『マブハート』






第2話





放課後、特に何らかの部活動に参加している訳でもない恭也は、
いや、仮に所属していたとしても三年のこんな時期にまで参加している者はいないだろうが。
兎にも角にも、放課後のHRが終わるや否や、恭也は鞄を手に帰宅するために教室を後にする。

「お、恭也、もう帰るのか」

「ああ。武はまだ帰らないのか」

「いや、帰る所だ。そうだ、久しぶりにゲーセ…」

「タケルちゃん、掃除当番でしょう!」

「ちっ」

武の後ろから声を掛けた純夏に対し、武は聞こえない程度に小さく舌を鳴らす。
ぶつぶつと文句を言いながらも純夏の手から箒を奪うように取る武へと、恭也は軽く手を振る。

「それじゃあな」

「ああ。また今度な。……ったく、純夏のくせに真面目に掃除なんてしやがって」

「なにをー! 私はいつだって真面目だい。
 大体、タケルちゃんが不真面目過ぎるんだ…あいたっ! ま、また叩いたなっ!」

また始まったいつものやり取りを背後に聞きながら、恭也は教室を出る。
靴を履き替えて校門へと出た所で、丁度美由希と出会い、二人はそのまま帰宅へと着く。
話しながら帰る二人だったが、時折、後ろを振り返るといった事を繰り返す。
それを何度か繰り返した後、恭也は足を止めて完全に後ろへと振り向く。

「御剣さ……冥夜もこっちの方なのか」

「ああ、その通りだ。別段、兄妹の会話を特に邪魔だてする気もない。
 私の事は空気だとでも思い、気にするな」

名前で呼ばなかった途端に悲しそうな顔をされ、慌てて言い直した恭也へと冥夜は微笑を見せて言う。
その言葉を聞き、二人は思わず顔を見合わせて再び帰り道を行くが、やはり後ろからは冥夜が付いて来る。
付かず離れずの距離を歩く冥夜に、恭也は再び足を止める。

「同じ方向なら、一緒に帰ろう」

「本当に良いのか?」

恭也の言葉に一瞬だけきょとんとした顔をした後、冥夜は恐る恐るといった感じで尋ねる。
その様子に苦笑を洩らしつつ恭也が頷くや、冥夜はその横に並ぶ。
恭也を挟んだ隣では、美由希がふくれ面をしていたが恭也は気付かない振りをして冥夜へと話し掛ける。

「所で、気になってはいたんだが、その包みなんだが」

「うむ。朝方、そなたたち二人は気付いたように刀だ。
 銘を皆琉神威(ミナルカムイ)と言って、御剣家の宝刀だ」

言いながら冥夜は刀を取り出し、鞘から少しだけ抜いて見せる。
慌てて止めようとする恭也だったが、その隣で美由希が恍惚とした表情でそれを見る。

「うわー、綺麗」

「そうか。そう言ってもらえると、これも喜ぶだろう」

言ってそっと微笑む冥夜の手を恭也が握り、その事に慌てつつも喜ぶ冥夜と、睨み付ける美由希の前で、
恭也はそのまま刃を鞘の中へとしまい込む。

「冥夜、今は人通りがないとは言え、一応ここは街中だ。
 刃物を無闇に出すものじゃない」

「そ、そうであったな。すまない、恭也。
 私としたことがうっかりしていた」

「いや、分かってくれれば良い。それと、お前もちょっとはその辺りを気にしろ。
 全く、人の趣味をとやかく言う前に、刀に目の色を変える女子高生というのもどうかと思うぞ」

「うっ、うぅぅ、反省してます」

二人に注意をし、恭也は止まっていた足を動かす。
その両横に並びながら、二人はこっそりと笑い合う。
同時に叱られた事による連帯感でも生まれたのか、何となく空気も軽くなったような気がして、
恭也は理由は分からないまでも、悪くなるよりもずっと良いと追求する事はなかった。



結局、冥夜はその後も恭也と美由希と一緒に歩き、とうとう高町家までやって来てしまう。
それを見て、恭也は冥夜の家の方が遠いのかと考え、冥夜に別れの言葉を投げると家の門を開ける。

