『恭也と守護霊さま 2』






「ほらほら、腕が下がってきてるわよ! まだまだ頑張りなさい」

織葉は両手に握った小太刀を縦横斜めと縦横無尽に繰り出しながら、目の前の相手を叱責する。
辺りは深夜という事を除いても、鬱蒼と生い茂る木々の所為で暗い。
しかし、僅かに覗く星の明かりだけでこの二人には充分なのか、その足運びはしっかりとしている。
それは、この二人の対決を横で見守っている少女も同じで、少女はじっと二人の攻防を見ている。
自分が師事を仰ぐようになってから、兄がここまで翻弄されるのを見たことがない。
少女、美由希は目の前で遣り合っている恭也と織葉を改めて見ながら、
織葉が美沙斗より強いと今更ながらに実感する。
防戦へと追い込まれながらも、恭也の目はまだ諦めておらず、逆転するための目を探す。
その事は評価しつつも、織葉は責める手を緩めない。
既にいつもの鍛錬の時間は過ぎており、恭也の息も荒くなっている。
流石にこれ以上やると、鍛錬ではなく身体を苛めるだけになると判断し、
織葉は恭也へと牽制に飛針と鋼糸を投げ、その隙に距離を開ける。
静かに大地に肩幅に足を広げて立ち、荒く呼吸する恭也を見詰める。

「恭也、今日は次の一撃で終わりにしましょう」

「はぁー、はぁー。ま、まだ……」

「駄目よ。これ以上は明らかにオーバーロードよ。
 明日一日、休むって言うのならもう少し付き合ってあげるけれど」

間髪入れずに恭也の言葉を否定する織葉に恭也は分かったと小さく頷くと、ニ刀を腰に差した鞘へと納める。
織葉も静かにニ刀を握り締め、恭也が仕掛けてくるのを待つ。
同時に神速へと入り、地を蹴って駆ける。
恭也は抜刀からの四連撃、薙旋を。
対する織葉は一刀のみを鞘へと納める。
恭也が抜刀するよりも先に、織葉が抜刀し、虎切を放つ。
恭也は自身が抜刀するタイミングも後半歩先としていたが、これを迎え撃つために抜刀する。
一撃目がぶつかり合うが、織葉の虎切は重く、恭也は二撃目も虎切への迎撃に使う。
そこから左右の連撃を織葉へと放つが、織葉は抜き身のままだった小太刀を円を描くように振るい、
そのまま突進してくる。
その間も小太刀は円を描くように動き、その軌跡が螺旋を描くように恭也の小太刀のニ刀を弾く。
気付くと織葉は恭也の背後に立ち、喉元に小太刀を突きつけていた。

「……まいった。今のは?」

「御神流水翠一刀術、螺環旋(らかんつむじ)
 ちゃんと見た?」

「ああ、直線ではなく円を描く刺突技」

「正解♪ うんうん、やっぱり恭也は凄いわ」

「そうか? 俺は何か自信がなくなったんだが」

「何を言ってるのよ。私に奥義まで出させたんだから、少しは自信を持ちなさいよ。
 それに、出すと分かっていて見ていたのではなく、戦闘の中で初めて見た技をちゃんと見てたじゃない」

「それは、織葉が手加減をしてくれたから……」

「全く。どうしてこう、自虐的な性格になったのかしら。
 今は私の方が強いのは当たり前でしょう。あなたは、殆ど独学に近い状態で鍛錬をして来たんだから。
 逆に、私の時はそれぞれ八門の当主が健在の時代なのよ。ちょっとは自信を持ちなさい。
 良いわね」

「あ、ああ、分かった」

織葉の言葉に、恭也はやや押されるように頷く。
織葉が私の時代と言ったが、これは別に冗談でも何かの揶揄でもなく、そのままの意味である。
何故なら、織葉は……。

「ああ、ごめんね美由希ちゃん。今日は、恭也だけしか鍛錬つけてあげれなかったわ」

「いえ。二人の動きを見ているのも、良い経験になりましたから」

「あ〜、何て良い子なんだろう〜。う〜ん、そこまで言われると、何かしてあげないと……。
 そうだ! 今度、美由希ちゃんには螺環旋を教えてあげるわ」

「え、今のをですか」

「そうよ。美由希ちゃんは射抜が使えるし、刺突系に向けての鍛錬を恭也がしていたからね。
 きっと、役に立つわよ。まあ、その前に射抜をもう少し扱えるようになってからだけれどね」

「ありがとうございます」

「うんうん。さーて、それじゃあ帰りましょうか」

言って織葉が軽く地面を蹴りながら、手に持った小太刀を美由希へと投げる。
と、その身体は地面に降りる事無く、ふわりと宙に浮き上がり恭也の肩の上で止まる。
恭也の頭の上に腹ばいになるように浮かび上がり、顎の下で手を組むとそれを恭也の頭に乗せる。
そう、織葉は恭也の守護霊で、ただの人間ではないのである。
それも、400年程昔に御神始まって以来の天才と言われた程の使い手の。
恭也も霊体である織葉に重いとは言えず、されるがままになる。
それでも、最後の抵抗とばかりに、

