『美姫さまと 愉快な仲間 お馬鹿な下僕』






それは、PCが壊れて呆然としている間の出来事だった。
気が付けば浩は、大自然と呼ぶに相応しい景色に取り囲まれた駅のホームに立っていた。
当然のように、その両の手には大きな荷物を持ち、その横に一人の少女を従えて。
いや、その少女の立ち振る舞いや、手ぶらな状態から見れば少女が浩を従えていると殆どの者が見るだろう。

「って、ここは何処だーー!」

ふと我に返って辺りを見渡した浩の声が、辺りへと虚しく響いていった。

「って、本当に何処?」

「うん? 何を今更。言ったじゃない、新しいPCが来るまで取材旅行に行こうって」

「ああ、確かに言ってたな、そんな事。
 でも、俺は頷いた覚えがないんだが? それ以前に、取材って何を?」

「アンタの意見や疑問は自動的に却下されるのよ」

「そうか、それじゃあ仕方がないな。って、んな訳あるか!
 お前、俺が同意する云々以前に、いつの間にか連れてきてるし。
 俺も俺で、自然にお前の荷物まで持ってるし。って言うか、着くまでに気付けよ、俺!」

「って、忙しないわね〜。ちょっとは落ち着きなさいよ」

「ああ、すまん。って、その原因の半分以上はお前の所為だろうが!」

「それじゃあ、旅館に行くわよ〜」

「って、聞けよ!」

既に聞く耳を持たないといった感じで美姫は先に歩いて行く。
その後を、二人分の荷物を持った浩が慌てて追いかけるのであった。
こうして、新たなPCが来るまで取材旅行へと出た二人。
果たして、無事に済むのか?

「って、縁起でもない」

「何、ぶつくさ言ってるのよ! さっさと来なさいよ。
 来ないなら来ないで構わないから、せめて荷物だけはちゃんと届けなさい!」

「おいおい…」



そうこう言い合っているうちに旅館へと辿り着いた二人は、部屋で一服する。

「はぁ〜、のんびり〜」

「さあて、一息ついた所で、温泉よ〜♪」

「いや、たった今座った所なんですが…」

「良いから、さっさと行くわよ!」

「うぅぅ〜、せめてお茶の一杯ぐらい」

「却下♪ アンタが荷物を持つのに、アンタが行かないと私の荷物がないじゃない」

「んな勝手な!」

「ほらほら」

美姫に引き摺られるようにして、浩は温泉へと連れて行かれる。
暖かな湯気をあげる湯飲みへと注がれる視線には、これから市場へと連れて行かれる子牛のような哀愁を漂わせて。

