『とらハ学園』






第26話






浮遊感が収まると同時に、恭也の頭上から声が掛かる。

【アルシェラ】
「ほれ、もう目を開けても良いぞ」

アルシェラの声に恭也は目を開ける。





  ◇ ◇ ◇





最初に異変に気付いたのは雪乃だった。

【雪乃】
「あら?」

雪乃は立ち上がると穴のあった個所をじっと見詰める。
それを見た士郎たちは雪乃の傍に近寄るが、邪魔にならないように声は掛けない。

【雪乃】
「空間が揺らいでる?」

雪乃の漏らした呟きに、薫が同じ様に一転を凝視する。
そして、感じる違和感に更に注視する。

【薫】
「確かに、何か内側から大きな力が溢れ出ようとしている」

【一樹】
「まさか、魔神が復活するのか!」

【雪乃】
「そこまではまだ…。でも、かなり大きな力がこの空間へと干渉しているのは間違いないわ」

雪乃の言葉に薫は頷きながら、その後を続ける。

【薫】
「こっちの空間と向こうの空間を強制的に繋げている感じがする」

【雪乃】
「ええ、薫の言う通りよ。………少し離れた方がよさそうね」

雪乃の言葉に、全員がその場から離れた所へ移動する。
穴のあった場所から離れ、何が起こるか見守る士郎たちの前で、閉じた穴が逆戻しのビデオを見ているかのように開いていく。
そして、穴が2メートルを超える程開いた頃、穴の中から一つの影が地に降り立った。
飛び出してきた人影が地に足を着けると、穴は急速に縮まり消える。
しかし、士郎たちはその事よりも、もっと別の事に気を取られていた。
それは、その人影が腕を前に伸ばして、胸の中に包み込むように抱く一人の人物だった。





  ◇ ◇ ◇





恭也はゆっくりと目を開ける。
まず最初に飛び込んできたのは、穴に吸い込まれる前に見ていた風景だった。
そして、次に自分の方を見て、どこか茫然としている士郎たちだった。
恭也が何か口を開く前に、士郎が何かに気付いたかのように呟く。

【士郎】
「くそっ、人質とはな」

その士郎の呟きに一樹たちも反応し、アルシェラを包囲するかのように動く。
そんな士郎たちをアルシェラは睨みつける。

【アルシェラ】
「ふん。やはり、人間はいつまで経っても変わらぬか」

アルシェラの小さな呟きを聞いた恭也はアルシェラに話し掛ける。

【恭也】
「アルシェラ、父さんたちは勘違いしているだけだ。だから、落ち着いて」

【アルシェラ】
「勘違いじゃと?あの敵意剥き出しなのがか?」

【恭也】
「アルシェラ、とりあえず離してくれ。俺が説明するから」

【アルシェラ】
「…………恭也がそう言うのなら」

アルシェラは恭也の言葉に従い、恭也を離す。
それを見ながらも油断なくアルシェラを見る士郎たちに、恭也がアルシェラを庇うように立つ。

【恭也】
「父さん、とりあえずその小太刀をしまってくれないか」

【士郎】
「何を言ってるんだ。それよりも、すぐにその魔神から離れるんだ」

士郎の言葉に恭也が何か言うよりも早く、アルシェラが声を上げる。

【アルシェラ】
「余は魔神などではないわ!」

アルシェラが激昂し、士郎へと向おうとするのを恭也が止める。

【恭也】
「落ち着け、アルシェラ!」

【アルシェラ】
「ぬぬぬ。しかし……」

どこか憮然とした感じながらも、恭也の言葉に大人しく従う。
それを見た士郎が恭也に、一体どういうことかを目で問う。
それに頷くと、恭也は説明を始める。

【恭也】
「まず、アルシェラは魔神なんかじゃないんだ」

【一樹】
「という事は、魔神は他にいるという事か?」

【恭也】
「そうじゃないんですよ、そもそも、魔神とは人間が勝手に付けた名称なんです。
だから、アルシェラは魔神と呼ばれるのを嫌うんです」

【雪乃】
「じゃあ、そのアルシェラさんが伝承に残っていたものであるのは間違いないのよね」

【恭也】
「ええ、それは間違いありません。ただ、その伝承が全て正しいという訳でもないんです。
それに、伝承は一つだけでしたよね。それも、そのはずなんですよ。
アルシェラが実際に生きていた時代は、もっとかなり昔だったみたいなんです。
詳しくは分かりませんが、アルシェラの力を利用しようとするものが出ないように伝えられた話が、
どこかで曲解されたんではないかと」