「ただいま」

「ただいま〜」

二人がそう挨拶をして家の中へと入ると、その後ろから当然のように冥夜も入ってくる。

「今、帰った」

「「はっ!?」」

冥夜の台詞に二人は揃って冥夜へと振り返る。

「冥夜、ここは俺たちの家なんだが」

「そうだよ。まあ、上がるんなら構わないけれど。うちはお客さん歓迎だし。
 でも、その場合はお邪魔しますなんじゃ…」

「いや、別に間違ってはいないぞ」

二人の当然のような言葉に、しかし冥夜ははっきりとそう断言する。
訳が分からずに冥夜を注視してしまう二人の背後から、いつの間にやって来たのか、新たな人物が現れて声を出す。

「お帰りなさいませ、冥夜様、恭也様」

「ああ、ご苦労月詠」

学校にも現れた冥夜付きのメイド長、月詠真那が不意に現れた事に二人は驚き振り返る。

(こ、今度は気付かなかった。そうか、朝のはわざと勘付かせるようにしていたのか)

単純に驚いている美由希とは違い、恭也は改めて目の前の月詠を注意深く見遣る。
その視線に気付いたのか、月詠が小さな笑みを見せ、二人の視線が宙でぶつかる。
そんな二人の雰囲気に気付かずに家へと上がり、鞄を月詠に差し出す冥夜。
それを恭しく受け取り、恭也とのやり取りを中断すると月詠は背を向けて奥へと入って行く。

「って、ちょっと待ってよ! 何がどうなっているの!?」

当然の美由希の疑問に恭也も同じ思いを抱くも、二人は既に奥へと行っており、
仕方なく恭也も続けて上がると奥へと向かう。
二人の行き先はリビングらしく、恭也が中へと入ると、
困ったような顔をした晶とレン、なのはが一斉にこちらを見る。

「あー、とりあえず、説明をしてもらえるんですよね月詠さん」

「はい、勿論でございます」

冥夜から二歩ほど後ろに控えた月詠はそう言うと、懐から丸く包まれた一枚の紙を取り出して冥夜へと手渡す。
それを受け取った冥夜は、紐でされていた封を解き、紙を広げると恭也へと渡す。
差し出されたソレを受け取り、中に目を走らせた恭也は思わず動きを止める。
それを不審に思ったのか、美由希たちもそれぞれその紙を覗き込み、同じように動きを止める。
暫し動きの止まった恭也たちを面白そうに眺める月詠と、腕を組んで胸を張って立っている冥夜。
やがて、最初に再起動を果たしたのは美由希であった。
美由希は肩を震わせ、恭也の持つ紙を指差し、月詠を睨み付ける。

「なんなんですか、これは!
 不純異性交遊許可証って、何なんですか!」

「読んで字の如くですが。そこに書かれた両名、つまり恭也様と冥夜様の交友を認めるという証ですね。
 ちゃんと、恭也様の母君と内閣総理大臣のサインがあると思いますけれど」

言われ、全員が慌てて最後の部分を確認する。
間違いなく、桃子のサインがしてあり、その横に月詠の言うお方のサインと丁寧に印までがしてあった。

「これ、本物なんですか…?」

晶の疑問に、月詠は当然とばかりに頷く。
その横で冥夜は胸を張って、綺麗な姿勢のままやや自慢するかのように少しだけ胸を張る。

「そういう訳だ、恭也。これで、何も遠慮する事はないぞ」

「そんな訳ないでしょう! 大体、仮にこれが本物として、それがどうしたって言うんですか!
 それに、家にいる理由にはなってませんよ!」

「む、これではまだ分からぬか。確か、美由希と申したな。
 つまり、この許可書がある以上、私と恭也の仲は国公認という事だ。
 ならば、住居を共にしても問題なかろう」

