『天に星 風に歌 そして天使は舞い降りる 20』






美緒が突然成長をしたとある日曜日。
恭也の言った綺麗という言葉を思い出しては、一人楽しそうに時折笑みを零して午前中を潰していた美緒であったが、
昼食を取り終えた午後となり、流石にそれだけでは飽きてきたのか、大きな欠伸を洩らすとリビングを見渡す。
真雪は自室で就寝中、薫は恭也と美緒の件を少しでも調べようと部屋で古い文献と格闘を、
知佳は遊びに来た理恵に連れられて外出中。
リスティも日曜日とは言え、矢沢医師による検査のために寮にはいない。
耕介や愛、ゆうひは揃って買い物に出たらしく、やけに静かである。
出来る限り寮内に居るように言われてはいるものの、日頃から元気に表で駆け回っている美緒である。
そろそろじっとしている事にも飽きてきているのが、そのムズムズ動く尻尾や耳以外にも、
体全体から現れ始めている。そして、遂には我慢できずに外へと飛び出していくのだった。



寮を出た美緒がまず最初に向かった所は、翠屋であった。
今日は恭也と美由希ともに母親の桃子の手伝いをすると言っていたからである。
いつもよりも低い位置にあるノブを回して扉を開けると、元気な声が耳に届いてくる。
視線が高い所為か、よく来る店なのに少し違う風に見える。
それすらも楽しみながら、美緒は店内を見渡し、目当ての人物を見つけると駆け寄る。

「恭也〜、みゆきち〜。手伝いはまだ終わらないのか」

かなりましになったとは言え、まだ人見知りのする美由希は突然知らない女性に呼ばれ、思わず恭也の後ろに隠れる。
だが、自分をその呼び方で呼ぶ者は一人しかおらず、美由希は恭也の影からそっとその女性を見上げ、
そこに自分が良く知る人物の面影を見出す。
それでも、やっぱり普段とは違う容姿にそのまま黙り込んで恭也の後ろへと完全に隠れる。
一方の美緒は、そんな美由希の様子に何か悪い事をしたかと不安そうに過去を振り返る。
両者の様子を見て、尚且つ事情を知る恭也は、美由希の頭に手を置き、美緒へと顔を向ける。

「美由希、美緒だよ。まあ、信じられないかもしれないけれど、偽者ではないから。
 美緒、自分の姿が変わった事を忘れているんじゃないのか」

「おお、そうだったのだ。みゆきち、見るのだ!
 朝起きたら大きくなっていたのだ。ないすばでーだろう」

言って子供のように笑う美緒の顔と、言動から美由希はそれが美緒であると理解したのか、
何故という疑問よりも先に、成長した美緒を少し羨ましそうに見る。

「良いな、美緒ちゃん。恭ちゃんも大きくなってるし…。
 私も大きくなりたい。ねぇ、どうやったの」

「それが分からないのだ。今、薫が調べてるって」

「そっか。残念」

美緒だと分かり安堵したのか、美由希はいつものように美緒へと話し掛ける。
そんな三人の元へ、桃子が奥から顔を見せる。

「へー。皆から事情は聞いてたけれど、本当に美緒ちゃん大きくなったわね。
 それで、今日は何か食べる?」

「オレンジジュースとシュークリームが欲しいのだ!」

「はいはい。美由希と恭也も今日はもう良いわよ」

「もう良いって、まだ殆ど手伝ってないよ」

そう告げる恭也へと、桃子は小声で美緒を指差す。

「多分、暇だったのか不安だったのかでここに来たんでしょう。
 だったら、今日一日ぐらいは付き合ってあげなさいな。店の方は大丈夫だから。ね」

桃子の言葉に美由希と楽しそうに話している美緒を見て、恭也は小さく頷くと自分もカウンター席に座る。
そんな三人の前にシュークリームと飲み物を置くと、桃子は再び奥へと戻って行く。
それらを平らげた後、美緒は恭也と美由希へと何か聞きたそうにし、恭也は今日は予定が無い事を伝える。
恭也の言葉に美緒と美由希の二人は嬉しそうな顔になり、さっさと席を立つと店から飛び出そうとする。
それを少しだけ呼び止め、恭也は食器を奥へと運びながら、桃子へと出掛ける事を一応伝えておく。
案の定、桃子から言い出したことでもあるから反対はなく、すぐに恭也は既に外で待つ二人の元へとやって来る。

「それじゃあ、何をして遊ぶのだ」

美緒の言葉に美由希は少し考えて鬼ごっこと答えるも、
今の体格差ではハンディがあり過ぎるからと、恭也は違う遊びを勧める。

「じゃあ、かくれんぼ」

「よーし、それで良いのだ。恭也もそれで良いか」

美由希と美緒は恭也の返事を待つように顔を見、恭也も特に反対も無いのでそれに同意する。
こうして三人は近くの公園へと場所を移すべく歩き出す。
その途中、恭也の手を握っていた美由希は、その手を美緒にも伸ばす。
二人の間で両手を繋ぎ、何処か楽しそうな美由希。
美緒も楽しそうに手を大きく振り、その姿は仲の良い姉妹のようで恭也は知らず頬を緩める。
微笑ましいものを見るような恭也であったが、周りからは恭也も含めてそんな目で見られているのだった。