【薫】
「じゃあ、伝承とかに載っていたのは…」

【恭也】
「まあ、全てが間違いという訳ではないんだが…。
とりあえず、もう大丈夫だから」

【士郎】
「で、さっきからお前の言う事をきいているような気がするんだが、それは何故だ?」

【恭也】
「ああ、それは…」

【アルシェラ】
「それは恭也が余のマスターになったからじゃ」

【那美】
「マスターって?」

【アルシェラ】
「うむ、簡単に言えば余が恭也の小太刀となったという事じゃ」

【那美】
「お姉さんは刀なの?じゃあ、十六夜と一緒?」

【薫】
「じゃあ、霊剣とね!?」

【雪乃】
「でも、それにしては実体があるわね」

【アルシェラ】
「余は霊剣ではない。のお、恭也」

【恭也】
「ああ。魔神剣だ」

【一樹】
「魔神剣?聞いた事がないな」

【アルシェラ】
「うむ。世界に一本しかないからの」

アルシェラはどこか誇らしげにそう言う。

【恭也】
「とりあえず、そういう訳だから。もう大丈夫です」

【雪乃】
「十六夜、どう思いますか」

【十六夜】
「そうですね。何とも言えない、というのが一番正しいでしょうね。
恭也様がああ仰っているんでしたら、大丈夫だとは思いますが。
それに、アレは人が敵うような相手ではありません」

十六夜の言葉に雪乃と薫は頷く。

【十六夜】
「それに、恭也様をマスターとしたというのは、本当のようですし。
だとすれば、恭也様をマスターとしている間は大人しくしているでしょう」

十六夜の言葉に恭也も頷く。
これに対し、雪乃と薫はまだ納得していない様子だったが、恭也と十六夜がそう言うのならと大人しく引き下がる。

【恭也】
「はぁー、何とかなったな」

【アルシェラ】
「よくは分からんがの」

【恭也】
「まあ気にするな」

その後、お互いに簡単に紹介をすると、恭也たちは神咲家へと向う。
その道すがら、士郎が恭也に尋ねる。

【士郎】
「所で、その魔神剣とやらはどこにあるんだ?
見た所、お前が持っているのは前と同じ小太刀にしか見えないんだが」

【恭也】
「ああ。普段はアルシェラが持っているからな」

【士郎】
「………何処に?」

【恭也】
「首から提げているペンダントがそうだ」

【士郎】
「どういう事だ?」

【恭也】
「アレが小太刀になるんだよ」

士郎が怪訝な表情をしているかと思い、その顔を見るが、士郎は恭也が拍子抜けするほどあっさりと納得顔で頷くと、

【士郎】
「成る程な。それは便利だな。許可がなくても海外に持ち出せるしな」

【恭也】
「その前に不思議に思ったりはしないのか?」

【士郎】
「あん?何でだ?世の中には色々と不思議な事があるのは、お前も知っているだろ」

【恭也】
「……確かにな」

恭也と士郎がそんな話をしていると、後ろを歩いていたアルシェラが恭也の横へと並び、話し掛ける。

【アルシェラ】
「何の話をしている?」

【恭也】
「別に何でもないさ」

【アルシェラ】
「余に隠し事か?」

【恭也】
「別にそう言う訳では」

【士郎】
「くっくっく、あははははは」

【恭也&アルシェラ】
「何が可笑しい」

突然笑い出した士郎に恭也とアルシェラの声が重なる。

【士郎】
「いや、なに、美由希ちゃんや薫ちゃんたちの苦労が増えたのと思ってな」

【恭也】
「どういう意味だ?」

【士郎】
「まあ、気にするな。と、それよりも、アルシェラさんと言ったか」

【アルシェラ】
「何じゃ。恭也の父」

【士郎】
「士郎だ。不破士郎」

【アルシェラ】
「ふむ、分かった。では、余の事もアルシェラで良いぞ」

【士郎】
「そいつはどうも。で、だ。……恭也の事を頼むぞ」

急に真面目な顔をして士郎は言う。
それに対し、アルシェラは、

【アルシェラ】
「任せるが良い」

と、不敵な笑みを張り付かせながら大仰に頷いた。
そうこうしている内に、神咲家へと辿り着く。
薫たちは和音の待つ居間へと報告のため、入って行く。
和音はアルシェラが入った時に、一度鋭い視線を向けるが、何も言わず、座るように促す。
そして、全員が座った事を確認すると、徐に話し出す。

【和音】
「まずは、皆の者ご苦労じゃった」

和音の言葉に一樹を始め、退魔士一同は頭を下げる。
慌てて恭也も下げようとするが、何となくタイミングを逃し、そのままの態勢でいる。
士郎やアルシェラに至っては下げようという素振りすらなかった。

【和音】
「さて、どうなったのか教えてもらおうかの」

和音の言葉に雪乃が代表して説明をする。
その間、和音は目を閉じ、雪乃の言葉に耳を傾ける。
やがて、雪乃が全てを説明し終えると、和音は目を開け、アルシェラと恭也を見る。

【和音】
「成るほどの。大体の事は分かった。じゃが、アルシェラの力は強大すぎる」

射抜くような目を恭也に向ける。
恭也はそれを正面から受け止め、何かを言いたそうにしているアルシェラを片手で制する。
しばし無言のまま、時間だけが流れる。
やがて、口火を切ったのは恭也だった。

