『ぱすてるハート』
プロローグ 「始まりの終わり」
「待っていろよ、ミュウ……」
そう呟いて闇夜に紛れるように走り出す一人の少年。
少年は誰にも気付かれないようにダンジョンへと潜って行く。
どれぐらい進んだか、前方に立つ一つの影を見つけて動きを止める。
少年は目の前に立つ人物がこんな所に居るとは思っていなかったのか、呆然とその名を口にする。
「恭也……。どうしてここに?」
「多分、お前なら一人で行くと思ったからな」
「だったら、そこを退いてくれ。早くしないとミュウが!
どうしても邪魔をするというのなら」
そう言って腰の剣に手を置く少年を恭也は静かな声で制する。
「慌てるな。誰も止めようなんてしていないだろう。
第一、本当に止めるつもりなら、こんな所で待っていないで先生にでも言うだろう。
少しは信用しろ、カイト」
恭也の言葉にカイトと呼ばれた少年は剣から手を離す。
「悪い」
「気にするな。それよりも急ぐんだろう。
話は進みながらだ」
「進みながらって、お前も来る気か!?」
「当たり前だろう。
カイトやミュウには、いきなりこの世界に来て迷っていた所を助けてもらった恩があるんだから。
それに、友達が困っているのなら助けるのはそんなに変な事か?」
「でも、相手は魔王……」
「それなら尚のこと、そこへ辿り着くまでの露払いが必要だろう。
それに、個人的にそこにいるであろう甲斐那さんと刹那さんにも用があるからな。
付いて来るなと言っても無駄だ」
恭也の言葉にカイトは小さく礼を言う。
それに首を振りながら気にするなと返すと、二人は迷宮の奥へと進んで行くのだった。
§ §
幾多のモンスターを斬り伏せ、二人は奥へ奥へと進んで行く。
ここ暫くはモンスターの姿もすっかり見えなくなり、代わりと言っては何だが、禍々しい空気が辺りに漂い始める。
そんな中、この静寂を破るようにカイトが恭也へと話し掛ける。
「実習でもこんなに長いこと潜ってなかったから、時間の感覚がおかしくなってくるな」
「確かにな。だけど、時間がないのは間違いないぞ」
「ああ、分かっている」
カイトは手に力を込めつつ頷き返す。
必要以上に肩に力が入っているのを感じた恭也は、話を変えるように話題を振る。
「卒業したら、カイトたちは新大陸か?」
「うーん、多分な。恭也も行くんだろう」
「ああ。向こうの大陸には元の世界へ帰るための手掛かりがあるかもしれないからな。
まあ、その前に卒業試験をうけないといけないんだが……」
「って、まだ受けてなかったのか!?」
「ああ。今週に必要な単位を取り終わったから、今日に受けるつもりだったんだ。
だが、こんな事になってしまったからな」
「……おいおい。今日って最終日だぞ。俺が言うのもなんだけれど、ぎりぎりだな」
「まあな。だから、別の日に再試験をしてもらわないと困る」
真剣に困った顔をする恭也にカイトは声を上げて笑う。
そこから更に数階層進み、今二人の前には二人の兄妹が立ちはだかっていた。
恭也やカイトの言葉に式堂兄妹は悲しげに顔を伏せるが、それを振り切るように魔王を復活させるのだった……。
§ §
何とか魔王を倒した恭也とカイトは無事にミュウを助け出す事に成功するも、この場所に閉じ込められてしまう。
「カイト、俺は少しこの辺りを見てくるから、お前はミュウの傍に」
「ああ、分かった」
「ありがとう、恭也くん」
「いや、気にするな」
恭也は二人を残し、周囲の探索へと向かう。
一時間ほどして恭也が戻ってくると、二人は寄り添うようにして眠っていた。
そんな二人を優しく見ながら、恭也は少し離れた場所に腰を下ろし、二人が目覚めるのを待つ。
それから数時間して二人が目を覚ますと、外へと通じる階段も通路もない事を説明する。
とりあえず、外へと通じているだろうと思われる扉のある部屋へと移動した一行は、これからどうするかを相談する。
しかし、この状況に不安になったのか、ミュウが取り乱す。
疲れているであろう恭也に休むようにカイトは言うと、自分はミュウを宥めようと声を掛け続ける。
ミュウを慰めるのをカイトに任せると、恭也はゆっくりと横になる。