「帰り道のランニングはしないのか」

「私には必要ないしね〜。それに、無駄に体力を使わなくてもいい分、こっちの方が楽だし〜」

と言われ、恭也もそれ以上は何も言う事無く、渋々と自分の道具を片付ける。
そんな恭也の様子に笑い出しそうになるのを堪えつつ、
美由希は織葉から受け取った小太刀を鞄へと仕舞い込むとそれを持つ。

「それじゃあ、帰ろうか恭ちゃん」

「ああ」

美由希の言葉に答えると、恭也と美由希は家までのランニングをする。
頭に幽霊を乗っけたままで。
もし、この光景を目撃するような人物が居れば、次の日から一つの都市伝説が出来上がるかもしれない。
頭に幽霊を乗せて走る、黒ずくめ男の怪奇伝説が。





  ◇ ◇ ◇





「はあー、いい湯だった〜。恭ちゃん、お風呂空いたよ〜」

「分かった」

美由希に答えて、恭也はソファーから身体を起こして風呂場へと向かう。
その後ろを当然のように織葉が続くのを見て、恭也よりも美由希が先に口を開く。

「織葉さん、何処に行くんですか!?」

「何処って、お風呂が空いたって美由希ちゃんが言ったじゃない」

「そうじゃなくて、ですね」

「今から俺が入るんだが。それとも、織葉が先に入るか?」

「うーん、私は別に入らなくても良いんだけれど」

「そうか。だったら、俺が入らせてもらおう」

言って織葉に背を向けて歩き出すその後ろを、またしても織葉は付いてくる。
恭也は足を止めると、顔だけで振り向く。

「何故、付いて来る?」

「ひょっとして、私があなたの守護霊って事を忘れてない?」

「いや、ちゃんと覚えているが」

「だったら、言わなくても分かるでしょう。守護霊が、その守護する者から離れれる訳がないでしょう。
 この場合、恭也が本体で私がオプションって事でも良いわよ。
 ほら、シューティングゲームとかで本体に引っ付いているオプション。あんな感じよ。
 一定の距離以上は離れる事が出来ないのよ」

「……そういう事か」

納得した恭也に対し、美由希は首を振る。

「納得しないの、そこ! 織葉さん、それって詰まり、一緒に入るって事ですか!?」

「うーん、そうなるのかな」

「別にお風呂の前で待っていれば。それぐらいの距離は離れてましたよね、さっき」

鍛錬の時の事を指す美由希に、織葉は慌てもせずに頷く。

「でも、折角、実体化できるんだし、久しぶりに湯浴みをしてみたいかな〜」

「じゃあ、その時は恭ちゃんと交代すれば良いじゃないですか」

「えー、でも一緒に入った方が、時間も無駄にならないし」

恭也が口を挟む暇もなく、織葉と美由希で話が進んで行く。

「でもでも〜」

「はぁ〜、美由希ちゃんがそこまで言うのなら仕方ないわね。
 恭也が風呂に入っている間は、霊化しておくわ。それで良いでしょう」

言って返事も聞かずに織葉は宙に浮かび上がると、その姿を消す。
この状態になった織葉を美由希は見ることが出来ず、仕方なしにこれで妥協する。
今日は鍛錬をしていないのに、何故か急にどっと疲れた気のする美由希は、
恭也に挨拶すると、そのまま部屋へと向かうのだった。
そんな美由希を少し同情の目で眺めてから、恭也は風呂場へと向かうのだった。