「そんな良いものじゃないわよ」

「って、そんな目なんかしてない!」



何だかんだとあったが風呂にも入り、部屋へと戻る二人が廊下の角を曲がると、そこには一人の男性が倒れていた。

「酔っ払いかしら? とりあえず、起こしてあげなさい」

「へいへい。もしもし〜、大丈夫です……って、美姫!」

「何よ? 目が四つでもあったの?
 それとも、手が四本あったとか?」

「じゃなくて、ち、ち、ちちちち」

「何よ?」

「血が……」

「ふーん、血ね〜。普段、自分のを見慣れているでしょう」

目の前に倒れ付している男性から流れ出ていると思しき血に震える声で言う浩に、美姫はさも興味なさそうに返す。
それに思わず頷きそうになるが、すぐに首を振ると、

「それはそうなんだけれど…。って、そうじゃなくて、し、しししし」

「詩? 血を見て詩を思いつくっていうのも、どうかと思うわよ、私は」

「じゃなくて、死んでる」

「……浩、アンタそこまで」

「って、俺じゃねぇ! って、たった今さっきまで一緒に居ただろうが!」

「冗談よ、冗談」

そう言って笑い飛ばすと、一転して真剣な表情になり男の傍へとしゃがみ込む。

「どうだ?」

「うん、確かに息してないわね」

「んぐ、んぐ。……ぷはぁっ!
 俺の鼻と口をふさぐな! 俺を殺す気か!」

「まあまあ、冗談よ、冗談」

「冗談で窒息させられてたまるか!」

「と、それよりも、本当にこの人、息していないし、脈もないわね」

「うぅ、と、とりあえず、警察に連絡だな」

こうして警察へと連絡した二人は、第一発見者という事で事情聴取される事となった。



「はぁ〜、疲れた〜」

「本当にね〜。第一発見者なんかになるもんじゃないわ。
 全く、浩が変なものを見つけるから」

「って、俺の所為かよ! と言う以前に、物扱いは流石に止めとけ」

「はいはい。しかし、うーん……」

首を捻りながら、美姫は手元の写真を真剣に見詰める。
何を見ているのか気になった浩は、後ろからそれを覗き込み、言葉に詰まる。

「ばっ、なっ、お、おまっ、お前、それって!」

「そう。さっきの現場の写真」

「何でお前がそんなのを」

「うん、それはね♪」

「あー! わー! やっぱり、いい! いいです!
 聞きたくない、聞かない、知らない!」

両耳を塞いでそう拒否する浩に対し、美姫は小さく肩を竦めただけで特には何も言わず、再び視線を写真へと落とす。

「…で、そんなのを見て、どうするつもりだ?」

「うん、ちょっとね〜」

気の抜けた返事を聞き、今は話し掛けるだけ無駄だと悟った浩は、美姫が話し出すまで待つことにする。
そうして数分後、突然目を見開き、美姫は声も高らかに言い放つ。
そんな突然の行為にも、特に驚かずに逆に慣れた様子でそれを聞く。

「これは、名探偵美姫の温泉旅館連続殺人事件の始まりだわ! かなり手強い難事件よ。
 警察の手には負えないかも」

「連続ってまだ一件しか起きてないのに、決定なのか!? それよりも、名探偵美姫って事は、首を突っ込む気満々かよ!
 その前に、警察の手に負えないって何だよ! 警察っていうのは、その為の組織だろうが!
 そんな根本的な所を否定するような発言をするなよ!」

「犯人の手掛かりになるようなものは…」

「って、聞けよ!」

当然、浩の言葉は美姫には聞き届けられず、二人は勝手に事件の調査を行うのだった。
そうこうしている間に、美姫の予想通りに第二、第三の犠牲者が出て行く。
そして、その第三の犠牲者が発見された時のこと。

「あー、あんたら二人、よく死体の発見者になるね。
 しかも、この一連の連続事件の」

「何よ、何が言いたいのよ! 言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよね」

「お、落ち着けって美姫。流石に、人目のある所ではまずいって。
 やるなら、もっと人気のないところで」

「くっ、確かにアンタの言う通りだわ。ここは人目が多すぎるわ」

「だろう。やるのなら、この刑事さんが帰る時間帯を狙うんだ。
 最近、この人は夜中の10時半から11時の間に帰宅につくから、この時間帯に張り込んで後を付ければ…」

「でも、面倒くさいわよ、それ」

「なら……」

そう言って浩はポケットから地図を取り出して美姫と一緒に覗き込むと、とある地点を指差す。

「この場所が最も最適だな。人影はないし、街頭もない。
 あの人の歩く速度から割り出して、大体、10時45分頃から11時ちょっとって所だ」

「結構、遅い時間ね〜」

「確かに、夜中に出歩くのはしんどいな。
 なら、今年中学に上がった娘さんが居るから、下校ルートはこうだから、この辺で。
 時間帯は……」

「おい! お前ら! 何の相談をしてる!
 特にお前! 何でそんなに詳しく」

「いや、ほら、最初から刑事さんが俺を疑ってたから、万が一のために…」

こめかみを引き攣らせる刑事に対し、浩は弱気になりながらもそう答える。
その後ろから、美姫が朗らかな笑みを見せる。

「勿論、冗談に決まってるじゃない。やぁ〜ね〜。本気なら、こんな所で話さないわよ」

「だよな。第一、美姫が場所や人目なんて気にしないって……ぶげろぉぉばぁぁっ!」

「ふふふ。な〜にを仰ってやがるのかしらね、この薄らトンチキはぁ〜。
 折角、人が堪えたのに、更に怒らせるなんてね〜。
 そんな事を言われたら、またぶり返してきた、その刑事に対するこの怒りをどうすれば良いのかしら〜。
 ああ、アンタが居たんだったわね〜」

