2008年5月〜6月

6月27日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、もう今年も半分だよ、とお届け中!>



今年もいよいよ折り返し。

美姫 「過ぎてしまえば早いものよね」

いや、本当に。この間、新年とか言ってたのが懐かしいね。

美姫 「そこまで早い!?」

はっはっは。さて、折り返しという事もあり、振り返ってみれば……。
うん、過去は忘れよう。

美姫 「何で泣きながらなのよ」

だって、だって。振り返っても、毎度の如くお前に虐待されている所しか浮かばないんだよ(涙)

美姫 「失礼ね。どれもこれも私の愛よ」

優しい愛が欲しいです。

美姫 「さてさて、今週も景気良く行きましょか」

やっぱり無視なのかよ!

美姫 「それじゃあ、CMで〜す」







放課後、部活動などの喧騒もどこか遠い校舎三階の端。
明るい声などとは無縁にひっそりと静まり返った扉をノックする音が、それまでの静寂を破る。
年代物の蓄音機から流れるジャズに委ねていた身を起こし、少し億劫そうに扉の向こうへと声を掛ける。
相手が誰なのかは既に分かっている。恐らくは彼だろう。
ゆっくりと開かれる扉に続き、予想通りの人物が中へと入ってくる。
そう、この探偵事務所へと今、一人の来客が姿を見せたのだ。
さて、今回は一体どんなご依頼なのかな。

「あ、高町先輩。こんにちは」

真っ先に声を掛けたのは、この探偵事務所唯一の秘書にして、押しかけ助手の小林由理奈である。

「探偵さんに呼ばれたんですか」

何度聞いてもたんてーさんと聞こえるんだが、まあそれは良い。
それよりも、今は珍しいお客様の話を聞くのが先だからな。

「いや、今回は依頼したい事があってな。
 ところで、前から気にはなっていたんだが、あの蓄音機型のCDプレイヤーは私物だよな。
 持ち込んでも良いのか」

「まあ、その辺りは事務の人とかも多めにみてくれてるんで。
 それにしても、よく出来てますよねこれ。
 探偵さんが何処からか探してきたんですけれど、すぐにはCDプレイヤーだって気付かないですよね。
 あ、それよりも何か飲みます? と言っても烏龍茶しかありませんけれど」

……こ、小林君?
こう雰囲気というか、何と言いますか。
はぁぁ。まあ、それは置いておくとして依頼したい事ってのは何ですか?

「ああ、それなんだが」

やや前屈みになると、高町さんは声を潜めるようにして話し出す。
隣で小林君が何かを期待するような目で見ているが。
まさか、殺人事件でも起こったのか。いやいや、それは警察の仕事だろう。
俺が目指している探偵というのは華麗な推理とかじゃなくて……って、今は先に高町さんの話だったな。
真剣な高町さんの表情につられる様に、俺も顔を引き締めて続く言葉を待つ。

「妹のことなんだ」

「妹さんと言うと、うちの一年生の?」

「いや、一番下のなのはの方だ」

「ああ、なのはちゃんね」

俺も何度か会った事があるが、とても礼儀正しい良い子だな。
出来れば、我が助手や幼馴染みたいにならない事を祈るばかりだ。
しかし、妹さんの事と言うのはどういう事なんだろうか。

「ここの所、少し帰りが遅いようでな。
 まあ、そんなに心配する程でもないのだが、やはり気になってな」

高町さんは家族をとっても大事にされているからな。
それは確かに気にもなるだろう。

「それとなく妹さんに聞いたりは?」

「一応はしてみたんだが、上手く誤魔化されてな。
 かと言って、あまりしつこく何度も聞くのもどうかと思ってな」

なるほど。つまりは、妹さんの素行調査をしてくれと。

「まあ、そうなるかな」

うらぶれた俺にはお似合いの仕事ですよ。
ああ、冗談ですからそんなすまなさそうな顔をしないでください。
コホン。
あー、高町さんにはこっちも荒事で色々とお世話になってますからね。
引き受けましょう。

「それで、いつから?」

「出来ればすぐにでもお願いしたい。今日は翠屋にいるはずだから」

「なら、一緒に行きますか」

「いや、最近は新しい子が入ったから手伝いもいらないとかーさんにも言われているしな。
 それに俺が一緒に行く事によって何か勘付かれてもな」

確かにそれはあるかもしれない。
となれば、一人で行くのが良いか。しかし、翠屋か。
嫌じゃないんだけれど、桃子さんがな。いや、いい人だし嫌っているとかでもないんだがな。
あの人が相手だとやり辛いと言うか。まあ、引き受けた以上は行くしかないか。
って、何で嬉しそうなんだろうね小林君は。
と言うか、助手である君まで行くつもりなのか?

「勿論ですよ。探偵さんの行く所に助手ありですよ。
 あ、ケーキ代は経費で落ちますよね」

それは何か。つまるところ、俺に奢れと?
断る! それなら俺一人で行くに決まってるだろう。

「ああ、冗談じゃないですか。それよりも、さっさと行動に移りましょう」

いつになくやる気を見せているようだが、あれは単に翠屋のケーキが目当てなんだろうな。
まあ、良いけれど。

「それじゃあ、行ってきますよ」

「ああ、頼む。報告は明日の放課後にでも」

「分かりました」

事務所を出て行く高町さんを見送り、俺もまた出掛ける為に思い腰を上げる。
アクアスキュータムのコートに出来た皺を申し訳程度に伸ばし、
半分ずれかけていたこちらもよれよれの帽子を目深に被りなおす。
少々萎びた格好かもしれないけれど、所詮荒野を一人歩く孤独な探偵なんてこんなもんさ。
さて、それじゃあそろそろ出掛けるとしますかね。

「わーい、ケーキにシュークリーム。飲み物は何にしようかな〜」

……頼むから雰囲気を壊さないで下さい。



学校を出て真っ直ぐに翠屋へと向かう。
商店街の中に綺麗な外観の洒落た喫茶店が目に飛び込んでくる。
若い女の子とかなら違和感はないんだろうが、うらぶれた裏街道を生きる俺にはとてもじゃないけれど似合わない。
だが仕方あるまい。小林君を連れとして同行させているから、そうそう可笑しくもあるまい。
できるだけ自然な動作で扉を開け、出迎えてくれた店員に案内されて席に着く。
その際、店員の顔が何か言いたそうであったような気もするが、きっと気のせいだろう。
俺たちを席に案内した店員が立ち去るとすぐに、今度は違う店員が水とおしぼりを持ってやって来る。

「あれ、探偵さん」

「こんにちは、なのはちゃん」

「あ、はい。こんにちは」

声を掛けられて和やかなに返事をする小林君とは違い、俺は上手く言葉を紡げないでいた。
何たる様だ。よもや、いきなり調査対象と接触してしまうなんて。
一人苦悩する俺を他所に、よく見れば翠屋のエプロンを付けてお手伝いをしているのであろうなのはちゃんは、

「お兄ちゃんなら家に居ると思いますけれど?」

「あ、いや、今日は仕事を頼みに来たんじゃないんだ」

こんな仕事をしていると、偶に暴力沙汰なんて事に出くわす事もある。
そんな際、俺は高町さんに依頼してこっそりと力を貸してもらっているのだ。
それを知っているなのはちゃんが勘違いしたとしても仕方ないだろう。

「今日はお客さんなんですよ。と言うわけで、このケーキセットとシュークリームを一つお願いしますね。
 飲み物は紅茶で。探偵さんは何にします」

小林君のフォローに感謝しつつ、いや、単に食べたいだけなんだろうが、俺もコーヒーを注文する。
可愛らしい返事をして奥へと戻っていく背中を見送り、俺は首を傾げる。
はて、高町さんの話と少し違うようだが。まあ、今日は偶々という事かもしれないな。
まあ、ついでだし軽く話でもして、それとなく探りを入れてみるか。
そんな事を考えていると、注文した品が届く。
だが、持って来たのはなのはちゃんではなかった。
当然ながらこういう事もあるよな。も、勿論、分かっていたさ。
もしなのはちゃんが持って来ていたら、話をしようと思っただけなんだ。
やはり、この手の調査の基本は足だな、うん。

「なのはちゃん、一緒に食べない? シュークリームはあるから、ジュースだけ持って。
 勿論、探偵さんの奢りだよ」

小林君、勝手に人の奢りにしないように。
とは言え、その辺はしっかりした妹さんだけあって仕事中だからと断りを入れてくる。
しかし、いつの間にかやって来ていた桃子さんに促され、なのはちゃんは席に着く。

「それじゃあ、少しの間だけお願いしますね。
 それにしても探偵さんもやるわね。今日はデート?」

思わず飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになり、無理矢理飲み込んだのが悪かった。
激しく咳き込む俺の背中を桃子さんが擦ってくれる。

「あははは、ごめんね。探偵さんの本命は幼馴染の子だもんね」

「ち、ちがっ、ゲホゲホ」

何を言っても分かっているわよ〜、ってな笑みを見せて軽くこちらの言葉を流す桃子さん。
だから苦手なんだよな……。
ひとしきり俺をからかって満足したのか、桃子さんは奥へと戻っていく。
それを見送ってほっと一息吐くと、なのはちゃんと目が合う。
申し訳なさそうに乾いた笑みを浮かべて無言で頭を下げるなのはちゃんに、
俺もまた何故か会釈を返すように頭を下げる。
うーん、何とも言えない空気が漂うな。
それを打ち払うように小林君が何の関係もない話を始める。
正直、助かった。俺はその話を何となしに聞き流しながら、随分中身の減ったコーヒーを啜る。
それにしても、どうしてこう話がころころと変わるんだろうか、うちの助手は。
それに付いていっているなのはちゃんも豊富な知識を持っているというか。
もしかして、俺がおかしいだけなのか。
その内、二人の話は家族の話へと変わっていき、小林君が高町さんの学校での話をしている。
それを楽しそうに聞きながら、時折質問をしている。
あ、もうコーヒーがないや。
お代わりを頼むかどうか悩みながら、二人の話を聞くともなしに聞く。

「それにしても、最近はよくお手伝いしているみたいね」

「よく知ってますね」

「まあね。学校なんかでも可愛らしい店員さんの話は耳にしたし、
 昨日、店の前を通った時にちらりと見えたから」

はて、昨日はずっと事務所にいたはずなんだが。
あの後、こっちの方まで来たのか?

「もしかして、お手伝いしないとお小遣いがもらえないとか?」

「そんな事ないですよ。ただ、ちょっと欲しい物がありまして」

「ああ、それでお手伝いをしてお小遣いを?」

「はい。本当は金額じゃなくて自分で頑張って、というのがその大事な事と言いますか」

「ふーん、なるほど。そういう事か。つまり、ここの所なのはちゃんはずっと翠屋でお手伝いしているんだ」

「はい」

うん? ちょっと待てよ。ここ最近ずっとなのか。
だとしたら、何で高町さんがそれを知らないんだ?
しかも、それを隠しているみたいだし。
首を傾げる俺を置いてけぼりにして、小林君は謎が解けたとばかりに笑みをこちらに向ける。
はて、どういう事なんだろう。

「ふふふ、その目的はずばり……」

「あ、ああー! こ、小林さん、この事は」

「分かってるわよ。内緒にしておけば良いんでしょう」

「お願いします」

うーん、一体どうなっているんだろうか。

「ひょっとして、探偵さんは気付いていないとか?」

む、助手に馬鹿にされるのは何だが、正直分からん。
ここは大人しく教えてもらうか。元々、推理なんて俺の分野じゃないしな。
しかし、何故か釈然としない気持ちもある訳で。
と葛藤をしている俺を無視し、小林君は行き成り説明を始めるのだった。



翌日の放課後。約束通りにやって来た高町さんへと俺は神妙な顔付きで報告を始める。

「大体の事は分かりましたよ」

「本当か。昨日の今日だと言うのに、凄いな。
 それで……」

「詳しくは語れませんが、彼女は大丈夫ですよ。
 そう心配する事もありませんから。それに、後数日もすれば高町さんにも分かりますよ。
 もしかしたら、その時にでも話してくれるかもしれませんよ」

小林君となのはちゃんから話を聞いた俺は、なのはちゃんのお願い通り黙っている事にした。
これは俺から言うべきではないと思ったのもあるし、あそこまで必死にお願いされると断り辛いというのもある。
まあ、実際に高町さんが心配するような事もなく、単に翠屋で手伝いをしているだけだしな。
という訳で、渋る高町さんを何とか説き伏せ、この件は暫くは静観するという約束を取り付けた。
約束を破る人ではないから、これで安心だな。
後は、まあ当事者次第という事で、今回の依頼はお仕舞いだ。
ふー、特に何があったという訳でもないが、少し疲れたな。
お気に入りのジャズを聞きながら、グラスの中の琥珀色の液体を通して天井の灯りを眺める。
探偵――それは光の当たらない裏街道を歩く孤独な現代の騎士。
大都会の荒波に揉まれながらも孤高を貫く男。
だが、そんな探偵にだって休日は必要さ。今は暫し休むとしよう。
次の依頼が来るまでぐらいはゆっくりと。



探偵が宣言した数日後、恭也が家に帰ると久しぶりになのはが出迎えてくれた。
思わず浮かんだ笑みを誤魔化すようになのはの頭に手を置き、髪を乱暴にかき乱して帰宅の挨拶をする。
いつものように文句を言いつつも、いつもよりは幾分柔らかい対応を不思議に思う恭也。
だが、特に何があるでもないみたいなので着替えるために部屋へと向かう。
その後ろを付いて来るなのはだったが、部屋の仲間では入ってこず、そのまま自分の部屋へと向かう。
その内着替えた恭也が部屋を出ようとすると、部屋の前からなのはの声が聞こえてくる。

「お兄ちゃん、今いい?」

「ああ、別に構わないが」

恭也の返答を聞いて部屋に入ってきたなのはは、何処か落ち着かない様子であちこちを眺めた後、
おずおずと小さな包みを差し出してくる。
それを受け取りながら、恭也は不思議そうになのはを見る。

「えっと、プレゼントなのです」

「プレゼント? 俺に、なのかが?」

「うん。お店のお手伝いをして、お母さんにお小遣いを貰って買ったの」

なのはの言葉を聞き、ようやく全ての事情を理解する。
目の前でじっとこちらを見てくるなのはを前にして、恭也はお礼がまだだったと感謝の言葉を口にする。
恭也の言葉に照れつつも喜ぶなのはの頭を今度は優しく撫でてやりながら、恭也もまた小さいながらも喜びを現す。

「開けても良いか?」

「うん。気に入ってもらえるかな」

「なのはからのプレゼントだ。それだけでも十分に嬉しいさ」

言って恭也は受け取ったプレゼントの包みを丁寧に剥がしていくのだった。



無理は承知で探偵(ハードボイルド)と護衛者(ボディーガード)







かなり前にちょこっとだけやった奴を一話やってみたんだが。

美姫 「これまた懐かしいわね」

だろう。と、CMに関してはこれぐらいにして。

美姫 「そうね。それじゃあ、CMじゃなくて普通にSSの方の話でも」

それもこれぐらいにして……。

美姫 「まだ今週は一度も話題にすらしてなかったわよ」

あは、あははは。
まあ、冗談はさておき、次の更新は「とらみて」か「ママは小学二年生」かな。

美姫 「そうなの」

ああ。とらみては今年中か、来年頭ぐらいには完結させたいしな。
まあ、あくまでも予定だが。

美姫 「でも、大まかなプロットは出来ているんでしょう」

ああ。後は整理して書くだけだな。

美姫 「なら、今年中に書けるんじゃないの」

そう簡単に行くかな。

美姫 「変な所で威張るな!」

ぶべらっ!

