『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 17』






本格的な寒さを迎え、今年も残り後一月を切り、町中が近づくクリスマスに騒がしくなりつつある日の夜。
そんな町中の喧騒とは無縁の静寂が支配する山林で、一人の少女が月光の中に刃を煌かせて駆け抜ける。
少女が目指す先には、光によって生み出された影とは違う、
それよりも濃い闇が、そこだけ水面に墨汁を垂らしたかのように広がっていた。
少女はその闇に向け、手にした刃を一閃させる。
刃に微かに纏わりつく金色の光で、その闇を払拭せんとばかりに。

「はぁぁぁぁっ!」

少女が気合と共に振り下ろした刃が闇を二つへと切り裂くと、そこから身の毛もよだつ叫び声が上がる。

「GRURURURUUU!!」

人の器官では大よそ出し得ない唸り声を上げ、闇が薄れたソコには、これまた人、
いや、いかなる生物とも似ても似つかない姿の生き物が居た。
敢えて例えるならば、蝙蝠のような羽を持ったネズミと言った所だろうか。
ただし、手足は異様に長く後ろ足二本で経ち、その手に鋭い爪を持つ生き物をネズミと呼べるならば、だが。
全長は大よそ二メートルといったこの謎の生き物は、先程の少女の一撃を受け、
人で言う右肩にあたるに個所から血を流していた。
そのネズミもどきは、傷付けられたことに怒りを顕にし、目の前の少女へと襲い掛かる。
それをじっと見据え、少女は上半身を捻り、手にした日本刀を肩の位置まで持ち上げる。
その全身から、緩やかに先程刀身に纏わりついていたのと同じ光らしきものが陽炎の如く立ち昇る。

「…薫」

何処からともなく聞こえてきた第三者の声に、しかし名を呼ばれた少女、薫は驚きもせず、静かに祝詞を口にする。

「神気発勝」

薫の祝詞に答えるように、煌く光が先程よりも強く刀身を包み込む。
そのまま力を溜め込み、今まさに爪を振り下ろさんと向かい来る敵へと、一気に手にした日本刀、十六夜を振るう。

「真威・楓陣刃!」

薫の声と共に振られた十六夜から、溜め込まれていた霊力が一気に放出されて化け物へと向かう。
正面からまともに喰らった化け物は断末魔の叫び声を上げると、まるで幻だったかのように掻き消える。
薫はそれをじっと見詰めながら、一度だけ大きく息を吐き出すと、念のために周囲を警戒するように伺う。
と、その眉が何か胡散気なものを見つけたかのように、微かに歪む。

「十六夜、今のであの妖魔は倒したよね?」

「ええ、間違いなく」

「じゃあ、さっき一瞬だけ感じた妖気は気のせい?」

「今は何も感じられませんね。多分、倒れた時に霧散した妖気の残り香ではないですか」

「成る程。そう言えば、前にも似たような事があったね」

「ええ。それよりも、早く帰りましょう」

「だね」

薫は十六夜にそう返事を返すと、懐から数枚のお札を取り出して、この辺りを浄化する作業に入るのだった。



深夜の街を車で送ってもらいながら、薫は後部座席から何となしに外の景色を眺める。
既に時間が時間だけに、昼間のような騒がしい音楽もイルミネーションも見えないが、
それでももうすぐクリスマスだと思わせる幾つかの物が目に入って来る。
そんな薫へと、十六夜がそっと声を掛ける。

「もうすぐクリスマスですね」

「だね」

薫がそれに小声で返すと、十六夜は続けて話し掛けてくる。

「耕介様がご馳走を作ると張り切っておいででしたね」

「そう。耕介さんが作る食事は美味しいから、楽しみじゃね」

「それは良かったですね。まあ、それよりも今年の薫は、特定の人と一緒というのが一番嬉しいのでしょうけれど」

「な、何を言うね、十六夜。別に恭也くんとは…」

「誰も恭也様とは言ってませんけれど」

本当に楽しそうに語る十六夜に、薫は押し殺した声でその名を呼ぶ。
そんな薫の反応さえも楽しみつつ、十六夜がまた何か言おうとするよりも先に、薫の口から言葉が飛び出る。

