『incomprehensible ex libris』

   序章




 1


何もない暗闇の中から、それは聞こえてくる。

ダレカ ・・・・・

しかし、その声を聞くものはここには誰もいない。

ダレカ ワタシノ ・・・・・

それでも、その声は続ける。

ダレカ ワタシノ ナヲ ・・・・・

誰かがいてもいなくても構わないというように。

ダレカ ワタシノ ナヲ ヨンデクレ ・・・・・

当然、その声に答える者はいない。
それでも尚、声は語りつづける。

ダレカワタシノナヲヨンデクレ
ワタシハ スベテヲシルモノ
ワタシハ ナニモシラナイモノ
ワタシハ スベテヲミテキタモノ
ワタシハ ナニモミタコトノナイモノ
ワタシハ スベテヲカタルモノ カタルベキコトバヲモツモノ
ワタシハ ナニモカタルコトノナイモノ カタルベキコトバスラナイモノ
ワタシハ タダココニイルダケノモノ
ワタシハ ドコニモソンザイシナイモノ

ワタシハ イマ ネムリヨリ サメシモノ

イマフタタビ モノガタリハ ツムガレル



 2


ここはイギリス、大英図書館。その中にある部屋の一室で、椅子に腰掛け書類に目をとおす者がいた。
それだけなら、この図書館で勤務する職員の一人だと思うだろうが、図書館内のどこを探しても、
この部屋へたどり着く為の通路や入り口は見当たらない。
そもそも、一般の人はこの部屋があることさえも知らない。
ここは、大英図書館において、裏の仕事を処理する者しか知らない場所の一つである。
裏の仕事とは、焚書や禁書の回収等、様々な理由により表に出せない事柄を極秘に行う事であり、
その最前線で動く者たちをエージェントと呼んでいる。
この部屋にいる男は、そのエージェントたちに任務を与える立場の人間で、名をジョーカーといった。

「ふうー。これで一段落がつけますね」

人心地つきながら、机の上に置かれてあったティーカップを手にとり、口へと運ぶ。
一口だけ口にしたところで、眉をひそめ、すでに冷めてしまっていたお茶を戻し、電話を手にとる。

「ウェンディくん。すいませんが、新しいお茶を持って来てください」

そう言い終え受話器を戻し、椅子に深く腰掛けると、何事かを考えるように目を閉じる。
それから数分が経過した頃、扉のノックされる音が聞こえると、目を開け扉へと視線を移す。

「どうぞ、お入りなさい」

「失礼します」

その言葉の後に扉が開き、そこからトレイを手に持った褐色のメイドが姿を現した。

「ジョーカーさん、お茶をお持ちしました」

「ご苦労様です、ウェンディくん。そこに置いて下さい」

ウェンディと呼ばれた少女は、指示されたとおりにお茶をそこに置く。
その時、ジョーカーの机の上の電話が鳴り出した。

「もしもし。   はい。      え、それは本当ですか。
    はい。ただちに現地へエージェントを派遣します。      わかりました。では」

受話器を置いた後、ジョーカーはお茶を一口啜り、部屋から出ていこうとしていたウェンディを呼び止める。

「ウェンディくん、待ってください。あなたに任務を与えます」

「は、はい。どういった内容でしょうか」

少し緊張した面持ちでジョーカーを見る。
そんなウェンディの様子に気付かず、あるいは気付いていても大した事はないと思っているのか、ジョーカーはそのまま続ける。

「日本にいるザ・ペーパーの元へ向かってください。詳しい事は今から教えます。ついて来なさい」

そう言うとジョーカーは、返事も待たずに部屋の外へと歩き出す。
ウェンディは返事もそこそこに、慌ててジョーカーを追いかける。
後を追いかけながら、ウェンディはすれ違い際に見たジョーカーの顔を思い出していた。
その顔に浮かんでいたのは、ジョーカーにしては珍しく焦っているような表情であった。
ウェンディはジョーカーのこの様子からただ事ではないと感じ、自らの気を引き締め、ジョーカーの後に続いていく。
そして、その先にあった一室で任務に関する情報を聞いたウェンディは、その数時間後、日本へ向かう飛行機の中にいた。