次に恭也が目を覚ました時には、ミュウも落ち着きを取り戻しており、外からの救助を待つことにする。
どのぐらいの時間が経過したか、恐らくは2、3日経ったと思われる頃、不意に外が騒がしくなる。
「高町! 相羽! ミュウ! 居るか!」
「この声は……」
微かに聞こえてきた聞き覚えのある声にミュウが嬉しそうな声を出す。
「さやちゃん!」
「竜胆! ここだ!」
ミュウに続きカイトが外へと声を掛ける。
それに気付いたのか、複数の足音がこちらへと向かって来る。
「先生! この向こうにいるみたいです」
竜胆の言葉に更に数人の足音が聞こえ、離れているように指示が来る。
それを受けて扉から三人が離れると、扉が勢いよく吹き飛ぶ。
その向こうには幾人もの兵士たちの姿や先生たちの姿があった。
そして……。
「良かった、三人共無事だったんだな」
「その声……。まさか、竜胆か」
驚いて声の出せない二人に代わり、恭也が目の前の女性へと声を掛ける。
三人の姿を見て嬉しそうな顔を見せていた竜胆は、しかし一転驚愕の表情を浮かべる。
「お前たちこそ、高町たちだよな……」
お互いに困惑する訳は、同い年のはずの四人の容姿がそうは見えないからだった。
竜胆の後ろから、長い金髪の女性が姿を見せる。
「多分、中と外とで時間の流れが違ったんだわ。
恐らく、この中では2、3日しか時は流れていなかったのよ」
淀みなくそう語る女性の顔に何処となく見覚えのあった恭也たちは顔を見合わせると、
恐る恐るといった感じでカイトが代表するように尋ねる。
「お前、まさかコレットか?」
「当たり前でしょう! こんな美女が他にいるとでも思っているの!?」
その物言いに、カイトは間違いなくコレットだと確信するが、そうなると成長しているのが気になる。
さっきコレットが言っていた時間の流れというやつが気になり、尋ねようとした矢先、新たな人物が姿を見せる。
「こっちの外の世界では、あれから十年が経っているんですよ。
ようやく、ようやく助け出す事ができました」
万感の思いでそう告げるベネットの言葉に、恭也たちはただ言葉を無くすのだった。
§ §
救出されたカイトたちは、任意で集まった生徒たちに祝福されて十年越しに卒業式を迎える。
これからカイトとミュウは新大陸に渡ると言っていたが、恭也はというと……。
「非常に言い辛いのですが、高町くんはその、卒業試験を受けていないので……」
「留年ですか……」
ベネットの言葉に仕方がないと溜め息を吐く恭也の横で、セレスが非常に言い難そうに言葉を告げる。
「えっと、更に言い難いんですが、十年も経っているので、その学園に籍が……」
「それじゃあ、俺はどうなるんですか?」
成長して見た目も目上になってしまったセリスに思わず敬語が出る。
それを聞きセレスは悲しそうな顔を見せる。
「カイトさんも恭也さんも、どうして敬語になるんですか?」
「そうは言われましても……。なあ、カイト」
「ああ」
「今まで通りでお願いします」
「……分かった」
「俺も了解だ。って、それよりも恭也はどうなるんだ!?」
逸れかけた話をカイトが慌てて戻すと、セリスも思い出したのか、ああ、と呟いてから続ける。
「それでですね、恭也さんには光綾へと来てもらって、そこでもう一年勉強をしてもらおうと思ってるんですよ。
どうします?」
「まあ、新大陸へと行くには冒険者にならないといけなくて、そのためには、それしかないしな。
でも、そう簡単にいくのか?」
「それはもう。ねえ、園長先生」
そう言ってセリスはベネットの方へと振り返る。
「ええ。その辺りは大丈夫です。我が光綾の方で貴方を受け入れる準備は出来ていますから」
「園長先生って、ベネット先生が?」
「はい。因みに、私は光綾の教師なんですよ」
「そ、そうか……」
「それで、どうしますか、高町くん。
このまま光綾に転入しますか?」
「……宜しくお願いします」
こうして、高町恭也の冒険科三年生としてのもう一年が幕を開けるのだった……。
To be continued.
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