「恭也くん」

「薫、成長しましたね。意中の人の名前を呼ぶだなんて」

「違う! というか、それはどんな成長ね!
 そうじゃなくて、恭也くんがそこに居たんじゃよ」

「恭也様が?」

薫の言葉に驚いたように返す十六夜を置いておいて、薫は運転席に座る男へと車を止めてもらうように告げる。
薫の言葉に頷くと、男はゆっくりと車を減速させ、道の端へと寄せて止める。
車が止まると、薫はそのまま車を降りて後ろから来る恭也を待つ。
恭也の方も薫に気付いたのか、薫の方へとやって来る。

「こんばんは、薫さん、十六夜さん」

「こんばんは、恭也くん」

「こんばんは、恭也様」

お互いに挨拶をすると、薫は恭也が手にした荷物を見る。

「恭也くんの方は、鍛錬の帰り?」

「ええ。薫さんたちは、お仕事でしたか」

「うん。何とか無事に終わったよ。それにしても、遅くまで頑張るね」

「もう慣れました」

「今から帰るんなら、ついでに送っていってもらうように頼んでみるけど?」

「いえ、ありがたいですけれど、遠慮しておきます。
 家までのランニングも鍛錬の一環ですから」

「そう。じゃあ、うちらはこれで」

「はい。それじゃあ、お休みなさい」

そう言って分かれようとした薫だったが、そこへ十六夜の鋭い声が飛ぶ。

「薫!」

十六夜の声が上がると同時、薫もその妖気を感じ取り十六夜を抜き放って構える。

「恭也くん、そこを動かんで。
 十六夜、何処じゃ」

「かなり近くですが、あやふやの上に弱すぎて…」

霊が相手ではどうしようもない恭也は、せめて薫たちの邪魔にならないようにと少しだけ下がる。
その間にも、薫と十六夜は妖気の出所を探る。
程なくしてその出所を悟り、薫は顔を上げると、丁度、恭也の頭上に小さな影。
それは先程、薫が倒したあの化け物と同じ姿形をしていたが、その大きさはかなり小さく、
本当のネズミのような大きさしかなかった。
向こうも薫に気付いたのか、その口を大きく開く。
しかし、その対象は薫ではなく、真下にいる恭也に向いていた。

「恭也くん!」

薫の言葉に反応してその場を飛び退くのと、薫の攻撃が放たれるのが同時。
しかし、僅かに早く向こうの攻撃も繰り出されていた。
光線のようなものを口から吐き出し、恭也の体に微かに触れる。
それを認識してか、悔しそうに顔を歪めるネズミもどきへと、薫の攻撃が決まり、
ネズミもどきは今度こそ全て消滅する。
それに目もくれず、薫は恭也の傍へと駆け寄る。

「恭也くん、大丈夫?」

「え、ええ。別に痛みも何もありませんけれど」

心配そうに尋ねてくる薫に、恭也は不思議そうな顔をしながら念入りに体を動かすが、やはり痛みも違和感も感じない。

「十六夜、恭也くんの体に異常は?」

「特に何も……いえ、少し待ってください」

十六夜も何も感じずにそう答えようとしていたが、すぐに否定するとそっと手を伸ばす。
と同時、恭也が急に蹲る。

「恭也くん、大丈夫!? 十六夜!」

「恭也様の中にある霊力が膨れ上がってます!」

「ぐぅぅぅ。がっ!!」

蹲って呻き声を上げていた恭也の体から爆発のような煙が立ち昇り、恭也は大きく息を吐き出す。
煙の所為で迂闊に近づくことができずに薫は臍を噛む思いで、じっと前方を見詰める。
ようやく煙が薄れ出し、その中で地面へと倒れる影を見つけると、薫はすぐさま駆け寄り、その肩を抱き起こす。

