『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 5』
よく晴れた日曜日。
秋も深まり、少し肌寒さを感じる時もあるが、今日は概ね温かい。
そんな気温の中、恭也たちは一つの場所へと来ていた。
と、言っても別に行楽に来た訳ではなかった。
行楽にしては、目の前に見える建物が見慣れすぎている。
いや、実際には恭也は始めて見るのだが、この手の建造物なんて似たような物である。
そう、学校という校舎は。
ここは、そんなありふれた学校の中でも、近隣では天下のお嬢様学校として知られていた。
何と言っても、通学している娘の3割が『車でお出迎え』で、その為の駐車スペースまであるという。
そんな、私立聖祥学園の校庭にさざなみ寮のメンバーと恭也、美由希は来ていた。
「はー、噂には聞いてましたが、かなり綺麗な学校ですね」
恭也の言葉に、耕介も同じ思いなのか、頷き呟く。
「流石にお嬢様が通う学校だね」
そんな耕介の首に腕を回し、真雪はにやりと笑み──真雪スマイル、からかいヴァージョン(命名耕介)、
最も、その後ボコボコにされたのは言うまでもない。因みに、他にも、真雪スマイル悪巧みヴァージョンがある。
を浮かべると、耕介の耳元へと囁く。
「残念だったな、耕介。今日は体育祭だから、制服が見れなくて」
「何を言ってるんですか、真雪さん!」
「ケケケケ。隠すな、隠すな。
まだ若い身体を、一風変ったセーラーブレザーとグリーンのスカートで包み込み、微かに上品さを醸し出す。
どうだ、萌えるだろ?正直に言え」
「ま、真雪さん!」
耕介は再度、真雪の名前を叫ぶ。
それによって、真雪は耕介を放し、頭を掻きながらぼやく。
「ちっ、つまんねーの」
頭を掻いていた手を、胸の前で組み真雪は、校庭をずらりと見渡す。
「しっかし、流石お嬢様学校というか。何で、高校の体育祭にこんなにも保護者がいるんだろうねー」
「きっと保護者の方たちも、自分の娘さんの活躍をみたいんですよ」
愛がにこにこと微笑みながら言う。
「まあ、雨の所為で日曜に延期になったってのもあるんでしょうけど」
両手に大きな荷物を持ったまま、耕介も言う。
「そんなんよりも、はよー場所取らな」
「あ、ゆうひさん。あそこ空いてますよ」
ゆうひの言葉に、薫が一番前の空いている個所を指す。
それを見たゆうひが、美緒に向って、
「美緒ちゃん、ダッシュ!」
「任せるのだー!」
ゆうひのゴーサインと同時に走り出す美緒を見ながら、耕介は肩を竦める。
「はー、小さい子は元気だね」
そんな耕介の背中を叩きながら、真雪が言う。
「小さいから元気なんじゃなくて、お前が年を取ったんじゃないのか?」
「真雪さんがそれを言いますか」
真雪の言葉に、耕介が返した途端、真雪は目を吊り上げ、その腰に軽く蹴りを入れる。
「おらっ!つべこべ言わずに、さっさと行け!お前がシートとか持ってるんだからな」
そう言って、耕介を追いやる。
それに対し、耕介は慣れたもので、
「へいへい」
返事をすると少し早足で向うのだった。
◆ ◆ ◆
午前中のプログラムも無事に終了し、昼休みへと突入する。
周りでも、弁当を取り出し食べ始める者たちがちらほらと現われる。
そんな中、耕介たちの元に、知佳がやって来る。
「あー、お腹空いた〜」
「お疲れ、知佳」
重箱を取り出しながら、耕介が労いの言葉をかける。
それを茶化すように、真雪が口を開く。
「お疲れというほど、何かしたか?」
「もう!お姉ちゃんはすぐそういう事を言う」
「へーへー、あたしが悪うござんした。と、耕介ビール」
「そんな物持って来てませんよ」
耕介が呆れたように答えるのに対し、真雪は笑みを浮かべると、
「その鞄、上げ底になってると思うんだが、そこを上げてみな」
耕介は言われるまま、鞄の底を覗く。
確かに、言われればそんな気もすると思いつつ、手を伸ばし引っ張ると、あっさりと底が持ち上がり、
その下には、数本の缶ビールが入っていた。
「どうりで、こっちの鞄には重たい物を入れてないのに、重たいと思ったら」
耕介は溜め息を吐きながらも、真雪に手渡す。
「おう、サンキュー」
真雪は礼を言いながら、口を付ける。
そんな二人を余所に、恭也たちは弁当へと箸を伸ばす。
そんな感じで昼食も終え、残りの時間をのんびりと過ごしている知佳の元へ、クラスメイトの女の子が現われる。
「知佳ちゃん」
「あ、日奈ちゃん。何、どうしたの?」
「うん、あのね」
日奈と呼ばれた女の子は、もじもじと立ち尽くす。
それを見て、耕介が知佳に話し掛ける。
「まあ、とりあえず座ってもらったら?」
「そうだね。日奈ちゃん、どうぞ」
「お、お邪魔します」
日奈は遠慮がちに知佳の横に腰を下ろす。
