『Sweets』






皆が出かけた休日のある日。恭也はリビングでかなり切羽詰った状態に陥っていた。
過去に何度も強敵とやりあってきたが、こんな強敵は初めてだた。
いや、同じ様な敵となら、もう何度も相手にはしてきた。
だが、その全てにおいて恭也は御神の剣士にあるまじき事だが、敗走を繰り返していた。
今度こそは・・・。何度もそう思い、勇気を振り絞って挑むのだが、その度に期待は裏切られ続けた。
そして、今また、その悪魔と対峙しようとしている。しかも、自分の最も苦手とする事の一つでもって・・・。
とりあえず、始めは軽い抵抗をしてみる事にする。
そのためにまず、口を開く・・・。

「だから、俺は甘いものは・・・」

「む〜〜、折角上手にできたのに・・・。恭ちゃんに食べてほしくて、頑張って作ったのに」

「・・・・・・」

そう言うと美由希は頬を膨らませ、拗ね始める。

(美由希・・・。俺のためと言うなら、せめて甘いものにしないでくれ)

そう思っても、流石にそれを口に出すような事は今の美由希を見ていると出来ない。
美由希がこれのために、必死で本を読み漁っていたのを知っているし、かなり慎重に今回は調理していたのも知っている。
それでも、今までの事もあり躊躇いを見せる。一応、今までの失敗作も全て食べてはきた。
だが、今度は恭也の苦手な甘い物である。今まで以上に恭也が躊躇うのも仕方がないといえば、仕方がない事ではある。
だが、そんな恭也の様子を感じ取った美由希が、

「食べてくれないんだ・・・」

悲しそうに呟く声に恭也はついに観念してそれを口に放り込む。

(甘い・・・)

「あ・・・。ど、どうかな?」

恭也が食べてくれた事に嬉しそうな表情をするが、すぐに味に関してちゃんと出来ているのか不安になり、表情が変わる。
数瞬の間をおいて、恭也が飲み込む音がする。

「うむ。なかなか美味しかったぞ。でも、甘い物はやっぱり苦手だ」

そう言って美由希の頭を撫でると、言葉を続ける。

「次は甘くないものかもう少し甘さを控えたものを作ってくれ」

頭を撫でられ嬉しそうな顔をしていた美由希は、恭也のその台詞に顔を上げる。

「えっ、また作ったら食べてくれるの?」

「無理にとは言わないが、また作るのならな」

「うん!また作るよ。今度は甘くないものにするから、食べてね」

「ああ」

それから、お茶を入れ二人でくつろいでいると、美由希が聞いてきた。

「ねえ、恭ちゃん。甘いものは全部だめなの?」

「駄目というよりも苦手だな。自分から進んで食べようとは思わない」

「うーん。・・・じゃあ次は甘さ控えめにするか、全く甘くないものにするか。どっちにしようかな」

「何だもう次に作るものを考えているのか?」

「うん。・・・そうだ!恭ちゃん、甘いものでも平気なものってある?」

「なんでだ?」

「それを甘さ控えめで作れば食べれるかなって思って」

「いや、そういう意味じゃなくて。何故わざわざ甘いものにこだわる?他の物じゃ駄目なのか」

「駄目ってことはないんだけど・・・。普通に何か作っても晶やレンみたいに上手く出来ないし。
 かと言って、あの二人が普段作らないものだと、甘いものぐらいしか考えつかないし」

「なぜ晶やレンが出てくるんだ?別にあの二人が作ってるものでも構わないだろ?」

「・・・・・・う〜〜、それは・・・、比較されると私のほうが下手だし・・・」

「それは、あの二人は小さい頃から料理をしてるからな。この前からやり始めたお前とは年季が違う」

「それはそうなんだけど・・・。やっぱり、恭ちゃんには喜んで欲しいし。そのためには、晶やレンより美味しくないと・・・」

「俺は別にそんな事で比べたりはしないぞ。それに、美由希が俺のためにって何かをしてくれるだけで嬉しいんだが。
 それじゃ駄目なのか」

「ううん、そんな事ないよ。でも、本当?」

「ああ、本当だ。その気持ちだけで嬉しいさ。だから、そんな事は気にするな」

「へへへ。私も恭ちゃんがそう言ってくれるだけですごく嬉しいよ」

「そうか」

そう言って、また美由希の頭を撫でると、自分の肩にもたれさせる。美由希をそれに逆らわず、恭也の肩にもたれかかる。

「でも、当分はお菓子類しか出来ないから甘さ控えめで作るね」

「ああ、そうしてくれ」

「でも、本当に大丈夫なもの一つもないの」

「うーん・・・・・・一つだけあったな。あれなら甘くても平気だ」

「えっ、なになに。あの本に載ってるかな?私にも作れるやつかな?あ、そうだ本、持ってくるから教えて」

急いで立ち上がろうとする美由希の肩を押さえて座らせる。

「落ち着け、美由希。多分、あの本には載っていない。でも、お前になら作れる、いや、お前にしか出来ないな」

「なになに」

「それは、な・・・」

「それは・・・・・・」

「これだ」

そう言って恭也は美由希の唇をふさぐ。突然の事に驚く美由希だったが、やがて瞳を閉じるとされるがままになる。
10秒・・・20秒と過ぎ、やがて二人が離れる頃には、お互いの唇を銀糸の橋が繋ぐ。