既に最初の後頭部へと一撃で地面を転がる浩へと、美姫の容赦ない蹴りが炸裂する。
奇妙な声と共に、肺の中の空気を全て一気に吐き出したような音が漏れる。
そこへ、更に腰から愛刀の紅蓮を抜き放つ。
流石にそれを見て止めに入ろうとした刑事を睨み一つで下がらせると、美姫は何の躊躇もなく振り下ろす。

「がぁっ! や、やめっ! た、たすけ……。け、刑事さ……がっ!」

何か口を開くたびに、紅蓮が体へと突き刺さる。
腕に、足に、背に、腰にと刺されながらも、その度に奇妙な悲鳴(?)をあげる。
やがて、体が細かく痙攣しだしたのを見て、ようやく紅蓮を収めて満足げな吐息を零す。
その仕草に、その惨状を目の当たりにしていたのにも関わらず、周りから吐息が零れ、誰もが見惚れる。
そんな群集の中、真っ先に我に返った刑事が美姫へと険しい顔付きを見せる。

「とりあえず、君は殺害の容疑で署まで来てもらうからな」

「殺害って、今回の件に私は無関係だって言ってるでしょう」

「そうじゃない。彼の殺害だよ」

そう言って刑事は倒れ伏す浩を指差すが、美姫は何を言われているのか分からないと首を傾げる。

「殺害? 私が浩を? ないない、それはないって」

「この期に及んで、まだそんな事を。現行犯逮捕だろうが!」

「でも、死んでないし」

そう言って美姫が足先で軽く小突くと、死んだと思われていた浩の口から苦痛の声が漏れる。

「ひ、酷いよ、美姫〜。流石に、今回のやり過ぎだぞ」

「えへ♪ ごめんね〜♪ ついつい加減を間違えちゃった♪」

「そんなに可愛娘ぶっても無駄だ! ったく、やられる方の立場にもなれよ」

ぶつぶつ文句を言いながら、身体を仰向けにすると、今度はゆっくりと上半身だけを起こす。
そんな浩へと刑事が恐る恐る声を掛ける。

「えっと、大丈夫なのか? 救急車を呼んだほうが…」

「ああ、お構いなく。いつもの事ですから。もう2、3分待っててもらえれば」

これがいつもの事、と驚くのが先が、3分ほど待ってどうにかなるような傷じゃないだろう、と突っ込むのが先か。
そんな事を思わず考えてしまい、慌てて頭を振る刑事を横目に眺めつつ、美姫はぽんと手を打ち鳴らす。

「浩! 犯人が分かったわ!」

「何、それは本当か!」

「ええ。私の名推理によれば…」

もったいぶりつつ、美姫は浩の目線に合わせるように屈み込むと、殊更ゆっくりと話し出す。

「まず、アンタが犯人を挑発するような言動を取るのよ。
 犯人が分かって、それをネタに脅迫しようとするとかね。
 で、夜中に一人で人気のない所を決まった時間に出歩くようにするの。
 そうすれば、いつかは犯人があなたを殺すために現れるって訳よ。
 そこを私が捕まえる! どう、この名推理! さっき、この刑事が言ってた言葉から導き出したのよ!」

えっへんと胸を張る美姫に、浩は間を置かずにすぐさま切り返す。

「それは現行犯逮捕じゃ! おまけに、それで捕まえてもこの件の事を否定されたら、単なる殺人未遂だろうが!
 その前に、お前は『推理』という言葉の意味を辞書で引け! 辞書で!」

「何よ、そこまで言わなくても良いじゃない! その辺はちゃんと考えているわよ!
 浩はただ黙って犯人と対峙していれば良いのよ。そしたら、犯人の方から全部、ベラベラと喋ってくれるわよ。
 それに、未遂って言うんなら、本当にやられるまで助けなければ良いのよ」

