『ごちゃまぜ6』






「それが新しい護衛対象の資料だ。ちゃんと読むんだよ〜。
 あれ、返事はどうしたの〜、修……じゃなかった、妙子ちゃん」

「…………言われなくても読みますよ」

室内にも関わらず、サングラスをかけた男の前で一人の少女がぶすっとした表情で手元に資料を引き寄せる。
その様子に何が楽しいのか、男はにこにこと笑いながらも大仰に頷く。

「うーん、それにしても相も変わらず似合ってるね〜」

再び発せられた男の言葉に、少女のこめかみに青筋が。

「課長……」

「いや〜ん、いつもみたいにパパと呼んで、た・え・こ・さま〜♪」

「……呼んでないし、俺は男だー!」

その言葉通り、彼女は山田妙子ではなく、本名、如月修史という立派な成人した男である。
ここ、警備会社アイギスの裏の顔とも言うべき特殊要人護衛課のその一室で修史の叫び声だけが響く。

「くそー、何でまた女装しないといけないんだ……」

ぶつぶつと文句を述べる修史に、課長の珍しく真剣味を帯びた視線が飛ぶ。
とは言っても、サングラスでその目は見えず、ただ雰囲気で察したのだが。

「文句を言うのは構わないが、仕事としてきているんだ。それとも断るか?」

「別にそこまで言ってません。ただ、どうして女装しなければ……」

「それはさっきも言っただろう。
 前に修ちゃんが愛しい人と出会ったセント・テレジア学院同様、今度もお嬢様ばかりなんだから。
 教師として潜入なんて修ちゃんには無理だし、生徒として潜り込んだ方がガードもし易いだろう」

「だったら優が……あっ」

「桜庭優には今、別の任務についてもらっているんだけれど交代する?」

「いや、良い!」

同じく女装して潜り込んでいる優の事を思い出し、あっちはパーティーや何やらがあって大変だと聞いていたので、
すぐさま力いっぱい拒否する。
少しでも躊躇いを見せると、本当に交代されかねないから。

「だったら、こっちのお仕事をちゃんとやってね」

「分かりました!」

怒鳴りつけるように言うと、修史は渡された資料に目を落とす。
左上に貼り付けられた写真には、何処かおっとりとした感じの少女が写っており、
その横に少女の名前と所属する学園の名前が記載されている。
聖フランチェスカ学園U−V、芹沢結衣佳。
それが修史がガードする事になる少女の名前であった。



「休みのところ悪いね、恭也」

「いえ。それで緊急の要件というのは」

落ち着いた雰囲気の店内に流れる静かな音楽は、普通に話しても声を掻き消す事無く、
平日とあって店内の客数も少なく、一番奥の席に座る二人の会話に耳を立てている者もいない。
一度確認しているが、念のためにもう一度確認をすると、
恭也の対面に座った女性、リスティは大きめの封筒をテーブルの上に置く。

「まあ、今回の件に関しては僕も協力者という立場になるんだけれどね。
 正式な依頼は美緒の父親、啓吾からだよ」

「……陣内さんから?」

去年の夏休みに叔母である美沙斗に誘われて香港警防隊へと美由希と共に鍛錬に行った恭也は、
そこで知り合った警防隊を纏める隊長の顔を思い出す。

「警防隊からですか」

不思議そうに尋ねる恭也にリスティは否定するように首を横へと振る。

「違うよ。啓吾個人からの依頼なんだ。
 何でも昔の知り合いに泣きつかれたらしい。娘を護衛して欲しいって」

「それで俺にですか」

「ああ。向こうは向こうで万年人手不足に加え、壊すのは得意でも護衛は苦手な連中の方が圧倒的だからね。
 それで頭を抱えている時に美沙斗を思い出し、美沙斗がそれなら恭也の方がってわけ。
 向こうも近々大きな作戦もあるみたいだし、人手を割かなくても済むという事で僕にまず話が来たってわけ」

「そういう事ですか。しかし、期間はいつまでなんですか」

「問題はそこなんだよ。安全が確認できるまで護衛をお願いしてきている。
 つまり期間が全く分からないって事。一応、可能な限りバックアップはすると言ってたけれどね。
 最悪はこっちで相手を捕まえるまでしないといけないかもしれない。
 どうする? 引き受けるかどうかは恭也が決めて良いよ」

「……大学の方は多分、大丈夫だと思います。詳しく聞かせてもらえますか」

「サンクス。護衛対象に関する細かい事はその中に入れてあるから、また後で見てくれ。
 簡単に概要だけ説明するよ。まず、恭也には生徒としてその護衛対象の娘さんと同じクラスに入ってもらう。
 時期的に入学式などが終わって数日だから、普通は変に思われるかもしれないが今年だけは別なんだ。
 そこは今年から共学になった関係で、男子生徒の編入が丁度二日後に行われる。
 廃校になった所の生徒や、新たに試験をして数人が編入する事になっているから、それを細工させてもらった」

「なるほど。こういうのも不幸中の幸い、ですかね」

「さあ、どうだろう」

恭也の言葉に軽く肩を竦めると、リスティは懐から四つに折り畳まれた一枚の紙を取り出す。
それとは別に写真も取り出し、まとめて恭也に渡す。
受け取った恭也はざっとそれに目を通し、

「不動如耶(ふゆるぎきさや)さん、ですか」

「そう。なかなかの美女だよね。
 因みに聖フランチェスカ学園V−T、剣道部に所属するお嬢様だよ。
 細かい事はこちらで処理しておくから、後は頼むよ」

「分かりました」

リスティに短く返すと、恭也は席を立つ。
同様にリスティの方も席を立ちながら、その肩に軽く手を乗せる。

「それじゃあ、また後で連絡するから」

「はい」

店の前で二人は別れると、それぞれ別々に歩き出す。



――同じ地に異なる目的で剣と楯が集う。
  二つが交わるのかどうかは、まだ誰も知らない



「…………はい?」

「ですから、今年から我が学園は共学になったと申したのです」

「お、おほほほ、ソウナンデスカ」

担任教師の質問に、妙子は棒読みに近い状態になって返す。
怒りを抑え込むようにして、指定された席に着き、さっそく護衛対象へと視線を移す。
お嬢様学院らしく、いきなり質問攻めにされることもなく、皆大人しく担任の話に耳を傾けている。
妙子が護衛する少女、結衣佳も余所見をせずに前を見て話を聞いているようである。
前回の教訓から必要以上に周囲を警戒しないように心がけつつ、とりあえずクラスメイトたちを観察するのだった。

放課後、寮に与えられた部屋に戻るなり妙子は通信機を取り出し、繋がるなり怒鳴り声を上げる。

「課長! アンタ知ってただろう!」

「ナンノコトダイ」

「滅茶苦茶片言で何を言ってやがる!」

「妙子さま、まるで男みたいですよ」

「俺は男だ!」

「おいおい、誰が聞いているかも分からないのに大声で何を叫ぶんだシールド9」

「うっ、す、すみません」

課長の尤もな台詞に思わず謝るも、睨む目付きだけは鋭く通信機に写る映像を睨み付ける。

「で、ここが共学になるって知ってましたよね」

「当然!」

「だったら、何で!」

「数少ない男子生徒として編入すれば、嫌が上にも目立つだろう。
 その点、共学になったばかりで女子生徒の方が目立たなくて済むだろう」

「俺の精神的安らぎは?」

「そんなものはない。そもそも、女装しないと寮まではガードできないだろう。
 決して私の趣味じゃないぞ」

思いっきり怪しいという視線で見る妙子の視線を正面から受け止めず、課長は顔を横に向ける。
尚も注視していると、課長は手を頬に当ててクネクネと気持ち悪く身体を揺らす。

「そんなに見詰められたら恥ずかしい」

「馬鹿だろう、アンタ!」

「おいおい、パパに向かってアンタはないだろう」

「うるさい、黙れ! 今日は特に問題なし! これで報告を終わります!」

口早に捲くし立て、妙子は通信機を親の仇のように乱暴に切るとベッドの上に放り投げる。
とてつもない疲労を感じ、思わず大きな溜め息を零すのであった。



「……高町先輩ですよね」

「確か、山田さんでしたか」

深夜の公園――公園と言っても広大な敷地を誇る聖フランチェスカ学園の敷地内なのだが――で睨み合う二人。

「……こんな夜更けにこんな所で何を?」

妙子がそう探りを入れるように尋ねれば、恭也は妙子の胸部、左脇へと視線を向ける。

「それはそちらも同じだと思うが。ましてや、その懐に仕舞っている物は何かな?
 いつから日本は個人でそんな物を所有できるようになったんでしょうか」

一瞬だけ交差する視線。同時に二人は地を蹴り左右に飛び退く。
恭也が居た場所には銃弾が、妙子が居た場所には鋭い尖った針のようなものが突き刺さる。
互いに物陰に身を隠しつつ、相手を窺う。

――互いの勘違いによる深夜の決闘が剣と楯とを引き合わせる

二つの剣と楯が出会うとき、新たな展開が。

春恋乙女と守護の剣楯



   §§



眠る少女の顔を見下ろし、男はゆっくりと顔を近づける。
が、途中で理性を働かせて頭を振り、離れようとする。
だが、意に反しては身体は動かず、眠る少女の顔をじっと見詰める。
長い睫毛に今は閉じられているけれども綺麗な瞳を思い描き、少女から発せられる色気に抗いがたいものを感じる。
自然と顔が再び近付き、少女の唇に吸い付くように自らのも合わせようとするも、
男は再び理性を総動員して堪える。だが、先ほどよりも僅かに縮まった、ほとんどまん前にある顔に再び見惚れる。
男は必死にお経を唱え、残っている理性を振り絞ってようやく少女から身を離そうとして、
眠っていたはずの少女が伸ばして腕にあっさりと捕まり、目を開けた少女に驚く。

「お、起きていたのか、月村さん」

男の問い掛けに応えず、少女は一瞬の隙をついて男の唇を塞ぐ。
瞬間――。

『あーー!』

大きな悲鳴にも似た幾つもの声が誰もいなかったはずの部屋に重なり響き渡る。

「ちょっ、ちょっと忍さん! 何をしているんですか!」

第一声を上げて二人を引き離した美由希は、怒っていますという顔で忍を睨み付ける。

「あははは〜、ごめんごめん。だって恭也の顔があんなに近くにあったからつい」

「ついで何て事をするんですか。ちゃんと台本どおりに眠っててくださいよ!」

美由希に続き那美も文句を言うが、忍はこれまた軽く謝って流す。
一方、急にキスされた恭也の方は顔を赤くして黙りこくり、顔を隠すように台本で隠す。

「そもそも、この配役からして納得いきません!」

「それはうちも同じやけれど、今更言ってもしゃあないやろう晶」

気持ちは同じなのだが、既に決まって練習までしている以上は仕方ないと割り切るレン。
だが、それとこれとは別で先ほどの件に関しては追求する気満々のようであるが。

「いや、だってさー、あんなシーンばっかりなんだもん。
 思わず我慢できなくなってもそこは笑って許してよ」

「だとすれば、この自主制作の映画の内容に問題があるのでは?」

カメラマンとしてそれまで黙っていたノエルが口を挟み、台本をペラペラと捲る。
『ご愁傷さま二ノ宮くん』と書かれたその台本を。



ことの起こりは数日前の事である。
約一ヶ月後に行われる学園祭に向けて、恭也たちの通う風芽丘学園にひっそりと存在する映画研究部が、
自主制作の映画を作ろうとしたのである。
元々部員数も多くない英研は映画に出てくれる生徒を探していたのである。
そこで目に付いたのが忍であった。見目麗しき彼女こそヒロインに相応しいと部長は熱心に交渉し、
とある条件の下、ようやく了承を得たのである。
その条件と言うのが、恭也の共演であったのは恭也にとっては不運としか言いようはないが。
ともあれ、調子よく撮影が開始されたまでは良かったのだが、カメラが故障してしまったのである。
修理にも時間が掛かるという事になり、忍が家で眠っていたカメラを提供したのだが、
今にして思えば、これが間違いの元であった。尤も、その時点で分かるはずもなく。
結論から言うと、カメラが爆発したのである。
昔、忍が弄って何かしたと思い出したのは爆発があった後の事である。
結果、恭也に庇われた忍と恭也自身は無傷だが、他の部員は軽い怪我を負ってしまったのである。
そうして急遽集められたのが、このメンバーであり、
ついでとばかりに忍によって作品まで入れ替わってしまったのであった。

「サキュバスで月村、結構楽に演じれると思ったんだけれどな」

言いながらもその顔は非常に楽しそうである。
言葉とは裏腹に、本人は一向に困った様子など見せていない。

「今からでも遅くないから、作品を変えないか」

「えー、それは難しいかな。
 今まで撮った分も無駄になるし、また初めから台本とか覚えないといけなくなるよ」

忍の言葉にそれは嫌だとばかりに顔を顰めるも、恭也は渋い顔のまま言う。

「よく考えたら、かなり際どいような気がするんだが。本当に学園祭でここまでやっても良いのか」

「そうかな? ノエル〜、カメラアングルはちゃんとしてくれているのよね」

「はい、その点は大丈夫です。ギリギリ見えそうで見えない感じにしてますから」

「ほら」

「いや、だからこそまずいんじゃ」

渋る恭也に対し、忍は顔を覆って泣き始める。

「酷い、昨日はお風呂のシーンまで撮影したのに。
 あまつさえ、私の裸を見ておいて、今更なしにするなんて。
 恭也は私の裸を見るのが目的だったのね!」

目的も何も、ちゃんと水着着用(恭也が強固にお願いした)の上、この台本を用意したのも忍であれば、
恭也を巻き込んだのも忍であるのだが、その言葉に恭也は大いに慌て、どうすれば良いのか戸惑いを見せる。
だが、ここには恭也以外の者たちもおり、美由希たちはそろって忍を白々しいと言わんばかりの視線で見る。
その視線に耐えかねたのか、忍はあっさりと手を外す。

「まあまあ、もう半分まで撮ったんだから今更考えるだけ無駄だって。
 こうなったら最後まで完成させましょう」

「……はぁぁ」

撮影を始めてからすっかり増えた溜め息を深々と吐き出し、恭也は疲れた顔を見せる。
そんな恭也の腕に抱き付きながら、忍はその耳元にそっと囁く。

「昨日の事を思い出して、興奮した?」

「……とりあえず、お前の頭の中を解剖してみたいという欲求に駈らるんだが?」

「そんな、そこまでして私の全てを知りたいのね」

「男性恐怖症のサキュバスなんだろう。なら、離れろ」

言っても無駄だと悟った恭也がそう言えば、忍は余裕の笑みで返しながら、

「だけど、ある男の子だけは平気なのよね♪」

「……本当に精気を吸い取られているような気がしてきた」

「それは後で二人きりの時にね♪」

悪戯っぽい笑みとその台詞に赤くなって固まる恭也の腕を離し、忍はリテイクのためにもう一度配置につく。
再び寝転がり目を閉じる忍を見て落ち着きを取り戻した恭也は、そんな忍に苦笑を漏らしつつ、
こちらも配置につくのであった。一方、完全に蚊帳の外に置かれた形となった美由希たちは、
何も口を挟む事が出来ず、再び始まろうとしていた撮影にそのまま口を閉じるしか他なかった。



とらいあんぐるハ〜ト3 学園祭だよ、恭也くん



   §§



広大な敷地を誇る聖フランチェスカ。
その中を歩く大所帯の一向がいた。
それだけ人数がいれば、自然と賑やかになるのは仕方なく。

「ほんまにあきちゃんもかずピーも白状やで」

「そうなの?」

「そうなんや。聞いたってや結衣佳ちゃん。
 俺がわざわざ理事長から出た宿題を忘れている二人に教えてやったと言うのに……」

「だから、俺は忘れてなかったって言ってるだろう及川」

「へん、そないな事言うて、覚えとったのはあきちゃんやのうて結衣佳ちゃんやろう」

及川の言葉に章仁は言葉に詰まり、結果として及川を無視する事にして結衣佳と話をしだす。
幼馴染でのほほんとした結衣佳はくすくすと笑い声を上げつつも、すぐに章仁と楽しそうに話を始める。

「お兄ちゃん、ちゃんと勉強もしてよ」

「羽深、それは無理だ。俺は勉強をすると頭が痛くなるという持病が……」

「それ、持病でも何でもないからね」

「って、何でおまえが横から突っ込んでくるんだ」

「それはキミが羽深ちゃんを困らせるからでしょう」

章仁の言葉に頭の左右をロールにした少女、莉流がすかさず返す。
そんなやり取りを面白そうに見つめていた金髪の少女が小さな笑い声を上げる。

「みろ、おまえの所為でソーニャに笑われたじゃないか」

「すぐにそうやって人の所為にする!」

「事実だろうが」

火花を散らすように睨み合う二人の間で、ソーニャが困ったように右往左往する。
自分が笑った事で険悪になったと涙目にさえなる。
だが、そこにおっとりとした声が割ってはいる。

「二人とも仲良しさんだね」

「結衣佳、おまえにはそう見えるのか」

「結衣佳さん、それは誤解です!」

「ほら、息もぴったり」

のほほんとした結衣佳の雰囲気に、章仁と莉流も毒気を抜かれて大人しくなる。
そんな風に賑やかな一行は揃って、学園の敷地内にあるとある施設へと向かう。
これこそが全ての発端であった。
後にそう思ったりもしたのだが、今ではまだそれが分かるはずもなく。




「恭也さんは兎も角、如耶さままで忘れていたなんて珍しいですね」

「彩夏さん、それではまるで俺だと当然だと聞こえるのですが」

「すみません、そんなつもりはなかったのですが」

おっとりとした笑みを浮かべて恭也にそう答え、彩夏は謝罪を口にする。
だが、本当に反省しているのかは怪しい所であるが。
対し、彩夏とは恭也を挟んでの逆隣に並んで歩いていた如耶はしたり顔で頷く。

「そう思われても仕方ないという事でござろう。
 嫌なのであれば、常日頃からもっと勉学に励めば良いのだ」

「……ちなみに、今回は如耶さんも忘れていたという事を忘れないでくださいね」

「そ、それを言われると確かに強くは言えぬが。
 だが、それがしは一応、ちゃんとした事情があるのだから致し方あるまい」

「急に実家に呼び戻されたんでしたよね。何かあったんですか」

「いや、大した事ではござらんよ。それにもう終わり申したゆえに。
 彩夏殿、心遣いいたみいる」

左右に美女を連れて、正に両手に花という状態で歩く恭也。
だが、幸いにも今現在は人通りはなく目立つ事はない。
学園のアイドルとなっている如耶は本当に人目を引く存在なのだ。
出来るだけ目立ちたくない恭也にとって、今の状況は喜ばしいものであった。
この時はまだ、あんな事に巻き込まれるなど思いもしないのであった。



闇夜に何かが壊れる音が響き渡る。
それを見て白い少年が舌打ちをし、目の前で邪魔をした一刀を忌々しく睨み付ける。
光が辺りを包み込み、一刀の体も光に包まれていく中、少年の怨嗟の声が響く。
それとは別に、一刀に投げられる心配するような声が複数。
一刀が背後を見れば、そこには友達や先輩の姿があった。

「何か分からないけれど、まずい気がする。それ以上は近づかない方が――」

一刀が全て語るよりも早く、光が急激に膨れ上がり、一刀だけでなく新たに現れた者たちをも飲み込む。
強烈な光が消えた後、そこには割れた鏡だけが残され、他には何も、本当に何も残されていなかった。



「天の御遣い? 俺が?」

一刀が目を覚まし、色々あった末に目の前に現れた少女に言われた言葉。
それを鸚鵡返しのように呟きながら、その脳裏では全く別の事を考えていた。
関羽と名乗った少女。電波の届かない携帯電話。
何処までも広がる荒涼とした大地。三国志の時代に来たのかと思うも、目の前の人物は女の子。
激しく混乱する一刀に恭しく頭を下げ、関羽と名乗った少女は更に言葉を紡ぐ。



「はい、羽深ちゃん。炒飯あがりだよ」

「こっちもラーメンあがったぞ」

「はーい。ソーニャちゃん、あっちのお客様にお冷をお願い」

「分かりました」

小さな店ではあるが、席は全て埋まっており、その中を忙しなく走り回るのは二人の少女。
この辺りではまず見当たらない、ひらひらとした服装に身を包み、接客に精を出している。
店の奥、厨房では少年と少女が鮮やかな手付きで包丁を、中華鍋を振るう。
楽成城にある日出来た店は、その料理の美味さや珍しい料理などを出すとしてあっという間に口コミ広がり、
今では昼時にはこうして大勢の客で賑わっていた。
そんな中、新たな来客が現れる。

「いらっしゃいませ〜、って、紫苑さん。どうかしましたか」

「ふふっ、そんなにかしこまらないで。今日は純粋に料理を食べに来たのよ」

「羽深お姉ちゃん、こんにちは」

「璃々ちゃん、こんにちは。えっと、カウンター――厨房の前でも良いですか」

「ええ。ソーニャちゃんもこんにちは」

「いらっしゃいませ。あ、すみません、あちらのお客さんの」

「ああ、気にしないで。私たちは羽深ちゃんに案内してもらうから」

「すみません」

一言謝罪し、ソーニャは注文を取りに新しいお客のところへと向かう。
その背中を眺めながら、カウンターに席を下ろした紫苑へと厨房の中から章仁が挨拶をする。

「いらっしゃい、紫苑さん」

「ふふ、結構評判良いみたいね」

「お陰さまで。本当に身一つで放り出された時はどうしようかと思いましたけれど、その場所がここで、
 それも紫苑さんと知り合えて良かったですよ」

「本当だよね、あきちゃん。お陰で、こうして暮らしていけるもの」

章仁の後ろで包丁を振るいながら、やはりのほほんと結衣佳が言う。
そんな二人を微笑ましく見遣り、

「それでも、こうしてちゃんとお店を軌道に載せたのは、皆の実力よ。
 私はただ場所を貸しただけだもの。それに珍しくも美味しい料理を口に出来るんだもの。
 私の方こそ、あの決断に感謝だわ」

そう言って微笑む紫苑の隣で、璃々はメニューと睨めっこをし、一つ一つ指差しては、
羽深にどんな料理なのか尋ねていた。



「華琳さま、次はあっちのお店に行きましょう」

「ええ、そうね。ほらほら莉流、そんなに急がないの」

似たような髪形の少女二人の後を追うように、幾分か重い足取りで後に続く一人の少年。

「ちょっ、自分らちょっとは待ってぇなぁ。
 こないに荷物持たせて、それは折衝やろ」

「はぁ、全くそれぐらいでだらしないわね」

「莉流の言うとおりだわ、及川。春蘭なら楽に持って付いて来るわよ」

「あの姉ちゃんと一緒にせんといてぇな。
 何たってわいは繊細なんやから」

「つまり、春蘭さんはがさつだって言いたいのね、キミは」

「へぇ、これまた勇気のある発言をするじゃない。
 城に帰ったら、春蘭に伝えておくわ」

「ちょっ! じょ、冗談やんか。そない殺生な事――」

慌てて二人を止める及川を一瞥し、二人はさっと目配せをすると小さく頷きあう。
それに気付き、嫌な予感を抱くも、実際に春蘭にある事ない事言われては堪らないと、
及川は二人の言い出す無茶に備えて、心だけは準備をするのであった。



「彩夏、良いか」

「蓮華さん、どうぞ」

簡素なベッドの上に横たわっていた彩夏は、部屋の外から聞こえてきた声に体を起こす。
部屋に入ってきたのは、彩夏と同じ年頃の少女で、少し難しい顔をして用件を切り出す。

「彩夏の言うような人物はやはり都にはいないみたいだな」

「そうですか」

わずかに落ち込みそうになるも、すぐに笑顔を見せる。
それを痛々しく思いながらも、今回はもう一つ朗報があると告げる。

「天の御遣いと名乗る者が現れたらしい。もしかしたら、彩夏の言っていた友達かもしれないな」

「その方と会えませんか」

「それは難しい」

申し訳なさそうにする蓮華に気付き、彩夏は逆に慰める。

「気にしないでください。きっと皆さん無事でしょから」

いつか会えると信じているとそう告げると、彩夏は少し遠くを見る目つきになるのだった。



何処まで続く荒野。そこを歩く二つの影。

「しかし、一向に街が見えてこないな」

「だから申したではないか。あそこは右だったのだ」

「いや、如耶さんもこの道で良いと賛成したではないか」

「それは恭也殿が譲らぬ故に」

そんな事を言い合いながらも、二人の足取りはしっかりとしており、かれこれ一時間も歩いたとは思えない。
だが、行けども行けども同じような風景に流石に飽きてき口数が増えている。

「しかし、本当に何処なんだろうな、ここは」

「過去、もしくは異世界だと申したのは恭也殿だったと思うが」

「如耶さんも同意したよな」

「まあ、あれだけの事を見せられ、人々の話を聞けば、そう納得出来る所もあるゆえ。
 それにしても、他の者たちはどうしているのだろうな」

「一番良いのは、ここに来たのは俺たちだけだったという事なんですがね」

「少なくとも北郷殿だけはこちらに来ているであろうな。
 あの光の中心にいたのだから」

光に飲み込まれ、気付くと二人はとある村の外れで倒れていたのである。
そこを村の人に助けられたのが十数日前。
他の者は居なかったと聞き、暫くは村で暮らしていたのだが、
とある街に天の御遣いが現れたという噂を耳にしたのである。
もしかしたらと思う所もあり、二人はとりあえず洛陽を目指してこうして旅に出たのであった。



春恋姫ハ〜ト プロローグ 「大勢でやってきちゃった異世界!?」



   §§



それは夏休みも終わりに近づいたある日のこと。
病院へと向かう道すがら、恭也は心底嫌そうなオーラを身から放出する。

≪マスター、そこまで嫌がらなくても良いではないですか。フィリス先生もマスターの事を思えばこそ≫

≪それはよく理解している。しているのだが、あのマッサージだけはどうにかならないものか≫

ため息混じりに紡がれた念話に対し、恭也のデバイスであるグラキアフィンは、
マスターの上げる声を聞いているだけに肯定したいのだが、
その後に身体の調子が良くなっているのが分かるだけに否定もしたいという複雑な胸中を、
言葉にする事が出来ず、曖昧な笑みを浮かべる恭也と同年代ぐらいの少女のイメージという形で送る。
脳裏に浮かんだ映像に苦笑を見せ、

≪しかし、ラキアは器用な事をするな≫

≪私は進化するデバイスですから≫

どこか誇らしげに胸を張る女性。
勿論、恭也の脳内でのみ展開される映像なのだが。

≪しかし、脳内の映像と実際目で見ている映像をはっきりと区別できるマスターこそ器用では≫

≪よく言う。そうし易いように何かしているのだろう≫

≪やっぱり分かりましたか。とは言え、そんなに大した事はしてませんよ。
 それに、それでもちゃんと二つの映像を分けて捉えて認識できるのは、やはりマスターの才能ですよ≫

互いに相手を誉めながら、ようやく目的の病院へと辿り着くのだった。
これが、新たな出会いを招くこととなるのだが、この時はまだそれを知らない。



「レン、見舞いに来たぞ。どうだ、調子は」

「お師匠、いらっしゃい。今日は通院の日でしたな。
 うちの方は順調です。この調子なら、来月中には退院できるとの事ですし。
 それで、お師匠の方はどうでした?」

「ああ、少しフィリス先生に怒られたが……。と、来客か」

レンと話をしていた恭也は、ノックされた扉へと近づいて開ける。
と、車椅子の少女が礼を言いながら入ってくる。

「レンさん、また寄らせてもらいました〜。
 って、すみません、来客中でしたか」

「ああ、気にせんで良いで、はやてちゃん。
 そちらが、前にうちが話をしていたお師匠や」

車椅子の少女、はやてに話し掛けるレンの声を背中に聞きながら、恭也は車椅子を押して入ってきた女性を見る。
同様に、女性の方も恭也を窺うように見つめ、互いに微笑すると肩の力を抜く。

「なあ、前に言うたとおりになったやろう」

「ほんまですな。シグナムと似ているかも」

二人してクスクスと笑っているのだが、その意味が分からずに首を傾げる恭也に対し、
シグナムと呼ばれたはどこかばつが悪そうな顔を見せる。

「気にしないでくれ。前に私とお主が会ったら、共にある反応をするとレン殿と主はやてが話されていてな。
 私としては否定したのだが……」

そう言って苦笑するシグナムに、恭也も何となく分かったような気がして一つだけ頷くのであった。



「……恭也さん、どうして貴方は僕の前に最初は敵側として立つんですか」

「いや、そんな事を言われても、俺自身よく分かっていないんだが。
 単に知り合いが襲われているようだったから、割って入ったらクロノたちだっただけで」

夜空の下で計らずも対峙する事となったのは、恭也とクロノ。
思わず頭を抱えるクロノに対し、恭也は本当に分からないと言った様子であったが。



「今回の件に関して、俺は完全に管理局側に着く訳にもいかなくなった。
 とは言え、敵対するつもりもない。さて、どうしたものか。なぁ、ラキア」

【私はいつでもマスターの味方です。マスターの思うままに行動なさってください。
 きっと、それが良い結果を招くと思います】

白い宝玉からホログラムのように20センチ程度の女性の映像を映し出し、
慰めるように恭也の手の甲にそっと手を置く。
実際に触れる事は出来ないが、恭也はそこに確かな温かさを感じ、一つの決意をする。



「謎の剣士、参上……。激しくデジャヴを感じるのだが、きっと気のせいだな、うん」

何て展開はなく、至って真面目に事態は進んで行き――



「ようするに、その防御プログラムを壊せば良いのだろう。
 守るために壊すのなら、俺の専門だ。遠慮はいらないな」

グラキアフィンを構え、恭也は眼下を見下ろし魔力を高める。
それに呼応するように、周囲でも魔方陣が展開されていく。



リリカル恭也&なのはA's



   §§



歴史――過去に起こった出来事や移り変わってきた過程などを差し、記録や文章として後世に伝えられるもの。
常に事実のみが伝えられる訳でもなく、その時の王や勝者などによって改竄や捏造される事もある。
しかし、それは大よその事実が伝えられ、それを元に真実を明かす研究者たちもいる。
だが、光があれば影が、大概の物に表と裏があるように、歴史にもまた表と裏が存在する。
一般的に広く知られている表の歴史とは別に、殆どの人の目には触れる事なく、
ほんの一部の者たちのみに伝えられる裏とも言える歴史が。
何故、それが隠されたのか。隠されなければならなかったのか。
それは知られれば大きな混乱を世にもたらすから。
繁栄しているように見える人類を絶望が襲うから。
それは中世より飽くことなく繰り返されてきた一つの戦いの歴史。
そして今も尚、続いている人類の敵との戦い。
人に酷似した容姿を持ちながら、その身体機能は軽く人を上回り、狡猾で残忍な謎の生命体――NON-HUMAN
そう名付けられた者たちと人類が極秘に設立した戦闘組織『GOI』の戦いの歴史、
これこそが決して明るみに出ないもう一つの歴史である。



日本本土から遠く離れた海上にぽつりと浮かぶ孤島、瑠門島(りゅうもんとう)。
親島と子島の二つからなるこの島は、戦後は炭鉱として多くの人々が生活をしていた。
しかし、それは既に昔の事で今では完全な無人島となっている。
だが、その島にここ数日上陸する者たちが居た。
それも一人や二人ではない。何十、もしかすると何百という人間が一様にこの島目指して海上を進む。
その中に一般人の姿はなく、彼、彼女は皆スレイヤーと呼ばれるNON−HUMANと戦う戦士たちであった。
今、ここでかつてないほどの大規模な作戦が始まろうとしていた。



「ここが瑠門島。ここにたくさんのNON−HUMANが居るのね」

「姉さん、気をつけて」

「分かってるわよ。雹は心配しすぎよ」

新たに島へと上陸した少女が前をしっかりと閉じたコートにマフラーという出で立ちの少年へとそう返す。
少年の格好も人目を引くものではあるが、少女の格好もまた人目を引くようなものである。
肩を完全に肌蹴させた胸元の大きく開いた服にミニスカート。
それだけならば異様さはないのだが、その腰に下がっている日本刀と首に付けられた無骨な、
まるで手錠のような首輪の所為でそう感じられる。
尤も、この島に居る者たちは少なからず武装しているので、少女が武器を所持していても違和感はないだろうが。

「まあ頑張ってスコアを稼ぐ事だな姫菜」

ここまで二人を連れてきたと思しき男は簡単な挨拶を済ませると、
こんな物騒な所はごめんだとばかりにさっさと引き上げていく。
それを見送り、姫菜と雹は拠点を探すべく残橋から内地に向かって歩き出す。



