『An unexpected excuse』

    〜亜沙編〜






「俺が、好きなのは…………」

「ハロハロ〜」

恭也の言葉を神妙な顔をして、固唾を飲んで見守る一同の中、やけに脳天気な声が響く。
その声の出所を辿れば、一人の女性が。
この辺では見かけない制服を来た女性は、こちらへと親しげに手を振る。
心当たりのない者たちが、誰の知り合いか周りを見渡す中、一人だけがその女性へと声を掛ける。

「亜沙さん、どうしたんですか、こんな所で。しかも、制服まで着て」

「えっ!? あ、うん、ちょっとね」

そう言って笑う亜沙に、恭也はそれ以上尋ねる事もなく、亜沙の傍へと寄る。

「所で、稟は元気にしてますか」

近くに来ての第一声に、亜沙は肩透かしを喰らったような顔を垣間見せつつ、すぐにそれを笑顔で隠すと、それに答える。

「うん、相変わらず元気だよ。元気に、皆に追い掛け回わされてるよ」

少し渇いた笑みに変わる中、亜沙は可笑しそうにそう告げる。

「そうですか。本当に、相変わらずみたいですね」

「まあね」

「まあ、今のを聞く限り、聞く必要はないような気もするんですけど、他の皆さん、
 シアさんやネリネさんに楓さんたちも元気そうですね」

「まあね。稟ちゃんを追い掛け回してるよ」

「そうですか。では、カレハさんも相変わらずですか……」

「うん、カレハも相変わらずだよ。いい加減、あの癖だけは何とかして欲しいんだけどね」

その姿が容易に想像でき、恭也は微かに頬を緩ませる。
そんな恭也に気付きつつ、亜沙は不機嫌そうな表情を浮かべる。
恭也がそちらを見ると、今にもう〜、と唸り出しそうな顔で見上げてくる亜沙がいた。

「どうかしましたか」

「もう、折角、久し振りにこうして会えたっていうのに、さっきから皆の事ばっかり」

「し、しかし、それは……」

「う〜、分かってるよ。稟ちゃんたちにも会ってないから、どうしているのか気になってたんでしょう」

その言葉に頷く恭也を見据えつつ、亜沙は続ける。

「でもでも、口を開いた最初の言葉が、皆の事じゃなくても良いじゃない。
 そりゃあ、ボクだって皆の事は好きだけどさ。ほら、他にも最初に聞く事とかないかな?」

じーっと見つめてくる亜沙に、恭也は少しだけ考え込み、亜沙の目を見ながら口を開く。

「元気でしたか、亜沙さん」

「ブッ、ブー。二十点です」

「お久し振りです」

「違います〜」

本格的に考え込み始めた恭也の前で、わざとらしい溜め息を吐いた後、下から恭也を覗き込む。

「本当に分からないの? 久し振りにやっと会えたんだよ」

その潤み始めた瞳にどぎまぎしながら、恭也は何とか口を開く。

「会いたかった、亜沙さん」

「正解〜。ボクも会いたかったよ、恭也くん」

そう言って抱き付いてくる亜沙を、恭也はしかりと受け止める。
久し振りの抱擁を堪能する二人に、遠慮がちな声が掛かる。

「あの〜、恭ちゃん」

この声に二人は我に返ると、慌てて離れ、恭也はあさっての方を見上げ、亜沙は誤魔化すように笑う。

「あ、あはははは。えっと、えっと」

慌てている二人に、忍が呆れた声で話し掛ける。

「いや、今更離れても一緒だって。で、恭也、そちらの方は?」

「ああ、こちらは……」

紹介しようとした恭也を遮るように、亜沙は自分の口から自身を紹介する。

「ボクは、恭也くんの恋人で、時雨亜沙と言います。宜しくね」

亜沙の言葉に、美由希たちは驚いた顔のまま動きを止める。

「あれ? あれ? 一体、どうしたの」

そんな美由希たちを見渡し、訳が分からないといった感じで恭也へと視線を向けるが、
恭也も同じように分かっていない顔で、ただ首をふる。
ようやく、動きを取り戻したかのように動き始めた忍たちから、今までのやり取りを教えられ、亜沙はうんうんと何度も頷く。

「なるほどね。恭也くんも稟ちゃんと同じような環境にあったんだね」

「何を言ってるんですか。俺が稟みたいに、大勢の女性から好意を抱かれているはずがないでしょう」

「……あー、決定的に違う所があったんだったわ。
 少なくても、稟ちゃんはそこまで鈍くないわね」

亜沙の言葉に、恭也は失礼なと呟きつつも、大きく反論はしない。
過去、何度も反論してきたが、その度に周りの人たちに否定されてきているから。
恭也の反論がないと知るや否や、美由希が真っ先に亜沙に同意をする。

