうな顔でそう言われ、恭也は言葉に詰まってしまう。
そして、結果として恭也の口は、

「……それじゃあ頼む」

そう了承の言葉を紡いでいた。
こうしてちょっとした騒動は他の者たちには気付かれる事なく無事に終わりを告げるのであった。






おわり




<あとがき>

久しぶりかもしれない、美由希がヒロインの話。
美姫 「そうかもね。今回はダイエットなのね」
おう。一応、初めの方ではダイエットじゃないよ、みたいな感じでも読めるようにしたつもりだが。
美姫 「勘の良い人じゃなくても、結構オチが見えていたかもね」
かな。まあ、俺としては美由希を書けて満足です。
美姫 「久しぶりの短編だしね」
おお、確かに。
美姫 「さて、それじゃあこの辺で失礼しますね」
ではでは。







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