「時原に雹くんか。二人もこの島に来ていたんだな」

「あ、高町さん。お久しぶりです」

島の中を見て歩いている内に、二人は知り合いに出会う。
まず最初に雹が挨拶をすると、続けて姫菜も先程までの険しい表情から一転して柔らかい表情になり、

「そっちも元気そうね。恭也も来てたんだ」

「ああ。かなり大きな作戦だと聞いてな。
 時原たちはスコア稼ぎか」

「まあね。私は恭也たち傭兵スレイヤーと違って、自由になるためにはあいつらを殺さないといけないもの」

「そうだったな」

恭也は姫菜の首に付いている首輪、そこに鈍く光るごつい数値の刻まれたカウンターを見る。

「あ、別に恭也の事をどうこう言っているんじゃないわよ。
 恭也はお金の為に戦っているんじゃないって知っているし、
 FRスレイヤーである私たちにも普通に接してくれるしね」

慌てて取り繕うように言う姫菜に雹も同意するように頷いて見せる。

「そうか。見たところ寝床もまだ決めていないみたいだな。
 向こうに水道もガスも生きている建物があったぞ」

「本当に!?」

「ああ」

「雹、行くわよ」

恭也の言葉を聞くなり走り出す姫菜の後を追おうとして、雹は一旦立ち止まると恭也に頭を下げる。
慌しい二人の背中を見送りながら、相変わらずだなと苦笑混じりに呟く恭也であった。



「ジュスティーヌ!」

多くのスレイヤーたちが集まる島の広場で見かけた女性を見て、
姫菜は今にも掴みかからんばかりの形相で迫る。それを雹が何とか止めるも、姫菜は噛み付かんばかりに睨む。

「……ああ、お前か。お前もこの島に来ているとはな。
 今度は邪魔をするなよ、犬」

「くっ! アンタの所為で私が……」

「姉さん、落ち着いて。相手はSaintsのリーダーなんだよ。しかも七賢人の一人でもあるんだから。
 下手に逆らったらまた前みたいに」

姫菜の耳元で落ち着かせるために告げた言葉に姫菜も掴み掛かるのは止める。
だが睨み付ける事だけは止めず、鋭い眼光を飛ばす。
それを意にも返さずに髪を掻き揚げ、ジュスティーヌは鼻で笑う。

「フン、よく出来たハーフの弟だな」

「っ! 雹、離しなさい!」

ジュスティーヌの言葉に飛び掛りそうになった姫菜を後ろから押さえ、雹は落ち着かせようとする。
だが、今度はすぐに大人しくならずジュスティーヌへと腕を伸ばす。
その手がジュスティーヌに届けば、また難癖をつけられて罰として何かをされるかもしれない。
雹はその事に危惧を抱くが頭に血の上った姫菜はそんな考えなど吹き飛んでおり、
殴らないと気が済まないとジュスティーヌの胸倉を掴もうと手を伸ばす。
それを可笑しそうに黙ってみているジュスティーヌの態度が更に姫菜を熱くさせる。
後少しで姫菜の手が届くといった所で、その手は横から伸びてきた手によって掴まれる。

「落ち着け時原」

「高町さん」

「離して恭也!」

姫菜の腕を掴んだ主、恭也の登場に二人は違う反応を見せる。
明らかにほっとした様子を見せる雹と邪魔をするなという目で睨みつけてくる姫菜。
未だに頭に血が上っているらしい姫菜を雹と二人で押さえながら、恭也はジュスティーヌと姫菜の間に立つ。
顔だけを後ろへと向け、

「ジュスティーヌさんもあまり時原をからかわないでください」

「別に私はからかったつもりはない。ただ思った事を口にしただけだ」

顔見知りらしい二人の会話にも構わず、姫菜は前へと進もうとする。
だが、流石に二人がかりで押さえられて一歩も進む事ができない。
恭也は嘆息しつつジュスティーヌへと声を掛ける。

「事情はよく分かりませんが、とりあえず姫菜は連れて行きますよ」

「好きにしろ。それにしてもお前がその犬と知り合いだったとはな」

「時原は俺の知り合いです。だから、犬と言うのは止めてもらえませんか」

別段声を荒げる事もなく、ただ静かにそう告げる恭也にジュスティーヌは何も言わずに手を振る。
恭也の言葉には答えず、さっさと行けとだけ告げる。
それに対して何か言おうとするも口を閉ざし、恭也は雹と二人で姫菜を連れて広場を後にする。
残されたジュスティーヌは面白くなさそうに恭也たちの去った方を暫く見ていたが、やがて踵を返すと立ち去る。



瑠門島で繰り広げられるNON−HUMANとの戦いは日増しに激しさを増していく。
その中で見え隠れする隠された真実。
果たしてその先に待つものとは――



GUN−HEART



   §§



一日の授業が全て終了し、恭也は鞄を手にすると帰宅するために立ち上がる。
教室の扉を開けた恭也の後ろから、忍が同じく鞄を手に持ち追いかけて来ながら話し掛ける。

「恭也〜」

「どうかしたのか?」

「この後――」

「恭ちゃん」

忍が言いかけた言葉を遮り、廊下側から開いた扉に手が伸ばされ恭也の腕を掴むと教室から引っ張り出す。
蹈鞴を踏みつつも廊下へと出た恭也は、腕を突然引っ張った相手、美由希を見下ろす。

「行き成り何をする」

「だって恭ちゃんが教室から出てこようとしているのが見えたから」

つまり、美由希は恭也が教室に出ようとするよりも前に廊下にいたと言うことだが。
ともあれ、美由希は恭也の腕を、自身の胸の形が服の上からも歪んでいるのが分かるぐらいに強く抱きしめ、
おねだりするように逆に恭也を見上げる。

「恭ちゃん、今日家に帰ったら一本付き合って。何となく貫のイメージが掴めそうなの」

「ほう、意識して貫を」

感慨深そうにそう零すと、先程から恭也の隣にいた忍を思い出して声をかける。

「そう言えば、忍は何か用か?
 さっき何か言いかけていたようだが」

「あ、ううん、何でもないわよ。それよりも、美由希ちゃんと鍛錬するんでしょう。
 早く帰った方が良いんじゃない? 私は少し寄り道してから帰るわ」

「そうだな。途中まで一緒に帰るか?」

恭也が忍にそう言うと、美由希は恭也の腕を更に強く抱き寄せる。
その一瞬だけ美由希の表情から感情が全て消えて仮面のような顔を覗かせるが、それには誰も気付かなかった。

「それじゃあ、途中まで一緒に」

「ああ。と、美由希、そろそろ腕を離せ」

「えー、良いじゃない。早く帰ろうよ、ほらほら」

恭也の腕を引っ張り、下駄箱へと向かう美由希。
尚も離すように言うが、美由希は聞く気はないとばかりに強引に引っ張っていくのだった。



鍛錬を終えた美由希は風呂から上がるとキッチンに顔を出す。
だが気配は消し、夕飯の支度をするレンの後ろ姿をじっと見詰めたまま動かないし声を掛ける素振りもない。
何処となく虚ろにも見える目で作業をしているレンの背中をただただ黙って見詰める。

「恭ちゃんのお世話は私がするのに……。でも料理はまだ勉強中だから仕方ないよね。
 恭ちゃんのためだもの、我慢しないと。……そうだ、恭ちゃんの背中を流してあげよう。
 きっと喜んでくれるよね恭ちゃん」

レンから視線を外すと、美由希は自分と入れ替わりに風呂に入っている恭也の元へと向かう。
その顔は既にいつもの美由希と変わらず、先程キッチンで見せていたのが見間違いではないかと思うほどである。
脱衣場で服を脱ぎ始める美由希に気付き、恭也が風呂場から話し掛けてくる。

「どうかしたのか、美由希」

「何でもないよ」

恭也が気付いて上がる前にと素早く衣服を脱ぎ捨て、衣類をそのままに戸を開け放つ。
慌てて顔を背ける恭也に構わず、美由希は平然と言う。

「恭ちゃん、背中を流してあげるよ。ほら、こっちに来て」

「いい、いらん」

「遠慮しなくても良いんだよ」

「そうじゃなくて。ああ、もう俺はあがるから」

「あ、待って」

素早く美由希の腕をすり抜けて風呂場を後にする。
残された美由希は恭也の出て行った扉を呆然と見詰め、

「酷いよ恭ちゃん。こんなにも恭ちゃんの事が好きなのに。
 ……そうか、皆がいるから恥ずかしいんだね。だったら夜中なら良いよね。
 それなら恭ちゃんも喜んでくれるよね」

自己完結すると美由希もまた風呂場を後にするのであった。



夕食の席でも美由希は何かと恭也に話し掛け、恭也が少しでも他の子と話すと途端に剥れたような顔を見せる。
尤もそれに気付いているのは恭也だけだが、恭也は恭也で何故そんな顔をするのか分からずに首を傾げる。
様子が可笑しい美由希に話し掛けると、途端にさっきまでの態度が嘘のように嬉しそうに言葉を返してくる。
故に段々と気のせいかと思い始めるのだが、晶やレン、なのはと話をするとやはり拗ねたような顔になる。
食後は食後で、話の流れから恭也がなのはを褒めて頭を撫でれば、

「恭ちゃん! 私にもやって」

「……お前の何を褒めろと」

「うぅぅ、なのはばっかりずるいよ!」

言って怒りながら恭也の腕にしがみ付く。

「やっぱり邪魔だよね」

そう小さく呟かれた言葉を恭也は偶々聞いてしまう。
その一瞬に見せた美由希の光の灯らない瞳を見て、恭也は背筋に悪寒を感じる。

「美由希?」

「うん、何々?」

だが、恭也がやや強張った表情で声を掛ければ、嬉しそうにいつものような顔で見返してくる。
さっきのがまるで嘘だったかのように。
実際、こうして今見ている限りではおかしな所はなく、きっと気のせいであったのだろうと恭也は納得する。
だが、その直後、恭也に甘えるように抱きついたなのはを見る美由希の視線に再び悪寒を感じる。
それは妹に向けるようなものではなく、まるで親の仇を見るような眼であった。
恭也が見ていると感じたのか、美由希はなのはから恭也へと視線を変える。

「どうかしたの、恭ちゃん。そんなにじっと見られたら恥ずかしいよ。
 あ、勿論、見てくれるのは嬉しいんだけれどね♪」

またしても気のせいかと思う程に普通の目に戻っている。
だが、何かがおかしいと恭也は感じる。
ただ、それが何かと聞かれれば言葉には出来ず、上手く表現できないのだが。
とりあえず、当分は美由希から目を離さない方が良いかもしれないと考えるのであった。



あれから恭也は何かあれば、いやなくとも美由希の近くに居るようにした。
結果として、やはり気のせいだったかと恭也は思うようになっていた。
本当に殆ど一緒に過ごしていたのだが、美由希はその間はやたらと機嫌が良く、
あのおかしな目も一度として見ていないのだ。
ただ、他の子、特に女性と話していると拗ねたような怒っているような表情を見せるぐらいである。
恭也は気付いていなかったが、その際相手の女性を見る美由希の眼はやはりどこか薄暗いものと化しており、
それらは大抵、俯き気味で相手を見ているために前髪で隠れて恭也からは見えなかっただけなのだが。
恭也としては何も心配ないと判断して、前のように行動し始める。
それを感じ取り、美由希は何かと恭也に近づくのだが、今日は翠屋で手伝いをするからと引き離されてしまっていた。
一人家に帰って部屋に戻ると、美由希は床に座り込み、何をするでもなくただぶつぶつと何事かを漏らす。

「どうして、恭ちゃん……。急になんで冷たくするの。
 ……あははは、もしかして浮気してるのかな。そんな事ないよね。
 だって、私はこんなにも恭ちゃんの事を愛しているんだもん」

いつの間にか手にした小太刀の手入れをしながら、
美由希はここではないどこかを見ているかのように虚空に視線を向ける。
薄暗い部屋の中、窓から差し込んだ光に反射する刃に己の顔を映し込み、美由希は暗く哭う。

「恭ちゃん、恭ちゃん……」

その声を聞く者は幸いにも誰もいなかった。


美由希の狂想歌



   §§



香港警防隊――法の番人、非合法ギリギリの実力主義の団体として裏では有名な組織。
その組織が訓練場所として利用している廃墟に今、一人の少女が目を閉じて立っている。
辺りは薄暗く、少し埃臭いがそれを意に返さず、まるで見えない手を周囲に伸ばすかのように、ただじっと。
元がどんな事に使われていたのかも分からない、剥き出しの壁に床の部屋の中で外の様子を窺う。
気配を感じ取り、扉の前に男が四人立った事を感じ取ると、少女は手にしていた反りのある剣を静かに抜き放つ。
日本刀と類される刀を手に持ち、タイミングを計るかのように小さく身体を上下させる。
扉の向こう側で一人の男がドアノブに手を掛け、静かにゆっくりと回そうとした瞬間に少女は駆け出す。
最初の一歩目から既に早く、あっという間に扉の前に辿り付くとまだ開いてもいない扉へと力いっぱい蹴り放つ。
扉を開けようとしていた男は、内側から急に勢いよく開いた扉に鼻柱を強打されて思わずのけぞる。
その喉元に少女の手にした刀の柄が叩きつけられ、そのまま地面に倒れる。
それをろくに見ることもせず、少女はすぐに次の行動へと移っており、
ようやく獲物が飛び出してきて攻撃してきたのだと認識した他の男たちが銃を構えて発砲する。
だが、すでに少女はその身を低くして銃弾の軌跡からは身を引いており、弾は誰もいない空間をただ穿つのみ。
慌てて照準を合わせ直す男の懐に潜り込み、柄頭で脇腹とあばらの間を痛打し、
同時に襟元を掴んで他の二人の銃弾から身を守る盾にする。
引き金を躊躇う男たちへと掴んだ男を投げ飛ばし、その陰から残った二人に斬りかかる。
一撃の下に残る男たちの意識も刈り取ると、少女はようやく小さな吐息を零す。
首の後ろで一つに纏められた髪がそれに合わせて小さく揺れる。
ふと息を抜いた少女の視線の片隅、階下へと続く階段に動く影を見つけてそちらへと身体を向ける。
同時に飛び出してくる四人の男たち。既に照準は少女を捉えており、
少女は覚悟を決めたように前進をしようと足に力を込め、そのままその場に立ち尽くす。
男たちの背後から新たな影が現れ、それに男たちが気付く間もなくその合間を縫うように影が動く。
僅かに差し込む光に反射し、綺麗なプラチナブロンドが一筋の線を描く。
目を奪われるような光景にそぐわず、影が通過した後男たちは地面へと倒れていた。
それを成した目の前で長刀を手にした人物を見て、少女は詰めていた息をもう一度吐き出す。

「油断大敵だよ、悠花」

「す、すみませんリノアさん」

少女――悠花は助けてもらった礼を言いつつリノアと合流する。

「これでこちらに来た人たちは最後ですよね」

「ああ。後は恭也と美由希が隠れた方に向かったから――」

言いかけたリノアの言葉を遮るように、二人が持っていた無線が音を立て、
そこから美由希の声で本部を制圧した旨が伝えられる。

「どうやら、私たちの勝利みたいだな」

「やっと終わった〜」

リノアの言葉に悠花はようやく本当に気を緩ませ、疲れたように首を軽く回す。
その様子に苦笑を浮かべ、リノアが恭也たちと合流するべく歩き出すのを見て、慌てて悠花もその後を追うのだった。



「フィアッセからイギリスへの招待が来ているんだが……」

「わー、良いんじゃない恭ちゃん。今日で鍛錬も終了なんだし日本に帰る前に久しぶりにフィアッセに会おうよ」

ホテルの恭也の部屋に集まり、雑談などをしていた時、会話が途切れた頃に恭也が口にした話題。
それに真っ先に反応したのは美由希で、純粋に嬉しそうな顔をする。
悠花も控え目ながら、姉のように可愛がってくれたフィアッセと会いたそうにしているのは態度でバレバレである。
何でもないように装い、他の者の意見に任せるとばかりに腕を組んでいるものの、リノアも反対する様子などない。
三人ともが久しぶりの再会を楽しみにしている中、恭也は水を差すようで申し訳ないがと続ける。

「俺たちがここで鍛錬している事を、それが今日終わる事もしった上で、装備一式も一緒にという事だ」

恭也の言葉に三人の目付きが変化する。
戸惑うように、けれども不安な顔で見詰める悠花と強張った表情を見せる美由希。
対し、リノアは目を僅かに細めただけで何も口にしない二人に代わって発言する。

「それは何かあったという事か」

「分からない。詳しくは向こうについてからとしか言わなかったからな。
 だが、声の調子からすると何かあったと見て良いだろう。その上で俺たちを頼ってくれた」

「まさか、また四年前みたいに」

「そらはまだ分からない。ただ、一応は用心するに越した事はないだろうな。
 そして、もしもその通りの事が起こっているのだとしたら……」

それ以上は言わずとも、とばかりに三人は強く頷いて見せる。
大事な家族を守るのに理由はいらない。
闇が再び迫るというのならば、全力でそれを阻むだけ。
無言ながらも四人は共通した思いを胸に秘め、イギリスへと旅立つのであった。



「これだけは言っておく。私たちの仕事の邪魔はしないでくれ」

久しぶりに再会した幼馴染エリスから浴びせられる強烈な言葉。
だが、恭也たちは独自にフィアッセを守るために動き出す。
その行動に腹を立て、両者の溝は広がっていく。
それに胸を痛めるフィアッセを他所に、事態は更に大きく発展していく。

「最後の遺産に加え、コンサートの中止だと!?」

更なる要求に人員を増やして対応に当たるエリス。
だが、それをあざ笑うかのように警備の隙を突いて直に届けられる脅迫状。
そして、背後に見え隠れする組織の影。
観客全てを人質とした更なる脅迫。

「美沙斗さんと架雅人の二人が助っ人として来てくれるらしい。
 とは言え、一人一人に付いて全員を守るという手段は取れない」

「となれば、私たちのやるべき事一つだな」

「ああ。守るために攻勢に出る!」

果たして、無事にコンサートは終了するのか。
そして、残された最後の遺産とは。

とらいあんぐるハート〜Sweet Songs Forever〜 X マリアさまはとらいあんぐる〜2nd〜

『双翼と双銃の戦歌』



   §§



「じゃじゃーん」

そう言って自慢気に忍が恭也たちに見せたのは一台の大型コンピュータであった。
月村邸は地下の一室。
遊びに来ないと誘われ、恭也たちが出向いた先で行き成り地下へと連れて行かれ、
前述の台詞と共に2メートルを越える布が取り払われ、中から出てきたコンピュータ。それを前に忍は胸を逸らし、
その際に恭也は目を天井を向け、数名がその手を自らの胸に当てて憂鬱そうな顔を見せる中、尚も続ける。

「人工AI、HIR−0よ!」

自慢の玩具を見せびらかす子供の如く、その瞳を輝かせる。
それに対し、一同はそれが何なのかも、どう凄いのかも分からずにただ反応に困る。

「あの……忍さん」

遠慮がちに那美がおずおずと手を上げれば、待ってましたとばかりに那美を指名する。

「はい、那美! 何かな、何かな? 質問があるんでしょう」

「えっと、はい。そのHIR−0というのは?」

「いい質問だわ。正式名、Higth-Intelligence-Reckoningプロトタイプゼロ。
 高処理演算知能機のプロトタイプよ!」

「だから、それがどうかしたのかという事だ」

恭也が補足するようにそう付け足せば、忍は笑みを更に深めて机の下から何かを引っ張り出す。
目を覆うゴーグルのような物と手に付ける感じのグローブ。
グローブの方には幾つかの細かいスイッチやボタンなども見受けられる。
その二つの内、ゴーグルの方にこれまた何処からか引っ張ってきたコードを付ける。

「これで準備はオッケーよ。これはね、はい恭也被って」

ろくな説明もせずに恭也にゴーグルとグローブを装着させると、自分も同じように身に付ける。

「全員の分もあるからね」

言って他の面々にそれらを一式配ると装着させる。
それらの準備が全て終わると、

「百聞は一見ってね。まずは実際に体験して頂戴。それじゃあ、スイッチオン!
 あ、ゴーグルに右耳のツル部分にスイッチがあるからそれを入れてね」

言って自分の分のスイッチを入れる。すると反対側の左耳のツルから口元へと何かが伸びる。
恐らくはマイクなのだろうか。
ともあれ、それを見て爆発はしないと安堵して恭也もまたスイッチを入れ、他のメンバーも同じように入れる。
瞬間、世界が暗転する。
思わず目を閉じた一同が次に目を開けると、そこは既に地下とは全く違う景色が広がっていた。
目の前に広がるのは広々とした平原。さっきまで室内であったというのに、肌に風を感じる。

「これは……」

呆然と呟いた恭也に答えるように、忍が胸を張って説明を始める。

「ここはヴァーチャルの世界よ。さっき見たHIR−0の中ね。
 で、ここはゲームの中。オンラインゲームってあるでしょう。
 言うならばそれよ。という訳で、皆でゲームしよう♪」

そう言って楽しげに忍は笑う。
まだ困惑する恭也たちにノエルがオンラインゲームの説明をしてあげる。
ようやく理解した恭也や美由希とは違い、なのはや晶たちは既に好き勝手に動いていた。

「はいはい、はしゃぐのはそこまでにして聞いてね。
 まずは職業を皆には決めてもらうから。因みに、このゲームは個人レベルと職業レベルが存在するの。
 操作に関しては、移動や会話などは普段と変わらないでしょう。
 で、細かい作業、メニュー画面を開いたりとかは左手にあるスイッチを押せば開くから」

順次説明をしていく忍の言葉に合わせ、揃って操作をして声を上げるメンバー。

「それじゃあ、まずは職業を決めちゃいましょう。かなり数があるから、慎重に選んでね。
 その職業に関する説明は表示されるから。で、操作の方だけれど」

忍の説明に従い操作していく恭也たち。
なのはや晶、レンなどはすいすいと作業を進めていくが、
やはり普段からあまりこういう事に慣れていない恭也たちは少し戸惑いつつも何とか作業をしていく。

「この上級職というのは選べないのか?」

「それは一般職のレベルを上げると自動的にチェンジできるものと、そこから転職しないといけないものとがあるのよ。
 その辺りも説明にあるわ」

「なるほど」

恭也は頷くと暫く考えた後、職業を決める。

「因みに皆のデータは既にHIR−0に入れてあるから、現実世界の能力がある程度は反映されるわよ。
 選んだ職種によって後で修正がかかるけれど。
 今の所、殆どのキャラはNPCだけれど、さくらやその友達が前にプレイしているはずだから、もしかしたら会えるかもね」

そんな事を話しながら、忍は自分のキャラを作っていく。
こうして全員が自分のキャラを作り終える。

「さてさて、それじゃあ皆のステータスを見せてもらおうかな。
 とりあえずは、全員同じパーティーという事にして……」

忍だけがそこから更に幾つかの操作を行い、全員の頭上にステータスが表示される。

高町恭也
種族:人
職種:盗賊
Lv:5 職種Lv1

高町美由希
種族:人
職種:剣士
Lv:4 職種Lv1

高町なのは
種族:人
職種:魔法使い
Lv:1 職種Lv1

城島晶
種族:人
職種:武道家
Lv:2 職種Lv1

レン
種族:人
職種:僧兵
Lv:2 職種Lv1

神咲那美
種族:人
職種:神官
Lv:3 職種Lv1

久遠
種族:獣人(狐人族)
職種:巫女
Lv:5 職種Lv1

月村忍
種族:半妖
職種:絡操師
Lv:4 職種Lv1

ノエル
種族:機械人形
職種:見習いメイド
Lv:5 職種Lv1



「恭也の盗賊っていうのは、上級職を見据えた選択なのね」

「ニ刀に暗器で探したら、これが一番近かったんでな。
 にしても、巫女やメイドまであったのか」

「ふふん、ざっと職種だけでも100近く作ったからね」

何故か自慢げに胸をそらす忍に、なのはが当然のように尋ねる。

「だとしたら、忍さんは何をどうすれば良いのか全部知っているという事ですか?」

「そうでもないわよ。そこで、この人工知能AI、HIR−0の出番なのよ。
 私は基本的な部分だけを作って、後は勝手にこのコンピュータがやってくれているの。
 だから、どんなイベントがあるとか、どんなアイテムがあるのかとかも分からないわ。
 自己進化するAIだから、職種とかも増えていくかもしれないしね。
 現に私はメイドという職種は作ったけれど、見習いメイドなんて作ってないもの」

無意味に高度な技術に感心する一同の中、それをゲームに使っているというのが忍らしいと恭也は一人苦笑を見せる。
それに構わず、忍は次の操作に移る。

「それじゃあ、早速プレイしましょう。
 ここはプレイ前の場面でモンスターも出ないから、ここで一通り操作に慣れてもらって、
 それが終わったら最初の街にワープしましょう。あそこの装置に入れば、自動的にワープするから」

言って忍が示す先にあるのは、直径が二メートルの円形で高さが数センチ程の台座であった。
僅かに燐光を発しているそのワープ装置を確認し、それぞれにキャラを動かしていく。

「忍お嬢様」

「なに?」

既にテストプレイで操作に慣れているノエルが忍に話しかけた途端、高らかにファンファーレが鳴り響く。

『ノエルの職種レベルがあがった!
 ノエルは見習いメイドからメイドへとクラスチェンジした!
 HPが50あがった。MPが30あがった。TPが40あがった。
 力が5あがった。素早さが12あがった。器用さが22あがった。
 賢さが17あがった。運が4あがった。』

「えっと……」

「……恐らく、主人を決めたということでレベルがあがったのではないかと推測します」

「にしても、これはパラメータがあがりすぎじゃない!?」

「それは私に言われましても……」

忍の叫びにノエルは困惑顔で返す。
そこにまたしてもBGMが流れる。

「えっ!? モンスター? ここでは出ないはずなのに。
 ううん、これはモンスターの音楽じゃないわね。恭也、ちょっと周囲を調べてみて。
 この中では盗賊が一番探索範囲が広いから。操作は……」

忍に言われた通りに操作し、周囲のマップを映し出す。
現実世界で恭也が付けているゴーグルに周辺の地図が映し出され、幾つかの光点が点滅をする。
しかし、それは全て仲間を示すものばかりで他には何も見当たらない。
それを忍に伝えたと同時、ノエルのすぐ後ろに一人の人影が現れる。

「ああ、そのように警戒しないでください。私はメイド協会からやってきました、メイドのサファリと申します。
 この度は新たな仲間の誕生を祝いに参ったのです」

「……クラスチェンジの度にこんなイベントが起こるの?」

「他のクラスまでは分かりかねますが、我がメイド協会では新たにメイドとなられた方に装備一式をお渡しするために、
 こうして協会の者がその元を訪れます」

「周囲探索に引っ掛からなかったんだが」

思わず恭也がそう漏らした言葉をしっかりと聞きとどめ、メイドはにっこりと微笑んでみせる。

「盗賊の探索能力に引っ掛かるようではメイドは務まりません。
 ご主人様とお屋敷を守るのもメイドのお仕事ですから。それはそうと、ノエルさんおめでとうございます。
 これからもメイドとして恥じない働きを期待してますわ。
 こちらはメイドとなられたノエルさんへのプレゼントとなります」

『ノエルはメイドさん用のモップを手に入れた。メイド服を手に入れた。』

ノエルに装備品を渡し終えると、メイドはあっという間に姿を消す。
やや呆然と見送りつつ、忍は気を取り直すように告げる。

「まあ、作成者の私もこんな風に全く何が起こるのか分からないぐらいに進化しているのよ。
 とりあえず、そろそろ街に出ましょう。あ、ノエルはちゃっちゃと装備しちゃいなさい」

忍の言葉に従い、ノエルはメニュー画面を開いて手に入れたばかりの装備品を装備する。

『ノエルはメイドさん用のモップを装備した。
 メイド服を装備した。』

「忍お嬢様、このメイド服、防御力がかなり高いです。
 お嬢様が普段やられているゲームで言うなら、中盤以降に手に入る防具並みに」

「あ、そうなの。ま、まあ、特典としてもらっておけば良いんじゃなかな。
 防具が良いって事は、他のステータスが低いとか、使える技術が少ないとかじゃないのかな」

「かもしれませんね」

職種レベルのアップによってあがった数値を見る限り、
ステータスに関しては低くはないと思いつつもそう纏めると本格的にプレイするために街へと向かうのであった。



「ポーションを一つください」

「はいよ。お使いかい、メイドのお姉ちゃん。本当にご苦労さん。
 こいつはサービスだ、持っていきな」

『ノエルはリンゴを手に入れた。ミカンを手に入れた。蜂蜜を手に入れた。
 マジックポーションを手に入れた。毒消し草を手に入れた。』

「……何で実際に買った物よりも、おまけの方が多いのよ!
 しかも、値段的に見てもおかしいじゃない!」

「と言うよりも、メイドだけやけに優遇されているような……」

忍の叫びに晶も思わずそう漏らさずにはいられない。

「まあまあ、落ち着いてください。同じ仲間なんですから、助かるじゃないですか」

「そうですよ、那美さんの言うとおりですよ忍さん。
 これから買い物はノエルさんにしてもらえば、かなり助かると思って」

「サーバーのAIの名前が悪かったんじゃないか……」

ぽつりと呟いた恭也の言葉は誰にも聞かれる事はなかった。



SO(シノブオンライン)



   §§



暫しの沈黙を破り、あの二人が帰ってくる――

「た、高町空曹長が!」

それは現場からのそんな一報から始まった事件。

「恭也くん、もう飛べないかもしれないって……」

「傍にいたのに、あたしは守ってやれなかった」

医務室で眠る恭也の横で、同じ年ぐらいの少女――ヴィータが悔し涙さえ見せて拳を握り締める。
それは半日以上も前のこと。
突如現れた謎の機械が遺跡で発見され、偶々近くにいた恭也たちが現場へと向かったのだ。
何故か魔法を打ち消す能力を持った機械を前に、恭也もヴィータも奮戦した。
だが、疲労していた恭也はいつもならば避ける事ができる攻撃を避けきれず……。
真っ白な、少し濁った雪に広がる赤い染み。
恭也の身体から止まる事なく流れ出る血に、急速に冷えていく身体。
その身体を抱きながらただ叫ぶしか出来なかった無力な自分。
ひたすら自らを責めるヴィータ。
そんな医務室の扉が開き、来訪者が現れる。
その姿を見た瞬間、誰もが呼吸すら止める。
そんな周囲の様子など目に入っていないのか、入った来た女性、なのはは真っ直ぐに恭也へと向かう。

「恭也!」

だが、なのはの呼び掛けにいつものような声は、笑顔は返ってこない。
握った手を握り返してくる事もなく、暫く呆然としていたがゆっくりと立ち上がる。
ヴィータは既に自らの死さえも受け入れたのか、大人しくなのはの前に立ち、
これから起こる惨劇に覚悟を決めた目で見詰め返す。
それでも、それでもこれだけはと口から謝罪が零れる。

「すまねぇ、あたしが傍にいたのに……」

「……ここに来る前に現場の映像を見せてもらったわ。
 あなたは出来る限りの事はしていた。
 私が今一番許せないのは、数年前のちょっとした事件の事で犯罪者呼ばわりしてこき使う阿呆たち。
 激務の連続で疲れているはやてちゃんたちを、それでも使おうとするバカ共。
 そいつらの所為で、恭也は無理しちゃったんだものね」

なのはが掌を上に向けて胸の前に持ってくると、瞬時にその上に赤い宝石が現れる。

「レイジングハートも許せないでしょう」

【Yes,Boss】

「そうだよね。なら、やらないといけないよね。
 あははは、今日が管理局滅亡の日だね。邪魔する者は力尽くで排除するよ」

とても良い笑顔を見せるなのはに、誰も口を挟む事ができない。
ましてや、その進行を止めようとする者など、彼女を知る者の中にはいなかった。

――今、白い悪魔がその牙を剥く!