「ある、ある、絶対にあります! 第一、こんな事、かーさんが許す……ゆ、許す……。
 う、うぅぅ」

一人大声を上げて反対していた美由希だったが、途中で頭を抱えて呻く。
それを見ながら、後ろでは晶とレンが美由希には聞こえないように気を使って小声で話す。

「多分、桃子ちゃんならあっさりと許可するんだろうな」

「せやな。それが分かっているからこその苦悩なんやろ」

「そもそも、あの許可書に桃子さんの名前がある時点で、既に許可が出ているようなもんだしな」

「晶、それは言うな。美由希ちゃんもきっと理解しているんや。
 ただ、ありのままの現実を見られへんだけや」

「それって、現実逃避じゃないのか」

顔を見合わせた二人は、そろって美由希へと視線を戻して憐れむような視線を送る。
一方、今まで無言だった恭也は、ようやく再起動したのか、
手にした紙を突如逆さにして視線だけで破ろうとするかの如く、その紙をじっと文字通り穴を開けんと見詰める。
そんな恭也へと、なのはがやや引き攣った笑みで声を掛ける。

「お兄ちゃん、逆さにしても、そんなにじっと見詰めても書いている内容は変わらないと思うよ」

恭也のこの行動の意味をよく理解してなかった晶たちも、なのはの台詞にようやく納得したように頷く。
そんななのはへと、恭也は真顔で振り返るとしゃがみ込み、その肩にそっと手を置く。

「なのは、少し頬を抓ってみてくれ」

「い、良いの」

「ああ」

「そ、それじゃあ」

恭也の最後の催促になのははおずおずと手を伸ばし、その頬と軽く抓る。
その一連の動作を持って、恭也はようやく納得したように一つ頷く。

「ふむ、痛くない。やはり夢か。
 それもそうだな。幾らかーさんでも、こんな事をするはずない」

「えっと、お兄ちゃん」

困った顔をするなのはへと安心させるように微笑むと、恭也は立ち上がり自室へと向かおうとする。
その背中へと、冥夜が声を掛ける。

「どうした、もう休むのか恭也。まあ、色々あって疲れたのだろうから、仕方ないな。
 私の方も今日はこれから色々と忙しい故、これで失礼するとしよう。
 また後でな、恭也」

恭也へとそう告げると、冥夜は恭也よりも先にリビングを出て行く。
その後に月詠が続き、ふと足を止めて冥夜は恭也へと振り返る。

「そうそう。今日は引越し祝いとして、月詠が腕を振るう故、楽しみにしておくが良い」

「それでは失礼致します」

言うだけ言った冥夜が去って行くと、月詠は一礼してから冥夜の後を追う。
二人を見送った恭也は、疲れた顔で晶とレンを見る。

「これは現実か」

恭也のその言葉に二人が揃って頷いたのは言うまでもないだろう。



その夜、月詠が振舞った料理の数々に高町家の面々が舌鼓を打ち、夕食は和やかなまま終わりを迎える。
食後のお茶を頂きながら、皆が話をし始めた段階になり、ようやく恭也が桃子へと話を切り出す。

「さて、今回の一件はどういう事だ、高町母」

恭也の言葉に桃子は笑って誤魔化そうと試みるも、恭也の逆側から美由希のもの問いたそうな視線も感じ、
仕方なくといった感じで話し始める。

「始めに言っておくけれど、別に私が言い出したんじゃないからね。
 数日前に、そちらの月詠さんから連絡があって、私はただ許可をしただけよ」

「本当か?」

冥夜へと確認する辺り、恭也も冥夜の正確を大よそで掴んだのか。
ともあれ、恭也の言葉に頷いたのを見て、恭也も桃子を解放する。
ほっと胸を撫で下ろす桃子を余所に、恭也は冥夜へとここへと来た理由を尋ねようとする。
だが、それよりも早く冥夜はソファーから降りて床へと正座すると、三つ指を突いて頭を下げる。

「不束者だが、これからよろしく頼む」

「あ、いや、えっとこちらこそ」

思わず冥夜の前に正座して頭を下げる恭也の横に美由希が立ち、二人を冷ややかに見下ろす。

「そうじゃないでしょう! 大体、その挨拶は何なんですか!」

「何と言われても、これが古来から伝わる挨拶のしきたりと月詠から聞いたのだが、違うのか」

「違うと言うか、何と言うか」

冥夜の言葉に困った顔をする恭也と、月詠を睨み付ける美由希。
冥夜も月詠へと視線を移せば、月詠はただ笑ってその場をそそくさと後にする。
あまりにも早い撤退に美由希はただ肩を落とすしか出来なかった。
急な居候にも年少組みたちは既に慣れたのか、晶やレンなどは月詠から幾つかのレシピを教わり、
逆に恭也の好みなどを教えている。

