『とらフル』
#1 久しぶりの再会
セージとネリネの二人が恭也の前に現れたその日。
当然の如く、高町家では大騒ぎとなった。
既に知っていた美由希たちは兎も角、夕食の場で恭也より紹介された桃子となのはの二人は。
「ようやく、恭也が彼女を連れてきたと思ったら、既に子供までいるなんて。
うぅぅ、もっと早く知っていれば〜。むぅ、色んな服を着せれたのにぃぃ〜」
ネリネの容姿を見て、桃子は悔しそうな顔をする。
一方のなのはは、突然出来た、それも自分よりも年上の姪に複雑な顔を見せる。
流石に、叔母さまと呼ばれたときは、即座に訂正を求めていたが。
ともあれ、セージとネリネの二人はこうして受け入れられた。
しかし、恭也にとってはここからが本題で、恭也は桃子へと転校の件を伝える。
最初は渋っていた桃子だったが、ネリネからお願いされた事と、恭也の強い意志を感じたのとで、
最後には頷くのだった。
こうして、色々な手続きや何やかんやで一週間とちょっとを高町家で過ごした恭也一家は、
遂に引越し当日を迎えたのだった。
∬ ∬ ∬
「しかし、でかいな」
魔王フォーベシイから用意された家を見た恭也の第一声がこれだった。
ネリネの想い人という少年の向かい側。
そこに聳え立つ、和風と洋風がごっちゃになった家。
「…また何て滅茶苦茶な」
門構えは和風なのに、その後ろに見えるは中世ヨーロッパを思わせる洋館。
中へと入ると庭があり、そこは日本庭園の様相を見せる。
洋館から離れた所には、小さいながらも道場があり、その周りはヨーロッパの城を思わせる庭園。
完全に和と洋がごっちゃに混在し、しかも、それが絶妙なコントラスを出すなら兎も角、
本当にごちゃ混ぜである。
「とりあえず、和風がユーストマで、洋風がフォーベシイの仕業だな」
頭を抱える恭也に、セージとネリネはただ苦笑を浮かべるしか出来なかった。
「そう言えば、二人はどうしたんだ?」
「お二人でしたら、明日こちらに着くそうですよ、恭也様。
ああ見えて、お二人とも忙しいようですから」
「そうか。それじゃあ、二人に礼を言うのは明日以降だな」
「ええ。お二人の娘さんは、今日からこっちに来るみたいですけれど」
「確か、リシアンサスとプリムラだったか?」
ネリネより聞いていた名前を記憶から引っ張りだす。
それに頷きながら、セージは挨拶は明日にしましょうと腕まくりする。
「それじゃあ、今日は徹底的にお掃除しますよ!」
「そうだな。それじゃあ、俺は荷物を中に入れよう」
「お父様、私も手伝います」
「そうか。じゃあ、頼む。
ああ、重いものは良いから、軽いものからな」
「はい」
こうして三人は着々と引越し作業をしていく。
∬ ∬ ∬
「恭也さま、申し訳ございませんが、夕飯の買い物をお願いしても良いですか?
まだ、この部屋の掃除が終わっていないので」
「ああ、別に構わないぞ。セージ、そんなに遠慮するな」
「はい。それじゃあ、メモに書いているものをお願いしますね」
言ってメモを渡すと、セージは雑巾を手に部屋へと戻る。
その後ろ姿を見送ると、恭也は外へと出て行く。
(先ほど、ネリネも出掛けたようだったが、迷子にならなければ良いが…)
そんな事を思いつつ、地図を片手に商店街へと歩いて行く。
後は歩きながら店を見付け、必要なものを買う。
メモに書かれたものを一通り買い揃えると、もう一度袋の中を確認する。
買い忘れがない事を確認し、恭也は家へと戻る道を歩く。
信号を待っていると、不意に背中を押されて恭也は道路へと出てしまう。
「あっ」
後ろで驚いた声が上がるのを聞きながら、恭也は横から迫る車を視界の端で捉える。
咄嗟に神速を使うまでもないと判断すると、すぐに後ろへと跳ぶ。
同時に身体を回転させ、自分を押した人物を抱きとめる。
すぐ後ろを車が走り去っていくのを感じながら、恭也は受け止めた人物に視線を落とす。
恭也と同じぐらいの年の少女は、ぼんやりと視線をさ迷わせた後、恭也と目を合わせる。
次いで、自分が抱きとめられていることを知って慌てて離れる。
その際、少しふらついたので、恭也は腕を浮かんでしっかりと立たせる。
腕を離さないまま、恭也は女性を見詰める。
「大丈夫ですか?」
「うん、もう平気。って、ごめんなさい。ボクの所為で、あなたまで危ない目に合わせるところでした」
「いえ、結局何もなかったんですから、良いですよ。
それよりも、本当に大丈夫ですか?」
わざと押したのではなく、急に倒れこんできたのだと分かっているから、恭也は心配そうに尋ねる。
それに対して女性は軽く手を振って大丈夫だと連呼すると、一人で立ってみせる。
「たまにああなるんだよね。まあ、軽い貧血みたいなものだから、本当に大丈夫だって。