美姫 「まったく、一年も半分を過ぎたというのに、相変わらずなだから」

いやいや、半年ぐらいで変わるならもっと昔に変わっているだろう。

美姫 「それもそうね」

だろう。

美姫 「はぁぁ、威張るような事でもないと思うけれどね」

まあまあ。と、そろそろ時間かな。

美姫 「あら、もうそんな時間なのね」

ああ。それじゃあ、今週はこの辺で。

美姫 「それじゃあ、また来週〜」


6月20日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、外は雨〜、とお送り中!>



先週、あんな事を言ったばっかりに。

美姫 「数日はお天道様が顔を出さない天気みたいね」

まあ、でも梅雨らしいと言えばらしいよな。

美姫 「洗濯物が乾きにくいわね」

うむ、着る物がなかったらメイド服を着れば良いのよ!

美姫 「どんな理屈よ!」

ぶべらっ! こ、これぐらいの事で殴らんでも。

美姫 「はいはい、お馬鹿は他所でやってなさい」

酷い言われようだな。

美姫 「あ、ごめんね」

って、どうしたんだ行き成り。
唐突に謝罪なんて。

美姫 「いや、アンタからお馬鹿を除いたら何も残らないじゃない。
    なのに、あんな失礼な事を言ってしまって」

そっちの方がもっと失礼ですよね!

美姫 「さて、冗談はさておき」

本当に冗談だと思ってる? ねぇ、その目を見る限り本気のような気がしたんだけれど。

美姫 「真実はいつだって残酷なのよ」

それって遠回しに肯定してるのと変わらねぇ!

美姫 「あ、そろそろCMの時間ね」

またしても無視かよ!

美姫 「それじゃあ、CMいってみよ〜」

いやいや、もうこのパターンは勘弁してください(涙)







その日、郵便受けに入っていた一通の手紙。
それが全ての始まりであった。
封筒の表には高町恭也宛てである事を示す文字。
それを興味深そうに眺めていた美由希は冗談半分で、

「昔、士郎父さんと旅をしている時に知り合った女の子からだったりしてね」

恭也の反応を窺うように語られた言葉。
美由希の顔を見ていれば、それがどういう意図を持って言われたのか分かるだろうが、
肝心の恭也は美由希の反応にそんな事はあり得ないとあっさりと否定の言葉を口にして封筒を裏返す。
偶々目が会ったなのはと美由希は揃って苦笑を浮かべつつ、恭也の怪訝そうな声に再び顔を恭也へと向ける。

「どうかしたの?」

「いや、差出人だとは思うんだが……」

言って自分が今しがた見た封筒の裏を美由希たちにも見せる。
そこには住所も何もなく、ただ一つの名詞だけが書かれていた。

『将軍』と――



渋谷で起こってる通称ニュージェネと呼ばれる連続猟奇殺人事件。
この間も五つ目の事件が起こり、まだ犯人が捕まっていない渋谷へと恭也が行くと言い出したのは、
例の手紙が届いた日の夜の事であった。
家族たちが流石に難色を示す中、恭也は既に決心しており言っても無駄だと桃子は悟る。
それでも何度も、それこそしつこいぐらいに注意するように言い聞かせ、渋々ながらも了承する。
こうして、翌日には恭也は渋谷方面へと向かい、まずは手紙に書かれていた場所へと足を運ぶのだった。



西條拓巳が脅えながらも咲畑梨深と登校している様子を遠くから窺う人影が一つ。
その人影――恭也は手元の写真に目を落とし、登校中の二人の学生へと再び視線を向ける。

「彼で間違いないようだな。しかし、何とも不思議な依頼だな」

知らずぼやきを口から零し、恭也は写真を内ポケットへと仕舞うと二人の後を付けるように距離を保ち歩き出す。
しかし、これが思ったよりも難しいとすぐに悟る事となる。
何故か、拓巳が既に周囲を気にするように視線をあちこちへとさ迷わせ、曲がり角の度に立ち止まるからだ。
仕方なく、恭也は更に距離を開けて曲がり角に二人が近づくと物陰に隠れる。
最終的に二人が学校に行くのだろうとは思われるが、絶対とも言えないので先回りなんて事も出来ない。
思ったよりも大変だなと胸中で呟き、恭也は先にある十字路を曲がっていった二人を追うべく軽く走る。
そこに運悪く、二人が曲がったのとは逆の道から一人の少女が飛び出してくる。

「きゃっ」

恭也にぶつかり、小さな悲鳴を上げて尻餅を着いた少女。
少女が着ている制服は拓巳たちが通う私立翠明学園のものであった。
恭也は失敗したと思いながらも少女を助け起こすべく手を差し伸べ、

「すみませんでした。大丈夫ですか?」

そこで思わず動きを止めてしまう。

「い、いえ、こちらの方こそごめんなさい」

差し伸べられた手を掴み、謝った少女であったが呆然としている恭也を不思議そうに見上げる。
少女の視線に気付き、恭也は何もなかったように少女を起き上がらせるともう一度謝罪を口にする。
すると、少女の方もまた謝罪を口にし、このままでは埒が明かないと恭也の方から切り上げる。
既に目に付く距離に拓巳たちの姿がない事を確認し、用事があるのでと足早にその場を立ち去る。
後ろでまた少女が少し呆然としていたが、それに構わず恭也は二人の後を追いながら、先程の少女を思い出す。

「よりによって、接触する事になるとはな。
 まあ、数日もすれば俺の事など忘れているだろう」

先程のアクシデントを考え少し暗くなるも、前向きに考え直して二人の後を追うのだった。



拓巳が梨深と帰宅するために中庭で待っていると、そこへ彼の妹の七海が拓海を見付けてやって来る。
またお小言かと顔を顰め、さっさと立ち去れと念じる。
そんな拓巳の思いなど気付かず、七海は拓巳の前でやって来る。

「おにぃ、珍しく登校してたんだね」

「な、なんだよ」

そんなの関係ないだろうと言おうとするも、それよりも早く七海は興奮したように話し出す。

「実はね、朝曲がり角で男の人にぶつかったんだけれどね。
 その人、大丈夫ですかって私に手を差し出した後、驚いたように固まちゃったんだよ。
 あれかな、もしかしてナナに見惚れていたとか? 一目惚れしたのかも。
 凄いと思わない、おにぃ。それで、それで数日後に運命的に再会をしたりなんかして……」

一方的に捲くし立てる妹の言葉を半分聞き流しながら、拓巳は胸中で悪態をつく。
そんなゲームみたいな現実があるか、とか。お前に誰が一目惚れするんだよ、とか。
妄想なら僕の方が凄いぞ、とか。
だが、そんな拓巳の胸中など気付くはずもなく、七海は一人楽しそうに話をしている。
それでも時折、拓巳の方を見ては兄の反応を窺うようにしている。
しかし、拓巳が何の反応も示さないのを見ると、大きく溜め息を吐く。

「おにぃは全然気にしてくれないんだね。もう良いよ。おにぃのバカ」

何を怒っているんだと理不尽な思いに駆られている拓巳を置き去りにし、七海はその場を去って行く。
暫くその背中を不思議そうに見ていた拓巳であったが、
すぐに自分の現状を思い出して梨深が早く来ないかと、戦々恐々とした面持ちで中庭に立ち尽くすのだった。



全ての者たちが顔を合わす時、物語は終局を迎える事となる。
だが、それはまだ少しだけ先の未来。
今はまだ、互いに擦れ違う事さえない。

CHAOS;HEART







さてさて、それじゃ今週はいつもよりもちょっと早いけれど……。

美姫 「って、本当に早いわよ! CM明けでお仕舞いってなんなのよ!」

はっはっは。人がやらない事をやってこそだよ。
勿論、法に触れない事前提で。

美姫 「いや、だからってね」

そんな訳で今週はこの辺で!

美姫 「ああ、もう! それじゃあ、また来週〜」



美姫 「さて、アンタとはじっくりと話し合う必要があるわね」

あ、あははは。えへ♪

美姫 「全然、可愛くないから。寧ろ、それで私の怒りは倍増だわ」

そ、そんなぁぁ〜。

美姫 「ふふふふ。今日という時間はたっぷりあるわよ」

う、うわぁぁぁぁん。


6月13日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、梅雨のはずだよね、とお届け中!>



梅雨入りしたはずなのに、雨が少ないような気がしなくもないが。

美姫 「九州の方では結構降ってたみたいよ」

みたいだな。まあ、晴れている方が良いのは確かだけれど。

美姫 「出掛けるんじゃなかったら?」

別に雨でも構わない。寧ろ、降った方が少しは涼しくなるから推奨。

美姫 「とっても自分勝手な意見をありがとう」

どういたしまして〜。

美姫 「それじゃあ、今日はいつもよりも時間もない事だし、早速だけれどCMにいってみよ〜」







「一昨日未明、発生した殺人事件に関して、警察は逃亡した犯人を全国に指名手配しました。
 加害者の名前は高町恭也……」

事件の概要がキャスターから語られ、その後にコメントを述べる何かしらの専門家。
そこまで見て美由希は手にしたリモコンでテレビの電源を切ると真剣な面持ちで他の面々を見渡す。
高町家の面々の他、勇吾や那美といった恭也と親しい者たちが月村邸に集まっている。
自宅にはマスコミが押しかけている為、忍の言葉に甘えてこちらに避難してきているのだ。
当然、店の方も今は閉めている。
不安そうななのはを安心させるように桃子が優しく撫でる中、美由希が真剣な表情のままゆっくりと口を開く。

「恭ちゃんの無実を証明するためにも、真犯人を探さないといけないですね」

その言葉に忍たちも同意するように頷く。
ここに居る者は皆、恭也の無実を信じている。
特に美由希は短い時間だったが恭也から電話が掛かってきて、恭也自身の口からそれを聞いているのだ。
電話の掛かってきた美由希の口からそれを聞かなくても、恭也がそんな事をするなんて誰も信じないだろうが。

「警察から逃げざるを得ない状況だったらしく、簡単な説明しか聞けませんでしたけれど。
 元々、恭ちゃんはその女性から護衛の依頼を受けて会いに行ったんです。
 時間は明け方。これは向こうの指示だったらしいです。ですが、恭ちゃんが着いた時にはもう……」

「それで犯人の手掛かりでもと見ている時に警察がやって来たのね」

「はい。でも、あまりにもタイミングが良すぎると思いませんか」

補足するように口にした忍へと美由希が当然の疑問を口にする。
恭也が部屋に入り、精々2、3分しか経っていないのに警察がやって来る。

「その辺りは僕から説明するよ。とは言え、僕も捜査からは外されているから詳しくは掴めていないんだけれどね」

今回、その女性の護衛を依頼した手前、責任を感じているリスティは結構危ない目をしてまで捜査状況を探っていた。
その結果として、幾つか分かったことを上げていく。

「恭也が指定された時間よりも十五分ほど前に警察に一本の通報があったらしい。
 争う男女の声と尋常ではない悲鳴が聞こえたってね。これだけを見れば、明らかに恭也ははめられたって事になる。
 けれど、護衛の依頼の件は僕と恭也しか知らないことだ。警察から見れば、恭也が怪しいって事になるんだろね」

「それじゃあ、リスティさんが説明をしてくれたら師匠の無実は証明できるんじゃ」

「僕だって既に話をしたさ。けれど、現状はこの有様さ。
 それにしても、警察側の動きにも不審な点があるとも言えるんだよね。
 たかだかって言い方は悪いけれど、今回の事件は殺人事件の一つだ。
 警察側の発表した見解では、動機は痴情のもつれなんて言う、これまた言ったら悪いけどありきたりな理由。
 なのに、たった一日置いただけで写真や実名付きで全国指名手配。
 まあ、犯人を目の前にして逃げられたっていう失態があり、
 警察の信用を取り戻すためという見方もできなくはないけれどね。それにしてもね」

リスティは手の中でペンをくるくると回しながら、付け加えるならと更に続ける。

「僕の話を聞いた以上、元から被害者は狙われていたという可能性も考慮したって良いはずなんだ。
 そうなると、別の犯人がいるかもしれないってのは推理するまでもなく見えてくる。
 なのに、そんな動きはない。正直、あまり口にしたくはないけれど……」

警察内部に犯人、もしくは協力者がいるかもしれないという言葉は飲み込む。
しかし、充分にリスティの言いたい事が分かったのか、美由希たちの顔も若干険しくなる。

「だとしたら、お師匠を助けるためにはどないしたら良いでしょうか」

「まずはっきりとした証拠よね。もしくは、真犯人の身柄ね」

「忍の言うとおりだ。恭也も自分で調べるつもりなんだろうけれど、
 流石に指名手配されてはそう大きく動けないだろうね」

「つまり、それを俺たちでしようって訳ですね」

勇吾の言葉にリスティはその通りだと頷き、具体的な方針を決めていく。

「まずは被害者の詳しい情報が欲しいね。後は事件当時の周辺の情報。
 面倒かもしれないけれど、まずはここからだね。でだ、那美には警察内部を探ってもらいたい」

「えっとどうやってですか?」

「那美にいつも仕事を回している人に頼むんだよ。
 部署が違うから難しいかもしれないけれど、全国指名手配ともなれば人数は必要になるだろうし、
 捜査本部にある程度は入れるようになるだろう。そこで情報を集めてもらい、それを流してもらう。
 ただし、慎重にね」

「え、えっと、頑張ります」

思ったよりも大変な任務に少し緊張気味に応える那美。

「忍にはノエルと一緒にネット関係から調査を頼む。
 桃子さんやなのはは待機……と言っても聞きそうにないか。それじゃあ、二人には忍の手伝いを。
 まあ、今の所はこれぐらいかな。それじゃあ、早速活動開始と行こうじゃないか」

リスティの言葉に全員返事を返し、恭也の無実を証明すべく動き出すのだった。



工事途中で放置されたビルの中、恭也はそこに潜んで調達した新聞に目を通す。

「指名手配か。幾らなんでも早すぎるな……。
 もしかすると、初めから仕組まれていたか」

顔が知られた事により、加害者の知人などを当たって情報を得るのは難しくなった。
そう考え、恭也は考えていた予定を変更する。
蛇の道は蛇という事で、恭也は裏の情報屋を使う事にする。
金さえあれば相手が誰であろうとも情報を売る連中である。
勿論、接触すれば恭也の情報を求めている者が居た場合にもそれを売るであろうが、
それでも他に情報を得る方法が現状では見つからない。
そう結論すると新聞紙を畳んで手に持ち、慎重に周辺を窺いながら外へと出て行く。
昨日の内に購入しておいた帽子を深く被り、サングラスで目を隠す。
少し俯きがちに顔を下に向け、すぐには顔が見えないようにする。
その上で気配を希薄にして恭也はできる限り裏道を進むのであった。



濡れ衣を着せられた恭也。果たして彼は自身の無実を証明できるのか。
そして、恭也を助けるべく動く美由希たちは、真相へと辿り着けるのか。

恭也、大逃亡。 近日……著者逃亡!







そう言えば、今日は13日の金曜日だな。

美姫 「そう言えばそうよね」

いや、そんなあっさりと。

美姫 「そんな事を言われてもね。だからどうしたの? って感じだし」

う、うぅぅ。折角、話題にと振ったのに。

美姫 「もっと違う話題が良いわね。
    例えば、いつもありがとう美姫ちゃんという事で、好きな物をプレゼントしようとか」

はぁ!?
一体、どの辺りを俺は感謝するんでしょうか!?
思い返せば、殴られ、蹴られ、刺され、斬られ、吹き飛ばされる日々。
それのどこに感謝!?

美姫 「くすくす、可笑しい事を言うわね。私はアンタの為に涙を呑んで……」

いやいや、思いっきり楽しんでいるし、偶に関係なく吹っ飛ばしているよね!?

美姫 「酷いわ、浩の馬鹿!」

ぶべらっ! 良いながら、これは何ですかぁぁぁぁっ!
って、ぐげっ!

