『黒き剣士と妖精』






第二話





ヘリオンは目の前で倒れている青年の姿に慌てて駆け寄る。
どうやら気を失っているだけで怪我などは見受けられない。
その事に安堵しつつ、何故こんな人の来ないような場所に倒れているのかと不思議に思う。
だが、今はそんな事よりも彼をどうするかである。
見捨てるわけにもいかず、連れて帰るのが一番なんだろうが、如何せん今は城に異常があったようなのだ。
だとすれば、自分はまずは城に駆けつけるべきで、その後もう一度ここに戻ってくるのが一番だろう。
幸い、気を失っているだけだし。
そう結論付けると、少しの間放置することを謝罪して青年に背を向けようとしたヘリオンだったが、
件の青年が小さな呻き声と共にどうやら目を覚ましたらしい。
なら、少しここで待っているようにとだけ告げようとヘリオンは恐々と話し掛けようとして、
中々話し掛けることが出来ずに居た。

「え、えっと、その…」

冷たいという訳ではないが、憮然とした青年に気後れしているのである。
一方の青年、高町恭也の方は別に気に入らないことがあり、ヘリオンを睨みつけているのではなく、
ただ自分の置かれた状況が全く分かっていなかったのである。
まだぼーっとする頭を軽く振り、ようやく目の前にヘリオンが居る事に気付く。
そこまで鈍い反応をする自分に苦笑しつつ、恭也はここが何処なのか尋ねる。
自分は部屋で寝ていたはずなのに、どうして外にいるのかと。
だが、目の前の少女ヘリオンは不思議そうに首を傾げる。

「えっとですね。ここが何処なのか教えてもらえませんか?
 どうして俺はここに居るんですか」

『すいませんが、何を仰っているんですか?』

ヘリオンの口から紡がれた聞き慣れない言葉に恭也もまたきょとんとなる。

「えっと、ひょっとして言葉が通じてないんですか」

『えっと、ごめんなさい。何を言っているのか分からないんですが』

お互いに意思の疎通が出来ないと分かり、二人は揃って黙り込んでしまう。
だが、この状況を知るためには目の前の少女から聞くのが早く、
下手に歩き回るわけにもいかないと恭也はもう一度話し掛けてみる。

「ここは何処ですか?」

「ここ?」

「そう、ここです」

言って地面を指差す恭也。
そのジェスチャーをじっと見つめていたヘリオンは、ぽんと一つ手を打つ。

『ここは洞窟です。あなたはここに倒れていたんです』

言って同じように地面を指差す。
幾つかの単語を拾い上げる事はできたが、どれが地名なのか分からずに恭也は肩を落とす。
それを見てヘリオンも肩を落とし、恭也は慌てて顔を上げる。

「そう言えば、まだ名乗ってもいませんでしたね。自分は高町恭也と言います」

首を傾げるヘリオンへ恭也はやはり通じていないかと肩を落としそうになるが、自分を指差す。

「高町恭也」

ヘリオンも恭也を指差す。

『たか…きょうや』

「そう。恭也です」

『恭也。それがあなたの名前ですか』

「恭也」

『恭也』

ヘリオンの言葉に頷く恭也に、ヘリオンは今度は自分を指差す。

『ヘリオンです』

『ヘリオンです』

『ああ、そうじゃなくてヘリオン。ヘリオン』

「ああ、ヘリオンさん」

『違います! ヘリオン!』

「ヘリオンさん」

『ヘ・リ・オ・ン』

「ヘリオン」

『そう! そうです!』

ようやく通じたことに喜ぶヘリオンと、少しでも違う単語をつけただけで通じない事を確信する恭也。
通じないのではなく、この場合はお互いに抜けているというか。少し考えれば敬称だとお互いに気付きそうなのだが。
ともあれ、どうしたものか困る恭也に対し、ヘリオンは気になっている事を尋ねる。

『その地面に突き刺さっている剣はあなたのですか?
 だとしたら、もしかして恭也さんはエトランジェ? でも、神剣としての力は弱そうだし』

「あ、あの…」

『ああ、ごめんなさい。私ったら、考え込んでしまって』

何を言っているのかは分からないが、頭を必死に下げているのを見て謝っていると理解すると、
大丈夫と示すように手を広げて見せるも、ヘリオンはペコペコと何度も頭を下げる。
困った恭也はそっと手を伸ばし、そっと頭を撫でてあげる。