「こらこらこら! 色々と突っ込みたいが一つだけ。
 何で、そんな事でやられないといけないんだよ!」

「ほら、そこはアンタだし、大丈夫でしょう。これでも、信頼してるのよ相棒♪」

「嫌な信頼のされ方だな、おい」

二人してそんなやり取りをしている所へ、刑事が口を挟む。
途端、美姫は露骨に嫌そうな顔を、浩は完全に忘れていた人物からの声に驚いた顔を見せる。

「何よ〜。まだ何かあるの?」

「うわっ! まだ居たんですね」

「……とりあえず、君には署まで来てもらおうかな」

今までのやり取りから、刑事は浩だけを連行しようとする。
それに焦った声を上げるのは、勿論、本人だけだった。

「な、何で、俺!?」

「とりあえず、詳しい事を聞きたいだけだから」

「嘘吐け! 完全に疑っているだろう! 自慢じゃないが、俺には力はないぞ!」

「本当に自慢にならないわね〜」

「うるさいぞ、美姫。って、だったら、何で美姫は一緒じゃないんですか!?」

「いや、それは、ほら、まあ、あれだ」

「何なんですか! あいつだけ、えこひいき!?」

「じゃなくて、多分、彼女が犯人なら、第二の事件が腑に落ちないんだよ。
 犯人はわざわざ人目のない所へと被害者を呼び出しているんだ」

「そんなの当たり前じゃないですか!?
 これからその人物をやろうって時に、人目のある所によぶ馬鹿が何処に!?」

「いや、だからな、彼女なら人目気にしそうもないだろう」

「あー、納得」

刑事の言葉に、浩は思いっきり納得して頷き、その所為で美姫の顔に僅かに強張ったのを見逃す。

「でも、俺はずっと美姫と一緒にいたし」

「え〜、居たかしら? 記憶にないわね」

「おいおい」

「まあ、そういう訳で、署で詳しい話を聞かせてもらえるかな?」

そう言って連行される浩は、背中越しに美姫に縋るような目を向けるが、
美姫はハンカチを取り出して目元を押さえると、悲しげな声を搾り出す。

「まさか、彼が犯人だなんて思いませんでした。
 でも、別段驚きはありませんね。いつかは、こんな事をするだろうと思ってましたから…」

「って、何をインタビューに答える近所の人Aごっこをしてるかな!
 しかも、そこは、そんな人には見えませんでした、だろう普通は!」

「普通だけに捉われていては駄目よ!」

「何かいい事言ったっぽいみたいな顔してるけれど、この場合はちょっと違うと思うぞ」

「はいはい。漫才はその辺にして、同行願おうか」

そう言うと刑事は、浩を連れて行くのだった。



どうにかこうにか、完全ではないにしろ容疑が晴れて警察署から戻ってきた浩は、ぐったりと部屋の中で寝転がる。

「はぁ〜。取調べの最中にカツ丼って出ないんだな〜」

ため息とともにどうでもいい事を呟く浩の隣に腰を下ろし、美姫が力強く頷く。

「浩、私はあなたの無実を信じてたわよ」

それをジト目で見上げると、

「お前が一番、疑ってたように思うのは気のせいなのか?」

「勿論、気のせいよ。私がどれだけあなたの事を心配したか…。
 心配で心配で、食事もろくに喉を通らないし、夜もろくに眠れなかったのよ」

「……その割には、旅館の人が言うには、部屋に二人前の料理を運んだと言ってたようだが?
 それに、俺がさっき帰ってくるまで、寝ていたようにも見えたけど?」

「それは、ほら。こんな時だからこそ、ちゃんと食べて体力を付けないといけないでしょう。
 それに寝ていたのは、本当に心配で寝てなかったから、ついウトウトしちゃって……」

