『とらコロ』






第八話 「年末」





二学期最後の終業式も終え、恭也たちは家路へと着く。
その帰り道で、美由希は通知表を広げる。

美由希「まあまあ、かな。体育の成績は、あ、これは裏になってるんだ」

そう言ってひっくり返そうとする美由希に、那美が話し掛ける。

那美「そんなに良かったの?」

美由希「うーん、良くはないけど、悪くもないって所かな。那美はどうだった?」

恭也「那美さんはきっと良いんでしょうね」

那美「まあ、悪くはないと思うけど。ただ、体育がちょっとね」

そう言って苦笑いする那美に、美由希が言う。

美由希「ちょっと見せてもらっても良い」

那美「別に良いけど、はい」

そう言って、那美は美由希に通知表を渡す。
受け取った那美の通知表を見て、美由希は一瞬目を疑い、何度か擦った後、もう一度見る。
そして、少し驚いたように呟く。

美由希「この学校って、10段階評価だったんだ」

那美「ちょっと待って!」

恭也「ま、まさか!」

その後、美由希は自分の成績表の裏側に書かれた体育の項目が10というのを見つけるのだった。



   §§



恭也「そう言えば、今日の夕食どうしますか」

那美「そう言えば、今日はおばさん居ないんだったね」

恭也「ええ、何でも同窓会とかで。それで、今日は外食でも良いという事ですけど」

その言葉に、美由希が真っ先に手を上げて答える。

美由希「じゃあ、お寿司にしよう! それも回ってないやつ」

那美「な、何を言ってるのよ」

驚く那美と違い、恭也は笑みさえ浮かべて見せる。

恭也「ええ、いいですよ」

那美「良いの!?」

美由希「本当に!?」

これには、言った本人である美由希も驚く。
恭也はそんな二人、特に美由希を見て、笑顔のまま言う。

恭也「その代わり、年越せませんけどね」

美由希「ごめんなさい」



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那美「あ、ちょっと薬局によっても良い?」

恭也「ええ、良いですよ」

美由希「何を買うの? ……薬局にはお姉様は売ってないよ?」

那美「そんなもの買いません!」

恭也「薬局には、って何ですか!? 何処に行っても売ってませんよ!」

二人の突っ込みに、美由希は照れたような笑みを見せるのだった。



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恭也「へー、最近は色々と売ってるんですね」

那美「恭也くんは、あんまり薬局に来ないの?」

恭也「いえ、そんな事はないんですが。
   あ、これは何ですか」

恭也はそう言って、近くにあった見本商品を取る。
それを見て、美由希が言う。

美由希「ああ、それは体温計だよ」

恭也「これが体温計ですか。でも、目盛りとかがないじゃないですか」

那美「これは、ここにデジタル表示されるのよ」

恭也「へー、そうなんですか」

美由希「あははは。薬局に滅多に来ない恭也くんには、珍しいものなんだね」

恭也「いえ、と言うよりも、家には体温計とかないですから」

那美「え、何で!?」

恭也「うちって、かーさんも自分も今まで風邪を引いた事がないので、今まで特に必要としなかったもので」

美由希・那美「「…………」」

恭也の言葉に、二人は暫らく無言でお互いを見た後、徐に口を開く。

美由希・那美「「健康って事だよね」」

恭也「その間は何なんですか!」



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那美「まあまあ」

恭也「うぅ、まあ良いですけどね。でも、どうして一瞬で計れるんでしょうね」

那美「詳しくは知らないけれど、何でも、赤外線を使っているらしいよ」

美由希「出してるの!?」

那美「いや、そうじゃなくて、人から出てる赤外線を読み取るのよ。
   何でも、それが体温と比例してるとかで」

言いながら、那美は恭也の体にそれを近づけて体温を計る。

那美「ほら、こうして一瞬で計れるのよ」

恭也「へ〜」

美由希「って、那美、その体温!」

那美「えっ!?」

一人首を傾げる恭也の前で、二人はそこに表示された数値に驚いていた。

『38.1℃』

恭也「どうかしたんですか?」

二人の前には、顔が少し赤い恭也が首を傾げていた。



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あの後、急いで帰ってきた三人は、すぐに恭也を寝かせる。

恭也「あー、どうりで少し熱っぽいかなー、とは思ってたんですよ」

那美「38℃を少しとは言わないよ」

