『Triangle Fate stay/hearts』






第二話 「突然の襲撃!?」





日が半分以上沈み、薄暗くなっていく茂みの中で、恭也は目の前に横たわる女性を静かに見下ろす。
女性の言葉を信じて従ったが、確かにその通りで、薄っすらと透けて見えていた女性の姿が、
今ははっきりと見え、その顔にも赤みが差している。
疲れたのか眠る女性の顔を改めて見て、恭也はその美しさに目を奪われる。
その唇から艶かしい声が零れ、恭也は顔を赤くする。
どうやら起きそうもないと考え、地面に寝かしておくのもどうかと恭也は女性を抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこというのをした状態で、恭也は神社を向かうか家へ向かうか悩む。
と、女性――キャスターの目が薄っすらと開く。
まだ寝ぼけているのか、やや焦点のあっていない瞳でぼんやりと恭也の顔を見上げ、
その近さに顔を赤くさせると、一気に意識が浮上する。
現状を確認するべく、意識を失う前の出来事を思い返し、更に顔を赤くする。
顔を恭也から背けるようにしながら、不意に自分が抱き上げられていることに今更ながらに気付く。

「えっと、もう大丈夫よ。だから、降ろして頂戴」

キャスターの言葉に頷くと、恭也はゆっくと降ろす。
地面へと降り立ったキャスターは、自分の足がしっかりしている事を確認する。
ゆっくりと自身の身体を確認するように、魔力回路を確認していると、キャスターは驚いたように恭也を見る。

「驚いたわ。偶然とは言え、あなたは魔術師だったのね」

「はぁ? いや、俺はそんなのではないが…」

「嘘!? だって、たった一回の魔力補充でここまで回復するなんて普通はありえないわ。
 もしかして、自分で気付いていないだけなのかしら」

「何の事かは分からないが、俺は霊力とかはそんなにないらしいぞ」

「そんな。ちょっとごめんなさい」

言ってキャスターは恭也の胸に手を当てると、目を閉じて何か呟く。
現状の把握をしなければいけないと何処かで思うが、
それでも目の前の不思議な出来事に対する好奇心の方が先に立つ。
恭也は何をされるのかは分からないが、敵意がない事からされるがままにする。

「…確かに、魔術回路もないし、魔力も少ない。なのに、何で?
 っ! …これは。魔術回路がないんじゃないわ。魔力が大きすぎて、魔術回路が見えないんだわ。
 ここまで集中しているのに見えないなんて…。
 それに、何なのよ、この魔力の量は!」

突然叫び出すキャスターに、恭也はやや身を引く。
それにより、キャスターは自分が叫んだ事を理解して頬を微かに染める。

「悪かったわね。突然、叫んだりして」

「いや。それよりも、魔力がどうとか言うのは?」

「そうね。もう無関係ではいられないでしょうから、説明してあげるわ。
 貴方の魔力は並の魔術師以上なのよ。魔術回路までは分からないけれど、魔術師の家系じゃないのね」

「ああ。うちの家系は魔術師なんかはないな」

恭也の言葉に若干の驚きを見せつつも、キャスターは続ける。

「膨大な魔力があっても、それを制御できないと意味がないのよ。
 ましてや、それを逃がすことも出来ないとなると、身体がそれに耐え切れなくなるわ。
 そうね、コップにそのコップの容量を超えてまで水を入れることなんて出来ないでしょう。
 この場合、コップがあなた、魔力を水だと思って頂戴。
 魔術を行使する際、必要な分だけの魔力をコップに注ぎ込むのよ。
 そして、本来、魔術師はその量を自分で調整できるの。でも、貴方はそれが出来ない。
 魔術師は蛇口を持っていて、それによって量を調整しているの。
 でも、貴方は蛇口がないって所ね。どう、分かる?」

一瞬、恭也が難しい顔をしたのを見て、キャスターは分かりやすく噛み砕く。
どうにか恭也が頷いたのを見て、更に続ける。

「だから、一度魔力を使うと、際限なく流れ続けるの。
 そうなると、魔力が完全に尽きるか、受け止めるコップが壊れるかしないと止まらない。
 どっちにせよ、命に関わる問題よ。だから、貴方の身体には、蛇口代わりとなる蓋がされているわ。
 今の例えで言うと、受け止める方のコップと、水を出すための蛇口の両方に。
 だから、一般の人よりも低い魔力しか感じられないのよ」