『ふぇっ!? あ、ああ、いや、あの、えっと。これは!?』

が、余計に慌てさせたみたいで、恭也は両手を合わせて頭を下げる。

「どうもすいません。行き成り過ぎましたか」

『あのですね、嫌とかじゃなくて、私たちにこんなに優しくしてくれる人が居ないので、戸惑ったと言うか。
 あ、と言ってもユートさまとかは優しいんですけれど、って今は関係ないですよね。
 兎も角、顔を上げてくださいお願いします!』

恭也が謝っているというのを理解し、ヘリオンは更に慌てるも恭也は顔を上げようとしない。
何度上げるように頼み込んでも言葉が通じずに頭を下げたままである。
困ったヘリオンはようやくさっきの恭也の仕草の意味を理解し、恭也の頭に手を置いて撫でる。
ゆっくりと恭也が頭を上げたのにほっと胸を撫で下ろし、恭也もまたヘリオンの行動から理解してくれたと悟る。

『あ、ああ! こんな所で時間を潰している場合じゃなかったんでした!』

ほっと互いに胸を撫で下ろして空気が緩んだ頃、突然、ヘリオンが大声を上げる。
驚く恭也に謝りつつ、ヘリオンは事情を説明する。

『今、お城に何か起こっているみたいで、私は駆けつけている途中だったんです!
 えっと、えっと』

説明するも通じていないとすぐに悟り、ヘリオンはどうしようか迷う。

『えっと、ここで待っていてください』

地面を指差し、恭也を指差し、両手を広げてストップとばかりに押し留める仕草を見せる。

『えっと、私が戻ってくるまで待っててください』

「えっと、ここでヘリオンが戻ってくるのを待っていれば良いのですね」

ヘリオンの仕草から大体を読み取り、恭也は自分を指差し、ヘリオンを指差し、地面を指差す。

『そうです。待っていてくださいね』

もう一度念押しするヘリオンに頷いたのを見て、駆け出していく。
その後ろ姿を見送り、恭也はここが何処なのか改めて考えるが答えが出るはずもなく、すぐに諦めて目を閉じる。





 § §





城のあちこちから火の手があがり、兵士たちの死体が転がる中をヘリオンは悲痛な顔で駆け抜ける。
本来、人へと危害を加えることが出来ないはずのスピリットたちがこれをやったという事は、
途中で息も絶え絶えの兵士より聞いた。
スピリットたちを奴隷のように扱ってきた人間に対して少なからず憎しみがないとは言わないが、
それでもこれはやり過ぎだとヘリオンは悲しみに瞳を揺らす。
今は一刻も早く殿下の下にと館へと足を進める。
途中、襲撃者と思われる者との遭遇もなく無事に辿り着いたヘリオンは、そこに悠人たちの姿も見つける。
だが、悠人は意識がないらしくエスペリアに支えられているようである。

「す、すいません遅くなりました! 何があったんですか」

勢い込んで聞くヘリオンに、エスペリアは事のあらましを語って聞かせる。
突然、今までのスピリットとは違う気配を持つサーギオスのスピリットが襲撃してきたこと。
それにより、ラキオス王が殺されたこと。
何とかレスティーナ殿下は無事であったが、悠人の妹佳織が攫われた事などを。
あまりの事態に言葉を無くすヘリオンであったが、レスティーナは毅然とした態度でその場に立つ。
身分不相応な野望を抱き、自分以外を駒として見ていた男でも自分の父親である。
悲しみがない訳ではない。それでもレスティーナは涙を堪えて立つと、謁見の間に集まるように命令を下す。
それを受けて散っていく兵士たち。
レスティーナは悠人たちにも謁見の間に来るように告げると、一足先に向かう。
目を覚ました悠人を連れ、謁見の間へと集ったヘリオンや文官たちを前に、
レスティーナはこの戦乱を終わらせることを、女王として自ら指揮をとる事を宣言する。
父親と違い、聡明で優しいレスティーナの人望は高く、
側近や民だけでなく少数とは言えスピリットたちからも歓声が上がる。
たが、ラキオスの重鎮として前国王に仕えていた者たちは否定的であるのだが。
レスティーナは外だけでなく、内側の敵にも気を付けなければならない己の立場を嘆く事無く、
出来ることからやっていこうと動き始める。
そして、悠人もまたそんなレスティーナを信じ、妹を取り戻すために力を貸す約束をするのだった。





