『それぞれの特別な一日』






1.真一郎の場合



「はい、真くんチョコレート」

「ありがとう、小鳥」

放課後、中庭へと呼び出された真一郎は、幼馴染の一人である小鳥から、綺麗にラッピングされた小さな箱を受け取る。

「小鳥の手作り?」

そのラッピングを見て、真一郎が小鳥へと尋ねる。

「うん、そうだよ。やっぱり、ラッピングがどこかおかしかった」

「いや、そんな事ないよ。ただ、この前、買い物帰りに小鳥と会った時に、これと同じ柄の包装紙を買ってたのを見たから」

「あ、そうだったんだ」

明らかにほっとする小鳥に笑みを見せつつ、

「それに、もしも、ちょっとぐらい包装がおかしくっても問題ないよ。
 中身は絶対に美味しいだろうし。小鳥の料理の腕は、よく知ってるからね」

「で、でも、料理とお菓子作りは、またちょっと違うというか」

真一郎の褒め言葉に、照れながらそんな事を言う小鳥の頭を撫でつつ、真一郎は小鳥の後ろに立つ人物へと視線を移す。

「で、唯子もくれるんだろう」

「うん、そうだよ。昨日、小鳥の家で教えてもらいながら、一生懸命作ったんだから」

「それにしても、大きいな」

唯子が手にした四十センチはあろうかというチョコを見遣りつつ、真一郎は苦笑いを浮かべる。
それに対し、唯子は首を傾げると、ポケットから小鳥のチョコと同じぐらいのサイズの箱を取り出して手渡す。

「はい、真一郎の分」

「……えっと、それじゃあ、そっちのチョコは?」

「にははは。これは唯子のだよ。余った材料で作ったの」

「本当に余った材料か。そっちを先に作って、俺に渡した方が余った材料なんじゃ」

少し呆れつつ言う真一郎に、唯子は拗ねたような顔を見せ、

「酷いな〜、真一郎。ちゃんと余った材料で、自分のを作ったんだよ。ねえ、小鳥」

「う、うん。ただ、失敗した時用にいっぱい材料を買ってたから」

「にゃははは、そういう事なのだよ、真一郎くん」

「あー、悪かった、悪かった。とりあえず、ありがたく貰っておくよ」

「じゃあ、先輩。これは私からです」

「ありがとう、さくら」

「私のは、お酒が少し入ってるんですよ」

「へー、そうなんだ。ウィスキーボンボンか」

「いえ、少し違いますね。ワインを使ってるんで」

「へー、それは珍しいな」

「はい。まず、ワインゼリーを作って、その中に少量の溶かしたチョコレートを入れて完成なんです」

「それは、チョコレートがメインなんじゃなくて、ワインがメインなんじゃ」

「えっと、そ、そうかもしれませんけど、美味しいんですよ」

「そ、そう。まあ、ありがたく頂くよ。ありがとうな」

もう一度、礼を述べる真一郎に、さくらは、はにみかみながらも嬉しそうに頷く。
そこへ、いづみが真一郎へと何かを投げる。
真一郎は、放り投げられたそれを慌てて受け止めると、手を開いてソレを見る。

「まあ、一応、世話になってるからな」

「……えっと、チ○ルチョコ?」

「言っておくけど、義理だからな、義理」

「いや、これでそれ以外の意味に、どう取れと」

照れてそっぽを向くいづみに、真一郎は疲れたような顔をして見せる。

「でも、まあ、ありがとう」

真一郎の言葉に、いづみは更に顔を背ける。
そんな様子に、真一郎たちは顔を見合わせて笑みを零すのだった。



その頃、一階の下駄箱へと向う階段の踊り場では、かなりの人込みが出来上がっていた。

「千堂先輩、これ受け取ってください」

「わ、私のも!」

「ちょっと、押さないでよ!」

「私じゃないわよ。それよりも、さっさと退きなさいよ」

たくさんの女性に囲まれて、何処か引き攣ったような笑みを見せつつ、瞳はとりあえず手近にいた一人へと声を賭ける。

「えっと、ひょっとしてこれって…」

声を掛けられたその女生徒は、嬉しそうに満面の笑みを見せ、瞳を輝かせて瞳へと綺麗にラッピングされた物体を差し出す。

「そうです! チョコレートです。受け取ってください」

「いや、私は女なんだけど…」

「そんなの関係ありません! 瞳さんは私たちにとって、憧れの人なんです。
 それとも、受け取ってもらえませんか」

断わろうとしたが、目の前の女性があまりにも悲しい顔を見せるので、瞳はついつい、それを受け取ってしまう。
その瞬間、あちこちから、「私も」とか、「私のも」という声がのぼり、瞳の前に色とりどりの包みが差し出される。
しまったと思ったが、既に後の祭りで、更に、いつの間にか人が増えている。