それよりも、こちらこそ本当にごめんなさい」
「いえ。本当に大丈夫のようですね。それじゃあ、自分はこれで」
「うん。本当にごめんね。それと、ありがとう。
あなたが居なかったら、ボクそのまま道路に倒れてただろうし」
「いえ、お気になさらずに」
恭也はそう言うと、点滅する信号を走って渡っていく。
その背中にもう一度頭を下げると、少女もまたこの場を去るのだった。
∬ ∬ ∬
そんな事件が起こる少し前。バーベナ学園の廊下で、一人の女教師が一人の男子生徒を呼び止めていた。
「つっちー」
「何ですか?」
「いや、少し聞いておきたいことがあってな」
この教師にしては妙に歯切れの悪い言い方に眉を顰めつつ、少年、土見稟は尋ね返す。
「一度でも、魔界や神界に行った事は?」
「いえ、ありませんけれど…。それがどうかしたんですか?」
「いや、別にないのなら良い」
言って教師は稟の肩に手を置くと、
「がんばれよ、つっちー」
「は、はぁ」
そう言い置いて去って行く教師の背中を稟はただ不思議そうに見送るのだった。
∬ ∬ ∬
稟と女教師、紅薔薇撫子が意味不明な会話をした翌日。
ここバーベナ学園の職員室では、今日から転入する事になる生徒が……。
「おう、恭の字じゃねえか」
「ユーストマ……か。随分と年を取ったな」
「はははは。それはそうよ。あれから十何年経ったと思ってる。
ったく、俺たちの式に出ねえんだからな」
「それは仕方ないよ、神ちゃん」
久しぶりの再会を職員室でした恭也、フォーベシイ、ユーストマの三人は、場所も忘れて楽しそうに笑う。
「本当に久しぶりだねえ、恭ちゃん」
「ああ、本当に。まあ、俺にとっては少し前の出来事なんだがな」
「だよね」
「がははは。まあ、こればっかりは、いかな神とて仕方のねえ事よ」
豪快に笑う神王ユーストマを眺めながら、魔王フォーベシイが口を開く。
「本当に残念だよ。ぜひともアイちゃんとの式には出て欲しかったのに。
それに、君とセージの式も盛大にしたかったのに。
いやいや、あの時点ではダブル挙式も考えていたんだった」
残念そうに語る魔王に恭也も笑いながら言う。
「そういえば、アイさんやリアさんは元気なのか?」
「おう元気だぜ」
「こっちも元気だよ。ああ、そうだった。
アイちゃんから預かってきているものがあるんだった」
「預かり物?」
魔王の言葉に怪訝な表情を浮かべる恭也に、魔王は長い包みを差し出す。
「特にお土産も渡せなかったからって。
それと、お礼だそうだ。何でも、アイちゃんの相談に乗ってくれたそうだね。
そのお陰で私と一緒になれたと嬉しそうに話していたよ。
だから、これは私からも、って事で。二人で相談してこれに決めたんだよ。
気に入ってくれると良いけれど」
少し考えた後、恭也は差し出された包みを受け取る。
その包みを解けば、そこには一振りの鞘に納まった剣が。
「魔界に伝わる最上の魔剣だよ。
これ以上の、いや、これと同じ物でも魔界にはないんじゃないかな」
恭也は静かに剣を鞘から抜き放つ。
「はぁ、見事なものだな」
「切れ味も勿論、保証するよ」
魔王の言葉にやや苦笑しつつ、恭也は鞘へと戻す。
その恭也の前に、神王も同じような長い紫の包みを差し出す。
「これは、まあ、まー坊のところと同じで、リアと俺からだ。
お前にはリアとの事で色々と世話になったからな」
「おや、神ちゃん。リアの件に関しては、私も一役かったんだけれどね」
「勿論、まー坊にも感謝してるってよ」
「分かってるよ」
そんな二人のやり取りを眺めながら、恭也は神王から受け取る。
予想通りというか、そこには一振りの刀があった。
「これは神界にも二本とはない、神剣だぜ。
どうだ、気に入ったか?」
「ああ」
これまた鞘から取り出して刀身を眺めた後、恭也は頷く。
刀と剣を手にしながら、恭也は二人に礼を言う。
「ありがとう、二人とも。
所で、お礼が刀というのも何か納得いかんのだが?」
「そうは言うがよ。お前が喜びそうなもんと言えば、後は盆栽ぐらいしか浮かばなかったんだぜ」
「同じく。ただ、盆栽は、神ちゃんは兎も角、私は詳しくないからね。
それに、再会できるまで育てる自信がないしね」
「そういうこった。あの後すぐに、お前のプレゼントを考えていたからな。
だから、食い物なんかの日持ちしない奴は最初から省いて考えてたしな」
「別に再会する前の日に用意すれば良かったんじゃないのか?」
「違うよ、恭ちゃん。そうじゃないんだよ。
やはり、こういうのはその時の感謝の気持ちがあるうちに選びたいじゃないか」
「そういうこった」
「まあ、別にいいがな。
これはこれで、気に入ったし」
「だろう」
「そう言うと思ったよ」
言って三人は楽しそうに笑う。