「こちら地上警護部隊! 本部、至急応援をお願いします!
 このままでは戦線が維持できな……うわっ、あ、ああああ、や、やめ、やめてく……うわぁぁぁぁぁっ!」

「どうしました! ブラボー1応答願います! ブラボー1!」

――その日、かつてない災厄が振り降りる。

地上本部を僅か数時間で半壊させた白い悪魔は次の標的を本局へと移す。
行く手を阻む魔導師たちを叩きのめし、ひたすらその足は迷う事なく一つ場所へと向かう。
とうとう人気のない場所まで辿り着くと、目の前に聳える扉を邪魔だとばかりに吹き飛ばす。

「何故ここが!」

薄暗い部屋に入るなり、そんな声が聞こえる。
だが、人の姿は何処にもなく、あるのは幾つものコードとそれに繋がる何に使われているのか分からない各種機械。
そして、くすんだ液体で満たされた大きなシリンダーと、その中に浮かぶ脳みそのみ。
その脳を前にしてなのはは冷めた眼差しで、

「ふーん、こんな脳だけの阿呆共の所為で私の恭也が怪我をしたんだ。
 くすくす。このシリンダー、皹が入ったらどうなるのかしら?
 試しにどれか一つだけ皹を入れてみようか♪」

一思いに壊すのではなく、徐々に壊れていくように細工して恐怖を味わわせようとするなのは。
勿論、それを黙って見ている事など出来ず、誰が発したのかは分からないが静止の声が上がる。

「ま、待て!」

「あれ? 今何か聞こえなかったような気がしたけれど……。
 きっと気のせいだよね。だって人にものを頼むようような言葉じゃなかったしね」

「……ま、待ってください」

「うん? 一体なにかな? 今から忙しいから少し黙ってて欲しいんだけれど」

「よ、要求は何だ。いや、何ですか」

「そうだね……」

こうして秘密の会議が繰り広げられ、
恭也が戦線へと復活した時には、その隣に特別恭也顧問という役職についたなのはの姿があったという。
こうして、本部、本局を壊滅寸前にまで追い込んだ事件は、公式文章としては何一つ残らず、
あの無限書庫にすら残らず、ただ一部の関係者の間でのみ伝わる幻の事件としてその幕を閉じたのである。



教導官として二人の少女の前に立つ恭也。
それをスバルは感激したように見詰め、二人は再会の言葉を交し合う。
その横で防御プログラム対策として生まれたリインフォースUがティアナの傷を治しながら話し掛ける。

「高町一等空尉の事を知っているですか」

「はい」

ティアナが恭也に関する事を言い並べていると、その前にリンフォースがやって来る。

「その通りだ。だが、恭也を語る上で外せないのはそのレアスキルだ。
 お前もそれだけはよく知っておくんだ。じゃないと、絶対に後悔する事になるだろう」

「レアスキル、ですか?」

「そうです。高町一等空尉のレアスキル、お姉ちゃん召還は最強にして最凶というのは有名なんですよ。
 まあ、ごく一部では、ですけれどね。はい、治療完了です」

「は、はぁ」

レアスキルという割にはあまりにもな名前に加え、
今までそんな名称のスキルさえ聞いた事のないティアナは疑問顔のままで曖昧に頷く。
この時、もっと詳しく聞いておくんだったと後に後悔する事になるのだが、今はまだその時ではない。



「そっかそっか。あなたがティアナなのね。うん、よろしくね。
 あははは、恭也の指導に従わなかったんだってね。一度、本当の恐怖っていうのを味わってみる?」

「……」

なのはの視線に、その纏う気迫に飲み込まれ、まるで蛇に睨まれた蛙のように身体を硬直させる。
そして、気が付いたときには何故か医務室の天井を見ていた。

「……つっ!」

両手腹部に痛みを感じつつも辛うじて上半身だけを起こしてみれば、やはりここは医務室で間違いなかった。
意識を取り戻したたティアナに気付き、シャマルが駆け寄って身体をチェックする。

「うん、もう大丈夫みたいね。とは言え、なのはさんの非殺傷能力はとっても優秀だものね。
 後には全く残らず、けれどもその時点ではとてつもない痛みを受ける。
 初めてなら気を失っても仕方ないわ」

シャマルの言葉を聞きながら、ティアナは気を失う前の事を思い出していた。
無謀な訓練と戦法を窘められ、それに対して喰って掛かったこと。
その後、恭也たちが任務で出掛け、シャーリが自分たちを呼びに来たが、それを遮って恭也の姉がやって来て、
鍛錬してあげると言うなり襲い掛かってきたのだ。
思い出して恐怖に震える身体を両腕で抱きしめる。
そこへシャマルの手伝いをしていたリインフォースがやって来る。

「だから言っただろう。よく知っておこないと後悔すると」

「……ブラコン、なんですね」

「本人曰くキョウコンだそうだがな。どちらにせよ、全てを押し通すだけの力を持っているからこそ厄介なんだ。
 現に恭也に出きるだけ怪我をさせないようにと努力し続け、
 結果として、提督まで上り詰めてしまった男がいるぐらいだ」

ティアナはその人に同情をし、今回の件を心に深く刻み込む。
決して忘れないようにと。
そして、それはスバルたちも同じだったらしく、揃って恐怖に身を竦め、
シャーリーによって今しがたまで恭也の過去が流されていたモニターのあった位置を虚ろに見詰めていたとか。



「機動六課設立にあたり後継人は三人。
 だが、噂では評議会と密談したという噂が」

「なに!? それは本当か!?」

地上本部の一室、そこで向かい合っている男女のうち男の方が声を荒げる。
対する女の方は至って冷静に返す。

「いえ、あくまでも噂です」

「評議会は私の味方をしてくれている。
 だとするのならば、その何者かは評議会の秘密を握り脅している可能性がある。
 それを掴み、その脅迫の材料をこちらが押さえたのなら六課をどうにかできるかもしれんな。
 何としてもその証拠と品を掴め!」

「ですが……」

「何をためらっておる! 査察などよりもそちらをメインにしろ。
 勿論、気取られないために査察で奴等の目をそちらへと引け。
 ああ、それとその噂で今分かっている事だけでも良いから報告しろ。
 せめてそれが誰かぐらいは分かっているのだろうオーリス」

「はい。あくまでも噂ですが、高町なのは……さん」

「高町なのは? 誰だそれは。どこに所属の魔導……いや、待て。
 もしかしなくても、あの高町なのは――さんか」

「はい。黒い天使を守護する白い悪魔と影で噂されている、あの高町なのはさんです」

呼び捨てからさん付けに変えた地上本部防衛長官レジアス中将に対し、オーリスも渋い顔で頷いてみせる。
暫く沈黙が横たわり、ようやくレジアス中将がその重くなった口を開く。

「あー、こほん。噂はあくまでも噂だ。そんな事に割く時間も人員もない。
 査察の方を進めろ」

「了解しました。とりあえず、分かっているだけですが六課の実働隊メンバーです」

「八神はやて部隊長に、高町恭也、フェイト・T・ハラウオンか」

「フォワードは全部新人で固められており――」

その後、二人は幾つかのやり取りをやり、最後にとレジアス中将が告げる。

「査察に関してだが、どんな小さな事も見逃すな。
 それと二人の隊長の周辺に関しては何があっても絶対に――」

「心得ています。絶対に手は出しません」

「分かっていれば良い」

なのはの弟である恭也は勿論のこと、恭也の周囲に近づく女性には容赦ないなのはが唯一の例外としてるフェイト。
彼女もまた妹のように可愛がられていると言うのは周知の事実である。
故にこその指示であり、受けるオーリスのほうもそれは心得ているとばかりに頷くのであった。



ナンバーズたちの罠に掛かり、一人で三人を相手にしなくなったティアナ。
奮闘するも足をやられ、とりあえずは隠れる事は成功する。

「やっぱりもう駄目なのかな。……でも恐怖は感じないわね。
 ううん、感じているけれどあの人とやり合うよりもましなんだわ。
 そうよ、さっさとここを脱出してちゃんと与えられた任務を成功させないと、きっとあの人がまた……」

ふーん、そんなに恭也の邪魔がしたいんだ〜。
今迫る命の危機に対する恐怖ではなく、聞こえてきた幻聴に対する恐怖に身体を震わせると、
気合を入れるように頬を叩く。

「大丈夫、あの人とやる事に比べたら。そうよね、クロスミラーージュ」

デバイスから返ってくる肯定の声にティアナは頷き返すとどう切り抜けるか考え始めるのであった。



『リリカルIF StrikerS 〜逆転兄妹〜』 白い悪魔が再び降り立つ……



   §§



一番強いのは誰なんだろう?
ふと浮かんだ桃子の発想。
これが後に海鳴市全域を巻き込んだ騒動に発展するなど、誰も予想だにしていなかった。

「という訳で、ここに海鳴横断ウルトラハイパーバトルの開催をお知らせします!
 実況はこの私、井上ななかでお送りし……え、わ、私も出るんですか!?
 ちょっ、プロデューサー、何も聞いてませんよ! や、やめ……」

豪華商品に目がくらんだ者、単に強いものと手合わせをしたいと考える者。
泣き落としに負けて渋々と参加を決めた者。修行の一環だと言って一緒に巻き込まれた者。
様々な思惑から多数の参加者が集まる。
ルールは至って簡単。最後まで立っていた者こそが勝者。
果たして、最強の称号は誰の手に!?



「……とりあえず、時間いっぱいまで逃げ回ろう、うん」

「弟子よ、それでは無理矢理参加させた意味がないだろう」

「そうは言うけれど恭ちゃんはなのはと戦えるの」

「……逃げるのも戦術だ」

師弟で揃って参加するもの。

「真雪さん、大丈夫なんですか。このゲームというかバトル、かなり体力が必要になりますよ」

「あほう。何も真っ向勝負するだけが能じゃないだろう。
 ちったぁ、頭を使えよ」

「あははは、久しぶりの帰郷だったんだけれど、どうして私まで参加させられているんだろう」

「諦めなよ知佳。真雪にそんな理屈なんて通じないって」

女子寮からの参戦あり。普段、お玉やペンを持つ手に武器を握り、目指すは勝利の文字。

「相変わらず賑やかデスネ」

「でも中々面白い企画じゃないか。
 正面から戦わなくても良いのなら、忍者の本領発揮だしね」

「そう簡単に行くかしら?」

「にゃはは、瞳さんもやる気満々ですね。でも、唯子だって負けませんよ」

各地から海鳴へと集う強者たち。参加総人数、実に100を超えるという大規模な企画。
果たして、どうなるのか!?

「それでは、これよりスタートです!」



「お兄ちゃん、なのはを倒して良いよ。お兄ちゃんになら……」

「ぐっ。ゲームとはいえ、なのはに手を上げる訳には…………。
 こうなれば、御神流裏・高町士郎口伝奥義! 戦略的撤退!」

――逃げる事に懸命になるものあり

「ここで時間まで潰しておけば……誰っ!?」

「ふふふ、よく気付いたね。また腕を上げたんじゃないか美由希」

「え、え、えぇぇぇぇっ! お母さん!? 何で!? どうして!?」

「久しぶりの休暇で戻ってきたんだけれど、弓華に無理矢理ね。
 でも丁度良いかな。どれだけ強くなったのか見せて」

「……うん」

――再び親子の対決が幕を開けたり

「おんどりゃぁぁぁっ! この亀!」

「ほいっ。くらえぇぇぇっ! このバカサル!」

――開始早々何処かでいつも見られるような光景が繰り広げられたり

「ノエル、ゴー!」

「了解しましたお嬢様。ファイエル!」

「ちょっ。忍にノエル! タッグを組むのはルール違反じゃない?」

「ちっちっち。ノエルは私の武器だもの。ちゃんとそうやって登録してあるわよ」

「その通りですので、観念してくださいさくら様」

「なっ!? それってありなの!?」

――ルールの裏をつくような卑劣な作戦を使う者あり

「待つのだ、耕介ー!」

「待てと言われて誰が待つか」

「くそー、これなら最後まで勝ち残れると思ったのに、耕介が同じことをするなんて」

「それは俺の台詞でもあるんだけれどね、美緒。
 まさか、武器に同じようにバイクを選ぶなんて」

「兎に角、これで逃げ切るのはあたしなのだ!
 そんな訳で耕介はさっさとリタイヤしろ!」

――街中でカー(バイク?)チェイスする者あり

「もらった!」

「甘いわよ、御剣さん」

「ちっ! 流石、千堂先輩。守りに入ると堅いですね」

「うふふふ、どうもありがとう」

――かなり真剣で戦う者あり

「あ、あのー、所であなたは何をしてらっしゃるんでしょうか」

「うん? ああ、スタッフの人ね。あたしの事は気にしなくても良いから、仕事して頂戴。
 ここだって立派な海鳴市内だろう。つーぅ訳で、あたしはここで時間を潰させてもらうから」

「は、はぁ」

「ああ、因みに誰にも話すんじゃないぞ。話したら、これでも家は日門草薙流つぅ剣道道場やっててな。
 丁度手頃な事に手には木刀がある」

「ご、ごゆっくり〜」

「ああ、あんがとさん」

――開始早々隠れる者あり



と、様々な様相を見せながらゲームは進んでいくのであった。
果たして、最後に笑うのは誰なのか!?

海鳴横断ウルトラハイパーバトル



   §§



「……俺の部屋? やっぱりあれは夢だったのか」

目を覚ました武は今しがたまで見ていた夢を思い返し、その内容に知らず苦みばしった笑みをその顔に貼り付ける。
だが、すぐに違和感を感じる。
まさかという思いとやっぱりという思いを抱え、武は寝巻きから制服へと着替えると部屋を後にする。
家の外に出た武は辺り一面に広がる廃墟を見て、やっぱりあれが夢でなかったと確信するに至る。
前の世界とは違い、はっきりと自覚出来るほどに鍛えられた身体。
すぐ目の前に放置されてかなりの時間が経ったと思わせる巨大ロボット。

「戦術機」

それを目にしてそう呟くと同時、目の前の瓦礫が崩れて音を立てて落ちる。
離れていたために特に何ともなく、また前の記憶と符合した出来事に武は苦笑の色を濃くさせるも、
すぐに自分の記憶を思い返す。オルタネイティヴ5と呼ばれるG弾による反撃作戦。
僅か数十万と言う人類だけを移住させる計画。
それらを思い出し、武はそれを阻止すべく再び夕呼に会おうと決意する。
元の世界で通っていた白陵柊学園がある場所、この異世界では横浜基地として存在する場所へと向かう。
その途中、これまた記憶通りに一人の友と再会をする。

「武か! やはりお前も戻ってきたんだな」

「……俺もという事は恭也も記憶があるのか」

武の言葉に恭也は再会していきなり発した言葉に失敗したという顔をする。

「言われてみれば、俺一人が戻ってきていたとい可能性もあったんだな。
 だとすれば、あの発言は場合によっては変に取られる可能性があった訳か」

一人で反省する恭也を促し、武は少し足早に横浜基地へと向かう。
その道すがら、自分が覚えていることを述べていく。

「で、最後にオルタネイティヴ5が発動した事までは覚えているんだけど、それ以降が曖昧というか」

「俺も似たようなものだな」

互いの記憶を照らし合わせてみるも、やはり5へと計画が移行してからの記憶は曖昧であり、
また何故、記憶を持ったまままた時間を逆行したのかと言うのも不明である。
深く考え込みそうになる恭也を制するように、武は軽いことだとばかりに笑い飛ばし、不意に真剣な顔つきになる。

「とりあえず、今度は絶対に5になんかさせない!
 俺達の持つ記憶はその点でも有利になるはずだ」

「確かにそうかもしれないが、そう上手くいくか」

「なに弱気になっているんだ恭也!とりあえずは夕呼先生に会いに行こう。
 その上で協力して何としても4を成功させてもらうんだ」

強い意志を見せる武と並んで歩きながら、恭也は今ひとつ不安を感じていた。
だが、何もしないというつもりもなく、他に案もないために武の言葉に従い動いてみようと考え、
こうして二人は横浜基地へと辿り着く。
だが、やはり歴史は繰り返すものなのか……。

「って、何でまた営倉に入れられているんだ!」

「そりゃ、身分を証明できない以上はこうなるだろう」

鉄格子に両手でしがみ付いて叫ぶ武とは違い、こちらは落ち着いて壁に凭れ掛かりながら身体を休めている。

「お前、落ち着き過ぎだっての」

「とは言え、この状況では何も出来ないだろう。
 大人しくしているしかない。余分な体力を使うだけ、それこそ無駄だ」

「そりゃあ、お前は天元山の件で入っているから慣れているかもしれないけどさ」

「お前だって前に最初の時点で入っているだろう」

あまりにも落ち着いている恭也へとちくりと皮肉を込めて言えば、そう返されて言葉に詰まる。
だが、ここで大人しく引き下がるのも何か癪なので、

「その最初の時点ではお前も一緒に入ったよな。今と同じような感じで。
 つまり、お前の方が多いって事だ」

とそんなやり取りをする二人の前に、どうしても会いたかった人物が現れる。
香月夕呼、この基地の副指令にしてオルタネイティヴ4の中心人物である。
前とは違う早い登場に武は何が何でも話を聞いてもらおうと詰め寄り、鉄格子越しの対話が始まるのだった。



後に12・5事件と呼ばれる事となる帝国軍の一部によるクーデターが終息を向かえるも、
207隊の皆は元気がなかった。
それぞれに少なからずこのクーデータに関しては思う所があり、自然と無口になる。
それらの事情を知る武もまた掛ける言葉が見つからず、今はそっとしておくのが一番だと判断する。
武自身もまた、このクーデターに関しては無関係ではいられなかったため、
他の者たちよりもその疲労は目に見えて大きかった。
それでも何とか自力で歩けているのは――
武は自分の隣、性格には肩を貸して半分担ぐようにして共に歩いている冥夜を見遣る。
その瞳は空ろで何処も見ていないようにも見える。
ようやく落ち着いたとは言え、まるで呼吸するだけの人形となったかのようなその様子に薄ら寒いものを感じる。
取り乱したと思われる着衣の乱れも普段ならあり得ない事にそのままで、解けた髪も乱れるままにしてある。
生気をなくした顔は隊の中でも最も酷く、その理由も分かってはいるが武自身、掛ける言葉がない。
もし冥夜がこのような状態になっていなければ、また後を託されていなければ、
武自身がこうなっていたかもしれないと思いつつ、とりあえずは冥夜を運ぶ事に専念する。

(恭也……)

その胸中で思うのは、冥夜が将軍の影武者としてクーデターの首謀者、
沙霧尚哉を説得すべく行われた謁見での出来事。
上手くいくと思われたその瞬間、全てをぶち壊すかのように放たれたたった一発の銃弾。
これにより再び戦術機による戦闘へと雪崩れ込み、冥夜を武に託して殿として部隊の最後に付いた恭也の事である。
全てに決着がついた後、恭也の戦術機も見つかったが、機体は形を留めておらず、
特にコクピット部分は吹き飛ばされており、搭乗者は無事では済まないと思わせた。
幸いと言えるのかどうかは分からないが、恭也の身体は周辺を探しても何処にも見当たらなかった事だろうか。
故に武は恭也の生存を藁にも縋る思いで信じ込ませ、取り乱す冥夜を何とかこうして運んでいるのだが。
とは言え、コクピットが吹き飛んでいるぐらいであるから、無事であるとも言い切れず、
むしろ見つからなくても当然と言う不吉な予感が何度も頭を過ぎる。
その度にその考えを打ち消し、何とか踏み止まっていた。
直接やられた所を見た訳ではないので、何とか希望に縋ろうとしているのであろう。
そんな精神状態でありながらも、武は何とか気丈にも表面上は繕ってみせていた。



「…………」

目を覚まして目に入ったのは見慣れない天井であった。
習慣とも呼ぶべき自然の行動で、恭也はすぐに周辺の気配を探る。
どうやら近くには誰もいないらしく、次いで身体を起こそうとするが全身を激しい苦痛が襲いそのまま倒れこむ。
見ればかなりの大怪我でもしたのか、全身が包帯に包まれている。
起き上がるどころか、腕すらも満足に動かすことが出来ないと分かり、恭也は現状の把握に努めるべく、
記憶を掘り起こす。最後に自分が見た光景は、こちらへと大型の銃器を向ける戦術機。
体勢を崩していた恭也は回避が出来ないと瞬時に判断してコクピットから飛び降りたのを思い出す。
下は雪だったから上手くすれば大丈夫と考えたのかもしれないが、
その後起こった爆発までは考慮している暇がなかった。
結果として、恐らくは吹き飛ばされて何処かに叩きつけられたのであろう。
そして意識を失ったと。
だとすれば非常に幸運だったとしか言いようがないな、と現状を鑑みて苦笑を漏らす。
あの後どうなったのかは分からないが、こうして治療されているということは武たちが回収してくれたか、
もしくは敵に捕まったが利用価値があると判断されたか。
そこまで考えたところで部屋の外に気配を感じ、恭也はとりあえずは寝た振りを装うために目を閉じる。
近づいてくる気配は自分の頭の横まで移動し、恐らくはこちらを覗き込んでいるのであろう。
複数であれば会話が行われ、少ないなりとも何らかの情報を得られたかもしれないが。
その事を残念に思いつつ、わざとわしくない程度に目を覚ます機会を探る。
と、その人物が自分に向かって手を差し出した気配を感じ、とりあえずはもう暫く寝た振りを続ける。

(抵抗しようにも身体も動かないしな)

本当に全く動かない身体に自嘲しそうになるのを堪え、眠っている振りを続ける恭也の髪がそっと掻き揚げられる。
知らず掻いていたらしい汗で額に張り付いていた髪が除けられ、そっとその汗を拭かれる。
どうやら普通に看病をしてくれているようであるらしく、恭也はもう良いかと目を開けようとする。
だが、それは続けて聞こえてきた声の前に止まってしまう。

「高町、そなたには本当に感謝しています」

聞こえてきたあり得ないはずの声に思わず目を開ければ、向こうも驚いたような顔をしてこちらを見下ろしてくる。

「目が覚めたのですか?」

「…………殿下?」

事態がまだ分からずに呆然と呟かれた言葉に、殿下――煌武院悠陽は優雅な笑みで応えるのだった。



マブハート オルタネイティブ



「武お兄ちゃ〜ん」

そう言って抱きついてきたのはショートな黒髪に少しつりあがった目をした10歳ぐらいの活発そうな女の子。
武の腰に抱きついて来た少女は言葉の通り、まるで兄に甘えるように目を細める。

「……え、えっと。君は……」

見たこともない少女に抱きつかれて戸惑う武をよそに、少女はただ楽しそうに武に抱きついたままである。
こんな所を他の者に見られたらどんな噂が流れるか分からない。
幾ら、ここがセキュリティレベルの高いフロアとはいえ無人ではないのだから。
瞬時にそう判断して少女を引き離そうとするよりも早く、最も見られたくない一人が後ろから声を掛けてくる。
それも振り返らずともその顔が簡単に想像が出来る程、声を弾ませて。

「白銀〜、アンタ幾らここが人の来ないフロアだからって幼女を連れ込むのはどうかと思うわよ。
 それにしても、アンタがそっちだったとはね。道理であれだけ周りに居ても見向きもしないはずだわ」

「ちょっ、夕呼先生誤解ですってば!」

からかわれていると分かっていても否定しなければ後で何を言われるか分からないからこそ、
武はすぐさま夕呼の誤解を解く為に現状の説明を始める。

「そもそも、俺がここに来たら行き成り抱き付かれたんですよ!」

「……白銀が連れてきたんじゃないの?」

「違いますって!」

鋭い眼差しで武を見据えてくる夕呼に対し、武は僅かに引きながらも否定する。

「白銀、アンタ分かってないのか忘れているのかは知らないけれど、
 このフロアのセキュリティレベルは決して低くはないのよ。
 もし、アンタの言うとおりに初めからこの子がここに居たのなら、誰が連れて来たのかという問題が出てくるのよ」

「あ……」

「あなた、一体何処から入ったの」

詰問するように少女へと詰め寄る夕呼をよく分かっていないのか、首を傾げて見返す。
そこには何かを企んでいるというようなものはないのだが、それでも用心深く夕呼は少女を観察する。

「あなた何者」

率直にそう問い掛ける夕呼に対し、少女は屈託なく笑い返すだけで質問の意味をよく理解していない。
疲れたように、またやり難そうに顔を顰めると夕呼はとりあえず研究室へと連れて行く。

「白銀、万が一の時はアンタが止めるのよ」

「分かってますよ」

外見だけで侮るつもりはなく、夕呼は万が一を想定しつつも研究室へと連れて行く。
部屋へと入るなり霞へと連絡を入れ、隣の部屋で待機させる。
その上で改めて少女と向かい合う。

「さて、それじゃあ、どうしてここに居るのか教えてもらいましょうか」

「武お兄ちゃんに会いにきた!」

今度の質問は意味が理解できたのか、即座に答えが返ってくる。
その言葉に夕呼は視線を武へと向けるも、武の方は本当に少女が誰なのか分からないという顔をしてみせる。

「どうやってここに入ってきたのかしら?」

「うーん、誰かに呼ばれたような気がしたんだけれど、気が付いたらここに居た」

「呼ばれた? 誰に?」

「分からない」

にこにこと笑顔を見せたまま断言する少女に夕呼は額を押さえ、知らず溜め息を零す。

「……はぁ、全く話にならないわね」

夕呼は机に置かれている電話を操作し、何処かへと連絡を入れる。
怪しいことこの上ない少女だが、流石に営倉などは可哀相だと武が思わず庇うのを冷めた目で見遣り、

「本当に甘ちゃんね。でも安心しなさい。まだ行き成りぶち込んだりはしないわよ。
 ただ面倒な手段はもう止めただけよ。もっと直接的な手段でいかせてもらうわ」

夕呼が言い終わるなり部屋の扉が開き、霞が入ってくる。
この部屋に霞が現れた事で何をするつもりなのかすぐさま理解する。
理解して止めようとする武を制するように、夕呼の方が先に武を制する。

「分かっていると思うけれど、時間が惜しいのよ。
 確かにアンタの回収してきた理論のお蔭で4は飛躍的に進んでいるわ。
 でもね、高町という戦力を失ってもいるのよ。それを忘れないで頂戴。
 これ以上、無駄な事に時間は割けないし、この子がスパイじゃないとも言い切れないのよ」

夕呼に言われ武はそれ以上の反論を口にする事が出来なくなる。
そんな武を一瞥すると、夕呼は霞へと合図を送りやって頂戴とただ短く命じる。
夕呼の命令を聞き、霞は少女をリーディングする。
自分が何をされているのか分からず、それでも武の傍でニコニコと笑っている少女。
やがて、ふらつきながらも霞がリーディングを終える。

「白銀、社をそこのソファーまで運んでやって」

「あ、はい」

夕呼に言われ、武は霞を抱き上げてソファーに横たえる。
それを見て少女が自分もやってくれと武に纏わり付いてくるのを何とかあしらい、ソファーに霞を寝かせる。

「大丈夫、社」

「はい。問題ありません」

「そう、なら早速で悪いけれど、分かった事を話して頂戴」

夕呼の言葉に頷くも、霞は信じられないと言う顔で何度か頭の中で話す整理を始める。

「社、整理している所を悪いけれど、まずはこれだけ聞かせて。
 彼女はスパイなの?」

「それはありません」

「そう。では敵ではないという考えで良いのね」

「いえ、それは……」

言い淀むと言うよりも、どう言えば良いのか分からないと言った感じの霞に夕呼はそのまま伝えるように言う。

「彼女はBETAです。ですから、敵ではないと言えるのか……」

「「BETA!?」」

武と夕呼の声が重なり、何処から見ても子供にしか見えない少女を見遣る。
だがBETAと聞かされ、その顔には緊張が。
そんな二人の様子など気にも止めず、少女は武に抱っこと強請るように手を伸ばす。
その手に恐怖を感じたのか、武が思わず後退ると少女は悲しそうな顔になる。

「武お兄ちゃん……」

見た目は少女にしか見えない子にそんな顔をされ、武は罪悪感を抱く。
対して夕呼は冷静に霞へと次なる質問をぶつける。

「どういう事、霞。彼女は新たなタイプだということなの。
 人語を理解し操るBETAなんて……」

「いえ、違います。私にも理由は分かりませんが、彼女は武さんと同じく前の世界からループしてきみたいです。
 原因は武さんをループさせたものと同じだと思いますが、その意図は分かりません。
 何故か人の身になって、武さんを慕っているようですが」

「っ! そ、そんな事があり得るの!?
 確かに白銀の存在自体がその理論を説明はしているけれど、BETAまでもなんて。
 しかも、明らかに人として言葉を理解し、知識まで持っているじゃない。
 救いは敵対意思がないって事ね。これで他のBETAと同じなら……考えるのも嫌だわ。
 それで彼女は前の世界ではどんなタイプだったの」

「突撃(デストロイヤー)級、ルイタウラです」

「……理由は分からなくても少なくとも敵対する意思がないのなら好都合だわ。
 おまけに白銀に懐いているというのなら、なおさらね。白銀、彼女からBETAについての情報を引き出すのよ」

「あ、はい。えっと……」

名前を呼ぼうとするも、名前が分からずに戸惑う武。
少女の方はそんな武の戸惑いなど気付かず、ただ嫌われていないか不安そうに見上げてくる。
ようやく武も目の前の少女はBETAではなく人だと理解し、ぎこちないながらも笑いかけながら屈む。

「えっと、名前は何て言うのかな?」

「名前?」

武の言葉にきょとんと返す少女に苦笑し、武は少女を抱き上げると、

「じゃあ、これから君はタウって名前だ。どう?」

安直なという夕呼の言葉を聞こえない振りをし、武は少女、タウへと笑いかける。
その笑顔と抱っこされているという状況に笑みを零し、タウは嬉しそうに自分の名前を連呼する。

「タウ、タウ〜」

「気に入ったみたいで良かった。それでちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」

「何々、武お兄ちゃん」

「えーっと、BETAってのは分かる?」

「うん」

タウの返事に夕呼は目を細める。
BETAとは人間たちが勝手に付けた呼称で、相手がそれを理解しいるかどうかは分からないはずのものである。
しかし、タウはそれを知っていると答えた。
様々な推測を立てる夕呼へとソファーから身を起こした霞が言う。

「恐らくループする際、人となった時に最低限の知識だけは与えられたようです。
 前の世界ではそのような思考はありませんでしたから」

「……という事は、彼女に他のBETAを説得させたりとか言うのも無理そうね」

「はい。BETAも人として認識すると思います」

「はぁぁ。だとすれば、その子に意味はないわね。
 確かに珍しい存在ではあるけれど」

冗談か本気か付かない夕呼の言葉に武が流石に睨むように見詰めるのを軽く流し、

「とは言え、下手に放り出すなんて出来ないしね。
 仕方ないわね。白銀、アンタが面倒見なさい。どうもアンタが原因の一旦でもあるみたいだしね」

「ちょっ! 俺だって訓練とかあるんですよ」

「分かってるわよ。流石にずっと見ろとは言ってないでしょう。
 アンタが訓練の時は社にでも頼むわ。
 それと、言わなくても分かっているでしょうが彼女が元BETAだってのは」

「言いませんよ」

疲れた口調でそう告げる武に夕呼はただ肩を竦めて見せる。
何の情報も得られないのなら、今は他にやらなければならない事があるのだから。
武もそれは分かっているのでそれ以上は何も言わず、ただ腕の中でニコニコしていうタウを見る。
武と目が合い、楽しそうに笑い返してくるタウであったが、不意に天井へと視線を向けると、
腕の中から飛び降り、外へと向かって走り出す。

「ちょっ、タウ! どこに行くんだ」

「お姉ちゃんの所!」

その言葉を証明するように、霞が一人落ち着いた口調で告げる。

「他にもあの子と同じように戻ってきているBETAがいるみたいです」

「それを早く言いなさい! 白銀、急いで追うわよ」

事態が事態だけに珍しく声を荒げて夕呼も研究室を飛び出す。
タウの後に続こうとして、武と夕呼は呆然とその遠くなっていく背中を見送る。

「ちょっ、なんて速さだ」

「……人になってもその能力までは人と同じじゃないみたいね。
 流石にBETAの頃よりも速度は落ちているみたいだけれど、時速100キロ近くは出ていたんじゃない、今の」

呆然とする武と違い、夕呼は何か新しい玩具を見付けたかのように瞳を爛々と輝かせる。
それに薄ら寒いものを感じつつ、武は一言釘を刺しておく。

「解剖とかはなしですよ」

「……分かってるわよ。今はそんな時間ないもの」

時間があればするのか、と思わず叫びそうになり、それが肯定されるのが怖くて実際には言葉を飲み込むと、
タウの後を追って武もまた走り出すのだった。
夕呼は駆けていく武を見送り、自分も出てきたまでは良かったが、
さっきの一件で冷静に戻ったのか研究室へと引き返す。
戻ってきた夕呼へと、霞が連絡があったと報告してくる。

「どこから?」

「帝国軍で最近発足された将軍直属の隠密部隊からです」

「ふーん、だとすると月村博士かしら?」

「いえ、高町さんからです」

「へぇ、珍しいわね。よっぽどの事がない限り、生存を秘密にするために連絡してこないように言っていたのに」

何が起こったのかしら、と少し楽しそうに夕呼は電話を手にするのだった。




「恭ちゃん!? 何で生きているの」

恭也の目の前に現れたのは、この世界では会った事のない美由希であった。
驚きつつも恭也はその言葉に憮然とした顔で思わず返してしまう。

「えらい言われようだな」

恭也自身、この世界の自分がどうなったのか分からないのに殆ど反射的に返してしまった。
だが、その物言いから目の前の人物が恭也だと美由希は確信する。

「だって、あの時一人で殿に立ってそれっきりなんだもん」

今回自分が行った行動と同じような事をして、こっちの自分は死んだんだと理解する。
同時に美由希にだけは本当の事を話しておいた方が良いかもと思う。
これから先、美由希と同じ部隊でやっていくのならフォローする人物としては適任だろうと。
尤も、それはこの世界の美由希にとって、恭也が元いた世界と似たような立ち位置にいればの話だが。
目の前の美由希を見る限り、それは大丈夫そうだと恭也は真剣な顔で美由希に数歩歩み寄ると、小声で囁く。