「…………いや、まあ良いんだけどね」

既に諦めたのか、浩は何も言わずにそのまま目を閉じる。
それに無言でコクコクと頷くと、美姫は力強く拳を握り締める。

「浩、あなたの無実は私が証明してあげるわ!」

半分ぐらいは自分の所為で連れて行かれたのだが、そんな事はおくびにも出さずに宣言する美姫を、浩はただただ黙って見詰めていた。



「ん〜、怪しい人物はこの中の誰かなのよね」

目の前に広げられた数枚の写真を見ながら呟く美姫。

「まあ、事件関係者全員の写真がある以上、その中の誰かだわな」

「ああ〜、こいつが見るからに犯人! って顔してるのに!」

「こらこら、そんな理由で決めるな。って、推理は!?」

「アリバイが邪魔してるのよね〜。一層のこと、アリバイ証言をしている奴を…」

「こらこらこら! それって、推理全くしてないから!
 力技もいい所だぞ。しかも、それで違っていたらどうするんだ!」

「もう、ぐちゃぐちゃとうるさいわね!」

「何で俺が怒られる!?」

「ああ、もう分かったわよ。推理すれば良いんでしょう。
 確か、最初の殺人も次の殺人も最初に発見したのは私と浩よね。
 で、私にこれ以上のこの件に首を突っ込むなっていう脅迫が来て……」

美姫は真剣な顔付きになって、今までの出来事を並べて行く。
と、その顔に光明が差す。

「そうか、分かったわ」

「おお、分かったのか! で、犯人は?」

「ふっ。かなり難しい事件だったけれど、私にかかればこんなものよ」

自信満々に告げると、美姫はやけにもったいぶってゆっくりと話し出す。
じれったそうにしつつも、大人しく美姫の言葉を待つ浩へ、美姫はゆっくりと腕を振り上げる。

「今回の一連の事件の犯人は、この中にいるわ。
 そして、それは………………。
 犯人はあなたよ!」

「おお! …って、俺かよ!」

「そうよ! 第一発見者を疑えって言うじゃない」

「お前も第一発見者だけどな」

「それに、部屋の中に脅迫状が置いてあったし」

「留守の間に置かれていたよな。因みに、俺はずっとお前と一緒だったけれどな。
 更に言えば、お前に脅迫状なんか誰が出すか」

「浩、自首して! お願い!」

「だから、話を聞けー! そもそも、俺が犯人だとして、動機は、動機!」

「…えっと、何となく?」

「何となくで三人も殺すか!」

「じゃあ、誰が犯人なのよ! アンタじゃないって言うのなら、誰が犯人か言いなさいよ!」

「それを調べるために動いていたんじゃないのか!?
 もっと言えば、俺の無実を証明してくれんじゃなかったのか!?」

「面倒くさくなっちゃった」

「なっちゃった、じゃないっての!」

「じゃあ、どうしろってのよ!」

「だから、それを考えろよ!」

そんなこんなで大騒ぎしている間に、再び、浩は犯人にされかかる。
いや、今度のは前とは違い、本当に犯人扱い手前といった所であった。
それを救ったのが、たまたま来ていた小学生みたいな見た目をコンプレックスに持つ、
高校生探偵、須藤進一だった。
彼の活躍により、無事事件は解決し、浩の無実も証明されたのだった。

「って、酷い目にあった……」

「浩、私は信じていたわよ」

「って、お前が一番疑ってじゃないか!」

「まあまあ、済んだことはもう良いじゃない」

「笑って誤魔化すな!」







「……で、ここは何処だ?」

「何処って、まだPCが来てないじゃない。だから、取材旅行♪」

「前にかなり酷い目にあって以来、その言葉に恐怖を感じるぞ。
 しかも、取材と称して、何も取材してなかったし…」

「今回は大丈夫よ♪」

「何が!?」

「今回は御崎市に来てます〜」

「おお〜。って、それは良いんだが、どうして俺の姿がお前の右腕に着いている腕輪になっているんだ?」

「まあまあ、気にしない、気にしない。
 ”最弱の存在”浩」

「って、意思のみを表す器物、神器かよ、これ!」

「真名の方には突っ込まないのね」

「まあな」
 
「そこにいるのは誰?」

二人の会話に割り込むように、一人の少女が現れる。
長い黒髪をなびかせる少女へと、美姫は笑いかける。

「こんにちは、シャナちゃん。ちょっとだけお邪魔してるわよ〜」

「別に本当に邪魔しなければ良い」

「久しいな、”最弱の存在”よ」

「どうも〜」

「”最弱の存在”?」

シャナと呼ばれた少女の胸にぶら下げられたコキュートスの形をした神器より、低い声が発せられる。
この声の主こそ、少女に異能の力を与えし王、”天壌の劫火”アラストールである。
アラストールは目の前の人物について尋ねてくるシャナへと、説明を始める。