「ちょ、お、お願いだから、通して〜。
 私も、真一郎に……」

しかし、瞳のその声は、周りの生徒たちの声によってかき消され、誰の耳にも入る事はなかったとか。



その日の夜、真一郎宅へと疲れた声の女性から電話があったとか、なかったとか。







2.耕介の場合



「ただいま〜」

元気な声がリビングへと響く中、耕介はお帰りと返すと、時刻を確認する。

「そろそろ、夕飯の支度に取り掛かるかな」

まだ少し早いような気もするが、特にする事もなかったので、耕介は立ち上がる。
そこへ、寮の皆が一斉にリビングへと現われたもんだから、耕介はもう一度、時計へと目を向ける。

「えっと、まだ夕飯の時間じゃないけど」

「んな事は分かってるよ。ほら、耕介」

耕介の言葉を遮るように、真雪が小さな包みを耕介へと渡す。
差し出されたソレを、耕介は訳がわからないといった顔で受け取ると、

「なんすか、これ」

「は? 何って、チョコだよ、チョコ。決まってるだろう」

何言ってるんだ、こいつ、という顔で見られるが、耕介は意味が分からず、ただ手の中のものを見ていた。

「だぁー! やっぱり、こいつ分かてっねーよ。忘れてるんなら、黙っとけば良かった」

「まあまあ、真雪さん。その方が耕介くんらしいというか」

「単なる、馬鹿じゃねーのか」

「お姉ちゃん、流石にそれは酷いよ。お兄ちゃん、今日はバレンタインデーだよ」

真雪を窘めつつ、教えてくれた知佳の言葉に、耕介はおお、とポンと手を叩いて、やっと納得する。

「真雪さん、ありがとうございます」

「! ああ、まあ、日頃、こき使ってるからな。たまには、な」

そんな真雪の態度に苦笑しつつ、今度は知佳が耕介へとちょっとした大きさの包みを渡す。

「私からは、これね」

「ああ、ありがとう」

「えへへ。今回は、チョコレートケーキに挑戦してみました」

「おお、それは凄いな。後で、ゆっくりと頂くとするよ」

「耕介さん、あたしからもです」

「ありがとう、みなみちゃん」

「これ、あたしが好きなチョコレートなんです」

そう言って差し出してくるチョコレートを受け取ると、今度は美緒がチョコレートを耕介へと渡す。

「あたしからも、あげるのだ」

「おお、美緒もくれるのか。ありがとうな」

「にはははは。お返しを楽しみに待つのだー」

絶対に何か勘違いしていそうな美緒を窘める知佳と薫を笑顔で見ながら、今度はゆうひがチョコを耕介に渡す。

「はい、耕介くん。うちの手作りやで。愛情がたっぷりはいってるさかい、よーく味わって食べてな。
 粗末に扱ったら、恐ろしい呪いが」

「ちゃんとありがたく頂くって。と言うか、普通に渡せ、普通に」

「いや〜ん、いけずやな。ちょっとしたお茶目って奴やんか」

「はいはい」

「ああ〜、そないあっさりと流さんといて〜。もっとかまってーな。
 椎名さんは、放っておかれると、寂しさのあまり、歌いだしてしまうんやで」

「お前は兎か、って、何で歌うんだ」

「そうそう、その突っ込みや。流石は耕介くん」

「ふふふ、任せろ」

「おーい、さざなみのバカコンビ。そのぐらいにしとけよ。
 後がつっかえてるんだから」

「誰がバカコンビですか、誰が」

「そうやで、真雪さん。せめて、お笑いコンビと言うてーな」

「はいはい。悪かった、悪かった」

ゆうひをあしらう真雪を何となしに見ていた耕介に、今度は薫がチョコを差し出す。

「耕介さん、これ、うちからです」

「ああ、ありがとうな薫」

「いえ。日頃から、何かとお世話になってますから。
 知佳ちゃんに教わりながら、一応、手作りでやってみたんですが。
 味はそんなに悪くはないと思いますが、ちょっと形が崩れてしまいまして」