キャスターの言葉に納得するも、だから、それがどうしたのかという顔になる。
それで今までに困った事はないし、これからも問題ないのなら、別にそのままで良いと恭也は考える。
逆に、今の話からすると、その蓋を外すととんでもないことになるという事は分かった。
と、そんな恭也へ、キャスターが嬉しそうな声を出す。

「これなら、大きな魔法も連発できるわ。
 蓋をされた状態だけれど、サーヴァントへの供給には新たな魔力のバイパスが作られたから、
 そっちから充分過ぎるほどに流れてくるし。これなら…」

言っている言葉の意味はよく分からなかったが、何処となく嬉しそうにしている事と、
どうやらもう大丈夫そうだという事で、恭也は邪魔しないようにこの場を立ち去る。
それに気付かず、キャスターはあれこれと作戦を練り始めていた。



  △▽△



「ふむ。もうすぐ日が沈むな。仕方ない、鍛錬は深夜までお預けだな」

恭也は空を見上げ、日が沈みかけている事を確認すると、上へではなく下へと降りて行く。
自宅へと向かってランニングしていると、不意に声を掛けられる。

「ちょっと尋ねたい事があるんだが、良いか?」

高い背に長い髪を首の後ろで一つ束ねた男が恭也へと声を掛ける。

「何でしょうか」

「いや、この辺で少しおかしな波動を感じてな。
 で、何かおかしなものでも見なかったかと思ってな」

「具体的には?」

「あ〜、それがどういったもんかってのは、俺にもよくわかってねぇんだわ。
 ただ、何となくおかしなものでも、人でも良いから見なかったか?
 後は、違和感みたいなもんだな。……ん? お前さん、もしかしてマスターか」

「マスター? 母は確かに喫茶店を経営してますけれど、俺はマスターでは…」

「はぁ? あははは。悪い、悪い。どうやら、こっちの勘違いみたいだな。
 で、可笑しなってのはどうだ?」

「…うーん。いえ、特に思い当たりませんね」

キャスターの事を怪しいとも思っていないのか、恭也は本心からその言葉を口にする。
男は恭也が嘘を言っていないと悟ると、小さく頷く。

「そうか」

「お役に立てなくて、すいません」

「いや、お前さんが謝る事じゃねえって。ったく、うちのマスターの阿呆が面倒な事を言わなければ…」

言って頭をガリガリと掻く男を眺めながら、恭也は目の前の男がかなりの使い手だと見ていた。

(獲物は……長物。槍のようなものか)

立ち振る舞いや小さな動作から間合いを読み取る恭也の様子を見て、男は口元を吊り上げる。

「ほう。お前さん、人間にしては中々の腕と見たが」

「いえ、自分はまだまだです。貴方には敵いそうもない。……って、人間?」

「ん? ああ、まあ、その辺りは聞き流しといてくれ。
 それよりも、自分で言うほど弱くはないようだがな。なんつーか、よく分からん間合いだな。
 一般的な剣よりも短い感じか? ショートソードか?」

「貴方は、長物ですね。それもかなりの長さ。槍とか」

「正解だ。俺の獲物は槍だ。時間があったら、お前とは一度やってみたいもんだな」

「ええ。俺もです。尤も、敵わないでしょうけれどね」

「それはどうかな? 勝負はやってみないと分からんぞ。
 と、ランニングの邪魔をしたな」

「いえ。では、これで」

お互いに小さな笑みを交し合うと、二人は分かれる。
恭也はそのまま自宅へ、男は恭也の来た方へと歩き出すのだった。



  △▽△



高町家へと帰ってきた恭也は、玄関を入るなり漂ってくる匂いに鼻を鳴らす。

「もうすぐ夕飯か」

空腹の所にこの匂いを嗅ぎ、恭也の食欲は更に刺激される。
とりあえず着替えを用意し、恭也は汗を流すために風呂場へと向かう。
シャワーを浴びながら、キャスターから聞いた話を思い返す。
自分に魔力があるという事。
そして、それが使えないように封じられているという事。
しかし、そんな事は今まで聞いたこともなかった。
もしかしたら、士郎なら何か知っていたのかもしれないと思いつつ、汗を流していた恭也は、
ふと自分の左の二の腕に変な痣が出来ているのを見つける。

