『刻まれる時の彼方 〜Duel Heart of Eternity Sword〜』






13話 恭也対大河





地面に深々と突き刺さったトレイターをさしたる力も篭めていないような感じで引き抜き、
そのまま斬り上げる。だが、その時には既に恭也は一跳びして大河から数メートルの距離を開けている。

「おいおい。人間って鍛えればあそこまで跳躍できるのかよ。
 と言うか、先手必勝のつもりだったんだが……」

「確かに力の篭もった良い一撃だ。
 だが、単調すぎる上に動きに無駄が多すぎる。
 その所為で、振り下ろすタイミングから、その軌跡までが簡単に読める」

大河に美由希にするように説教めいた事を口にする。
そんな様子を眺めながら、ユーフォリアは同意するように頷くと独りごちる。

「恭くんは後の先を取る戦い方も出来るから、先手必勝を狙うならもっと鋭く早く踏み込まないとね。
 恭くんの動体視力、反射神経を舐めていたら逆に返り討ちにあうよ。何せ銃弾すら見切るんだもの」

恭也には神速は使わないように念を押しておいたが、あの楽しそうな雰囲気を見ると、
場合によっては使いかねない。その事を思い、ユーフォリアは難しい顔をする。

「妹に教えていた所為もあるんだろうけれど、指導心に火がついたのかしら。
 それとも、純粋に大河と戦いたいだけなのかな。どっちにしろ、無理はしないでよ」

無駄だろうな、と諦め半分で呟くユーフォリアであった。
そんな心配を余所に、恭也はこちらに向かってくる大河を楽しげに見遣る。
だが、その表情は全く変化しておらず、他の者にはそれと気付かないであろうが。
ナックルに形状を変化させて突っ込んでくる大河をぎりぎりまで引き付け、拳が当たる瞬間に横に躱す。
突進の勢いのまま擦れ違っていく大河の背中へと向かって、恭也は擦れ違いざまに蹴りを放つ。
それにより大河は自身の突進の力に加え、恭也の蹴りの威力で前へと勢いよく転がる。

「その突進力は凄いが、躱された時の事を少しは考えるべきだな。
 今、俺は避けて後ろから攻撃をしたが、もしその進路上に膝があったらお前は自分の突進力でダメージを喰らうぞ。
 膝ではなく、突き立てた刃だったら? 首の位置に剣を寝かせていたら?」

「くっ!」

恭也の言葉を聞きながら、大河は立ち上がると今度はランスへと変化させて再び突っ込む。
同じように躱そうとする恭也だが、大河の突進に違和感を感じて躱すのではなく前へと出る。

「なっ! くそっ!」

大河は恭也に近付いたところで突進を緩め、横へと振るつもりだったランスを向かってきた恭也に突き出す。
それを掻い潜り、大河の懐へと潜り込むと大河の腹に拳を打ち付ける。
小さく呻くも倒れ込まずに後ろへと飛ぶ大河。

「何で分かったんだ?」

「少し違和感を感じたからな。だが、最初に今のをやられていれば、上手く躱せたかは分からないが」

「最初からやってても、お前なら躱しそうだけどな。
 まあ、さっき恭也に言われたからちょっと考えてみたからな。どっちにしても、最初からは無理だ」

殴られた個所を押さえていた手を除け、大河は笑いながらトレイターを剣へと戻す。
そんな大河に恭也は小さく微笑を浮かべ、改めて大河の成長速度に目を見張る。
言われた次の瞬間にそれを直すのは、そう簡単な事ではない。
元々、大河は武術をやっていなかったから、型に嵌っていないのだとしても、だ。
まだ荒削りではあるが、武術の基本も知らないのにここまでやる大河という男に、
恭也は美由希とはまた違った楽しみを抱く。