「そんなの大丈夫だって。それに、薫の事だから、そうは言っても、そんなに酷くはないんだろう」

「いえ、そんな事は」

「あははは。まあ、それは後の楽しみにしておくよ」

薫が渡し終えたのを見て、真雪が耕介へと話し掛ける。

「さて、耕介。いよいよ、今日のメインイベントだぞ。
 まあ、既に気付いていたとは思うがな」

真雪の言葉と共に、愛が耕介の前へと出てくる。
その手には、綺麗にラッピングされた包み。
耕介は、周りの寮生たちへと視線を転じるが、寮生たちは揃って視線を逸らす。

「あ、あははは。く、薬ならいっぱいあるからね、お兄ちゃん」

「ごめんな、耕介くん。止める事はできへんかったんよ」

「まあ、諦めろ耕介。別に死にはしないさ。…………多分な」

真雪の最後に呟いた言葉が気になった耕介だったが、目の前で嬉しそうな顔を見せる愛を見て覚悟を決める。

「耕介さん、これ、私からです」

「あ、ありがとう、愛さん。これは、手作り」

「はい。一生懸命に作りました」

「そ、そう。うん、ありがとう」

耕介が愛からそれを受け取ろうと手を伸ばすと、思わず見ていた者たちの体に力が入る。

「後で、頂くから」

「はい」

耕介の言葉に、愛は嬉しそうに頷きながら答えるのだった。



その日の夜、耕介の部屋では。

「……後は、これ一つ」

手に愛から貰ったチョコを持ち、何やら悩むように持ち上げる。

「見た目は、極普通のチョコだよな」

だが、問題は見た目ではないのだ、特に愛の場合は。
一つ頷き、覚悟を決めると、それを口へと放り込む。

「…………あれ? 美味しい」

変に身構えた事を苦笑しつつ、耕介は最後のチョコも全て食べたのだった。
翌日、鼻血を出した耕介を見て、真雪がぼそりと呟く事となる。

「…若いな」

「ち、違いますよ。これは、昨日、チョコの食べ過ぎで!」







3.恭也の場合



その日、恭也は朝から憂鬱だった。
それと言うのも、

「おはよう、恭也。はい、これ」

「はい、恭ちゃん、チョコレート」

「師匠、俺からも」

「お師匠、うちからもです」

「はい、お兄ちゃん」

「恭也〜、これは桃子さんから」

朝から台所に漂う、甘ったるい匂い。
甘いものが苦手な恭也にとって、今日という日はそんなに喜ばしいものではなかった。
今までは、家族以外にもらう事がなく、その上、家族たちは恭也が甘いものが苦手だと知っている為、
甘さを押さえたチョコをくれていた。
いや、別に普通のチョコだったとしても、家族の分ぐらいなら問題はないのだ。
それが、今日に限って憂鬱になっているのには、それなりに理由があった。
桃子たちから渡されたチョコをありがたく受け取りつつ、恭也はリビングの入り口横に積まれたものを見て、またため息を吐く。

「はぁ〜。……なあ、フィアッセ」

「な、何かな?」

心底疲れたような声で呼びかけてくる恭也に、さしものフィアッセも少し身を引きつつ尋ね返す。
そんなフィアッセを一瞥すると、もう一度、入り口付近へと視線を向け、またもため息を吐き出す。

「あれは、ティオレさんの嫌がらせだと解釈しても良いんだろうか」

「あ、あはははは」

恭也がアレと指差す先には、先程から恭也が何度も見ている入り口付近に置かれた段ボールが。

「えっと、マ、ママも悪気があった訳じゃ」

「本当か? 本当にそう思うか」

「え、えっと。……あ、あはははは。ちょ、ちょっとやり過ぎかな?」

恭也に問い詰められ、フィアッセはただ渇いた笑みを浮かべつつ答える。

「ちょっと? あれが?
 いつから、CSSは調理師を育成する学校になったんだ?
 俺の記憶では、歌手の育成だったはずなんだが」

「えっと、わ、私に聞かれても」

恭也としては、フィアッセに言っても意味がないとは分かっている。
しかし、言わずにはいられないのだろう。
恭也は、もう一度、段ボールに目をやった後、一緒に送られてきた手紙をまた見る。
そこには、ティオレの筆跡による日本語で、

『恭也。生徒の皆でチョコレートを作ったから、送るわね。ティオレ』

と書かれていた。

「あの人は、俺に恨みでもあるんだろうか」

そんな事を本気で考えつつ、悩む恭也に、桃子が声を掛ける。

「ほらほら。そんなに考え込んでても仕方がないでしょう。
 それよりも、さっさと支度しないと遅れるわよ」

「ああ。そうだな。所でかーさん、バレンタインという事で、お店に来た人にチョコレートを配ったりしないか」

「うーん、そういうのは考えてないわね。それと、恭也。
 幾ら苦手と言っても、折角、皆が心を込めて作ったんだから、他の人にあげるのはどうかと思うけど」

「しかし、あの量を俺一人でどうしろと。ましてや、アイリーンさんやエレンさんとか、
 個人的な知り合いは兎も角として、特に親しくもない生徒の方たちの分まであるんだぞ。
 中には、初対面の子もいるだろうし」