「恭也くん! 恭也くん!」

「う…。うぅぅ。か、薫さん?」

「大丈夫ね?」

「え、ええ、一瞬だけ物凄い痛みに襲われましたが、もう大丈夫です」

「そう、それは良かった。って、恭也……くん?」

恭也の言葉に安堵の息を吐き出し、ようやく落ち着いた薫は、そこでようやく違和感に気付く。

「そ、その姿は?」

何故か顔を赤らめて視線を逸らしながら告げる薫に首を傾げ、自分の体を見下ろす。
見ると、何故か服が破れており、薫が視線を逸らした意味を悟ると、少し慌てて言葉を紡ぐ。

「え、えっと、さっきの爆発で服が破れてしまったみたいですね」

「そ、そうじゃなくて、恭也くん、大きくなってる」

薫に言われて改めて自分を見下ろす。
確かに、前よりも手足が伸びているような気がすると思いつつ、何も着ていないために立つに立てないでいる。
そんな恭也に、薫が背広の上着を借りてきて渡す。

「これを。ないよりは、ましだと思うから」

「すいません。えっと、下は……流石にないですね」

上着を着ながら、下をどうするか悩む恭也に薫は式服の上を貸す。

「とりあえず、これを巻いて」

「すいません。ちゃんと洗って返しますので」

「いや、別に気にせんでもよかよ。
 今回の事は、うちらのミスみたいなもんじゃし。
 で、十六夜、どうね」

何とか恭也の方を見ることが出来るようになった薫は、恭也の眼前で掌を翳している十六夜へと声を掛ける。

「そうですね。詳しいことは分かりませんが、あの光線のようなものが原因でしょうね。
 多分、年月を経過させる効果でもあったのでしょう。
 ただ、あそこまで体が小さくなって力が弱ったのと、恭也様が躱した事によって、少ししか浴びなかった事とで、
 大よそ、五〜七年程しか経過せずにすんだようですね」

「それで、元には?」

「多分、放っておいても元に戻るとは思います。
 けれど…」

ほっとした恭也と薫だったが、続く十六夜の言葉に顔を微かに強張らせる。

「けれど、なんね。もったいぶらずに、さっさと教えて」

「はい。ただ、いつ元に戻るのかは分かりません。
 長くても、一年は掛からないとは思いますけれど…」

「そ、そんなに…」

十六夜の台詞に言葉を無くす薫へと、恭也は笑みを見せる。

「まあ、体が成長しただけで、他には影響もないみたいですから、大丈夫ですよ。
 それに、長くても一年なんですから、問題ないですよ。
 だから、そんなに気にしないで下さい」

「でも…」

「薫、とりあえずは寮へと戻りましょう。
 何か、人為的に元に戻す方法があるかもしれませんし、和音様にも聞いてみては…」

「確かに、ばあちゃんなら何か分かるかもしれない」

「そうですか。さっきも言ったけれど、本当に気にしないで下さいね。
 まあ、さしあたっての問題は着るものですが…」

薫の言葉に少しだけ胸を撫で下ろしつつ、恭也は少し困ったように言う。
それに薫も苦笑を返すと、

「とりあえず、寮へと行こうか。
 耕介さんの服があるだろうし」

「でも、こんな時間では眠っていられるのでは」

「そうじゃね。それじゃあ、悪いけれど、今日は寮に泊まってもらって、
 明日朝一番で耕介さんに事情を話して、服を借りるって事で良いかな?
 家の方が大丈夫?」

「ええ、それで大丈夫です。朝は俺が一番早いですし、朝も鍛錬で家を空けてますから」

「そう。それじゃあ、行こう」

薫は恭也を促して車へと連れて行く。

「すいませんが、この子もお願いします」

運転席の男は頷くと、二人が車に乗ったのを見計らって発進させるのだった。



  ◆ ◆ ◆



既に寝ているであろう住人たちを起こさないように、薫と恭也は静かに寮へと入る。
リビングに恭也を待たせると薫はジャージを持って来る。

「少し小さいかもしれんけど、これなら」

「ありがとうございます」

「それと、お風呂が沸いているから」

「いえ、先に薫さんが」

お互いに相手を先に入らせようとするが、このままではきりがない判断し、薫が先に入る事で妥協する。
薫が風呂場に行っている間、恭也は所在なさげに、そわそわと落ち着きなく辺りを見渡していた。
一方の薫も体を洗いながら、