そんな三人のやり取りを見ていた撫子が、ようやく口を挟む隙を見つけて、こめかみを抑えながら言う。
「色々と言いたいことがあるんですが、とりあえず一つだけ。
和やかに物騒なもんを出さないで頂けますでしょうか」
「先生、固い事は言いっこなしですよ」
「そうだぜ、先生様よ。恭の字はちゃんと三界共通の帯剣許可を持っているんだからよ」
「そういう問題ではなくてですね…」
疲れたように呟く撫子に、恭也が生真面目に頭を下げる。
「どうもすいませんでした。つい、久しぶりの再会で、場所を忘れてしまって」
「あ、いえ。分かって頂けたのなら構いません」
あまりの破天荒な二人と接していた為か、礼儀正しい恭也に少し驚きつつも撫子はほっと胸を撫で下ろす。
(そうそう可笑しな奴らばかりではたまらん)
まるで救いの神が現れたような、濁った水の中に落ちた一滴の澄み切った水を見るように恭也を見た後、
撫子は今更ながらに疑問を抱く。
因みに、他の教師は既に我関せずを決め込んでおり、誰もこちらを見向きもしていない。
「所で、転入されるのは、神王様の娘さんと魔王様の娘さん。
それと、後二人と聞いているんですが。肝心のその娘さんたちは?」
「そういやぁ、姿が見えねえな」
「ああ、そう言えば先に私たちが挨拶をするから廊下で待っているように言ってたね」
「すっかり忘れていたな。悪いことをした」
撫子は呆れつつ、改めて恭也を見る。
さっき安心したのは、少し速かったかもしれないと。
だが、この中では間違いなくまともであるのは間違いなさそうだと心に刻んでおく。
そんな事を思われているとも知らず、恭也はネリネたちを中へと招き入れる。
待ちくたびれた様子の三人に短く詫びながら、撫子の前に立たせる。
「リシアンサスと言います。長いのでシアで良いですよ」
「どうだ、俺の娘だ。自分で言うのもなんだが、中々の美人だろう」
「もう、いやだお父さんったら」
言って肘鉄を鳩尾に入れるシアに、撫子はやや引き攣った笑みを見せつつ手元の資料に目を落とす。
その撫子へ、少し控えめに挨拶をする藍色の髪の少女。
「高町ネリネと申します。宜しくお願いします」
ようやく、ここに来て本当にようやくまともそうな少女の存在に、撫子は恭也の時以上に安堵する。
暫くネリネを見た後、言って残るもう一人の少女へと目を送る。
ツインテールの少女は無表情のまま撫子を見詰め返すと、小さく名乗る。
「…プリムラ」
「どうだい、恭ちゃん。私の娘は可愛いだろう。
ちょっと人見知りが激しいけれど、将来は間違いなく美人になるよ。
勿論、今でも充分に美少女だけれどね」
魔王の言葉に、プリムラは僅かに顔を伏せる。
どうやら照れているらしい。
そんなプリムラを微笑ましく見ながら、三人の少女へと撫子が言う。
「三人は二年で、私のクラスだ。
この後、クラスまで連れて行くから着いて来るように」
そう告げると、撫子は今日転入してくるはずの最後の一人を探す。
「あれ、もう一人居ましたよね。確か、高町恭也」
名前の一部分が頭に引っ掛かり、撫子は恭也を見る。
「ええ、俺です」
恭也の言葉に、撫子はネリネを見る。
次いで再び恭也を見て、交互に視線を這わせる。
「えっと、あなたはネリネの父親ですよね」
「ええ」
ここに来て、撫子は恭也がとてもそう見える年齢ではないことに気付く。
今まで気付かなかったからといって、撫子を責めるのは酷というものだろう。
何しろ、やってくるなり好き勝手に話を始め、大声で笑うは、剣を抜くは、である。
その上、神界と魔界の頂点に立つ二人と対等に話をしており、二人も対等に恭也を扱っている。
そこに加え、恭也の落ち着いた雰囲気の所為で、撫子も気付かなかったのだ。
ともあれ、気付いたのだから、当然の疑問が浮かぶ。
「この書類は本物ですよね」
「ええ」
「19歳……。ネリネが17歳。恭也さんは人族ですよね」
「ええ、そうですよ」
「2歳の時の子供?」
自分でもまさかと思いながら呟いた言葉に、やはり恭也から苦笑が返る。
当然ながら、親子と言われても信じられないのである。
だが、二人の雰囲気は非常に似ており、妙に納得できる部分もある。
「その辺は色々とあるんですよ」
その色々には触れない方が良いと判断した撫子は、この疑問を彼方へと放り去る。
しかし、一番まともそうな二人が、この中で一番まともではない状況にあるという事に、
知らず皮肉めいた笑みが浮かぶ。
それを打ち消すように頭を振ると、撫子は恭也の担任を紹介する。
こうして、朝の短い時間で撫子は必要な事を済ませると、
ネリネとシア、プリムラの三人を連れて教室へと向かうのだった。
→→ 続く →→
ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。