「で、どうしたの?」
「う、うん。これ、良かったら」
そう言って、日奈は果物の入った弁当箱を取り出すと、恭也へと差し出す。
それで知佳は納得がいったのか、日奈に笑いかける。
「ふーん、日奈ちゃ〜ん」
「な、何、知佳ちゃん」
少し後退りながら、問い返す日奈に、
「私も貰って良いかな?」
「う、うん。そ、それで、この子は?知佳ちゃんの弟さん?」
「ううん、違うよ。この子は恭也くんといって、友達……かな?」
「高町恭也と言います」
知佳に言われ、恭也が挨拶をする。
それを見ながら、日奈も挨拶をする。
そんな二人をどこか面白くなさそうに見詰める三人がいた。
薫、知佳、美緒の三人である。更に、その三人を面白そうに見詰める人物も三人いた。
真雪、耕介、ゆうひである。
そして、そんな事を全く気にしていない人物が、同じく三人。
人見知りをする美由希は、知らない人の登場に恐縮しており、みなみは食後のデザートに専念し、
愛はこの場で起こっている事の意味が分からず、ただのほほんといつもの笑みを浮かべながら、お茶を啜っていた。
「いやー、恭也の周りには本当に面白い事が起こるな。本当に、歩くネタの宝庫みたいな奴だな」
「真雪さん、流石にそれは恭也君に悪いですよ」
「そう言いながらも、耕介くんの顔笑ってるで」
そんな三人の言葉も耳に入っていないのか、薫たち三人は、牽制するように日奈を見ている。
と、知佳が日奈から視線を逸らす。
そこには、知佳のクラスメイトが数人、来ていた。
日奈とは、親しい友人だから、ここに来るのも、まあ分かるのだが、
そこに立つ者たちの中には、大して親しくない者までいたりする。
これにより、その者たちの目当てが何かを悟った知佳は、素知らぬ顔をしつつ声を掛ける。
「えっと、何か用かな?」
その知佳の問い掛けに対し、明らかに言いずらそうにもじもじし始める。
そんな女の子たちを微笑ましそうに眺めながら、耕介はどうするか考える。
とりあえず、座ってもらうべきか。しかし、場所もそんなに広くはないし。と、いった感じで考えていると、
その女の子たちを押し退け、一人の女の子が現われる。
その女の子は、当然のように知佳の横に腰を下ろすと、挨拶をする。
「こんにちは、恭也くん、美由希ちゃん」
「こんにちは、理恵さん」
「こんにちは」
理恵の挨拶に、恭也と美由希が答える。
途端、羨望の眼差しが注がれるが、理恵は気付かない振りをして、知佳へと話し掛ける。
「知佳ちゃん、そろそろ午後の部の始まる時間ですよ」
「え、もうそんな時間なんだ」
「はい。ですから、こうして呼びに参りました」
「じゃあ、戻ろうか。理恵ちゃん、日奈ちゃん」
「はい」
「うん」
知佳の言葉に、理恵と日奈は立ち上がる。
「じゃあ、お兄ちゃんたち行ってくるね」
「おお、頑張ってな」
耕介の言葉に、三人は答えるとクラスへと戻って行く。
それを見ながら、他の女の子たちも残念そうにこの場を去るのだった。
◆ ◆ ◆
午後の部も、順調に進んで行き、次の競技である借り物競争が始まる。
入場が始まるやいなや、真雪がビデオカメラを回し始める。
「あ、この競技、知佳が出るんだっけ」
耕介の言葉に、ゆうひが頷く。
「そう言ってたよな、知佳ちゃん。ほら、あれそうちゃうか!」
ゆうひが指差す先には、確かに知佳がいた。
数組が競技を終えた後、いよいよ知佳の出番となる。
スタートの合図と共に、知佳が走り出す。
3番手で紙を取り、中に書かれた内容を見る。
そして、真っ直ぐに恭也たちの所へと来るのだった。
知佳が来るなり、
「おおー、知佳ちゃん。一体、何がいるんや?」
「何だ、知佳。ビールか?」
「真雪さん、学校の借り物競争でそれはありえませんよ」
真雪の言葉に、耕介が突っ込みを入れる。
それを見たゆうひが、笑みを浮かべながら、
「何や、美人のお姉さんか」
何かを期待するような目で耕介を見る。
ゆうひの期待するものが分かったのか、耕介は溜め息を吐きながら、
「ゆうひ、自分で言うな」
と、手の甲で肩を軽く叩いて突っ込んでおく。
それに、ゆうひは親指を立てて、ウインクを返すのだった。
「そげん事よりも、一体何が必要と?」
「えっと、恭也くん、一緒に来て」
そう言うと、知佳は恭也の手を引いて、ゴールを目指す。
その背中に、真雪が檄を飛ばす。
「知佳、恭也、一位を取らないと承知しないぞ」
そんな中、走りながら恭也は知佳に尋ねる。
「知佳さん、一体何て書いてあるんですか」
「あ、あわわわわ。そ、それは後でね。それよりも、あの人たちを抜かないと一位になれないから」
知佳はそう言うと、走り速度を上げる。
「うーん、このままだと抜けないかな?」
「抜きたいんですか?」
「え、うん。負けたらお姉ちゃんに何をされるか分からないからね。