「いくぜ!」

大河はそう宣言すると恭也へと三度向って行く。
今度は剣のままで恭也へと斬りかかり、恭也が躱すと力でもって剣を返す。
上から下、右から左。
何度も繰り出される攻撃を、しかし、恭也は全て寸前の所で躱す。
攻撃が当たらない事に焦りを抱きつつ、大河は恭也に反撃させてなるものかと更に繰り出す速度を上げていく。

「連撃は良いが、お前のは単に躱された攻撃を無理矢理引き戻しているだけだ。
 一撃目と二撃目は、攻撃が来る位置こそ逆だが、その通る個所が全く同じだ
 だから、一撃目を避けた後、動かなければ二撃目は自然と当たらない」

言って恭也は大河の上からの斬撃を躱し、下から来る斬撃に対して前へと出る。
大河の腕が上へと上がるより早く、恭也の足がトレイターの柄を踏み付ける。
だが、召還器で強化された力で大河は恭也ごとトレイターを振り上げ、しかし、恭也はそれさえも計算しており、
大河がトレイターを振り上げると同時にトレイターを蹴って宙に身を舞わす。
そのまま大河の頭上を超え、背後へと回り込むと振り向きながら放った大河の横薙ぎを屈んでやり過ごし、
お返しとばかりに反撃に転じる。
振り下ろされた恭也の斬撃をトレイターで受け止め、反撃しようとした大河の眼前に小太刀の切っ先が迫る。
恭也の出した突きを躱し、トレイターを横に構えたときには、今度は右から。
それを弾けば下、斜め上、また右、左、突き。
上下左右、正面に斜め方向、更には恭也自身が移動しながら攻撃してくるので、
同じ右からの斬撃でも、出てくる位置が遠くからだったり、自分の身体の近くであったり。
完全に防戦一方へと追い込まれながらも、本人も気付かぬ内に大河は楽しそうな笑みを浮かべる。
一刀に攻撃をかろうじて受けながら、大河は瞬時にトレイターを剣から三節棍へと変化させ、
手元側の一節部分で攻撃を受け止めると、左手で二節目を握り三節目を恭也へと向かって振り抜く。
攻撃中の恭也へとカウンターのように繰り出した攻撃に当たる事を確信する大河であったが、
恭也は向かってくる三節棍の三節目を空いている手で受け止めると、そのまま力任せに引っ張る。
たたらを踏みつつ引っ張られるのを堪えると、大河も武器を取り戻そうと力任せに思い切り引っ張る。
瞬間、恭也は手を離し、結果として大河は盛大に後ろへと転ぶ。
急ぎ立ち上がる大河の懐近くに既に恭也は潜り込んでおり、胸元を掴むとそのまま投げ飛ばす。
今度は受け身を取り、すぐさまトレイターを突き出す。
転がった状態での攻撃故に軽く恭也に弾かれるが、その隙に立ち上がると距離を開ける。
だが、恭也はそれをさせまいとすぐに距離を詰めて再び一刀による攻撃を繰り出す。
小太刀の間合い故に、大剣の形態ではいまいち防御が追いつかず、服のあちらこちらが切り裂かれる。

「くそっ!」

服だけを切らせ、薄皮一枚で避けているのではなく、恭也が傷つけないようにわざとそうしていると分かっており、
思わず舌打ちする。攻勢に周るべく、大河は無理やりにトレイターで恭也の攻撃を受け止めると、力のみで振り抜く。
が、恭也がその瞬間に刃を寝かせ、トレイターを滑らせる。
逆に無防備となった大河の堂へと刃を返して峰で打ちつける。
膝を着きそうになるのを堪え、大河は恭也の小太刀を持つ腕を掴む。

