『ぱすてるハート』






1時間目 「恭也、ラスタル王国の地を踏む」





ラスタル王国にある商工ギルドが共同出資で運営している冒険者育成校、光綾学園。
その学園のある街の一角で、その事故は起こった。
自転車に乗った少年と、何かを追っていた少女がぶつかったのだ。
それを横で見ていた恭也は、二人の元へと駆け寄ろうとするが、恭也が近づくよりも先に少女が起き上がり、
少年の自転車を奪って追跡を開始する。
当然、少年も黙っているはずもなく、その少女の名前を叫びながら追いかけていった。
少年の言葉から察するに、どうやら知り合いみたいなので、恭也はその場を大人しく立ち去る。

「ふぅ。確か、学園はこっちだったな」

手にしたメモに目を落としながら、恭也は光綾学園へと歩いていく。
途中にある街の様子も眺めながら、店の位置なども把握していく。
色々と周るのは後日にするとしても、学園へと続く道にある店だけは把握すべく左右にざっと視線を向ける。
既にこの世界に来て十年と少し。恭也の主観では一年も経っておらず、実際に恭也の時の流れは一年もないのだが。
故にか、やはり元の世界とこの世界をついつい比較してしまう。
世間では十年の時が流れたらしいが、何がどう変わったのか、元より学園での寮生活で殆ど街に出なかった恭也には分からない。
よく分からないままに迷い込んだ異世界で、元の世界に戻るための方法を探すため、
大陸へとその手掛かりを求め、冒険者を目指す事にしたのだが、未だに冒険者にはなれず。
こうして、その資格を得るための生活が今日より改めて始まるのだ。
改めて舞弦学園での日々を思い出し、そこで出会った二人の兄妹の事を思い返す。
十年前のあの事件――関係者から魔王事件として呼ばれる事となった事件で命を落とした二人を。
最後には敵として立ち塞がったが、死の間際にまた友と呼んでくれた古の剣と魔法の先生を。
思わず感傷に浸ってしまったがすぐに首を振ると、決意も新たにいつしか止まっていた足を動かす。
四方に道が伸びていく広場であった為か、他の人の迷惑にはならなかったのが幸いとばかりに。
そんな折、一歩目を踏み出した恭也の耳に小さな啜り声が聞こえてくる。
聞き間違いかとも思ったが自然と視線が広場の中央、
休憩スペースとし円形に配された幾つかあるベンチの一つへと向かい、そこで泣いている少女を見付ける。
他の人は気付いていないのか、気付いていても関わらないようにしているのか見向きもしていない。
恭也は少女を見付けると迷うことなく少女の方へと歩み寄り、
怖がらせないようにベンチの傍に屈みこんで目の高さを合わせ、出来る限り優しい声で話し掛ける。

「どうしたのかな?」

桃子を参考にした笑顔と口調ではあったが、果たして何処まで出来ているのか生憎と見る事が出来ず、
恭也は少女の反応を待つ。不意に掛けられた言葉に泣くのを一旦止め、恭也の方をじっと見詰めてくる。
その目には警戒している色はみえないものの、聞かれた事によって自分の現状を改めて認識したのか、
瞳にじわりと涙を浮かべ、先程よりも大きな声で泣き出しながら恭也の質問に返す。

「おかーさん!」

恭也の質問に答えたというよりも、現状を何とかしたくて出てきたのかもしれないが、
これによって恭也は少女が迷子だと理解し、したまでは良かったのだが泣く子相手に困惑する。
何とか必死にあやし、泣き止ませる事には成功するもまだぐずっている。

「お母さんとはぐれてしまったんだな。一緒にお母さんを……」

探そうと言う前にまた不安からか少女は泣き出す。
また必死で少女をあやし出すと、恭也の後ろから小さく笑い声が上がる。
馬鹿にしたようなものではなく、むしろこのやり取りを微笑ましく思っているような声色ではあったが、
当事者として泣く子の相手をしている恭也にとっては何の助けにもならない。
それよりもまずはもう一度泣き止ませて、一緒に母親を探してやろうと懸命にあやす。
そんな恭也の隣にその声の主が出てきて、同じようにしゃがみ込むと少女の顔を覗き込んだのは、
綺麗な髪を夕日の色に染め、優しい眼差しを向ける物腰も柔らかな一人の女性であった。
状況が状況ながらも思わず見惚れてしまった恭也の前で、女性は優しく少女をあやす。
手馴れたとは言えない仕草ながら、その優しい雰囲気にか少女の方も徐々に泣き止む。
思わず感嘆の声を漏らした恭也へと女性は柔らかく微笑んで見せる。
それにばつが悪そうな顔をして返し、礼を口にする。

「助かりました」

「いえ、私は別に何もしていませんから」

「そんな事はないですよ。俺一人だと何時まで経っても泣き止ます事は出来なかったでしょうし」

「そんな事はないと思いますよ。
 泣いていたこの子に声を掛けて、一緒にこの子のお母様を探してあげようとなさったぐらい優しいのですから。
 その優しさはきっとこの子にも伝わったと思います。
 それよりも私も協力しますから、一緒にお母様を探してあげましょう」

「そうですね」

女性の言葉に頷き返し、恭也は改めて先程よりも落ち着いた少女――アイカにゆっくりと話し掛け、
一緒に母親を探す事を提案する。恭也の言葉にアイカは頷くと、ようやくベンチから立ち上がる。
やはりまだ不安そうなアイカの手を優しく女性が取り、ようやくここで互いに名乗っていなかったと思い出す。

「遅くなりましたが、私は斎香・S・ファルネーゼと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は高町恭也と言います。
 ファルネーゼさん、改めて助かりました」