それに、恭也くんに協力してもらってるんだから、勝ちたいじゃない」
そう言って笑みを見せる知佳を見て、恭也は頷く。
「そうですね。真雪さんがどんな無茶を言うのか、考えただけでも…。
知佳さん、頑張って勝ちに行きましょう」
恭也が言うと、知佳も頷く。
それを確認すると、恭也は知佳を抱き上げる。
「失礼」
途端、場内から歓声のような悲鳴のような声が上がる。
「え、ちょっ、恭也くん」
「少しの間、口は閉じてて下さいね。じゃないと、舌を噛むかもしれませんから」
何かを言おうとする知佳を黙らせると、恭也は走る速度を上げる。
そして、あっという間にトップに追いつくと、そのまま抜き去りゴールする。
ゴールしてから、知佳を地面へと下ろすが、知佳は顔を赤くして何処かボーとしたままだった。
「知佳さん、知佳さん!」
「は、はい?」
何度目かの呼びかけで、我に返る知佳。
そんな知佳を心配そうに覗き込みながら、恭也は訪ねる。
「どうかしましたか?」
「べ、べべべべ別に、な、ななな何でもないない。うん、何でもないよ」
訝しげに見るも、本人が何でもないと言うので、納得する恭也。
そんな二人の元に、係りの者がやって来て知佳から紙を受け取る。
そこに書かれた物と、知佳が借りてきたものが合っているのか確認する為である。
「では、確認しますね」
係りの者は、紙を開け中を見ると、マイクを口元へと運ぶ。
こうやって、中に書かれていることを伝えるのである。
『え〜、では、発表します。ずばり、借り物は好きな人です!』
『おぉ〜』
このアナウンスに、場内から声が上がり、知佳と恭也は顔を赤くさせる。
それを遠くで見ながら、美緒が喚く。
「知佳ぼー、それはずるいのだ!」
「み、美緒、落ち着け。何をそんなに興奮してるんだ」
耕介が美緒を押さえつけ、訪ねる。
それに対し、美緒は怒った顔をしたまま、
「う〜。そんな事、わたしにも分からないのだ!でも、何か腹が立つから、怒っているのだ!」
「そんな無茶な…」
美緒の言葉に、耕介は溜め息にも似た息を吐き出す。
そして、美緒ほどではないが、静かに怒りを現している者もいた。
(知佳ちゃん……。あなどれん子や)
薫は、内心焦りにも似た感情を持ちつつ、務めて冷静に二人を凝視している。
当然、それに気付いている真雪は、その二人の様子もしっかりとビデオに押さえつつ、口元が弛むのを必死で押さえるのだった。
『いや〜。しかし、大胆な事をされましたね〜』
係りのものが、マイクを知佳へとむける。
それに対し、知佳は恭也に抱きつくと、
『それは、可愛い弟みたいなものですから。嫌いじゃないですよ〜』
そう言って、じゃれ付くように恭也を抱きしめる。
それで、殆どの者がそういう意味かと落胆ののような声を洩らすが、当然そう思ってないものたちもいた。
「知佳の奴、そのまま言い通しとけば良かったのに。そうすりゃあ、あの鈍感な恭也にもちゃんと伝わるのにな。
そしたら、他の奴らよりも一歩リードできたもんを」
「そんな事、言いながら、そうした方が面白いとか思っただけでしょ」
「当たり前だろう」
耕介の言葉に、誤魔化すどころかきっぱりと言い切る真雪だった。
それを呆れたように見ながら、耕介は恭也へと視線を向ける。
そこでは、知佳の言葉を素直に受け取り、納得している恭也の姿があった。
(しかし、本当に鈍感だな。あの知佳の顔を見れば、俺でも気づくというのに…)
そんな耕介の横では、薫が安堵の息を洩らしている。
(ほー。そげん事やったと。って、何でうちはこんなにも安心してると。
それにしても、知佳ちゃんの言葉、全部をそのまま信じれん。
少し用心せんと。………って、だから、うちはなしてこげん事を考えとると!)
一人煩悶し続ける薫と、妙に機嫌の良くなった美緒をちゃっかりと撮影しながら、真雪は密かに笑みを浮かべる。
(面白い!面白すぎるぞ。これから先、どうなるのか、じっくりと観察…じゃないや、温かく見守ってやらなければな。
とりあえず、明日辺りにでもビデオテープを買い足しておかないとな)
不穏な事を考えながら、真雪は撮影を続けるのだった。
つづく
<あとがき>
御琴さんの341万Hitリクエストでした。
今回は、甘々じゃなくほのぼの〜で。
美姫 「今回は一応、知佳ちゃんがメインよね」
そうでげす。
今回、薫が少しだけ自分の気持ちに気付きかけてるとか、まだとか。
ちょっと微妙ですが、とりあえず一歩進展ということで。
美姫 「次回辺り、美緒ちゃんが活躍かな?」
それは、まだ何とも言えません。
美姫 「そんなこんなで、また次回」
さ〜よ〜な〜ら〜♪
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