『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 7』






朝夕めっきり寒くなり始めた秋の終わり頃。
紅く色付いていた葉も大分枯れ落ちて、早くも冬の到来を知らせる。
そんな中、ここさざなみ寮では、いつもと変わらず元気に走り回る少女がいた。

「みゆきち、早くするのだ!」

美緒は玄関で靴を履き、その場で駆け足をしながら、奥へと呼びかける。
暫らくして、奥から美由希が慌てて出てくる。

「美緒ちゃん、待ってよー」

美由希が靴を履くのをもどかしく眺めながら、美緒はその場での駆け足を止めない。
美由希が履き終わるや否や、その手を取り、玄関を開け放ち走り出す。
美緒に引っ張られる形で、美由希は玄関を出て行く。
それを見ていた真雪は、リビングで煙草を吸いながら、

「子供は元気だね〜」

「美緒は別だと思いますよ」

その呟きに、さざなみの管理人である耕介が苦笑しながら答える。
耕介は腕にまだ小さいなのはを抱き、ミルクを与えている所だった。
そんな耕介の元へ、愛がやって来て、

「耕介さん、交代しましょうか」

「えっと、それじゃあお願いします」

耕介はなのはを愛に渡すと、軽く肩を叩く。

「しっかし、大分違和感がなくなってきたな」

真雪は耕介たちを見ながら、そんな事を言う。

「最初は、でっかいお前が小さい赤ん坊を抱いているだけで笑えたんだが…」

真雪は面白そうに言うが、言われた本人はただ苦笑いをするだけだった。
それから暫らく時間が経ち、日が傾き始めた頃、恭也がさざなみに現われる。

「こんばんは」

「あ、いらっしゃい。鍛練はもう終ったのかい?」

「はい」

「そう。あ、まだ美由希ちゃんは戻って来てないから」

耕介の言葉に、恭也は頷くとリビングへとあがる。
そんな恭也にお茶を差し出し、耕介も一息入れるべく腰を降ろす。

「美由希ちゃんは、まだ美緒に連れまわされているみたいだね」

「美緒には世話になってます」

「いいや、こっちこそ」

お互いに礼を言いつつ、お茶を傾ける。
少し寛いだ後、耕介は夕飯の支度に取り掛かる。
それから少し時間が経ち、日が落ちるのも早くなったこの時期、既に日が暮れ始めており、辺りが暗くなり始める。
そんな中、美由希が泣きながら戻ってくる。

「美由希、どうしたんだ?」

「美由希ちゃん、何かあったのかい?まさか、美緒が何かしたとか」

その場にいた恭也と耕介が慌てて尋ねるが、美由希はただ首を振って泣くだけだった。
美由希の視線と同じ高さまで恭也はしゃがみ込み、その顔を両手で挟みこむと上を向かせる。

「落ち着いて話せ。泣いていても、俺たちには分からないんだからな」

恭也はゆっくりと言い聞かせるように話し掛ける。
その言葉に頷きながら、美由希は所々でしゃくりあげながらも話をする。
要は、美緒が足を滑らせて、裏山にあった穴の中へと落ちたと言う事らしい。

「で、美緒は無事なのか?」

恭也の言葉に美由希は首肯しながら、

「うん、美緒ちゃんが誰か呼んできてって言ったの」

「そうか」

美由希からその場所を詳しく聞き、恭也は立ち上がる。

「それじゃあ、俺が行ってきますから。耕介さんはここで」

「待って、俺が行くよ」

「いえ、大分暗くなってますので俺が行きますよ」

恭也はそう言うと、その場所へと向って走り出す。
その背中を見送って、耕介は残された美由希の頭に手を置き、慰めるようにそっと撫でるのだった。



  ◆ ◆ ◆



恭也は日が完全に落ちた暗闇の中、迷う事無く走り抜けていく。
今日は晴れていて、月と星の明かりが充分に辺りを照らしているとは言え、木々の生い茂る闇の中を昼間の様に駆けて行く。
恭也は走りながら美由希に聞いた場所と、今自分のいる場所を頭に描く。
何度か方向を変え、目的地に着いた恭也は慎重に辺りを見渡す。
その視界に、確かに地面に空いた穴を見つけ、落ちないように気を付けながら、中を覗き込み声を掛けてみる。