「なるほど。つまり恭也様は甘い物はあまり好きではないのですね」

「はい、そうですね。後は好き嫌いはないですね」

「それにしても、月詠さんの知識は凄いですな」

「いえいえ。全ては冥夜様のために身に付けたものですから」

そんな三人から少し離れた所では、なのはと桃子が冥夜と話をしていた。
始めは驚いていたなのはも、新たに出来た姉のような感覚で冥夜へと話し掛け、
冥夜も子供が好きなのか、なのはとの会話を楽しんでいた。

「それで、帰りにもの凄いスピードの車が家の近くを走ってて」

「本当に危ないわね。住宅地で道路も狭いんだから、もう少しスピードを考えてもらわないと。
 レンちゃんには感謝ね」

「母君の言う通りだな。なのはに怪我がなくて良かった。
 そなたに何かあれば、恭也が悲しむからな。勿論、私も悲しい。
 まだ大した時間を共に過ごした訳ではないが、何と言うか、ここは温かくて良いものだな」

冥夜の言葉に桃子となのはは笑い会い、冥夜は何故笑うのか分からないまでも、
バカにされている訳ではないというのは分かるので、何も言わずに会話を楽しむのだった。
その後も特に何事もなく時間は進み、恭也たちが夜の鍛錬を始めようとする頃、
冥夜もいつの間にか戻ってきていた月詠を伴ってリビングを後にする。
それを見送り、ふと恭也は桃子へと質問する。

「そう言えば、冥夜たちはどの部屋に居るんだ」

「へっ? 何の事? 自分の家に帰ったんじゃないの」

「そうなのか。どうも昼間の会話からでは、家に住むような事を言っていたんだが」

「それこそ、恭也の気のせいじゃないの。私は恭也との交際許可を求められただけよ」

「だとすれば、あれは冥夜なりの冗談だったのかもな」

恭也の言葉に美由希はほっと胸を撫で下ろし、急かすように鍛錬へと誘う。
いつも以上のやる気を見せる美由希に、恭也も少し早いが家を出るのだった。


翌日、よっぽど嬉しかったのか、安心したのか、昨晩ぐっすり眠った美由希は恭也よりも早く起きだし、
鍛錬の支度を整えると、恭也を起こそうと恭也の部屋へとやって来る。

「恭ちゃん、入るよ〜」

言って部屋へと入り、そこでそのまま動きを止める。
一方、部屋へと美由希が入ってきた事で目を覚ました恭也は、美由希へと待つように声を掛けてから、
この時期にしてはいつもよりも暖かく、柔らかくて抱き心地の良いの何かを名残惜しそうに離し、
目を開けた所で、これまた動きを止める。

「…………」

「おはよう、恭也。今日も良い天気のようだな」

呆然と固まる恭也と美由希に気付かず、冥夜はどこかうっとりとした表情で話し掛ける。

「しかし、昨日も思ったが、やはり良いものだな。
 目を覚ましたときに、すぐにそなたの顔が目に入るというのは。
 ふふ、普段は凛々しいそなたの寝顔は中々あどけないものであったぞ。
 なんと言うのだろうな。そう。その、…可愛かった、ぞ」

「…め、冥夜?」

ようやく搾り出した声に、冥夜はうんと口元を綻ばせながら恭也を真っ直ぐに見詰める。
少しはだけた和服から覗く胸元から目を逸らしつつ、やや顔を赤くする恭也に美由希の顔が引き攣る。
そんな自分の状態に気付いていないのか、冥夜は横になったまま恭也へと声を掛ける。

「そんな事よりも、そろそろ時間なのではないのか。
 美由希も起こしに来てくれたみたいだし、あまり待たせるものではないぞ」

「あ、ああ」

そこまで言って恭也は美由希がここに居ることを思い出し、慌てたように弁解しようとするが、
美由希の視線はただ一点、恭也の腕へと向かっていた。

「恭也の腕から出なければならないのは名残惜しいが、それはまた寝る時の楽しみとしよう。
 私もそろそろ起きる事にしよう」

美由希の視線と冥夜の言葉に、恭也は自分が冥夜に抱きつくような態勢を取っているとようやく気付く。
慌てて腕を離して謝る恭也へ、冥夜は起き上がりながらきょとんとした顔を見せる。