そこへ、救急箱を探していた美由希が戻ってくる。

美由希「駄目ー。全く薬の類がないよ」

那美「本当に、今まで風邪とは無縁だったんだね」

美由希「その代わり、何か、包帯とか消毒液、化膿止めにに鎮痛系の傷薬に赤チンなんかがたくさん出てきたんだけど」

那美「何で、そんなに?」

美由希「後は、湿布がたくさん」

恭也「あー、最近、間接が痛んで……」

那美「美由希、保険証持ってきて! ちょっと年確かめよう」



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結局、薬がないと分かり、美由希が買いに行く事にする。

美由希「どんな薬が良い?」

那美「どんなも何も、だから風邪薬だって」

美由希「いや、そうじゃなくて、錠剤か粉かとか」

恭也「色々あるんですね」

美由希「うん。どれにする? あ、水薬……」

恭也「錠剤でお願いします!」

美由希の言葉を遮るように恭也は言い放った。



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美由希が買って来た薬を飲み、恭也は横になる。

那美「そう言えば、小さい頃、トローチとか良く舐めたなー」

美由希「ああー、分かる。薬なんだけれど、甘くて美味しいのよね」

那美「そうそう。風邪も引いてないのに、引いたって言っては舐めたりとか……」

恭也「そんなに美味しいんですか?」

那美「あ、やっぱり恭也くんは知らなかったか」

美由希「美味しいも何も、その所為で、私の子供の頃の夢はお医者さんだったよ」

恭也「ケーキ好きの子供がケーキ屋さんと言うようなものですね」

苦笑する恭也だったが、不意に眠気に襲われる。
それを察した那美が立ち上がる。

那美「そろそろ薬が効いてきたんだね。それじゃあ、私たちは下に行くから。
   何かあったら、呼んでね」

恭也「ありがとうございます」

美由希「本当に遠慮はいらないからね。欲しい物があったら、言ってね。
    何なら、添い寝でも……」

恭也「結構です! って、何入ろうとしてるんですか!」



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階段を降りながら、美由希が話し掛ける。

美由希「でも、これで夕飯……」

那美「そうだね。仕方がないわね。私が作るわ」

美由希「そんな、悪いよ」

那美「良いって。美由希には、薬局まで薬を買いに走ってもらったんだし」

美由希「いや、そうじゃなくて、私たちまで倒れたら、誰が恭也くんの面倒を見るの?」

那美「悪いって身体にって事なの!?」



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恭也「……ん、んん」

恭也が目覚めると、暗い部屋の中、一つの影があった。

桃子「あら、起きたの」

恭也「かーさん……」

桃子「な〜に? どうしたの。ひょっとして、甘えたくなったとか♪」

何処か嬉しそうに言う桃子に、恭也は軽く首を振ると、

恭也「いや、ただかなり盛り上がっていたんだなと……」

恭也の視線の先には、桃子の頭へと注がれており、そこには、パーティーなどでよく見かける三角のとんがり帽子が乗っていた。

桃子「ええ、とっても♪」



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翌日、恭也の部屋に全員が来ていた。
桃子は体温計を恭也へと向ける。

恭也「あ、それ買ったんだ」

桃子「まあね。……と、36.5℃」

表示を見て、桃子が呟く。

桃子「どうやら、もう大丈夫みたいね」

恭也「もう大丈夫」

那美「良かったね、恭也くん」

美由希「うん、良かったよ」

恭也「二人のお陰ですよ。ありがとうございました」

那美「いや、私らは大した事してないよ」

美由希「うん。何か、ドタバタしてただけだし」

恭也「そんな事ないですよ」

そう言って笑う恭也に、二人も笑いかける。
そんないい雰囲気の中、桃子が何を両手に持って話し掛ける。

桃子「さて、元気になった事だし、この事について、ゆっくりと話しましょうか」

桃子の手に持っていた物は、恭也と美由希の通知表だった。
にっこりと笑いつつも、後に何やらどす黒いものを見せる桃子に、恭也は布団を持ち上げ、その中へと包まって隠れる。
一方、もう一人の当事者である美由希は、それを見て、慌てた声を上げる。

美由希「ああー! ずるいよ、恭也くん! 私も入れて〜〜!!」





おわり










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