美姫 「あ、今回は天井を破らなかったんだ」

わ、わざとですよね! わざと力加減しただろう!

美姫 「思いっきりやって良かったの?」

加減してください(土下座)
……って言うか、殴られるのに何で丁寧にお願いしてるんだよ俺!
同じお願いするのなら、殴らないで下さいじゃないか!
と言うわけで、殴らないでください(土下座)

美姫 「あ、もう時間だ」

いやいや、ここはちゃんと聞いてくれよ!

美姫 「ほら、早く締めの言葉を言いなさいよね。言わないのなら、私が……」

うわぁぁ、言うよ、言いますよ!
それじゃあ、今週はこの辺で(涙)

美姫 「それじゃあ、また来週〜」



うぅぅ、シクシク。

美姫 「何を泣いているのよ。そんな暇があるのなら、ほら手を動かしてもらうわよ」

うぅぅぅ……。


6月6日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、うぎゃぁネタはあるのに手が進まない、とお送り中!>



梅雨入りおしていよいよ夏直前という感じの今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

美姫 「そんなこんなで今週もやってまいりました、この番組」

それでは暫しお付き合いください。
まず最初の曲は、ペンネーム……ぶべらっ!

美姫 「冗談はこの辺にして、最近たるんでるわよね」

いきなりだな。いや、言わんとしている事は分かるがな。
まあ夏になる事だし気合を入れ直さなければならないが。

美姫 「とりあえず長編を一つ終わらせたから、次の目標を立てましょうか」

早い、展開が早いよ。

美姫 「次の目標は一日一本とかどう?」

いやいや、何処の健康ドリンクだよ。

美姫 「過ぎると身体に悪いという共通点もあるわよ」

分かってて強要ですか!?

美姫 「大丈夫、大丈夫。これぐらいじゃ死なないって」

オウッノー!

美姫 「片言英語は良いから。それじゃあ、それを目標に」

いや本気で勘弁してください!

美姫 「わぁ〜、見事な土下座ね。何よ、そこまでするぐらい嫌なの?」

嫌というか無理です。一日一文字とかなら兎も角。

美姫 「それって読めるようになるまで何日掛かるのよ」

でも、次の文字が何かなという期待感が。

美姫 「ないない」

即却下しなくても。

美姫 「じゃあ許可したらやるの?」

うーん、完結に何年かかるだろう。
だが、面白そうじゃないか。一日一文字短編! とかって。

美姫 「却下と言ったら却下」

いや、まあ半分以上は冗談ですけれどね、流石に。
とりあえず、本当に更新速度を上げないとな。

美姫 「その割にはのんびりしてるわよね」

そんなつもりはないんだが。
ほら、夏が近いし。

美姫 「関係ないわよ!」

いやいや、ほら暑いの苦手だろう。溶けるし。

美姫 「はぁぁぁ」

いや、そんな冷静な目で溜め息を吐かれても……。
あ、あはははは〜。

美姫 「まあ、その辺りは後でじっくりと話し合いましょう」

え、遠慮しときます。

美姫 「遠慮なんていわないわよ♪」

いえいえ。遠慮や慎みというのは日本文化における……。

美姫 「御託は良いから。それとも、私の決定に不満でも?」

よ、喜んで承ります……。

美姫 「分かれば良いのよ」

シクシク。

美姫 「それじゃあ、話もついた事だし……」

無理矢理つけたとも言うよな。

美姫 「それじゃあ、CMいってみよ〜」

気持ちの良いぐらいに無視ですね!







「高町さ〜ん、お荷物です」

それは麗らかな春の日……という事もなく、既にゴールデンウィークも過ぎた日曜の事であった。
これから徐々に暑くなっていくのだろうが、今はまだ朝夕と冷え込む事もあるこの時期、
薄着にするかその上に一枚羽織るかと悩む人もいるだろうが、そんな事に全く悩む事のない、
年中暗めの色の長袖を着た恭也はやけに大きなその荷物を受け取る。
持ってみると思ったよりも軽く、恭也はそれをリビングへと運び入れる。
宛て先が自分になっている事に思い当たる節もなく、また送り主が月村となっている事に眉を顰める。

「今度は一体何を作ったんだ」

少し警戒して自分の身長と殆ど変わらない箱の蓋を開けようとし、手の何処かが当たったのか、
箱は真っ直ぐに倒れる。
思ったよりも大きな音は立たなかったが、壊れていないかと少々不安になりつつも箱に手を掛けようとして、

「ただいま」

玄関から複数の声と足音が聞こえてくる。
買い物に行った美由希たちが戻ってきたのだろう。
だが、恭也にとってはそれどころではなかった。
何故なら、箱の中身が床に落ちたショックでか飛び出して床に転がっていたからだ。
半分以上が箱から飛び出したソレを見て、恭也は数瞬だが思わず意識を飛ばしてしまう。
だが、すぐに気を取り直すとこのままではいけないと手を伸ばし、

「恭ちゃん、ここに居るの?」

リビングに妹たちが戻ってくる。
妹たちも恭也の存在に気付き、同時に床に倒れている荷物に気付く。
箱から姿を見せている意識を失っているのか、目を閉じた全裸の女性という荷物を。

「ち、違うんだこれは!」

「きょ、きょ、恭ちゃん……そ、それは」

「ししし師匠、流石に人攫いはって、そうじゃなくて、この場合は110番か」

「落ち着けサル! そないな事したら、お師匠が捕まってしまうやろ。
 きっとお師匠の事やから何か理由があったはずや。と、とりあえず話を聞いた方がいいんとちゃうか」

言いながらも後退り、何故か携帯電話を取り出すレン。
こちらもしっかりと混乱しているようで、なのはに至っては声を出す事も出来ないほど驚き固まっている。

「い……いやぁぁぁぁっ! きょ、恭ちゃんが女の人を攫って、し、しししかも、は、はだはだ、裸!」

「落ち着け! ご近所に聞こえたら体裁が悪いだろうが!」

言って美由希の頭に拳骨を落とす恭也だが、その言葉をどう捉えたのか晶やレンが憐れむような視線を投げてくる。

「体裁が悪いって、やっぱり師匠……」

「お師匠のこと信じてたのに……」

「だから、違うと言ってるだろう! とりあえず、話を聞け!」

「え、えっと、とりあえず服を着せた方が良いんじゃないかな?」

いい感じで混乱しまくる高町さん一家の中、なのはが何とかそう言葉にし、それに応えるように恭也も頷く。

「そ、そうだな。とりあえず説明するから、先にこの子に服を。
 美由希の服で良いか」

恭也の言葉に美由希はまだ混乱しながらも適当な服を持ってきて、未だに目を覚まさない女性の着せる。

「下着は我慢してもらうしかないとして、服を着せたけれど……」

「そうか。とりあえずはソファーにでも寝かせておこう」

言って女性を抱き上げてソファーに寝かせると、恭也たちはダイニングテーブルに集まる。
晶が淹れたお茶を全員が口に含み、多少なりとも落ち着いたのを見計らって恭也は説明を始める。

「まず最初に言っておくが、お前たちが思っているような事じゃないからな。
 お前たちが帰ってくる少し前に荷物が届いたんだ。で、中にあの人がいた」

恭也の短いけれどもそれ以上説明しようのない簡潔な説明を聞き、美由希や晶、レンは半目で恭也を見る。

「信じられないのはよく分かる。俺だって未だに信じられないんだからな。
 だが、事実だ。その証拠に……」

言って恭也は女性が入っていた箱を美由希たちの前に出す。

「ほら見ろ。ここに俺宛てと書いてあるだろう」

「だからって、女の人が入っていたのはそれはそれで問題じゃないかな。
 一万歩譲って恭ちゃんが攫ったんじゃないとしても、受取人が恭ちゃんの時点で疑いは持たれたままだよ」

「一万歩も譲らないといけないのか?」

美由希の言葉のその部分に反応して少し落ち込む恭也であったが、自分は無実だと再度告げる。
すると、今度はレンが同情的な視線を向け、

「お師匠も男の人だったという事ですな。ただ、流石に人身売買は……」

「そうですよ師匠! 犯罪は、犯罪は駄目ですって!」

「いや、本当に知らないと言っているだろう。
 そうだ、送り人を見ろ」

言って恭也が見せたのは送り主の欄に書かれた月村忍という文字。
それを見た途端、

『あー』

一斉に納得する美由希たち。
それはそれで問題あるだろうと思いつつも、自身の容疑を晴らすのが先だとばかりに黙する事にする。
そんな折、背後のリビングから小さな呻き声が漏れ、今の今まで気を失っていた女性が目を覚ます。
きょろきょろと周囲を見渡し、恭也たちの姿を見つけるなり、

「ぴきぃ!」

おかしな奇声を上げるなり部屋の隅に走って行き膝を抱えて顔を隠す。
それでもちらちらと恭也たちの方を意識するように見遣り、その足元に箱があると気付くと、
恐る恐る近づきその箱を手にする。

「あの……」

恭也が何か声を掛けた途端、手に掴んだ箱を持ったまま先程と同じ部屋の隅へと急ぎ走り、

「ぴぃっ!」

その途中で足を縺れさせて転ぶ。
その拍子に鼻でも打ったのか、両手で鼻を押さえ涙目になる。

「大丈夫ですか」

気遣うように恭也が立ち上がり近づこうとするのを感じ取ったのか、
痛みを堪えて立ち上がるとやはり部屋の隅に逃げ、箱の中に隠れる。

「えっと……。大丈夫ですか」

箱に近づき、中に居る女性へと声を掛けるも返事はなく、手を伸ばせば怖がるように箱全体が揺れる。
困ったように美由希たちを振り向くも、そちらもまた同様に困惑した顔で今の出来事を呆然と見ていた。
小さく嘆息すると、恭也は携帯電話を取り出して忍へと電話を掛ける。
間違いなく今回の主犯にして、全てを理解しているであろう人物へと。

これが今回の始まりであり、高町家にメイドロボHMX−17c、シルファが住み込むこととなる初日の出来事である。



「ご主人様、起きるれす。いつまでもぽやぽやと寝ているんじゃないれす。
 っれ、もういないじゃないれすか!?」

「ん? シルファか。どうかしたのか?」

「べ、別にどうもしないれすよ。ご主人様を起こしてやろうなんてしてないのれす」

「ああ、起こそうとしてくれたのか。それはすまなかったな。
 ただ、俺や美由希は朝が早いから、気にするな。寧ろ、起こすのならなのはを起こしてやってくれ」

「ら、らから違うと言ってるのれす。人の話をちゃんと聞くのれすよ。
 とりあえず、シルファは朝食を用意するのれす」

「あ、朝食なら……」

恭也が言い終えるよりも早く、シルファの姿は消えていく。
その背中を見送り、恭也はまあ大丈夫だろうと着替えを用意するのだった。

「……朝食がすれにれきているのれす」

「あ、シルファさんおはようございます。
 朝食ならもうすぐで出来ますから、ちょっと待てて下さいね。……あ、シルファさんは食事は」

「シルファは食事は必要ないのれす。
 そ、それよりもきょ、今日は初めてらったのれ、ちょっと勝手が分からなかったらけれす!」

「は、はぁ」

「とりあえず、シルファは洗濯れもしてくるのれす」

「あ、洗濯なら……ってもう居ないし。まあ、良いか」

晶は頭を掻くと再び朝食の準備に戻る。

「…………」

「ふんふんふーん♪」

中庭で鼻歌を歌いながら洗濯物を干しているのはレンであった。
その背中を縁側から眺め、無言のまま立ち尽くすシルファ。

「……シルファはやっぱりいらない子なんれす」

する事がなく落ち込み、仕舞いにはしゃがみ込んで床にのの字を書き始める。
そこへ恭也が姿を見せ、

「シルファ、どうかしたのか?」

「な、何れもないれすよ」

今まで落ち込んでいたのを誤魔化すように胸を張るシルファに恭也は思い付いた事を尋ねる。

「それでなのはは起こしてくれたのか?」

「い、今から起こしてくるのれす!
 シルファがちゃんとやるのれすから、ご主人様は大人しく待っているのれすよ」

「いや、起こすぐらいでそんなに張り切らなくても……」

またしても恭也の言葉を聞く事なく、シルファはなのはの部屋へと走って行く。
だが、階段に差し掛かった所で、

「ほら、なのはちゃんと目を開けないと危ないよ」

「うん……ありがとうお姉ちゃん」

なのはを起こしてきたのか、美由希がなのはの手を引きながら階段から降りてきた。

「あ、シルファさん、おはようございます」

「おふぁようございますぅぅ」

「ぴ、ぴぎゃぁぁっ! シ、シルファはやっぱりいらない子なんれすぅぅっ!」

言ってリビングへと駆け込むと、箱をすっぽりと被ってしまうのだった。



とりあえず箱の中のシルファに声を掛け、恭也たちは学校へと向かう。
途中で学校の違うなのはと別れ、四人が歩いていると前方から見知った顔を見つける。

「貴明、おはよう」

「あ、恭兄おはよう」

「おはよう、恭也」

「おはようなのであります!」

「ああ、環とこのみもおはよう」

美由希たちも貴明たちと挨拶を交わし、ふと四人の視線が一斉に貴明に、正確にはその両側に向く。

「あ、あははは。これには深い事情があって……」

苦笑いしながら何とか誤魔化そうとするも、美味い言い訳が見つからずに困った顔を見せる貴明。
その貴明の両腕はそれぞれ環とこのみによってしっかりと抱きかかえられていた。

「えへ〜」

「まあ、こういう事なのよ。タカ坊の優柔不断を解決するためにね」

「なるほど。相変わらず人気者だな、貴明」

『…………』

全員の何か言いたそうな視線に居心地悪そうにしつつ、恭也は納得したようであった。
対する美由希たちは小声で何やら怪しい会話を繰り広げ始める。

「そうか、皆で仲良くって方法もあるんだね」

「ですけど、師匠がそれを良しとするでしょうか」

「おサルの言うとおりやと思います」

そんな三人を置いて恭也たちは学校へと向かうのであった。
当然の如く学校が近づくにつれ、登校してくる生徒も増える訳で、
二人の女性を侍らしているようにも見える貴明へと注目が集まりだす。
居心地悪そうな貴明に対し、環やこのみは堂々としており、
恭也は自分の事ではないので貴明の境遇に多少なりとも同情しつつも何も口を挟まない。

「あ、あははは、かなり目立ってるね」

美由希の言葉に恭也は小さく頷くと、不意に遠い目をする。

「願わくば、俺だけは静かに、そして平穏に過ごせる事を祈ろう」

「貴明さんじゃなくて、自分の事なんだ」

「当たり前だ。ただでさえ、昨日は変な事に巻き込まれたんだ。
 今日ぐらいは平穏を望んでもばちは当たらないだろう」

やけに説得力のある言葉に美由希たちも思わず納得してしまう。
だが、得てしてそういう時に限って期待とは裏切られるものであり、
ましてや幼馴染の弟分を見捨てた天罰だったのか、恭也はこれから自身の身に降りかかる災厄に気付いていなかった。

学校から少し離れた裏山。今、そこに地を踏む一つの影があった。

「ふっふっふ。俺はついに帰ってきたぞ!
 待っていろ、きょうりゃんにたかりゃん!
 う、うぅぅ、流石に腹が減った…………」

威勢良く叫んだかと思えば、その人影はその場にぱたりと倒れてしまう。
だが、這いながらもゆっくりと山を下っていく。
謎の影が力尽きるのが先か、それとも親切な人に発見されるのが先か。



生徒会室に届けられた大きな箱。
運送屋は既に帰っており、荷物の前ではまーりゃんが腕を組んで胸を張っている。

「さあ、開けてみろきょうりゃん。きっと気に入るはずだ」

「これと似たような状況を昨日味わったような気がするんだが、気のせいだろうか」

思わず美由希を見てしまうが、返って来たのは何とも言えない表情のみであった。
急かすまーりゃんに仕方なしに恭也は箱を開ける決意をする。
それが更なる混乱をもたらすかもしれないと何処かで予感しつつも。