「少し大事な話があるんだ。後で俺の部屋に来てくれないか」

「えっ!? ……うん、分かった」

驚いたような表情を見せた後、美由希は少しだけ頬を赤らめて頷く。
美由希が自分が勘違いしていると気づくのは、恭也の部屋を訪れて数分後の事であった。



将軍家を代々影から守ってきた家系。月詠家と違い、本当に裏からの為に存在を知る者もごく僅か。
それがこの世界の御神家、不破家であった。
将軍家の盾たる御神、剣たる不破。
だがこの世界でも既に生き残っているのは美沙斗と美由希の二人だけで、他の者はBETAにやられたらしい。
そして、現在は将軍直属の隠密部隊として御神美沙斗を部隊長とした少数精鋭の部隊に所属している。
それが今の美由希の立場であり、恭也もまたそこに組み込まれる事になる。
ただし、恭也の場合は個人的にも悠陽の直属扱いを受けているとの事であった。



「それじゃあ、恭ちゃんじゃなかった不破少尉が配属される部隊の皆を紹介するね」

そう言って恭也の前に立つ面々を紹介していくも、恭也にとっては非常に懐かしい顔ぶれであった。

(前の世界では会えなかったのにな。まあ、存在自体が秘匿の隠密部隊にいたのなら仕方ないのかもな)

そう納得しつつも顔には出さず、紹介されていく面々へと挨拶していく。
月村忍、ノエル、神咲那美などの友達に加え、城島晶や鳳蓮飛などの妹分たちの姿にやはり懐かしいものを感じるのだった。



「……恭也」

「お待ちしてました〜、恭也さん〜」

悠陽直属の隠密部隊へと編入され、数日が経過したある日。
不意に恭也を呼び止めたのは二人の女性であった。
場所は隠密部隊のみが出入り出来る帝国軍基地の更に深部。
にも関わらず、目の前には見知らぬ女性が二人である。
相手はこちらの事を知っているらしく、恭也は以前に会ったのか記憶を遡る。
とは言え、こちらの世界での知り合いといえば同じ訓練兵である207部隊の面々を除けば、
ごく僅かしかおらず、すぐに初対面だったと認識する。
少しだけ用心しつつも失礼にならない程度に相手をもう一度見る。
一人は長身の180センチは超えているだろう長い髪の女性。
間延びした口調で話しかけてきた方は、少しくすんだ赤髪を頭頂部で一つに纏めたやや幼い顔立ちの女性。
何かをやっているという感じではないのだが、無力だとも思わせない何かを持つ二人。
最終的に恭也は考えても無駄だと悟り、素直に女性たちに名前を尋ねる。

「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか」

「……名前?」

「名前ですか〜」

不思議そうにそう口にする二人を前に、恭也は困ったようにただ立ち尽くす。
だがこのままでは埒が明かないと判断し、用件を聞くことにする。

「……会いに来た」

「そういう事です〜。貴方を守るために〜。
 他の子たちは皆、白銀さんの方に行っちゃいましたけれど〜」

武の名前が出てきた事で恭也はこの二人が夕呼絡みかと考え、少しだけ黙考する。
元々、恭也が生存している事は夕呼たちにも教えていなかったのだ。
それに気付いた恭也が連絡を入れるなり、夕呼は戻ってくるなと一言。
悠陽直属となってしまっていたため、更にはこの世界の恭也がこの世界では既になくなっており、
しかもその不破が将軍直轄の護衛者の家系であった事などから、今更戻れないというのが一つで、
もう一つはこちらにいる衛士であり博士でもある月村忍に協力することを理由として。
月村忍が作り上げた次世代戦術機。だが、これはあまりにもピーキー過ぎたのである。
故に大量生産まではいかず、このまま消え去るかと思われていたのだが、そこに武発案のXM3が作られた。
元から内密に親交のあった夕呼と忍は互いにある程度情報をやり取りしており、
忍の作り上げた戦術機にこのOSの搭載が計画されたのだ。
既に忍が所属する部隊ではOSは既にXM3に変更されてはいるのだが、
そのピーキーな戦術機の操作はそれでも扱い辛いらしく、そのテストパイロットとして協力しろという事である。
その結果をフィードバックする事により、より扱い易く改良するのが忍の現在の目標である。
話が少し逸れたが、恭也は目の前の女性も夕呼絡みだと判断して素直に夕呼へと連絡する事にする。
極力連絡は入れるなという事だったが、事情が事情である故に仕方ないだろうと。
夕呼への直通の連絡を入れるべく忍の研究室へと向かい、極秘事項だと頼み込んで席を外してもらう。
そうした上で現状を説明すれば、

「驚かないで聞きなさい。彼女たちは元BETAよ」

「…………はい?」

返ってきた答えに流石の恭也も暫し呆然と立ち尽くす。
その間にも夕呼は簡単な説明をしていく。
向こうにも同じように来ている事。他にも来ているみたいで、今武が迎えに行っているらしいと。

「まあ、そんな訳よ。
 で、どうも彼女たちはBETAの頃よりも劣るけれど、人とは比べ物にならない力を有しているわ。
 ここからは予測になるけれど、多分、元の能力をある程度受け継いでいるんじゃないかしら。
 さっき、突撃級の子が時速百キロ近い速度で走ってたわ」

「…………狐が人になったり、剣から幽霊が出てきたりするんだ。
 BETAが人になっても可笑しくは……ないはず」

すぐさま納得は出来ないものの、何とか納得させようと恭也は自身に言い聞かせる。
そんな様子を楽しそうに電話の向こうで予想しながら夕呼はあっさりと告げる。

「考えるだけ無駄よ。アンタや白銀の存在自体が既に可笑しなものでしょう。
 それに巻き込まれたBETAが居たとでも思ってなさい」

「了解……」

「で、そっちには誰がいるの」

夕呼に聞かれ、恭也は二人に向かって失礼かなと思いつつも前の記憶を尋ねる。
前の記憶は一切なく、ただ情報として最低限だけを持っているようである。
それにより、寡黙な女性が要塞(フォート)級で、おっとりとした女性が重光線(重レーザー)級だと判明する。

「ふーん、成るほどね。まあ、そっちはそっちで何とかして頂戴。
 正直、今手が離せるような状況でもないのよ。それと何度も言うけれど連絡は」

「分かっています。とりあえず、これで切ります」

夕呼の言葉に答え、短く挨拶を交わすと恭也は通信を切る。
その上で改めて二人と向かい合い、

「えっと……グラヴィス、グラス、グヴィス……。マグヌスルクス、マグヌス。マリス、マルス……」

ぶつぶつと何度も呟く。そんな恭也を二人はただ黙って見詰め続ける。
やがて恭也は一つ頷くと、

「ラピス、マリアンヌ。どうだろ、これが二人の名前ということで」

「……ラピス」

ラピスと名付けられた少女は嬉しそうに小さな笑みを見せ、その名をそっと呟く。

「マリアンヌですね〜。いい名前です〜。
 恭也さんには是非とも親しみを込めてマリアと呼んで欲しいですね〜」

マリアンヌも嬉しそうに両手を胸の前で合わせて喜びを現す。
とりあえずの難関を何とかやり遂げ、恭也もほっと一息つく。
だが、すぐに彼女たちの身分に関しての問題に思い至り、恭也は悠陽に助けを求める事にした。
面会の面倒な手続きを全てすっ飛ばし、昼前には悠陽が待つ部屋へと向かう恭也。
尋ねてきた恭也を自ら笑顔で迎え入れた悠陽であったが、続いて入ってきた二人を見るなり何処か機嫌が悪くなる。

「……それでどのような御用でしょうか、高町」

「それなんですが……、何か怒っていませんか?」

「そんな事はないですよ」

笑顔でそう言う悠陽であったが、恭也はやはり怒っていると感じ、機嫌が悪い時に来たのかとと己の不運を嘆く。
だが、それでも二人の今後も考えれば、ここで悠陽に頼むしかなく、恭也は何とか話を始める。
二人は昔、この世界の恭也が戦死したと思われた戦いにおいて、自分を助けてくれたのだと。
実際はこの世界の恭也は既に戦死しているのだが、それを顔には一切出さず、恭也は嘘を続ける。
その際、世話になった家の娘さんなのだが、その後両親も亡くして行くあてがない事などを伝える。
元々は山奥に隠れるように住んでいたのだが、帝都へと出てきており、偶々再会したと。

「そうだったんですか」

「そういう訳なんで、何とかできないでしょうか。
 多分、衛士としても働けるとは思うのですが、それよりも生身で護衛などの方が優れているのは確かです」

「高町がそこまで言うのであれば、腕は確かだと思いますが……。
 お二人の意志はどうなのですか」

衛士になるにしても、護衛に付くにしても危険は付き纏うのである。
それを懸念する悠陽の言葉に感謝しつつ、恭也は二人を見る。

「……問題ない。恭也と一緒にいるためだ」

「私も全然問題ないですよ〜。恭也さんのお傍に居てお守りするのが私たちの役目でもありますから〜」

二人の答えに恭也が改めて悠陽を見れば悠陽は少し考えた後、二人の所属を認める。

「高町のお願いを聞いてあげたのですから、今度は私のお願いも聞いてもらえますか」

「出来ることなら何でも」

「そうですか、ありがとうございます。では、私の事を悠陽と名前で呼んでください。
 それとそういった物言いではなく、もっと白銀やあの者と話すような感じで話してもらませんか」

「いえ、ですがそれは……」

「駄目ですか」

懇願するように瞳を潤ませて見詰めてくる悠陽。
どれぐらいの時間が流れたか、最終的に恭也の方が折れざると得なかった。

「分かりました。努力してみ……る」

「ええ、お願いします。それでは、早速ですが名前を呼んでみてください」

「…………ゆ、悠陽」

何とか名前を口にすれば、悠陽は満面の笑みではいと口にする。
いつの間にか機嫌が良くなった悠陽に首を傾げつつ、恭也はとりあえずの問題は解決したと胸を撫で下ろすのだった。



   §§



海鳴市にある閑静な住宅街を少し抜けてすぐにその高級マンションは存在していた。
そのマンションの最上階に住む一つの家族がいた。
広い居住スペースは二階建てという何とも贅沢な造りとなっており、
その二階にある自室から一人の少女が下にあるリビングへと降りてくる。
キッチンでは既に起き出している住人のうち二人が朝食を作るのに忙しく立ち回っている。
少女がキッチンへと顔を出すなり、そのうちの一人が即座に反応して振り返り、

「おはよう、フェイト」

「おはよう、かあさん」

金髪の少女――フェイトの返事にかあさんと呼ばれた黒髪の女性、プレシアは微笑みかける。

「もうすぐでご飯が出来るから、もうちょっと待ってね」

「うん」

「おはようございます、フェイト」

母子の会話が終わるのを待ち、残った色素の薄い髪の女性が話しかける。
こちらにもフェイトは挨拶を返す。

「おはよう、リニス」

「プレシアの言うとおり、もうすぐで出来上がりますからね」

リニスの言葉にもちゃんと返事を返したフェイトのお腹が可愛らしい音を上げ、
恥ずかしさからか頬を染めて俯く。

「ああー! リニス、今のフィイトの照れた貴重な表情を写真に撮った!?」

「あのー、プレシア? 私は今、料理の最中なんですが?
 そもそもキッチンにカメラなんて置いてないでしょう」

「ああ、何て準備の悪い使い魔なの!
 折角の貴重なシャッターチャンスを逃すなんて!」

叫ぶプレシアに頭が痛いと言わんばかりの表情でこめかみを押さえ、リニスは慣れた様子であしらう。

「はいはい、使えない使い魔ですみませんね。
 それよりも早く料理に戻らないとフェイトの空腹が酷くなってしまいますよ」

「それは大変だわ! ほら、ぼさっとしてないであなたも早く戻りなさい」

これみよがしに盛大な溜め息を吐いて見せるも、プレシアは既に料理へと戻っており気付く素振りすらない。
大げさに肩を竦めるリニスの仕草にフェイトはくすくすと笑いながらも大人しくキッチンへと向かう。
その背中へとリニスが声を投げ、

「フェイト、そろそろアルフも起こしてきてもらえますか」

「うん、分かった」

リニスの要請に応え、フェイトは再び自室へと向かう。
その間にプレシアとリニスによる料理が着々と仕上がっていき、全てがテーブルに並ぶ頃にようやく、
フェイトよりも幼い少女、アルフを伴ったフェイトが戻ってくる。
まだ眠そうなアルフへと二人が挨拶をすれば、アルフもまた元気に返す。

「今日のご飯も美味しそうだね、フェイト。
 早く食べよう!」

今にも食べ始めないばかりの勢いでフェイトを引っ張り、さっさと席に着く。
だが決して料理には手を着けず、フェイトも座るまで待つ。
こうして全員が揃ってようやく朝食が始まる。

「アルフ、口の周りが汚れているよ」

「……んぐぐ。ぷはぁぁ、美味しい!
 フェイト、拭いて!」

「はいはい、しょうがないなアルフは」

甘えてくるアルフにそう口では言いながらも、フェイトはどこか嬉しそうにアルフの口を拭いてやる。
その様子を激写するプレシア。

「アルフ、もう少しこっち向いて。
 ああ、もっと自然に」

「……プレシア、朝からいい加減にしてください」

「だって〜」

「だってじゃありません! これ以上写真を増やしてどうするんですか!」

「ほら、思い出はちゃんと残さないといけないじゃない」

「事ある毎に、それこそ一日で何十枚も残すのはやり過ぎです」

もう毎度のことながら、リニスはプレシアへとこの手の注意をする。
だがプレシアはプレシアで言われた時は素直になるのだが、
数分もすればすぐに忘れるらしく同じ事の繰り返しが今までずっと続いているのである。

「それにそろそろ学校に行く時間ですよ」

「あ、本当だ。なのはと恭也さんが来ちゃう」

フェイトは少し慌てて残りを食べ終えるとキッチンへと食器を運び、その足で自室へと一旦戻る。
すぐさま鞄を手に戻ってくると、フェイトは三人に向かっていってきますと言い玄関へと向かう。
いってらっしゃいと返しながらも三人揃って玄関まで付いていき、そのままマンションの外まで。

「玄関までで良いって言ってるのに。いつも下まで降りていたら大変でしょう」

「子供の為にする事に大変な事なんてないわ」

「アルフはフェイトの使い魔だし、ご主人さまを見送るのは当然の義務だよ」

プレシアに続きアルフまで何でもない事のように言うと、プレシアはそれを褒めるようにアルフの頭を撫で、

「それに最近は物騒だもの。たとえマンションの中とは言え……」

「はぁ、暗証ロックにマンション内にも監視カメラがあると言うのに、本当に過保護過ぎです二人とも」

「あら、リニスだって毎日付いてきているじゃない」

「それはあなたやアルフがまた変な事をしないか見張るためです。
 大体、あなた方二人はフェイトに甘すぎます。その所為で私の気苦労ばかり増えて……」

途中から綺麗にリニスの言葉を聞き流し、プレシアはフェイトの身嗜みを整える。

「うん、完璧よフェイト。どこに出しても恥ずかしくないわ。
 これなら恭也くんも惚れ直すわよ」

「あうっ! お、おかあさん! べ、別に私はその……あうぅぅ」

「あはははー、フェイト顔が真っ赤だよ」

「アルフまで……」

「…………良いんです、良いんですよ。私なんてどうせ、ただの使い魔ですもん。
 家事さえしてれば良いんです……」

「リニス、落ち着いて。おかあさんたちも分かっているはずだから」

「分かっているのなら、どうしてもう少しで良いですから、私の苦労を減らしてくれないんでしょう」

「え、えっと……」

困ったように視線を逸らすフェイトを見て、リニスも落ち着いたのか気を取り直す。

「まあ今更嘆いても意味のない事ですね。
 それよりも忘れ物はないですか、フェイト」

「うん、大丈夫」

「それは良いことです」

揃ってマンションの外へと出るとそこに恭也となのはがやって来る。
共に挨拶を交わし合うと、恭也へとプレシアが話しかける。

「本当にいつもすみませんね。うちのフェイトまで送ってもらって」

「いえ、なのはを送るついでですし。
 それに確かに最近は色々と物騒ですからね」

「そうだわ、今日は帰りにうちに寄ってください。
 良い日本茶が手に入ったんですよ。良ければ持って帰ってくださいな。
 ついでだから晩御飯もご一緒にどうですか。
 今日はうちになのはちゃんも遊びに来てくれる事ですし」

「いつもすみません。ですが、晩御飯までは……」

「あらあら、遠慮は無用ですよ。
 桃子さんには後でちゃんと連絡しておきますし、何よりフェイトも喜びますわ」

プレシアの言葉に赤くなりながらもフェイトもまた恭也を見上げて無言で見つめる。
それを援護するように、なのはもまた良いでしょうとねだる様に無言で見上げ、
気付けばアルフまでもが同じように見上げてくる。
三法を囲まれた状態で純粋な眼差しに加えお願いオーラを発せられ、恭也は結局折れる事にした。

「それではお言葉に甘えて」

「ええ、是非そうしてください。リニス、今日はごちそうよ」

「分かりました」

「いえ、プレシアさん、そこまで気を使ってもらわなくても」

「気にしないで良いのよ。それに、私の事はお義母さんと呼んでも良いのよ」

にこにこ顔でそうのたまうプレシアに何も言えず、恭也は小さく嘆息を零す。
それをリニスに見られ、ばつが悪そうな顔をするも互いに目と目で通じ合う。
お互いに大変ですね、と。

「ほらプレシア、そんな事よりもそろそろ送り出さないと遅刻してしまいますよ」

「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあ、いってらっしゃい」

リニスが話を逸らすように助け舟を出してくれた事に感謝しつつ、
恭也はなのはとフェイトを急かして学校へと向かうのであった。



テスタロッサさんち 〜朝の風景〜



   §§



天然の真珠が昔は取れたという言い伝えから島の名前が付いたとされる、約五キロ四方の珠津島。
三万人近い人口を持つ自然の多く残るこの島に建っている修智館学院は、全寮制の学院である。
広大な敷地を誇る学院へと転入してきた支倉孝平は、紆余曲折を得て、
生徒会の一員として忙しくも充実した日々を過ごしていた。
だが、副会長の千堂瑛里華の恋人となった日から更なる騒動へとその身を投げ出す事となる……。



「伽耶を説得できるかもしれない人が一人だけいるわ」

クラスメイトにして、瑛里華の母親伽耶の眷属たる紅瀬桐葉の言葉に孝平は考え込んでいた顔を上げ、
今にも掴みかからんばかりの勢いで距離を詰める。
瑛里華を自由にする為にも伽耶の説得は必須で、しかし相手はこちらなど歯牙にも掛けないのだ。
だが、それが本当ならこの状況を変える事が出来るかもしれない。
その可能性が出て来たとあり、孝平はいつしか桐葉の肩を痛いほど握り締める。
孝平の勢いに少し押されつつもいつもの如く落ち着いた仕草で孝平を引き離し、桐葉はゆっくりと口を開く。

「別に教えてあげる義理とかもないんだけれどね」

そう言って皮肉げに唇を歪ませ髪を掻き揚げる。
そんな態度に腹を立てることもなく、ただ孝平は頭を下げて頼み込む。
軽くからかったつもりでそこまでさせるつもりはなかったため、少しだけ慌てた様子で早口に捲くし立てる。

「私は伽耶の元に行くし、まあ一応色々と世話らしきものも受けたから特別に教えてあげるわ。
 それに伽耶のためでもあるしね」

そう前置きをすると孝平に頭を上げさせ、桐葉は自分の知っている事を話し出す。
今度こそ真面目に。

「伽耶にはもう一人、私以外の眷属がいるのよ。
 私と同じく記憶を消された人がね。彼の言葉なら伽耶も一考するかもしれないわ。
 ただし、彼がちゃんと伽耶との約束を果たせれば、だけれどね」

「それは誰なんだ? それに約束って?」

「それは言えないわ。約束に関してはその人が自分一人の力で果たさなければ意味がないものだもの。
 ただヒントだけはあげるわ。その人もこの学院にいるわ。後は自分で何とかしなさい」

そう言い残すなり桐葉は孝平に背を向け、人の力ではあり得ない高度まで大きく跳躍すると、
その姿を木々の向こうへと消し去る。
桐葉の立ち去った空を呆然と見上げながら、孝平は自分に気合いを入れ直すように頬を数度叩き、
自らを鼓舞する。

「大丈夫だ。眷属の特徴は分かっているんだから、きっと見付けられるはずだ」

とりあえずは今後の行動を相談しようと携帯電話を取り出して瑛里華へと電話を入れるのだった。



孝平の前から立ち去り、伽耶の元へと疾駆しながら桐葉は昔を振り返る。
そう遠い昔ではないけれど、最近の事でもないそんなあの日。
もう何度と繰り返された鬼ごっこが今回も終わり、
けれどいつもと違い、何の気紛れか桐葉の記憶を消さなかった伽耶と二人で島の外へと出たのは。
伽耶と二人で立ち寄った先で知り合った一人の人間。
色々とあり、自分の知らない間に伽耶と恋仲にまでなるという偉業をなした無愛想な男。
記憶を取り戻した今なら、はっきりとその時の事を思い出せる。
好きと言ったその言葉を信じられず、それを、あの男の愛を試した伽耶。
そこまで言うのなら、見つけ出してもう一度同じ事を言ってみせろと言い、男を眷属にしたのだ。

(本当は信じ掛けていたくせに、誰よりも自分が信じたいと思っていたくせにね)

知らず口元に笑みが浮かぶ。
それは悲しみの混じったものであったが、それを見咎める者はここにはいない。
笑みを貼り付けたまま、桐葉の思考は再び過去へと馳せる。
眷属にして最初にしたのは記憶を消す事であった。
その上で自分を探し出すように命令した。
伽耶は暇潰しだと言っていたけれど、あの時の目には何処か祈るようなものがあったのは間違いない。
勿論、それを口に出すような事はしなかったが。
こうして自分と同じ境遇に置かれた男を適当な地で放り出し、二人は再び島へと戻ったのだ。
ただし、桐葉は本当に伽耶が真っ直ぐに島に帰ったのかは知らない。
何故なら、その途中で自分もまた記憶を消され、いつものように探し出すように命じられたのだから。
誰を探すのかも分からない鬼ごっこを再び始めるために。
昔を思い返していたからか、気付けば桐葉は伽耶の屋敷の庭へと戻って来ていた。
特に呼吸も乱れておらず、それを見て長距離を走ったとは誰も思わないだろう。
それでもやはり重力の枷から逃れる事までは出来ず、少し乱れた髪を申し訳程度に整えると、
桐葉は屋敷の入り口へと向かい、その途中で足を止めて一度だけ学院の方へと振り返る。

「もう一度、貴方の想いを伽耶にしっかりと伝えてあげて、き――」

まるで何かを願うかのように開かれた唇が小さく呟いた言葉は、突然吹いた風にかき消され、闇の中へと溶け込む。



六年のクラスが並ぶ廊下を歩く一人の男子生徒。
その生徒の後ろから小柄な女子生徒が走り寄って来る。

「きょうやん、ちょいと待った!」

「悠木、何か用か」

「うん、ちょっとお手伝いを募集中なんだよ。
 本当は私だけでも充分出来るはずだったんだけれどね、ちょっと寮の方で急用ができちゃってね。
 で、手伝ってくれる人を探していたら、きょうやんが見えたって訳だよ。という訳で」

「分かった、手伝おう。で、何をすれば良いんだ?」

「おお、流石きょうやん。
 ヒナちゃんが居なければ嫁に貰ってしまいそうなぐらいだよ」

「俺が嫁なのか。と、冗談は良いからさっさと済ませてしまおう」

言って男子生徒が悠木かなでを急かすと、かなでは少し遠慮がちな顔で顔を覗き込む。

「もしかして何か用でもあった? だったら無理しなくても良いよ。
 こーへーやへーじを使うから」

「いや、特にこれといった用でもないから気にするな」

「そう? それなら良いけど。それじゃあ、さっさと終わらせるとしましょう!」

言ってかなでは先導するように歩き出す。
その後ろに続きながら、男子生徒――恭也は窓の外へと視線を向ける。

「今度こそ見つかるような、近くに居る気がする。
 そうすれば、きっとこの胸のもやもやしたものも消えると思うんだが……」

人に話したら笑われるような曖昧な、本当に探しているのかと言われるような探し人。
記憶にはないけれど絶対に探し出さなければいけない事だけは覚えている、
命令されたからとかではなく、自らの意思がそう告げている誰か。
その顔も思い出せない誰かを思い、知らず足を止めていた恭也はかなでの声で我に返ると少し足早に後に続くのだった。

再会の時はもうすぐそこに――

FORTUNE HEART



   §§



見慣れない光景を前に、恭也はただ立ち尽くす。
先程まで自分が居たのは間違いなく自室であったはず。
確認するように目を閉じ記憶を辿るも、やはりその記憶に齟齬はなく、改めて目の前のレンガ造りの壁を見渡す。
円形の部屋の中央に立ち、途方に暮れていると近づく気配を感じる。
この部屋唯一の扉へと正対し、いつでも動ける状態で、けれども自然に見えるように足腰を動かす。
程なくして開かれた扉からは同年代と思しき男女が数人と、肌の露出も多い妖艶な美女が一人。
その集団を代表するべく、その美女が口を開く。
ただし、その口から出たのはやけに間延びする声であったが。

「ようこそ〜、アヴァターへ〜」

呆気に取られる恭也を余所に女性は一人説明を続けていく。
破滅や救世主などの説明がなされた後、ダリアと名乗ったその女性は改めて真剣な顔付きになると、

「という事で、試験を受けて欲しいんだけれど。
 女の子二人は勿論として、そっちの男の子も大河くんという例もあるから受けて欲しいんだけれど」

そう言って恭也たち三人を見る。
対して、恭也たちは顔を見合わせる。
二人の女性は恭也に全て委ねるとばかりに沈黙し、恭也はダリアの提案を受け入れる。
途端、赤毛の少女から鋭い殺気にも似た空気が流れるも、
それに反応するよりも先にこの場にただ一人の少年――大河が女性二人を口説くように手を握ろうとし、
残る少女たちに殴られていた。
そういうちょっとした出来事がありつつも、恭也たちは試験のために闘技場へとやって来る。
既に入り口で待っていたこの学園の学園長と挨拶をし、三人は闘技場の中央へと向かう。
生徒たちが観客として見守る中、恭也は僅かに顔を顰める。

「まるで見世物だな」

そんな恭也の呟きに両隣に立つ女性たちも小さく笑う。
これから戦わなければならないというのに、やけに落ち着いている三人に学園長のミュリエルは対戦相手を選ぶ。
ミュリエルはダリアへとゴーレム二体とワーウルフ三体の指示を出す。
それに驚く大河たちを無視し、ミュリエルの視線は得体の知れない三人から外れる事はなかった。
いや、外す事ができなかった。
恭也たちは現れた敵を見て、すぐさま行動に移る。
向かってくるワーウルフの一体を恭也が持っていた小太刀で首を刎ねれば、
髪を肩位置で切り揃え、後ろの一房のみ腰まで伸ばした女性が恭也へと向かう二体の前に立ち塞がり、
静かに右手を翳す。

「恭也様には指一本触れさせません」

その言葉が示す通り、ワーウルフたちはまるで何かに弾かれるように吹き飛ばされる。
それでも体勢を整え、四つん這いになって体勢を整える。
だが、その時には既に恭也たちはワーウルフの背後へと移動しており、
恭也の小太刀と女性の右手から伸びた、薄い金色のまるで刃物のように尖った何かで首を落とされる。

「何よ、あれは!? 魔法が使えるの!?」

「確かに魔力のようなものを感じますけれど……」

観戦していた赤毛の少女リリィの言葉に僧侶の少女ベリオが不思議そうな顔をして答える。
そんな中、リコとミュリエルは無言で恭也たちを注視している。
試合の方は速さに劣るゴーレムが恭也たちを攻撃範囲に捉え、その巨大な腕を力任せに振り下ろす所だった。
もう一体は攻撃をしたゴーレムよりもまだ後ろをこちらに向かって歩いてきている所で、
後ろへと飛べば躱す事はそう難しくはない。
だが、恭也たちは避ける動作を見せる事なく、ただその場に立ったままである。
悲鳴やどよめきが見ている者達からも上がる中、今まで一切攻撃をしなかった膝裏まで髪を伸ばした女性が始めて動く。
動くと言っても、ただ無造作に右手を頭上へと伸ばしただけだが。
だが、その手でゴーレムの巨体が繰り出した攻撃を平然と受け止めて見せる。

「全くもって不可解じゃ。力は確かにあるが、スピードが全くない。
 これでは攻撃を当てる事など出来んのではないか。のう、恭也」

「まあ、そう言うな。今回は組み合わせが悪かったんだろう。
 どうもあの狼に似た奴はスピード重視みたいだったしな。
 本能のままに敵に向かうだけだったのも問題と言えば問題だったが」

「それよりもアルシェラさん、さっさとソレを何とかしてくださいませんか。
 沙夜は早くこのような事は終わらせたいのですが」

「それは余とて同じじゃ。折角の休日で、これから恭也と出掛けるという時にこのような面倒事に巻き込まれるなど。
 全くもって遺憾じゃ。と言うわけで、木偶人形にはちと悪いが、少々ストレス解消させてもらおうか」

そう言って笑うとアルシェラは無造作にゴーレムの手を掴み、その巨体を投げ飛ばす。
巻き上がる土煙にも頓着せず、両手に魔力を集める。
その膨大な量に放電現象が起こり音を立てるのも意に返さず、その魔力の塊をゴーレムにぶつける。
耳をつんざく轟音を響かせ、ゴーレムの巨体がばらばらに砕け散る。

「ふむ、これで少しは解消できたな」

「それでしたら、沙夜も解消すれば良かったですわ。
 でも、沙夜はあくまでも恭也様のためを第一にしていますから、自分の欲求よりも恭也様を優先しますわ」

「お主、何が言いたい?」

「別に。ただ、試合に勝っても意味がないのにこんな勝ち方をしてしまえば、
 果たして恭也様が望む救世主クラスに入れるのかしら。
 これだから後先考えない人は、だなんて少しも思ってませんわ」

「ほほう、中々面白い事を」

まだゴーレムが一体残っているというのに、アルシェラと沙夜はまるで互いを敵だと言わんばかりに睨み合う。
その光景を見慣れてはいるが、慣れたいとも思わない恭也が間に入って止める。

「とりあえず落ち着け、二人とも。
 別に俺は今の二人の行動に関して特に問題とは思ってないから」

恭也の言葉に勝ち誇るアルシェラと、大人しく引き下がる沙夜を見てそっと息を吐き出す。
二人が本気で喧嘩なんてすれば、周りにどれだけの被害が出るか分かったもんじゃない。
最悪の事態は避けれたと恭也が安堵したとしても、それを誰も責める事は出来ないだろう。
まあ、その間に残るゴーレムが攻撃のモーションに入っていなければだが。
力があるのは分かったが、油断のし過ぎだと慌てて飛び出そうとする大河たちと違い、
恭也たちは至って冷静であった。
そもそも敵を前にして油断などしていたら、それこそあの家では洒落にならないのである。
ちゃんとゴーレムの動きを把握した上で言い合っていたのだし、対処方法も既に考えている。
故に恭也は慌てる事なく先程まで使っていた小太刀を仕舞うともう一刀を抜き放ち、
空いている左手を沙夜へと伸ばす。

「アルシェラ、沙夜」

短い言葉というよりも、単なる呼び掛け。
だがそれだけで充分とばかりにアルシェラも沙夜も自身の成すべき事を間違ったりはしない。
アルシェラの姿が薄れ、その身が恭也が手にした小太刀へと消える。
一方で沙夜はその身体が光に包まれ、それが収まるとその身が人から小太刀へと変化していた。
その事態を目の当たりにして飛び出そうとしていた大河たちの動きが止まる。
ミュリエルでさえも目を見開き、驚きをその顔に見せる中、
恭也は振り下ろされるゴーレムの拳にニ刀を重ねるように十字にして叩きつける。
恭也の放った雷徹がゴーレムの拳に皹を入れ、同時にアルシェラからは雷が、
沙夜からは炎が吹き上がり、その一撃の威力を更に高める。
ゴーレムの腕を完全に破壊すると、そのまま間合いを詰めてゴーレムの両足を同様に破壊すると、
両足を失い倒れるゴーレムの下に潜り込み、頭を下に加速させて投げ飛ばし、
完全に沈黙したのを確認してようやく小太刀を納める。
再び恭也の両隣にアルシェラと沙夜が姿を見せても闘技場は沈黙したままである。

「試験とやらはこれで終わったんじゃないのか」

「どうなんでしょう」

「とりあえず、あの女の所に戻れば何らかの反応があるじゃろう。
 ほれ、行くぞ恭也」

引っ張るように恭也と腕を組みミュリエルの元へと歩き出すアルシェラ。
それを沙夜が黙って見ているはずもなく、文句を言おうとして他にいつものような邪魔する者がいないのを思い出し、
アルシェラとは逆の腕を取ると腕組みする。
満足そうな二人とは対照的に、恭也は人前ともあり少し恥ずかしい思いをしながらも少しでも人目のない所へ、
とばかりに足早に歩く。ようやく、事ここに至り観客たちがざわめきだし、その歓声が徐々に大きくなっていく。
喧騒に包み込まれ始めた闘技場を背に、恭也たちがミュリエルの元に戻れば、何か聞きたそうな顔を逆にされる。

「とりあえず試験というのを受けましたが……」

「そうですね。ただ、この試験は敵を倒すのではなくて召還器を呼ぶのが目的のものなんですが……。
 それよりも、そちらの二人は……」

「アルシェラじゃ」

「沙夜と申します」

「不破恭也です」

ミュリエルの質問に二人が名乗れば、恭也も自ら名乗る。
それにつられるようにミュリエルも思わず名乗り、そうじゃないと頭を振る。

「そうではなくて、その二人は人ではないのですか」

「……何を持って人とするんですか?
 もし人じゃないとしたら、それがどうかしましたか?」

やや冷たさの感じる恭也の声にミュリエルは思わず呑まれ、すぐに失言に気付いたのか三人に頭を下げる。

「分かってくれたのなら構いません。
 簡単に説明するなら、アルシェラは神族と魔族の性質を持った高位精霊で、沙夜は高位精霊です」

恭也の説明に恭也の世界に興味を持ったのか、何人かが何か聞きたそうな顔を見せるも、
恭也は自分たちの扱いに関して尋ねる。結果として召還器は手に入れる事ができなかったものの、
その戦闘能力は手放すのが惜しいと判断し、ミュリエルは例外的な処置として恭也たちを救世主クラスへと入れる。
その事に意を唱える者もいたが、学園長の決めた事という事で強くは反対できなかった。
こうして恭也たちの異世界での新たな日々が幕を開ける。



「今までみたいに周囲を必要以上に警戒する必要がないのは嬉しいですね」

「沙夜、気を抜くなとは言わないが、警戒を怠るのはどうかと思うぞ。
 学園の中だから絶対に安全とは言えないんだから」

何処からか仕入れてきた日本茶に良く似た飲み物を二人して飲みながら、恭也と沙夜はそんな事を話す。
恭也の言葉に沙夜は分かっていますと答え、その口元をそっと隠すようにして腕を持ち上げて小さく笑う。

「本当に、ここには美由希さんたちが居ないから恭也様に近づく女性を警戒しなくても良いので助かります。
 それだけでも、異世界に飛ばされた意味は大きいですわ」

「何か言ったか、沙夜?」

「いいえ、何にも。それよりも、おかわりは如何ですか?」



「初めにお主らにこれだけは言っておくぞ。
 余は恭也のもの、恭也は余のものじゃ!」

「アルシェラ、お前はまたそんな事を」

教室に入るなり偉そうに発言するアルシェラと呆れる恭也。
アルシェラの偉そうな態度も、纏う威厳からか特に反感らしきものもなく、
いや、その発言が発言だっただけに呆気に取られているのかもしれないが。
ともあれ、呆れて見せる恭也にアルシェラは拗ねたような怒ったような表情を見せる。

「何じゃ、事実を言ったまでではないか!
 折角、美由希らが居らぬのじゃ。今の内に釘を刺しておくに限るじゃろう。
 さもないと、お主の事じゃからここでも元の世界と同じような状況になり兼ねんからな」

「どういう意味だ、それは?」

「お主は分からずとも良い。まあ、余は心が広いから沙夜ぐらいは許してやろう。
 あれもお主の剣である事だしの。だが、それ以外の者は……」

後半部分は恭也の耳に届かなかったのか、恭也は分からなくても良いと言われて素直に納得するのであった。



「恭也の敵と……」

「恭也様に近づく女性は……」

「余の敵じゃ!」「沙夜の敵です!」

あの二人がアヴァターでも大暴れ。
とらハ学園 X DUEL SAVIOR
タイトル未定 近日…………?