「そうなんですよ。恭ちゃんの鈍感さといったら、もう。
 とてもではないけれど、口では言い表せないんですよ」

「うんうん、よく分かるよ。えっと、美由希ちゃんで良いのかな?」

「はい、構いませんよ、亜沙さん」

妙な連帯感が生まれたのか、美由希と亜沙は次々と恭也に対する不満をあげていく。

「大体さ、二人きりのときに目を閉じたらさ、男の子だったら、普通はね」

「そうですよね。普通は、そこで口付けの一つでもあってしかるべきですよね」

「でしょう。なのに、恭也くんったら……」

「もしかして、『目にゴミでも入ったのか』とか言ったとか」

「そうなのよ! 信じられないでしょう」

「ええ、信じられませんね。最早、兄は女性の敵ですね」

「そうよね」

黙って聞いていた恭也だったが、エスカレートしていく内容に、次第に無表情へと変わって行く。
それを察した忍たちは、そっとその場を立ち去る。
賢明なFCたちは、美由希と亜沙が話し込み始めた時点で、既にこの場から立ち去っていた。

「えっと、私はそろそろ教室に戻るわね」

「わ、私も戻りますね、美由希さん」

「美由希ちゃん、俺も教室に戻るから」

「う、うちも用事が……」

そんな言葉すら聞こえてないのか、美由希はまだ亜沙相手に会話を続ける。

「本当に酷いよね。何が酷いって、本人が本当に気付いてないって事だよね」

「ああ、分かりますよ、それ」

「でもさ、結局は許しちゃうんだけどね。
 というよりも、惚れた弱みと申しましょうか、許すしかないよね」

「ああ、それはそれは、ごちそうさまです」

「えへへへ。まあ、何だかんだ言っても、そんな所も含めて、恭也くんだしね。
 これは、ボクが傍にいて、少しずつでも治していけば良いかなって思うし」

「是非、治してやって下さい」

「まあ、骨が折れそうだけどね。でも、治ったら治ったで、ちょっと心配なんだけどね」

「大丈夫ですよ。恭ちゃんが、付き合っている人がいるのに、他の人なんて事はありませんし。
 第一、そんな甲斐性ありませんって」

そう言って笑う美由希だったが、その顔が徐々に強張り、笑い声も引き攣ったものへと変わっていく。
局地的に絞り込まれた強烈な殺気を背中に感じつつ、美由希はゆっくりと、本当にゆっくりと後ろを振り向き、
その殺気の主と目が合った途端、恐怖で動きが止まる。
後ろへと振り返る途中という中途半端な状態で動きを止めた美由希を不思議そうに見ながら、亜沙は声を掛ける。

「美由希ちゃん、どうかしたの?」

「イ、イエ、ナンデモナイデス。エット、ワタシハソロソロキョウシツヘトモドリマス」

「えー、もう少し良いじゃない」

「イエ、コレイジョウフタリノジャマヲスルワケニモイカナイノデ」

ぎこちなく挨拶をすると、美由希はギクシャクした動きで立ち上がり、教室──恭也の方へと歩き出す。
まるで、絞首台へと向う囚人のような足取りで。
恭也の横へと達した時、美由希の身体が一番強張り、通り抜ける瞬間に、ほっと力を抜く。
すると、それを見計らっていたかのように、いや、実際に美由希が気を抜く瞬間を意図的に狙い、
美由希にしか聞こえないようにそっと呟く。