To Triangle Heart23 〜Another Days〜







そう言えば、最近といっても結構前からだけれど、日が落ちるのも遅くなったよな。

美姫 「確かにね。まだ冬の感覚でいると、あれもうこんな時間なの。こんなに明るいのに。ってなるわよね」

ああ、なるなる。
外が明るいからまだ遅い時間じゃないとか思ってると、実際には六時を回っていたりな」

美姫 「本当よね。
    でも、これにすっかり慣れた頃には秋、冬となってあれ、こんな時間なのに暗いってなるんでしょうね」

まあ、ある意味風物詩みたいなもんかもな。

美姫 「夏の風物詩といえば、やっぱり花火にスイカ、カキ氷かしら」

海に浴衣に風鈴なんかもそうかもな。

美姫 「まあ、まだ夏というには早いでしょうけれどね」

早いといえば、少し早いけれどそろそろ時間だな。

美姫 「今日は強引に持ってきたわね」

そうか? いつもこんなもんだろう。

美姫 「言われてみればそうかもね」

おいおい。そこは反論してくれよ。

美姫 「いや、だってねぇ」

へいへい。ともあれ、今週はこの辺で。

美姫 「それじゃあ、また来週〜」


5月30日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、何か変に疲れたよ、とお届け中!>



はぁぁ、疲れた〜。

美姫 「自業自得よね」

うっ。確かにそうなんだがな。

美姫 「にしても、都合250近くの作品の誤字訂正ね。
    よくぞこれだけ書いたというべきか、何故、そこまで誤字だらけと突っ込むべきか」

えっへん。

美姫 「とりあえず、褒めてはいないからね」

しゅん。いや、だが言わせてくれ!
誤字ばっかりでそんな数を直したんじゃなくてだな。
ほら、昔『……』を『・・・』や『…』にしてただろう。
それを直してたんだよ。まあ、まだ全部の作品を直せている訳じゃないけれど。

美姫 「はいはい、そんな言い訳は聞きたくありませ〜ん」

うぅぅ。まあ、何はともあれ半分ぐらいは修正できたかな。

美姫 「そう言えば、掲示板もいじってたわね」

おう! ちょっと広告が多くなって来たので。パスワードを入力しないといけないようにしました。
お手数をお掛けする形になってしまいますが、ご了承ください。

美姫 「親切な人がそういった広告を投稿させないのを教えてくれたのよね」

うん。本当にありがとうございます。
ただ、あれは試してみたけれど、投稿ボタンを押した後に投稿するか、
やめるかといった選択画面が出てくるんだ。
なので、パスワード入力の方法にしたんだ。

美姫 「折角教えて頂いたのにすみません」

けれど、そのお蔭で掲示板も多少ヴァージョンアップしました。
教えて頂かなければ、まだ古いヴァージョンのままだった。
感謝です。

美姫 「さてさて、それじゃあ、そろそろいきましょうか」

珍しく吹っ飛ばされない内にいけますな。それでは……。

美姫 「CMで〜す」







空から月の欠片が落ちてきたあの日から十数年。
それ自体に何ら問題はなかった。
だが、その事が原因による不可思議な現象はそうともばかり言っていられなかった。
ムーンチャイルド――そう呼ばれるアルテミスコードと名付けられた不可思議な文字コードを持つ、
異能力を持つ者が現れたからだ。
ムーンチャイルドによる犯罪が横行し始め、何の能力も持たない一般人はムーンチャイルドを畏怖し始める。
後はお約束とも言える顛末で、殆どのムーンチャイルドがその力を隠して暮らしていた。



海鳴市で起こる不可解な殺人事件。
この事件に共通している事は、人が出入り出来るような隙間のない密室であること。
被害者は皆、キリのような細長い何かで心臓を突かれている事である。
その共通点からこれらの事件は同一犯の犯行だと認定され、
同時に犯人としてムーンチャイルドの存在が囁かれる事となる。
ムーチャイルドに対抗するには同じくムーンチャイルドという訳で、
警察内でムーンチャイルドを主力として編成された警視庁公安特課へと連絡が行くのは当然の事であった。

「いや、まあ僕とひなたが海鳴に行って調べるのは分かりましたけれど、二人だけでですか?」

「ああ、そうだ。まあ、調査するだけなら危険もないだろう。
 それに何かあったとしても、ひなたの能力なら問題あるまい」

高校生ぐらいの少年の言葉に中年の男はそう返し、ひなたと呼ばれた少女を見る。
こちらは少年――真田宗太よりも更に幼く見える外見に光を映さない瞳であさっての方を向いて頷いている。

「ひなた、そっちじゃなくてこっちだから」

宗太の声から大よその場所を察したのか、少し慌てて顔の向きを変え、何事も無かったかのように、

「も、勿論、分かってましたよ! 今のは別に頷いた訳ではなくてですね。
 そう! ちょっと眠たくて舟を漕ぎそうだったんです! 決して間違えたわけではありません」

「分かった、分かったから。ただ、この場合は舟を漕ぐ方が問題あると思うんだけれど」

「はうっ!」

宗太の言葉にそうだったと頭を抱えるひなたに苦笑を漏らしつつ、宗太は海鳴行きの切符二枚を手に取るのだった。



海鳴市にある居酒屋の一角。
そこには今、三人の男女が顔を合わせていた。
美味そうに酒を飲み干す女性を呆れたような顔で見遣りつつ、恭也はコップを置いたのを見て口を開く。

「とりあえず、居酒屋に呼び出すのはどうかと思うんですが。
 俺は兎も角、美由希は学生ですし」

「恭ちゃんも学生だし未成年なんだけれどね」

恭也の言葉に隣に座っている美由希がすかさず突っ込むも、恭也はそれを無視する。
二人の対面に座る女性、リスティは悪びれた様子を見せもせず笑顔を返す。

「まあまあ、そう言うなよ。むしろ、こんな所で仕事の話をするなんて誰も思ってないだろう。
 という訳で、これが今回の事件の詳細が入った書類」

言ってテーブルの上に書類が入っていると思われる封筒を無造作に置く。
それを受け取りつつ恭也はリスティに目で促す。

「依頼したいのは……。ああ、ちょっと待ってくれ。
 お姉さん、お酒追加ね。恭也と美由希は?」

リスティの言葉に未成年ですからと言って断り、話の続きを促す。
だが、肝心のリスティは酒が来るまで待てと言い放ち、摘みに手を付ける。

「二人も遠慮しないで食べなよ」

リスティの言葉に美由希が恭也の方を向き、恭也が頷いたのを見て箸を伸ばす。
恭也の方も焦っても仕方ないとばかりに箸を手に取り、暫し普通に食事が進む。
ようやくリスティの酒が届き、ご機嫌でそれを一口飲むとようやく話し始める。

「ああ、話を聞いてくれれば、そのまま食べてて良いよ。
 さて、依頼内容なんだけれど、ここの所騒がれている連続密室殺人事件、これを担当してもらいたい」

「その犯人が予告状でも出して、その人物を護衛するんですか?」

「いや、違う。どうも上の連中はムーンチャイルドの仕業だと決定したみたいでね。
 そうなると普通のおまわりさんたちではどうしようもないって訳。
 そこで二人に頼みたいんだよ」

「戦う事なら兎も角、そういった捜査などは得意ではありませんよ」

恭也の言葉にリスティは分かっていると笑って返し、酒に口を付ける。
喉を潤すため、恭也もコップを手に持ち、こちらはジュースだが同じように口にする。
互いにコップを置くと、リスティの方が話し始める。

「捜査に関しては特課がこちらに来てしてくれる」

「特課……ムーンチャイルドで構成された警察組織ですね」

「まあね。来るのは二人。真田宗太と立花ひなただ。
 宗太の能力はステータスTと高くないけれど、ひなたの方はステータスVらしい。
 流石に詳しい資料はもらえなかったけれどね。多分、近いうちに顔見せしてもらうからその時はよろしく」

「了解しました。それで、他に何か聞いておくことは?」

「うーん、事件の詳細は渡したやつに書いているし、基本的に犯人を捜すのはその二人がやってくれるから。
 まあ、恭也たちの出番は後になるかな。ただ、出来る範囲で動くのを止めたりはしないよ」

そう言って話を締め括ると、仕事のお話はお終いとばかりにコップの中身を一気に呷る。
小さく笑みを浮かべながら、恭也は箸を手に取り、ピタリと動きを止める。

「美由希、お前一人で全部食べたのか」

「……んぐんぐ。ふぅ、えっと食べちゃったけれど」

「そうか、さぞかし美味かっただろうな」

「うん、美味しかったよ」

「そうか、そうか」

静かにそっと頭に置かれた手。
だが、決して褒めるためではないのはその前の会話から分かりきっている。
ゆっくりと力が込められるその前に、リスティが笑いながらメニューを投げてくる。

「ほら、ここは僕の奢りなんだからまた頼めば良いだろう」

「命拾いをしたな、美由希」

「リスティさん、ありがとうございます」

「いやいや、折角の兄妹のスキンシップを邪魔しちゃったけれど、流石にここでは勘弁してくれ」

リスティの言葉に恭也と美由希は無言でメニューを覗き込み、それを見てリスティはまた可笑しそうに笑う。
まだ可笑しそうに口元に笑みを浮かべて酒を飲むリスティを見ない振りをして、恭也は店員を呼ぶと、

「これとこれとこれとこれをお願いします」

「あ、後、これとこれとこれも。それと飲み物も追加で、オレンジジュースと烏龍茶を」

遠慮なく追加注文する二人を前に、リスティの笑みが少しだけ引き攣り、それを見て二人は小さな笑みを見せ、

「「ごちそうになります」」

そう爽やかに告げるのだった。



「宗太さん、今何が起こったんですか」

目の見えないひなたが驚きの声を上げた宗太に尋ねる。
時刻は深夜と言っても差し支えのない時刻。
場所は人気のない神社へと続く階段のすぐ傍。
そこで事件の捜査を行っていた宗太はある現場を目にした。

「車に惹かれそうになった猫を助けた女性がいるんだ」

「そうだったんですか。それは凄く良いことですね」

「ああ。だけど、彼女はアルテミスコードを、能力を使ったんだ。
 その能力が何なのかは詳しくは分からないけれど、見た感じだと空間を入れ替えたんだと思う。
 自分の周りの空間と猫の居た空間を」

「それって……」

「ああ。彼女の能力がどれぐらいの範囲まで有効なのかは分からないけれど、密室を覆す事はできる」

宗太とひなたが話している間に女性は助けた猫を放し、ゆっくりと二人の方へと振り向く。
その後ろから一人の男性が近づき、何かを話している。
二人の視線が宗太たちを捉え、

「ひなた、とりあえず話を聞こう」

「そうですね」

二人の下へと歩き出す宗太たちを少し警戒するように身構える。

「少し話を聞かせてもらいたいんですが」

宗太の声に答えたのは男性の方であった。

「そうか、こちらも聞きたいことがあったんだ。
 こんな時間に何故、こんな所にいるんだ?」

宗太が尋ねるよりも先に男性、恭也がそう訪ねてくる。
捜査の事は一般人には秘密なので言葉を濁していると、恭也は目付きを細める。

「何か言えない事情でも?」

互いに顔を知らぬままに出会ってしまった二人。
これもまた運命の悪戯だろうか。



「なっ! 恭也さんの周りで銃弾が止まった?」

宗太が驚きの声を上げたように、恭也の周囲で弾丸がピタリとその動きを止める。
驚く宗太と違い、美由希はさも当然とばかりに頷いている。

「あれが恭ちゃんの能力。ひなたちゃんの重力制御と同じく高ランクに位置づけされている時間制御。
 自分の周辺三メートルの時間を自在に操る能力だよ。今、恭ちゃんの周りの時間は止まっているの」

美由希が説明する中、恭也は弾丸の向きを指先で180度変える。
その上で止まっていた時間を動かすと、弾丸は当然ながら動き始め、撃った本人へと向かっていく。
残った者たちはそれならばと美由希たちへと銃口を向けて躊躇わず発砲する。
宗太が自身の自分の見ているものを他人に見せることができるという能力でひなたの視力を確保し、
ひなたの重力制御により周辺の銃弾を全て叩き落す。
だが、これはひなたの周辺までが有効範囲で、ひなたの後ろにいる宗太は守られるが、
前に居る美由希にはその限りではない。
気付くのが遅れた宗太が後悔するよりも早く、悲鳴が上がる。
ただし、それは美由希ではなく男たちのものだったが。

「これが私の能力。宗太くんよりも上で恭ちゃんよりも下のステータスU。
 空間操作能力。自分の周辺の空間を任意の空間と入れ替えるだけ。
 でも、使い方次第では今見たみたいな事もできる。どちらにせよ、犯人を特定するような能力はないんだよね。
 という訳で、犯人を暴くのは宗太くんに任せるから。私と恭ちゃんは護衛って事で」

頼もしい護衛に宗太は頼もしさを感じ、ひなたが少しだけ拗ねたように宗太の服の裾を掴む。
それを微笑ましく眺めながら、恭也と美由希は襲撃してきた者をしっかりと捕縛するのだった。



「よくよく考えれば、ひなたと恭也の能力が干渉し合うとブラックホールが出来るかもね」

お気楽な口調で話すリスティに当の本人たちは慌てて事実かどうか尋ねる。

「さあ? 単なる思い付きだから、実際はどうかまでは。
 時間と重力を狂わすという点では似たようなもんじゃないか」

あくまでもお気楽なリスティと違い、その能力の持ち主である恭也とひなたは少し考え込む。

「だとすれば、俺とひなたさんの能力範囲が重なるような場合は……」

「そ、そうですね。万が一のためにも、どちらか一方が能力を使用しないようにしないと」

深刻に相談し合う二人を見て、発言者はあくまでもお気楽という態度を崩すことなく、

「ムーンチャイルドってのも色々と制約があるんだな」

「それはそうですよ。そう言った意味ではリスティさんの超能力の方が使い勝手は良いかもしれませんよ」

「これはこれで相当疲れるんだけれどね」

そう言って笑うリスティを意味が分からずに宗太は眺めるのだった。



恭也が小太刀を振るえば、何故か周りを囲んでいた男たち全員が斬られる。
二十人は居たと思われる男たちが残らず同時に斬られる現象を目にして、
宗太はすぐに恭也の隣に立つ美由希も何かしたのだと気付く。
だが、その原理までは分からないでいる宗太に美由希は笑って教えてあげる。

「なのはもムーンチャイルドなんだよ」

言って、美由希が守るように腕の中に抱いていたなのはから離れて肩に手を置く。

「ランクは宗太くんと同じでステータスT、攻撃や凶暴さという面では殆ど力を持たないんだけれどね」

「お兄ちゃんやお姉ちゃんの能力と一緒に使うとこういう事ができちゃうみたいで」

困ったように笑うなのはに視線を転じ、すぐに美由希へと戻す。
それは説明を求めてのものであったが、その説明は美由希ではなく恭也からされる。

「なのはの能力は因果律の操作だ。
 ただし因か果のどちらかしか操作できない上に、色々と制約があるんだがな」

「例えば、鉄砲を撃ってそれが腕に当たる。
 この場合、因が発砲、果が腕に当たるとなってどちらかしか操作できない。
 因の発砲を無かった事にしても、果の腕に当たるだけは残って、腕に痛みを覚える。
 最悪の場合は撃たれたのと同じ症状だけが起こるの。
 とは言え、果を弄ったとしても他の箇所に当たるだけかもしれない。
 あくまでも操作する時点の果は“腕に当たる”だからね」