「ぶつけた覚えはないんだがな? しかし、何かの模様にも見える痣だな」

痛みも感じないので、そのうち消えるだろうと、恭也はすぐにその事を忘れる。
それからシャワーを終えてリビングへと戻った恭也は、ニュースを見ながら夕飯を待つ。

「恭ちゃん、お帰り〜」

「ああ。お前も今、帰ってきたのか?」

「うん。あ、またこのニュースやってるんだ」

「このニュース?」

「うん。ほら、隣の冬木市で急に眠りについたかと思ったら、そのまま目覚めないって言うやつ。
 今ので、三人目らしいよ。何か、怖いね」

「ああ。原因不明らしいからな。どう気を付ければ良いのかは分からないが、身体には気を付けないとな」

「うん。あ、あいたたた」

恭也の横に腰を降ろそうとして、美由希は顔を顰める。

「どうかしたのか。……左足か。一体、どうした」

「あ、あははは〜。えっと、その……。
 さざなみ寮の階段で、落ちそうになった那美さんと助けようとしたんだけれど…」

「庇って落ちたのか、一緒に落ちたのか。どっちにせよ、それで怪我したんだな」

「はい、その通りです」

反省するように俯く美由希の左足へと手を伸ばす。

「きょっ、恭ちゃん。な、なに!? っ!」

行き成り触れてきた恭也に驚くも、痛みに顔を顰める。

「はぁー。軽い捻挫か。ここまではどうやって帰ってきたんだ?」

「耕介さんが車で送ってくれたの」

「そうか。後日、お礼を言わないとな。ともあれ、お前は明日、フィリス先生に診てもらえ。良いな」

「うん」

「それと、今日の鍛錬は中止だ」

「でも…」

「でも、じゃない。また、前みたいに無理すると、数日も休む事になるぞ」

「分かった」

恭也の言葉に美由希は納得し、大人しく言う事を聞くのだった。



  △▽△



深夜の鍛錬を軽めにして、恭也はいつもよりも早く帰路に着く。
何故なら、恭也は夕食後、士郎の持ち物で物置へと放り込んでいたものを整理し、
そこから一つの封筒を見つけたからだ。
そこには、恭也の生みの親である夏織が士郎へと宛てたものと、恭也へと宛てたもの二種類の手紙が入っていた。
それを読むために、こうして少し早めに切り上げたのだ。
見つけたのがかなり遅くなってからだったのと、後ろ暗い事はないのだが何となく気まずい思いから、
その手紙を隠し、恭也は鍛錬へと出てきていた。
と、恭也は固い金属のぶつかり合う音を聞き、そちらへと足を向ける。
人気の全くない、小さな公園。昼間は小さな子供たちが遊ぶそこで、二人の男が斬り合っていた。
その速度は凄まじく、恭也もやっと目で追える程度だった。
二人の男の顔、正確には一方を見て、恭也は小さく驚きの声を洩らす。
青い身体にぴったりとフィットした服を来た赤い槍を持つ男に見覚えがあったのだ。
夕方、帰りに会ったあの男だった。
鍛錬かと思い、暫く見ていた恭也だったが、一瞬、槍の男と目が合ったような気がした。
だが、気のせいだろうと思い、恭也はその場を立ち去る。
本来の恭也なら、これが鍛錬などではなく本当の殺し合いだと分かったかもしれないが、
距離が遠かった事と、夏織の手紙のことがあり、本人は自覚していないながらも、気が急いていたのだろう。
恭也はその場を後にすると、家へと向かうのだった。



  △▽△



帰宅途中で、恭也は自宅へと向かう途中の道を曲がり、全く関係のない場所をランニングする。
人気のない路地までやって来ると、足を止める。

「で、何か用ですか」

「うーん、まあ、用と言えば用なんだが。
 駄目だなー、こんな夜中に出歩くのは」

「まあ、色々ありまして。で?」

言って恭也が振り返ると、塀の上に槍を肩に担いだ夕方の男が立っていた。
男は危なげもなく幅20センチ程の場所に立ち、恭也を見下ろす。

「いや、本当は嫌なんだが、目撃者は消せってマスターの奴がな」

「マスター? 目撃者? ひょっとして、さっきの鍛錬相手ですか」

「はぁ? 鍛錬? あれが?」

「違ったんですね」

恭也の言葉を聞き、男は顔をしまったと歪めると頭を掻き毟る。

「しまった。すまんな。今のは俺のミスだ。あれを鍛錬だと思っていたんなら、それで通すべきだった。
 はぁ、本当は嫌なんだがな。許せとは言わない。だから、大人しく殺されろとも言わん。
 精一杯、抗ってみせな。本当はこんな形ではやりたくなかったんだがな…」