「何を謝っているんだ」

「いや、寝ている間に無意識とは言え、冥夜に抱きついたみたいだから」

「何だ、そんな事か。それこそ些細な事だ。恭也がそうしたいと思ったのなら、遠慮することはないのだぞ。
 恭也の望むようにするが良い。そのために、私はここに居るのだからな。
 それに、私も嬉しかったぞ」

上半身だけを起こして伸びをする冥夜を視界に入れつつ、美由希は静かに小太刀の鯉口を切る。
その音を聞き、恭也はすぐさま跳ね起きると美由希の手を押さえる。

「お前は何を物騒な事をしようとしているんだ?」

「物騒? ふふ、そうかもね。まさか身内から犯罪者を出すことになるなんてね。
 恭ちゃん、介錯は私がしてあげるよ。弁解は聞かない」

「犯罪って何を言っている。誤解だ! そ、それに、冥夜は何も騒いでいないだろう!」

「っ! そ、そうだけど」

弱気になった美由希を見て、恭也はこのまま強引に話を打ち切りに掛かる。

「それよりも、俺もすぐに準備を整えるから、玄関で待っていろ。ほら、早く」

追い出すように部屋から追い出し、扉を閉めて一息吐いた恭也は、すぐさま声を上げそうになって堪える。

「め、冥夜、何をしているんだ」

目を閉じて問い掛ける恭也に、冥夜は当然のように応える。

「何と言われても、私も起きるから着替えだが」

「だ、だからって、ここで着替えなくても良いだろう。
 俺がまだ居るんだから」

恭也の言うように、冥夜は恭也が居るにも関わらず、来ていたものを脱ぎ始めており、
一瞬とはいえ、恭也の目は冥夜の白い肩、そしてその下の膨らみを映していた。
照れる恭也を不思議そうに眺めながら、冥夜は当然のように告げる。

「気にするな。そなたと私の間ではないか」

困る恭也への助け舟は、意外な所から現れた。
目を閉じていたために分からないが、声のする位置からして冥夜の傍に居るのだろう月詠が、

「冥夜様、少しは恥ずかしがる方が殿方は喜ばれるのですよ」

「そうなのか」

「はい。適度の恥じらいを見せた方が…」

「そうか。……なるほど、確かに照れている恭也はなかなか…」

「ええ、可愛いですね」

二人して照れる恭也を見詰め、恭也は恭也で月詠を急かして冥夜の着替えを早く終えるように頼む。

「残念ですが時間もありませんし、冥夜様、今はお着替えの方を」

「うむ、分かった」

それから暫くして、冥夜の良いぞという声に恐る恐る目を開け、着替えを追えた冥夜を見てほっと胸を撫で下ろす。
挨拶をして月詠と部屋を出たのを見届けると、恭也も大急ぎで着替えて玄関へと向かう。
いつもの神社へと向かう道すがら、遅かった恭也へと美由希の不審な視線が飛ぶが、
恭也はそれを受け流して気付かない振りを続けるのだった。



朝の鍛錬も終え、三人で登校をしながら、美由希は冥夜へと釘を刺すように言う。

「あの、御剣さん! さすがに朝のアレはどうかと思うんですけれど…」

「アレ? ああ。だが、許可ならちゃんと」

「そういう問題じゃないんです!」

激昂する美由希に落ち着くように言うと、恭也も冥夜へと注意をする。

「まあ、とりあえずは美由希の言う事の方が正しいな。行き成り男の布団に潜り込むのはどうかと思うぞ。
 それに、自分の家に帰ったんではなかったのか」

「可笑しな事を。私の居る場所はそなたの傍以外にあるまいに」

恭也の言葉に真顔で返す冥夜へと、恭也は根気良く続ける。

「あー、そもそも、どうやって入ったんだ」

「どうも何も、そなたが寝静まった後、月詠に案内されてだが」

「それまで、何処にいたんだ」

「うむ、二階にある空き部屋を少々拝借した」

月詠なら兎も角、冥夜まで気配を絶て、
その上、自分が気付かなかったという事に少なからずショックを受けつつも、恭也は注意をする。

「まあ、事態は理解した。でも、俺の部屋に住むのは駄目だ。
 部屋が必要なのなら、昨日拝借した部屋をそのまま使ってくれ。
 かーさんには俺から言っておくから」

「しかし、私はそなたの傍が」

「こればっかりは駄目だ」

「む、そこまで言うのなら分かった」

冥夜が渋々とだが納得したのを受けて、美由希と恭也は揃って安堵する。
その横で冥夜は鞄から何やら取り出し、何処かへと連絡を始める。
それを見ながら三人は学校へと向かうのだった。



