『込められし思い 第8話』






ある休日、冬桜を連れて恭也たちは近くのデパートまで来ていた。
学校にも大分慣れ、学校から家までの大まかな地理は覚えた冬桜だったが、その他の所にあまり行った事がなかった。
そのため、恭也たちは日曜を利用して海鳴のあちこちへと連れまわしていた。
冬桜も大体の地理を把握でき、今日は兼ねてよりの冬桜の要望を実行すべくデパートへと来ていた。
その要望とは……。

「まあ、料理される前のお野菜というのを初めてみました」

「冬桜は今まで見たことがなかったのか?」

あまりと言えばあまりにもな冬桜の言葉に、恭也は驚きつつ尋ねる。
それに対し、冬桜は恥ずかしそうに頷く。

「ええ。写真とかではあるんですけど、実際に見るのは初めてです」

「は、ははは」

冬桜の言葉に、美由希たちは乾いた笑みを浮かべる事しか出来ない。
そんな美由希たちを特に訝しむ事もなく、冬桜はただ目の前に陳列している様々な食品に目を奪われていた。

「兄様、アレは何でしょうか」

「ああ、あれは大根だな」

「では、あれは…」

こんな調子で、冬桜は目に付く物全てが珍しく、恭也にあれこれと尋ねる。
恭也は苦笑しつつも、それに丁寧に答えていく。
そんな会話をしつつ食品売り場を歩いて行く二人から少し離れつつ、晶とレンは食材を選ぶ。

「最初やし、あまり難しない方が良いよな」

「そうだな。材料を切る事から覚えてもらって、後は簡単な調理方法を」

珍しく仲良く二人は意見を交換し合いながら歩いて行く。
そんな二人の後ろから、なのはと美由希が歩く。
ふと美由希は隣を歩くなのはが嬉しそうなのに気付く。

「どうしたの、なのは。何か嬉しそうだけど」

「えへへ〜。だって、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に出かけるのって久し振りだから」

「そっか」

普段は剣の修行で、あまりなのはに構って上げられなくて寂しい思いをさせているという実感のある美由希は、
そんななのはの頭をそっと撫でる。

「えへへ。それに、今日は晶ちゃんとレンちゃんも喧嘩してないし」

そんな事を言うなのはに苦笑しつつ、美由希は先を行く兄の背を見る。

「うーん」

難しい顔をして唸る美由希を、今度はなのはが首を傾げて見る。

「どうしたの?」

「いや、別に大した事じゃないんだけど。ほら、恭ちゃんと冬桜さん。
 二人して並んでると、兄妹というよりも…」

「ああ、言いたいことは分かります、美由希ちゃん」

「俺も分かります」

「だよねー」

一斉に頷く三人に対し、なのはは一人首を傾げる。
が、一向に先に進みそうになかったので、なのはは恭也の元へと行く。

「どうした、なのは」

「ううん。ただ、お姉ちゃんたち何か考え込んでいるから」

「多分、何を作るか相談でもしているんだろう」

そう言った恭也の手をなのはは恐る恐るといった感じで握る。
それに気付き、なのはを見る恭也になのははお願いするような目で見上げる。
恭也は何も言わずになのはの好きにさせ、それになのはも嬉しそうに破顔する
それを見ていた冬桜も、なのはの空いている方の手を取る。
二人と手を繋ぎ、嬉しそうな顔をするなのはを加え、恭也たちは更に歩いて行く。
その後ろでは…。

「ああやってると益々…」

「若い夫婦みたいですなー」

「だな」

よく似た雰囲気を持ち、どちらも美形の部類に入る二人は店内の注目を結構浴びている。
恭也は気付いているのだろうが、冬桜は全く気付いていないのか、気にしていないのか、
目に付いたものを恭也やなのはに尋ねている。
どうも前者のようだが。
そんな三人を眺めたまま動かない美由希たちの元へ恭也たちが戻ってくる。