「よ、ようやく掴まえたぜ。身体を打たせてその首貰ったぁぁっ!」

「言いたい事は分かるが、最早合っている間違っているの問題どころじゃないな」

最も間合いの短いナックルへとトレイターを変化させて、大河は恭也の顔へと拳を打つ。
腕を大河が掴んでいるために飛び退く事は出来ず、空いている手は右手。
対して大河の攻撃は恭也の左側から。
これで決まると確信する大河の視界を恭也の映像が右から左へと流れていく。
続けて恭也の腕を掴んでいた腕に痛みを、右頬には地面の感触を感じる。
何が起こったのか分からないながらも大河は強引に身体を起こし、
それに合わせるように大河を解放した恭也が落ちていた小太刀を回収し距離を開けて対峙する。

「つっ。今、何が起こったんだ」

まだ痛む左腕を押さえつつ、恭也からは目を逸らさない。
大河自身は何が起こったのか分からなかったが、少し離れた所で二人の戦いを見ていた何人かにはそれが見えていた。

「掴まれていた腕を逆に掴み返したんですよね。
 早すぎてよく分からなかったんですけれど、それだけでどうして大河くんが倒れたんですか」

ベリオがよく分からなかったという顔で思わず思った事をそのまま口にすれば、
隣で聞いていたカエデがそれに答える。

「師匠の足を払ったでござるよ。それだけではないでござる。
 掴まれていたのは肘と手首の丁度、中間あたりでござった故に手首は自由に動くでござる。
 恭也殿は小太刀を捨てて、師匠の腕を同じように掴んだ上で足を払ったでござる」

「その忍者の言う通りよ。更に言うなら、大河は足を払われて何が起こったのか分からなくなったのよ。
 その隙に大河の手から腕を引き抜いて、逆に大河の腕を極めたの。
 なのに大河はそれに気付かずに強引に起き上がろうとしたから、恭くんが大河を解放したのよ。
 じゃないと、下手をすれば折れてたわよ」

「師匠はそれに気付いてはおらぬでござるが。
 それにしても、先ほどの恭也殿の腕の極め方は本来は腕を折る、もしくは刃を突き立てて斬るといった所でござるか」

「正解よ。本来は投げると同時に相手の腕を落とす技よ」

カエデの台詞に感心したような声で答えつつ、ユーフォリアは皆に気付かれないように視線を移す。
恭也に――ではなく、ミュリエルへと。
試合が始まってからずっと鋭い視線で恭也たちの戦いを、より正確に現すのなら恭也を見ているミュリエルを。

(まるで観察するような目が気になるのよね。
 本人の言うように、救世主候補たちの力を知っておくというのなら、その視線はあっちにだって向かうはずなのに)

再び恭也へと突進する大河を軽く一瞥し、ユーフォリアはもう一度ミュリエルを見る。
何かを確かめる、いや、見極めようとしているような視線に恭也も勿論気付いている。
だからこそ、試合が始まってからずっと小太刀一刀と体術のみで相手をしているのだ。
飛針や鋼糸は数に限りがあるというのもあるが。
ミュリエルの意図が分からない以上、素直に全てを見せるつもりはない。
つまりはそういう事である。
これ以上は考えても無駄だろうとユーフォリアは思考を中断し、恭也たちの試合へと集中する。
見れば、大河はまたしても大振りの攻撃を繰り出している。
ただ試合前とは違い、僅かとはいえ考えて攻撃しようとしているのだけは分かる。
尤もそれはまだまだ甘いとしか言いようがなく、実際恭也には全て読まれている。
純粋に力比べをすれば召還器の力がある分大河の方が上だろう。
だが、それは純粋に力だけを見ればだ。
常に全力の大河に対し、恭也は力に緩急を付け、全ての攻撃を正面から受けるだけでなく受け流す。
速さでも大河の方が上だろう。短距離走でもすれば、大河の方が先にゴールするであろう。
だが実際には恭也の方が早く見える。
それは大河はただ早く動いているだけで、恭也は早く移動しているから。
これは攻撃の速度にも言える事で、一撃一撃を全力で振るう大河に対し、恭也はフェイントも交えて常に何撃か放つ。
故に恭也の方が攻撃が早く見えるだけで、全力での一撃を比べれば恭也の方が遅い。
誰も気付いていないようだが、ユーフォリアは現時点での能力をそう判断する。