(あまり時間を掛けると恭也くんに悪いし…。
 かといって、あまり早く上がるのも、ちゃんと体を洗ってないと思われるかもしれんし…。
 って、何でうちはこんなに念入りに…。別に、誰に見せる訳でも…。
 う、うちは何を考えとる! べ、別に恭也くんにとかじゃなくて…。
 ああー、誰も恭也くんやなんて言ってないのに。また十六夜にからかわれるような事を……)

いつもよりも気持ち丁寧に洗っていきながら、薫は一人悶々と悩み続ける。
結局、いつもよりも少し長くなってしまった風呂を恭也と交代し、薫はリビングで次なる悩みに思い至る。
それは……。

「十六夜、恭也くんには何処で寝てもらおう」

「空いている部屋はありますが、布団がありませんね」

「耕介さんか愛さんに聞けば、予備の布団ぐらいはあるだろうけれど…」

「流石に、こんな時間ではお休みになられてるでしょうし、起こすのも気が引けますね」

「ああ。かといって、この時期に布団もなしじゃあ…」

悩む薫に十六夜は良い事を思いついたとばかりに笑みを浮かべ、軽く手を合わせる。

「なら、薫の部屋で一緒の布団で寝れば良いんですよ」

「な、ななな何を言っとるね、十六夜!」

「何をそんなに慌てているんです?」

「十六夜こそ、なして落ちついとる!」

「私には関係のない事ですから。
 というのは冗談で、確かに見た目は大きくなられても、恭也様はまだ子供ですよ」

「それはそうかもしれんが…。
 でも、あの子の落ち着きぶりようと言うか、雰囲気は既に子供という気がせん」

「まあ、それは確かに。ですが、それはそれ。
 薫も恭也様には少なからず心を許しているようですし、そのぐらいは良いではありませんか」

「それとこれとは話が別じゃ」

「では、恭也様にこの寒い季節、布団もなしに寝るように仰いますか。
 私は、薫をそんな薄情な子に育てた覚えは…」

「ああ、もうとりあえず、黙って」

このままでは埒があかないと感じた薫は少し強い口調でそう言うと、十六夜の言葉をそこで封じ込める。
それから程無くして恭也がやって来ると、薫は自分の部屋へと恭也を連れて行こうとする。

「耕介さんたちが既に寝ているから、今日一晩だけだから、うちの部屋で我慢してね」

「いえ、そんな訳には。自分ならリビングで構いませんから」

「そういう訳にもいかん。う、うちなら大丈夫だから」

「で、ですけど…」

躊躇う恭也をやや強引に引っ張り、部屋へと連れて行った薫は先に布団へ入ると、
顔を真っ赤にして掛け布団を少しだけ捲る。

「は、早くしてくれんと、寒いから」

「えっと、そ、それじゃあ、失礼します」

顔を赤くする薫を見て、自分のために恥ずかしいのを我慢してここまでしてくれる薫に感謝し、
その行為に甘えて、布団の中へと入る。
しかし、顔が赤くなるのだけは抑えることも出来ず、布団に入り込もうとする恭也と、
それをじっと見ていた薫の目が合い、二人は暗闇で赤い顔のまま暫し見詰め合う。

「え、えっと、どうぞ」

「は、はい。お邪魔します」

お互いに視線を背けると、背中合わせになるように布団の中で横になる。
僅かに隙間を空けて体が触れ合わないように力を入れる二人。
背後に感じる息遣いに顔を赤くしつつ、体を更に強張らせる。
暫くそのままでいた二人だったが、静寂の中、恭也が口を開く。

「薫さん、あんまり端の方だと寒いでしょう。
 もう少し真中によっては」

「それなら、恭也くんも」

「俺は鍛えてますから」

「それなら、うちかて同じじゃよ」

またしても沈黙が降りる中、薫がもぞもぞと体を動かす。
どうやら、恭也の方へと寝返りを打ったらしいと後ろの動きから悟るが、恭也は依然として最初の姿勢のまま。
そんな恭也の背中に躊躇いがちにそっと薫が手を伸ばして触れる。
一瞬だけ身体を振るわせた恭也だったが、すぐに落ち着きを取り戻すその背中へと、