「で、何を作るのか決まったのか」

「え、あ、うん。晶、レン?」

「あ、ああ、そうでしたな」

「それに関しては決まりました」

美由希に聞かれ、レンと晶が答える。

「ほう。で、何を作るんだ」

「とりあえずはカレーにしようかと。
 これで、包丁や火に慣れてもらおうかと」

「それに、これなら市販のルーですから、変な物は出来ないかと思いまして」

恭也の質問に晶が答え、それを継ぐようにレンが言う。
それを聞き、恭也は無言で美由希を見ると大げさにため息を吐く。

「恭ちゃん、それってどういう意味」

「別に、俺は何も言ってないだろうが」

「嘘だ!今の目は明らかに、それでも失敗する奴がいるっていう目だった!」

「美由希、それは言い掛かりだぞ。それに、被害妄想が激しすぎる」

恭也の言葉に晶たちも頷く。

「そうだよ、美由希ちゃん。師匠はそこまで言ってないって」

「そやそや。美由希ちゃん、それは勘違いやって」

「そ、そうかな」

「「うんうん」」

二人に言われ、美由希は勘違いだったかと笑う。

「そうだよね。幾ら何でもそこまで私も酷くないよね」

そう言った途端、冬桜以外が美由希から顔を背ける。

「ねえ、ちょっと皆。何で何も言わないの。って、何でこっちを見ないのよ」

「気のせいだ、美由希」

「何処が!だったら、こっちを見てよ」

「いや、今は材料を探している途中でな」

「嘘だー!」

叫ぶ美由希の肩に恭也は手を乗せ、

「被害妄想が激しいぞ、美由希。さっき注意したばかりじゃないか」

「そ、そうだよね。あははは。ごめんね」

「いや、分かれば良いんだ」

そのやり取りに晶たちも元に戻ると、冬桜へと声を掛ける。

「それじゃあ、冬桜さん。まずは食材から」

「は、はい」

「ほなら、野菜のコーナーですし、まずは野菜から」

和やかになった空気の中、美由希が話し出す。

「カレーだったら、私でも大丈夫だろうし、私も手伝うよ」

和やかだった空気が、途端に凍る。

「美由希。お前、今何を言った?」

「だから、私も手伝う…」

「いや、美由希は何もしなくてもいい。するな、触るな、近づくな。
 いいな!」

「えっ?で、でも…」

「み、美由希ちゃん。今回は冬桜さんに料理を教える事が目的だから…」

「だったら、ついでに私も…」

「美由希ちゃん、お願いやから、今日は大人しくしといて」

「そうだよ、お姉ちゃん、何も無理する必要はないよ。
 幾ら、晶ちゃんとレンちゃんでも、二人を同時には見れないから」

「えっと」

「美由希、本当に止めておけ。冗談だろ?なあ、そうだよな。
 頼むから、そうだと言え」

「た、頼んでる割には、既に有無を言わせない命令なんだけど…」

「お願い、お姉ちゃん。もし、二人が冬桜さんに教えている途中で、目を離してしまったら…」

「でもでも、カレーだし」

尚も食い下がる美由希に、レンが声を上げる。

「美由希ちゃん!たかがカレーなんて言ったら駄目や!
 そないな事言うたら、料理に失礼です!」

「でも、市販のルーだし」

「美由希ちゃん。市販のルーでも、やっぱり難しいんだよ」

「二人ともさっきと言ってる事が…」

「「「「兎に角、今回は大人しくしてて(ろ)」」」」

四人から一斉に言われ、美由希は仕方がなく頷く。
それを見て、一斉に安堵の息を漏らす。
一方、訳の分からない冬桜は申し訳なさそうな顔をして美由希に謝る。

「申し訳ございません、美由希様。私が全く出来ないばかりに、晶様とレン様をお借りする形になってしまって」

「う、ううん。大丈夫だよ。私はまた今度教えてもらうから」

その言葉に、再度全員が顔を背ける。

「ちょっと、それどういう意味よ!」

喚く美由希を無視して、晶が冬桜に話し掛ける。

「それじゃあ、材料から…」

「は、はい!さっきのお話を聞けば、カレーとは結構難しい料理みたいですね。
 私も一生懸命頑張ります。晶様、レン様、宜しくお願いします」

「は、はい」

「う、うちらに任せてください」

丁寧に頭まで下げる冬桜に、二人は驚きつつも返答し、恭也となのは苦笑らしきものを浮かべてお互いを見遣っていた。
そして、その後ろで一人、美由希だけがいじけていた。



  ◆◆◆



食材を買い揃え、高町家へと戻ってきた恭也たち。
冬桜たちは早速台所へと向う。
なのはは居間でテレビを着け、美由希はソファーにそのままダイブする。

「うぅーー。皆が虐める……」

「たわけ。虐めているのではなく、心底嫌がっているだけだ」

容赦のない恭也の言葉に、美由希は更に落ち込む。

「ほら、ぼーっとしてるなら、少し打つぞ」

「あ、うん」

恭也の言葉に美由希は立ち上がると、先程までとは打って変わってテキパキと動き出す。

「先に道場に行ってるからな」

「すぐに行くから」

こうして恭也と美由希は夕飯までを鍛練に費やすのだった。



そして、夕飯の時刻が来る。
テーブルに着いた一同の前には、皿に盛られたカレーと付け合せとしてらっきょうと福神漬け。
そして、サラダが置かれる。

「兄様、どうぞ」

「あ、ああ」

冬桜が勧める中、恭也はスプーンで掬うと一口口に入れる。
それを全員が見詰める。

「……美味い」

「本当ですか」

「ああ。ジャガイモも程よく柔らかいしな」

恭也の言葉を聞き、桃子たちも自分の分を食べ始める。
そして、口々に褒め称える。

「冬桜、本当に初めてなのか」

「はい」

「そうか。なら、大したものだな」

「そ、そんな」

恭也の言葉に、冬桜は照れたように俯く。

「そうなんですよ、師匠」

「冬桜さん、確かに最初は危なっかしいんですけど、ちゃんと教えればすぐにそれを覚えてしまうんです」

「レンの言う通りです。多分、今まではやった事がないから出来なかっただけで、ちゃんと教えればすぐに上達しますよ」

我が事のように嬉しそうに語る二人に、冬桜は益々照れる。
そんな冬桜に恭也が声を掛ける。

「冬桜。自分でも食べたらどうだ」

「は、はい」

冬桜は恐る恐るそれを口へと運び、

「あ、本当に美味しいです。よ、良かった〜」

そう言ってほっと一息吐くのだった。
それが可笑しかったのか、誰ともなく笑い声が起こる。
冬桜本人もつられたように笑う中、一人だけが涙を流していた。

「うぅ〜。私の立場は〜」

嘆きつつも、手は全く休まる事無く、カレーを口へと運んでいた。



つづく



<あとがき>

4575さんの95万Hitリクエスト〜。
美姫 「込められしです〜。…って、かなり久し振りね」
うん。書こう、書こうと思って、全く書いてなかった。
あははは〜。
美姫 「笑い事じゃないわ!」
す、すいません。
美姫 「兎も角、4575さん、きり番おめでとう〜」
ございます〜。







ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る


SSのトップへ