(腕輪は身体能力を上げると言っても、殆ど防御方面だってパパも言ってたし……。
 恭くんと相談して鍛錬内容を見直さないとね)

二人の戦いを見ながらそう結論を出すと、今度は大河の方を見遣る。

(それにしても、本当に無駄が多いわね)

大河の攻撃や防御、動き全体を見てユーフォリアは知らず呆れたような表情を浮かべるがすぐにそれを消す。
ユーフォリアが思った事、これが現状を作り出している要因であった。
恭也の攻撃は大河と比べると圧倒的に無駄が少ないのである。
それに加え、読みの鋭さというのもある。
故に恭也の方が上のように見えているのである。
今も大河が攻撃を繰り出すと同時に恭也の身体は動いて、大河の攻撃が届く頃には恭也の身体はそこにはない。
それを躱されたと思い、大河は再び距離を開ける。
と、恭也の視線とユーフォリアの視線が偶然にも合う。
一瞬の交差。その間にユーフォリアは恭也の言いたい事を悟る。
それに対する言葉を視線に乗せて返す。
以心伝心、そんな感じのやり取りを一瞬で行ったと理解し、ユーフォリアは一人悶えるように頬を押さえて笑みを零す。
急にそんな事をすれば気持ち悪がられるかもしれないが、他の者は皆二人の試合に集中していて気付いていなかった。
大河がランスへと変化させたトレイターを手に突っ込み、途中で踏み止まるとランスを投げる。
それを躱して恭也が前へと出る。
奇襲が失敗して武器を失った大河が慌てたように恭也から逃げるがすぐさま追い付かれる。
恭也の小太刀が振り抜かれる瞬間、大河が小さく笑みを見せ、

「トレイター!」

自身の召還器の名を叫ぶなり、それに応えるように大河の手にトレイターが姿を見せる。
恭也の一撃をトレイターで受け止めるとそのまま振り上げ、恭也の小太刀をその手から弾き飛ばす。
大河は恭也を逃がさないとばかりに前へと地面を蹴り、身体ごと恭也にぶつかり地面へと倒れ込む。
恭也の上に乗るような形でトレイターの切っ先をその喉元に突きつける。

「はぁー、はぁっ、ど、どうだ!」

「……見事だ。俺の負けのようだな」

「よっっっしゃぁぁぁぁっ!」

息も荒く、それでも勝利の叫びを上げる恭也に苦笑しつつ恭也は飛ばされた小太刀を回収する。

「……刃こぼれしているな」

あれだけの攻撃を受けたのだ。例え受け流していたとしても、それも当然かと鞘へと戻す。
ユーフォリアの元へと戻りながら、恭也は鍛治屋がないか後で聞こうと考える。
そんな恭也の元に鬼のような形相でリリィが近づいてくると、問答無用とその胸倉を掴み上げる。

「ア、アンタ、何私以外の奴に負けているのよ!」

「……そうは言うが」

リリィから視線を逸らしつつ、ユーフォリアの方を見る。
ユーフォリアはその視線を受けて、可笑しな所はなかったと気付かれないように頷く。
二人は揃って視線をミュリエルと向ければ、何とも言いがたい顔をしたミュリエルが何か考え込み始める所であった。
とりあえず、今の試合に不信感を抱いている感じではない。
次いで再び視線を合わすと、試合中に視線を交わした際の意思交換は問題なかったと確認し合う。
が、自然と目を逸らされた形となったリリィは、無視されたと思ったのか締め上げる手に更に力を込める。

「リ、リリィさん、少し力を……」

「煩い、このバカ!」

「こらー! 恭くんから手を離せ!」

流石にまずいと思ったのかユーフォリアが怒りながらリリィを引き離しに掛かり、
闘技場の真中では未だに興奮冷めやらぬといった様子の大河が高笑いを続けていた。





つづく







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