   §§



空から月の欠片が落ちてきたあの日から十数年。
それ自体に何ら問題はなかった。
だが、その事が原因による不可思議な現象はそうともばかり言っていられなかった。
ムーンチャイルド――そう呼ばれるアルテミスコードと名付けられた不可思議な文字コードを持つ、
異能力を持つ者が現れたからだ。
ムーンチャイルドによる犯罪が横行し始め、何の能力も持たない一般人はムーンチャイルドを畏怖し始める。
後はお約束とも言える顛末で、殆どのムーンチャイルドがその力を隠して暮らしていた。



海鳴市で起こる不可解な殺人事件。
この事件に共通している事は、人が出入り出来るような隙間のない密室であること。
被害者は皆、キリのような細長い何かで心臓を突かれている事である。
その共通点からこれらの事件は同一犯の犯行だと認定され、
同時に犯人としてムーンチャイルドの存在が囁かれる事となる。
ムーチャイルドに対抗するには同じくムーンチャイルドという訳で、
警察内でムーンチャイルドを主力として編成された警視庁公安特課へと連絡が行くのは当然の事であった。

「いや、まあ僕とひなたが海鳴に行って調べるのは分かりましたけれど、二人だけでですか?」

「ああ、そうだ。まあ、調査するだけなら危険もないだろう。
 それに何かあったとしても、ひなたの能力なら問題あるまい」

高校生ぐらいの少年の言葉に中年の男はそう返し、ひなたと呼ばれた少女を見る。
こちらは少年――真田宗太よりも更に幼く見える外見に光を映さない瞳であさっての方を向いて頷いている。

「ひなた、そっちじゃなくてこっちだから」

宗太の声から大よその場所を察したのか、少し慌てて顔の向きを変え、何事も無かったかのように、

「も、勿論、分かってましたよ! 今のは別に頷いた訳ではなくてですね。
 そう! ちょっと眠たくて舟を漕ぎそうだったんです! 決して間違えたわけではありません」

「分かった、分かったから。ただ、この場合は舟を漕ぐ方が問題あると思うんだけれど」

「はうっ!」

宗太の言葉にそうだったと頭を抱えるひなたに苦笑を漏らしつつ、宗太は海鳴行きの切符二枚を手に取るのだった。



海鳴市にある居酒屋の一角。
そこには今、三人の男女が顔を合わせていた。
美味そうに酒を飲み干す女性を呆れたような顔で見遣りつつ、恭也はコップを置いたのを見て口を開く。

「とりあえず、居酒屋に呼び出すのはどうかと思うんですが。
 俺は兎も角、美由希は学生ですし」

「恭ちゃんも学生だし未成年なんだけれどね」

恭也の言葉に隣に座っている美由希がすかさず突っ込むも、恭也はそれを無視する。
二人の対面に座る女性、リスティは悪びれた様子を見せもせず笑顔を返す。

「まあまあ、そう言うなよ。むしろ、こんな所で仕事の話をするなんて誰も思ってないだろう。
 という訳で、これが今回の事件の詳細が入った書類」

言ってテーブルの上に書類が入っていると思われる封筒を無造作に置く。
それを受け取りつつ恭也はリスティに目で促す。

「依頼したいのは……。ああ、ちょっと待ってくれ。
 お姉さん、お酒追加ね。恭也と美由希は?」

リスティの言葉に未成年ですからと言って断り、話の続きを促す。
だが、肝心のリスティは酒が来るまで待てと言い放ち、摘みに手を付ける。

「二人も遠慮しないで食べなよ」

リスティの言葉に美由希が恭也の方を向き、恭也が頷いたのを見て箸を伸ばす。
恭也の方も焦っても仕方ないとばかりに箸を手に取り、暫し普通に食事が進む。
ようやくリスティの酒が届き、ご機嫌でそれを一口飲むとようやく話し始める。

「ああ、話を聞いてくれれば、そのまま食べてて良いよ。
 さて、依頼内容なんだけれど、ここの所騒がれている連続密室殺人事件、これを担当してもらいたい」

「その犯人が予告状でも出して、その人物を護衛するんですか?」

「いや、違う。どうも上の連中はムーンチャイルドの仕業だと決定したみたいでね。
 そうなると普通のおまわりさんたちではどうしようもないって訳。
 そこで二人に頼みたいんだよ」

「戦う事なら兎も角、そういった捜査などは得意ではありませんよ」

恭也の言葉にリスティは分かっていると笑って返し、酒に口を付ける。
喉を潤すため、恭也もコップを手に持ち、こちらはジュースだが同じように口にする。
互いにコップを置くと、リスティの方が話し始める。

「捜査に関しては特課がこちらに来てしてくれる」

「特課……ムーンチャイルドで構成された警察組織ですね」

「まあね。来るのは二人。真田宗太と立花ひなただ。
 宗太の能力はステータスTと高くないけれど、ひなたの方はステータスVらしい。
 流石に詳しい資料はもらえなかったけれどね。多分、近いうちに顔見せしてもらうからその時はよろしく」

「了解しました。それで、他に何か聞いておくことは?」

「うーん、事件の詳細は渡したやつに書いているし、基本的に犯人を捜すのはその二人がやってくれるから。
 まあ、恭也たちの出番は後になるかな。ただ、出来る範囲で動くのを止めたりはしないよ」

そう言って話を締め括ると、仕事のお話はお終いとばかりにコップの中身を一気に呷る。
小さく笑みを浮かべながら、恭也は箸を手に取り、ピタリと動きを止める。

「美由希、お前一人で全部食べたのか」

「……んぐんぐ。ふぅ、えっと食べちゃったけれど」

「そうか、さぞかし美味かっただろうな」

「うん、美味しかったよ」

「そうか、そうか」

静かにそっと頭に置かれた手。
だが、決して褒めるためではないのはその前の会話から分かりきっている。
ゆっくりと力が込められるその前に、リスティが笑いながらメニューを投げてくる。

「ほら、ここは僕の奢りなんだからまた頼めば良いだろう」

「命拾いをしたな、美由希」

「リスティさん、ありがとうございます」

「いやいや、折角の兄妹のスキンシップを邪魔しちゃったけれど、流石にここでは勘弁してくれ」

リスティの言葉に恭也と美由希は無言でメニューを覗き込み、それを見てリスティはまた可笑しそうに笑う。
まだ可笑しそうに口元に笑みを浮かべて酒を飲むリスティを見ない振りをして、恭也は店員を呼ぶと、

「これとこれとこれとこれをお願いします」

「あ、後、これとこれとこれも。それと飲み物も追加で、オレンジジュースと烏龍茶を」

遠慮なく追加注文する二人を前に、リスティの笑みが少しだけ引き攣り、それを見て二人は小さな笑みを見せ、

「「ごちそうになります」」

そう爽やかに告げるのだった。



「宗太さん、今何が起こったんですか」

目の見えないひなたが驚きの声を上げた宗太に尋ねる。
時刻は深夜と言っても差し支えのない時刻。
場所は人気のない神社へと続く階段のすぐ傍。
そこで事件の捜査を行っていた宗太はある現場を目にした。

「車に惹かれそうになった猫を助けた女性がいるんだ」

「そうだったんですか。それは凄く良いことですね」

「ああ。だけど、彼女はアルテミスコードを、能力を使ったんだ。
 その能力が何なのかは詳しくは分からないけれど、見た感じだと空間を入れ替えたんだと思う。
 自分の周りの空間と猫の居た空間を」

「それって……」

「ああ。彼女の能力がどれぐらいの範囲まで有効なのかは分からないけれど、密室を覆す事はできる」

宗太とひなたが話している間に女性は助けた猫を放し、ゆっくりと二人の方へと振り向く。
その後ろから一人の男性が近づき、何かを話している。
二人の視線が宗太たちを捉え、

「ひなた、とりあえず話を聞こう」

「そうですね」

二人の下へと歩き出す宗太たちを少し警戒するように身構える。

「少し話を聞かせてもらいたいんですが」

宗太の声に答えたのは男性の方であった。

「そうか、こちらも聞きたいことがあったんだ。
 こんな時間に何故、こんな所にいるんだ?」

宗太が尋ねるよりも先に男性、恭也がそう訪ねてくる。
捜査の事は一般人には秘密なので言葉を濁していると、恭也は目付きを細める。

「何か言えない事情でも?」

互いに顔を知らぬままに出会ってしまった二人。
これもまた運命の悪戯だろうか。



「なっ! 恭也さんの周りで銃弾が止まった?」

宗太が驚きの声を上げたように、恭也の周囲で弾丸がピタリとその動きを止める。
驚く宗太と違い、美由希はさも当然とばかりに頷いている。

「あれが恭ちゃんの能力。ひなたちゃんの重力制御と同じく高ランクに位置づけされている時間制御。
 自分の周辺三メートルの時間を自在に操る能力だよ。今、恭ちゃんの周りの時間は止まっているの」

美由希が説明する中、恭也は弾丸の向きを指先で180度変える。
その上で止まっていた時間を動かすと、弾丸は当然ながら動き始め、撃った本人へと向かっていく。
残った者たちはそれならばと美由希たちへと銃口を向けて躊躇わず発砲する。
宗太が自身の自分の見ているものを他人に見せることができるという能力でひなたの視力を確保し、
ひなたの重力制御により周辺の銃弾を全て叩き落す。
だが、これはひなたの周辺までが有効範囲で、ひなたの後ろにいる宗太は守られるが、
前に居る美由希にはその限りではない。
気付くのが遅れた宗太が後悔するよりも早く、悲鳴が上がる。
ただし、それは美由希ではなく男たちのものだったが。

「これが私の能力。宗太くんよりも上で恭ちゃんよりも下のステータスU。
 空間操作能力。自分の周辺の空間を任意の空間と入れ替えるだけ。
 でも、使い方次第では今見たみたいな事もできる。どちらにせよ、犯人を特定するような能力はないんだよね。
 という訳で、犯人を暴くのは宗太くんに任せるから。私と恭ちゃんは護衛って事で」

頼もしい護衛に宗太は頼もしさを感じ、ひなたが少しだけ拗ねたように宗太の服の裾を掴む。
それを微笑ましく眺めながら、恭也と美由希は襲撃してきた者をしっかりと捕縛するのだった。



「よくよく考えれば、ひなたと恭也の能力が干渉し合うとブラックホールが出来るかもね」

お気楽な口調で話すリスティに当の本人たちは慌てて事実かどうか尋ねる。

「さあ? 単なる思い付きだから、実際はどうかまでは。
 時間と重力を狂わすという点では似たようなもんじゃないか」

あくまでもお気楽なリスティと違い、その能力の持ち主である恭也とひなたは少し考え込む。

「だとすれば、俺とひなたさんの能力範囲が重なるような場合は……」

「そ、そうですね。万が一のためにも、どちらか一方が能力を使用しないようにしないと」

深刻に相談し合う二人を見て、発言者はあくまでもお気楽という態度を崩すことなく、

「ムーンチャイルドってのも色々と制約があるんだな」

「それはそうですよ。そう言った意味ではリスティさんの超能力の方が使い勝手は良いかもしれませんよ」

「これはこれで相当疲れるんだけれどね」

そう言って笑うリスティを意味が分からずに宗太は眺めるのだった。



恭也が小太刀を振るえば、何故か周りを囲んでいた男たち全員が斬られる。
二十人は居たと思われる男たちが残らず同時に斬られる現象を目にして、
宗太はすぐに恭也の隣に立つ美由希も何かしたのだと気付く。
だが、その原理までは分からないでいる宗太に美由希は笑って教えてあげる。

「なのはもムーンチャイルドなんだよ」

言って、美由希が守るように腕の中に抱いていたなのはから離れて肩に手を置く。

「ランクは宗太くんと同じでステータスT、攻撃や凶暴さという面では殆ど力を持たないんだけれどね」

「お兄ちゃんやお姉ちゃんの能力と一緒に使うとこういう事ができちゃうみたいで」

困ったように笑うなのはに視線を転じ、すぐに美由希へと戻す。
それは説明を求めてのものであったが、その説明は美由希ではなく恭也からされる。

「なのはの能力は因果律の操作だ。
 ただし因か果のどちらかしか操作できない上に、色々と制約があるんだがな」

「例えば、鉄砲を撃ってそれが腕に当たる。
 この場合、因が発砲、果が腕に当たるとなってどちらかしか操作できない。
 因の発砲を無かった事にしても、果の腕に当たるだけは残って、腕に痛みを覚える。
 最悪の場合は撃たれたのと同じ症状だけが起こるの。
 とは言え、果を弄ったとしても他の箇所に当たるだけかもしれない。
 あくまでも操作する時点の果は“腕に当たる”だからね」

「そもそも、因を弄るのは相当力を消費するから、それ自体が難しいんだ」

「そうみたいなんです」

恭也と美由希の説明になのはも苦笑を見せる。
だが、と恭也はなのはの頭に手を置き、続きを美由希に説明させる。
もう横着なんだからとぶつくさ言いながらも、美由希も美由希で説明を始める。

「私たち高町三兄妹が揃うと最悪だってリスティさんとかは言うのよね。
 それが今の攻撃方法。これは能力を利用した幾つかある攻撃の一つなんだけれどね」

そう言って説明するということは、原理を知られても問題ないと思っているのか、宗太たちを信用しているのか。
後者だと良いなと思いつつ、美由希の説明に耳を傾ける。
ふと横を見れば、ひなたも同じように興味深そうな顔で美由希の説明に聞き入っている。

「恭也ちゃんが振るった一撃は、同時に合図でもあるの。実際には恭ちゃんの周辺の時間が操作されて、
 今まで振るってきた斬撃とこれから振るうであろう斬撃の幾つかが恭ちゃんの周辺に現れる。
 でも操作出来るのは恭ちゃんの周辺だけ。それだとその弄った時間軸で斬撃のない可能性もある。
 それを私の空間操作で入れ替えるの。斬撃のなかった空間とあった空間をね。
 で、恭ちゃんの周辺に出来た斬撃の空間を私が更に敵の近くの空間と入れ替える。
 これだけだと、斬撃の向きはばらばらな上に距離も結構曖昧なのよね。
 まあ、恭ちゃんが弄った時間内の空間を操作するのに手一杯でそっちまで正確にできないから仕方ないよね。
 だから、本当に適当に入れ替えるぐらいしかできないのよ」

「そこでなのはの能力が意味を持ってくるという訳だ」

「って、説明を取るのなら初めからしてよ。
 どうせなのはの自慢をしたいだけなんでしょう。このシス……」

ほっぺを抓られ、それ以上の言葉を口にする事は出来なかった美由希ではあったが、
宗太はそこからどう続くのか簡単に想像でき、思わず恭也を見る。

「何か?」

「い、いえ! そ、それでなのはちゃんの能力がどのように?」

これ以上、この話は危険だと感じ取り、宗太は話を逸らす、もとい話を戻す。
ようやく解放されて頬を擦る美由希は、続きを促す恭也に文句を言いつつも説明を再開する。

「えっと、どこまで話したっけ? ああ、そうそうなのはの能力からだね。
 なのはの因果律操作により、斬撃が当たるという果だけを持ってきてるんだよ。
 それにより、ばらばらな上に適当というか大体の位置に配置された斬撃はちゃんと敵の方を向くって訳」

「へぇ。あれ? でも、それなら先程の説明で果を当たらないって弄れば」

「ほう、そこに気付いたか」

宗太の言葉に感心したような声を零し、恭也は続けて説明を始める。

「正確には当たるという果を持ってきているのではなく、斬撃がはずれるという果を弄っているんだ」

「ああ、そういう事ですか」

納得する宗太とひなたに恭也は意地の悪そうな笑みを浮かべ、

「まあ、大体の理論は美由希の言うとおりだが、詳しい事は流石に秘密だ」

そう付け足すのであった。



ゆっくりとだが確実に犯人に近づく恭也たち。
その動機は、一体何者なのか。

Kaguya Hearts



   §§



「高町さ〜ん、お荷物です」

それは麗らかな春の日……という事もなく、既にゴールデンウィークも過ぎた日曜の事であった。
これから徐々に暑くなっていくのだろうが、今はまだ朝夕と冷え込む事もあるこの時期、
薄着にするかその上に一枚羽織るかと悩む人もいるだろうが、そんな事に全く悩む事のない、
年中暗めの色の長袖を着た恭也はやけに大きなその荷物を受け取る。
持ってみると思ったよりも軽く、恭也はそれをリビングへと運び入れる。
宛て先が自分になっている事に思い当たる節もなく、また送り主が月村となっている事に眉を顰める。

「今度は一体何を作ったんだ」

少し警戒して自分の身長と殆ど変わらない箱の蓋を開けようとし、手の何処かが当たったのか、
箱は真っ直ぐに倒れる。
思ったよりも大きな音は立たなかったが、壊れていないかと少々不安になりつつも箱に手を掛けようとして、

「ただいま」

玄関から複数の声と足音が聞こえてくる。
買い物に行った美由希たちが戻ってきたのだろう。
だが、恭也にとってはそれどころではなかった。
何故なら、箱の中身が床に落ちたショックでか飛び出して床に転がっていたからだ。
半分以上が箱から飛び出したソレを見て、恭也は数瞬だが思わず意識を飛ばしてしまう。
だが、すぐに気を取り直すとこのままではいけないと手を伸ばし、

「恭ちゃん、ここに居るの?」

リビングに妹たちが戻ってくる。
妹たちも恭也の存在に気付き、同時に床に倒れている荷物に気付く。
箱から姿を見せている意識を失っているのか、目を閉じた全裸の女性という荷物を。

「ち、違うんだこれは!」

「きょ、きょ、恭ちゃん……そ、それは」

「ししし師匠、流石に人攫いはって、そうじゃなくて、この場合は110番か」

「落ち着けサル! そないな事したら、お師匠が捕まってしまうやろ。
 きっとお師匠の事やから何か理由があったはずや。と、とりあえず話を聞いた方がいいんとちゃうか」

言いながらも後退り、何故か携帯電話を取り出すレン。
こちらもしっかりと混乱しているようで、なのはに至っては声を出す事も出来ないほど驚き固まっている。

「い……いやぁぁぁぁっ! きょ、恭ちゃんが女の人を攫って、し、しししかも、は、はだはだ、裸!」

「落ち着け! ご近所に聞こえたら体裁が悪いだろうが!」

言って美由希の頭に拳骨を落とす恭也だが、その言葉をどう捉えたのか晶やレンが憐れむような視線を投げてくる。

「体裁が悪いって、やっぱり師匠……」

「お師匠のこと信じてたのに……」

「だから、違うと言ってるだろう! とりあえず、話を聞け!」

「え、えっと、とりあえず服を着せた方が良いんじゃないかな?」

いい感じで混乱しまくる高町さん一家の中、なのはが何とかそう言葉にし、それに応えるように恭也も頷く。

「そ、そうだな。とりあえず説明するから、先にこの子に服を。
 美由希の服で良いか」

恭也の言葉に美由希はまだ混乱しながらも適当な服を持ってきて、未だに目を覚まさない女性の着せる。

「下着は我慢してもらうしかないとして、服を着せたけれど……」

「そうか。とりあえずはソファーにでも寝かせておこう」

言って女性を抱き上げてソファーに寝かせると、恭也たちはダイニングテーブルに集まる。
晶が淹れたお茶を全員が口に含み、多少なりとも落ち着いたのを見計らって恭也は説明を始める。

「まず最初に言っておくが、お前たちが思っているような事じゃないからな。
 お前たちが帰ってくる少し前に荷物が届いたんだ。で、中にあの人がいた」

恭也の短いけれどもそれ以上説明しようのない簡潔な説明を聞き、美由希や晶、レンは半目で恭也を見る。

「信じられないのはよく分かる。俺だって未だに信じられないんだからな。
 だが、事実だ。その証拠に……」

言って恭也は女性が入っていた箱を美由希たちの前に出す。

「ほら見ろ。ここに俺宛てと書いてあるだろう」

「だからって、女の人が入っていたのはそれはそれで問題じゃないかな。
 一万歩譲って恭ちゃんが攫ったんじゃないとしても、受取人が恭ちゃんの時点で疑いは持たれたままだよ」

「一万歩も譲らないといけないのか?」

美由希の言葉のその部分に反応して少し落ち込む恭也であったが、自分は無実だと再度告げる。
すると、今度はレンが同情的な視線を向け、

「お師匠も男の人だったという事ですな。ただ、流石に人身売買は……」

「そうですよ師匠! 犯罪は、犯罪は駄目ですって!」

「いや、本当に知らないと言っているだろう。
 そうだ、送り人を見ろ」

言って恭也が見せたのは送り主の欄に書かれた月村忍という文字。
それを見た途端、

『あー』

一斉に納得する美由希たち。
それはそれで問題あるだろうと思いつつも、自身の容疑を晴らすのが先だとばかりに黙する事にする。
そんな折、背後のリビングから小さな呻き声が漏れ、今の今まで気を失っていた女性が目を覚ます。
きょろきょろと周囲を見渡し、恭也たちの姿を見つけるなり、

「ぴきぃ!」

おかしな奇声を上げるなり部屋の隅に走って行き膝を抱えて顔を隠す。
それでもちらちらと恭也たちの方を意識するように見遣り、その足元に箱があると気付くと、
恐る恐る近づきその箱を手にする。

「あの……」

恭也が何か声を掛けた途端、手に掴んだ箱を持ったまま先程と同じ部屋の隅へと急ぎ走り、

「ぴぃっ!」

その途中で足を縺れさせて転ぶ。
その拍子に鼻でも打ったのか、両手で鼻を押さえ涙目になる。

「大丈夫ですか」

気遣うように恭也が立ち上がり近づこうとするのを感じ取ったのか、
痛みを堪えて立ち上がるとやはり部屋の隅に逃げ、箱の中に隠れる。

「えっと……。大丈夫ですか」

箱に近づき、中に居る女性へと声を掛けるも返事はなく、手を伸ばせば怖がるように箱全体が揺れる。
困ったように美由希たちを振り向くも、そちらもまた同様に困惑した顔で今の出来事を呆然と見ていた。
小さく嘆息すると、恭也は携帯電話を取り出して忍へと電話を掛ける。
間違いなく今回の主犯にして、全てを理解しているであろう人物へと。

これが今回の始まりであり、高町家にメイドロボHMX−17c、シルファが住み込むこととなる初日の出来事である。



「ご主人様、起きるれす。いつまでもぽやぽやと寝ているんじゃないれす。
 っれ、もういないじゃないれすか!?」

「ん? シルファか。どうかしたのか?」

「べ、別にどうもしないれすよ。ご主人様を起こしてやろうなんてしてないのれす」

「ああ、起こそうとしてくれたのか。それはすまなかったな。
 ただ、俺や美由希は朝が早いから、気にするな。寧ろ、起こすのならなのはを起こしてやってくれ」

「ら、らから違うと言ってるのれす。人の話をちゃんと聞くのれすよ。
 とりあえず、シルファは朝食を用意するのれす」

「あ、朝食なら……」

恭也が言い終えるよりも早く、シルファの姿は消えていく。
その背中を見送り、恭也はまあ大丈夫だろうと着替えを用意するのだった。

「……朝食がすれにれきているのれす」

「あ、シルファさんおはようございます。
 朝食ならもうすぐで出来ますから、ちょっと待てて下さいね。……あ、シルファさんは食事は」

「シルファは食事は必要ないのれす。
 そ、それよりもきょ、今日は初めてらったのれ、ちょっと勝手が分からなかったらけれす!」

「は、はぁ」

「とりあえず、シルファは洗濯れもしてくるのれす」

「あ、洗濯なら……ってもう居ないし。まあ、良いか」

晶は頭を掻くと再び朝食の準備に戻る。

「…………」

「ふんふんふーん♪」

中庭で鼻歌を歌いながら洗濯物を干しているのはレンであった。
その背中を縁側から眺め、無言のまま立ち尽くすシルファ。

「……シルファはやっぱりいらない子なんれす」

する事がなく落ち込み、仕舞いにはしゃがみ込んで床にのの字を書き始める。
そこへ恭也が姿を見せ、

「シルファ、どうかしたのか?」

「な、何れもないれすよ」

今まで落ち込んでいたのを誤魔化すように胸を張るシルファに恭也は思い付いた事を尋ねる。

「それでなのはは起こしてくれたのか?」

「い、今から起こしてくるのれす!
 シルファがちゃんとやるのれすから、ご主人様は大人しく待っているのれすよ」

「いや、起こすぐらいでそんなに張り切らなくても……」

またしても恭也の言葉を聞く事なく、シルファはなのはの部屋へと走って行く。
だが、階段に差し掛かった所で、

「ほら、なのはちゃんと目を開けないと危ないよ」

「うん……ありがとうお姉ちゃん」

なのはを起こしてきたのか、美由希がなのはの手を引きながら階段から降りてきた。

「あ、シルファさん、おはようございます」

「おふぁようございますぅぅ」

「ぴ、ぴぎゃぁぁっ! シ、シルファはやっぱりいらない子なんれすぅぅっ!」

言ってリビングへと駆け込むと、箱をすっぽりと被ってしまうのだった。



とりあえず箱の中のシルファに声を掛け、恭也たちは学校へと向かう。
途中で学校の違うなのはと別れ、四人が歩いていると前方から見知った顔を見つける。

「貴明、おはよう」

「あ、恭兄おはよう」

「おはよう、恭也」

「おはようなのであります!」

「ああ、環とこのみもおはよう」

美由希たちも貴明たちと挨拶を交わし、ふと四人の視線が一斉に貴明に、正確にはその両側に向く。

「あ、あははは。これには深い事情があって……」

苦笑いしながら何とか誤魔化そうとするも、美味い言い訳が見つからずに困った顔を見せる貴明。
その貴明の両腕はそれぞれ環とこのみによってしっかりと抱きかかえられていた。

「えへ〜」

「まあ、こういう事なのよ。タカ坊の優柔不断を解決するためにね」

「なるほど。相変わらず人気者だな、貴明」

『…………』

全員の何か言いたそうな視線に居心地悪そうにしつつ、恭也は納得したようであった。
対する美由希たちは小声で何やら怪しい会話を繰り広げ始める。

「そうか、皆で仲良くって方法もあるんだね」

「ですけど、師匠がそれを良しとするでしょうか」

「おサルの言うとおりやと思います」

そんな三人を置いて恭也たちは学校へと向かうのであった。
当然の如く学校が近づくにつれ、登校してくる生徒も増える訳で、
二人の女性を侍らしているようにも見える貴明へと注目が集まりだす。
居心地悪そうな貴明に対し、環やこのみは堂々としており、
恭也は自分の事ではないので貴明の境遇に多少なりとも同情しつつも何も口を挟まない。

「あ、あははは、かなり目立ってるね」

美由希の言葉に恭也は小さく頷くと、不意に遠い目をする。

「願わくば、俺だけは静かに、そして平穏に過ごせる事を祈ろう」

「貴明さんじゃなくて、自分の事なんだ」

「当たり前だ。ただでさえ、昨日は変な事に巻き込まれたんだ。
 今日ぐらいは平穏を望んでもばちは当たらないだろう」

やけに説得力のある言葉に美由希たちも思わず納得してしまう。
だが、得てしてそういう時に限って期待とは裏切られるものであり、
ましてや幼馴染の弟分を見捨てた天罰だったのか、恭也はこれから自身の身に降りかかる災厄に気付いていなかった。

学校から少し離れた裏山。今、そこに地を踏む一つの影があった。

「ふっふっふ。俺はついに帰ってきたぞ!
 待っていろ、きょうりゃんにたかりゃん!
 う、うぅぅ、流石に腹が減った…………」

威勢良く叫んだかと思えば、その人影はその場にぱたりと倒れてしまう。
だが、這いながらもゆっくりと山を下っていく。
謎の影が力尽きるのが先か、それとも親切な人に発見されるのが先か。



生徒会室に届けられた大きな箱。
運送屋は既に帰っており、荷物の前ではまーりゃんが腕を組んで胸を張っている。

「さあ、開けてみろきょうりゃん。きっと気に入るはずだ」

「これと似たような状況を昨日味わったような気がするんだが、気のせいだろうか」

思わず美由希を見てしまうが、返って来たのは何とも言えない表情のみであった。
急かすまーりゃんに仕方なしに恭也は箱を開ける決意をする。
それが更なる混乱をもたらすかもしれないと何処かで予感しつつも。