「そもそも、因を弄るのは相当力を消費するから、それ自体が難しいんだ」

「そうみたいなんです」

恭也と美由希の説明になのはも苦笑を見せる。
だが、と恭也はなのはの頭に手を置き、続きを美由希に説明させる。
もう横着なんだからとぶつくさ言いながらも、美由希も美由希で説明を始める。

「私たち高町三兄妹が揃うと最悪だってリスティさんとかは言うのよね。
 それが今の攻撃方法。これは能力を利用した幾つかある攻撃の一つなんだけれどね」

そう言って説明するということは、原理を知られても問題ないと思っているのか、宗太たちを信用しているのか。
後者だと良いなと思いつつ、美由希の説明に耳を傾ける。
ふと横を見れば、ひなたも同じように興味深そうな顔で美由希の説明に聞き入っている。

「恭也ちゃんが振るった一撃は、同時に合図でもあるの。実際には恭ちゃんの周辺の時間が操作されて、
 今まで振るってきた斬撃とこれから振るうであろう斬撃の幾つかが恭ちゃんの周辺に現れる。
 でも操作出来るのは恭ちゃんの周辺だけ。それだとその弄った時間軸で斬撃のない可能性もある。
 それを私の空間操作で入れ替えるの。斬撃のなかった空間とあった空間をね。
 で、恭ちゃんの周辺に出来た斬撃の空間を私が更に敵の近くの空間と入れ替える。
 これだけだと、斬撃の向きはばらばらな上に距離も結構曖昧なのよね。
 まあ、恭ちゃんが弄った時間内の空間を操作するのに手一杯でそっちまで正確にできないから仕方ないよね。
 だから、本当に適当に入れ替えるぐらいしかできないのよ」

「そこでなのはの能力が意味を持ってくるという訳だ」

「って、説明を取るのなら初めからしてよ。
 どうせなのはの自慢をしたいだけなんでしょう。このシス……」

ほっぺを抓られ、それ以上の言葉を口にする事は出来なかった美由希ではあったが、
宗太はそこからどう続くのか簡単に想像でき、思わず恭也を見る。

「何か?」

「い、いえ! そ、それでなのはちゃんの能力がどのように?」

これ以上、この話は危険だと感じ取り、宗太は話を逸らす、もとい話を戻す。
ようやく解放されて頬を擦る美由希は、続きを促す恭也に文句を言いつつも説明を再開する。

「えっと、どこまで話したっけ? ああ、そうそうなのはの能力からだね。
 なのはの因果律操作により、斬撃が当たるという果だけを持ってきてるんだよ。
 それにより、ばらばらな上に適当というか大体の位置に配置された斬撃はちゃんと敵の方を向くって訳」

「へぇ。あれ? でも、それなら先程の説明で果を当たらないって弄れば」

「ほう、そこに気付いたか」

宗太の言葉に感心したような声を零し、恭也は続けて説明を始める。

「正確には当たるという果を持ってきているのではなく、斬撃がはずれるという果を弄っているんだ」

「ああ、そういう事ですか」

納得する宗太とひなたに恭也は意地の悪そうな笑みを浮かべ、

「まあ、大体の理論は美由希の言うとおりだが、詳しい事は流石に秘密だ」

そう付け足すのであった。



ゆっくりとだが確実に犯人に近づく恭也たち。
その動機は、一体何者なのか。

Kaguya Hearts







さーて、来週からも頑張るぞ。

美姫 「きりきりと書いて欲しいものね」

そう言うなよ。これでも努力は……。

美姫 「そこで言い切らない辺りが現実を見ているわね」

いやいや、ちゃんと努力してるって。

美姫 「はいはい。さて、少し時間は早いけれど、この辺にしておきましょか」

うぃー。それじゃあ、今週はこの辺で。

美姫 「また来週〜」


5月23日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、やった、ついにやったよ、とお送り中!>



祝!

美姫 「1000万ヒット〜!」

いや、もう本当に言葉も出ないぐらいに感無量です。

美姫 「これも皆さんのお蔭ね」

ああ、そうだな。
皆さんからもお祝いの言葉まで頂いて。
いや、本当に嬉しい限りです。

美姫 「これからも頑張っていきますので」

どうか宜しくお願いします。
とまあ、挨拶も無事に済んだ所で、今週も始めますか。

美姫 「そうね。それじゃ、いきなりだけれどCMで〜す」







見慣れない光景を前に、恭也はただ立ち尽くす。
先程まで自分が居たのは間違いなく自室であったはず。
確認するように目を閉じ記憶を辿るも、やはりその記憶に齟齬はなく、改めて目の前のレンガ造りの壁を見渡す。
円形の部屋の中央に立ち、途方に暮れていると近づく気配を感じる。
この部屋唯一の扉へと正対し、いつでも動ける状態で、けれども自然に見えるように足腰を動かす。
程なくして開かれた扉からは同年代と思しき男女が数人と、肌の露出も多い妖艶な美女が一人。
その集団を代表するべく、その美女が口を開く。
ただし、その口から出たのはやけに間延びする声であったが。

「ようこそ〜、アヴァターへ〜」

呆気に取られる恭也を余所に女性は一人説明を続けていく。
破滅や救世主などの説明がなされた後、ダリアと名乗ったその女性は改めて真剣な顔付きになると、

「という事で、試験を受けて欲しいんだけれど。
 女の子二人は勿論として、そっちの男の子も大河くんという例もあるから受けて欲しいんだけれど」

そう言って恭也たち三人を見る。
対して、恭也たちは顔を見合わせる。
二人の女性は恭也に全て委ねるとばかりに沈黙し、恭也はダリアの提案を受け入れる。
途端、赤毛の少女から鋭い殺気にも似た空気が流れるも、
それに反応するよりも先にこの場にただ一人の少年――大河が女性二人を口説くように手を握ろうとし、
残る少女たちに殴られていた。
そういうちょっとした出来事がありつつも、恭也たちは試験のために闘技場へとやって来る。
既に入り口で待っていたこの学園の学園長と挨拶をし、三人は闘技場の中央へと向かう。
生徒たちが観客として見守る中、恭也は僅かに顔を顰める。

「まるで見世物だな」

そんな恭也の呟きに両隣に立つ女性たちも小さく笑う。
これから戦わなければならないというのに、やけに落ち着いている三人に学園長のミュリエルは対戦相手を選ぶ。
ミュリエルはダリアへとゴーレム二体とワーウルフ三体の指示を出す。
それに驚く大河たちを無視し、ミュリエルの視線は得たいの知れない三人から外れる事はなかった。
いや、外す事ができなかった。
恭也たちは現れた敵を見て、すぐさま行動に移る。
向かってくるワーウルフの一体を恭也が持っていた小太刀で首を刎ねれば、
髪を肩位置で切り揃え、後ろの一房のみ腰まで伸ばした女性が恭也へと向かう二体の前に立ち塞がり、
静かに右手を翳す。

「恭也様には指一本触れさせません」

その言葉が示す通り、ワーウルフたちはまるで何かに弾かれるように吹き飛ばされる。
それでも体勢を整え、四つん這いになって体勢を整える。
だが、その時には既に恭也たちはワーウルフの背後へと移動しており、
恭也の小太刀と女性の右手から伸びた、薄い金色のまるで刃物のように尖った何かで首を落とされる。

「何よ、あれは!? 魔法が使えるの!?」

「確かに魔力のようなものを感じますけれど……」

観戦していた赤毛の少女リリィの言葉に僧侶の少女ベリオが不思議そうな顔をして答える。
そんな中、リコとミュリエルは無言で恭也たちを注視している。
試合の方は速さに劣るゴーレムが恭也たちを攻撃に範囲に捉え、その巨大な腕を力任せに振り下ろす所だった。
もう一体は攻撃をしたゴーレムよりもまだ後ろをこちらに向かって歩いてきている所で、
後ろへと飛べば躱す事はそう難しくはない。
だが、恭也たちは避ける動作を見せる事なく、ただその場に立ったままである。
悲鳴やどよめきが見ている者達からも上がる中、今まで一切攻撃をしなかった膝まで髪を伸ばした女性が始めて動く。
動くと言っても、ただ無造作に右手を頭上へと伸ばしただけだが。
だが、その手でゴーレムの巨体が繰り出した攻撃を平然と受け止めて見せる。

「全くもって不可解じゃ。力は確かにあるが、スピードが全くない。
 これでは攻撃を当てる事など出来んのではないか。のう、恭也」

「まあ、そう言うな。今回は組み合わせが悪かったんだろう。
 どうもあの狼に似た奴はスピード重視みたいだったしな。
 本能のままに敵に向かうだけだったのも問題と言えば問題だったが」

「それよりもアルシェラさん、さっさとソレを何とかしてくださいませんか。
 沙夜は早くこのような事は終わらせたいのですが」

「それは余とて同じじゃ。折角の休日で、これから恭也と出掛けるという時にこのような面倒事に巻き込まれるなど。
 全くもって遺憾じゃ。と言うわけで、木偶人形にはちと悪いが、少々ストレス解消させてもらおうか」

そう言って笑うとアルシェラは無造作にゴーレムの手を掴み、その巨体を投げ飛ばす。
巻き上がる土煙にも頓着せず、両手に魔力を集める。
その膨大な量に放電現象が起こり音を立てるのも意に返さず、その魔力の塊をゴーレムにぶつける。
耳をつんざく轟音を響かせ、ゴーレムの巨体がばらばらに砕け散る。

「ふむ、これで少しは解消できたな」

「それでしたら、沙夜も解消すれば良かったですわ。
 でも、沙夜はあくまでも恭也様のためを第一にしていますから、自分の欲求よりも恭也様を優先しますわ」

「お主、何が言いたい?」

「別に。ただ、試合に勝っても意味がないのにこんな勝ち方をしてしまえば、
 果たして恭也様が望む救世主クラスに入れるのかしら。
 これだから後先考えない人は、だなんて少しも思ってませんわ」

「ほほう、中々面白い事を」

まだゴーレムが一体残っているというのに、アルシェラと沙夜はまるで互いを敵だと言わんばかりに睨み合う。
その光景を見慣れてはいるが、慣れたいとも思わない恭也が間に入って止める。

「とりあえず落ち着け、二人とも。
 別に俺は今の二人の行動に関して特に問題とは思ってないから」

恭也の言葉に勝ち誇るアルシェラと、大人しく引き下がる沙夜を見てそっと息を吐き出す。
二人が本気で喧嘩なんてすれば、周りにどれだけの被害が出るか分かったもんじゃない。
最悪の事態は避けれたと恭也が安堵したとしても、それを誰も責める事は出来ないだろう。
まあ、その間に残るゴーレムが攻撃のモーションに入っていなければだが。
力があるのは分かったが、油断のし過ぎだと慌てて飛び出そうとする大河たちと違い、
恭也たちは至って冷静であった。
そもそも敵を前にして油断などしていたら、それこそあの家では洒落にならないのである。
ちゃんとゴーレムの動きを把握した上で言い合っていたのだし、対処方法も既に考えている。
故に恭也は慌てる事なく先程まで使っていた小太刀を仕舞うともう一刀を抜き放ち、
空いている左手を沙夜へと伸ばす。

「アルシェラ、沙夜」

短い言葉というよりも、単なる呼び掛け。
だがそれだけで充分とばかりにアルシェラも沙夜も自身の成すべき事を間違ったりはしない。
アルシェラの姿が薄れ、その身が恭也が手にした小太刀へと消える。
一方で沙夜はその身体が光に包まれ、それが収まるとその身が人から小太刀へと変化していた。
その事態を目の当たりにして飛び出そうとしていた大河たちの動きが止まる。
ミュリエルでさえも目を見開き、驚きをその顔に見せる中、
恭也は振り下ろされるゴーレムの拳にニ刀を重ねるように十字にして叩きつける。
恭也の放った雷徹がゴーレムの拳に皹を入れ、同時にアルシェラからは雷が、
沙夜からは炎が吹き上がり、その一撃の威力を更に高める。
ゴーレムの腕を完全に破壊すると、そのまま間合いを詰めてゴーレムの両足を同様に破壊すると、
両足を失い倒れるゴーレムの下に潜り込み、頭を下に加速させて投げ飛ばし、
完全に沈黙したのを確認してようやく小太刀を納める。
再び恭也の両隣にアルシェラと沙夜が姿を見せても闘技場は沈黙したままである。

「試験とやらはこれで終わったんじゃないのか」

「どうなんでしょう」

「とりあえず、あの女の所に戻れば何らかの反応があるじゃろう。
 ほれ、行くぞ恭也」

引っ張るように恭也と腕を組みミュリエルの元へと歩き出すアルシェラ。
それを沙夜が黙って見ているはずもなく、文句を言おうとして他にいつものような邪魔する者がいないのを思い出し、
アルシェラとは逆の腕を取ると腕組みする。
満足そうな二人とは対照的に、恭也は人前ともあり少し恥ずかしい思いをしながらも少しでも人目のない所へ、
とばかりに足早に歩く。ようやく、事ここに至り観客たちがざわめきだし、その歓声が徐々に大きくなっていく。
喧騒に包み込まれ始めた闘技場を背に、恭也たちがミュリエルの元に戻れば、何か聞きたそうな顔を逆にされる。

「とりあえず試験というのを受けましたが……」

「そうですね。ただ、この試験は敵を倒すのではなくて召還器を呼ぶのが目的のものなんですが……。
 それよりも、そちらの二人は……」

「アルシェラじゃ」

「沙夜と申します」

「不破恭也です」

ミュリエルの質問に二人が名乗れば、恭也も自ら名乗る。
それにつられるようにミュリエルも思わず名乗り、そうじゃないと頭を振る。

「そうではなくて、その二人は人ではないのですか」

「……何を持って人とするんですか?
 もし人じゃないとしたら、それがどうかしましたか?」

やや冷たさの感じる恭也の声にミュリエルは思わず呑まれ、すぐに失言に気付いたのか三人に頭を下げる。

「分かってくれたのなら構いません。
 簡単に説明するなら、アルシェラは神族と魔族の性質を持った高位精霊で、沙夜は高位精霊です」

恭也の説明に恭也の世界に興味を持ったのか、何人かが何か聞きたそうな顔を見せるも、
恭也は自分たちの扱いに関して尋ねる。結果として召還器は手に入れる事ができなかったものの、
その戦闘能力は手放すのが惜しいと判断し、ミュリエルは例外的な処置として恭也たちを救世主クラスへと入れる。
そのの事に意を唱える者もいたが、学園長の決めた事という事で強くは反対できなかった。
こうして恭也たちの異世界での新たな日々が幕を開ける。



「今まで見たいに周囲を必要以上に警戒する必要がないのは嬉しいですね」

「沙夜、気を抜くなとは言わないが、警戒を怠るのはどうかと思うぞ。
 学園の中だから絶対に安全とは言えないんだから」

何処からか仕入れてきた日本茶に良く似た飲み物を二人して飲みながら、恭也と沙夜はそんな事を話す。
恭也の言葉に沙夜は分かっていますと答え、その口元をそっと隠すようにして腕を持ち上げて小さく笑う。

「本当に、ここには美由希さんたちが居ないから恭也様に近づく女性を警戒しなくても良いので助かります。
 それだけでも、異世界に飛ばされた意味は大きいですわ」

「何か言ったか、沙夜?」

「いいえ、何にも。それよりも、お変わりは如何ですか?」



「初めにお主らにこれだけは言っておくぞ。
 余は恭也のもの、恭也は余のものじゃ!」

「アルシェラ、お前はまたそんな事を」

教室に入るなり偉そうに発言するアルシェラと呆れる恭也。
アルシェラの偉そうな態度も、纏う威厳からか特に反感らしきものもなく、
いや、その発言が発言だっただけに呆気に取られているのかもしれないが。
ともあれ、呆れて見せる恭也にアルシェラは拗ねたような怒ったような表情を見せる。

「何じゃ、事実を言ったまでではないか!
 折角、美由希らが居らぬのじゃ。今の内に釘を刺しておくに限るじゃろう。
 さもないと、お主の事じゃからここでも元の世界と同じような状況になり兼ねんからな」

「どういう意味だ、それは?」

「お主は分からずとも良い。まあ、余は心が広いから沙夜ぐらいは許してやろう。
 あれもお主の剣である事だしの。だが、それ以外の者は……」

後半部分は恭也の耳に届かなかったのか、恭也は分からなくても良いと言われて素直に納得するのであった。



「恭也の敵と……」

「恭也様に近づく女性は……」

「余の敵じゃ!」「沙夜の敵です!」

あの二人がアヴァターでも大暴れ。
とらハ学園 X DUEL SAVIOR
タイトル未定 近日…………?