「恭也くん、もう少しこっちに。そんなに端っこじゃ、寒いだろうから。
 それだと、ここへと呼んだ意味がなくなる」

「…それじゃあ、少しだけ」

恭也はそう言って寝返りを打つと、丁度、目の前に薫の顔があった。
至近距離でお互いの顔を見詰め、二人は再び顔を赤くすると、またしてもお互いに背を向け合う。

「えっと、そのすいません」

「いや、気にせんで良いから。元々、布団がそんなに大きくないし。
 そ、それよりも、このままだと最初の頃と変わらんね」

「そうですね」

そう言うと、二人はゆっくりと寝返りを打つ。
その際に微かに指先が触れ合うが、お互いに急に退けるのも意識し過ぎかと思い、そのままでいる。
恭也の右腕と薫の左腕が触れ合う程に近づくが、今度はそのまま離れずに天井を見詰める。

「やっぱり、急に大きくなると少し違和感がありますね」

「本当に何と言えばいいか」

「いえ、別に薫さんを責めてはいませんから」

「だけど、うちの所為で…」

「もうその話は止しましょう。本当に、気にしてませんから」

「うん、分かった。恭也くんがそう言うなら…。
 にしても、あまり違和感を感じんね。恭也くんは普段から落ち着いているからかな」

「そうですか? まあ、父さんにはよく子供らしくないと言われましたけれど」

「恭也くんは小さい頃、あちこちを周ったんだったね」

「ええ。色んな所へ行きましたね」

ポツリポツリとお互いの小さな頃の話などをしているうちに、二人はいつの間にか眠りへとついていった。



「はぁ〜、やぁぁぁっと終わった〜。
 さ、流石に二徹は辛いな」

どうにか原稿をやり終えた真雪は、背伸びをすると豪快にあくびをする。
軽く肩を回してほぐすようにしながら、ゆっくりと立ち上がると時計を見る。

「ちっ。まだ飯は出来てないか。
 このまま寝たら、ぐっすり眠れそうだが、少し何か食いたいしな。
 耕介の奴が起きるまで待つか」

そうは言うものの、それまでは暇であり、どうしたもんかと首を捻る。
そんな真雪の脳裏に、朝も早いこの時間から起きている人物が浮かぶ。

「まあ、薫は昨夜は仕事とか言ってたから、今日はもう少し遅くまで寝ているだろうが、
 十六夜さんなら起きてるだろうし、話し相手にでもなってもらうか」

真雪は予定を決めると、火を点けていないタバコを口に咥えながら部屋を出て薫の部屋へと向かう。
薫を起こさないように気を使って、静かに扉を開けたところで、真雪はその動きを止める。
あまりの驚きに珍しく声も出せず、加えていたタバコが床に落ちた事にも気付かずに、
ただただ目の前の光景を信じられないといった顔で眺める。
普段の恭也なら、この時点で目を覚ましてもおかしくはないかもしれないが、
昨夜はかなり遅くまで話していた事と、それまで必要以上に緊張していて疲れたためか、目を覚ます気配はなかった。
と、真雪の後ろから、不意に十六夜が声を掛ける。