To Triangle Heart23 〜Another Days〜



   §§



「一昨日未明、発生した殺人事件に関して、警察は逃亡した犯人を全国に指名手配しました。
 加害者の名前は高町恭也……」

事件の概要がキャスターから語られ、その後にコメントを述べる何かしらの専門家。
そこまで見て美由希は手にしたリモコンでテレビの電源を切ると真剣な面持ちで他の面々を見渡す。
高町家の面々の他、勇吾や那美といった恭也と親しい者たちが月村邸に集まっている。
自宅にはマスコミが押しかけている為、忍の言葉に甘えてこちらに避難してきているのだ。
当然、店の方も今は閉めている。
不安そうななのはを安心させるように桃子が優しく撫でる中、美由希が真剣な表情のままゆっくりと口を開く。

「恭ちゃんの無実を証明するためにも、真犯人を探さないといけないですね」

その言葉に忍たちも同意するように頷く。
ここに居る者は皆、恭也の無実を信じている。
特に美由希は短い時間だったが恭也から電話が掛かってきて、恭也自身の口からそれを聞いているのだ。
電話の掛かってきた美由希の口からそれを聞かなくても、恭也がそんな事をするなんて誰も信じないだろうが。

「警察から逃げざるを得ない状況だったらしく、簡単な説明しか聞けませんでしたけれど。
 元々、恭ちゃんはその女性から護衛の依頼を受けて会いに行ったんです。
 時間は明け方。これは向こうの指示だったらしいです。ですが、恭ちゃんが着いた時にはもう……」

「それで犯人の手掛かりでもと見ている時に警察がやって来たのね」

「はい。でも、あまりにもタイミングが良すぎると思いませんか」

補足するように口にした忍へと美由希が当然の疑問を口にする。
恭也が部屋に入り、精々2、3分しか経っていないのに警察がやって来る。

「その辺りは僕から説明するよ。とは言え、僕も捜査からは外されているから詳しくは掴めていないんだけれどね」

今回、その女性の護衛を依頼した手前、責任を感じているリスティは結構危ない目をしてまで捜査状況を探っていた。
その結果として、幾つか分かったことを上げていく。

「恭也が指定された時間よりも十五分ほど前に警察に一本の通報があったらしい。
 争う男女の声と尋常ではない悲鳴が聞こえたってね。これだけを見れば、明らかに恭也ははめられたって事になる。
 けれど、護衛の依頼の件は僕と恭也しか知らないことだ。警察から見れば、恭也が怪しいって事になるんだろね」

「それじゃあ、リスティさんが説明をしてくれたら師匠の無実は証明できるんじゃ」

「僕だって既に話をしたさ。けれど、現状はこの有様さ。
 それにしても、警察側の動きにも不審な点があるとも言えるんだよね。
 たかだかって言い方は悪いけれど、今回の事件は殺人事件の一つだ。
 警察側の発表した見解では、動機は痴情のもつれなんて言う、これまた言ったら悪いけどありきたりな理由。
 なのに、たった一日置いただけで写真や実名付きで全国指名手配。
 まあ、犯人を目の前にして逃げられたっていう失態があり、
 警察の信用を取り戻すためという見方もできなくはないけれどね。それにしてもね」

リスティは手の中でペンをくるくると回しながら、付け加えるならと更に続ける。

「僕の話を聞いた以上、元から被害者は狙われていたという可能性も考慮したって良いはずなんだ。
 そうなると、別の犯人がいるかもしれないってのは推理するまでもなく見えてくる。
 なのに、そんな動きはない。正直、あまり口にしたくはないけれど……」

警察内部に犯人、もしくは協力者がいるかもしれないという言葉は飲み込む。
しかし、充分にリスティの言いたい事が分かったのか、美由希たちの顔も若干険しくなる。

「だとしたら、お師匠を助けるためにはどないしたら良いでしょうか」

「まずはっきりとした証拠よね。もしくは、真犯人の身柄ね」

「忍の言うとおりだ。恭也も自分で調べるつもりなんだろうけれど、
 流石に指名手配されてはそう大きく動けないだろうね」

「つまり、それを俺たちでしようって訳ですね」

勇吾の言葉にリスティはその通りだと頷き、具体的な方針を決めていく。

「まずは被害者の詳しい情報が欲しいね。後は事件当時の周辺の情報。
 面倒かもしれないけれど、まずはここからだね。でだ、那美には警察内部を探ってもらいたい」

「えっとどうやってですか?」

「那美にいつも仕事を回している人に頼むんだよ。
 部署が違うから難しいかもしれないけれど、全国指名手配ともなれば人数は必要になるだろうし、
 捜査本部にある程度は入れるようになるだろう。そこで情報を集めてもらい、それを流してもらう。
 ただし、慎重にね」

「え、えっと、頑張ります」

思ったよりも大変な任務に少し緊張気味に応える那美。

「忍にはノエルと一緒にネット関係から調査を頼む。
 桃子さんやなのはは待機……と言っても聞きそうにないか。それじゃあ、二人には忍の手伝いを。
 まあ、今の所はこれぐらいかな。それじゃあ、早速活動開始と行こうじゃないか」

リスティの言葉に全員返事を返し、恭也の無実を証明すべく動き出すのだった。



工事途中で放置されたビルの中、恭也はそこに潜んで調達した新聞に目を通す。

「指名手配か。幾らなんでも早すぎるな……。
 もしかすると、初めから仕組まれていたか」

顔が知られた事により、加害者の知人などを当たって情報を得るのは難しくなった。
そう考え、恭也は考えていた予定を変更する。
蛇の道は蛇という事で、恭也は裏の情報屋を使う事にする。
金さえあれば相手が誰であろうとも情報を売る連中である。
勿論、接触すれば恭也の情報を求めている者が居た場合にもそれを売るであろうが、
それでも他に情報を得る方法が現状では見つからない。
そう結論すると新聞紙を畳んで手に持ち、慎重に周辺を窺いながら外へと出て行く。
昨日の内に購入しておいた帽子を深く被り、サングラスで目を隠す。
少し俯きがちに顔を下に向け、すぐには顔が見えないようにする。
その上で気配を希薄にして恭也はできる限り裏道を進むのであった。



濡れ衣を着せられた恭也。果たして彼は自身の無実を証明できるのか。
そして、恭也を助けるべく動く美由希たちは、真相へと辿り着けるのか。

恭也、大逃亡



   §§



その日、郵便受けに入っていた一通の手紙。
それが全ての始まりであった。
封筒の表には高町恭也宛てである事を示す文字。
それを興味深そうに眺めていた美由希は冗談半分で、

「昔、士郎父さんと旅をしている時に知り合った女の子からだったりしてね」

恭也の反応を窺うように語られた言葉。
美由希の顔を見ていれば、それがどういう意図を持って言われたのか分かるだろうが、
肝心の恭也は美由希の反応にそんな事はあり得ないとあっさりと否定の言葉を口にして封筒を裏返す。
偶々目が会ったなのはと美由希は揃って苦笑を浮かべつつ、恭也の怪訝そうな声に再び顔を恭也へと向ける。

「どうかしたの?」

「いや、差出人だとは思うんだが……」

言って自分が今しがた見た封筒の裏を美由希たちにも見せる。
そこには住所も何もなく、ただ一つの名詞だけが書かれていた。

『将軍』と――



渋谷で起こってる通称ニュージェネと呼ばれる連続猟奇殺人事件。
この間も五つ目の事件が起こり、まだ犯人が捕まっていない渋谷へと恭也が行くと言い出したのは、
例の手紙が届いた日の夜の事であった。
家族たちが流石に難色を示す中、恭也は既に決心しており言っても無駄だと桃子は悟る。
それでも何度も、それこそしつこいぐらいに注意するように言い聞かせ、渋々ながらも了承する。
こうして、翌日には恭也は渋谷方面へと向かい、まずは手紙に書かれていた場所へと足を運ぶのだった。



西條拓巳が脅えながらも咲畑梨深と登校している様子を遠くから窺う人影が一つ。
その人影――恭也は手元の写真に目を落とし、登校中の二人の学生へと再び視線を向ける。

「彼で間違いないようだな。しかし、何とも不思議な依頼だな」

知らずぼやきを口から零し、恭也は写真を内ポケットへと仕舞うと二人の後を付けるように距離を保ち歩き出す。
しかし、これが思ったよりも難しいとすぐに悟る事となる。
何故か、拓巳が既に周囲を気にするように視線をあちこちへとさ迷わせ、曲がり角の度に立ち止まるからだ。
仕方なく、恭也は更に距離を開けて曲がり角に二人が近づくと物陰に隠れる。
最終的に二人が学校に行くのだろうとは思われるが、絶対とも言えないので先回りなんて事も出来ない。
思ったよりも大変だなと胸中で呟き、恭也は先にある十字路を曲がっていった二人を追うべく軽く走る。
そこに運悪く、二人が曲がったのとは逆の道から一人の少女が飛び出してくる。

「きゃっ」

恭也にぶつかり、小さな悲鳴を上げて尻餅を着いた少女。
少女が着ている制服は拓巳たちが通う私立翠明学園のものであった。
恭也は失敗したと思いながらも少女を助け起こすべく手を差し伸べ、

「すみませんでした。大丈夫ですか?」

そこで思わず動きを止めてしまう。

「い、いえ、こちらの方こそごめんなさい」

差し伸べられた手を掴み、謝った少女であったが呆然としている恭也を不思議そうに見上げる。
少女の視線に気付き、恭也は何もなかったように少女を起き上がらせるともう一度謝罪を口にする。
すると、少女の方もまた謝罪を口にし、このままでは埒が明かないと恭也の方から切り上げる。
既に目に付く距離に拓巳たちの姿がない事を確認し、用事があるのでと足早にその場を立ち去る。
後ろでまた少女が少し呆然としていたが、それに構わず恭也は二人の後を追いながら、先程の少女を思い出す。

「よりによって、接触する事になるとはな。
 まあ、数日もすれば俺の事など忘れているだろう」

先程のアクシデントを考え少し暗くなるも、前向きに考え直して二人の後を追うのだった。



拓巳が梨深と帰宅するために中庭で待っていると、そこへ彼の妹の七海が拓海を見付けてやって来る。
またお小言かと顔を顰め、さっさと立ち去れと念じる。
そんな拓巳の思いなど気付かず、七海は拓巳の前でやって来る。

「おにぃ、珍しく登校してたんだね」

「な、なんだよ」

そんなの関係ないだろうと言おうとするも、それよりも早く七海は興奮したように話し出す。

「実はね、朝曲がり角で男の人にぶつかったんだけれどね。
 その人、大丈夫ですかって私に手を差し出した後、驚いたように固まちゃったんだよ。
 あれかな、もしかしてナナに見惚れていたとか? 一目惚れしたのかも。
 凄いと思わない、おにぃ。それで、それで数日後に運命的に再会をしたりなんかして……」

一方的に捲くし立てる妹の言葉を半分聞き流しながら、拓巳は胸中で悪態をつく。
そんなゲームみたいな現実があるか、とか。お前に誰が一目惚れするんだよ、とか。
妄想なら僕の方が凄いぞ、とか。
だが、そんな拓巳の胸中など気付くはずもなく、七海は一人楽しそうに話をしている。
それでも時折、拓巳の方を見ては兄の反応を窺うようにしている。
しかし、拓巳が何の反応も示さないのを見ると、大きく溜め息を吐く。

「おにぃは全然気にしてくれないんだね。もう良いよ。おにぃのバカ」

何を怒っているんだと理不尽な思いに駆られている拓巳を置き去りにし、七海はその場を去って行く。
暫くその背中を不思議そうに見ていた拓巳であったが、
すぐに自分の現状を思い出して梨深が早く来ないかと、戦々恐々とした面持ちで中庭に立ち尽くすのだった。



全ての者たちが顔を合わす時、物語は終局を迎える事となる。
だが、それはまだ少しだけ先の未来。
今はまだ、互いに擦れ違う事さえない。

CHAOS;HEART



   §§



放課後、部活動などの喧騒もどこか遠い校舎三階の端。
明るい声などとは無縁にひっそりと静まり返った扉をノックする音が、それまでの静寂を破る。
年代物の蓄音機から流れるジャズに委ねていた身を起こし、少し億劫そうに扉の向こうへと声を掛ける。
相手が誰なのかは既に分かっている。恐らくは彼だろう。
ゆっくりと開かれる扉に続き、予想通りの人物が中へと入ってくる。
そう、この探偵事務所へと今、一人の来客が姿を見せたのだ。
さて、今回は一体どんなご依頼なのかな。

「あ、高町先輩。こんにちは」

真っ先に声を掛けたのは、この探偵事務所唯一の秘書にして、押しかけ助手の小林由理奈である。

「探偵さんに呼ばれたんですか」

何度聞いてもたんてーさんと聞こえるんだが、まあそれは良い。
それよりも、今は珍しいお客様の話を聞くのが先だからな。

「いや、今回は依頼したい事があってな。
 ところで、前から気にはなっていたんだが、あの蓄音機型のCDプレイヤーは私物だよな。
 持ち込んでも良いのか」

「まあ、その辺りは事務の人とかも多めにみてくれてるんで。
 それにしても、よく出来てますよねこれ。
 探偵さんが何処からか探してきたんですけれど、すぐにはCDプレイヤーだって気付かないですよね。
 あ、それよりも何か飲みます? と言っても烏龍茶しかありませんけれど」

……こ、小林君?
こう雰囲気というか、何と言いますか。
はぁぁ。まあ、それは置いておくとして依頼したい事ってのは何ですか?

「ああ、それなんだが」

やや前屈みになると、高町さんは声を潜めるようにして話し出す。
隣で小林君が何かを期待するような目で見ているが。
まさか、殺人事件でも起こったのか。いやいや、それは警察の仕事だろう。
俺が目指している探偵というのは華麗な推理とかじゃなくて……って、今は先に高町さんの話だったな。
真剣な高町さんの表情につられる様に、俺も顔を引き締めて続く言葉を待つ。

「妹のことなんだ」

「妹さんと言うと、うちの一年生の?」

「いや、一番下のなのはの方だ」

「ああ、なのはちゃんね」

俺も何度か会った事があるが、とても礼儀正しい良い子だな。
出来れば、我が助手や幼馴染みたいにならない事を祈るばかりだ。
しかし、妹さんの事と言うのはどういう事なんだろうか。

「ここの所、少し帰りが遅いようでな。
 まあ、そんなに心配する程でもないのだが、やはり気になってな」

高町さんは家族をとっても大事にされているからな。
それは確かに気にもなるだろう。

「それとなく妹さんに聞いたりは?」

「一応はしてみたんだが、上手く誤魔化されてな。
 かと言って、あまりしつこく何度も聞くのもどうかと思ってな」

なるほど。つまりは、妹さんの素行調査をしてくれと。

「まあ、そうなるかな」

うらぶれた俺にはお似合いの仕事ですよ。
ああ、冗談ですからそんなすまなさそうな顔をしないでください。
コホン。
あー、高町さんにはこっちも荒事で色々とお世話になってますからね。
引き受けましょう。

「それで、いつから?」

「出来ればすぐにでもお願いしたい。今日は翠屋にいるはずだから」

「なら、一緒に行きますか」

「いや、最近は新しい子が入ったから手伝いもいらないとかーさんにも言われているしな。
 それに俺が一緒に行く事によって何か勘付かれてもな」

確かにそれはあるかもしれない。
となれば、一人で行くのが良いか。しかし、翠屋か。
嫌じゃないんだけれど、桃子さんがな。いや、いい人だし嫌っているとかでもないんだがな。
あの人が相手だとやり辛いと言うか。まあ、引き受けた以上は行くしかないか。
って、何で嬉しそうなんだろうね小林君は。
と言うか、助手である君まで行くつもりなのか?

「勿論ですよ。探偵さんの行く所に助手ありですよ。
 あ、ケーキ代は経費で落ちますよね」

それは何か。つまるところ、俺に奢れと?
断る! それなら俺一人で行くに決まってるだろう。

「ああ、冗談じゃないですか。それよりも、さっさと行動に移りましょう」

いつになくやる気を見せているようだが、あれは単に翠屋のケーキが目当てなんだろうな。
まあ、良いけれど。

「それじゃあ、行ってきますよ」

「ああ、頼む。報告は明日の放課後にでも」

「分かりました」

事務所を出て行く高町さんを見送り、俺もまた出掛ける為に思い腰を上げる。
アクアスキュータムのコートに出来た皺を申し訳程度に伸ばし、
半分ずれかけていたこちらもよれよれの帽子を目深に被りなおす。
少々萎びた格好かもしれないけれど、所詮荒野を一人歩く孤独な探偵なんてこんなもんさ。
さて、それじゃあそろそろ出掛けるとしますかね。

「わーい、ケーキにシュークリーム。飲み物は何にしようかな〜」

……頼むから雰囲気を壊さないで下さい。



学校を出て真っ直ぐに翠屋へと向かう。
商店街の中に綺麗な外観の洒落た喫茶店が目に飛び込んでくる。
若い女の子とかなら違和感はないんだろうが、うらぶれた裏街道を生きる俺にはとてもじゃないけれど似合わない。
だが仕方あるまい。小林君を連れとして同行させているから、そうそう可笑しくもあるまい。
できるだけ自然な動作で扉を開け、出迎えてくれた店員に案内されて席に着く。
その際、店員の顔が何か言いたそうであったような気もするが、きっと気のせいだろう。
俺たちを席に案内した店員が立ち去るとすぐに、今度は違う店員が水とおしぼりを持ってやって来る。

「あれ、探偵さん」

「こんにちは、なのはちゃん」

「あ、はい。こんにちは」

声を掛けられて和やかなに返事をする小林君とは違い、俺は上手く言葉を紡げないでいた。
何たる様だ。よもや、いきなり調査対象と接触してしまうなんて。
一人苦悩する俺を他所に、よく見れば翠屋のエプロンを付けてお手伝いをしているのであろうなのはちゃんは、

「お兄ちゃんなら家に居ると思いますけれど?」

「あ、いや、今日は仕事を頼みに来たんじゃないんだ」

こんな仕事をしていると、偶に暴力沙汰なんて事に出くわす事もある。
そんな際、俺は高町さんに依頼してこっそりと力を貸してもらっているのだ。
それを知っているなのはちゃんが勘違いしたとしても仕方ないだろう。

「今日はお客さんなんですよ。と言うわけで、このケーキセットとシュークリームを一つお願いしますね。
 飲み物は紅茶で。探偵さんは何にします」

小林君のフォローに感謝しつつ、いや、単に食べたいだけなんだろうが、俺もコーヒーを注文する。
可愛らしい返事をして奥へと戻っていく背中を見送り、俺は首を傾げる。
はて、高町さんの話と少し違うようだが。まあ、今日は偶々という事かもしれないな。
まあ、ついでだし軽く話でもして、それとなく探りを入れてみるか。
そんな事を考えていると、注文した品が届く。
だが、持って来たのはなのはちゃんではなかった。
当然ながらこういう事もあるよな。も、勿論、分かっていたさ。
もしなのはちゃんが持って来ていたら、話をしようと思っただけなんだ。
やはり、この手の調査の基本は足だな、うん。

「なのはちゃん、一緒に食べない? シュークリームはあるから、ジュースだけ持って。
 勿論、探偵さんの奢りだよ」

小林君、勝手に人の奢りにしないように。
とは言え、その辺はしっかりした妹さんだけあって仕事中だからと断りを入れてくる。
しかし、いつの間にかやって来ていた桃子さんに促され、なのはちゃんは席に着く。

「それじゃあ、少しの間だけお願いしますね。
 それにしても探偵さんもやるわね。今日はデート?」

思わず飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになり、無理矢理飲み込んだのが悪かった。
激しく咳き込む俺の背中を桃子さんが擦ってくれる。

「あははは、ごめんね。探偵さんの本命は幼馴染の子だもんね」

「ち、ちがっ、ゲホゲホ」

何を言っても分かっているわよ〜、ってな笑みを見せて軽くこちらの言葉を流す桃子さん。
だから苦手なんだよな……。
ひとしきり俺をからかって満足したのか、桃子さんは奥へと戻っていく。
それを見送ってほっと一息吐くと、なのはちゃんと目が合う。
申し訳なさそうに乾いた笑みを浮かべて無言で頭を下げるなのはちゃんに、
俺もまた何故か会釈を返すように頭を下げる。
うーん、何とも言えない空気が漂うな。
それを打ち払うように小林君が何の関係もない話を始める。
正直、助かった。俺はその話を何となしに聞き流しながら、随分中身の減ったコーヒーを啜る。
それにしても、どうしてこう話がころころと変わるんだろうか、うちの助手は。
それに付いていっているなのはちゃんも豊富な知識を持っているというか。
もしかして、俺がおかしいだけなのか。
その内、二人の話は家族の話へと変わっていき、小林君が高町さんの学校での話をしている。
それを楽しそうに聞きながら、時折質問をしている。
あ、もうコーヒーがないや。
お代わりを頼むかどうか悩みながら、二人の話を聞くともなしに聞く。

「それにしても、最近はよくお手伝いしているみたいね」

「よく知ってますね」

「まあね。学校なんかでも可愛らしい店員さんの話は耳にしたし、
 昨日、店の前を通った時にちらりと見えたから」

はて、昨日はずっと事務所にいたはずなんだが。
あの後、こっちの方まで来たのか?

「もしかして、お手伝いしないとお小遣いがもらえないとか?」

「そんな事ないですよ。ただ、ちょっと欲しい物がありまして」

「ああ、それでお手伝いをしてお小遣いを?」

「はい。本当は金額じゃなくて自分で頑張って、というのがその大事な事と言いますか」

「ふーん、なるほど。そういう事か。つまり、ここの所なのはちゃんはずっと翠屋でお手伝いしているんだ」

「はい」

うん? ちょっと待てよ。ここ最近ずっとなのか。
だとしたら、何で高町さんがそれを知らないんだ?
しかも、それを隠しているみたいだし。
首を傾げる俺を置いてけぼりにして、小林君は謎が解けたとばかりに笑みをこちらに向ける。
はて、どういう事なんだろう。

「ふふふ、その目的はずばり……」

「あ、ああー! こ、小林さん、この事は」

「分かってるわよ。内緒にしておけば良いんでしょう」

「お願いします」

うーん、一体どうなっているんだろうか。

「ひょっとして、探偵さんは気付いていないとか?」

む、助手に馬鹿にされるのは何だが、正直分からん。
ここは大人しく教えてもらうか。元々、推理なんて俺の分野じゃないしな。
しかし、何故か釈然としない気持ちもある訳で。
と葛藤をしている俺を無視し、小林君は行き成り説明を始めるのだった。



翌日の放課後。約束通りにやって来た高町さんへと俺は神妙な顔付きで報告を始める。

「大体の事は分かりましたよ」

「本当か。昨日の今日だと言うのに凄いな。
 それで……」

「詳しくは語れませんが、彼女は大丈夫ですよ。
 そう心配する事もありませんから。それに、後数日もすれば高町さんにも分かりますよ。
 もしかしたら、その時にでも話してくれるかもしれませんよ」

小林君となのはちゃんから話を聞いた俺は、なのはちゃんのお願い通り黙っている事にした。
これは俺から言うべきではないと思ったのもあるし、あそこまで必死にお願いされると断り辛いというのもある。
まあ、実際に高町さんが心配するような事もなく、単に翠屋で手伝いをしているだけだしな。
という訳で、渋る高町さんを何とか説き伏せ、この件は暫くは静観するという約束を取り付けた。
約束を破る人ではないから、これで安心だな。
後は、まあ当事者次第という事で、今回の依頼はお仕舞いだ。
ふー、特に何があったという訳でもないが、少し疲れたな。
お気に入りのジャズを聞きながら、グラスの中の琥珀色の液体を通して天井の灯りを眺める。
探偵――それは光の当たらない裏街道を歩く孤独な現代の騎士。
大都会の荒波に揉まれながらも孤高を貫く男。
だが、そんな探偵にだって休日は必要さ。今は暫し休むとしよう。
次の依頼が来るまでぐらいはゆっくりと。



探偵が宣言した数日後、恭也が家に帰ると久しぶりになのはが出迎えてくれた。
思わず浮かんだ笑みを誤魔化すようになのはの頭に手を置き、髪を乱暴にかき乱して帰宅の挨拶をする。
いつものように文句を言いつつも、いつもよりは幾分柔らかい対応を不思議に思う恭也。
だが、特に何があるでもないみたいなので着替えるために部屋へと向かう。
その後ろを付いて来るなのはだったが、部屋の仲間では入ってこず、そのまま自分の部屋へと向かう。
その内着替えた恭也が部屋を出ようとすると、部屋の前からなのはの声が聞こえてくる。

「お兄ちゃん、今いい?」

「ああ、別に構わないが」

恭也の返答を聞いて部屋に入ってきたなのはは、何処か落ち着かない様子であちこちを眺めた後、
おずおずと小さな包みを差し出してくる。
それを受け取りながら、恭也は不思議そうになのはを見る。

「えっと、プレゼントなのです」

「プレゼント? 俺に、なのかが?」

「うん。お店のお手伝いをして、お母さんにお小遣いを貰って買ったの」

なのはの言葉を聞き、ようやく全ての事情を理解する。
目の前でじっとこちらを見てくるなのはを前にして、恭也はお礼がまだだったと感謝の言葉を口にする。
恭也の言葉に照れつつも喜ぶなのはの頭を今度は優しく撫でてやりながら、恭也もまた小さいながらも喜びを現す。

「開けても良いか?」

「うん。気に入ってもらえるかな」

「なのはからのプレゼントだ。それだけでも十分に嬉しいさ」

言って恭也は受け取ったプレゼントの包みを丁寧に剥がしていくのだった。



無理は承知で探偵(ハードボイルド)と護衛者(ボディーガード)



   §§



「我は死なん。死なんよ! いつか必ず蘇ってみせよう。
 その時まで、精々束の間の平和を楽しむが良い、人間共め!」

怨嗟の声を高らかに上げ、自身の血に塗れた女は哄笑を力尽きるまで上げ続ける。
やがて、その身体は力を失い倒れ伏し、光となって散っていた。
時に聖暦238年の事であった。この年、世界を震え上がらせていた魔王はその仲間も含めて倒されたのである。
これから世界はその傷跡から再建すべく、新たな時代を築いていく事となる。
だが、それは別のお話である。



早朝、いつもの時間よりも早く目を覚ました恭也は、自分が今しがた見ていた夢の残滓を振り払うように頭を軽く振る。
はっきりと覚えている訳ではないが、何やら不吉な夢を見たような気がする。
しかし、はっきりと意識が覚醒していくに従い、夢の記憶は薄れていく。
夢とは本来そういうものなのだが、それでも何とも言えない気分だけははっきりと胸の内に残る。
そんな気分を振り払うため、少し早いが恭也は起き上がると着替えをするのだった。

寝巻きから着替え終え、後はいつもの時間まで軽く身体でも動かそうかと考えた恭也の脳裏に突如異変が起こる。

≪ようやく復活できたか≫

頭の中に響いてきた声に、それでも思わず部屋の中を見渡して誰もいない事を確認する。
あまり考えたくはないが、やはり今さっきの声は頭に直接聞こえてきたのだろう。
様々な経験を得た今となっても、やはり驚かずにはいられない事態。
とりあえずは現状を把握するべく、声の主に話しかけようとして、どうすれば良いのか分からずに行き成り躓く。

≪さて、あれからどのぐらいの時が流れたのか。……む、何故、身体が動かないのだ。
 もしや、我の復活を事前に察し、既に拘束でもしたか! いや、待て落ち着け。
 だとしても、首はおろか指一本動かぬのは可笑しい≫

「……考えている所すまないのだが、あまり人の頭の中で騒がないでもらえないか」

話しかける手が思いつかず、とりあえずは普通に話し掛けてみる。
どうやらそれは間違いではなかったらしく、頭の中で驚いた声が上がる。
その声の大きさに顔を僅かに顰めつつ、恭也は事情の説明を求めようとして、

≪何者じゃ! 何処にいる! ええい、姿を見せい!≫

「それは俺の台詞だと思うんだが。とりあえず、人の頭の中に話しかけるのは止めてもらえないか」

≪なにを訳の分からないことを≫

それはこっちの台詞だと言いたいのを堪え、恭也は疲れたように目の辺りを揉む。
と、またしても驚いた声が頭の中に響く。

≪な、何じゃ。我の身体が勝手に動いた!? 貴様、何をした!≫

「……もしかしてとは思うが、俺の身体の中に居るとか言わないよな」

嫌な予感を多分に感じつつ、恭也はあり得ないだろうと鼻で笑うように尋ねる。
だが、返ってきた声は予想以上に剣呑なもので、

≪今、何と言った?≫

「俺の身体の中と言ったんだが」

≪ば、バカな、あり得ん。じゃが、現に我の思うようには動かん。
 ええい、貴様鏡じゃ、鏡を用意せい≫

偉そうな命令に肩を竦めつつ、恭也はとりあえずは洗面場へと向かう。

≪ぬぬ、やはり勝手に動きおる。念の為に聞いておくが、貴様が何かしている訳ではないのだな≫

「当たり前だ。俺は普通の人間だぞ。可笑しな術など使えるものか。
 そもそも、お前こそ誰なんだ」

≪ほう、この我を知らぬか。よほどの時が流れたと見える。
 しかし、この我を知らぬとはいえお前呼ばわりとは、くっくっく、どうやら死にたいらしいな≫

「くだらない事を言っていないで、ほら鏡だ」

≪……これが我なのか? ちょっと待て! 顔の造形はまあ、多少の我慢はしよう。
 我に比べれば醜悪だが、まだマシじゃな。強いて言えば、目付きが悪いが。
 しかし、何じゃこの胸は、腰は! それに足までこんなに太く。そもそも、何故我の姿ではないのだ!≫

「目付きが悪くて悪かったな。それよりも、そろそろ説明を求める」

≪……お、男になってしまったというのか。け、穢わらしい!≫

「本当に失礼な奴だ。いい加減に説明をしてもらえないか」

流石の恭也も好き放題に言われてやや憮然となる。
だが、頭の中に響く声はショックを受けたように無言のまま。
小さく溜め息を零し、仕方ないと部屋へと踵を返す。
その内、ようやく我に返ったのか、

≪まさか、あやつらが我を復活させぬ為に人間風情に我を封じたのか。
 くそっ、おい貴様! 今は何年で、ここはどの国だ!≫

「はぁ。こっちの質問は無視して自分の質問には答えろと?」

≪くっくっく。この我を前にして中々大した口を聞く奴じゃな。
 その豪胆ぶりは気に入った。じゃが、あまり過ぎると殺すぞ?≫

「まず根本的にどうやって? 次にお前を前にも何も、俺にはお前の姿は見えないぞ。
 豪胆も何も、人の頭に勝手にいつの間にか住み着いて命令ばかりするお前には敵わないさ」

≪くっくっく。そうか、そんなに早死にしたいか。ならば望み通りにしてやろう!≫

叫んだものの、身体の主導権は恭也にあるらしく、指一本動かない。

≪くっ、貴様!≫

「始めに言っておくが、俺は何もしていないからな。
 とりあえず、お前が誰なのかから説明してくれ。そうしたら、お前の質問にも答えよう。
 さし当たっては名前からか?」

≪人間風情が我の名を知らぬと言うか。まあ、良い。そこまで言うのなら教えてやろう。
 我はレミア。魔王レミア様よ!≫

「そうか。俺は高町恭也だ」

≪待て待て。貴様、それだけか? 我の名前を聞いてそれだけしか反応せぬのか!?≫

「……どんな反応をしろと?」

≪本当に知らぬのか。一体、あれからどれぐらいの時が経ったのじゃ≫

戸惑ったような声を出すレミアへと恭也はあれというのが何時か尋ねる。

≪知らぬよ。人間共が勝手に決めた年号など、我には何の意味も持たぬ。
 じゃが、あれというのは我が、魔王が倒された日の事じゃ。
 我自身が言うのも何だが、これだけの大事ならば後世に伝えられておるじゃろう≫

「魔王?」

≪くっくっく、そうじゃ。ようやく、我の恐ろしさを知り言葉も出ぬか?≫

「……まさかとは思うが、今までのは全部俺の妄想とかではないだろうな。
 可笑しな事を色々と経験した所為で、すっかり普通に会話をしていたが。
 もしかして幻聴という可能性もあるし。だとすれば、この声は俺が作り出しているのか……」

どこかショックを受けた様子で呆然と呟く恭也の頭の中で、レミアの抗議の声が上がる。
互いに落ち着いているようで落ち着いていないのか、互いの話を聞く風もなく言いたいことだけを口にする。
時間にして五分ほどだろうか、ようやく恭也も落ち着きを取り戻し、無理矢理取り戻して再び話しかける。