「あ、あはははは。と、とりあえず、アイリーンさんやエレンさんとか、知り合いの分はちゃんと自分で食べなさい。
 後の分も、少しずつで良いから、毎日食べていけば、いつか無くなるわよ」

「……毎日、食べないといけないのか」

憂鬱に言う恭也を、他のものは苦笑で見ているしかできなかった。
そんな中、高町家の末っ子は、とりあえず知り合いの分だけでも取り出そうと段ボールを開け、中のものを見て、変な声をあげる。

「あれ? お兄ちゃん、こっちの箱はチョコレートじゃないみたいだよ」

その言葉を聞き、恭也は多少、ほっとしたように、その箱を覗き込む。

「そうか。それは助かるな。で、中は何だ」

恭也は、そこに綺麗に積み重なって入れられている台紙を一つ手に取る。

「何だ、これは?」

何だか分からず、とりあえず開く事が出来るようなので、それを開けてみる。
すると、開けた中には、一人の女性の写真が写っていた。

「お兄ちゃん、この女の人、誰?」

なのはの言葉に、美由希たちの視線が一斉に恭也へと注がれる。
それを背中に感じつつ、恭也は記憶を辿るが、全く記憶になかった。

「いや、知らない人だな。ひょっとして、間違って送ってきたのか」

そう呟きつつ、中に入っていた封筒を見つける。
その表側には、『恭也へ』とこれまたティオレの文字で綴ってあった。
封を解き、中から手紙を取り出して読み進めるうちに、恭也はこれまで以上に疲れたため息を長々と吐き出す。

「あの人は、一体、何を考えてるんだ……」

本当に疲れたように呟き、恭也は知らず手紙を握る手に力を込める。
そんな兄から、なのはは手紙を取ると、それをテーブルへと持っていき、全員の目に触れさせる。
それを見た途端、フィアッセたちから凄まじい気迫が立ち上る。
賢明な桃子となのは、さっさと朝食の片づけを済ませると、リビングを後にする。

「ママ、一体、何を考えてるのよ!」

「ティオレさんのバカー!」

口々にティオレに対する文句を口にしつつ、目はその手紙の内容を何度も追っていた。

『恭也へ
 恭也ったら、中々いい人を紹介してくれないんだもの。
 早く、恭也の子供が見たいっていうのに。
 だから、私がその候補の子たちを紹介してあげるわ。
 皆、うちの子だから、いい子ばっかりよ。
 チョコと一緒に写真も同封したから、気に入った子がいたら、すぐに連絡してね。
 ああ、勿論、フィアッセたちには内緒よ。それと、写真を送った子たちは、既にこの件に関しては了承済みだから。
 恭也の写真を見せて、恭也がどんな子かっていうのは、説明してるから、安心して良いわよ。
 後は、恭也次第よ。良かったわね、恭也、選り取り見取りじゃない。
 それじゃあ、連絡を楽しみに待ってるわ。 ティオレ』

「はぁー。何か、朝からどっと疲れた。出来れば休みたい所だ」

そう零しつつも、恭也は学校へと行く支度を始めるのだった。



イギリスでは。

「校長ー、校長ー。一体、何処に行ったんですか、あの人は、もう!」

スクール内の廊下を早足で歩きつつ、イリアは誰にともなく呟く。
怒っている割には、校長室の手前できちんと止まり、ノックをしてから扉を開ける辺りは流石としか言いようがない。
しかし、目当ての人物はそこにも見当たらず、イリアは深い溜め息を零す。

「全く、あの人は」

そう呟き、ディスクへと近づいたイリアは、ディスクの上に置かれた書き置きを見つける。
読み進めて行くうちに、その顔が強張り、険しくなって行く。

『イリアへ。少し身の危険を感じるから、二、三日留守にするわね。
 後の事は宜しく。そうそう、娘から電話が来たら、私の代わりに聞いておいてね』

その書き置きを数秒見詰めた後、何度も読み返す。
しかし、当然というか、何度読み直してみても、文面が変わることもなく、
イリアはその手紙をクシャクシャに握り潰すと、肩をブルブルと振るわせる。