【恭也】
「和音さん、最初の約束を覚えていますか?」

【和音】
「約束……?
………おお、霊力刀の話じゃな」

【恭也】
「ええ」

初めてその約束を聞く薫たちが首を傾げる。
それに士郎が説明をする。

【和音】
「それがどうしたんじゃ?」

【恭也】
「霊力刀はいりません。代わりに、アルシェラを俺に任せて下さい」

【和音】
「…………アルシェラの力は強大過ぎる。分かっておるのか」

【恭也】
「はい。でも、好きなものをくれると言いましたよね。だったら、俺はアルシェラを貰います」

再び両者は無言でお互いの目を見る。
やがて、和音がゆっくりと息を吐き出す。

【和音】
「はぁー、仕方がないの。それに、わしらではそのアルシェラには勝てんしの。
ここは、恭也に任せるのが一番じゃろうて。
それに、アルシェラの話が本当なら、何も悪いのはアルシェラだけではないみたいだしの。
ここは一つ、過去は過去とするのが得策じゃろう」

和音の言葉に恭也は頭を下げつつ礼を言う。

【和音】
「別に礼を言われるような事ではない。それと、霊力刀のことじゃが、一つ好きなものを選ぶが良い」

【恭也】
「でも…」

【和音】
「気にするな。元々アルシェラはお主のものじゃったんだ。あの約束とは関係のないこと」

和音の言葉に恭也はしばし考え、やはり首を横に振る。

【恭也】
「いえ、今はアルシェラを使えるようになるのが先ですから、霊力刀は良いです」

【和音】
「そうか。なら、それでも良い。さて、大体の事は分かった。では、解散じゃ。
皆の者もゆっくりと休むが良い」

和音の言葉に、全員が退室する中、恭也は呼び止められる。
当然のように一緒に残ろうとするアルシェラに、和音は話し掛ける。

【和音】
「すまんが、恭也と話があるんじゃ」

和音の言葉と恭也の無言の表情にアルシェラは渋々とだが従うと、部屋から出て行く。
そして、誰もいなくなったのを確認すると、和音はゆっくりと口を開いた。

【和音】
「さて、あの穴の中で何があったのかの?話してくれんか?」

【恭也】
「別に構いませんけど、何故です?」

【和音】
「なに、ただの好奇心じゃよ。あれほどの力を持つ者が何故、恭也をマスターとしたのか知りたくての。
それと、アルシェラの本心がどこにあるのか、じゃ」

【恭也】
「……分かりました。でも、あいつはもう悪さはしないと思いますよ」

【和音】
「わしもそう思う。じゃが、念のためじゃ」

和音の言葉に恭也は頷くと、薫たちには話していない穴の中での出来事を全て話す。
それを聞いた和音は、その口元に笑みを浮かべる。

【和音】
「なるほどのう。なら、安心じゃな。しかし、士郎の奴が大人しかった理由もこれで分かったわ。
あやつも気付いたという事か。全く、飄々としておるくせに、人の本質を見抜く目はしっかりしておるの」

和音はひとしきり納得すると、言葉をいったん切り、姿勢を正す。

【和音】
「さて、恭也、アルシェラは封じられておった為、現在の常識は知らんと見て間違いないじゃろ。
アルシェラにその辺りの事を徐々に教えていってやれ」

【恭也】
「はい」

【和音】
「それと、アルシェラは古代の知識を幾つも持っておる。
色々と聞けば、ためになるじゃろう。話は以上じゃ。もう良いぞ」

和音の言葉に恭也は頭を下げると、部屋を出て行った。
部屋を出てすぐの所で、アルシェラが恭也が来るのを待っていた。
恭也が来たのを見て、嬉しそうな顔をするが、恭也に向って、

【アルシェラ】
「恭也か。偶然じゃの」

恭也はアルシェラの言葉に苦笑するが、

【恭也】
「そうだな。とりあえず、部屋に行くか」

それだけ言うと並んで歩き出す。

【アルシェラ】
「で、どんな話をしたのだ?」

気がないという風を装いながらアルシェラは尋ねる。

【恭也】
「ああ。何も問題ない。アルシェラは俺の物だ」

【アルシェラ】
「そ、そうか。そうであろう。これは余と恭也の問題だからな。
別に心配などしていなかったが」

【恭也】
「ありがとうな」

【アルシェラ】
「べ、別に礼を言われるような事など何もしてないぞ」

【恭也】
「まあ、俺が言いたかったんだ」

【アルシェラ】
「そうか。なら、貰っておこう」

そう言って嬉しそうに笑うアルシェラを連れて、恭也は与えられた部屋へと向った。



今日、この時をもって、魔神剣アルシェラは恭也の剣となり、この先、その力を振るわれる事となる。






つづく




<あとがき>

アルシェラ過去編、完了。
美姫 「次回は再び現代編へ」
おう。
ちょっとドタバタとした日常を書きたいしな。
美姫 「で、誰がメインかな?」
それは分かりません。
ただ、今回の過去編では恭也とアルシェラが出っぱなしだったからな。
美姫 「まあ、それは次回になれば分かるって事ね」
そういう事。では……。
美姫 「またね♪」








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