「おーい、美緒いるのか」

「……………………ん?……その声は、……恭也!?」

「ああ、そうだ。どうやら無事だったみたいだな」

美緒の声を聞き、恭也はほっと胸を撫で下ろす。

「今、助けるから少し待っていろ」

「分かったのだ」

美緒の返事を聞き、恭也は持って来ていたロープを近くの木に括り付けると、その反対側を穴へと放り入れる。
そのロープを伝い、恭也は穴の中へと入る。
下に着いた恭也は、地面にしゃがみ込んだままの美緒の元へと向う。
美緒はしゃがみ込んだまま、右足を押さえていた。
それを見て、恭也は美緒の右足をそっと取る。

「痛いっ!」

「すまない。だが、少し我慢してくれ」

恭也はそう言うと、美緒の右足を裸足にして骨に異常がないか確かめる。

「ふむ。どうやら、ただの捻挫だな」

そう言いつつ、美緒の足に靴を履かせる。

「それじゃあ、登れないな。仕方がない、美緒、背中に負ぶされ」

恭也はそう言って美緒に背中を向ける。
その背中に美緒はしがみ付き、顔を押し付ける。
突然の行為に驚いて抗議しようとした恭也だったが、押し殺したような声が聞こえてきて、大人しくする。

「うぅ……う、ぐす」

美緒の押し殺した鳴き声に、恭也は美緒からそっと離れる。
その事に、美緒にしては珍しく心細い声をあげるが、意地があるのか何も言わない。
そんな美緒の様子に苦笑を洩らしつつ、恭也は美緒の頭を胸に抱き寄せ、その頭をそっと撫でる。
それで緊張の糸が途切れたのか、美緒は声をあげて泣き出す。

「うぅぅ…、こ、怖かったのだ。段々と暗くなってくるし、だ、誰も来ないかと……、ぐす、…うぅ」

「大丈夫、安心して。美緒に何かあれば、俺はすぐにでも来るから」

「本当に…?」

「ああ。それに俺だけじゃない、さざなみの皆だって、美緒に何かあればすぐに助けにくるさ」

「うん。……うん」

美緒の背中を優しく擦り、恭也は落ち着くまでずっとそうしていた。
やがて落ち着いた美緒は、恭也から離れると照れ臭そうに笑う。

「にはははは。恭也、ここであった事は忘れるのだ、良いな」

「何の事をだ?美緒が泣いた事をか?」

「!恭也!」

美緒は恭也に向って拳を振り上げるが、足の痛みに蹲る。

「すまんかった。少しからかい過ぎたな。じゃあ、戻るか」

膨れっ面をしていた美緒は恭也の言葉に偉そう頷くと、恭也の背中へと乗っかかる。

「しっかり掴まっていろよ」

「分かってるのだ」

美緒は恭也にしっかりとしがみ付く。
それを確認して、恭也はロープを伝って上へと登っていく。
美緒は恭也にしがみ付きながら、間近に見る恭也の横顔に胸がドキドキするのを感じていた。
それを自覚した途端、何故かまともに恭也の顔が見れなくなって、視線を逸らす。
しかし、すぐに気になり、視線を戻す。
真剣な表情で上を向いている鋭い目や、意外と長い睫、そういった細かい所までじっと見詰め続ける。
いつの間にかドキドキしていた胸が温かくなり、
少しの苦しさと、それ以上の言いようのない嬉しさのようなものがこみ上げてくるのを感じる。
自分の内から沸いてくるそんな感情に戸惑いつつも、美緒は恭也の横顔をじっと見詰めつづけた。
やがて、穴から這い出ると、恭也は美緒をそっと地面に降ろす。
離れて行く恭也に寂しさを感じ、美緒は知らず小さな声を上げるが、恭也には聞こえていなかったようで胸を撫で下ろす。

「ふー。じゃあ、さざなみに戻るか」

「うん」

恭也の言葉に美緒は頷きで返す。
そんな美緒の前に恭也はしゃがみ込む。それを見て、美緒は嬉しそうな顔をして、その背中にしがみ付く。
恭也は再び美緒を背負うと、さざなみへと歩き始める。
その背中で、美緒は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。





  つづく




<あとがき>

キレンジャーさんの52万Hitリクエストです。
美姫 「遅くなってしまいました。全て、全て、この馬鹿が悪いんです」
ぐっ!悔しいが言い返せない……。
美姫 「しかし、短編で始まったこの話も気が付けば、もう7話。
    月日が経つのは早いわね〜」
うんうん。で、今回は美緒メイン。
美姫 「徐々に自分の気持ちに気付いていく美緒嬢」
今後の展開はいかに?
美姫 「と、いった所でまた次回でね♪」
ばいばい〜。







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