「校長ーーーーーーーー!!!!!」

硝子を振るわせる程のイリアの叫び声が、夜のCSSに響き渡るのだった。







4.祐一の場合



朝食を終えた祐一の下へ、同じ屋根の下で暮らす少女たちがやって来る。
珍しく、すんなりと起きた名雪のお陰で、今日はもう少しゆっくりしていられる事に幸福を感じていた祐一は嫌な予感を覚える。
それを押し隠しながら、祐一は三人の顔を順に見遣る。

「で、どうしたんだ」

「祐一くん、今日はバレンタインデーだよ」

「……おお、そう言えば」

今、思い出したように言う祐一に苦笑しつつ、三人の中からあゆが進み出てくる。

「祐一くん、これボクから」

「……これは、何だあゆ」

「チョコレートに決まってるじゃないか。
 それ以外の何に見えるんだよ」

「……炭」

「うぐぅ」

「いや、どう見ても、これは炭だろう」

「ち、違うよ。ちょっと焦がしただけだもん」

「ちょっと?」

「うぐぅ。だ、大分」

「味見はしたのか」

「してないよ。そんな危ないもの」

「おい、待て」

「う、うぐぅ。祐一くん、卑怯だよ。誘導尋問なんて」

「そんな事はしてない」

「ちょっとチョコに見えないだけだよ」

「あゆ、それは違うぞ。これをチョコとは言わない」

「うぐぅ。一生懸命に作ったのに」

「ああ、そうか。その努力は認めるぞ」

「だったら…」

「しかし、結果が大事なんだ。残念だったな」

「うぐぅ」

涙目になるあゆを無視し、今度は真琴を見遣る。
真琴は踏ん反り返りつつ、祐一へと皿に乗せたチョコを差し出す。

「祐一、真琴のも食べなさい」

「おお、ありがたく貰おう。
 だが、その前に聞くぞ。中に何が入ってる」

「肉まん」

「却下だ、馬鹿者」

「何でよ。肉まんよ、肉まん。美味しいに決まってるんだから」

「そうか。だったら、お前が食べても良いぞ」

「これは祐一に作ったんだから、真琴は良いわよ。
 そりゃあ、肉まんは欲しいけど……」

本当に食べたそうな真琴を見て、祐一は本当に美味しいと思っているらしいと頭を抱え込む。
そんな祐一に、名雪がラッピングされた包みを差し出す

「これは私から」

「おお、ありがたくもらうぞ」

「何で、名雪のだけ貰うのよ」

「祐一くん、酷い」

「アホか! お前らのはチョコとか言う以前の問題だろうが。
 分かったら、さっさと学校に行くぞ。見ろ、時間が」

祐一が指した時計を見て、慌てて準備を始める三人だった。



夕方、水瀬家へと戻ってきたあゆと真琴は、結局、食べてもらえなかったチョコレートを処分すべくリビングへとやって来る。
しかし、朝にはそこにあったはずのチョコがないのに気付き、もう秋子さんが処分したのかと思って尋ねてみる。

「いいえ、私は知りませんよ? 朝、片付ける時には、空っぽのお皿しかなかったし」

その言葉に、あゆと真琴は嬉しそうに小さく笑う。
その頃、その頭上では……。

「うぅぅ〜。気持ち悪い……」

「祐一も素直じゃないね。食べるんなら、初めから素直に食べてあげれば良いのに」

「か、勘違いするなよ、名雪。俺は、たまたま、あの二人のチョコを持っていて、帰ってきたら、小腹が空いていたんだ。
 他に食べるものもなく、仕方がなくてだな」

「はいはい。分かったよ」

ベッドで寝転がる祐一を見て、名雪は静かに苦笑するのだった。







<おわり>




<あとがき>

バレンタインSS……?
美姫 「いや、疑問形で私に聞かれても」
いや、バレンタインSSなんだけどね。
今回は、甘々ではなく、ちょっとドタバタといった感じで。
美姫 「とらハ1、2、3とKanonそれぞれの主人公のお話ね」
そういう事だ。
美姫 「とりあえず、お疲れ〜」
ありがと〜。
美姫 「これは、私からよ」
おお、ありがとう。美姫がチョコをくれるなんて……。
……って、業務用?
美姫 「いや、そのネタはもうやったでしょう」
そ、そうでした……。
って、何故、殴る!
美姫 「いや、何となく?」
いや、疑問形で聞かれても。
美姫 「いや、何となくなんだけどね」
何となくかよ! って言うか、最初の出だしと同じような会話。
美姫 「ううん。私とアンタの台詞が逆よ」
いや、そうじゃなくて。
美姫 「はいはい。それじゃあ、まったね〜」
そんなに強引に打ち切られても……。





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