  ◆ ◆ ◆



公園へとやって来た三人は、そこでかくれんぼを始め様々な遊びをして時間を過ごしていく。
ふと気がつけば、いつの間にか日も落ち始め、空は真っ赤になっている。


「流石にここからさざなみまでは結構あるから、そろそろ帰らないと」

「むー、仕方ないのだ。恭也とみゆきちは今日は寮で食べるのか?」

「うん。今日は耕介お兄ちゃんの料理だっておかーさんが言ってた」

「だったら、一緒に帰るのだ」

来た時と同様、美由希と手を繋ぐ美緒。
が、来た時とは違い、今度は美緒が恭也と手を繋ぐ。
いつものように年下の美緒ではなく、見た目は今の自分と同じ精神的には年上の容姿の美緒に僅かに照れるものの、
何も言わずに手を繋ぎ、三人は今度はさざなみ寮へと向かって歩き出す。
途中、恭也は頼んでいた木刀の事を思い出し、刀剣専門店井関へと寄る。
表で知り合いの猫を見つけて話をする美緒を残し、美由希と共に店に入る。
当然の事ながら恭也だと気付かれる事はなく、
一緒に連れて入った美由希と注文書の控えのお陰で何とか無事に頼んでいた木刀を受け取る事が出来た。
主人はどうやら恭也の親戚と思ったらしく、
こんな事態を説明しただけであっさりと受け入れるさざなみの人たちを改めて感心するやら呆れるやら…。
そんな事を思いつつ外へと出た恭也は、美緒が二人連れの男性に声を掛けられている場面に出くわす。

「そこの喫茶店で良いからな。お茶しようよ」

「お茶よりもケーキやパフェの方が良いのだ」

「うんうん。ケーキでもパフェでも何でも奢っちゃうからさ」

「にゃははは、それは本当か」

嬉しそうに尋ねる美緒に、男たちは脈ありと見たのか一も二もなく頷いて美緒を連れて行こうとする。
始め恭也はそれが何か分からなかったが、すぐにナンパと呼ばれるものだと気付いてどうしたものかと悩む。
見た所、美緒はそれだと全く気付いておらず、喜んで付いて行きそうである。
とは言え、このまま放っておくという選択が取れるはずもなく、恭也は美緒へと近付いていく。
美緒も恭也たちに気付いたらしく、先ほどよりも嬉しそうな笑みを浮かべて二人へと手を振る。

「あ、恭也にみゆきち。喜べ、この二人が奢ってくれるって」

美緒の言葉に友達かと思って振り向いた男たちは、恭也の姿を見て肩を落として落胆する。
恭也たちが美緒の傍にやって来ると、男たちは美緒に関心をなくしたようにその場を立ち去ろうとする。

「はぁー。彼氏が居るなら居るで初めから言ってくれよ」

「何処に行くのだ。奢ってくれるんではなかったのか?」

「勘弁してくれよ。何で彼氏持ちを、それも彼氏込みで奢らなきゃならないんだよ」

そう言って更に肩を落とす男たちへ、恭也は少し照れつつも顔には出さずに否定の言葉を投げる。

「俺は美緒の彼氏じゃなくて…」

恭也の言葉に男たちは恭也、美緒と見て、
その間に挟まるようにして、再び二人と手を繋いでいる美由希を見下ろす。

「はぁ、人妻、それも子持ちだったのか」

「やけに若く見えるが、彼氏じゃなくて夫って訳かよ。
 ああ、すいませんでした。奥さんにちょっかいを出してしまったようで。
 でも、ちゃんと注意しておかないと危ないですよ」

「そうそう。俺たちみたいに引き際のよいナンパ師ばっかりと限らないんだし。
 下手なのに絡まれたら大変だよ」

恭也がそれに反論しようとするも、男たちは既に背を向けて歩き出しており、恭也は仕方なく言葉を飲み込む。
確かに性質の悪い人たちではないようで良かったと思いつつ、
奢ってくれないと知って怒っている美緒にどう言おうかと頭を抱えるのだった。
結局、寮への帰り道、怒る美緒を納得させるために恭也は仕方なく簡単に説明をする。
事態を理解したからか、美緒も大人しくなり恭也は胸を撫で下ろす。
恭也の手を握りながら、美由希は反対側で恭也の手を握る美緒を見上げる。
その顔はとっても嬉しそうに緩みきっており、美由希は何故か沸き起こった面白くないという気持ちに素直に従い、
戒めのように少しだけ恭也と握った手に力を込める。
それに気付いた恭也が、歩く速度が速かったのかと心配そうに見てくる顔を見て、美由希はただ首を横に振る。
自分でも分からない行動に少しだけ戸惑い、怒られないかと少しだけ不安な目で見上げる。
それをどう受け取ったのか、恭也は美由希の手を離し、美由希はやっぱり怒ったんだと悲しくなる。
が、恭也は美由希の前でしゃがみ込むと、美由希に乗るように言う。
ややぶっきらぼうな言葉は、恭也が照れているからだと理解している美由希は、素直に恭也の背に負ぶさる。
ゆっくりと立ち上がった恭也の背で、いつもよりも高い目線に美由希は面白そうにキョロキョロと周囲を見渡す。
そして、歩き始めた恭也の首に腕を回すと、しっかりと落ちないように力を込め、恭也の肩から顔を出す。
大きくなっても変わらない、ぶっきらぼうだけれども優しい兄の背に負われて、
美由希は寮に帰り着くまで、始終にこにことしていた。
そんな恭也の腕に、テレビの見よう見真似でそっと自分の腕を絡めた美緒もまた、始終笑みを見せていた。





  つづく




<あとがき>

という訳で、今回は成長した美緒メインで。
美姫 「ほのぼのとした感じ?」
一応、そのつもりです。
美姫 「この後はどうなるのかしらね」
とりあえず、元に戻る事ができるかどうか。
美姫 「次回辺りで戻るの?」
それはまだ秘密。
そんな訳でまた次回を!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
ではでは。







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