 ◇ ◆ ◇



翌日、今日こそはと昨日に引き続き早く起きた美由希が恭也の部屋へと入ると、そこには……。

「おはよう、恭也」

「…………何故、ここに居る?」

「この部屋に住む許可は得れなかったが、共に床に着く事は禁止されていないからな」

「昨日は確か、ちゃんと家から出て行ったよな」

「ああ、その事か。気付かなかったのか? そなたの部屋にもう一つ扉が出来ていたであろう。
 ほおら、あそこからだ」

「……それはどこに繋がっているんだ?」

「ふむ、私の別宅だが。無論、恭也ならば何時来ても良いぞ」

にこやかに告げる冥夜の言葉とは裏腹に、美由希から殺気めいたものが膨れ上がり始める。
それを感じながら、恭也は刺激しないようにゆっくりと身体を起こし、
美由希が行動に移る前に取り押さえようと試みる。
が、それに気づかなかったのか、冥夜は珍しく照れたように少し頬を染めて恭也へと、
いや、今この場に居る者たちにとっての爆弾を平然と投げる。

「それと恭也。…その、も、揉むなら揉むで、もう少し優しくしてくれるとありがたいのだが」

「はぁっ!?」

「はいぃっ!?」

恭也と美由希が素っ頓狂な声を上げるのにも気付かず、冥夜は照れたままで自分の胸を両手で隠すようにする。

「いや、別に嫌ではないのだ。だが、ここは結構、デリケートな部分だから、もう少し優しくしてくれると…。
 ああ、だが責めている訳ではないのだぞ。月詠からも聞いている。
 その、夜の事で男性は少々荒っぽい方が良いというのは。
 ま、まあ、恭也があれを望むというのならば、私も我慢しよう。
 そ、それで、どうであった。そ、その、私の胸は。
 男は大きい方を好むと聞いたのだが、わ、私もそれなりにあるつもりなのだが…」

「ふっふっふ。あはははは。恭ちゃ〜〜ん」

「ま、待て、誤解……ではないかもしれんが、俺の記憶にはないぞ」

「つまり、記憶にないぐらい理性を手放して本能の趣くままにって訳ね」

「ち、違う!」

またしても、朝から騒がしく一日が始まりを告げる。
だが、恭也と美由希はこの後、更に驚く事となる。
鍛錬へと出かけた家のすぐ目の前で。
何故なら、高町家の両隣と裏、まるで高町家を囲むようにして豪邸が出来上がっているのだから。
それが誰の家なのかは既に聞かなくとも分かり、またその程度はまだ良い方である。
何よりも二人を呆然とさせたのが、高町家とその豪邸の周囲数十メートルに渡り、
何もない更地が広がっている光景だった。

「恭ちゃん、もしかしなくても、これって…」

「だろうな。しかし、家の方はまだしも、何故、この周辺がこんな状態に…。
 しかも、たったの一晩で…」

呆然と呟いた恭也の言葉に、家は良いんだと思わず言いそうになるも、それを飲み込む美由希、
と、ふとある事を思い出し、恭也へと言ってみる。

「もしかして、なのはが一昨日、夕食後に話した事が原因だったり…」

「幾らなんでもそれは……」

美由希の言葉を否定しようとした恭也であったが、完全に否定しきれず、言葉尻が窄んでいく。
暫し無言で佇む二人であったが、金持ちはスケールが違うと結論付け、
何事もなかったかのように鍛錬へと向かうのだった。
尚、他の高町家の面々が出掛ける際に外へと出た瞬間、これまた驚きで数分立ち尽くしたのは言うまでもない。






つづく







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