「はぁー、・・・これなら、どんなに甘くても大丈夫なんだがな」

「・・・・・・・・・」

そんな恭也の台詞を美由希は頬を朱に染め、半場夢心地で聞いている。

「美由希?大丈夫か?」

そう聞く恭也の顔も赤くなっていた。

「う、うん、大丈夫。でも、ちょっと驚いたかな。恭ちゃんがあんな事、言うなんて」

「・・・忘れてくれ」

「どうしようかな〜」

「・・・・・・何が望みだ。いや、お望みですか」

「もう一回して」

そう言って、瞳をそっと閉じる。

「・・・・・・喜んで」

恭也は美由希に顔を近づけ、軽くキスをする。

「ふふふ。これだったら私も大好き!」

そう言うと恭也の首に抱きつく。

「こら、美由希。急に抱きつくな」

「なんで〜。いいじゃない。私はこうやって恭ちゃんと触れ合うのも好きなんだもん。それとも恭ちゃんは嫌い?」

「・・・・・・嫌いじゃない」

「む〜〜。ひねくれ者〜。素直に好きって言えば良いのに。素直じゃないんだから」

「素直だろが」

「ど〜こ〜が〜」

「振りほどいていないだろ」

「くすくす。そう言われれば、そうだね。かーさんやフィアッセとかに抱きつかれたら、すぐに離すように言うのにね」

「言ってほしいのか?」

「嫌だよ〜。でも、言ってもやめないかもね」

そう答える美由希の髪を優しく撫でながら笑う恭也。

「言わないさ。美由希は特別だからな」

「うん。私も恭ちゃんは特別だよ。私は恭ちゃんのものだから」

「ああ。俺も美由希のものだから」

「うん・・・。!じゃあ、恭ちゃんは私のものって印をつけとかないとね」

そう言うと美由希は恭也の胸や首すじにマーキングするかのように頬を擦り付ける。

「美由希、くすぐったい」

口ではそう言いながらも、美由希の行動を止めようとはしない。なんだかんだ言いながらも、二人してじゃれ合う。

「俺ばっかりではずるいからな。美由希にも俺のものという印をつけないと」

そう言うと恭也は美由希に口付ける。

「んっ」

一度、唇から離れると首すじをなぞっり、再び、唇を塞ぎ、今度は唇を割って舌を浸入させる。

「んんん・・・ふん・・・・・・んっ・・・はぁー」

長いキスの後、恭也はそのまま美由希をソファーに押し倒す。と、

「ゴホンゴホン、あー、何て言うかな〜。かーさんとしては、非常に嬉しい事なんだけど・・・・・・ねぇ」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

声のしたリビングの入り口を恐る恐る見た恭也と美由希の眼に飛び込んできたのは・・・、
苦笑いを浮かべて困ったような、それでいてどこか嬉しそうというなんとも複雑で言いようのない表情を浮かべる桃子と、
目の前で起こった出来事に完全に固まってしまっているなのは、晶、レンの三人だった。

「お、お兄ちゃん・・・・・・」

「(お)師匠が・・・・・・」

「ほらほら、二人ともいつまでそんな格好でいるの?ここには小さい子がいるんだから、早く起きなさい」

言われて、二人は恭也が美由希を押し倒している態勢のままである事に気づき、慌てて起き上がる。
そして、美由希はそのまま立ち上がると、顔を赤くして逃げるようにリビングを出て行こうとする。
が、何もないはずの所で躓き、転びそうになる。それを恭也がとっさに抱きとめ転倒を免れる。
しかし、お約束というか、何と言うか・・・・・・。抱きとめた恭也の両手は美由希の胸を掴んでいた。

「あ、あややや」

「す、すまない。救助がいたらなかったようだ」

「そ、そんな事ないよ。あ、ありがとう」

「いや。怪我がなくて良かった」

二人とも真っ赤になりながら、話をする。それを見ていた桃子は首を傾げながら不思議に思う。

(なんで、ここであんな事までしといて、あの程度であそこまで恥ずかしがるのかしら?)