「真雪様、ですか?」

「っ! あ、ああ、十六夜さんか。
 その通り、真雪ですよ」

思わず叫びそうになる口を両手で塞ぐと、真雪は後ろを振り返る。

「薫に何か御用ですか? 急ぎでなければ、もう少し寝かせておいてあげたいのですが。
 昨夜はかなり遅くまで起きていたみたいですから」

「あ、ああ、そのようだな。まあ、あたしが用があったのは十六夜さんなんすけどね」

「まあ、私ですか?」

「ええ。耕介の奴に飯を作らせてから眠ろうと思ったんですけど、起きてくるまで暇だったもんで」

「そういう事ですか。では、私で宜しければ、話相手にでもなりましょう」

「ああー、すんません。助かります」

「いえ」

柔らかに微笑む十六夜に礼を言うと、真雪はそっと部屋の扉を閉め、階下へと足を向ける。
その足が階段を一歩も進まないうちに、

「だぁー! そうじゃなくて、今のは何なんだ!」

突如として大声をあげる。
その大声に、真っ先に知佳が部屋から顔を見せる。

「お姉ちゃん、こんなに朝早くから騒がないでよ〜」

まだ眠気眼といった様子で知佳が注意するが、真雪はまったく取り合わず、更なる大声で叫ぶ。

「馬鹿か! んな事言ってる場合じゃないっての!」

「もう、何なんだよ、真雪。もう少し寝かせてくれ」

知佳に続きリスティが顔を出し、下からは耕介と愛もやって来る。

「あたしの所為じゃないっての!」

「真雪、うるさいのだ!」

「黙れ、猫! それどころじゃねぇんだよ。薫が…、薫が…」

「薫さんがどうかしたの、お姉ちゃん?」

尋ね返す知佳に割って入るように、耕介が慌てた様に尋ねる。

「まさか、何かあったんですか!? 昨日は仕事だって言ってたけれど…。
 十六夜さん!」

耕介の言葉に全員が心配そうに真雪と十六夜へと視線を集める中、真雪は気付いているのかいないのか、
さっきと同じような事を呟いている。

「薫が、薫が…」

「だから、薫がどうしたんですか、真雪さん」

「薫が男を連れこんでる!」

『……………………』

真雪の言葉に全員が沈黙の後、顔を見合わせると何事もなかったかのように部屋へと戻って行く。

「ふぁぁ〜、僕はもう少し寝るよ」

「私も」

「わたしもなのだ」

「俺は朝食の用意でも始めるかな〜」

「って、てめーら、信じてないな!」

「当たり前でしょう、お姉ちゃん。薫さんがそんな事をするはずないじゃない」

知佳が全員の言葉を代弁するように言うが、真雪は薫の部屋のドアを指差す。

「だったら、自分の目で確認してみろよ」

真雪の言葉にまたしても顔を見合わせると、知佳たちは半信半疑ながらもドアへと近づく。
と、真雪の手が不意に伸び、耕介の襟首を捕まえる。

「お前は駄目だ」

「そ、そんな…」

「あのな〜。仮にも女の子の部屋を黙って許可なく覗く気か?」

「あ、うっ」

真雪に言われ、耕介はその事に思い当たり、大人しくその場に留まる。
その間に、知佳たちは薫の部屋の前へと辿り着き、静かにドアを開ける。

『っっ!!』

全員が驚愕の表情を浮かべ、部屋の中の光景に言葉を詰まらせる。
確かに真雪の言う通り、薫と同じぐらいか少し上ぐらいの少年の腕に頭を乗せて眠る薫の姿がそこにはあった。
そんな知佳たちの反応を後ろから眺め、真雪は胸を踏ん反り返らせる。

「ほら見ろ。あたしの言った通りだろう」

しかし、そんな真雪の言動を気にする者は誰もおらず、知佳たちはただただ目の前の光景に驚いていた。
と、そんなに騒がしくもなかったが、恭也と薫は目を覚ます。
まず最初に飛び込んできたのはお互いの顔で、次いで自分たちの状況を把握する。

「ご、ごめん」

薫は自分が恭也の腕に頭を乗せていた事を知ると慌てた起き上がり、
恭也の方も、まるで薫を抱くようにもう一方の手が薫に覆い被さるようになっているのを知って慌てて起き上がる。

「いえ、こちらこそ」

二人して赤くなって背を向け合っていたが、不意に扉の前の人だかりに気付く。

「知佳ちゃんたち、一体、何を?」

「あ、あはは。えっと、おはようございます、薫さん」

「僕たちは邪魔みたいだから、これで失礼するよ」

リスティが早口にそう告げると、知佳たちは部屋を出て行こうとする。
しかし、その後ろから真雪が現れ、からかう気満々の顔で現れる。

「で、薫。そっちの青年は誰なんだ?
 しかし、お前もやるじゃないか。硬い、硬いと思っていたが、意外だな。
 ほらほら、こうなったら覚悟を決めて紹介しろよ。尤も、その気があったから、ここへ連れて来たんだろうけど」