「はぁ〜」

シャワーを頭から浴び、思わず吐息を洩らす恭也の背中に柔らかいものが二つ当たる。
驚いて振り返るよりも早く、織葉の声が耳元で聞こえる。

「はい、大声を出さない〜。今、大声を出したら大変な事になるわよ〜」

「お、織葉、何を」

「何って、お風呂じゃない」

「そ、そうじゃなくて」

言って振り返った恭也だったが、すぐに前を向く。

「どうしたの?」

「どうしたじゃない。お、織葉、服は!」

「お風呂に入るのに、服なんか着ないでしょう。
 まさか、そんな事もしらないの?」

「そ、そうじゃなくて! 一体、何の用だ」

「うん。ちょっと、恭也の背中を洗ってあげたくてね」

言って織葉は石鹸を染み込ませたタオルで恭也の背中を洗い出す。

「ずっと恭也を見てきたけれど、こうやって世話を焼く事は出来なかったからね。
 実体化できたら、こうしてあげたかったのよ。迷惑?」

やけにしおらしい織葉の言葉に、恭也は大人しくなる。
が、ふと前に服を自由に替えられると言っていた事を思い出して尋ねてみる。

「なあ、水着姿とかにはなれないのか?」

「なれるわよ。なに? 水着が見たいの?
 恭也がそう言うのなら、水着になってあげても良いわよ」

「じゃなくて、だったら水着姿でも良いじゃないかって事を言いたいんだ。
 何で、裸なんだ。って、風呂だからって言うのはもう良いからな」

「え〜、恭也と裸の付き合いをしたいからに決まってるじゃない♪」

「分かった。よーく分かった」

「分かってくれた?」

「ああ。単に俺をからかっているって事がな」

「あ、ばれちゃった」

「……」

恭也は無言でシャワーの蛇口、水の方を捻ると織葉へと向ける。

「きゃっ。つ、冷たい! なにするのよ、いきなり!
 心臓が止まったらどうするのよ!」

「既に止まっているだろうが!」

「あー、酷い! 今のは差別だわ! 侮辱だわ!」

「いや、意味が分からんから」

言いつつ、織葉の裸が目に入ってしまい、恭也は真っ赤になる。
それににやりとした笑みを見せると、織葉は恭也に背中から抱き付く。

「恭也〜、どうしたのかしら? あなた、よく妹たちに人と話すときは目を見なさいって言ってたわよね〜。
 なのに、どうして背中を向けるのかしら〜」

恭也の背中に二つの膨らみを押し付けつつ、楽しそうに語る織葉に、
恭也は口でも敵わない事を認めざるを得なかった。

「どうしてもって言うのなら、水着になってあげても良いけれど?」

「頼む」

「じゃあ、私の水着が見たいって言わなきゃ」

「……くっ。頼む。織葉の水着姿を見せてくれ」

恭也は苦渋の選択を強いられ、心の内で涙を流しながらそう口にする。
織葉は満足そうに笑うと、その身に水着を纏う。

「そんな趣味が恭也にあったなんてね〜。
 良いのよ、私は恭也がどんな趣味を持っていようと、恭也の味方だからね」

嬉々として言う織葉に、恭也は聞こえないように小さく、味方じゃなくて敵だと呟くことで些細な抵抗をする。

「はい、もう良いわよ」

「ああ。って、何でスクール水着なんだ!」

「いや〜ん、そんなの恭也のしゅ・み、に決まってるじゃない」

「…………この胸の内からふつふつと湧き上がってくるのが殺意と言うやつか」

「や、やーね、冗談よ、冗談。ほら、今日はこれで我慢しなさい。
 それよりも、さっさと背中を見せなさい」

「ああ」

ともあれ、水着を着たのは間違いなく、恭也は大人しく背中を向ける。
恭也の背中を洗いながら、織葉はにやりと笑みを浮かべる。
しかし、恭也にはその笑みは見えなかった。
勿論、その考えも知る由もなく。

(ふふふ。今日は、って言葉に頷いたはね。
 それはつまり、次回もあるって事だからね。ふふふふ。
 あ〜、本当に世の中って面白いわね。ううん、恭也が居るから面白いのね)

などと不穏な事を考えているとも気付かずに、恭也は織葉に背中を洗ってもらいながら、気持ちよさそうにしていた。






おわり




<あとがき>

と、言うわけで続編〜。
美姫 「ついでに、織葉の簡単な状態説明を付属〜」
ってな訳で、さらば!
美姫 「って、あとがき短いわよ!」



実体化…完全に実体を持った状態で、他の人の目にも見えるし、触れることも可能な状態。
    ただし、その分力の消費が大きいのだが、恭也の霊力がとてつもなく大きいことに加え、
    織葉自身の霊力の大きさもあり、恭也自身はそれ程負担を感じない。
    (感じないだけで、実際はそれなりに霊力を消費している)

半霊化…半分だけ幽体となったような状態。一般の人には見えず、声も聞こえないが、
    霊力の強い者や退魔士などには見え、聞こえる状態。
    霊力がない者には触れる事もできない。
    特にこういった言葉があるのではなく、織葉が区別するためにそう呼んでいるだけ。
    大概の霊とはこの状態なのだが、織葉は秘術を自身に施したため、ただの霊とは違う点が幾つかある。
    まず、織葉と繋がっている恭也は自身の意思によって、織葉に触れることが可能。
    織葉の意思により、物に触れたり、声を聞こえるようにしたりと出来る。

霊化…完全に霊体となった状態で、これまた織葉が区別するためにそう呼んでいるだけ。
   この状態だと、誰にも声は聞こえず、退魔士にも姿を見られることは殆どない。
   恭也だけは直接頭に響いてくるような形で聞く事ができ、その存在する位置を朧気に感じ取る事ができる。

補足…恭也の守護霊のため、あまり恭也から離れる事が出来ないと本人は言っているが、
   実際は秘術の絡みで、距離にして5Kmぐらいは大丈夫だったりする。
   服装を自由に変える事が可能で、動きやすい物を選ぶ傾向があるものの、可愛い系からセクシーなもの、
   果ては、何処かの制服らしきものと、結構、節操なく色々と試しているらしい。
   本人曰く、「今まで誰にも見てもらえなかったんだから、少しぐらいは良いよね」との事らしい。
   勿論、その見せたいと思っている主な対象は、恭也だったりするのだが。
   偶に行われる織葉一人ファッションショーには、恭也も少し辟易しているとか、いないとか。







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