「その通りだ。真名の通り、最も力を持たぬ者。
 その力は、下手をしなくても人以下という」

「そんなのと契約して意味があるの?」

愚直なまでに素直に疑問を口にするシャナへと、美姫とアラストールは苦笑する。

「確かに最弱だが、こと生き残るという事に関しては、物凄くしぶといぞ。あ奴は」

「ふーん。でも、最弱ならフレイムヘイズとしての力は弱いんじゃ。
 幾ら死に難くても、それじゃあ意味がないわ」

「その心配はいらん。当初、同じように考えた紅世の徒たちが挑んでは悉く返り討ちにあっている。
 偏に、契約者の力のおかげだがな」

「……つまり、契約して力を借りなくても、元から強かったって事?」

アラストールの言葉を整理して分かり易くしたシャナへと、アラストールは肯定の言葉を投げる。

「その通りだ。『紅の剣姫』美姫、その力は人間の時でさえ、並の徒を圧倒しておったからな
 ”最弱の存在”よりフレイムヘイズとしての力を与えられるが、
 それは本当に微々たるもので、実際の力は『紅の剣姫』自身のものという一風変わったフレイムヘイズだ」

「それって、契約した意味あるの?」

「ひ、酷い言い草だな…」

あくまでも素直に口にするシャナに、浩は少々へ込んだ口調でそうぼやく。
そんな浩をフォローするように、美姫が口を挟んでくる。

「まあ、契約するのとしないのとでは、かなり差があるしね。
 例え、こんな奴とでもね」

「お、お前まで、そんな事を…」

「はいはい、拗ねない、拗ねない。我が愛しの最弱さん」

「うぅぅ〜。最弱言うな〜」

「事実でしょう」

「うぅぅ〜、そうだけど〜」

そんなやり取りをする二人(?)を眺めながら、
シャナは今まで出会ってきたどんな徒や王たちとも全く違う浩の存在にただ驚く。

「こんなに威厳も威圧感もない奴は初めて……」

呆然と呟くシャナに、アラストールは無言ながらも何処か苦笑めいた雰囲気を醸し出し、
残る二人は気付かずに、まだ言い合いをしているのだった。



「さ〜て、御崎市にも行ったし、次は海鳴よ〜」

「って、既に着いているんだがな」

「で、海鳴に来た以上、翠屋のシュークリームよね♪」

「まあ、それに関しては否定しないがな」

「ほらほら、早く行くわよ〜」

「わ、分かったから、引っ張るな! 引き摺るな〜〜!!」

そんなこんなで美姫に引き摺られる形で翠屋へと連れて来られた浩だった。

「とりあえず、シュークリーム10個ください♪」

「……えっと、3……いや、4つで!」

「か、かしこまりました。暫くお待ちください」

二人の注文にやや顔を引きつらせつつ、女の子は奥へとオーダーを伝える。
それから程なくして戻ってくると、

「すいませんけれど、今は丁度10個しかありませんので、少しお待ちいただいて宜しいですか?」

「ええ、良いわよ」

二人の了承を得ると、その女の子はその旨を伝えに戻る。
それから少しして、二人の目の前には10個のシュークリームが姿を見せる。
早速、それを手にしようとした浩だったが、その手を叩かれる。