真雪の言葉に薫は顔を赤くして慌てて弁明しようとするが、すぐに落ち着くように深呼吸をする。
ここで下手に慌てれば、益々真雪を楽しませるだけだと言い聞かせながら。
やがて、ゆっくりと薫は平然を装って答える。

「誰も何も、恭也くんですよ」

「はぁ、何言ってんの、お前?」

呆れたような声を上げる真雪に、薫は昨夜の事を掻い摘んで話す。
それを裏付けるように、恭也と十六夜も言葉を添えるにあたり、ようやく全員が信じ始める。

「何だ、そういう事か。ちっ、つまらん」

そう言い捨てる真雪の言葉に全員が苦笑を漏らすが、不意に知佳と美緒にリスティが顔を見合わせる。

『恭也(くん)ですって!』

「な、何で恭也くんが薫さんの部屋で!」

「だから、それは…」

「それよりも、何で一緒の布団なんだよ、薫!」

「それもさっき言ったけれど…」

「二人だけでずるいのだ!」

「ずるいと言われても…」

詰め寄ってくる三人にしどろもどろになる薫を見て、真雪はさっきとは打って変わって楽しそうな笑みを貼り付ける。

「面白くなってきたな」

「真雪さん、徹夜の割には元気ですね」

「まあな。こんなおもしれぇもんを目の当たりにすればな」

耕介の言葉にも何を当たり前の事を、とばかりに返すと、真雪は目の前の光景を本当に楽しそうに見遣る。

「問い詰められる薫なんて、中々拝めないもんが見れるとはな。
 恭也には感謝だな」

そう言って隣で困ったように立つ恭也へと視線を転じ、じろじろと足の先から天辺までを見詰める。

「ほうほう、中々いい男になるじゃないか。
 ふむ。何なら、今のうちに唾つけとくか」

「仁村さん!」

「お姉ちゃん!」

「真雪!」

「真雪!」

途端に四人から激しい声が飛ぶが、真雪は余裕の笑みを見せて肩を軽く竦めて見せるだけで動じずに言う。

「冗談だ、冗談。ったく、本気にしてるんじゃない。
 それよりも、全員が起きたんなら、少し早いが飯にしてくれ、耕介」

「はいはい」

この場を纏めにかかった真雪に軽く手を上げて応えると、耕介は背を向ける。
その背中へ、薫が声を掛ける。

「あ、あの、耕介さん。出来れば食事の支度の前に、服を一着お借りできませんか。
 流石に、うちのでは小さくて…」

そう言って恭也を見る薫に耕介は頷くと、恭也を呼ぶ。

「じゃあ、朝食の準備の前に、先に服だな。
 おいで、恭也くん」

「すいません、お手数をお掛けして」

「いやいや、気にしなくて良いよ。恭也くんは俺にとっても弟みたいなもんだしね。
 でも、流石に俺のじゃ大きすぎるかな」

「ですね」

「まあ、上は良いとして、下は裾を折れば良いか」

そんな会話を交わしながら降りていく二人の背中を見送ると、知佳たちの視線が薫へと飛ぶ。

「うっ……」

思わずたじろぐ薫に、知佳たちは揃って息を吐き出すと、仕方がなさそうに言う。

「まあ、今回のは仕方がなかったみたいだし、これ以上は何も言わないよ、薫さん」

「そうそう。でも、もし次があったら、その時は遠慮せずに耕介を叩き起こすんだ。OK?」

「次はわたしも呼ぶのだ!」

口々に言ってくる面々に薫はただ頷くだけだったが、俯いて見る事の出来ないその口元は、
昨夜の事を思い出して、微かに微笑んでいた。





  つづく




<あとがき>

恭也が大きくなっちゃった!?
美姫 「しかも、これってまだ治ってないんでしょう?」
あっ!
美姫 「あ、って何? あ、っては。まさかとは思うけれど…」
いやいや、冗談だって。ちゃんと次回も大きい恭也だって。
美姫 「ふ〜ん、なら良いけれどね」
まあ、本来なら今回はあの人のお話の予定だったんだけれど、
きりリクにより大きくなった恭也のお話になりました〜。
美姫 「リクエスト、ありがとう〜」
それじゃあ、また次回で〜。
美姫 「じゃ〜ね〜」







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