「魔王というのは何だ?」

≪なに? 貴様、我を知らぬのか?≫

「だから、聞いているだろう」

≪あ、ありえん。名を呼ぶのすら恐怖し、ただ震えていただけの人間風情が我を知らぬだと?
 魔物の軍団を率いて、三日で国の一つを滅ぼした事もある我を本当に知らぬのか≫

「ああ、知らん」

かなりショックを受けている事を感じつつも、恭也は再度誰かと尋ねる。
対する答えは先程と同じ魔王という言葉である。

≪そもそも、この復活はどこか可笑しい。
 何故、我が人間風情の中に閉じ込められねばならぬ。しかも、全く身体を動かせぬではないか!≫

「勝手に操られても困るんだがな」

≪貴様の都合など知るか≫

随分と勝手なことを言う魔王に呆れながら、恭也は近づいてくる気配を捉える。
時計を見れば、既に鍛錬に行く時間を数分過ぎており、心配した美由希がやって来たのだろう。

「とりあえず、俺はする事があるからそれが終わるまでは黙っているように」

そう告げると恭也は鍛錬道具一式を手に立ち上がり、部屋の外へと出る。
丁度、ノックしようとしていた美由希が驚いた顔を見せる中、

「すまないな。少し遅くなった。ほら、呆けてないでさっさと行くぞ」

「あ、うん」

恭也の声に返事を返すと、美由希も後に付いてくる。
玄関へと向かう間も頭の中ではレミアが恭也に文句を並べてくるが、
それらを全て聞き流して神社までのランニングを始める。
が、流石に頭の中に直接響く声に顔を顰め、あまりの煩わしさに恭也はレミアを押し退けるようなイメージを浮かべる。
すると、頭に響いていた声がなくなり、全くなくなった訳ではないが殆ど意識しなければ聞こえない程に小さくなる。
やはり幻聴だったのかと思わず考えるも、耳を澄ませるようなイメージをすれば、小さく聞こえてくる声。
とりあえず考えるのは後にする事にして、恭也は鍛錬へと気持ちを切り替えるのだった。



「違う世界?」

≪ああ、恐らく、いや間違いなくそうじゃ。
 それならば、お前らが我を知らぬのも、月が三つではなく一つしかないのも納得じゃ。
 信じがたい事ではあるがな。よもや、御伽噺のような話が実際に我が身に起こるとはな≫

「そうか。元の世界が懐かしいか?」

≪そのような気持ちはない。我は魔王ぞ。ただ口惜しくはあるがな。
 折角、復活をしたというのに、人間共を恐怖に陥れる事ができぬのは。
 それに人間と融合するような形、それも主導権が貴様にあるという状態もな≫

「それは俺に言われてもな。所で、お前が俺の中に復活した事で俺に影響はないのか」

≪知らぬ、と言いたいところだが、貴様の身体は我の身体でもあるしな。
 どれ少し調べてやろう。ふむ、右膝が可笑しいがこれぐらいならすぐに直るな。
 他には、ほうほう。ん? くっくっくくくはぁぁぁっはっははは≫

「右膝に関する事で少し気になる発言もあったが、それよりも何が可笑しいんだ」

≪いや、なに大した事ではない。単に我が復活して貴様と融合した所為で、貴様は既に人ではなくなっておる。
 くっくく。これは嬉しい事じゃな。人間の身体は脆くていかんからな。
 しかし、そうなると主導権以外にも我の方にも何か影響があるのかもしれんな≫

「ちょっと待ってくれ。レミア自身の事は後にして、俺の身体が人ではないというのは?」

≪言葉通りだ。我と同等の身体に変じておる。老いる事なく死ににくく、頑丈で怪我などの治りも早い。
 言うならば、我が魔王として生存していた時と同等にな。
 付け加えて、魔力も昔通り、いや、昔よりも僅かばかりじゃが増えておるようだ。
 恐らくは貴様の分も加わったのだろう。くくく、これでまた世界を恐怖に落とす事が出来るではないか≫

ご満悦とばかりに哄笑を上げるレミアへと恭也が呆れたように言い放つ。

「そんな事をする訳ないだろう」

≪ぬ、何故だ!?≫

「当たり前だろう」

≪ぐぬぬ、ならば貴様には我の第一家来の称号をやろう。
 存分に我の力を振るえ! なに、使い方は実戦で追々我自らが教えてやろう。
 どうじゃ、貴様には過ぎた褒美であろう≫

「とりあえず、お前にはこの世界の常識を教えていこう」

≪ええい、人の話を聞かんか虫けら!≫

「お前こそ、俺の話を聞け!」

そんなこんなで恭也と魔王の可笑しな同居(?)生活が幕を開けることとなる。
果たして、恭也は魔王レミアの野望を止めることが出来るのか。
魔王レミアは恭也を言い包める事が出来るのか。
それは誰も知らない。

高町恭也の魔王物語



   §§



美由希が皆伝を終え、今後は一人で進んで行くであろう事に不満はない。
ようやくかという達成感さえ感じることが出来るし、当然それを喜ぶ気持ちもある。
だが、それらと同時に恭也の中には言い知れぬ喪失感があるのも確かなのである。
早い話が何をすれば良いのか分からないといったところか。
これまで、美由希を育てるために使っていた時間を自分の鍛錬に使う事もできず、
かと言って他に趣味らしきものを持たないため、少しだけ時間を持て余している。
それが今の高町恭也を現すのにふさわしい言葉である。
そう一週間ほど前なら苦笑を浮かべながら自己分析して聞かせた所であろう。
だが、現状はそんな暢気な事を言っていられるような状況でもなく。

「くっ、今度の奴は本当にしつこいな」

思わず漏らした独り言。しかし、それに答える声がある。

「本当に蛇みたいな奴だな」

若い女の声ではあるが、その姿は見えない。
だが、恭也はそれを気にする事無く、その声に対して普通に返す。

「元々はお前が原因だろうが」

「今更それを言うてもせん無き事よ。
 それよりも、さっさと逃げんか」

「ったく、簡単に言ってくれる」

女の声はどうやら恭也自身の口からするようで、それを不思議に思う者はこの路地裏には誰もいない。
だからか、恭也はいつになく悪態を続ける。

「勝手に人と融合した挙句、何故、言われなき事で追われる身となったんだか」

「それこそ今更よ。お主が我の復活する地に立つから悪いのじゃ。
 寧ろ、折角自由になれると思うた矢先、またしても、しかも今度は人の身に封じられると言う屈辱。
 我の方こそ文句を言いたいわ」

「それは悪かったな。だが、追われる理由はお前だからな、ざから」

恭也は女の名前を口にし、背後の気配を探る。
恭也と融合しているというのは嘘ではないのか、そんな恭也の感覚を感じ取ってその能力を強化してやる。
今まで以上の広範囲に、それも精密な気配を感じ取る感覚にも大分慣れたもので、
恭也は自分を追ってくる者との距離を考え、角を曲がる。

「追われる理由は我と言っても、昔の話だというに。ほんに、人間共も執念深い。
 しかし、そう一方的に責めるな恭也よ。
 流石に少しは悪いと思うたからこそ、こうしてお主の力になってやっているだろう」

「いや、だからそもそものお前が俺の中にいなければ……いや、よそう。
 これ以上は平行線だ」

「だのう」

「と言うよりも、いつもみたいに頭の中に話しかけてくれ。
 その方がこっちも疲れずに済む」

「良いではないか。お主の身体は最早半妖じゃ。ましてや、我が力を供給して強化してやっているのじゃ。
 これぐらいでは疲れまい。我とて久しぶりに肉感を味わいたいのじゃ」

「はぁぁ。これももう何度も言い合った事だしもう良い。
 だが、何度も言うが……」

「分かっておる。人がある所では喋りはせんよ。
 ……ふむ、ようやく追っ手も諦めたか。しかし、本当にしつこいのぉ。
 長い年月ですっかり退魔士も減ったと思ったのに、中々どうして」

ざからの言葉に返す事なく、恭也は那美に改めて感謝する。
那美や薫、耕介の口添えがなければ、追っ手に神咲の者たちも加わったかもしれないのだ。
それを考えるだけでも恐ろしい。

「雪さんだったか」

「おお、雪がどうかしたのか」

「いや、彼女は狙われないので良かったなと」

「それはそうじゃろう。あ奴は封印の要で、我を封じていた言わば善となるからの。
 しかし、お主は雪のような娘が好みか。じゃが、残念じゃな。あ奴には既に思う者がおるぞ」

「別にそんなんじゃない。まあ、大体の話は耕介さんから聞いたから知っているが。
 今頃は相川さんと会っているかな」

「どうじゃろうな。まあ、あそこに住まう者たちはお人よしそうであったし、
 雪自身が何もせずとも勝手に会わせるのではないか」

ざからの言葉に頷く恭也に、お主もお人よしよのと笑う。
それに反論しようとするも、二人は同時に口を噤む。

「ふむ、すっかり諦めたものとばかり思うておったが……」

「どうやら、近くに仲間でもいたみたいだな」

「面倒じゃな。一層のこと倒してしまうのも手だぞ」

「まだ力が上手く使えないからな。怪我だけなら兎も角、流石に殺してしまうのはまずい」

ざからの言葉に返しつつも、恭也は足を止めて周囲を見渡す。
感じられる気配は五つ。それらは恭也を囲むように潜んでおり、徐々にその輪を縮めてきている。
現状を打破する為に視線を上空へと向け、それを見つける。
感覚を共有しているだけあり、ざからもすぐに恭也の考えに思い至ると何も言わずに必要な力を供給する。
思い切り地面を蹴り、頭上高く跳躍すると先程目に付いたビルの壁から伸びたポールを掴む。
腕の力だけで身体を引き上げ、更にポールを蹴ってビルの屋上へと降り立つ。

「さて、気付かれる前にさっさと逃げるぞ」

「はぁ、かつては大妖として恐れられた我が逃げの一手ばかりとはな」

「文句なら自分自身に言え」

「そこは力を上手く扱えぬうつけ者に言うべきではないか?」

ざからの切り返しに何も答えず、恭也は屋上は端から身を躍らせ、隣のビルへと飛び移る。
着地と同時に軽く膝を曲げ、すぐさま走り出す。
端まで走るとまた跳躍。

「いやはや、強大な力が逃げるためだけに使われるとはな。
 我に身体を操らせれば、もっと簡単じゃぞ?」

「お前はお前で加減をしなさそうなんでな」

「全く文句の多い奴じゃの」

互いに文句を言いつつも、ビルからビルへと飛び移り追っ手を撒くのだった。



とらいあんぐるハ〜ト3 外伝 恭也とざからの逃亡劇



   §§



それは校舎を揺るがすほどの地震から始まった。
いや、正確には地震などではなく、何かが校庭で爆発したその反動で。
その爆発を初めとして、学園の敷地内に姿を見せたのは様々な形状の、けれども共通して武器を持った者たち。
逃げ惑う生徒たちの中、それに対峙する者もいた。
正義感の強い生徒会長もその中の一人であり、そして……。

「はぁぁっ!」

持っていた小刀で攻撃を流してやり過ごすも、それだけで既に使い物にならないぐらいにぼろぼろになった小刀。
それでもそれ以外に武器はなく、恭也はそれを手に持ち背後を庇うように目の前に立つ者を睨みつける。
話しかけても返ってくる答えはなく、恭也も既に目的を聞きだすのを諦めている。
恭也の背後には同じく突如現れた敵に向かっていて肩を切られた赤星と、彼を手当てしている忍の姿があった。

「くっ、流石に武器なしでは分が悪すぎる」

目の前の敵の身のこなしを見た恭也としては、武器があっても誰かを守りながらでは難しいと理解していた。
それでも退く事はない。何かを守る。それが恭也の修める御神流の根底になるものだから。
同時に恭也は妹であり弟子の美由希のことも気にする。
向こうも武器がないのは同じ。それでも逃げるだけなら何とかなるだろう。
だが、美由希の事だから那美の所へと行っているだろうと簡単に想像が付く。
そして、気になるのは二人の妹分、晶とレンの事である。
この二人も自分だけが逃げるだけなら何とかなりそうだが、そんな考えなど持っているかどうか。
故に目の前の敵をどうにかして、すぐにでも駆けつけたいのだが、逸る気持ちを落ち着かせ、
恭也は横薙ぎの一撃を屈んでやり過ごし、同時に足を払う。
だが、相手もそれに気付いて後ろへと飛びずさっており、不発に終わる。

「忍、赤星の様子はどうだ」

「うん、思ったよりも傷自体は浅いから大丈夫だよ。
 でも、目の前のその人を何とかしないと……」

忍の言葉にひとまず安心するも、その通りである。
改めて武器があればと強く思う恭也の耳に、いや、脳裏にその声が届く。

『武器ならあります』

凄く控えめで、この場には似つかわしくない可愛らしく幼い声。
脳裏に響くと言う不可思議な現象を取りあえず脇に置き、恭也はその声に応えるように首を巡らせる。
だが、目に見える範囲に人は愚か、気配さえもない。
幻聴かと思うが、それを否定する声がすぐに返ってくる。
リスティのようなHGS能力者の可能性を思いつき、恭也はそれならと武器を求める。
その声に謎の声は恭也へと言い放つ。

『強く思い描いてください。あなたの手には既にそれがあるのだから。
 後はその形を強くイメージするだけ』

少女の言葉を疑う事無く、自分の手に収まる武器のイメージを浮かべる。
小さな頃より慣れ親しんだ刀よりも短い二振りの小太刀を。
だが、相手の方はそれを待ってくれるつもりはないのか、恭也へと攻撃を仕掛けてくる。
後ろから忍や赤星の声が聞こえるが、それがどこか遠くからの声のように響く中、
恭也の脳裏には今、はっきりとそのイメージが浮かび上がる。
その瞬間、恭也の両手から光が溢れ出し、それは刹那の内に恭也がイメージした小太刀の形となる。
小太刀を手にした瞬間、恭也は自身の異変に気付く。
先程までは早いと思っていた敵の攻撃がそうでもなく見える。
身体も思ったよりも早く、軽く、足の指先一本、一本に至るまで精密に制御できる。
だが、疑問を抱くよりも先に恭也は眼前に迫っていた刃を左の小太刀で弾き、空いた胴へと右の小太刀を走らせる。
これで動きも止まるかと思ったが、それ以上に恭也は目の前の光景に言葉を無くす。
間違いなく胴を斬った。その証拠に相手も胴を押さえている。
だが、そこからは血など流れておらず、金色の光の粒子が零れ落ちては消えていく。

『目の前のそれは人ではありません。
 考えるのは後にして、今は倒すことだけを!』

再び聞こえた少女の言葉に、恭也は片膝を付いている敵に刃を振り下ろす。
すると、目の前の敵は初めから存在したなかったというようにその手にした武器もろとも消えてしまった。

「……恭也、何が起こったの」

目の前の出来事を見ていた忍が呆然と呟くも、恭也自身もそれに対する答えを持っていなかった。
そんな恭也の目の前に、宙に浮いた小さな女の子が姿を見せる。
二十センチ足らずといったその少女は、恭也に自分の姿を見えていると分かると嬉しそうにはにかんでみせる。

「ようやく見えるようになったんですね」

「えっと、その声はさっきの……」

「はい。永遠神剣第五位『黒影』の守護神獣です」

状況が飲み込めない恭也の前に、息を切らせながら美由希と那美がやって来る。

「恭ちゃん! 良かった無事だったんだ。
 あ、恭ちゃんも神剣持ってるんだ」

「神剣?」

美由希の言葉に自分の手にある小太刀を見詰めた後、美由希の手を見ればそこにも似たような小太刀が二つ。
恭也が刀身から柄まで黒なのに対し、美由希の小太刀は白という違いはあれど、その形はよく似ている。

「私もまだ詳しい説明はされていないんだけれど、第五位『白光』って言うんだって」

確認するように美由希が視線を向けた先には、これまた恭也の目の前に浮かんだ少女と似たような少女が。
恭也の方が黒い衣装に身を包んでいるのに対し、あちらは白とこれまた逆だが。
いまいち状況が分からない忍たちであったが、それよりも晶やレンの身も心配である。
そういう事で、説明は後回しとして海中の校舎へと向かう。
が、その前に一人の女性が姿を見せる。

「大丈夫、望くん! ……って、あれ?
 神剣の波動を追ってきたのに望くんじゃないの!?
 高町くん!? え、何で、それって神剣!? 嘘、どうして……」

「生徒会長、よく事情は分かっていないんですが、とりあえず俺たちは行かないといけない所があって……」

「あ、うん。って、そうじゃなくて!
 どうして高町くんとその妹さんが神剣を持っているの」

思わず頷いた生徒会長――斑鳩沙月であったが、恭也たちはそれに応える時間さえも惜しい。

「事情は後で、と言っても俺にもよく分かってませんが。
 とりあえず、急いでいるので後にしてください」

「分かったわ。私も望くんを探している途中だしね。
 一緒に行きましょう」

沙月の言葉に頷くと、恭也たちは校舎を走り出すのだった。



「ちょっ、どうなってるのよ!
 望くんや希美ちゃんは兎も角、高町くんにその妹、おまけに月村さんや神咲さん、
 赤星くんまで神剣持ちなの!? ちょっと聞いてないわよ、サレス!」

次々と目覚めていく神剣の担い手。
果たして、神剣は彼らをどこへと導こうというのか……。



とらいあんぐるハート X 聖なるかな



   §§



風芽丘学園生徒会室。それは一握りの選ばれた者たちだけが入ることが出来る聖域。
そして、数十年前に一つの伝説を築き上げた場所。
今、ここに一人の女子生徒がその扉を開ける。
かつて、生徒会副会長として活動し、夢破れた祖父の意志を引き継ぎ、その夢を果たすために。

「一年C組、杉崎扉(どあ)、生徒会書記として祖父の夢を叶えるべく今、偉大なる一歩を踏み出します!」

叫びつつ生徒会室に飛び込んできた少女を、既に中にいた役員たちが何事かと見遣る。

「あーっと、確か書記の杉崎さんだったな」

「はい、その通りです」

さっきの言動をなかったものとして処理すると、副会長である恭也はそう声を掛ける。
元気良く返事を返して空いている席に座ると、その場の者を見渡す。

「ああ、これが祖父がよく話してくれた生徒会ハーレムのメンバーなのね。
 今、ここに居る者たちを第一期として、私が卒業までに三期ハーレムが完成するのよ。
 一人男性が居るけれど、高町先輩なら別に良いか。
 ちょっとお爺さんっぽい趣味や雰囲気でも、見た目は合格だし。
 という訳で、ここに私の生徒会ハーレム設立を宣言します!」

完全においていかれる形となった恭也たちは、ただぽかんと目の前の扉を見る。
だが、それに構わず扉は一人話を続けていく。

「そんな訳で、まずは私のハーレムに入る人をチェックしないとね。
 確か、三年生で会長の桜野くりむ。うん、妹キャラね」

「って、私の方が年上なのに!? 恭ちゃん、何とか言ってよ!」

「…………すまん、それに関しては俺からは何も言えない」

くりむの言葉に、しかし恭也は小さく頭を振って無力だと言わんばかりに肩を落とす。
そんな恭也の肩をポカポカと叩くくりむはしかし、反論できない感じに背が低く、
まあ、色々な所がお子様であるのだから、一概に恭也を責めれない。
まだ何やら軽く揉めている二人を放置し、扉は残る二人を見詰めると、

「それでこっちが二年で副会長の椎名深夏と、その妹の一年会計真冬ね。
 事前に調べた所によると、運動熱血バカにゲームにBLにを主食とする自称ひ弱女子高生ね」

「熱血は兎も角、バカは取り消せ!」

「自称って何なんですか!? 真冬は本当に身体が弱いんです! こほこほ、あ、叫んだから咳が」

「いや、その咳は思いっきりわざとらしいんだけれど。
 まあ、何はともあれ姉妹百合カップルという稀少な属性もこれでカバーと。
 後はお姉さま系のキャラが欲しいところね。何処かの部室に付属品として落ちてないかしら。
 寧ろ、生徒会室に付属として付いてしかるべきだと思うんだけれど」

「勝手な属性を付けるなよな!」

「そうです! ボーイズラブは好きですけれど、真冬は自分が対象になるのはごめんです」

抗議の声を上げる姉妹に対し、やはり扉はそれを聞き流すと一人席に着く。
姉妹にくりむまでも加わり、三人が抗議の声を上げる中、扉は拳を強く握り締め、決意も新たに声を上げる。

「必ず生徒会ハーレムを、ううん、全校ハーレムを作ってみせるからね、お爺ちゃん。
 そう、じっちゃんの名に掛けて!」

「って、お爺さんの名にとんでもない事を掛けないでよ!
 って、恭ちゃんも黙ってないで何とか言ってよ!」



「……といった感じの未来はどうかしら」

そう話を締め括ると紅葉知弦(あかばちづる)は頬杖を付いて生徒会室に居る面々を見渡す。

「いや、どうかなって言われても……」

困惑気味にそう返した恭也の正面で、杉崎鍵(すぎさきけん)が勢い良く立ち上がる。

「意義あり! 今の知弦さんの話だと俺の孫のハーレムというよりも、恭也さんのハーレムになってる!
 断固として抗議するぞ!
 ましてや、例え爺さんになったとしても教師になって顧問としてハーレムを手に入れてみせる!」

「そんな不順な動機で教師を目指すなんて駄目に決まっているでしょう!
 と言うか、ちーちゃんそもそもの設定が可笑しいよ!
 将来の話をしてて、孫が出てくるぐらい先の未来の話になったのはまあ良いとして」

「そこは良いの!?」

くりむの言葉に鍵が反応するが、くりむは構わず続ける。

「どうして私たちだけそのまま高校生として出てるのよ!
 そのくせ、ちゃっかりと自分は出てないし」

「だってきーくんのハーレムに興味ないし」

「うわっ! あっさりと衝撃の真実が!
 と言うか、それは聞きたくなかったというより、うん照れ隠しというやつだな」

「ううん、心の底から思っている事よ」

三人で騒いでいるのを横目に、残された三人は顔を見合わせて溜め息を吐く。

「紅葉の妄想の入った未来の話は兎も角、俺としてはお爺ちゃんみたいな趣味と言われたのが気になるんだが」

「だよな。あれって言い換えれば、普段から思っている事とも取れるよな。
 つまり、運動バカだと思われていると……」

「お、おお落ち着いてお姉ちゃん。で、でもそれを言われると、真冬のイメージって……」

知らず落ち込む三人を横目に眺め、知弦は一人楽しげに悦の入った笑みを零すのだった。



これは、そんな騒がしくも楽しい生徒会室での日々を綴った物語。

風芽丘学園生徒会議事録 生徒会の一義



   §§



気が付けば、目の前に知らない男が三人。
周囲を見渡せば、さっきまで居た場所とは違う場所。
そもそも、一度も来たことがないと断言できるぐらいに見慣れない風景が広がっている。
困惑する頭を余所に、自分たちが無視されたとでも思ったのか、目の前に立つ男たちが怒り出す。
理不尽だなと感じながらも、美由希は男たちの卑下た視線に思わず身体を隠すように両手で抱く。

「あの、ここは何処でしょうか?」

身体を男たちの目から隠すようにしながらも、疑問をぶつけてみる。
対する反応はやはりふざけるなといったもので、身包み全部置いて行けとまで言い放つ始末。
いや、これは最初から言っていたかと首を振り、時代錯誤も甚だしい連中に嘆息する。
完全に舐められていると感じた男たちが揃って大きな剣を抜き放つに至り、
美由希はああここは日本じゃないかもと、知られたら更に怒らせるような事を考える。
それでも、散々に鍛錬を繰り返してきた身体は自然と腰を落とし、
視線は男たちの動きを逃さないと捉えては離れない。
目の前の三人が相手なら、遅れを取る事もないだろうと、油断や慢心ではなくしっかりと己と相手の力量を計る。
その上で事の起こりは何だったのだろかと、思考だけは少し脇へと逸れて行く。
事の起こりははっきりと思い出せる、毎年恒例の春の山篭り修行に出掛けた際の出来事だ。
既に予定の半分を山で過ごし、今日も今日とて朝の鍛錬を終えた頃。
ただ、毎年と違うのは……。

「あ、お帰りなさい、師匠、美由希ちゃん。
 ご飯はもうすぐ出来るので、少し待ってください」

「お師匠、美由希ちゃん、洗濯物があったらそっちの籠に入れといてください」

拠点としている場所に戻ってくると、いつもなら一つしかないテントが三つ。
そればかりか、いつもなら疲れた身体を動かして取り掛かるはずの朝食が既に準備されている。
言うまでもなく、先程声を掛けてきた晶とレンの二人である。
それだけではない。テントの中にはまだ眠っているなのはに忍、那美に久遠まで居る。
早い話、二人の山篭りに無理を言って付いてきた者たちである。
当初は渋った恭也であったが、御神の事を知っているのと、修行の邪魔はしないし、
それ以外の食事などの世話をすると言う申し出に加え、昨年、入学式にあわや間に合わないかもという失態を犯し、
それを懸念した桃子の後押しもあり、今までにない賑やかなものとなったのである。
恭也の方も修行が始まれば、寧ろ食事などを作る時間が省けると少し喜んでいたぐらいだ。
そんな訳で、今日もいつものように全員が起き出して朝食を食べ、少し休憩をしていざ修業再開といった所で、

「あれ? そこで何かあったはずなんだけれど……。
 えっと……、そうそう修行の途中で見つけた古鏡がポケットから落ちて、急に光ったんだ。
 …………あれ、もしかしてあれが原因だったり?
 あ、あははは、だとすれば間違いなく私の所為になるよね。
 う、うぅぅ、どうかなのはは巻き込まれていませんように」

勿論、こんな変な事態になのはを巻き込みたくないという気持ちもある。
だが、それ以外にもなのはに何かあったとしたら、どんなお仕置きが待っているか分からないという気持ちもある。
だからこそ、美由希は地面に膝を付いて祈るように両手を胸の前で組む。
だが、今の状況を忘れているのだろか。
さっきまで隙のない態度であったのに、急に地面に座り込んで祈り始めた美由希。
それを見た男たちは命乞いかと気を良くし、大人しくしてれば命は助けてやるといやらしい笑みで近づく。
が、とうの美由希はそんな言葉に応える余裕もなく、ただただなのはの無事を祈るだけである。
男の手が美由希に触れようとした瞬間、美由希が後ろに跳び退り、そこへ一人の女性が割って入ってくる。
突如現れた女性は美由希の行動に少し驚きつつ、美由希を庇うように男たちと対峙する。
これが、高町美由希と後に彼女の腹心となる関羽――愛紗との異世界における最初の遭遇であった。



「さて、ここはどこだろうか」

恭也は自分の周囲をぐるりと見渡し、背の高い壁に囲まれた庭園らしき場所であぐらを組んでいる。
ふと記憶を探れば、美由希のポケットから落ちた何かが光を放った所までは鮮明に覚えている。

「あいつか……」

また何を拾ったのか、何を仕出かしたのか。
とりあえず頭を押さえ、そこで自分が巻き込まれたという事は、
あの場に居た者たちも巻き込まれたのかもしれないという可能性に気付く。
晶やレンに関しては、多少の心配はあるが余程の事がなければ上手くするだろう。
忍に関してもこれは同じで、そういった意味では信頼できる。
那美に関しては少し悩む所だが、危険さえなければこういった異常事態は何せ、
それこそ巣窟とも言える寮に住んでいるのだ、それこそ自分たちよりも耐性はあるだろう。
そして、美由希に関してはもう完全に自業自得どころか、俺たちを巻き込むなと散々罵る事にする。
一番心配なのは、なのはである。
もうなのはに関しては祈るしかなく、せめて久遠が一緒に居る事を願うばかりである。
一人、そのように考えをまとめていた恭也であったが、ふと気配を感じて顔を上げれば、
ぞろぞろと出て来るわ、出て来るわ。それぞれ手に槍や巨大な剣を持った甲冑に身を包んだ、
いかにも兵士と言った雰囲気の男たちが、恭也から見て前方の建物からぞろぞろと出てくる。
何事かと見詰める先で、どうやら目的は恭也だったらしく、あっと今に周囲を包囲されてしまう。

「貴様、一体何処から入ってきた!
 ここを曹操様の城と知っての狼藉か!」

気になる単語を耳にし、それに問い質すよりも先に輪の向こうから一人の少女の声が届く。

「待ちなさい」

その声の主が誰なのかこの場の誰もが分かっているのか、恭也を警戒しながらもその声の主に頭を垂れる。
少女が歩くに合わせ、人垣が割れて行き、そこから一人の少女が恭也の前に姿を見せる。
兵士たちが止めようとするのも構わず、恭也の目の前にやって来た少女は興味深そうにじろじろと不躾な視線を投げる。

「流石に初対面でそれは失礼ではないですか」

憮然と返した恭也の言葉に兵士たちがざわめくが、少女が軽く手を上げるだけでそれは収まる。
つまりは、彼女こそが彼らの頂点に立つ者で、その統率力においても申し分ないものを持っているという事である。
そこまでを瞬時に考えた時、恭也の右腕が素早く背中に隠していた小太刀を抜き放つ。
いつの間にか繰り出された少女の身体には似つかわしくない長大な鎌を受け止め、恭也は睨みつける。

「どういうつもりですか」

「へぇ、不意を付いたつもりだったけれど。益々、面白いわね。
 さて、少し話をしましょうか。そう警戒しなくても、今の所はどうこうしようとは思ってないわよ」

「つまり、それはこれから次第ですか」

「馬鹿という訳でもないみたいね。で、その質問に関する答えだけれど、その通りよ。
 そもそも、警戒するのはあなたではなくて私の方なのよ。ここは私の城。
 あなたはそこに現れた不審者。自分の立場が分かった?」

少女に説明され、恭也は小太刀を仕舞う。
確かにそれだけを聞けば、間違いなく恭也の方が怪しいだろう。
だからこそ、恭也は謝罪を口にし、その上で事情を説明しようとする。
だが、それを手を上げて制すると、

「私は曹操。話は中でしましょう。
 勿論、それなりに警戒はさせてもらうけれどね。誰か、春蘭と秋蘭を呼んできてちょうだい。
 さて、良ければ名前を聞かせてもらえるかしら」

「高町恭也です。ですが、本当に良いのですか。
 自分で言うのもあれですが、不審な人物を中に入れるなんて」

「問題ないわ。その為に春蘭と秋蘭を呼んだんだもの。
 それに、あなたは私に害なす気はないでしょう。あなたが現れる瞬間を偶々見ていたのよ。
 それで興味を抱いた。それに、あなたの方も聞きたい事があるみたいだしね。
 なら、すぐにどうこうされる事もないでしょう。それともう一つ。
 私は自分の勘や人を見る目に絶対の自信を持っている。これらがあなたを招き入れる根拠よ」

そう自信満々に言い放つ少女――曹操に恭也は感心したような吐息を零すのだった。
この後、曹操――華琳の傍に新たな将軍が立つ事となる。
誰もが知らない、本当は常に気を張って重圧と戦っている少女の本当の素顔を知る事となる一人の将軍が。



「あー、まあ私自身もちょっと変わっているのは事実だけれど、流石にこんな事態には慣れてないわ〜。
 いや、本当に恭也の傍に居ると色々起こるわよね」

と独り言を呟くと、忍はどっこいしょと腰を上げる。
周囲は見渡す限り平原で遠くに山が見えるだけ。
とは言え、それがさっきまで居た山でない事は間違いないだろう。
その上でここは何処だろうと考えるも、何も手掛かりのない状態ではそれこそ考えるだけ無駄である。
そう考えを打ち切ると、とりあえず適当に歩き始める。

「まあ、その内恭也たちが探しに来てくれるでしょう」

楽観的に物事を捉え、悲観しないように忍は足を進める。
木々の生い茂る林の中に踏み入り、それでも暫く歩いて行くと、水音が聞こえてくる。
それに混じり、幾つかの声も忍の耳に届く。

「私の運もまだまだ捨てたものじゃないって事か」

そう呟き声のする方へと進めば、そこには水浴びをする二人の、
恐らくは姉妹であろう似通った顔立ちの少女が二人いた。

「あははは、それ、お姉ちゃん!」

「こら、もう止めなさい、小蓮!」

水を掛けてくる妹を嗜める声も、どこか楽しげである。
邪魔しては悪いかなと思いつつ、忍は二人の下へと足を踏み出し、瞬間背後から恐ろしく低い声を聞く羽目になる。
首元に突きつけられた小さな凶器と共に。

「動くな。動けば殺す。貴様、何が目的だ」

忍を咎める声に気付いたのか、姉の方が何事かと振り向く。

「えっと、怪しいものじゃないんですけれどね。
 ちょっと道を尋ねたいというか、色々と聞きたい事がありまして……」

言葉を濁す忍に背後に立つ者は目を細め、忍を掴む手に力を込める。
思わず痛いと呟いた声が届いたのか、少女の姉――蓮華が忍を放すように命じる。
渋った様子を見せつつも、主の命令ならばとようやく忍を解放すると、これまた少女は蓮華の隣に立つ。
こうして、希代のトラブルメーカーにして天才発明家月村忍と、蓮華、孫権との運命が交わるのだった。