「いえ、本当にお礼なんて。それと、出来れば名前の方で呼んでもらえないでしょうか。
 色々と事情がありまして、姓の方をあまり呼ばれるのも」

「そうなんですか。それは申し訳ありません」

自分の姓を聞いても何事もなかったかのように対応する恭也を思わず見てしまい、その事に恭也が首を傾げる。

「どうかしましたか」

「いえ、特に驚かれなかったので」

「はぁ、そうなんですが。すみません、自分はちょっと世間には疎いようで。
 もしかして、何処かのお嬢様で何か失礼な態度でも取ってしまいましたか?」

「いえ、そういう事じゃありませんから。それに普通に応対してくださる方が嬉しいです」

「そうですか。それなら良いのですが」

と、ここで斎香の横で所在無く不安そうな顔をしているアイカに気付き、恭也は安心させるように頭を撫でてやり、
アイカの母親を探すためにアイカの言葉に従い、アイカが来た道を逆に辿って歩く。
時間帯の所為か、僅かに人波が増え始め、アイカの背丈では遠くまで見渡すことが出来なくなってくる。
親とはぐれた不安からか、人の壁を前にアイカの瞳がまた潤み始める。
それを見て恭也はアイカの前に座り込む。

「肩車だ。ほら、肩に乗って。そうすればずっと向こうまで見えるはずだから」

恭也の言葉にアイカが肩に乗るのを斎香が手伝ってやり、アイカの目線は恭也の身長よりも少し高くなる。
その光景にアイカは状況を暫し忘れて楽しそうな声を初めてその口から零す。
その事に恭也も知らず頬を緩ませ、泣き出されなかった事に気付かれないように胸を撫で下ろす。
が、しっかりと斎香には見られていたらしく、可笑しそうに笑われてしまう。
誤魔化すようにアイカへと母親がいないかと声を掛ければ、アイカが前方を指差す。
そんな態度を更に微笑ましそうに笑う斎香へと仕返しするように、恭也はそちらへと歩き出す。
急に歩き出した恭也を慌てて斎香が追うも、恭也の方も本気で置いて行こうとしていた訳ではなく、
ちゃんと少し行った所で待っていた。

「お兄ちゃん、あっち」

斎香が隣に並んだのを見てアイカが口と指を使って向かう先を示す。
それに倣い前へと進んで行った二人の目の前には一軒の屋台が。

「お母さんがこの辺りに居たんだよな?」

「帰る前に買ってくれるって言ってたの」

そう言ってじっと屋台の商品を見詰めるアイカの前で、クレープが焼かれていく。

「迷子になった娘を探す母親が来るなんて事はないですよね」

「ええ、それはないと思いますけれど」

二人は困ったように顔を見合わせ、改めて頭上のアイカを見上げる。
すると、まるで見計らったかのようにアイカのお腹が空腹を訴えるように鳴り出す。
思わず苦笑を浮かべながらも、恭也は不安が和らいでいるのだろうと解釈してクレープを三つ注文する。

「何種類かあるみたいだけれど、どれにする?」

恭也に聞かれて少しきょとんとしていたアイカであったが、すぐに嬉しそうに欲しいものを注文する。
自分の分は甘くなくボリュームのある果物の代わりに野菜や肉を挟んだものを頼むと斎香へと顔を向ける。
遠慮する斎香を促し、礼を言いながら斎香も注文をする。
出来上がった商品を受け取り、三人は再び母親探しを再開する。

「アイカちゃん、頭の上にクリームを落とすような事だけは勘弁してくれよ」

「大丈夫だよ!」

恭也の言葉に何処から来るのか分からない自信で答え、アイカはクレープの攻略を進める。
今、アイカの注意は完全にクレープに行っており、母親が居ても果たして気付くかどうか。
だが、こうして肩車していれば向こうが気付く可能性もあるだろうと恭也たちは更に進んで行く。
しかし、中々母親は見つからず、アイカの顔がまた不安そうになってくる。
それを斎香と二人であやしながら更に母親を探して歩いていると、

「アイカ!」

アイカの名前を呼びながらこちらへと駆け寄ってくる女性の姿があった。
そちらへとアイカも振り向き、その姿を見たアイカが呼んだ言葉で母親であると確信をもらい、
恭也たちはそちらへと歩き出す。
今にも飛び降りそうなアイカを両手で押さえ、母親の元へと連れて行く。
ようやく再会できた二人が涙ながらに抱き合い喜び合うのを見て、恭也も斎香もほっと息を吐く。
母親はアイカを抱擁から離すと恭也と斎香へと何度も頭を下げてお礼を言ってくる。
何かお礼をというのを断り、手を振ってお別れとお礼を言ってくるアイカへと手を振り替えし、
恭也たちは最初にアイカを見付けた広場まで戻ってくる。

「無事に再会できて良かったですね」

「ええ、本当に。斎香さんも本当に助かりました」

「いえ、私は別に。最初に声を掛けたのは恭也さんですよ。
 恭也さんがあの子を必死にあやしていたから、私はあの子に気付けたんですから」

そう言って笑う斎香の笑顔を素直に綺麗だと感じると同時に、
これ以上お礼を言っても逆に困らせるだろうとここで話を打ち切る。

「それじゃあ、そろそろ……」

「そうですね。私もそろそろ戻らないと」

互いに別れの言葉を口にし、斎香は広場を去って行く。
その後ろ姿を見送り、恭也は改めてポケットから地図を取り出す。

「さて、寮は……」

現在位置と地図を見比べ、行き先が先程斎香が去って行った方向と同じだと分かると少しだけ笑う。

「同じ方向なら時間も時間だし送って行った方が良かったかもな」

そう口にしつつも、彼女の洗練された動きの中に武術に近いものを感じて、
そうそう遅れは取らないかなどと考えながら、恭也もまた広場を立ち去るのであった。





To be continued.







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