『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』






 5



夕方のさざなみ寮。
今ここには多くの人間が詰め掛けていた。
桃子から関係者に瞬く間に連絡が行き、皆恭也に会いたいという事で、さざなみで宴会となったのである。
その様子をリビングで眺めながら、

「ここはいつまで経っても変わらないですね」

恭也はそう呟く。
その声に笑みを浮かべながら、料理を運んできた耕介は、

「まあね。それに、皆、恭也くんが帰ってきて嬉しいんだよ。勿論、俺もだけどね」

「そうでしたね。ここでは、俺がいなくなって20年以上が経ってるんでしたね」

「ああ。もうすぐしたら、俺たちの子供も帰ってくるから、紹介するよ」

「子供?」

「ああ。俺と愛さんのね」

「そうですか。それはおめでとうございます」

「ありがとう。っと、鍋を火に掛けてたんだった。ちょっとごめん」

耕介はそう言い残すと、キッチンへと入って行く。
それを見ながら、改めて周りを見渡す恭也へ、真雪が話し掛ける。

「しかし、時間を跳び越えるとは、アンタは本当に面白い奴だね」

「俺は別に面白くはないんですけどね」

「ははは。良いじゃないか。滅多に経験できない事ができて」

「そんなものですかね?」

「まあ、そう思ってた方が、少しはマシだろう」

「はあ」

気のない返事をする恭也に対し、真雪は珍しく優しい笑みを浮かべる。

「まあ、何はともあれ、無事で良かったよ。那美とか、フィリスなんかは目に見えて落ち込んでいたからな。
 まあ、連絡はいってると思うから、早ければ明日にも来るんじゃないか」

「そうですか」

「そうそう。那美と言えば、あいつ結婚して、子供までいるんだぞ」

「へー。相手は誰なんですか」

「相手か?相手はな、薫の弟だ」

「はい?しかし、那美さんは薫さんの妹では」

「那美の事情は知ってるんだろ」

「はい」

「つまり血は繋がってないんだ、問題はないだろ」

「はあ。そう言えば、美由希も結婚しているんでしたね。相手は誰なんですか」

「美由希の相手は、恭也もよく知っている人だよ」

恭也の後ろから突然、声が聞こえる。
そこには、

「えーっと、リスティさん……ですよね」

「まあね。しかし、無事で良かったよ。正直、僕もフィリスたちも自分の所為で恭也を消してしまったとばっかり思ってたからね」

軽く言うが、きっとかなり自分を責めたに違いないと感じ、恭也はただ笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。こうして無事でしたし。気にしないで下さい」

「ん、サンクス」

「ところで、美由希の相手というのは?俺のよく知っている人物とは」

「勇吾だよ」

「赤星ですか!」

「違うよ。今は、御神勇吾になってる」

「御神!まさか、美由希は」

「ああ。高校を卒業すると同時に御神の姓にな」

「そうだったんですか」

そんな話をしている間に、チャイムが鳴り来客を知らせる。

「勝手に入って来いよー」

真雪の言葉が聞こえたのか、数人の足音と共にリビングへと新たな客が現われる。

「忍か」

「恭也ー!」

忍は恭也の姿を見るや、恭也に抱きつく。
それを恭也は受け止める。

「恭也、恭也!本当に恭也なんだよね」

「ああ。しかし、忍はあまり変わらないな。いや、少し大人びたか」

「まあね。私は夜の一族だからね」

「そうだったな。でも、そんな事は関係ないさ。忍は忍だろ。
 それに、今は俺だって変わってないんだから」

「……やっぱり恭也だ。優しい恭也だよ」

「………」

そう言うと、忍は恭也の胸に顔を埋める。
その行為に対し、照れて何も言えない恭也にまた近づいて来る影があった。

「恭也様、お久しぶりです」

「ノエルか。ノエルも元気そうで何よりだ」

「はい、お陰様で。またお会いできて、とても嬉しいです」

そう言うと、ノエルはそっと笑みを浮かべる。

「ああ」

恭也はノエルの後ろにいる人物に気付き、挨拶をする。

「さくらさんもお久しぶりです」

「ええ、本当に。無事でよかったわ」

そうこうしているうちに、店を閉めた桃子たちもやって来て、粗方の人と再会を果たす。
恭也にとっては、つい先程の出来事でも、現実では20年以上も時が流れている事を改めて実感するのだった。
また、再会して、中には泣き出す者も現われ、恭也は改めて感謝するのだった。