「ふぇぇぇ、こ、ここは何処なんですか。
 そ、そして、どうして私は追われているんですか〜」

切迫した声を出しながら、那美はひたすら自分を追いかけてくる、見た目からして山賊といった連中から逃げる。
だが、元々姉に比べても体力にそんなに自信のない那美はすぐに息切れを起こし、その速度も落ちていく。
それを見て向こうは更に声を上げて那美へと近づいてくる。
流石にもう駄目かと思いつつも、懸命に走る那美を神はまだ見捨てなかった。
那美のすぐ後ろまで迫っていた山賊の一人が突然倒れる。

「走って!」

呆然とそれを見ていた那美の耳に、一人の女性の声が響く。
見れば前方の茂みから女性が姿を見せ、その手に弓を構えていた。
女性の声に那美は疲れた身体に鞭打ち、必死にその女性の下へと走り出す。
後から追ってきているはずの山賊は、しかし次々に女性の射る矢に射抜かれて倒れていく。
彼女だけでなく、恐らくは彼女の部下と思われる者たちも揃って矢を掛け、山賊たちと交戦する。
こうして、那美は危うい所を一人の女性に助けられるのであった。



「くーちゃん、どこ〜」

気が付けば久遠と二人、林のような場所にいた。
先程まで居た山とは似ているようでどこかが違うと感じていたが、不意に久遠が唸るような声を上げて、
なのはを置いて走り出したのだ。
恐らくは害なす何かを感じ取り、なのはを守るためだろう。
その事を分かっていても、やはり一人残される不安から久遠を追ってきたのだが、こうして迷っているのである。
一方の久遠はというと、殺気や闘気といったものを感じ取り、なのはを守らなければとその先に向かった。
だが、そこに居たのは一人の少女で、自分の身長よりも長く重そうな獲物を振り回していた。
恐らくは何かの鍛錬なのだろうと久遠は自分の勘違いに気付き、残してきたなのはの元へと帰ろうと踵を返した。
そこまでは良かったのだが、踵を返した際に尻尾が茂みに触れたのか音を立てる。
僅かな音ではあったが、少女は獲物を振るう手を止めて久遠の隠れている場所を睨みつける。

「誰?」

短く掛けられた問い掛けの言葉。
特に感情は見受けられず、本当にただ問い掛けただけといった感じの声に、
久遠は隠れたままで攻撃されては堪らないと茂みから顔を出し、出来るだけ警戒させないように声を上げる。

「くぅ〜ん」

鳴きながら顔を出した久遠を、少女は不思議そうにじっと見詰めて不意に手を伸ばすと抱き上げる。
慌てて逃げようとするも遅く、少女の手の中でジタバタと暴れる出す久遠を少女は優しく撫でる。

「大丈夫、怖がらないで。……迷子?」

思ったよりも優しい眼差しで見詰めてくる少女の言葉に、思わず肯定するような声を上げる。
それを理解した訳ではないだろうが、少女は小さく頷くと地面に久遠を下ろす。

「だったら、うちに来れば良い」

そう言ってしゃがみ込むと久遠の頭を撫でる。
思った以上に優しい少女に久遠は気持ち良さげな声を上げ、それが聞こえたのか茂みからなのはが出てくる。

「くーちゃん!」

やっと見つけた友達の姿に安堵の顔を見せるも、すぐ傍に武器を持った少女を見てその足が止まる。
少女の方もまた突然現れたなのはを見遣り、次いで久遠を見る。

「この子はあなたのお友達?」

「え、あ、はい、そうです。くーちゃんはわたしのお友達です」

掛けられた声になのははそう返し、目の前の少女が優しい眼差しをしている事に気付く。
それからゆっくりと久遠の元に近づけば、少女は久遠を抱き上げてなのはに渡してくれる。

「あ、ありがとうございます」

「ん。これで、くーちゃんも大丈夫。もう迷子は駄目」

「あ、ありがとうございます。でも、迷子といえばわたしも迷子なんですよね」

久遠を受け取りなのはは少女の言葉から自分たちの今の状況をそう口にする。
それを聞いた少女は少し考えた後、

「だったら、うちに来る?」

「え、でも……」

遠慮するなのはに対し、少女は何も言わずにじっと見詰めるだけである。
別段、急かすでもなくただ返事を待っている。
なのはは少し考えてから、こくりと頷く。

「えっと、宜しくお願いします。あ、わたしは高町なのはって言います。
 この子は久遠」

「くーちゃんじゃないの?」

「えっと、それは愛称というか」

「くーちゃんで良い?」

「あ、はい、別に構いませんよ。ね、くーちゃん」

「くぅー」

「そう。あなたも今日から友達。皆に紹介する」

言ってなのはと久遠の頭を撫でると背中を向けて歩き出す。
その向かう先から、大勢の犬や猫、鳥が少女の元へと近づいて来る。
それを眺めながら、なのはと久遠はやはり少女が優しい人だと感じるのだった。



「おーほっほっほ。山賊如きがこの私に勝てると思ってますの。
 全軍、突撃ですわー!」

「ちょっ、姫、待ってくださいよ。
 確かに相手は陣形も何もしらない有象無象な山賊かもしれませんけれど、
 馬鹿正直に正面から突撃なんてしたら、こちらの被害だって大きくなってしまいますよ。
 相手も数ばかりは多いのですから、少しでも被害を抑えるために……」

「斗詩〜、面倒だから正面からの突撃で良いじゃんか。
 大丈夫だって、私たちが前に出れば」

「あら、猪々子さんにしては良い事を言うじゃありませんか」

「ちょっ、文ちゃん何を言うのよ。姫、だめですってば」

「全く我が軍が誇る顔良将軍ともあろうものが、そんな及び腰では困りますわ」

「及び腰とかそういう事じゃなくてー!
 そ、そうだ。晶ちゃん、あなたの意見は?」

「え、お、俺!? うーん。俺もあまり考えたりするのは得意じゃないけれど、
 このまま正面からぶつかり合ったらこっちの兵士にも被害が出るんだよな。
 だとしたら、やっぱり被害は少ない方が良いだろうし、
 斗詩さんに何か案があるのならそれを聞いてから考えても良いんじゃないかな」

少年のような格好をした少女、晶の言葉に斗詩は味方が出来たとばかりに嬉しそうに頷くと、
改めて自分の主、袁紹へと視線を転じる。

「まあ、二人がそこまで言うのなら聞くぐらいはしてあげても良いですわ」

傲慢とも言える態度で手を口に当てて高笑いすると、袁紹は顔良に策を述べるように命じる。
その策を聞き、袁紹は数回頷くとまた高笑いを上げる。

「おーほっほっほ。流石は顔良さん。私も全く同じ事を考えていましたわ。
 我が袁家の兵があの程度の敵を相手に被害を受けるなんてあってはならない事ですもの。
 という訳で、その策で行きましょう。指揮は顔良さんに任せますわ。
 我が袁家の力を見せておやりなさい」

袁紹の言葉に顔良は慣れた様子で頷くと、すぐに指示を伝えるべく伝令を呼ぶ。
それら一連のやり取りを眺めていただけの文醜と晶は、知らず顔を見合わせると互いに肩を竦めるのだった。



「はいよ、新しい小籠包ができましたよ!
 それと炒飯も完成や」

「ははは、相変わらず手際が良いな、レンちゃん」

「いややわ、おっちゃん。そない褒めても何もでませんよ」

出来上がった皿をカウンター越しに渡しながら、
レンは隣で同じように出来上がった品を出しているこの店の店長の言葉に笑顔で答える。

「いやいや、本当に大したもんだって。
 公孫賛様の頼みという事でお嬢ちゃんを使ってみたが、ここまでやるとは思ってなかったよ」

「あははは。そない言われると照れますな〜」

照れながらもレンの腕は別物のように動き、次の料理を作り上げていく。
店長もまた同じように料理をしながら、

「早く探している人が見つかると良いな」

「ええ。公孫賛さんが周囲の探索とそれらしい情報がないか調べてくれると言ってくれはるんで、
 そのお言葉に甘えさせてもらってますけど。まあ、何人かはうちなんかよりもしっかりしてはりますし、
 一人は馬鹿やけれどもやたらと頑丈なんで大丈夫かと思います。
 問題はなのはちゃんやねんけれど。せめて久遠かお師匠か美由希ちゃんとと一緒なら良いんやけれど……」

ついつい考えに耽りそうになるのを頭を振って追い払い、レンは無理矢理にでも良い方向へと考える事にする。
その内、公孫賛にお願いして自分も探索に加えてもらおうと考えながら、レンは料理を作るのだった。



こうして、世界を越えて迷子になった一行の不可思議な生活が幕を開ける。
果たして、恭也たちは再び無事に再会できるのであろうか。

真・恋姫ハート



   §§



むか〜し、むか〜し、ある所におじいさんとおばあさんが住んでおりました。

「なの……じゃなかった、おじいさん、そろそろ山に行く時間だよ」

「うん、それじゃあ行って来るね、フェイ……おばあさん」

とっても仲の良い二人は、川に洗濯に行くおばあさんと途中まで一緒に手を繋いで歩いていきます。

「それじゃあ、頑張ってねおじいさん」

「うん、おばあさんもね」

いつものように途中で別れ、おばあさんはそのまま川へと洗濯に向かいます。
丁寧に洗濯をするおばあさん。

「……なのはの下着。じゃなかった、ゴシゴシ、ゴシゴシ〜♪」

おばあさんが洗濯をしていると、川から大きな桃がどんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきました。

「わぁ、美味しそうな桃。持って帰っておじいさんと食べよう」

おばあさんは川に入って桃を取ると、両手で抱えて家まで持って帰りました。
おじいさんが帰ってくると、おばあさんが見せた桃にびっくりしてしまいます。

「凄いよ、おばあさん。どうしたの、これ」

「川で拾ったんだ」

「川で? だ、大丈夫かな? 最近、衛生面で色々と問題になっているし」

「大丈夫だよ。ちゃんとスキャンして安全だって分かってるから」

「そっか、それなら安心だね。じゃあ、切るのはわたしがしてあげるね」

「いいよ、おじいさん。私が切るから。いくよ、バルディッシュ。はぁぁぁっ」

おばあさんが包丁で桃を切ると、何と中から小さな赤ちゃんが出てきました。

「はっ! 何の躊躇もなく大上段から振り下ろすとは。あと少し反応が遅かったら、綺麗に頭を割られていたな」

「し、真剣白刃取り!? さ、流石です、恭也さ……じゃなかった。
 桃から生まれたから桃太郎と名付けましょうか、おじいさん」

「そうだね、桃太郎と名付けよう」

「しかし、考えてみれば安直な付け方だな。
 白い犬ならシロ、黒い猫ならクロと名付けるご老体だったに違いない」

「な、何か生まれたての赤ちゃんにしては可愛くないんですけれどー」

「そ、そんな事ないよ、おじいさん。ほら、こんなにも可愛い。良い子、良い子」

「フェイ……おばあさん、流石に頭を撫でるのは止めてくれ」

「あ、ずるい。わたしもやる!」

「こら、おじいさんまで一緒になって、や、やめろ」

桃太郎はおじいさんとおばあさんに育てられ、すくすくと成長しました。
そんなある日の事、悪さをする鬼の話をおじいさんが聞き、おばあさんと二人で怖いねと話をしていました。
それを聞いた桃太郎は、それなら僕が鬼退治をしてくるよと名乗りをあげます。

「普通に考えて、桃太郎の成長速度に疑問を覚えるが、桃から生まれた時点でそれを指摘するのは意味がないか」

「うぅぅ、おばあさん、桃太郎がとってもひねくれた子に育ってるよ」

「そ、そんな事ないって。おじいさんと同じぐらい優しくて良い子だよ」

「失礼な。俺はふと思った疑問を素直に口にしただけだと言うのに」

鬼退治に行くと言った桃太郎の為に、おばあさんはきび団子を作って持たせました。

「鬼を退治しに行くというのに、食料の心配とは。
 やはりここは武器と路銀を渡すべきだと思うんだが」

「あ、それはわたしも思う。とは言え、武器も棍棒とかだと本当に倒して欲しいのかなって思うよね。
 ましてや、お城の扉の向こうに結構強い武器とかがある場合だと余計に。
 初めからそれを渡してくれてれば、もっと楽に序盤は進めたんだけれどな、とか」

「ふ、二人とも何の話をしているの。ほら、早く鬼退治に行くんでしょう」

「ふむ、おじいさんの意見はかなり的を得ていて興味深いがおばあさんを困らせるのも何だしな。
 では、行ってくる」

こうして桃太郎は鬼退治に出掛けました。
桃太郎が鬼の居ると言われる鬼ヶ島に向かっていると、途中で犬と出会います。

「ワンワン。桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきび団子を一つください」

「……はんっ! 欲しければ奪ってみろバカ弟子」

「ぐるるる」

「甘い、甘いぞ!」

「って、このままじゃあ話が進まないよ、恭ちゃんじゃなくて桃太郎」

「仕方ないな。浅ましい犬にきび団子を恵んでやろう。ほら、ありがたく食え」

「くぅぅ、何故ここまで言われないと……」

「食ったか、食ったな。なら、鬼退治について来い。
 って、よく考えてみれば凄い話だな。鬼退治の報酬がきび団子だぞ」

「確かにそうだよね。普通、そこまでして団子が欲しいとは思わないかも」

こうして犬を仲間に加えた桃太郎は、更に鬼ヶ島を目指していきます。
そんな調子で猿を仲間にし、雉とも出会ったのですが。

「お前なんかいらないんだよ、とっととうせろ!」

「それはこっちの台詞や、このお猿! って、ああ悪かったな、今は本当に猿やったな」

「てめー、泣かす」

「できるもんならやってみい!」

「えっと、話が進まないんだけれど……」

「ふむ、これが雉じゃなくて犬なら正に犬猿の仲といって強引に終わらせる事もできたがな」

「そんな、今時そんなオチって」

「全く、お前が犬の所為で」

「ええ、私の所為なの!?」

そんなこんなで鬼ヶ島に辿り付いた桃太郎たち。

「あれ、鬼たちが全滅しているよ」

「ふむ、どうやらおじいさんとおばあさんの仕業みたいだな」

「もう遅いよ桃太郎。途中で喧嘩なんてするから、時間がなくなっちゃったんだよ。
 だから、先に鬼は倒しちゃったよ」

「でも、これで桃太郎が危険な事をしなくても良くなったし。
 早く帰って、また頭を撫でてあげるね」

「激しく遠慮しておこう」

「あ、わたしも撫でたい」

「だから、遠慮すると……」

「あ、私も参加し……」

「黙れ、役立たずのごく潰し弟子!
 そんな事をされるぐらいなら、貴様の腹を掻っ捌く」

「って、そこは自分のじゃないの!?」

無事に鬼を退治した桃太郎は、お宝を持って帰りおじいさんとおばあさんと仲良く暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。



   §§



何故、こんな事になっているのだろうか。
高町恭也の脳裏に浮かんだのは、まずそんな事であった。
次いで脳裏に浮かぶのは、柔らかい桃、じゃなくて般若心経。
こちらは浮かぶと言うよりも、無理矢理浮かばせたという表現の方が正しいだろう。
視線を天井へと向け、心の内でひたすらに唱え続ける。
目を閉じないのは、そうする事で何かが起こると困るからである。
故に視界の下の方でもぞもぞと動く金糸も自然と目に入ってくる。
ゆっくりと近づいてくるソレに対し、恭也は後退りするもすぐにベッドの端に辿り着いてしまい、
これ以上の逃げ場を見出せない。
それでも決して天井から視線を逸らさない恭也に対し、確実に近づくソレの気配を感じ、
恭也はようやく両手を使ってそれの進行を食い止める。
掌に伝わる体温や思ったよりも細く柔らかな感触に鼓動が早くなるのを押さえつけ、
出来る限り下は見ないように恭也はようやく口を開く。

「こ、こういう事はそのお互いをもっと理解してから……」

だが、恭也のその言葉は目の前の金糸の正体、金色の髪の少女には届いていないのか、
今まで逃げていた恭也の突然の行動に顔を赤くして照れ、思わず顔を伏せるも覚悟したようにぎゅっと目を閉じる。

「きょ、恭也様、お世継ぎを作るためとはいえ、私も初めてなのです。
 出来る限り優しくしてください。も、勿論、私も我慢はしますから」

言って恭也が何もしていないのにベッドの上に倒れこむ。
その衝撃で少女の豊か過ぎる胸が揺れ、ベビードールの前がはだけておへそが丸見えとなる。
後ろ向きに倒れる少女を支えようと思わず手を伸ばした恭也は、それをまともに見てしまい顔を赤くさせる。
目の前で身体を緊張に強張らせつつも、決して恭也から逃げようとしない少女を前に、
どうしてこうなったのだろうかと思わず考えてしまう恭也であった。



事の起こりは本当に突然の出来事であった。
と言うよりも、本当に何がなんだかといった感じで、気が付けば目の前に五人の少女が居た。
どうやら倒れていたらしい自分を囲むように地面には何やら怪しい紋章のようなものが描かれている。
呆然と少女たちを見詰める恭也に、少女の一人がゆっくりと喋り出す。

「成功……したみたいね」

意味は分からないが、それが今の現状を指しているのだろうという事は何となく分かった。
故に詳しい説明を求めようとしたのだが、少女の一人が鋭い声を上げて空を睨みつける。
その声につられる様に他の少女たちも空を見上げる。
何事かと恭也も同じ方向へと目を向ければ、そこには想像上にしか存在しないはずの翼竜の姿があった。
数秒とは言え放心していたのか、恭也は先程自分を囲んでいた少女の一人、
ショートカットのどこか気の弱そうな少女に手を引かれて、ようやく我に返る。

「王仕さま、逃げましょう。ここを下って行けば味方の軍がいますから」

少女に手を引かれるまま森の中へと入っていく恭也。
他の少女はどうするのかと振り返れば、他の四人は空を飛んで行く。

「HGS? いや、翼がないという事は違うのか」

思わず足を止めた恭也が見詰める先で、少女たちはそれぞれに大きな武器を何処からともなく取り出す。
その事にも驚いた恭也であったが、更に彼を驚かせる出来事が目の前で展開される。
てっきりその武器で戦うのかと思った恭也であったが、少女たちは向かってくる飛竜に武器を構えてその場に留まる。
代わりにという訳ではないが、少女たちの構えた先に魔法陣が浮かび上がり、そこから炎や雷が飛び出す。
それらを喰らった飛竜――よく見れば人を乗せていたらしい――が落ちていく。
信じられないようなものを目にしつつ、恭也はそれが魔法と呼ばれるものだと漠然と理解する。

(父さん、今までも色々な経験をしてきたが、とうとう魔法と呼ばれるものまで見てしまったよ。
 それ以前に、ここは地球ですらないかもしれん)

しみじみと遠くを見詰めるように空を見上げる恭也であったが、
さっきから必死に自分を引っ張っていこうとする少女に気付き、

「ああ、すみません」

「い、いえ。それよりも早くここを離れましょう。
 狙いは王仕さまなのですから」

よく分からないながらも、その王仕さまと言うのが自分の事なのだと理解し、
恭也は困ったように手を引っ張る少女に促されるまま後に付いて行く。
途中で少女がアルトという名前である事を聞き、他の四人が姉妹だという事も聞いた。
更にはやはりここは異世界らしく、五人の少女によって召喚されたのだとも。
しかし、元の世界に戻す方法はないらしく、恭也は溜め息を吐く。
必死で謝るアルトに、どうして呼ばれたのかと尋ねる恭也であったが、その目の前に飛竜が降り立つ。



そこまで回想を終え、恭也は頭を振る。
あの後、やって来た長女にしてこの王国の第一王女であるユフィナによって飛竜は簡単に倒されたのだ。
だが、今考えるのはそんな事ではなく、目の前の状況に至る理由である。
とは言え、それ自体も難しい理由もないのだが。
今、恭也が居るトレクワーズ王国は女王の力によって結界で守られているらしい。
だが、今の女王が病に倒れて結界の維持にも問題が生じた。
故に一刻も早く新たな女王を擁立しないといけないのだが、その条件として世継ぎを産まないといけない。
で、代々王女は魔力の高い世継ぎを産むために国中から魔力の高い男を後宮に入れて、
その中から相手を選んでいるのだが、隣国によってその男たち――王仕さまが全員攫われてしまったと。
故に急遽、異世界から召喚する事にして恭也が召喚されたのである。
故に今の現状、つまりは王女の一人に迫られているという状況が出来上がっているのである。
改めて自身の身に降りかかった状況を確認し、恭也は小さく溜め息を吐く。
それをどう勘違いしたのか、ベッドに横たわる第二王女レイシアは不安そうな声を上げる。

「そ、その、何処か可笑しいのでしょか。
 勉強したのですが、やはり実戦は初めてで可笑しなところがあれば仰ってください」

おっとりとした外見や性格もそうなのだろうが、それとは正反対に身を起こして積極的に恭也へと擦り寄ってくる。

「い、いや、そうじゃなくて……」

「やはり私から積極的に行った方が宜しいのでしょうか。
 それでは失礼して……」

肩に手を置かれ、完全に油断していた恭也は押し倒されてしまう。
恭也の腰に跨り、レイシアはゆっくりと下着に手を掛けて脱ごうとする。
慌ててそれを止めようとしたその時、部屋の扉が勢い良く開けられる。

「本来なら貴方の方が来るのが礼儀でしょうけれど、今回は特別に私の方から来てあげましたわ。
 って、お姉さま!?」

「あら、エリスも来たのね」

やって来たのはレイシアの双子の姉妹でエリスであった。
姉と同じ金髪をこちらは縦ロールにし、姉よりも吊り目気味の瞳で鋭く恭也たちを睨む。

「出遅れましたわ」

小さく呟くなりベッドに上がり、そのままレイシアを押し退けるように恭也の上に座る。

「エリスもお世継ぎを作ろうとしているのですね」

「当たり前です。王女になるのはこの私です!」

「ああ、エリスにも民を思う気持ちが……。
 では、二人して頑張りましょうね」

国や民を強く思うレイシアが感動したように言うも、王女に固執するエリスは邪魔だとばかりに押し退ける。
そこまでは良かったのだが、その次の行動に移ろうとして動きが止まる。

「エリス、まずは服を……」

止まったエリスにアドバイスするべく何やら耳打ちをするレイシア。
何を吹き込まれたのか、顔を真っ赤に染めると、

「なっ、そ、そんな事まで! も、勿論、知っていましたわよ。
 ち、因みにその次は……え、ええ。そ、それを私が!?」

耳まで真っ赤にして恭也とレイシアを交互に見遣り、顔を俯かせて肩を震わせる。
怒りを堪えているようにも見えるのだが、恭也としては早くこの場から逃げたいという思いの方が強く、
エリスを気遣う余裕もない。
幾ら朴念仁と言われていようが、健全なる男子なのだ。
間違いなく美女と言える二人に迫られ、このままでは理性が持たない。
助けを求めるかのように壁を見詰めるも……。
その時、大きな悲鳴が響き、続いて廊下を走る音が遥か遠くからこちらに向かって近づいてくる。
そして、それは恭也の部屋の前で止まるとそのまま扉を開け放ち、

「きょ、恭也さん、助けてください。寧ろ、匿って……」

入ってきたのは恭也と同時に召喚された男性、神来恭太郎であった。
この少年も恭也と同じぐらいのカタブツで、どうやらこちらはこちらで迫られて逃げてきたらしい。
それを察すると同時に、恭也は助けの手を求めるべく恭太郎に手を伸ばしたのだが、
その腕がレイシアの胸に触れてしまう。
恭也の名誉の為に言っておくと、決してわざとではない。
腰にエリスに乗りかかられ、身体を起こす事が出来ない状況。その状況で助けを求めて伸ばした手が、
偶々エリスに場所を奪われて腕の傍に座っていたレイシアに当たってしまったのだ。
不可抗力である。
だが、不意に下から触れられたレイシアは思わず小さな声を漏らす。
入ってきた恭太郎はベッドの上の三人を見詰め、次いで先程聞こえてしまった声との意味を考え、

「お、お邪魔しました!」

結果として来た扉を急いで締めて出て行く。

「ま、待て、待ってくれ恭太郎。これは誤解だ。
 寧ろ、助けてくれ」

「きゃっ」

突然の事に思わず起き上がった恭也の勢いに負け、エリスが恭也の上から落ちてしまう。
それを好機と見たのか、恭也は一言謝罪を口にすると素早く部屋を飛び出すのだった。
後には呆然とそれを見送る二人の姉妹だけが残された。
だが、恭也も恭太郎もまだ知らない。
これはほんの始まりに過ぎないと言う事を……。



H+P ハ〜トパラ 恭也と恭太郎の後宮生活



   §§



私、高町ヴィヴィオ。ザンクト・ヒルデ魔法学院に通うごく普通の10歳の女の子です。
少し変わっている事と言えば、ママが二人居る事かな。
でも、どっちのママも優しくて大好きです。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい、ヴィヴィオ」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

なのはママとフェイトママに見送られ、いつものように学院へと向かいます。
ここまではいつもと変わらない朝でした。でも、まさかあんな事が起こるなんて。
それは公園を歩いていた時の事でした。
誰かに呼ばれたような気がして。

「ねぇ、今何か聞こえなかった?」

胸からぶら下がったペンダント型のデバイス、ウィルハートに尋ねたけれど、返ってきたのは否定の声。
おかしいな〜、気のせいだったのかな。
そう思ったけれど、また声が聞こえた。
私は少し道を外れ、公園の木々が生い茂る中へと歩いて行く。
ウィルハートが学校と注意してくるけれど、どうしても気になるんだもの。
そうして歩いた先、そこで私は一匹の傷付いた猫さんと出会いました。
猫さんに駆け寄り抱き上げると、薄っすらと目を開けて、

「おねがい……力を……」

そう言ってまた目を閉じてしまいました。
慌てて猫さんの様子を確認すると、ちゃんと息はしているみたいで一安心です。
これが私と不思議な猫さん、サラちゃんとの出会い。
そして、私が実戦で魔法を使う事になる、サラちゃんの探し物を手伝う事となった始まりのお話。



その夜、事情を説明して手伝ってくれるようにサラちゃんに頼まれました。
昔、ママも似たような形で魔法と出会ったというのを聞いた事があったし、
困った人を見たら出来る範囲で助けてあげなさいと言われていたから、
困っているサラちゃんを助けてあげようと思い、すぐに協力する事を約束しました。
でも、ただ無くした物を探すだけのはずが、まさかあんなに危険だったなんて。

「う〜、見よう見真似、ディバインバスター!」

「嘘!? 砲撃魔法!?」

血は繋がらなくとも蛙の子は蛙、な展開あり。

「それは私が集める」

「ま、待って、それは元々サラちゃんの物……」

ライバルと思しき少女の存在あり。

「所でリイン、うちらの出番あるんかな?」

「何を言っているですか、はやて?」

可笑しな電波を受信したり。

「なのは……」

「ちょっ、フェイトちゃん、こんな所で……」

何やら怪しげな展開もあったり。

私の知らない所でも色々起こっているみたいですが、兎に角、精一杯頑張ろうと思います。

魔法少女リリカルヴィヴィオ テイクオフです!



   §§



呆れるほど広大な土地。
そこに建つのは、これまたその土地に見舞うだけの大きな屋敷に綺麗に手入れされた庭。
屋敷へと通じる庭園を執事の格好をした壮年の男性に先導され、恭也は改めて周囲に視線を向ける。
あまりの広さに手入れするのも一苦労だろうな、と人事ながら思いつつ、
案内された屋敷の扉もまた普通のそれよりも大きく、それをくぐって屋敷の中へと踏み入る。
目に付くのは足元に引かれた赤い絨毯に、さりげなく飾られている壷や絵画。
それらが決して主張する事なく、内装に調和されるように綺麗に収められている。
それ一つでも決して安くはないだろうと思わせるそれらを軽く見渡し、やはり黙したまま先導する執事の後に続く。
やがて一つの扉の前までやって来ると執事は足を止め、恭也に少し待つようにお願いすると扉をノックする。
中から短く一つ返事が返り、執事は重々しく扉を開けるとまずは中に向かって頭を下げ、
続けて恭也へと入室をお願いする。
部屋に入り、後ろで扉が閉まる音を聞きながら恭也は部屋の中央へと歩を進める。

「よく来たな。まあ、座るが良い」

実際の年齢よりも覇気のある、命令する事になれた声で恭也に席を勧める。
その身体から溢れ出る雰囲気に呑まれる事なく、恭也は軽く頭を下げると席に着く。
それと同時に部屋にノックの音が響き、メイド服を着た女性が盆を手に入室してくる。
恭也と目の前の男の前にそれぞれカップを置き、お辞儀をすると静かに部屋を出て行く。
数秒の沈黙が降りた後、徐に男が口を開く。

「実はお主に仕事を依頼したい」

「それは構いませんが、既に護衛の方はいらっしゃるようですが?」

隣りの部屋へと続く扉と、今しがた入ってきた扉の両方へと軽く視線を向けてそう言うと、
男は少しだけ感心したような声を漏らしてから話を続ける。

「儂の護衛ではない。息子の護衛じゃ」

「それこそ、俺じゃなくても良いのでは?」

「お主が一番都合が良い理由がちゃんとある」

そう言うと男は一枚の写真を恭也の前に滑らせる。
そこに映っていたのは、息子というよりも孫といった方が納得できるぐらい目の前の男とは年の離れた少年の姿が。

「有馬哲平、実の孫じゃが先日息子として迎え入れた。何も四六時中護衛しろなどとは言わん。
 ただ、これから通うことになる学園内で、万が一に備えて影から守ってくれれば良い。
 期間も精々、三ヶ月ほどで構わん。その間にあれにもある程度の教育をするでな」

「日本経済界の雄、有馬グループの総帥も孫には少し甘いみたいですね」

「……それで、受けるのか受けないのか?」

恭也の言葉に応えず、男――有馬一心は返答を急かす。
それに対して恭也は少しだけ考えた後、その仕事を引き受ける事にしたのだった。



依頼を引き受けた翌日、恭也の姿は数日後に哲平が転入してくる事となる私立秀峰学園にあった。

「本当に日本か、ここは……」

重厚な作りの教室は時代を感じさせ、施設も充実している。
それに加え、通う者は誰もが有数の子女。
正直、恭也は周りと話をするだけでも疲れるという感想を初日にして抱いてしまう。
身近に一人、お嬢様が居るには居るのだが、彼女はとても付き合いやすかったとしみじみと思う。
だが、そんな気持ちをひとまず脇に置き、恭也は事前に貰った学園の見取り図を頭に思い出し、
実際に歩いて周る事にする。

「あら、もしかして噂になっている転入生の方かしら?」

不意に掛けられた声に振り向けば、そこには同姓でさえ目を惹かんばかりの美貌を持つ女子生徒が居た。
事前に一心より聞いていた人物とすぐに一致し、目の前の人物がシャルロット=ヘイゼルリンクであると判断する。
だが、表情は変えずに軽く頭を下げる。

「はい、そうです。ちょっと学園内を見て周ってまして」

「そうなの。だったら、誰かに案内してもらえば良いのに」

「いえ、もう終わって帰ろうかと思っていた所だったんです」

当たり障りのないように会話をし、恭也はシャルロットと分かれる。
彼女の他にももう一人、予め確認しておきたい人物がおり、その彼女を見に行く。
フェンシング部へと顔を出し、目当ての人物を探す。
が、特に苦労する事無くその自分はすぐに見つかる。
一人、男子に混じって練習をしている金髪の女性。
他の物よりも技量的にも上であるらしく、恭也もその剣捌きに思わず感嘆の息も漏らしつつ、
彼女の情報を思い出す。シルヴィア=ファン・ホッセン。
一心からは余力があれば、彼女にも注意をするように頼まれている人物である。
目的の人物を確認すると、恭也は邪魔にならないようにフェンシング部を後にする。
去って行く恭也の背中をシルヴィアが一瞥していたのだが、既に背中を向けていた為に恭也は気付かなかった。
その後、一通り学園内を見て周り、ようやく帰宅の路につく。
学園で出会った二人の女性を今一度思い浮かべて確認し、そこにもう一人、クラスメイトの姿を加える。
哲平付きのメイドとなる藤倉優の姿を。
恐らくは哲平と最も親しくなるであろう、三人を記憶に刻み恭也の転入初日は終わるのだった。

この数日後、有馬グループの後継者にして、恭也の護衛対象である有馬哲平が転入してくる。
彼による行動が恭也にどんな影響を与える事になるのか。
それはまだ、誰にも分からない。

プリンセスハート!






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