美姫 「あのさ?」

なに?

美姫 「いやいや、ここでネタに走っている暇があるのなら、とらハ学園の続き書かない?」

……だよな。いやいや、ついつい思いついてやっちましました。
しかし、こうやって久しぶりにこの二人を書いたけれど、いやー楽しいな。
本当にそろそろ更新しないとな。そう思いつつも、やはり先にクロスを〜、ってな感じになってしまっている。

美姫 「はぁぁ」

まあまあ。ちゃんと続きも書くから。

美姫 「まあ書かなかったら、その時は……うふふ♪」

ぜ、絶対に書こう、うん。
だから、気長に待っててください。

美姫 「はいはい。さーて、それじゃあ、そろそろ時間かしら?」

だな。それじゃあ、今週はこの辺で。

美姫 「また来週〜」


5月16日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、冷え込んだり暑くなったり大変だ、とお届け中!>



いやー、何か最近は急に冷え込んだな。

美姫 「本当よね。でも日中はまた暑くなってきているわよ」

本当に、まるで体調を崩せと言わんばかりの気候だな。

美姫 「皆さんも体調には気を付けてくださいね」

うんうん。何をするにも身体が資本だからな。
ゴホゴホ。そんな訳で俺はもう休むとします。

美姫 「はいはい、仮病は良いからね」

オウ! ソンナウタガッテバカリハNoデスヨ。

美姫 「もし何でもなかったら分かってるわよね?」

さて、今日も元気に行ってみよう!

美姫 「全く、毎度の事ながら疲れるわね」

それはいかんぞ美姫!
もしかしたら風邪かもしれない。ほら、暖かい格好をしてすぐに横になるんだ!

美姫 「単に私を追い出そうとしている風にしか見えないんだけれど?」

あ、あははは。ソンナコトハナイデスヨ。

美姫 「しかも、暖かい格好でどうしてメイド服が出てくるのかしら?」

メイド服は万能です!

美姫 「思い切りアンタの趣味でしょうが!」

ぶべらっ!
だが、まだだよ、まだ倒れんよ。

美姫 「良いから寝てろ!」

ぶぎゅぅ〜。

美姫 「それじゃあ、CMで〜す」







天然の真珠が昔は取れたという言い伝えから島の名前が付いたとされる、約五キロ四方の珠津島。
三万人近い人口を持つ自然の多く残るこの島に建っている修智館学院は、全寮制の学院である。
広大な敷地を誇る学院へと転入してきた支倉孝平は、紆余曲折を得て、
生徒会の一員として忙しくも充実した日々を過ごしていた。
だが、副会長の千堂瑛里華の恋人となった日から更なる騒動へとその身を投げ出す事となる……。



「伽耶を説得できるかもしれない人が一人だけいるわ」

クラスメイトにして、瑛里華の母親伽耶の眷属たる紅瀬桐葉の言葉に孝平は考え込んでいた顔を上げ、
今にも掴みかからんばかりの勢いで距離を詰める。
瑛里華を自由にする為にも伽耶の説得は必須で、しかし相手はこちらなど歯牙にも掛けないのだ。
だが、それが本当ならこの状況を変える事が出来るかもしれない。
その可能性が出て来たとあり、孝平はいつしか桐葉の肩を痛いほど握り締める。
孝平の勢いに少し押されつつもいつもの如く落ち着いた仕草で孝平を引き離し、桐葉はゆっくりと口を開く。

「別に教えてあげる義理とかもないんだけれどね」

そう言って皮肉げに唇を歪ませ髪を掻き揚げる。
そんな態度に腹を立てることもなく、ただ孝平は頭を下げて頼み込む。
軽くからかったつもりでそこまでさせるつもりはなかったため、少しだけ慌てた様子で早口に捲くし立てる。

「私は伽耶の元に行くし、まあ一応色々と世話らしきものも受けたから特別に教えてあげるわ。
 それに伽耶のためでもあるしね」

そう前置きをすると孝平に頭を上げさせ、桐葉は自分の知っている事を話し出す。
今度こそ真面目に。

「伽耶にはもう一人、私以外の眷属がいるのよ。
 私と同じく記憶を消された人がね。彼の言葉なら伽耶も一考するかもしれないわ。
 ただし、彼がちゃんと伽耶との約束を果たせれば、だけれどね」

「それは誰なんだ? それに約束って?」

「それは言えないわ。約束に関してはその人が自分一人の力で果たさなければ意味がないものだもの。
 ただヒントだけはあげるわ。その人もこの学院にいるわ。後は自分で何とかしなさい」

そう言い残すなり桐葉は孝平に背を向け、人の力ではあり得ない高度まで大きく跳躍すると、
その姿を木々の向こうへと消し去る。
桐葉の立ち去った空を呆然と見上げながら、孝平は自分に気合を入れ直すように頬を数度叩き、
自らを鼓舞する。

「大丈夫だ。眷属の特徴は分かっているんだから、きっと見付けられるはずだ」

とりあえずは今後の行動を相談しようと携帯電話を取り出して瑛里華へと電話を入れるのだった。



孝平の前から立ち去り、伽耶の元へと疾駆しながら桐葉は昔を振り返る。
そう遠い昔ではないけれど、最近の事でもないそんなあの日。
もう何度と繰り返された鬼ごっこが今回も終わり、
けれどいつもと違い、何の気紛れか桐葉の記憶を消さなかった伽耶と二人で島の外へと出たのは。
伽耶と二人で立ち寄った先で知り合った一人の人間。
色々とあり、自分の知らない間に伽耶と恋仲にまでなるという偉業をなした無愛想な男。
記憶を取り戻した今なら、はっきりとその時の事を思い出せる。
好きと言ったその言葉を信じられず、それを、あの男の愛を試した伽耶。
そこまで言うのなら、見つけ出してもう一度同じ事を言ってみせろと言い、男を眷属にしたのだ。

(本当は信じ掛けていたくせに、誰よりも自分が信じたいと思っていたくせにね)

知らず口元に笑みが浮かぶ。
それは悲しみの混じったものであったが、それを見咎める者はここにはいない。
笑みを貼り付けたまま、桐葉の思考は再び過去へと馳せる。
眷属にして最初にしたのは記憶を消す事であった。
その上で自分を探し出すように命令した。
伽耶は暇潰しだと言っていたけれど、あの時の目には何処か祈るようなものがあったのは間違いない。
勿論、それを口に出すような事はしなかったが。
こうして自分と同じ境遇に置かれた男を適当な地で放り出し、二人は再び島へと戻ったのだ。
ただし、桐葉は本当に伽耶が真っ直ぐに島に帰ったのかは知らない。
何故なら、その途中で自分もまた記憶を消され、いつものように探し出すように命じられたのだから。
誰を探すのかも分からない鬼ごっこを再び始めるために。
昔を思い返していたからか、気付けば桐葉は伽耶の屋敷の庭へと戻って来ていた。
特に呼吸も乱れておらず、それを見て長距離を走ったとは誰も思わないだろう。
それでもやはり重力の枷から逃れる事までは出来ず、少し乱れた髪を申し訳程度に整えると、
桐葉は屋敷の入り口へと向かい、その途中で足を止めて一度だけ学院の方へと振り返る。

「もう一度、貴方の想いを伽耶にしっかりと伝えてあげて、き――」

まるで何かを願うかのように開かれた唇が小さく呟いた言葉は、突然吹いた風にかき消され、闇の中へと溶け込む。



六年のクラスが並ぶ廊下を歩く一人の男子生徒。
その生徒の後ろから小柄な女子生徒が走り寄って来る。

「きょうやん、ちょいと待った!」

「悠木、何か用か」

「うん、ちょっとお手伝いを募集中なんだよ。
 本当は私だけでも充分出来るはずだったんだけれどね、ちょっと寮の方で急用ができちゃってね。
 で、手伝ってくれる人を探していたら、きょうやんが見えたって訳だよ。という訳で」

「分かった、手伝おう。で、何をすれば良いんだ?」

「おお、流石きょうやん。
 ヒナちゃんが居なければ嫁に貰ってしまいそうなぐらいだよ」

「俺が嫁なのか。と、冗談は良いからさっさと済ませてしまおう」

言って男子生徒が悠木かなでを急かすと、かなでは少し遠慮がちな顔で顔を覗き込む。

「もしかして何か用でもあった? だったら無理しなくても良いよ。
 こーへーやへーじを使うから」

「いや、特にこれといった用でもないから気にするな」

「そう? それなら良いけど。それじゃあ、さっさと終わらせるとしましょう!」

言ってかなでは先導するように歩き出す。
その後ろに続きながら、男子生徒――恭也は窓の外へと視線を向ける。

「今度こそ見つかるような、近くに居る気がする。
 そうすれば、きっとこの胸のもやもやしたものも消えると思うんだが……」

人に話したら笑われるような曖昧な、本当に探しているのかと言われるような探し人。
記憶にはないけれど絶対に探し出さなければいけない事だけは覚えている、
命令されたからとかではなく、自らの意思がそう告げている誰か。
その顔も思い出せない誰かを思い、知らず足を止めていた恭也はかなでの声で我に返ると少し足早に後に続くのだった。

再会の時はもうすぐそこに――

FORTUNE HEART







それにしても、日中は本当に暑くなったよな。

美姫 「もうすぐ夏なのね」

はぁ、毎度言っているが憂鬱だ。

美姫 「気合で頑張りなさい」

それで本当に暑さを感じないのなら、幾らでも気合を入れるさ。

美姫 「既にだれてどうするのよ」

がんばるぞ〜、お〜。

美姫 「いやいや、全くやる気ないし」

まあ、何はともあれSSの方は頑張らないとな。

美姫 「その意気、その意気」

さて、それじゃあそろそろ時間だな。

美姫 「そうね。今週はここまでね」

それじゃあ、今週はこの辺で。

美姫 「また来週〜」


5月9日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、休み明けってだるいよね、とお送り中!>



長いお休みも終わり、また日常へと。

美姫 「ゴールデンウィーク中は天気が良かったわね」

だな。とは言え、夜に降った所もあったけれど。
まあ、概ね良い天気だった。

美姫 「さて、それじゃあ気分を入れ替えて頑張っていくわよ!」

おー!
とは言え、とりあえずは一つ長編が終わってほっと一息って所なんだがな。

美姫 「でもまだまだ長編があるでしょうが!」

だな。これから他の長編を更新していくぞ〜。

美姫 「その心意気が何処まで持つかよね」

あははは。24時間持てば良い方だよな。

美姫 「自分で言うな! と言うか、短っ! あんたのやる気、長続きしなさすぎよ!」

24時間戦えませんから!

美姫 「いやいや、戦わなくても良いからやる気ぐらいは長続きさせてよ!」

おいおい、俺のやる気はとっても固いだぞ。
そう、真夏の炎天下に置いておかれた氷のように!

美姫 「それ、すぐに溶けるじゃない!」

もしくは、真夏の昼間に蒔かれた水のごとく!

美姫 「すぐに蒸発するわよね!」

かように俺のやる気は長くは持たないと。

美姫 「自分で言っちゃたわ、この人!」

益々、パワーアップした俺をこうご期待!

美姫 「期待できないし、明らかに駄目な方にパワーアップしてるわよ!」

あははは、褒めるな、褒めるな。

美姫 「褒めてないから!」

にしても、美姫も突込みが上手くなったもんだ、うんうん。

美姫 「そりゃあ、アンタが馬鹿な事ばっかり言うからね」

良いことだよ。

美姫 「そうなのかしら。まあ、それはそれとして……」

な、何か不穏な空気を感じるんですが。

美姫 「気のせいよ」

か、身体が震えるのも気のせいでしょうか?

美姫 「ええ、気のせいよ。そう、例えるのなら真夏の夜に怪談をしたまでは良かったものの、
    部屋に帰って一人になった真っ暗闇に浮かび上がる刀を構えた私ぐらいに気のせいよ」

それって滅茶苦茶怖いシチュエーションな上に、気のせいでもなんでもないし!
構えたってはっきり断言してるじゃないか!

美姫 「気のせいだって。そう、例えばヤンデレを真似して、
    過程はいらないから最後の部分だけ演じたいとか言って、包丁を手にアンタに近づいたりとか」

いやいや、過程は大事だよ!
と言うか、その時点で既にやる気満々ですよね!
しかも、これまた間違いなく気のせいでもなんでもないし!

美姫 「気のせいだって。だって、散々やられた仕返しとばかりに、今まさに懲らしめようと臨戦態勢とか♪
    それぐらいに気のせいよ♪」

全然これっぽっちも気のせいじゃないっての!
と言うか、今、まさに俺、ピンチ!?
ぐぎゃらぼぎょぉぉぉぉっ! のぉぉぉぉぉっ! ぶべらぐぎゃおぉぉぉぉっ!

