『風と刃の聖痕』






 第5話





和麻たちが海鳴に来たその日。
三人の歓迎会もすんだ深夜に、恭也と美由希はいつもの様に装備を整え、鍛練へと行く準備をする。
そこへ和麻がやってきて、鍛練を綾乃に見せてくれと言ってきた。
それを了承した恭也に連れられ、綾乃たちは今、いつも恭也たちが鍛練を行う場所に来ていた。

「それでは、俺たちは始めます。一応、注意はするつもりですが、充分に離れていてくださいね」

和麻と違い、丁寧な物腰をする恭也に綾乃は素直に頷く。
それを見た和麻が面白そうに、

「珍しく素直じゃないか?」

「当たり前じゃない。礼儀を守る人に対しては、私だって突っかからないわよ」

「ほーう」

「兄さまも姉さまもその辺で」

そんな三人のやり取りを余所に、恭也と美由希は鍛練に集中していく。
素早い踏み込みで、恭也へと斬りかかって行く美由希に対し、恭也は充分引き付けてから、
最小限の動きだけで攻撃を避けていく。
徐々に早くなる美由希の斬撃の隙を付き、恭也の美由希よりも洗練された斬撃が繰り出される。
そんな二人のやり取りに、先程まで和麻と言い合っていた綾乃は目を奪われる。
綾乃だけでなく、煉もその動きを見て言葉をなくす。
そこへ和麻が見てろといい、何の動作もなしに風の刃を放つ。
それに恭也は反応すると、美由希の小太刀を弾き、右の小太刀でその風を斬る。

「分かったか?」

尋ねる和麻に首を傾げる綾乃。
それを見て、和麻は溜め息を吐く。

「は〜」

そんな和麻を睨みつけるように見た後、文句でも言おうとしたのか、口を開こうとする。
それを遮るように、煉が小さな声を上げる。
それを見て、和麻は笑みを浮かべ、煉の頭をやや乱暴に撫でる。

「どうやら煉は分かったみたいだな」

「何よ、どういう事よ」

「姉さま、あれですよ」

煉の指差す先、そこには恭也に握られた小太刀の刃が白く光っていた。
が、すぐに元に戻ると美由希との打ち合いを始める。
それを見ても、まだどうしたのという顔をする綾乃に、煉が説明をする。

「姉さま、術というのは発動までに若干のタイムラグがあるのは知ってますよね」

「当たり前よ」

やや憮然とした顔で頷く。
煉の言葉通り、実際に何らかの術を放つには、その術の制御やその他に色々あり、幾ら早くても、多少のタイムラグが生じる。
これは、最も速い術とされる風でも同じ事で、術を使う以上、脳を動かす必要上どうし様もない事である。
そこを上手くつく事が出来れば、素人でも術者を倒す事ができる。
最も、そんなに大きなタイムラグではないのだが。
つまり、近接での闘いにおいては、術を発動させるよりも、殴る方が早いということである。
これは、体は反射的に動くが、脳はそうもいかないためである。

「でも、今の恭也さんの動きは反射的なものだったんです」

「別に不思議じゃないでしょ。
 アレだけの鍛練をつんでいれば、自分に向って放たれた攻撃を反射的にふさいでも」

「だから、姉さま。今の兄様の攻撃を普通の剣で斬れますか」

「あっ」

綾乃はここにきて、やっと煉の言わんとしていることに気付く。

「さっきの剣に纏わりつけたやつは反射的だってこと?そんな事、ありえないわ」

「ありえなくても、現実に起こったんだ。言っても始まらんだろ」

「うぅ」

悔しげにうめく綾乃を楽しげに見ながら、和麻は追い討ちを掛ける。

「で、お前、アイツを大した事ないとか言ってなかったか?」

「うぅ」

「で、勝てるんだよな?何なら、今から勝負してみるか?」

「うぅ」

和麻の言葉に綾乃は項垂れる。
正直、剣の腕では純粋に勝負しても話にもならないだろう。
ましてや、あの速さでは、あっという間に間合いに入ってこられる。
そうなったら、綾乃に全く勝ち目はない。
そんな綾乃に追い討ちを掛けるように、

「アイツの速さはもっと速いぞ」

「えっ!」

「それに、数秒間だけだが、人の目で認識できない速さで動けるんだよ、あいつは」

「そ、それも何かの術なの?」

「いや、違う。名前は忘れたが、あいつらの流派の奥義の一つだそうだ。
 それに、あいつも少しは術が使えるんだけどな。その速さは下手したら、俺以上だぞ」

その和麻の言葉に、またしても綾乃は言葉を失う。

「そんな……。和麻以上に速いの?」

茫然と呟く綾乃の頭に手を置き、和麻は言う。

「まあ、そんな事はさておき。
 とりあえず、あいつの闘い方を見れば、炎雷覇を扱うお前にとって、勉強にはなるだろ」

その言葉に、綾乃は素直に頷く。

「何だったら、暇な時にでも、剣の稽古でもつけてもらったらどうだ」

「つけてもらえるかな」

「さあな。だが、無碍にはしないだろうさ」

「うん」

そんな話をしている間も、恭也と美由希の鍛練は続き、綾乃はその動きを懸命に目で追う。
そんな綾乃の姿を見ながら、和麻は口元を笑みの形にし、煙草を取り出すと口に咥えるのだった。







つづく








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