 3


日本の海鳴市。この海と山に囲まれた、穏やかな市の住宅街から離れた所に、かなり大きな洋風の屋敷がある。
今まさに、この屋敷のリビングで一人の女性、月村忍が午後のお茶を楽しもうとしている。
その忍の傍らで、メイドの格好をした、見るからに日本人ではない女性が、お茶の用意をしていた。

「忍お嬢様。今日のお茶は先日、桃子様より頂いた物です」

「本当、ノエル。あのお茶おいしかったのよね。これで、翠屋のシュークリームがあれば、いう事ないんだけどね」

「では、今から買ってきましょうか」

「ん、別にいいわよ。今日はお茶だけで」

「判りました」

そう言って、ノエルは忍の側に立い、忍は自分の為に用意されたお茶を口元へと運ぶ。
しばらくの間、のんびりとした時間が過ぎていく。
しかし、不意に忍がその眼差しをきつくし、空の彼方を睨む。
そこにあるのは、別に何も変わらない、いつもとなんら変わることのない空である。
しかし、忍はそこに何かがあるかのように、更に眼差しをきつくして、その一点を注視する。
その目が光の加減か、少し赤く見える。

「忍お嬢様。いかがされました」

ノエルが忍に声をかけると、忍は視線をノエルに移し微笑む。

「いや、別になんでもないよ。ただ、ちょっと気になっただけ。
 そんな事あるはずないわ。あれはただの言い伝えのはず・・・

「忍お嬢様?」

俯いて何かを呟く忍に対し、ノエルが心配そうに再度、声をかける。

「ううん。大丈夫よ、ノエル。ただ、念のために後でさくらに電話しとくか」

「さくら様に電話をなさるんですか」

「ええ、後でね。とりあえず今は、ノエルの淹れてくれたお茶を頂くわ」

そう言って、再びティータイムへと戻る。
ノエルの淹れたお茶をおいしそうに飲む忍と、それを少し嬉しそうに眺めるノエル。
この家で、いつも見られる午後の光景であった。


  ◇◇◇◇◇


日が暮れ出した頃、忍は叔母のさくらへと電話を掛ける為に、受話器を取る。
数回の呼び出し音の後、目的の人物が電話に出る。

「ハロー、さくら。可愛い姪っ子の忍ちゃんだよ」

   うん、うん。私は元気だよ。      あはは、そんなことないって。え、うん」

忍はあたりさわりのない話を数分間かわし、話の途切れた頃を見計らい忍は話を切り出した。

「ねえ、さくら。今日の昼すぎのことなんだけど。      うん、そう。って、さくらもなのっ。
 だとすると、あのときのあれって、やっぱり   まさか、本当に。
 だとしたらお祖父さんに一度、会いに行った方がよさそうね。      ええ、さくらも。
       わかったわ。   ええ、それじゃ」

受話器を置いた忍の表情は、かなり真剣味を帯びていた。
そして、ノエルを呼び、今までの話を伝える。

「わかりました。では、今夜にでも準備の方をしておきます」

「ええ、お願いね。はぁ、本当に思い過ごしならいいんだけど・・・」



その翌日、月村忍とノエルは祖父に会う為に、海鳴市を離れた。



 4


光のまったくない暗闇の中でそれは歓喜に打ち震えていた。


ウケツグモノヨ
モウスグダ・・・・・
モウスグ ワタシハ ワタシトナル
スベテガウマレ、スベテガホロブ
スベテヲカタルトキガクル
スベテガハジマリ、スベテガオワル


ワタシハ イマネムリヨリ サメシモノ

イマフタタビ モノガタリヲ ツムゴウ




<to be continued.>






<あとがき>

どうも、氷瀬 浩です。

今回はクロスオーバーです。どの作品がクロスしているかは、これからのお楽しみという事で。
(すでに、判っているとは思いますが・・・)

とりあえず、今回はこれ以上書く事もないので、では、次回。



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