「高町〜ぃ」

「あか、じゃなかった勇吾もいい加減に泣き止め。まさか、お前がここまで涙脆いとは思わなかったぞ」

「何とでも言え。こうして再会できたんだ、俺は、俺は」

「ああ、分かった、分かった」

「ははは。勇吾さんもいい加減にそれぐらいにして。恭ちゃんも困ってるでしょ」

「そ、そうだな。悪かったな」

「いや、気にするな。それにしても、二人がな〜」

「あははは。ま、まあ色々とあったのよ」

「そういう事だ」

「まあ、それは今度じっくり聞くとして……。勇吾、美由希の料理が上達したのは、お前のお陰か?」

「ああ。来る日も来る日も練習の日々。当然、試食は俺。
 耕介さんや桃子さん、晶にレンの特訓のお陰だな。しかし、今思い出しても、あれ以上食べてたら俺の命がやばかった……」

勇吾は遠い目をして、あらぬ方を見る。
そんな勇吾の肩に手を置き、

「頑張ったな、勇吾。お前の偉業はきっと後世まで称えられる事だろう」

「高町!」

「おお!」

肩を抱き合い、お互いに分かり合う二人。
時が流れても、やはり親友らしく二十数年のブランクも何のそのの息の合い方に、晶たちも笑みを浮かべる。
約一名を除いてだが。

「勇吾さん、恭ちゃん、それってどういう意味かな?」

「み、美由希、ち、違う。話せば分かる」

「美由希、自分の胸に手を当てて、よーく昔を思い出してみろ」

慌てる勇吾とは対照的に、はっきりと言い放つ恭也。
その言葉に美由希は蹲る。

「うぅ〜。やっぱり、本物の恭ちゃんだ。こんな意地悪な兄は他にはいないよ」

「ったく、失礼な奴だ」

そこまで言って、恭也はふいに真顔になる。

「そう言えば、美由希。お前、御神の姓に」

「あ、うん。一応、ね。皆伝もした事だし」

「そうか。まあ、お前が決めた事だから、何も言わないが。それに、かなり強くなったみたいだな」

「そ、そんな事ないよ。結局、恭ちゃんには勝てなかったままだし」

「今なら、おまえの方が上だろ」

「多分、実戦経験は私の方が上かもしれないけど、恭ちゃんの方が強いと思うよ。
 何故か分からないけど、勝てる気がしないんだもん」

知らず、昔の口調に戻っている美由希に苦笑しながら、

「それこそ、お前の勘違いだろ。もしくは記憶違いだな。そう言えば、子供がいるんだってな」

「あ、うん。勇也(ゆうや)、恭美(くみ)おいで。ほら、伯父さんだよ」

「美由希、やめてくれ」

「でも、事実だし」

「しかし、大して年齢が違わないと思うんだが」

「あははは。確かに二人とも、今度高2だからね」

「「初めまして」」

「ああ。双子か」

「そうなんだ」

「あ、そうだ。恭ちゃん、ちょっと二人と手合わせしてみない。
 一応、私と母さんで教えてるんだけど、恭ちゃんから見て可笑しな所とかないかな」

「ふむ。別に構わんが。それに、美由希と美沙斗さんから指導された剣士というのも興味がある」

「じゃあ、早速」

このやり取りを聞いていた面々は、揃って庭に面した場所へと陣取る。

「恭也、お手柔らかにね」

美沙斗が恭也に話し掛ける。
その言葉に美由希も頷くが、それを聞いた勇也の顔が微かに顰められる。

「勇也、油断するなよ」

「分かってるよ、父さん」

父親の勇吾までが、恭也の味方みたいで勇也は面白くなさそうに言うと、庭に出る。
恭也も勇也と対峙すると、一本だけを抜き放つ。

(装備ごと飛ばされたお陰で、助かったな)

そんな事を考えていた恭也に、勇也が声を掛ける。

「もう一本は抜かないんですか?」

二本の小太刀を構えたまま、尋ねる。
それに対し、

「ああ。これが俺のやり方だからな。それよりも、御神流に始まりの合図はないぞ」

言うが否や、恭也は勇也へと向って走り出す。
勇也はその動きに一瞬驚くが、すぐに気を持ち直す。

(母さんよりも遅い!あの一撃を躱し、その隙をついて反撃する)

一瞬で考えると、足にほんの少しだけ力を入れる。
が、恭也は間合いのかなり手前で腕を振ると、飛針を三本投げつける。
それも、微妙にタイミングをずらして。

「くっ!」

勇也は2本を弾き、残る一本を身を捻って躱す。
その隙に、恭也は残りの距離を詰め、小太刀を振るう。

(右で受け止めて、左で反撃する!)