 § §





南方に位置するマロリガン共和国と同盟を結ぶべく準備をするレスティーナと、
戦いに向けて日々鍛錬をこなして行く悠人たち。
そんな日々の中、ヘリオンには一つだけ増えた日課があった。
それは…。昼も大分過ぎて訓練も終えた後、ヘリオンは山へと向かって歩き出す。
草木を掻き分け、谷を文字通り飛び降り、見つけ難い洞窟の奥へと進むこと少し。
その奥で木の枝で作った小太刀サイズの棒を振り回していた恭也は、ヘリオンの気配に動きを止めて振り返る。

『お待たせしました。これが夕食です。こっちが明日の朝と昼で』

言って三つに分けた包みを恭也に差し出す。

「ありがとう」

お互いにまだ言葉を理解していないが、多少の単語なら分かるようになった二人は単語でこうして会話をする。

『今日も剣の訓練ですか』

言って素振りの真似をするヘリオンに恭也は頷く。
本来ならレスティーナなり、悠人なりに報告すべき事なのだが、
あまりにも忙しそうな二人を見ていて、もう一週間近く経つというのに未だに報告できていないヘリオンであった。

(でも、このままだといけないし。うん、明日にでもユートさまに相談してみよう。
 もしかしたら、ユートさまなら恭也の言葉を分かるかも)

ようやく最近少しだが落ち着いてきたみたいなので、明日にでもと決意するヘリオン。
そんな様子を眺めながら、恭也は腰を下ろす。
辺りを見れば、ヘリオンが何かと物を持ってきてくれたお陰か、毛布に始まり細々とした物が幾つか増えている。
その事に感謝しつつ、恭也はいい加減気になっていた事を聞いてみようかと思い至る。
実は、結構初めの頃に気にはなっていたのだが、何となく聞きそびれていたのだ。

「ヘリオン」

『はい、何ですか』

恭也の呼びかけに対し、恭也の正面に座り込むとじっと見つめる。
まだ言葉だけでの疎通が難しいため、お互いにジェスチャー混じりで会話しているためである。
恭也は地面に突き刺さった剣を指差し、

「これは何ですか?」

『??』

意味が伝わらなかったのか首を傾げるヘリオンに、恭也はもう一度剣を指差す。
黒い刃を持つ両刃の剣を。

『神剣がどうかしたんですか? そう言えば、恭也は何故、それを使って訓練しないんですか?』

剣を振る真似をするヘリオンに、恭也はこれを抜けと言っているのかと思い立ち上がると剣の柄に手を掛ける。
ヘリオンはヘリオンで自分の言葉に対して、それを抜いて見せようとしていると思い、それをただ見つめる。
恭也の手が柄に掛かり、そっと力を込めるとあっけないほどあっさりと剣は抜ける。

「抜きましたが、それで…」

【……私を、消えそうな私を助けてくれたのは誰?】

「な、何だ?」

行き成り頭の中に響くかのように聞こえてきた声に驚き周囲を見渡す恭也に、声の主は弱々しい声で応じる。

【初めまして。あなたが私の使い手、マスターね】

疑問符を浮かべる恭也へと、声の主は構わずに続ける。
その声は依然弱々しいものであったが、多分に喜びが混じっている。

【あのまま消えるかと思ったのに、今はこんなにも力が…。
 でも、マスターは事態を把握していないみたいですね】

「まさか、お前か」

呆然と呟いて手に持った剣を見つめる恭也へと、肯定を示す意志が伝わってくる。
信じられないと見つめる恭也に向かい、声は強く伝える。

【永遠神剣第十位、禍因(かいん)よ。ティアと呼んでくださいマスター】

「何故、ティアなんだ?」

思わずそんな素朴な疑問を口にするのは、余裕ゆえなのか、余裕がないからなのか。
ただ剣を手に恭也は困ったようにヘリオンへと助けを求めるべく視線を向けるのだった。





つづく







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