美姫 「くすくす。気のせい、気のせい♪ それじゃあ、CMにいってみよう♪」







「武お兄ちゃ〜ん」

そう言って抱きついてきたのはショートな黒髪に少しつりあがった目をした10歳ぐらいの活発そうな女の子。
武の腰に抱きついて来た少女は言葉の通り、まるで兄に甘えるように目を細める。

「……え、えっと。君は……」

見たこともない少女に抱きつかれて戸惑う武をよそに、少女はただ楽しそうに武に抱きついたままである。
こんな所を他の者に見られたらどんな噂が流れるか分からない。
幾ら、ここがセキュリティレベルの高いフロアとはいえ無人ではないのだから。
瞬時にそう判断して少女を引き離そうとするよりも早く、最も見られたくない一人が後ろから声を掛けてくる。
それも振り返らずともその顔が簡単に想像が出来る程、声を弾ませて。

「白銀〜、アンタ幾らここが人の来ないフロアだからって幼女を連れ込むのはどうかと思うわよ。
 それにしても、アンタがそっちだったとはね。道理であれだけ周りに居ても見向きもしないはずだわ」

「ちょっ、夕呼先生誤解ですってば!」

からかわれていると分かっていても否定しなければ後で何を言われるか分からないからこそ、
武はすぐさま夕呼の誤解を解く為に現状の説明を始める。

「そもそも、俺がここに来たら行き成り抱き付かれたんですよ!」

「……白銀が連れてきたんじゃないの?」

「違いますって!」

鋭い眼差しで武を見据えてくる夕呼に対し、武は僅かに引きながらも否定する。

「白銀、アンタ分かってないのか忘れているのかは知らないけれど、
 このフロアのセキュリティレベルは決して低くはないのよ。
 もし、アンタの言うとおりに初めからこの子がここに居たのなら、誰が連れて来たのかという問題が出てくるのよ」

「あ……」

「あなた、一体何処から入ったの」

詰問するように少女へと詰め寄る夕呼をよく分かっていないのか、首を傾げて見返す。
そこには何かを企んでいるというようなものはないのだが、それでも用心深く夕呼は少女を観察する。

「あなた何者」

率直にそう問い掛ける夕呼に対し、少女は屈託なく笑い返すだけで質問の意味をよく理解していない。
疲れたように、またやり難そうに顔を顰めると夕呼はとりあえず研究室へと連れて行く。

「白銀、万が一の時はアンタが止めるのよ」

「分かってますよ」

外見だけで侮るつもりはなく、夕呼は万が一を想定しつつも研究室へと連れて行く。
部屋へと入るなり霞へと連絡を入れ、隣の部屋で待機させる。
その上で改めて少女と向かい合う。

「さて、それじゃあ、どうしてここに居るのか教えてもらいましょうか」

「武お兄ちゃんに会いにきた!」

今度の質問は意味が理解できたのか、即座に答えが返ってくる。
その言葉に夕呼は視線を武へと向けるも、武の方は本当に少女が誰なのか分からないという顔をしてみせる。

「どうやってここに入ってきたのかしら?」

「うーん、誰かに呼ばれたような気がしたんだけれど、気が付いたらここに居た」

「呼ばれた? 誰に?」

「分からない」

にこにこと笑顔を見せたまま断言する少女に夕呼は額を押さえ、知らず溜め息を零す。

「……はぁ、全く話にならないわね」

夕呼は机に置かれている電話を操作し、何処かへと連絡を入れる。
怪しいことこの上ない少女だが、流石に営倉などは可哀相だと武が思わず庇うのを冷めた目で見遣り、

「本当に甘ちゃんね。でも安心しなさい。まだ行き成りぶち込んだりはしないわよ。
 ただ面倒な手段はもう止めただけよ。もっと直接的な手段でいかせてもらうわ」

夕呼が言い終わるなり部屋の扉が開き、霞が入ってくる。
この部屋に霞が現れた事で何をするつもりなのかすぐさま理解する。
理解して止めようとする武を制するように、夕呼の方が先に武を制する。

「分かっていると思うけれど、時間が惜しいのよ。
 確かにアンタの回収してきた理論のお蔭で4は飛躍的に進んでいるわ。
 でもね、高町という戦力を失ってもいるのよ。それを忘れないで頂戴。
 これ以上、無駄な事に時間は割けないし、この子がスパイじゃないとも言い切れないのよ」

夕呼に言われ武はそれ以上の反論を口にする事が出来なくなる。
そんな武を一瞥すると、夕呼は霞へと合図を送りやって頂戴とただ短く命じる。
夕呼の命令を聞き、霞は少女をリーディングする。
自分が何をされているのか分からず、それでも武の傍でニコニコと笑っている少女。
やがて、ふらつきながらも霞がリーディングを終える。

「白銀、社をそこのソファーまで運んでやって」

「あ、はい」

夕呼に言われ、武は霞を抱き上げてソファーに横たえる。
それを見て少女が自分もやってくれと武に纏わり付いてくるのを何とかあしらい、ソファーに霞を寝かせる。

「大丈夫、社」

「はい。問題ありません」

「そう、なら早速で悪いけれど、分かった事を話して頂戴」

夕呼の言葉に頷くも、霞は信じられないと言う顔で何度か頭の中で話す整理を始める。

「社、整理している所を悪いけれど、まずはこれだけ聞かせて。
 彼女はスパイなの?」

「それはありません」

「そう。では敵ではないという考えで良いのね」

「いえ、それは……」

言い淀むと言うよりも、どう言えば良いのか分からないと言った感じの霞に夕呼はそのまま伝えるように言う。

「彼女はBETAです。ですから、敵ではないと言えるのか……」

「「BETA!?」」

武と夕呼の声が重なり、何処から見ても子供にしか見えない少女を見遣る。
だがBETAと聞かされ、その顔には緊張が。
そんな二人の様子など気にも止めず、少女は武に抱っこと強請るように手を伸ばす。
その手に恐怖を感じたのか、武が思わず後退ると少女は悲しそうな顔になる。

「武お兄ちゃん……」

見た目は少女にしか見えない子にそんな顔をされ、武は罪悪感を抱く。
対して夕呼は冷静に霞へと次なる質問をぶつける。

「どういう事、霞。彼女は新たなタイプだということなの。
 人語を理解し操るBETAなんて……」

「いえ、違います。私にも理由は分かりませんが、彼女は武さんと同じく前の世界からループしてきみたいです。
 原因は武さんをループさせたものと同じだと思いますが、その意図は分かりません。
 何故か人の身になって、武さんを慕っているようですが」

「っ! そ、そんな事があり得るの!?
 確かに白銀の存在自体がその理論を説明はしているけれど、BETAまでもなんて。
 しかも、明らかに人として言葉を理解し、知識まで持っているじゃない。
 救いは敵対意思がないって事ね。これで他のBETAと同じなら……考えるのも嫌だわ。
 それで彼女は前の世界ではどんなタイプだったの」

「突撃(デストロイヤー)級、ルイタウラです」

「……理由は分からなくても少なくとも敵対する意思がないのなら好都合だわ。
 おまけに白銀に懐いているというのなら、なおさらね。白銀、彼女からBETAについての情報を引き出すのよ」

「あ、はい。えっと……」

名前を呼ぼうとするも、名前が分からずに戸惑う武。
少女の方はそんな武の戸惑いなど気付かず、ただ嫌われていないか不安そうに見上げてくる。
ようやく武も目の前の少女はBETAではなく人だと理解し、ぎこちないながらも笑いかけながら屈む。

「えっと、名前は何て言うのかな?」

「名前?」

武の言葉にきょとんと返す少女に苦笑し、武は少女を抱き上げると、

「じゃあ、これから君はタウって名前だ。どう?」

安直なという夕呼の言葉を聞こえない振りをし、武は少女、タウへと笑いかける。
その笑顔と抱っこされているという状況に笑みを零し、タウは嬉しそうに自分の名前を連呼する。

「タウ、タウ〜」

「気に入ったみたいで良かった。それでちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」

「何々、武お兄ちゃん」

「えーっと、BETAってのは分かる?」

「うん」

タウの返事に夕呼は目を細める。
BETAとは人間たちが勝手に付けた呼称で、相手がそれを理解しいるかどうかは分からないはずのものである。
しかし、タウはそれを知っていると答えた。
様々な推測を立てる夕呼へとソファーから身を起こした霞が言う。

「恐らくループする際、人となった時に最低限の知識だけは与えられたようです。
 前の世界ではそのような思考はありませんでしたから」

「……という事は、彼女に他のBETAを説得させたりとか言うのも無理そうね」

「はい。BETAも人として認識すると思います」

「はぁぁ。だとすれば、その子に意味はないわね。
 確かに珍しい存在ではあるけれど」

冗談か本気か付かない夕呼の言葉に武が流石に睨むように見詰めるのを軽く流し、

「とは言え、下手に放り出すなんて出来ないしね。
 仕方ないわね。白銀、アンタが面倒見なさい。どうもアンタが原因の一旦でもあるみたいだしね」

「ちょっ! 俺だって訓練とかあるんですよ」

「分かってるわよ。流石にずっと見ろとは言ってないでしょう。
 アンタが訓練の時は社にでも頼むわ。
 それと、言わなくても分かっているでしょうが彼女が元BETAだってのは」

「言いませんよ」

疲れた口調でそう告げる武に夕呼はただ肩を竦めて見せる。
何の情報も得られないのなら、今は他にやらなければならない事があるのだから。
武もそれは分かっているのでそれ以上は何も言わず、ただ腕の中でニコニコしていうタウを見る。
武と目が合い、楽しそうに笑い返してくるタウであったが、不意に天井へと視線を向けると、
腕の中から飛び降り、外へと向かって走り出す。

「ちょっ、タウ! どこに行くんだ」

「お姉ちゃんの所!」

その言葉を証明するように、霞が一人落ち着いた口調で告げる。

「他にもあの子と同じように戻ってきているBETAがいるみたいです」

「それを早く言いなさい! 白銀、急いで追うわよ」

事態が事態だけに珍しく声を荒げて夕呼も研究室を飛び出す。
タウの後に続こうとして、武と夕呼は呆然とその遠くなっていく背中を見送る。

「ちょっ、なんて速さだ」

「……人になってもその能力までは人と同じじゃないみたいね。
 流石にBETAの頃よりも速度は落ちているみたいだけれど、時速100キロ近くは出ていたんじゃない、今の」

呆然とする武と違い、夕呼は何か新しい玩具を見付けたかのように瞳を爛々と輝かせる。
それに薄ら寒いものを感じつつ、武は一言釘を刺しておく。

「解剖とかはなしですよ」

「……分かってるわよ。今はそんな時間ないもの」

時間があればするのか、と思わず叫びそうになり、それが肯定されるのが怖くて実際には言葉を飲み込むと、
タウの後を追って武もまた走り出すのだった。
夕呼は駆けていく武を見送り、自分も出てきたまでは良かったが、
さっきの一件で冷静に戻ったのか研究室へと引き返す。
戻ってきた夕呼へと、霞が連絡があったと報告してくる。

「どこから?」

「帝国軍で最近発足された将軍直属の隠密部隊からです」

「ふーん、だとすると月村博士かしら?」

「いえ、高町さんからです」

「へぇ、珍しいわね。よっぽどの事がない限り、生存を秘密にするために連絡してこないように言っていたのに」

何が起こったのかしら、と少し楽しそうに夕呼は電話を手にするのだった。




「恭ちゃん!? 何で生きているの」

恭也の目の前に現れたのは、この世界では会った事のない美由希であった。
驚きつつも恭也はその言葉に憮然とした顔で思わず返してしまう。

「えらい言われようだな」

恭也自身、この世界の自分がどうなったのか分からないのに殆ど反射的に返してしまった。
だが、その物言いから目の前の人物が恭也だと美由希は確信する。

「だって、あの時一人で殿に立ってそれっきりなんだもん」

今回自分が行った行動と同じような事をして、こっちの自分は死んだんだと理解する。
同時に美由希にだけは本当の事を話しておいた方が良いかもと思う。
これから先、美由希と同じ部隊でやっていくのならフォローする人物としては適任だろうと。
尤も、それはこの世界の美由希にとって。恭也が元いた世界と似たような立ち位置にいればの話だが。
目の前の美由希を見る限り、それは大丈夫そうだと恭也は真剣な顔で美由希に数歩歩み寄ると、小声で囁く。

「少し大事な話があるんだ。後で俺の部屋に来てくれないか」

「えっ!? ……うん、分かった」

驚いたような表情を見せた後、美由希は少しだけ頬を赤らめて頷く。
美由希が自分が勘違いしていると気づくのは、恭也の部屋を訪れて数分後の事であった。



将軍家を代々影から守ってきた家系。月詠家と違い、本当に裏からの為に存在を知る者もごく僅か。
それがこの世界の御神家、不破家であった。
将軍家の盾たる御神、剣たる不破。
だがこの世界でも既に生き残っているのは美沙斗と美由希の二人だけで、他の者はBETAにやられたらしい。
そして、現在は将軍直属の隠密部隊として御神美沙斗を部隊長とした少数精鋭の部隊に所属している。
それが今の美由希の立場であり、恭也もまたそこに組み込まれる事になる。
ただし、恭也の場合は個人的にも悠陽の直属扱いを受けているとの事であった。



「それじゃあ、恭ちゃんじゃなかった不破少尉が配属される部隊の皆を紹介するね」

そう言って恭也の前に立つ面々を紹介していくも、恭也にとっては非常に懐かしい顔ぶれであった。

(前の世界では会えなかったのにな。まあ、存在自体が秘匿の隠密部隊にいたのなら仕方ないのかもな)

そう納得しつつも顔には出さず、紹介されていく面々へと挨拶していく。
月村忍、ノエル、神咲那美などの友達に加え、城島晶や鳳蓮飛などの妹分たちの姿にやはり懐かしいものを感じるのだった。



「……恭也」

「お待ちしてました〜、恭也さん〜」

悠陽直属の隠密部隊へと編入され、数日が経過したある日。
不意に恭也を呼び止めたのは二人の女性であった。
場所は隠密部隊のみが出入り出来る帝国軍基地の更に深部。
にも関わらず、目の前には見知らぬ女性が二人である。
相手はこちらの事を知っているらしく、恭也は以前に会ったのか記憶を遡る。
とは言え、こちらの世界での知り合いといえば同じ訓練兵である207部隊の面々を除けば、
ごく僅かしかおらず、すぐに初対面だったと認識する。
少しだけ用心しつつも失礼にならない程度に相手をもう一度見る。
一人は長身の180センチは超えているだろう長い髪の女性。
間延びした口調で話しかけてきた方は、少しくすんだ赤髪を頭頂部で一つに纏めたやや幼い顔立ちの女性。
何かをやっているという感じではないのだが、無力だとも思わせない何かを持つ二人。
最終的に恭也は考えても無駄だと悟り、素直に女性たちに名前を尋ねる。

「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか」

「……名前?」

「名前ですか〜」

不思議そうにそう口にする二人を前に、恭也は困ったようにただ立ち尽くす。
だがこのままでは埒が明かないと判断し、用件を聞くことにする。

「……会いに来た」

「そういう事です〜。貴方を守るために〜。
 他の子たちは皆、白銀さんの方に行っちゃいましたけれど〜」

武の名前が出てきた事で恭也はこの二人が夕呼絡みかと考え、少しだけ黙考する。
元々、恭也が生存している事は夕呼たちにも教えていなかったのだ。
それに気付いた恭也が連絡を入れるなり、夕呼は戻ってくるなと一言。
悠陽直属となってしまっていたため、更にはこの世界の恭也がこの世界では既になくなっており、
しかもその不破が将軍直轄の護衛者の家系であった事などから、今更戻れないというのが一つで、
もう一つはこちらにいる衛士であり博士でもある月村忍に協力することを理由として。
月村忍が作り上げた次世代戦術機。だが、これはあまりにもピーキー過ぎたのである。
故に大量生産まではいかず、このまま消え去るかと思われていたのだが、そこに武発案のXM3が作られた。
元から内密に親交のあった夕呼と忍は互いにある程度情報をやり取りしており、
忍の作り上げた戦術機にこのOSの搭載が計画されたのだ。
既に忍が所属する部隊ではOSは既にXM3に変更されてはいるのだが、
そのピーキーな戦術機の操作はそれでも扱い辛いらしく、そのテストパイロットとして協力しろという事である。
その結果をフィードバックする事により、より扱い易く改良するのが忍の現在の目標である。
話が少し逸れたが、恭也は目の前の女性も夕呼絡みだと判断して素直に夕呼へと連絡する事にする。
極力連絡は入れるなという事だったが、事情が事情である故に仕方ないだろうと。
夕呼への直通の連絡を入れるべく忍の研究室へと向かい、極秘事項だと頼み込んで席を外してもらう。
そうした上で現状を説明すれば、

「驚かないで聞きなさい。彼女たちは元BETAよ」

「…………はい?」

返ってきた答えに流石の恭也も暫し呆然と立ち尽くす。
その間にも夕呼は簡単な説明をしていく。
向こうにも同じように来ている事。他にも来ているみたいで、今武が迎えに行っているらしいと。

「まあ、そんな訳よ。
 で、どうも彼女たちはBETAの頃よりも劣るけれど、人とは比べ物にならない力を有しているわ。
 ここからは予測になるけれど、多分、元の能力をある程度受け継いでいるんじゃないかしら。
 さっき、突撃級の子が時速百キロ近い速度で走ってたわ」

「…………狐が人になったり、剣から幽霊が出てきたりするんだ。
 BETAが人になっても可笑しくは……ないはず」

すぐさま納得は出来ないものの、何とか納得させようと恭也は自身に言い聞かせる。
そんな様子を楽しそうに電話の向こうで予想しながら夕呼はあっさりと告げる。

「考えるだけ無駄よ。アンタや白銀の存在自体が既に可笑しなものでしょう。
 それに巻き込まれたBETAが居たとでも思ってなさい」

「了解……」

「で、そっちには誰がいるの」

夕呼に聞かれ、恭也は二人に向かって失礼かなと思いつつも前の記憶を尋ねる。
前の記憶は一切なく、ただ情報として最低限だけを持っているようである。
それにより、寡黙な女性が要塞(フォート)級で、おっとりとした女性が重光線(重レーザー)級だと判明する。