口にだして言わなかったのは二人を気遣ってというよりも、なのはたちが傍にいたためだろう。
そんな事を桃子が考えているとは露知らず、美由希はすっかり逃げるタイミングを逃してしまった事に気付く。

「あー、とりあえず恭也、美由希おめでとう。そういうことで良いのよね?」

「ああ、まあそういうことだ」

「うん」

「で、いつから?」

「えーと・・・」

美由希は言っても良いのか恭也に目で尋ねる。
それに恭也黙って頷く。それを確認して、美由希は言葉を続ける。

「えーと、フィアッセのコンサートが始まる少し前ぐらいから・・・」

「そう。良かったわね美由希」

「うん!」

桃子の言葉に笑顔で返事を返す。

「じゃあ、今夜はご馳走よ〜。レンちゃん、晶ちゃん準備しなきゃ」

「あ、そうですね。任せてください」

「うちも腕によりをかけますんで」

「あ、じゃあなのはも手伝う」

「じゃあ、なのちゃん早速、準備始めよう」

「うん!」

「じゃあ、お師匠ーと美由希ちゃんは出来上がるまでゆっくりしといてください」

そう言い残すと年少三人組はキッチンへと入っていく。
それを見届け、リビングから出て行こうとする二人を桃子は呼び止め、ソファーに座らせると自分も対面に座り真剣な顔で口を開く。

「さて、恭也、美由希。・・・・・・あまりうるさい事は言いたくないんだけど、ああいう事は、今後こんな所でしないでね。
 皆が寝静まった後とか誰もいない時までは何も言わないけど・・・。一応、ここには小さな子たちもいることだし」

その言葉に再び顔を赤くして二人は慌てて弁解を始める。

「ち、違うんだ。かーさん」

「そ、そう。あれはそんなんじゃないんだって」

「わ、分かったから。二人とも、とりあえずは落ち着きなさい」

「あ、あ、ああ」

「う、うん」

(こんなに慌てる恭也なんて初めて見るわね。これは・・・面白いわ)

「しかし、恭也のあのキス・・・・・・。士郎さんを思い出すわ〜。やっぱり息子よね〜」

桃子の台詞に顔を赤くして、俯く美由希と恭也は居心地の悪さを感じて、席を立つ。

「も、もういいだろ。夕飯が出来たら呼んでくれ。それまでは部屋にいるから」

美由希を促して出て行こうとする恭也に桃子が追い討ちをかける。

「かーさん、はやく孫の顔が見たいな〜」

その一言に美由希の赤かった顔は更に真っ赤になり、恭也はゆっくりと振り向くと口を開く。

「そんなに早くおばあちゃんと呼ばれたいのか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

恭也がそう言った瞬間、この辺りの空気が下がり、緊迫した雰囲気に包まれる。
美由希は先程とは違う意味でオロオロとしだし、その顔は今度は少し青ざめている。
桃子はその顔に笑みを浮かべたままだが、唇の端がヒクヒクと引き攣っている。

「き、き、き・・・恭也〜!!何てことを言うのよ!私はまだ若いんだからね!」

「しかし、俺たちに子供ができたらそう呼ばれる事になるだろ。さっき自分で孫と言ってたじゃないか」

淡々と語る恭也に言葉をなくす桃子。そんな桃子を放っておき、恭也は美由希を連れて部屋へと向う。

「ねえ、恭ちゃん、いいの?かーさんをあのままにしておいて」

「問題ないだろ。たまにはいい薬だ。それに、俺は事実を言ったまでだ」

「それはそうなんだけど」

まだ心配そうに後ろを振り返る美由希に恭也は優しく言う。

「大丈夫だ。あれぐらいなら、すぐに立ち直る」

「ははは、確かにそうかも」

そう言って、部屋に入っていく二人。一方、残された桃子は・・・。

「お、おばあちゃん・・・わ、私がおばあちゃん。で、でも孫は抱きたいし。でも、そうするとおばあちゃん・・・・・・」

何やら一人で苦悩しながら考え込んでいた。
その頃、恭也の部屋で二人きりになった恭也と美由希は何をする訳でもなくただ、寛いでいた。

「とうとうばれちゃったね」

「ああ、そうだな。まあ、別に隠していた訳ではないしな。別に構わないだろ。それとも、拙かったか?」

「ううん。そんな事はないよ。それよりも恭ちゃん・・・はい」

「・・・ああ」

美由希が差し出した足に横になった恭也は頭を乗せる。いわゆる膝枕というやつである。
始め恭也は嫌がっていたのだが、美由希に何度もお願いされてやっているうちに、二人きりの時には平気になってしまっていた。
今では自然とこうする事の方が多くなっていたりする。
そして、その穏やかなまま二人は夕飯までの時間を過ごすのだった。





おわり





 〜後日談〜



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