本当に嫌そうな顔をしながら、地面へと軽く降り立つ男に対し、恭也は背中より小太刀を一刀取り出す。

「事情はよく分かりませんが、殺されるのはごめんです」

「だろうな。一応、名乗っておこうか。俺はランサー、いや、クーフーリンだ。
 本当は、真名を明かすのはマスターが嫌がるんだがな。
 お前は聖杯戦争には関係なさそうだし、完全に俺のミスだったからな。せめてもの手向けだ」

二人の間に緊迫した空気が流れる。
先に仕掛けたのはランサーだった。
鋭い突きが恭也へと迫る。
しかし、恭也はそれを受け止めるのではなく、受け流す。

「やるな」

「……さっき公園で見たのは、こんなものではなかったですよ」

「確かにな。なら、もう少し速度を上げるぜ。付いて来れるか!」

言って放たれたランサーの突き三連撃を取り出したもう一刀と合わせて受け流す。

「ほう、ニ刀流か。アーチャーの野郎と同じか。面白い」

言って楽しそうに笑うと、ランサーは更に速さを増す。

「くっ」

全ての動きを追うのが辛くなってき、恭也は僅かに攻撃を掠らせる。
それでも致命的な一撃だけは何とか防ぐ。
ランサーは攻撃の手を休めると、目を細める。

「ほう。本当に大したもんだな。ただの人間がここまで…。
 本当は、もう少し遊んでいたいが、そうも言ってられないんでな。
 悪いが、次で決めさせてもらうぞ」

言って腰を落とし、静かに構えるランサー。
次は本気の一撃が来ると感じ、恭也は神速の用意をする。
例え神速を用いても、何処まで通じるのか怪しいが。
胸中でぼやきつつ、恭也はその一撃を待つ。
ランサーから放たれた一撃。
目視できるかできないかの一撃を、恭也は空気の乱れだけで察知し、神速へと入る。
神速の中でも殆ど衰えないその一撃を身を捻って躱すが、脇が掠り地面へと倒れる。
薄っすらと血が滲むが、致命傷ではない。
立ち上がろうとした恭也の前に、しかしランサーが立ち塞がる。

「驚いたぜ。まさか、今のも避けるとはな。しかも、一瞬とは言え、とんでもない速さで動きやがるな。
 このご時世に、大したもんだ。それだけに残念だが」

言って本当に残念そうな顔をしつつ、ランサーは止めを刺さんと槍を振りかぶる。
それが振り下ろされる直前、恭也が一瞬とはいえ死を覚悟した瞬間、恭也を中心に光る円が浮かび上がる。
それは二つ三つ四つを増え、恭也を囲むと次いで無数の文字が浮かび上がる。

「まさか、召喚陣か!? やぱり、こいつはマスターなのか!?
 いや、違う。今から召喚するのか!?」

驚いてその場を飛び退いていたランサーは、自身の脚力の所為で開き過ぎた距離を一気に詰めるべく走り出す。
やらせまいと槍を持つ手を後ろへと引き絞り、一本の槍と化す。
その切っ先が恭也へと届くかと思われた時、固い金属のようなものにぶつかり、槍の方向がずれる。
間に合わなかった事を悟ったランサーは、すぐさま距離を開けると目の前に現れた女を見据える。

「一体、何を呼び出しやがった。今、確認できているのはアーチャーにバーサーカーだけ。
 残るは、セイバー、ライダー、キャスター、アサシンのどれか…。さて、何が出やがる」

ランサーの見詰める先で、一人の女性がゆっくりと恭也へと顔を向ける。
月を背にしたその女性の美しさに、恭也は我を忘れて魅入る。
そんな恭也へと、女性は静かに問い掛けるための言葉を発する。

「貴方がマスターですか?」



つづく







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