「こっちは私のよ! アンタのは、後から来るでしょう」

「おいおい。食べている間に出来るだろうから、そっちを寄越せ!
 っていうか、普通はそうするだろうが!」

「何を言ってるのよ! 私はね、あなたが憎くて言っているんじゃないのよ。
 ただ、浩に焼きたてのできたてを食べてもらおうと思って……」

「そ、そうだったのか。って、そうそう騙されるか。
 本音は?」

「単に意地悪したいだけ♪」

「ふざけるな!」

「何? やろうっての?」

「……大人しく待ってます」

「分かれば良いのよ♪」

さめざめと幅太の滝涙を流す浩の前で、美姫は淡々とシュークリームを収めていくのだった。
美姫が全て食べ終えた頃、ようやく奥からシュークリームが姿を見せ、浩の視線はそちらへと釘付けとなる。

「来た来た〜」

嬉しそうに席にやって来る女の子を待っていると、美姫の携帯電話が鳴る。

「もしもし〜、美姫ちゃんよ〜。
 ああ、式? どうしたのよ? うん? ああ、そう、そうなの。
 分かったわ。うん、それじゃあ」

用件を終えて携帯電話を仕舞った美姫へと、今の電話の内容を尋ねようともせず、
浩はようやく席へと置かれたシュークリームに手を伸ばそうとして、その手を掴まれる。

「な、何をする! これは俺のだぞ!」

「それどころじゃないのよ。今、式から電話があったんだけれど、アンタのPCが届いたんだって」

「ふーん。でも、セットアップは式に頼んでるし」

「アンタ、そんな生ぬるい考えでどうするのよ!
 セットアップが終わったら、すぐにSSを書かないといけないのよ!」

「いや、誰も急がないとは言ってないだろう。これを食べてから戻れば…」

「それじゃあ遅いのよ! ほら、さっさと行くわよ!」

「そ、そんなぁ〜〜」

美姫の剣幕に押され、浩は無理やり席を立たされる。
そんな浩の手に、美姫がそっと手を重ねる。

「ほら、また次に来たときに食べれば良いでしょう。
 今回は諦めなさい」

「美姫……。この手の中の伝票は何だ?」

「ふふ、ご馳走さま♪」

「ちょっと待て! 俺、一口も食ってねぇぇ!」

「ほらほら、レジのお姉さんが困ってるわよ」

「うぅぅ〜」

美姫に促され、浩はなくなく会計を済ませるのだった。
店を出た二人は、急ぎ駅へと向かう。

「はぁ〜、はぁ〜、な、なあ。
 は、走る必要ってあるのか?」

「気分の問題よ。もふもふ」


「き、気分って、そんなので走らされているのか、俺は…。
 ……って、何を食ってる!?」

前を走る美姫が、片手に紙袋を持ち、片手に何かを掴んで食べているのを見て、浩は速度を上げて横に並ぶ。

「おおー、速い、速い。やれば出来るじゃない」

「はぁっ、はぁっ……。って、シュークリーム!?」

「ふふふ♪ 浩が会計している間に、さっきの4つを包んでもらったの。もふもふ。
 ん〜、し・あ・わ・せ〜♪」

「はぁ〜、はぁ〜。そ、それって、俺のじゃないか!
 寄越せ、じゃなくて、返せ!」

浩は美姫の左手が持つ袋へと手を伸ばす。
驚くほどあっさりと袋を取り戻せた事に首を傾げつつ、その軽さに嫌な予感を抱く。
袋の中を恐る恐る覗けば、案の定、空っぽだった。

「うぅぅ、酷い……。って、美姫、その食べかけを寄越せ!」

「あ〜ん……。んぐんぐ。っぱっぁぁ〜。
 うん? 何か言った?」

「あ、あんまりだ……」

落ち込みつつも、走る速度が落ちないのは、偏に美姫の常日頃の教育による賜物だろうか。
兎も角、二人は駅へとひたすらに急ぐのだった。




かくして、何とか更新できるようになったPCの前に座り、ひたすらにキーボードを叩く浩と、
その後ろで愛刀の紅蓮と蒼焔を入念に手入れする美姫という日常が戻ってきたのだった……。

「いつの間に、それが日常に!?
 んな日常、嫌じゃぁぁぁ!」

「ほら! 手が止まってるわよ!
 叫ぶ暇があるのなら、さっさと手を動かしなさい!」







おわり









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