「ふーん、成るほどね。まあ、そっちはそっちで何とかして頂戴。
 正直、今手が離せるような状況でもないのよ。それと何度も言うけれど連絡は」

「分かっています。とりあえず、これで切ります」

夕呼の言葉に答え、短く挨拶を交わすと恭也は通信を切る。
その上で改めて二人と向かい合い、

「えっと……グラヴィス、グラス、グヴィス……。マグヌスルクス、マグヌス。マリス、マルス……」

ぶつぶつと何度も呟く。そんな恭也を二人はただ黙って見詰め続ける。
やがて恭也は一つ頷くと、

「ラピス、マリアンヌ。どうだろ、これが二人の名前ということで」

「……ラピス」

ラピスと名付けられた少女は嬉しそうに小さな笑みを見せ、その名をそっと呟く。

「マリアンヌですね〜。いい名前です〜。
 恭也さんには是非とも親しみを込めてマリアと呼んで欲しいですね〜」

マリアンヌも嬉しそうに両手を胸の前で合わせて喜びを現す。
とりあえずの難関を何とかやり遂げ、恭也もほっと一息つく。
だが、すぐに彼女たちの身分に関しての問題に思い至り、恭也は悠陽に助けを求める事にした。
面会の面倒な手続きを全てすっ飛ばし、昼前には悠陽が待つ部屋へと向かう恭也。
尋ねてきた恭也を自ら笑顔で迎え入れた悠陽であったが、続いて入ってきた二人を見るなり何処か機嫌が悪くなる。

「……それでどのような御用でしょうか、高町」

「それなんですが……、何か怒っていませんか?」

「そんな事はないですよ」

笑顔でそう言う悠陽であったが、恭也はやはり怒っていると感じ、機嫌が悪い時に来たのかとと己の不運を嘆く。
だが、それでも二人の今後も考えれば、ここで悠陽に頼むしかなく、恭也は何とか話を始める。
二人は昔、この世界の恭也が戦死したと思われた戦いにおいて、自分を助けてくれたのだと。
実際はこの世界の恭也は既に戦死しているのだが、それを顔には一切出さず、恭也は嘘を続ける。
その際、世話になった家の娘さんなのだが、その後両親も亡くして行くあてがない事などを伝える。
元々は山奥に隠れるように住んでいたのだが、帝都へと出てきており、偶々再会したと。

「そうだったんですか」

「そういう訳なんで、何とかできないでしょうか。
 多分、衛士としても働けるとは思うのですが、それよりも生身で護衛などの方が優れているのは確かです」

「高町がそこまで言うのであれば、腕は確かだと思いますが……。
 お二人の意志はどうなのですか」

衛士になるにしても、護衛に付くにしても危険は付き纏うのである。
それを懸念する悠陽の言葉に感謝しつつ、恭也は二人を見る。

「……問題ない。恭也と一緒にいるためだ」

「私も全然問題ないですよ〜。恭也さんのお傍に居てお守りするのが私たちの役目でもありますから〜」

二人の答えに恭也が改めて悠陽を見れば悠陽は少し考えた後、二人の所属を認める。

「高町のお願いを聞いてあげたのですから、今度は私のお願いも聞いてもらえますか」

「出来ることなら何でも」

「そうですか、ありがとうございます。では、私の事を悠陽と名前で呼んでください。
 それとそういった物言いではなく、もっと白銀やあの者と話すような感じで話してもらませんか」

「いえ、ですがそれは……」

「駄目ですか」

懇願するように瞳を潤ませて見詰めてくる悠陽。
どれぐらいの時間が流れたか、最終的に恭也の方が折れざると得なかった。

「分かりました。努力してみ……る」

「ええ、お願いします。それでは、早速ですが名前を呼んでみてください」

「…………ゆ、悠陽」

何とか名前を口にすれば、悠陽は満面の笑みではいと口にする。
いつの間にか機嫌が良くなった悠陽に首を傾げつつ、恭也はとりあえずの問題は解決したと胸を撫で下ろすのだった。







うぅぅ、俺が悪かったです。
もう、もう許してあげて!

美姫 「いやいや、自分の事なのに何で第三者的なお願いの仕方なのよ」

さて、冗談はこの辺にして。

美姫 「全く反省してないのね」

ゆ、許してー!

美姫 「まだ何もしてないでしょうが」

される前に言わないと、されてからだと遅いだろう!
って、本当に冗談はさておき……。

美姫 「何よ、何かあるの」

……これといって報告するような事もないな、そういえば。

美姫 「さて、この後アンタはどうなるでしょう。次の三つの中からお答えください」

ちくしょう! 選択肢を聞かなくても分かってるよ!
どうせお前に殴られるんだろう!

美姫 「一応、3番を選べた一度だけ許してあげる、だったのにね」

うおぉぉぉ! 早押しし過ぎた!
って、本当にそんな選択肢あったのか!?

美姫 「疑うなんて酷いわ! こうなったら、その分も上乗せするしかないわね」

なんでやねん!

美姫 「問答無用よ♪」

ぶべらぁ! ぐぎょがぎょぅぅぅっ!
……う、うぅぅぅ。

美姫 「ほら、のんびり寝てないで締めなさいよ」

お、おま、幾らなんでもそれはないだろう。

美姫 「何か文句でも?」

ないないない!
それじゃあ、そろそろ時間だね美姫。

美姫 「……本当に変わり身が早いわね」

何のことやら、あはははは〜。

美姫 「でも、本当にもう良い時間ね」

だろう。そんな訳で今週はこの辺で。

美姫 「それじゃあ、また来週〜」


5月2日(金)

美姫 「美姫ちゃんの〜」

ハートフルデイズ〜

美姫 「はっじまるよ〜」

<この番組は、PAINWESTの雑記コーナーより、人によっては先週から連休なんだって、とお届け中!>



世間では早いところでは既にゴールデンウィークに入っているみたいだけれど。

美姫 「大型連休ね」

とりあえず、我々も来週までゆっくりと休もうではないか。

美姫 「はぁぁぁっ!」

ぶべらっ!

美姫 「さあ、今週もさくさく行くわよ〜」

だったら、初っ端から殴るなよ。
いきなり大ダメージだよ。

美姫 「その初っ端から腑抜けた事を言うからでしょう」

うぅぅ。来週まで休みなのは本当なのに。

美姫 「はいはい、分かったからさっさと次行くわよ、次」

次って何だよ。

美姫 「もちろん、CMよ!」







海鳴市にある閑静な住宅街を少し抜けてすぐにその高級マンションは存在していた。
そのマンションの最上階に住む一つの家族がいた。
広い居住スペースは二階建てという何とも贅沢な造りとなっており、
その二階にある自室から一人の少女が下にあるリビングへと降りてくる。
キッチンでは既に起き出している住人のうち二人が朝食を作るのに忙しく立ち回っている。
少女がキッチンへと顔を出すなり、そのうちの一人が即座に反応して振り返り、

「おはよう、フェイト」

「おはよう、かあさん」

金髪の少女――フェイトの返事にかあさんと呼ばれた黒髪の女性、プレシアは微笑みかける。

「もうすぐでご飯が出来るから、もうちょっと待ってね」

「うん」

「おはようございます、フェイト」

母子の会話が終わるのを待ち、残った色素の薄い髪の女性が話しかける。
こちらにもフェイトは挨拶を返す。

「おはよう、リニス」

「プレシアの言うとおり、もうすぐで出来上がりますからね」

リニスの言葉にもちゃんと返事を返したフェイトのお腹が可愛らしい音を上げ、
恥ずかしさからか頬を染めて俯く。

「ああー! リニス、今のフィイトの照れた貴重な表情を写真に撮った!?」

「あのー、プレシア? 私は今、料理の最中なんですが?
 そもそもキッチンにカメラなんて置いてないでしょう」

「ああ、何て準備の悪い使い魔なの!
 折角の貴重なシャッターチャンスを逃すなんて!」

叫ぶプレシアに頭が痛いと言わんばかりの表情でこめかみを押さえ、リニスは慣れた様子であしらう。

「はいはい、使えない使い魔ですみませんね。
 それよりも早く料理に戻らないとフェイトの空腹が酷くなってしまいますよ」

「それは大変だわ! ほら、ぼさっとしてないであなたも早く戻りなさい」

これみよがしに盛大な溜め息を吐いて見せるも、プレシアは既に料理へと戻っており気付く素振りすらない。
大げさに肩を竦めるリニスの仕草にフェイトはくすくすと笑いながらも大人しくキッチンへと向かう。
その背中へとリニスが声を投げ、

「フェイト、そろそろアルフも起こしてきてもらえますか」

「うん、分かった」

リニスの要請に応え、フェイトは再び自室へと向かう。
その間にプレシアとリニスによる料理が着々と仕上がっていき、全てがテーブルに並ぶ頃にようやく、
フェイトよりも幼い少女、アルフを伴ったフェイトが戻ってくる。
まだ眠そうなアルフへと二人が挨拶をすれば、アルフもまた元気に返す。

「今日のご飯も美味しそうだね、フェイト。
 早く食べよう!」

今にも食べ始めないばかりの勢いでフェイトを引っ張り、さっさと席に着く。
だが決して料理には手を着けず、フェイトも座るまで待つ。
こうして全員が揃ってようやく朝食が始まる。

「アルフ、口の周りが汚れているよ」

「……んぐぐ。ぷはぁぁ、美味しい!
 フェイト、拭いて!」

「はいはい、しょうがないなアルフは」

甘えてくるアルフにそう口では言いながらも、フェイトはどこか嬉しそうにアルフの口を拭いてやる。
その様子を激写するプレシア。

「アルフ、もう少しこっち向いて。
 ああ、もっと自然に」

「……プレシア、朝からいい加減にしてください」

「だって〜」

「だってじゃありません! これ以上写真を増やしてどうするんですか!」

「ほら、思い出はちゃんと残さないといけないじゃない」

「事ある毎に、それこそ一日で何十枚も残すのはやり過ぎです」

もう毎度のことながら、リニスはプレシアへとこの手の注意をする。
だがプレシアはプレシアで言われた時は素直になるのだが、
数分もすればすぐに忘れるらしく同じ事の繰り返しが今までずっと続いているのである。

「それにそろそろ学校に行く時間ですよ」

「あ、本当だ。なのはと恭也さんが来ちゃう」

フェイトは少し慌てて残りを食べ終えるとキッチンへと食器を運び、その足で自室へと一旦戻る。
すぐさま鞄を手に戻ってくると、フェイトは三人に向かっていってきますと言い玄関へと向かう。
いってらっしゃいと返しながらも三人揃って玄関まで付いていき、そのままマンションの外まで。

「玄関までで良いって言ってるのに。いつも下まで降りていたら大変でしょう」

「子供の為にする事に大変な事なんてないわ」

「アルフはフェイトの使い魔だし、ご主人さまを見送るのは当然の義務だよ」

プレシアに続きアルフまで何でもない事のように言うと、プレシアはそれを褒めるようにアルフの頭を撫で、

「それに最近は物騒だもの。たとえマンションの中とは言え……」

「はぁ、暗証ロックにマンション内にも監視カメラがあると言うのに、本当に過保護過ぎです二人とも」

「あら、リニスだって毎日付いてきているじゃない」

「それはあなたやアルフがまた変な事をしないか見張るためです。
 大体、あなた方二人はフェイトに甘すぎます。その所為で私の気苦労ばかり増えて……」

途中から綺麗にリニスの言葉を聞き流し、プレシアはフェイトの身嗜みを整える。

「うん、完璧よフェイト。どこに出しても恥ずかしくないわ。
 これなら恭也くんも惚れ直すわよ」

「あうっ! お、おかあさん! べ、別に私はその……あうぅぅ」

「あはははー、フェイト顔が真っ赤だよ」

「アルフまで……」

「…………良いんです、良いんですよ。私なんてどうせ、ただの使い魔ですもん。
 家事さえしてれば良いんです……」

「リニス、落ち着いて。おかあさんたちも分かっているはずだから」

「分かっているのなら、どうしてもう少しで良いですから、私の苦労を減らしてくれないんでしょう」

「え、えっと……」

困ったように視線を逸らすフェイトを見て、リニスも落ち着いたのか気を取り直す。

「まあ今更嘆いても意味のない事ですね。
 それよりも忘れ物はないですか、フェイト」

「うん、大丈夫」

「それは良いことです」

揃ってマンションの外へと出るとそこに恭也となのはがやって来る。
共に挨拶を交わし合うと、恭也へとプレシアが話しかける。

「本当にいつもすみませんね。うちのフェイトまで送ってもらって」

「いえ、なのはを送るついでですし。
 それに確かに最近は色々と物騒ですからね」

「そうだわ、今日は帰りにうちに寄ってください。
 良い日本茶が手に入ったんですよ。良ければ持って帰ってくださいな。
 ついでだから晩御飯もご一緒にどうですか。
 今日はうちになのはちゃんも遊びに来てくれる事ですし」

「いつもすみません。ですが、晩御飯までは……」

「あらあら、遠慮は無用ですよ。
 桃子さんには後でちゃんと連絡しておきますし、何よりフェイトも喜びますわ」

プレシアの言葉に赤くなりながらもフェイトもまた恭也を見上げて無言で見つめる。
それを援護するように、なのはもまた良いでしょうとねだる様に無言で見上げ、
気付けばアルフまでもが同じように見上げてくる。
三法を囲まれた状態で純粋な眼差しに加えお願いオーラを発せられ、恭也は結局折れる事にした。

「それではお言葉に甘えて」

「ええ、是非そうしてください。リニス、今日はごちそうよ」

「分かりました」

「いえ、プレシアさん、そこまで気を使ってもらわなくても」

「気にしないで良いのよ。それに、私の事はお義母さんと呼んでも良いのよ」

にこにこ顔でそうのたまうプレシアに何も言えず、恭也は小さく嘆息を零す。
それをリニスに見られ、ばつが悪そうな顔をするも互いに目と目で通じ合う。
お互いに大変ですね、と。

「ほらプレシア、そんな事よりもそろそろ送り出さないと遅刻してしまいますよ」

「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあ、いってらっしゃい」

リニスが話を逸らすように助け舟を出してくれた事に感謝しつつ、
恭也はなのはとフェイトを急かして学校へと向かうのであった。



テスタロッサさん家(ち) 〜朝の風景〜







うーん、長編もようやく一つ完結できたー!

美姫 「次はどれを終わらせるのかしらね」

勿論、完結すべく書くものもあるが、いい加減幾つかの長編も更新したいんだよ。
さしあたって……。

美姫 「まあ言っている間に書けと私は言いたいけれどね」

グサグサと来る言葉をありがとう。
あまりの悲しみに新たな長編を書いちまいそうだよ!

美姫 「ほほほ、これまた楽しい冗談を」

いやいや、本気だよ。

美姫 「自分の首を絞めるだけよ」

……ですよね。いやいや、ついつい世迷言を発してしまいました。
とりあえずは今ある長編を頑張って更新していこう、うん。

美姫 「馬車馬の如く書く事を期待しているわ」

流石にそこまでは無理だろうけれど、頑張るよ。

美姫 「さて、それじゃあそろそろ良い時間ね」

だな。多分、明日は更新できると思いますが、来週前半は多分出来ないと思います。

美姫 「全てはこの馬鹿の所為ですから」

あははは〜。そんな訳で宜しくお願いをします。
それじゃあ、今週はこの辺で。

美姫 「それじゃあ、また来週〜」










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