勇也は自分の考えたとおりの動きをするが、思った以上に恭也の力が強く、片手では防ぎきれなかった。
勇也は咄嗟に左の小太刀を重ね、二刀で受け止める。
そして、動きの止まった恭也へと蹴りを放つ。
が、その動きは読まれていたのか、恭也はそれをしゃがんで躱すと、勇也の軸足を刈り取る。
勇也は倒れる前に、両手を着き、バク転の要領で恭也との距離を取る。
恭也はそれを追わず、じっと見詰める。

「ふむ。飛針の牽制であそこまで慌てるとは。どうやら、小太刀主体の訓練ばかりだったようだな。
 もしくは、小太刀以外の戦闘が苦手なのか」

この言葉に勇也は眉を顰める。

「苦手なのか。良いか、幾らお前が苦手だからと言って、相手がその攻撃を仕掛けてこない訳ではないんだぞ」

「そ、そんな事は分かってる!」

「そうか、なら良いがな。それと、相手の力を過信しすぎる傾向があるな。
 後、咄嗟の判断力は悪くないみたいだが、小太刀以外の攻撃に移る際に、微かにだが力む癖みたいなのが見られるな」

そのやり取りを見ていた美由希と美沙斗は、

「流石だね、恭ちゃん」

「ああ。それにしても、前より強くなってないかい」

「うん。でも、恭ちゃんは年を取ってないんだから、そんな事はないとおもうんだけど」

そう言うと、二人は恭也の動きを見る。
恭也は、残る一刀も抜き、左右の小太刀で勇也を手玉に取っていた。
恭也の変幻自在の太刀筋に、翻弄され、距離を取れば、飛針や鋼糸が迫ってくる。
勇也はとても闘い辛そうだった。

(……右膝が痛くない?まさか、治っているのか)

恭也は戦闘中、右膝が全く痛まない事に驚いていた。
それを見ていた数人がその事に気付く。

「母さん、恭ちゃんの右膝」

「ああ。どういう訳か知らないけど、完治していると見て間違いないだろうね」

「でも、右膝が完治したぐれーで、あそこまで強くなるもんなんすかね」

真雪の言葉に、美沙斗はゆっくりと笑みを浮かべながら口を開く。

「恭也はあの時点で既に皆伝の一歩手前という所まで実力があったんだよ。本人は気付いていなかったみたいだけどね。
 ただ、右膝の怪我のために、全力を出せなかった。
 そして、恭也は右膝のため、御神流を極められないと思い、本来の力そのものさえ出し切れていなかったんだよ。
 自分で自分の力の限界を作ってしまったんだろうね。
 それでも、私を上回ったんだからね。完全な恭也の実力がどんなものか、私も美由希も知らない。楽しみだな」

不完全な状態での恭也の強さを知っているからこそ、美沙斗のその言葉に、一同は息を飲む。
そして、一同が見詰める中、恭也の速さが徐々に増していき、とうとう勇也が捉えきれなくなる。
最後に破れかぶれといった感じで大振りした勇也の一撃を軽くいなし、恭也の小太刀が勇也の首筋で止められていた。
それを見て、美由希は声を上げる。

「そこまで!勝者、高町恭也」

その声と共に、恭也は小太刀を納めると、地面に座り込んだ勇也に手を差し出す。

「中々、いい動きだった」

その恭也の手と顔を見て、本心からそう言っている事を理解し、勇也は手を取る。

「いえ。俺もまだまだでした。いい勉強になりました。ありがとうございます」

そう言うと、恭也に頭を下げた。

「ああ。俺もいい勉強になった。さて、次は…」

恭也の視線の先では、準備運動を終え、笑みを浮かべる恭美の姿があった。







 〜 つづく 〜








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