「後で覚えていろ」

「ア、アハハハハハハ」

美由希は引き攣った笑みを浮かべたまま、フラフラと校舎へと歩いて行く。
その背中を一瞥した後、亜沙へと目を向けると、亜沙は舌を小さく出して両手を合わせていた。

「ごめんね、恭也くん」

一言注意しようとした恭也だったが、結局、言葉が出てこず、ただ口をパクパクさせる。

「意外に卑怯ですね、亜沙さん」

「えー、そうかな。でも、恭也くんは怒る時は、ボクが何をしても怒るでしょう」

亜沙の言葉に何も言えず、恭也は話題を変える。

「で、どうしてここにいるんですか」

「本当に分からないの?」

「……すいません」

恭也の言葉に、亜沙は仕方がないなと肩を竦めて見せると、自分がここに来た理由を話す。

「ボクたちは、来年、試験に受かっていれば大学生よね」

「はい、そうですね」

「で、大学は同じ大学にしようねって話してたわよね」

「はい」

「因みに、その大学は、ここ海鳴にあるわよね」

「ええ。ですけど、それと今ここに亜沙さんが来ていることに何か関係が?」

「……本気で言ってるみたいだから、教えてあげるけど、明日、その大学の説明会があるはずなんだけど」

亜沙の言葉に、恭也は記憶を辿り、やっと思い出したのか、小さく頷く。

「そう言えば、そんな事を担任が言っていたような気が……」

「はぁ〜。恭也くん、大学行く気ある?」

「ありますよ、一応」

「じゃあ、ボクと一緒の所に行きたくないとか」

「そんなはずはありません。忘れていたのは謝りますから、勘弁してください」

「うーん、まあ許してあげるか。その代わり……」

亜沙はそこで一旦言葉を区切り、恭也の反応を伺う。
恭也が何をお願いされるのかと身構えるが、嫌そうな顔をしていないと知ると、その続きを口にする。

「恭也くんの家に泊めて、お願い」

「ええ、それぐらいお安い御……って、何を言ってるんですか」

「だ、だって、久し振りに恭也くんに会えるって事の方が嬉しくって、ホテル取るのをすっかり忘れたんだもの」

「ですけど、俺の家というのは……」

「お願い! 実は、お金も殆ど持って来てないの」

「いや、ですが、何か間違いがあっては」

「別に一緒の部屋とは言ってないじゃない。それに、今更って気もするけど。
 それとも、ボクと何かあったら、間違いになるの?
 初めてだったのに、あんな……」

「わ、分かりましたから、それ以上は口にしないで下さい」

「それじゃあ、宜しくね」

溜め息を吐きつつ、火照る顔を覚ますように手で風を送り込む。
ふと横を見れば、言った本人の顔も真っ赤になっていた。
それに気付かない振りをしつつ、恭也は声を掛ける。

「えっと、それじゃあ、かーさんに説明しないといけないので、行きましょうか」

「ほ、放課後までは時間を潰してるよ。だから、恭也くんは授業に戻って」

「大丈夫ですよ。午後からの授業は、自主登校になってますから」

「あ、そうなの」

「ええ」

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」

「はい。荷物、持ちますね」

恭也は返事も待たず、亜沙の荷物を持つと、空いている方の手で亜沙の手を握る。
それを嬉しそうに握り返しつつ、

「ボクは恭也くんの部屋でも良いんだけどな」

「……それは、俺の方が困りますから」

「何よ、ボクと一緒の部屋は嫌だって言うの」

「いえ、そうじゃなくて。……亜沙さん、分かってて言ってますね」

「えー、何の事?」

「誤魔化しても無駄です。顔が少し笑ってますよ」

「あ、しまった」

慌てて口元を隠すが、既に遅く、また、その動作自体が認めたことになると気付き、亜沙は大人しく手を降ろす。

「あははは。でも、本当に恭也くんと一緒の部屋でも良いっていうのは、本当だからね」

「……違う部屋でも、夜に会いに来てくれれば」

「そうだね。……所で、恭也くんの部屋って、防音大丈夫?」

「……まあ、多少の声なら」

「もし、危ないようだったら、声が出ないように塞いでね」

「喜んで」

「うーん、そこでそう返されると、さすがに照れるね」

「まあ、少し恥ずかしいのは事実ですが、嘘ではないですから。
 それに、照れている亜沙さんも可愛いですよ」

そう言って微笑む恭也の顔を見て、亜沙は顔を赤くさせる。

「うぅ、その台詞と顔は卑怯だよ。しかも、言った本人はあまり意識してないし。
 こうなったら……」

亜沙は小さく呟くと、そっと背伸びをして、恭也の唇へとキスをする。

「い、いきなり何を……」

「私だって、たまには恭也くんを照れさせたいからね。
 いっつも、私ばっかりってのはずるいでしょう」

「いや、ずるいずるくないという問題では」

「良いのよ、理由なんてどうでも。本当は、恭也くんとしたかったから。
 これでも、駄目」

「……亜沙さんこそずるいですよ」

「そうかな?」

「そうですよ」

そう言って、今度は恭也からキスをする。
亜沙も唇を啄ばむように、短いキスを何度も繰り返す。
それに応えるように、亜沙からもキスを繰り返す。
やがて、お互いに満足したのか、ゆっくりと離れる。

「……よく考えたら、まだ校内だったね」

「……そうでしたね」

「あ、あははは。そ、それよりも、早く行こう」

「わっ。分かりましたから、そんなに引っ張らないで下さいよ」

「ほらほら、早く、早く〜」

亜沙の楽しそうな顔を見ながら、繋いだ手の温もりと、その暖かな笑みに、恭也も知らずと口元を綻ばせていた。





<おわり>




<あとがき>

今回は、SHUFFLE!から〜。
美姫 「いきなりね。その前に、とらハを終らせるんじゃなかったの?」
いや、実は……。
美姫 「じ、実は……」
単に、この亜沙編は元から書きかけだったんだよな。
で、その前に、きりリクが来たから、後回しになってしまったと。
それがズルズルと今まで。
美姫 「ほほう。意味深な言い方をしておいて、そんな理由だったのね」
い、いや、待て。早まるな。
書きかけと言っても、十行ほどだ。
美姫 「それじゃあ、また新シリーズ出したのと変わらないじゃない!」
いや、だって新シリーズはSHUFFLE!の予定だったんだってば。
美姫 「問答無用よ!」
ま、待ってくれ。は、話せば分かる。
美姫 「分からなくても良いから、殴るわ」
そ、そんな馬鹿な話が何処に!
美姫 「ここにあるのよ! 吹っ飛べ〜」
にゅぐりょびょみょ〜〜〜〜〜!
美姫 「全く、あの馬鹿だけは。皆さん、それではまた」







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